第499話 メイド



 ビュッ!!



 白露の開始号令直後、ラズリーは俺に向かって拳を鋭く突き出した。

 腰の入った見事な正拳突きだ。


 しかし、俺との距離は7m近くあり、当然ながら拳では届かない距離。


 突き出された拳は何もない空間を叩く………、ただそれだけのはずなのに、



 シャンッ!


 バンッ!



 しかし、俺は槍を振るい、何もない空間を叩き切った。


 瀝泉槍の穂先が無形のナニカを切り裂いて迎撃。


 辺りに空気が弾ける音が響く。




「お見事です。よく防ぎましたね」



 ラズリーからの感心した声。


 見えたわけではない。

 だが、瀝泉槍から流れ込む武人の勘が反応を示したのだ。



「…………空気圧縮弾か?」


「ご名答。機械種が相手では大したダメージも与えられませんが、人間相手には十分です」



 ラズリーから撃ち出された空気圧縮弾は着弾すると極小規模の衝撃と爆風を撒き散らす。

 言うように対人技とすればかなり有効な攻撃手段。



 気圧や風、気流操作はマテリアル錬成器の錬成制御によって行われる。

 物質変換・操作は固体物に留まらず、流体・気体にも有効であるから。


 だが、個体物を操作するよりも難易度が高く、気体操作なら少なくとも中級以上、ここまで精密な操作ができるなら上級レベルが必須。

 マテリアル機器に操作できる対象物を限定させることで、制御レベルの緩和もできるのだが、それとしても相応に高いスキル等級であるのは間違いない。

 内政型であるメイド系や近接格闘型の武道家系が揃えているのは非常に珍しいと言える。

 白露が言っていたように、やはりかなりチューンナップされた機種であるようだ。



「いきなり飛び道具なんて、機械種マーシャルアーティストの名が泣くぞ!」


「フフフッ………、そうはおっしゃいますが、ご覧の通り私の機体のベースは機械種パーフェクトメイドです。どうしても肉弾戦では本職には劣りますので、こうした小技で攻めるようにしているんです」



 そう言いながら、拳を腰に引き戻すラズリー。



「私に肉弾戦を挑みたければ、この攻撃を潜り抜けてきてください。では、行きますよ」


「チッ!」



 瀝泉槍を前に構えて防御態勢。

 

 これが実戦なら踏み込んでやるのだが、今回の勝負は俺の実力を示す為のモノ。


 それに下手に攻撃をしかけてラズリーを傷つけてしまえば、白露の心証も悪くなってしまいそう。


 横綱相撲という言葉もあるように、待ち構えて全ての攻撃を防ぎ切り、その上で俺の圧倒的な戦力を見せつけてやることにしよう。



『お寝坊さんに鳴らす目覚ましのベル』


「はい?」



 突如ラズリーが呟いた、戦闘には似つかわしくないセリフ。


 思わず聞き返してしまったが…………

 



 ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 


 目にも止まらぬその場でのジャブが繰り出された。

 

 まるでシャドーボクシングでもしているような光景だが、




 シャンッ!

 シャンッ!


 バンッ!

 バンッ!

 バンッ!


 

 これも勘頼りの瀝泉槍2閃。

 飛んできた3つの見えない空気の塊を叩き切る。



「なるほど、どうやらまぐれではなさそうですね」



 俺へと鋭い目を向けながら、どこか楽しそうな顔で呟くラズリー。



「次は連打でいきますよ! 『いい加減に目を覚ましなさい! 鳴らすベルの音はさらに激しく!』」




 ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 ブンッ!ブンッ!ブンッ!



 今度は両手での乱れ打ち。

 圧縮空気弾が嵐のように打ち寄せてきた。



「だあああああっ!」



 右へ左へと瀝泉槍を振り回し、襲いかかる無色透明の弾丸をひとつ残らず消し飛ばす。


 威力自体は大したことは無いが、ぶつかった時の衝撃はそれなりだ。

 普通の人間なら、一つでも命中すれば体勢が崩れ、続けざまの攻撃の餌食になるに違いない。


 先ほどからのラズリーのセリフがこの技の名前なのであれば、さしずめ俺は起こしてもなかなか起きない寝坊助野郎ってとこか………

 


