第501話 露3



「さあ、狩人ヒロ。ここで詳しい話をしましょう」


「高級レストラン…………。まあ、いいか」



 人が集まってきそうな気配があった為、一旦あの場を離れた。

 極小規模とは言え、竜巻が街中で発生したのだから、野次馬が集まってきてもおかしくは無い。


 急ぎ足で大通りへと戻り、白露の行きつけのお店で腰を落ち着けることとなったのだ。

 


 白露が店に入るとすぐさま支配人のような人が飛んできて、俺達を個室の方へと誘導される。


 それなりに繁盛しているようで、お昼には早いのに人が多い。

 俺と白兎、白露とラズリーが店の中を進むと、周りの客からジロジロと視線が飛んでくる。


 白露やラズリーは全く気にしていないようだが、向けられる好奇の視線は俺とっては少々耐えがたいモノだ。

 うつむいて、なるべく顔を見られないようにコソコソと歩いていると、



「狩人ヒロ、どうしたのですか? 部屋はこちらですよ」



 1人歩みの遅れる俺に、白露が振り返って名を呼んでくる。



「ぐっ! ………分かった」



 名前を呼ぶんじゃねえ!

 覚えられてしまうだろ!


 これだからあまり有名人には近づきたくないんだ!

 しかも、変な噂されていたらどうしようか………



 とか、悩みながら足早に店内を進んで行くと、


 

「どうぞ、白露様とそのお連れ様、こちらでございます」



 仰々しく案内された個室は10人以上はゆったりと座れそうな豪華な部屋。

 豪奢なテーブルと椅子が並び、まるで接待に使う高級店のような雰囲気。


 白露は一番奥の席に座り、その後ろにラズリーが立つ。

 促されるまま、俺はその正面の席に座り、再び白露と向かい合った。



「喉が渇きましたね、私は紅茶を。ヒロは何にしますか?」


「コーヒーで」



 そして、目の前に用意される紅茶とコーヒー。



 トポトポトポトポ……



 メイド姿のラズリーが自然な動作で俺が頼んだコーヒーをカップに注いでいく……



 いや、正確にはカップに注いでいるのはお湯。

 カップの底に置かれた十円玉程の大きさのコーヒーピースにお湯を当てて、コーヒー成分を抽出しているのだ。



 カタッ



「ヒロさん、冷めないうちにどうぞ」


「あ、はい」




 ラズリーさんの流れるような給仕ぶりに見惚れながら、カップに手を伸ばしてメイドが淹れてくれたという貴重なコーヒーを口にする。



 ゴクッ



「ほう………、旨い!」



 口の中に広がるコーヒーの芳醇な香りを味わいながら思わず出た一言。

 プラシーボ効果もあるのだろうが、この世界に来て一番おいしいコーヒーを飲んだのかもしれない。


 

「気にいって頂けて何より。ここのレストランの品揃えは中央にも匹敵しますから」


「いやいや、これはラズリーさんの腕もありますよ。流石はパーフェクトメイド。コーヒーの淹れ方も一流ですね」



 本来であればレストランのウエイトレスの仕事なのだが、白露の警護の意味もあるのだろう。

 店側は食器とお湯の入ったポット、ティーピースとコーヒーピースを用意してくれただけで部屋から出て行ってしまった。



 この世界のお茶やコーヒーは、この十円玉みたいな金属片にお湯を当てて抽出されるモノだ。

 カップの底の中央が少しだけ盛り上がっており、そこにピースを置いて、ポットからお湯を注ぎ入れる。

 するとピースからお茶やコーヒー成分が染み出し、しばらく経つとお湯全体に味が染み渡っていくという仕様。

 その後はピースをピースピッチャー(ピンセットみたいなモノ)で取り除いたり、端に括り付けてある紐を引っ張ってカップから取り出したりする。


 簡単そうに見えるが、実はこれが奥が深くて難しい。

 

