第500話 露2



 ラズリーが素直に負けを認め、俺は白露が命じた試練に打ち勝った。


 さり気なく七宝袋から『真実の目』を取り出してかけ直す。


 さあ、ここからは刃ではなく、言葉でぶつかり合う試練となるであろう。



 俺の目的は2つ。


 白露をこの街にとどめること。

 そして、できるなら俺の仕出かしたことを暴いた白露の特殊能力について聞き出すこと。

 

 その為には白露の使命とやらに協力しなければならないだろう。


 しかし、これはあくまで一時のこと。

 白の教会に取り込まれるわけにはいかないのだ。

 

 どこまでかは協力し、どこかで線を引かなくてはならない難行。

 さて、こちらからは忠誠心を見せつつ、一線は引いた立場を手に入れなければ………

 



「凄いです! ラズリーが手も足も出ないほどとは!」



 青く澄んだ目を大きく見開いて、驚きを露わにする小さい鐘守。



「ヒロ………でしたね。貴方の力は大変素晴らしいモノです! まさかこの辺境でここまでの実力者に出会えるとは思いませんでしたよ!」



 白露は満面の笑みを浮かべて俺を褒めちぎる。



「貴方と一緒ならツユちゃんに課せられた使命も達成することができるでしょう。その暁には貴方をこの可愛い可愛いツユちゃんの『打ち手』にしてあげますね!」



 おや?

 『打ち手』にしてくれるのが、白露に課せられた使命を達成した後なのか?

 このメイドの試練を乗り換えたら、すぐに『打ち手』になれ!とか言って来ると思ったけど。


 当然、俺に『打ち手』になるつもりなんてないが………



「いや、それは遠慮しておきます」


「何でですか!」



 提示された報酬を俺は一言でお断り。

 たとえ相手が子供でも言質を取られるわけにはいかない。


 

「貴方、ツユちゃんに一目惚れしたんじゃなかったんですか?」


「えっと、そんなつもりはなくてですね…………」


「ツユちゃんじゃ駄目ですか? ツユちゃんが小さいから………駄目なんですか?」



 笑顔一変、白露の顔がクシャっと歪む。

 


「ツユちゃんが大きくないから………、小さいままだから…………」



 その目にだんだん涙が溜まって、今にも溢れそうな勢い。



「ぐすっ…………、ツユちゃんも好きでこんな身体のままで………」


「ああ! すみません、泣かないで………」



 アカン!

 いかに弁舌を振るおうにも、昔から泣く子と地頭には勝てないと決まっている。


 だけど、『打ち手』になるわけにもいかなくて…………

 

 

「その…………、俺には少し事情がありまして、白露様の『打ち手』になるわけにはいかないんです」


「ぐすっ、ぐすっ………、事情って何ですか?」


「ぐっ………、それも………、すみません。言えないんです」



 ここで適当な嘘を言うことも考えたが、向こうに俺の嘘を見抜く手段があればここで詰みだ。

 そうでなくても、白露についての情報が少なすぎる。

 この場で嘘をつくには条件が悪すぎて、さらに嘘とバレたら印象最悪。


 そんなリスクは犯せない。

 ここは『言えない』で通すしかない。

 せめて俺の意気込みだけは伝えて、何とかそれで誤魔化せれば……… 



「で、でも! 白露様を助けたい気持ちは本当です! だから俺の力が届く範囲ならどんなことでもやりますから! だから…………」


「…………ツユちゃんには挑まないといけない使命があります。一緒に挑んでくれますか?」


「はい、お任せください!」



 ここに来たら、もうこう言うしかない。

 すでに賽は投げられてしまっているのだから。



「本当に本当ですか? とてつもなく困難な使命になると思いますけど?」



 一体どんな使命ですか? と先に聞きたくなるが、それを言っては今までの演技が台無し。


 時と場合によって引っ込める覚悟など意味が無い。

 向こうも俺の覚悟を試しているのだ。

 ここで及び腰になるわけにはいかない。



「どのような使命であろうとも、必ずや白露様のお力になると誓います!」



 矢は放たれた。

 俺が口にした誓いは絶対だ。

 俺が俺である為に必ず守ると決めたこと。


 だが、ここまで俺が覚悟を決める以上、対価は頂く。



「白露様、その代わりお約束ください。無事使命を果たせた時、私のお願いを1つ聞いていただくと」


「…………お願い?」


「はい、白露様には些細なことかもしれませんが………」



 ぶっちゃけ、この街から出ないでもらうこと。

 できれば行き止まりの街には行かないと約束してもらうこと。


 しかし、当然、これは永久のモノでは無い。

 だが、少なくとも白露が行き止まりの街で見つけたと思われる証拠が風化するまでは留めておきたい。


 