「つーか、こんなの喰らったら、起きるどころか昏倒するだろうが!」


「ご安心を。昏倒しても私が優しく介抱いたします。それもメイドのお仕事ですよ」


「マッチポンプ過ぎる!」



 このメイド、いい性格してやがる。

 流石はあの白露のメイドだけあるな。



「しかし、これはいくらベルを鳴らしても起きてくれそうにないですね。では手を変えることに致しましょう」


「起きてるから! 目、バッチリ開いて起きてるから!」



 俺の発言をさらりと聞き流し、薄紅色の花びらにも似た唇から言葉が零れる。



『軽くステップ踏みながらの楽しいお買い物』



 またまた戦闘とは全く関係の無いセリフ。

 

 それと同時に、ラズリーはふわっと低い体勢を取り、



 フッ………

 

 

 機体が風と同化したかのように、此方へと急接近。

 全く挙動を感じさせない自然な動作。

 氷上を滑るごとき足取りで瞬時に距離を詰めてくる。

 

 そして、



 ビュンッ!



 下から突き上げてくる矢のようなハイキック。


 首を反らし、紙一重でそれを躱す。


 しなやかな足がピンと伸びて、俺の頬ギリギリを通り過ぎた。

 残念ながら足首までタイツを履いているみたいになっているので、眩いおみ足を見ることはできないが………


 思わず足の付け根の方に視線が吸い寄せられる。

 

 だが、残念。

 すでにスカートでは無いのだ。



 ああ! クソッ!

 なんで服をチェンジしたんだよ!



 全く以って理不尽な憤りを感じてしまう俺。

 と、同時にこれではスカートを履き変えるのも仕方が無いなと納得。



 そんな煩悩塗れの俺を他所に、ラズリーは更なる攻撃を加えてくる。



「『お夕飯の為の食材探し。あら、こんな所にお肉やお魚………』」



 またも聞こえてくる意味不明な呟き。



 パッ、パッ、パッ、パッ、パッ、パッ、パッ


 ビュンッ! ビュンッ!



 その後に続く、密着間合いからの連打。


 パンチ、エルボー、手刀、膝蹴り………


 嵐のように拳と肘、蹴り、膝が飛んでくる。



 ひょっとして、俺が食材なのかしら?

 ひえっ! 喰われる!


 まあ、これほどまでの美女に喰われるのなら本望な気も……… 


 

「おっとっ!」



 色気に迷いそうになりながらも無数の攻撃を避けて躱し、瀝泉槍の柄で弾く。

 時には槍を持っていない方の手で払いのけ、体捌きを駆使して雨霰と降る連打を凌ぐ。



 コイツ………

 攻撃速度が半端ない………さらに、戦い方が上手い!


 こちらの間合いへの入り方。

 決して反応できないスピードでは無かったが、驚くほど滑らかに滑り込んできた。


 近接戦闘だけを取ってみれば、同じストロングタイプである剣風、剣雷すら上回り、しかも、おそらくこれが全力ではないのだ。

 もしかしたらヨシツネに近いレベルかもしれない。


 ラズリーの機種は機械種パーフェクトメイドで、その本分は屋敷内での家事のはず。

 機械種マーシャルアーティストが追加されたとしても、あくまで機体自身は戦闘には向かない内政系のモノ。


 どれだけ改造を重ねているんだ?

 もうストロングタイプというレベルじゃないぞ!

 ダブルと言うのはここまで能力が向上するというのか!


 

 胡伯もストロングタイプのダブルだが、その職業はどちらも戦闘系ではないので、その差を目に見えた形で感じることは少ない。

 しかし、機体本体が非戦闘タイプなのに、戦闘系の職業を追加しただけでレジェンドタイプに迫るというその差は明白。

 


「ふっ………」



 思わず笑みが零れそうになる。

 

 俺の元にいるストロングタイプの秘彗、毘燭、剣風、剣雷。

 すでに何度もその力を見せつけてくれているが、職業を新たに追加すればさらに強くなってくれる。

 その明白な証拠が目の前にいるのだから。



「……………」


 