 最初のピースへのお湯の当て方にも色々と作法があるらしく、温度やお湯を当てる場所と角度によって味の出方が異なるという。

 さらにこの一欠片のピースで普通のカップ3杯~5杯くらい分。

 何回使われたかによっても、味の出方も変わるからその調整が不可欠。


 人によっては新品よりも、1回か2回使われた後の方を好む人もいるから調整もなかなか大変。

 もうここまでくると、コーヒーや紅茶を淹れることが一種の技能。

 チームトルネラでサラヤがお茶の淹れ方を学んだと自慢していた気持ちも良く分かる。

 下手な人が淹れると薄過ぎたり、ただ苦いだけになってしまうのだから。


 ちなみに俺が毎朝飲んでいるコーヒーは、秘彗が白兎の指導を受けながら頑張って淹れてくれているのだが、あんまり上達していない。


 まあ、偶に現代物資召喚で出したインスタントコーヒーを飲んでいるから、別にいいんだけど。


 あと余談だが、元の世界の煙草に似たシガーピースというのもあって、こちらは火で炙ると味のある煙を出す。

 紙で巻いて火をつけるタイプと、細かく砕いてパイプに詰めるタイプがあり、こちらも愛好家がそれなりに多い。

 俺自身は吸ったことが無いが、聞くところによると感覚が鋭くなったり、目が冴えるようになるらしい。

 身体能力や感覚、反射神経を一時的に増幅させる薬『アンプ』程ではないようだけど。


 中毒性は高くなく、毒性も低いので、煙草の上位互換と言っても良い。


 俺は煙草を嗜むつもりは無いからどうでも良い話だが。

  

 







「では、ツユちゃんに課せられた使命、『守護者の討伐』について、説明しましょう」



 白露はラズリーが淹れてくれた紅茶を二口程口に付けると、カップを横に置いて、俺の目をじっと見つめながら話し始める。



「真正面から『空の守護者 暴竜テュポーン』とぶつかるのは現実的ではありません」



 まあ、至極当然の話。

 それは過去何度も白の教会が行ったはず。

 白月さんの話では5つの猟兵団と飛行型レジェンドタイプを3機も揃えて挑み、ほとんど何の成果もあげることができなかったという。


 我が『悠久のメンバー』全員でも俺が参加しなければ討伐は不可能だろう。

 ベリアル、豪魔まで引っ張り出せば、良い勝負まではできるかもしれないが、危なくなれば敵は空を飛んで逃げるだけ。


 そもそも地力が違い過ぎる。

 ベリアルが炎の戦車を持ち出し、単独で撃退できたのも、その前のやり取りで力を消耗していたからこそ。

 見渡す限りの地平線を更地に変える暴威にどうやって立ち向かうというのだ。

 



「だからツユちゃん達は守護者テュポーンへのねぐらへと奇襲をかけようと思います」


「まあ、理屈は分かる」



 レッドオーダーとて、ずっと活動している訳ではない。

 特に縄張りを持っているレッドオーダーは、縄張り内に侵入者がなければねぐらと決めた場所でじっとしていることが多い。


 それは空の守護者とて同じこと。


 この世界の空を悠然と周回していることもあるようだが、守護者である以上、自分の領域を守護するのが使命。

 だから縄張りに侵入者がいなければ、狩り場と呼ばれるエリア内のねぐらで翼を休めているはずなのだ。


 そこへ奇襲をかけるのは戦術としては間違ってはいない。


 どうやってねぐらを探り出し、どのようにして気づかれずに辿り着けるのか?


 この2つの課題を解決できるのであればだ。


 守護者テュポーンの警戒網は狩場全体に及んでいる。

 なにせ、ちょっと俺の車が狩場に入り込んだけで襲いかかってきたぐらいだ。

 どのような方法で察知しているのかは分からないが、その警戒網を潜り抜けるのは至難の業に違いない。


 通常なら、馬鹿なことを言うなと切って捨てるような話。

 しかし、それが白の教会の象徴である鐘守の口から語られたのであれば話は別。



「まさか…………、教会は暴竜のねぐらを特定しているのか?」



 あの広大な狩場から、いかなる手段で守護者のねぐらを見つけ出したのだろうか?


 従属機械種を使い潰しての物量作戦。

 若しくは、ESPを使った遠隔透視。

 まさかダウジング等の超常的な力に頼ったとか………


 何百年も人類を守っていることだけのことはある。

 やはり白の教会はあなどれない…………


 

「いえ、そちらは全く見当もつきません」


「おい!」



 しれっと答える白露に、思わず突っ込む俺。

 

 だが、悪びれる様子もなく、白露は言葉を続ける。



「ツユちゃんが用意できるのは、気づかれずに暴竜のねぐらまで近づく方法です。ツユちゃんはかくれんぼが得意なんですよ。でも、大人数だと処理しきれないので、人数に制限がありますが………」