 …………ほんの少しだけ、こちらの話し合いを後ろで見守っているメイド、機械種パーフェクトメイドのダブルであるラズリーを譲ってほしいとお願いしたくなった。



 喉から手が出る程欲しいと思っていたメイド型。

 俺好みの清純そうでお淑やかな容姿に、大人の雰囲気が漂う落ち着いた佇まい。

 しかもレジェンドタイプに近い戦闘力を持つ、ストロングタイプのダブル。

 美しさと強さを両立した奇跡的な機械種。

 

 もし、手に入るのなら、ここでマテリアル全財産を叩いても良いくらい。


 白露の抱える難題を片付けることの報酬として、求められるものなら求めたい。



 しかし、思い直してその言葉は封印。

 白露とラズリーの関係性も分からないのに、それを口にするのはあまりにもリスキー。


 もし、俺が他人から、白兎やヨシツネを譲ってくれと言われたら、それだけでソイツをぶん殴りたくなるから。


 当然、他のメンバーでも同じこと。

 俺が率いる『悠久の刃』の面々はすでに俺の大切な仲間。

 どのような報酬を提示されても頷けるものではない。


 大事にしていそうな機械種を譲ってくれと言うのは、この世界ではマナー違反も甚だしい。

 囮として連れていた機械種ラビットを譲ってくれと言うのとは訳が違う。

 相当親しい間柄でも不和の原因となるだろう。

 

 

 それに信頼し合っていそうな1人と1機の間を引き裂くなんて真似はしたくない。


 欲しいことは欲しいが、中央に行けばいずれ手に入る機会があるモノだ。

 ならばここは欲張らず白露をこの街に留めることに注力しよう。

 




「そのお願いって、何ですか?」



 白露は真面目な顔で俺に問いかけてくる。


 

 まあ、当然、その質問は来るよね。

 対して、俺はここで全てを洗いざらい話すわけにもいかず………



「それは…………、今の俺ではそれを口に出す資格がありません。白露様に課せられた使命が達成できた上で、俺が役に立ったと判断して頂いた後でお話いたします」


「……………」


「……………」



 互いに情報を出さないまま、沈黙の帳が2人の間に降ろされる。


 白露は少し充血した目で俺を見つめている。

 俺は視線を逸らさずに真っ直ぐ見返す。


 

 への字口に結んだ唇。

 年若い少女特有のぷっくりした頬。

 じっと探るような目で睨んでくる青い瞳。


 鐘守だけあって、将来は美少女、美女になることを約束された可憐な容姿。

 その手の嗜好がある人間ならヨダレを垂らしたくなる程の可愛らしさ。


 そのような嗜好は欠片も無い俺でも、ヨシヨシとその頭を撫で回したくなってくる。

 オネダリされたら、大抵のモノは買ってあげてしまうかもしれない。

 


 コイツ………

 子供の特権を最大限に活かしてくるな。


 当たり前だが、外見や容姿は交渉事において重要なファクターを占める。

 特に交渉する相手が男なら妙齢の女性というだけで有利になるし、子供からのお願いと言うのは断りにくい。

 

 相手がその有利な面を自覚していて交渉事に望んでいることが分かっていても、泣き腫らした顔で無言の圧力を受けるとこちらが譲歩してあげたくなる。

 

 

 だが、ここで俺のお願い事をストレートに口に出すのはマズい。

 今の段階ではどう考えても理由が説明できないから。


 しかし、白露と行動を共にして、彼女をもっと詳しく知ることができたのなら、糸口が見つかるかもしれない。

 彼女の能力、性格、信条などを揃えていき、打神鞭の占いを駆使すれば解決策が浮かんでくるだろう。



「………………」


「………………」



 沈黙が30秒程続き、



「分かりました。貴方の申し出、有難く受け取りましょう」



 沈黙を破ったのは白露。

 喚いていた時の醜態とは打って変わり、どこか年齢以上の落ち着いた雰囲気が醸し出される。



「使命が達成できたのなら、貴方のお願い事も、私………、ツユちゃんの力の許す限り叶えると約束します!」


「ありがとうございます。精一杯がんばりますので、よろしくお願いします」

 

 ピコピコ



 俺が頭を下げると、白兎も一緒になって頭を下げる。


 主従、揃って頭を垂れる姿に、白露は微笑ましそうにその表情をほころばせた。


 だが、そんな表情も数秒で打ち消し、再び真面目な顔つきになって、俺達へ向けて宣言。



「鐘守の白露が、白の教会から命じられた使命。それは…………」



 そこで言葉を切って、一度目を閉じた白露。


 次に目を開けた時、その瞳には決して揺るがぬ決意の光が見え隠れしていた。


 そして、語られる、白露に課せられた使命。


 それは…………

 







「その使命は…………『守護者の討伐』です」







 

 数秒、白露が放った言葉の内容が理解できなかった。


 ………いや、理解できるのだが、どうにも脳が受け付けない。

 もしかして冗談かと、改めて白露を眺めてみるも、彼女はフンスッ!とばかりに『言ってやった!』という表情。



 あれ?