 攻撃を続けるラズリーの表情が固くなる。

 自分の目にも止まらぬ連続攻撃を完璧にイナシながら、なお余裕の笑顔を浮かべる俺を見て、思う所があったのであろう。



 トンッ



 一旦、攻撃を取りやめ、バックステップで後へと下がるラズリー。



「ふう………、驚きです。正直言いまして、ここまで手加減されると自信を失いそうになりますね」



 苦笑いで俺へと語り掛けてくる。



「そこまで余裕があるわけではないですよ。攻めようとするとカウンターを貰いそうだったので、防御に専念しただけですから」



 槍と素手では圧倒的に槍の方が有利。

 だが、向こうに射撃技があるなら話は別。

 さらに搦め手を持っているなら、油断などできない。



「なるほど………、強くて、慎重。さらに謙虚。本当に超一流の狩人の条件を揃えていますね。流石は未踏破区域の紅姫を討伐しただけのことはあります」


「さて? なんのことやら…………」


 

 多分、鎌をかけただけだろう。

 でも、半分くらいはそう思っているのかもしれない。

 だが、こちらから認めてやるのもシャクだから、しらを切れることろまで切るつもり。



「では、試練はこれが最後に致しましょう」



 ラズリーは左腕を前に出し、右腕を下げる。

 

 右の拳はぎゅっと握り込まれ、その手中にエネルギーを貯めているかのよう。



 対して、俺はどのような攻撃が来ても防げるように瀝泉槍を斜めに構えて、迎撃準備。



『熱いスープはフウフウと冷ましてから召し上がれ』



 またも呟かれる、戦闘にはそぐわないセリフ。



 その瞬間、




 ブンッ!!!!!!



 

 ラズリーはその場を動かず、下げた右拳を思いっきり上に突き上げた。


 それは滝を逆流させるようなアッパー。


 しかし、その拳は当然、俺に届くはずも無く…………




 ボフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!




 突如、俺の足元付近から上昇気流が発生。


 幾匹の竜が昇るかのごとく、風を渦巻かせながら土埃を舞い上げる。


 その勢いは俺を中心にして生まれた超小型竜巻。


 たった半径5mの範囲に絞って限定された在り得ない気流嵐。




 ボフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!




 巻き起こった暴風によって地面から土埃どころか石畳すら上へと飛ばされていく。

 もう風で持ち上げられているというより、大気ごと固められてひっぱりあげられているようだ。


 この風速なら車や建築物、家でさえ何十メートルも吹き飛ばされる程。

 60kgに満たない俺の身体など、木の葉も同然に………




 いや、俺の足は地面にピタリと着いたままだ。


 髪の毛は逆立ち、黒のパーカーはうるさいくらいにバサバサと風で煽られているが、ただそれだけ。


 何物をも空中に舞い上げる竜巻であって、『闘神』である俺の身体は一ミリとも動かすことなんてできない。

 足を地面に付けている限り、俺はどのような力にも微動だにしないのだ。


 瀝泉槍を構えたまま、この竜巻を作り出したラズリーから視線を外さない。


 天変地異とも言うべき惨状のど真ん中で、俺はただ戦闘態勢のまま仁王立ち。




 


 やがて、竜巻が消え失せる。


 空に舞い上がっていた瓦礫や石畳が少し先の場所へと落下していく。


 一定区画に集約したように、正確に、精密に、どんどんと上から積み上げられていく。

 

 それはまるで透明な建設機械が作業しているかのような光景。


 どうやら発生させた竜巻を完璧に制御して、自分の主を巻き込まないようにしていたのだろう。



 流石はパーフェクトメイド。

 完璧な仕事っぷり。



 ふと、そんな感想を思い浮かべた時、



「空に飛ばされたのなら、落ちてきた所を優しく抱き留めてあげようと思っていたのですけどね」



 いつの間にか戦闘服を脱ぎ去り、ラズリーが元のメイド姿へと戻っていた。

 先ほどまでの荒々しい戦闘時の姿から、メイドに相応しい楚々とした佇まいへ。



「そこまでつれなくしなくてもいいのではありませんか?」


「女性に抱きとめられるのは趣味ではありませんので」


「ふふふっ、残念。ではお誘いはまたの機会に…………」



 そう言って、表情を和らげるラズリー。


 そして、



「参りました。降参です」



 スカートの端を持ち上げ、一部の隙も無い完璧な一礼を以ってこの勝負の終わりと告げた。




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