「それは機械種の気配を抑える『コンシール』ってヤツか?」


「違います。『コンシール』では守護者の目を誤魔化すことはできないみたいなんです。過去、そのような実験が幾つか行われましたが、全て失敗したそうです」


「それじゃあ………」



 どんな方法で? と問おうとした所で白露が被せてくる。



「そこは本番時のお楽しみです! とにかく、守護者に見つかることなくねぐらまで近づくことができることはお約束します。あとは、そのねぐらを見つけるだけですね」


「ふ~む……………」



 一応、今の段階まで、白露は一度も嘘を言っていない。


 だとすれば、暴竜に見つからずに接近できる手段を白露が持っていると思って良い。


 あとは、どうやってねぐらを見つけ出すかについてだが………




 まあ、打神鞭の占いに頼れば一発だ。


 その精度には些か不安もあるが、あの巨体が眠る場所なのであれば、相当大きな場所に違いない。

 多少精度が悪くても何とかなるだろう。

 

 そして、暴竜に見つからず、こっそり接近できればこちらのモノ。

 今度こそ確実に俺の手で破壊してやる。



「暴竜のねぐらについてはこちらで調べよう。多分、何とかなると思う」


「本当ですか? ツユちゃんは何週間も狩場を調べ回るのかと思っていましたが………」


「あの広さを調べ回るんだったら、運が悪ければ何ヶ月もかかるぞ………………、なるほど! 俺はその間の護衛ということか?」


「はい。どうしてもラズリー1機だけではツユちゃんを守り切れませんので。それに少し事情があって教会には戦力を借りられないのです」



 うーん………


 暴竜から身を隠すために少人数でなければならず、教会の戦力も当てにできない。


 感応士の力を以って強い機種を捕まえようにも、この辺境ではそこまでレベルの高いレッドオーダーは出てこない。


 マテリアルを出せば猟兵団を雇えるだろうが、それでは人数制限を超えてしまう。


 だから白露は強い狩人を探していたのか。

 少数精鋭であれば腕利きの狩人を雇うのが一番だ。


 

「具体的には何体ぐらいならオッケーなんだ?」


「ラズリーは必ず連れて行きますので………、中量級ならあと7機ぐらいまでなら何とかなります。重量級以上は難しいですね」



 うーむ…………

 中量級7機というと、ちょうど1小隊+予備1機。


 だとすれば、ストロングタイプチームが一番表に出しやすいな。


 『秘彗』『毘燭』『剣風』『剣雷』『胡狛』。


 『魔法使い』『僧侶』『騎士』『騎士』『罠師』とバランスもとれている。

 



 あと2機は……………


 


 しばし、目を瞑って思考に没頭。


 この度の敵の脅威度。

 そして、鐘守との共同作業。


 戦力と情報漏えいのリスクの考え、10秒程悩んで出した結論は、




 『ヨシツネ』を表に出そう。

 守護者が相手なら、アイツを出さない手は無い。


 さらにヨシツネを出すなら、『天琉』『浮楽』も問題あるまい。


 そうなると、もう一度、メンバーの選考を考え直さないと…………



 グッと眉を眉間に寄せ、頭の中で戦力構成を一から再考。

 

 戦力重視なら『ベリアル』も出したいが、流石に白露に見せるわけにはいかない。


 『豪魔』と『輝煉』は重量級以上だから無理。


 『浮楽』、『天琉』は戦力的には剣風、剣雷を上回るが、護衛に向くタイプじゃない。

 

 『森羅』は警戒や狙撃で活躍してくれるが、暴竜相手だと戦力不足。


 さてさて、中量級7機という縛りでどのようなパーティを作るか………


 今まで中量級というカテゴリーで選んだことが無いから、結構悩む………



 あれ? 

 よく考えれば、秘彗と天琉は軽量級だな?