 マジですか?

 あ~~あ、そうきますか?

 


 グワン、グワンと頭に『守護者の討伐』というセリフが飛び回り、やがて俺の口から飛び出した言葉は………






「おい………、ちょっと待てや、幼女」


「よ、ようじょ?」



 俺の思わず取り繕うのを忘れた発言に、白露は目を白黒させる。


 背後に控えるメイドのラズリーも、その顔に驚きの表情を浮かべた。


 人々から尊敬の念を集める白の教会の象徴たる鐘守。


 その鐘守である白露にして、未だかつて『幼女』と呼びかけられたことなどなかったのであろう。


 正しく不敬。

 その場で弾劾されても文句は言えない暴挙ではあるが…………



 そんなこと、この幼女から飛びだした『守護者の討伐』という妄言に比べたら大したことは無い!

 

 この街で守護者と言えば、暴竜テュポーン以外考えられない。


 俺が初めて仕留め損なった敵。

 いずれ再戦してやると思っていたが、まさかこのタイミングで来ようとは…………


 しかし、本気で守護者の討伐に向かうつもりなのだろうか?



「どういうことだ? 俺とお前で『空の守護者テュポーン』を討伐できると思っているのか?」



 いや、地上にさえ降りて来れば俺だけでも討伐してやるが、常識で考えて、こんなこと、一狩人に持ち掛ける話ではない。

 そもそも未だかつて一度も守護者が討伐されたことは無く、白の教会を以ってしても何百年も放置せざるを得なかったような相手。

 

 その討伐を命じられ、その協力を俺に求めるのは一体どのような意図があってのことか?


 まさか俺の本当の実力を知っているというのか?

 俺が空の守護者テュポーンと争い、撃退したことを………



 動揺を悟れぬよう、表情を固くして白露を見つめる。



「もちろんあなた一人で立ち向かえとは言いません。いくら貴方が凄腕でも、何百年討伐されなかった守護者は荷が重いでしょう。でも、感応士たるツユちゃんがいるのですよ!」



 白露は胸を張って堂々と宣う。


 白露の言葉に嘘は無く、俺1人では無理だとの認識している様子。


 つまり、俺1人では無理でも自分の感応士の力があればと言っているようだが、あの守護者は感応士が1人や2人いたところでどうにかなる相手ではない。

 というか、それでどうにかなるなら、すでに白の教会が全戦力をあげてどうにかしているだろうに。



「いやいや、感応士がいてもどうにもならないだろ! しかも、いきなり会ったばかりの俺を巻き込むなんて……、何を企んでる?」 


「フフンッ! 怖気づきましたか? いいですよ、貴方の誓い、聞かなかったことにしてあげても………」



 声を低くして真意を尋ねるも、白露は元の子供っぽい雰囲気に戻った感じで挑発めいた言葉を口にする。



「あ~あ………、一体どの口が『どのような使命であろうとも、必ずや白露様のお力になると誓います!』って言ったんでしょうね? ぷぷぷっ! その程度なのですか? 貴方の誓いの言葉の重さって?」



 ニタァ……と、ワザと憎らし気に笑みを浮かべる白露。

 


「鐘守たるツユちゃんを幼女呼ばわりする度胸はあるクセに、ちょっと大きくて空を飛ぶだけのレッドオーダーを恐れるんですか?」


「守護者はちょっとどころじゃねえ! あのバカでかい機体をどうやって討伐するつもりなんだよ!」


「………………なんか見たことがあるような物言いですね? 詳しいのですか?」


「そりゃあ……………」



 と言いかけて流石に口を閉じる。


 これ以上は話さない方が良い。

 一度口に出してしまった情報は引っ込められないのだから、余計なことは言わない方が良い。



「??? どうしました?」


「チッ! もういいわい!」


「フフフッ、かしこまった貴方より、今の貴方の方が好ましいです。人前では駄目ですが、ツユちゃん達だけだったら、普段通りの言葉遣いで構いませんよ」


「分かったよ、クソガキ」


「く、クソガキ?」



 白露の目が大きく見開かれた。

 頭がグラッと揺れて銀髪のツインテールがフルフルと震える。

 