 普段、あまり意識することは無いが、150cmに満たない身長である『秘彗』と『天琉』は中量級ではない。



 ひょっとして、これはイケるんじゃ………



「白露、ちなみに軽量級はどうなんだ?」


「軽量級ですか? …………ああ、そのラビットちゃんですね。軽量級なら20機とか30機とかにならないなら大丈夫ですよ」


「いや、白兎は当たり前に連れて行くんだけど、俺のチームには軽量級が他にもいてな。できれば戦力としてメンバーに加えたい」


「軽量級をですか? そんなに戦力にならないと思いますが………」


「頼もしい奴等がいるんだよ」



 軽量級と言うとどうしてもハーフリングタイプや下位ビーストタイプ、下位モンスタータイプをイメージしてしまうが、軽量級でも高位機種がいないわけではない。


 ジョブシリーズでも希少な軽量級である魔女っ娘系や、赭娼や紅姫にだって軽量級はいるのだから。


 もうこうなったら『ベリアル』『豪魔』『輝煉』以外は全員出そう。

 戦力を惜しんでいる場合じゃない。


 それに『廻斗』を出せば、人馬一体で『白兎』との直通通話も可能となる。

 万が一、別行動になった場合の連絡役にもなってくれる。



「もう一度確認だが、俺の任務はお前を守護者の元まで護衛する………でいいんだな?」


「はい、後はツユちゃんに任せてください! この感応増幅器とツユちゃんの機操術………感応士の技が火を吹きますよ!」


 

 二パッと能天気そうな笑顔を浮かべる白露。



 正直、あんまり当てにはならなさそう。

 その発掘品がどれだけ貴重なモノかは知らないが、そんな古びたカンテラ一つであの守護者がどうにかなるとは思えない。



 …………まあ、俺としてはどちらでも良いけどね。


 

 あの守護者は俺の全力とぶつかってなお生き残ってしまった仇敵。

 つまり俺が守護者と正面から戦えるという情報を抱えているのだ。


 なぜそれを他のレッドオーダー達に拡散しないのかは分からないが、このまま放っておいて良い敵ではない。

 俺の規格外の力に対抗する為、策を練っている可能性だってある。

 少なくとも俺が中央へ向かう前に滅ぼしておかねばならない。


 今回、白露が倒してしまうなら、それでも良い。

 俺は付き添い人として有名になるかもしれないが、それだけだ。


 白露が失敗したのなら、その場で選手交代。

 

 白露を危険から避ける為と戦場から遠ざけ、その間に俺と俺のメンバー達と総がかりで仕留めるつもり。

 ベリアルも、豪魔も、輝連も出してのチーム全員での総攻撃だ。

 倒してしまえば、あの巨体ごと七宝袋に収納して、あとは知らぬ存ぜぬを突き通す。

 

 まさかあの超高層ビルよりもデカい機体が個人の持つ機器や機械種で収納できるとは思われないし、戦場は守護者のねぐらという目撃者もいない閉鎖空間。


 物証も無く、目撃者もいなければ、俺が守護者を倒したなんて信じられることは無い。

 そもそも一個人が守護者に少しでも対抗できるという方がおかしいのだから。


 でも、こちらとしては、白露が守護者を下してくれるなら手間がかからなくて良い。

 守護者の晶石が気にならない訳ではないが、守護者はアイツだけではないし、今の段階では俺の手に余る宝物。

  

 せいぜい、白露のサポートに徹するとしよう。



「一応期待しとく」


「むむむ! 『一応』じゃありません! ババンッと大船に乗った気持ちで期待してくださいよ! 守護者はツユちゃんがやっつけてやるんですから!【嘘】」




 !!!


 今、初めて白露の言葉に嘘が混じった。


 それも守護者をやっつけるというセリフで。



「……………………」


「??? ヒロ、どうしました? 怖い顔をして………」


「いや、その…………」



 どういうことだ?

 さっきから威勢の良いセリフを言っていたのに、守護者をやっつけるという肝心要が『嘘』だなんて…………

 

 やっぱり守護者を討伐するというのは嘘で、もしかしたら俺のことを狙っているのでは?

 もしくは、白露は守護者を倒すつもりなんて無くて、俺を守護者に挑ませて殺そうと企んでいるとか…………



「……………白露。もう一度聞くが、教会から与えられた使命と言うのは『守護者の討伐』なんだよな?」


「そうですよ。何度も言っているじゃないですか」



 小首を傾げて不思議そうな顔をする白露。

 とても俺を騙そうとしているようには見えないし、真実の目にも【嘘】と表示されない。

 これは一体どういうことか?



「白露は………、本当に守護者を倒せると思っているのか?」


「へ? …………と、当然のことじゃないですか!【嘘】 ツユちゃんの手にかかれば、守護者の1機や2機…………、もちろん、ヒロの力も当てにしてますよ【嘘】」



 なるほど。

 少なくとも白露は自分が守護者を倒せるとは思っていない。

 かといって、俺が守護者を倒せるとも思ってない。


 では、倒せないと分かっているのに、なぜ挑もうとするんだ?

 普通に考えて、絶対に倒せるわけがない敵なのだから、それはほとんど死刑に等しい。

 教会からそれを命じられる以上、もしかしたら白露は何か罪を犯していて、その刑罰なのであろうか?


 そう言えば、白露は盗み聞きで『贖罪』や『罪』という言葉を漏らしていたな。


 まさか、死地へ片道切符の使命だったとか?

 もし、そうならそれに巻き込まれる俺は溜まったモノではないが………



「……………正直に教えてくれ。勝算はどのくらいだ? そして、俺達が生き残れる確率は?」



 白露の目を真正面から見つめて質問を投げかける。


 もうストレートに聞くしかない。

 もし、自殺に近い任務なら、こちらとしても考えなくては………



 俺の真面目な質問に、白露は少し黙り込み、しばし目を伏せた。


 そして、意を決したように目を開けると、俺の目を真っ直ぐに見返しながら口を開く。



「……………すみません。大きな口を叩きましたが、勝率は高いモノではありません。でも、これだけは信じてください。鐘守として、貴方を無事にこの街に返すことに全力を尽くすと誓います」



 まるで別人かと思う程の毅然とした態度。

 先ほどまでの子供っぽい様子が演技なのではと疑ってしまうくらいに。


 

「それでも、貴方が不安を感じておられるようなら…………、この話は無かったことにしても構いません」



 そこで白露の顔がふわっと綻ぶ。

 こちらに気を遣うような柔らかな笑み。

 子供のはずなのに、どこか年上のような印象を受けるそんな微笑み。



「さっきは冗談めかして言いましたが、元々騙し討ちみたいな依頼でしたから、貴方が気に病む必要はありませんよ」



 優しく諭すように言葉を続ける白露。

 その顔は透き通ったように綺麗で、幼い少女であることも忘れてつい見惚れてしまう。


 そして、感じる既視感。

 避けられない運命を静かな気持ちで受け入れてしまっているような諦心。


 それは行き止まりの街、チームトルネラで見た、サラヤの笑顔によく似ていた。

 チームの為にその身を粉にして、自分の未来を諦めてしまった少女。


 今の白露は、あの時の彼女が浮かべていた透明感のある笑顔にそっくりで………


 

「私へのお願いを気にしているようなら、今ここで聞きましょうか? 私も少し話を聞いてもらえて気が楽になりましたから、それのお礼です。叶えられるかどうかは分かりませんが…………………え?」




 グワシッ!



 俺は身を乗り出して無造作に手を伸ばし、白露の頭を真上から鷲掴み。



 背後に控えるラズリーが一瞬反応したが、それだけ。

 おそらく俺の動きから、白露に害を加えるモノでは無いと判断したようだが………



 その流れるような柔らかい銀髪を、普段天琉によくやるように、思いっきり手でかき混ぜてやる。



 グシャグシャグシャグシャ!



「ややややややっ!!! な、なにするですか!」



 先ほどの大人びた様子が一転、一瞬で子供に戻る白露。


 だが、そんな豹変を無視して、俺は白露の頭髪をかき混ぜまくってやる。

 


「うるせー! 子供がそんな顔すんな! 俺が子供との約束を破るわけ無いだろうが!」



 グシャグシャグシャグシャ!



「ひゃあああああ! やめてください! セットがグチャグチャになります!」

 