 先ほどは流したようだが、流石にクソガキ呼ばわりはショックを受けた模様。

 中央の然るべき場所なら、その場で袋叩きに遭いかねない暴言。


 まあ、向こうも今更俺をどうにかできるとは思ってないだろうからな。


 ここまで来たら俺ももう遠慮はしない。

 それにそっちから『普段通りの言葉遣いで構いません』と言ってきたことだし。



「ラ、ラズリー! この人、ちょっと酷すぎませんか? ツユちゃんのことを『クソガキ』って………」


 

 血相を変えて背後のラズリーへと振り返る白露。

 ちょっと涙目になって助けを求めているようだ。


 しかし、助けを求められたメイドは一言、



「確かに秤屋での振る舞いを鑑みますと、『クソガキ』呼ばわりは仕方が無いのでは?」



 あくまで冷静に分析を返してくる。



「ラズリー! 貴方はどちらの味方なんですか!」


「もちろん、白露様でございます。ですから白露様からの問いに正直に答えました」


「少しくらい手心を加えても良いでしょう! せめて『お転婆娘』とか………」


「手心を加えましたので、『手のつけられない』の枕詞を外しましたが?」


「味方がいない!」



 ガーンッと従者の裏切りに、またもショックを受ける。


 そんな白露に対し、俺は追い打ちをかけるように先ほどの意趣返しを行う。



「これが普段の俺の言葉遣いなんだよ。何なら元に戻すか? 別に俺は構わんぞ」



 ニヤリと笑みを浮かべ、白露の言葉を反芻するように、



「あ~あ………、一体どの口が『今の貴方の方が好ましいです。人前では駄目ですが、ツユちゃん達だけだったら、普段通りの言葉遣いで構いませんよ』って言ったんだろうな? ぷぷぷっ! その程度なのか? 鐘守の言葉の重さって?」


「くううううう!! ツユちゃんの真似をして!」



 地団駄踏んで悔しがる白露。


 まあ、少しだけ俺の溜飲も下がったのでこれくらいにしてやろう。


 なにせ、俺が誓いの言葉を述べた以上、白露とは暴竜を討伐するまでは一蓮托生なのだ。

 ならば俺も言いたいことを言わせてもらうし、確認しなければならないことは遠慮せずに口にする。



「おい、一つだけ確認させろ。策はあるんだろうな?」


 

 無策だとは思いたくない。

 一時共闘するかもしれない相手なのだから、せめてまともな頭をしていてほしい。

 

 もし、全く何も考えていないのであれば、敵よりも厄介な無能な味方だ。

 

 俺が誓った以上、守護者は討伐してやる。

 ただし、完全に俺へ丸投げするつもりなら、討伐の間、ずっと車の中に閉じ込めて、一片たりとも関わらせずに終わらせるつもり。


 さて、白露の覚悟はどのくらいのモノか?



 俺の挑戦的な目つきに対し、白露は対抗するように見返してくる。



「……………本当に遠慮がありませんね。そんな人だと思いませんでした」


「うるせー、年下相手にいちいち敬語なんて使ってられるか! ………で! どうなんだ?」



 俺の詰問に、些かムッとした顔を見せる白露。

 しかし、許可を出したのは自分なのだから、自業自得でもある。


 やがて、唇を尖がらせながら、俺の問いに答えてくれる。



「もちろん策はあります。まずはこれを………」


 

 と言って腰に付けたポシェットから20cmくらいのカンテラみたいなモノを取り出してくる。



「これは感応増幅器と呼ばれる発掘品です。名前の通り感応士の力を増幅するモノです」


「へえ?」



 筒状のガラス容器の中に光が灯っているアンティークっぽい手提げ燭台。

 見た目はそんな大したモノには見えないが、そのような性能を持つのであればかなり有用なアイテムであろう。


 

「それは凄いと思うけど、相手は空を飛んでいるぞ。まさか数キロ先まで影響範囲を伸ばせるのか?」



 感応士が機械種に対して影響を与えられる距離は最大数十メートル。

 距離が離れればは離れるほど干渉力も落ちるから、有効距離はせいぜい10mそこそこ。


 

「まさか! どれだけ貯めた力を一気に放出しても100mくらいが精一杯です」


「それじゃあ届かないだろ」


 

 有効射程が10倍にもなるのは破格の能力。

 しかし、それでもあの天空の暴竜には届かない。



「いえ、大丈夫ですよ」



 白露はニコッと微笑み、自信あり気な顔を俺に向けた。



「なぜならツユちゃん達は守護者のねぐらに奇襲をかけるのですから」



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