「子供が髪型を気にしてどうする!」


「子供じゃありません! レディです!」


「自分をレディと言うのは、もっと色々な所が育ってから言え! 具体的には胸とかお尻とか………」



 チラリと白露の胸やお尻に視線を飛ばす。


 その胸は膨らみの欠片も無く真っ平。

 お尻だって肉が薄くて小さすぎる。

 全く以って幼児体形そのもの。


 将来的には分からないが、今の段階では物足りないことこの上ない。

 思わず、ため息をつきたくなる残念さ。



 しかし、白露は自分の身体へと向けられた俺の視線を勘違いしたようで、まるで痴漢にでもあったかのように両腕を掻き抱きながら、背後のラズリーに助けを求める。



「ラ、ラズリー! この人、横暴なだけじゃなくて、セクハラ魔人で視姦魔です! ツユちゃん、貞操の大ピンチ! 助けてください!」



 しかし、ラズリーは一歩も動かず、



「それは朗報ではありませんか? ヒロ様は白露様の幼い身体に興味があるということですから。いっそ身体を張って篭絡してみては?」


「びええん! 護衛が全然護衛しません!」



 再びメイドに裏切られ、ショックを受ける白露。


 まあ、嫌がっているみたいだし、これくらいで勘弁してやろう。

 これ以上デマを広げられても困るからな。



「乱暴にして悪かった。でも、一度引き受けた以上反故するつもりはない。だから安心しろ」


「……………別な意味で不安を感じます」


「それも安心しろ。お前のつるぺたボディには全く興味が無い」


「本当に失礼な人ですね。ここまで鐘守にぞんざいな口を叩く人は初めて見ました」


 

 白露は口をへの字口にしてムッとした顔。

 少しだけその目に非難の色を映しながらじっと睨みつけてくる。


 対して、俺はそんな白露へ軽口で返す。



「諦めな。俺は辺境のさらに奥の方の出身だから鐘守への敬意は薄いんだ」


「やっぱり辺境は大変です。もっと辺境対応マニュアルを読んで勉強しないと………」



 自分のポシェットに触れながら、ポソリと呟く白露。


 何気ないセリフであったが、俺の琴線に触れた言葉が一つ。



 辺境対応マニュアル?

 雪姫が持っていた奴か!


 あの、上から目線で居丈高に書かれた、辺境の人々への対応マニュアル。

 どう考えても相手に喧嘩を売っているとしか思えないQ&A。

 そんなのに従っているから、強い奴が集まらないんだよ!



「おい、そのマニュアル、よこせ! 破り捨ててやる!」


「駄目です! これは教会の備品なんですから!」


「やかましい! だから秤屋で喚いていたのかよ! そんな不良品、害にしかならないから今ここで処分する!」


「ぎゃあああ! ラズリー! この人やっぱり野蛮です! 強盗に早変わりしました! 今度こそ助けてください!」



 白露は大事そうにポシェットを抱えて、ラズリーに助けを求めるが………



「すみません。今、こちらのハクトさんと紅茶談義をしておりまして。忙しいので後にしてくれますか?」


 

 いつの間にか白兎と仲良くなっているラズリー。

 どうやら紅茶の淹れ方について議論を交わしている様子。

 

 とても従属機械種とは思えない塩対応だ。

 もしかしたら、ラズリーもこの辺境対応マニュアルを良く思っていないのかもしれない。


 

 だが、そっけなく助けを断られた白露は、

 


「ぴゃあああああ! ついにラズリーから見捨てられてしまいました! もうこの辺境で1人っきりです! うええええええん!!!」



 三度、ラズリーから裏切られ、ショックのあまり泣き出した。



「ああ………しまった。ちょっと、やり過ぎたか」



 流石に泣き出した相手から無理やり取り上げようとは思わない。


 少々子供相手に大人げなかったかも………


 つい、反応が良いから『わからせ』過ぎてしまった模様。

 


 でも、まあ、あの諦観に染まった薄笑いよりも、大声で泣き喚いている方が子供らしいと言える。

 やはり、子供は子供らしくしているのが一番であろう。



「だけど、泣いている子供を泣き止ませるのは一苦労」



 そろそろ話を建設的な方向へ戻したいから、どうにかして白露の機嫌を取らねばなるまい。


 さて、泣いている子供には甘いモノが一番だが、何をあげれば機嫌を直してくれるかな?








 

 その後、七宝袋から『ハニードロップ』を1ダース取り出して、白露に献上。


 ラズリーも先ほどの塩対応とは打って変わり、甲斐甲斐しく白露を慰める。


 また、白兎もテーブルの上で軽快な盆踊り染みたダンスを披露して、ようやく白露を泣き止ませることに成功。



「ヒック、ヒック………、今日の所は、この『ハニードロップ』に免じて許してあげますが、今度ツユちゃんに無礼を働いたら、『悪戯された!』って言い回ってやりますからね」


「社会的に死ぬから止めてくれ。俺も少しやり過ぎたことは反省しているが、もし、それをしたら『お尻ぺんぺんの刑』を出さざるを得ない」


「ぴぃっ! …………………へ、ヘヘンッ! そんな脅しは通用しません! そんなことになっても、今度こそ本当の本当にラズリーが助けてくれますから! ………ねっ! ラズリー!」


「はい、お任せください。その場合は男性であるヒロ様に代わり、『お仕置き』スキルを習得している私が打擲役をお引き受け致します。これで白露様は恥ずかしくありませんね」


「全然助かっていません! 何でツユちゃんがお尻をぺんぺんされるのが前提なのですか!」


 


 まあ、色々あったが、詳しい段取りについて打ち合わせを行い、守護者討伐への出発は10日後に決定。


 守護者の狩場までの足は俺が車を出すことになった。


 白露は車を借りるつもりのようだったが、この街から狩場まで2日の距離だ。

 さらにそこから広大な狩場を進もうとすれば、1週間以上。

 帰りの日数も考えれば、最大20日は見ておくべきだろう。


 辺境の街で借りられる車なんて、俺の超小型潜水艇をくっつけた車程の快適性は望めない。

 長期間を野外で過ごすなら我が家同然の超小型潜水艇は必須。


 だからあえて俺から申し出で車を出すことにしたのだ。

 未来視の中だが、白月さんも一度乗せてあげていることだし、これくらいは構うまい。



「続きはまた今度にしよう。俺もメンバー達と相談したいから」


「分かりました。では、連絡にはラズリーを向かわせます」


 

 とりあえず大まかな段取りは決定。

 後は、細かい調整を残すのみ。


 こちらも確認しないといけないこともあるから、今日の所はここでお開き、後日改めて打ち合わせすることなった。






 高級レストランを出た所で白露達と別れる。



「では、また会いましょう」


「それでは失礼いたします。ヒロ様、ハクトさん」


「ああ、またな」


 ピコピコ




 去っていく1人と1機を見送った後、足元の白兎と目線を交わし、



「ふう………、まさか、鐘守と一緒に立ち向かうことになろうとは………」



 パタパタ


「んん? …………へえ? 随分とラズリーさんの腕前を買っているんだな」


 フルフル


「ほう? そこまでか? お前が一度拳を合わせてみたいと思う程に………」



 同じ徒手空拳の格闘技を習得している白兎とラズリー。

 機械種でありながら、拳や蹴りで戦う異端の格闘スタイル。


 白兎が言うには、まだまだラズリーは奥の手を隠している様子。

 そして、その奥の手を引き出したいと、天兎流舞蹴術の伝承者としての血が騒いでいるようだ。



「でも、鐘守にお前の力を見せるわけにはいかないからな。そこは自重してくれ」


 フリフリ


「むむっ………、まあ、情報が漏れないならな。軽くスパーリングくらいなら許可しよう」



 随分と白兎はラズリーに注目している。

 その内に抱える全ての技を引き出し、自分の天兎流舞蹴術に取り込みたいと思っているらしい。



「それなりに長い旅になるし、向こうの戦力を把握するのも必要だしな」



 できれば白露の感応士としての力も確認しておきたい。

 あのお子様思考なら、ちょっと煽ててやればすぐに力を見せつけようとするだろう。


 敵はこれ以上ない強敵。

 俺達全ての力を出し切らなければなるまい。


 その為にはまずこちらの戦力分析を行わなくては。

 もちろん、我が悠久の刃のメンバーも含めて。


 


「さあ、俺達もガレージに戻って、皆と打ち合わせするぞ」



 大まかな方針は決定したが、やはりきちんとメンバーとも話し合っておくべきだろう。

 守護者討伐へ向かうことは決定事項ではあるが、想定される課題が全て洗い出されたわけではない。

  

 我がメンバーには頭脳面においても優秀な人材が多いのだ。

 戦術眼に優れたヨシツネ、大局を見る豪魔、補給と管理に長けた森羅、戦略から謀略まで熟せる毘燭、戦力分析が得意な秘彗………


 

 パタパタ



「んん? …………ああ、お前もいたな。珍算奇謀には期待しているぞ、白兎軍師」



 ピコッ!ピコッ!



「よし! 駆け足で帰ろう。久しぶりに皆と作戦会議だ!」



 ピョンッ!!



 マイホームであるガレージに向かって駆け出す俺と白兎。

 

 少しばかりの不安はあるものの、胸に膨らむのはやり残したことを片付けられるという期待感。

 あの時、大きな魚を取り逃がしたという悔しさはずっと喉の奥に引っかかっていたのだ。


 

 さあ、待っているがいい!

 空の守護者、暴竜テュポーン!

 今度こそ、その機体をぶち壊して、必ずや首級をあげてやる!







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