第498話 露
「!!! 誰ですか!」
突然出てきた俺達の姿に、ピョコッと揺れる銀髪のツインテール。
白露はオメメをまん丸に見開いて驚きの声をあげる。
「あ~、その~…………、秤屋から飛びだしていった白露様のことが気になりまして………追いかけて来た者です」
向こうがどのような能力を持っているか分からない以上、ここはなるべく正直に答えた方が良い。
だが、俺が紅姫を討伐した話はできるだけ伏せておこう。
嘘では無く、言わなかっただけを貫く。
その上で白露の悩みを解決し、この街に長く引き留める。
難易度は高いがやるしかない!
「白翼協商所属の狩人、ヒロと言います」
仰々しく頭を下げながらの自己紹介。
10歳くらいの少女にペコペコするのも馬鹿馬鹿しいが、一応向こうはこの世界の支配者層の一員だ。
とりあえずは下手に出ておくことにしよう。
「ぜひ、白露様の力になりたいと思いまして…………」
ピコピコ
白兎も俺の足元に来て、一緒に挨拶。
耳をフリフリしながら俺と同じようにペコリと頭を下げる。
さて、反応はどうかな?
真実の目のレンズを通して見える白露の様子は、こちらをじっと警戒しながら俺を注視しているようだ。
どうやら少々驚かせたことが警戒感を生み出してしまった様子。
逆に、ストロングタイプのメイド型は俺の登場に何の反応も見せず、ただ悠然と主の背後に佇むのみ。
その反応から、俺達が最初様子を伺っていたことも感知していたのかもしれない。
ううう、マズかったかな。
やはりさっさと姿を現すべきだったか…………
白露はいきなり現れた俺達に黙り込んだまま、こちらを見つめている。
つぶらな青い瞳が俺と、俺の足元の白兎を行ったり来たり。
子供らしい反応と言うか、まるで野生の猫が値踏みをしているような感じ。
「あの~?」
沈黙に耐えられなくなり、恐る恐る声をかけると、
「……………むむむ? つまり貴方は………」
こちらを指さしながら、銀色の眉毛を寄せて眉間にしわを作る白露。
小学生が難しい問題集を読み解いているような顔。
そして、それが急にパッと明るい表情となり、
「この可愛いツユちゃんに一目惚れしたと言うことですね?」
「へ?」
「うっふっふ! ついにツユちゃんにもモテ期が来たようですよ! ラズリー!」
しかめっ面が一変、たんぽぽのような笑顔に早変わり。
白露は後ろのメイドに振り返って、嬉しそうに報告。
「やっぱり分かる人には分かるんですよ! 我儘ロリっ子タイプのツユちゃんの良さが!」
何言ってんだ? コイツ………
あと、自分で自分のこと、ロリっ子タイプとかいうな。
「でも、もう少しイケメンの方が良かったです。ツユちゃん的には渋いおじ様とか好みだったのですが………」
うるせー、
イケメンじゃなくて悪かったな。
「まあ、こうやって追いかけてきてくれたことですし、将来有望なのは間違いありません! 日々精進して腕を磨きなさい。そうすれば、きっと素晴らしい狩人になれますからね。影ながらツユちゃんも応援してあげます! 困ったことがあったら相談にも乗ってあげますよ!」
ニコニコと機嫌良さそうに捲し立てる白露。
だが、話している内容は俺の求めているモノと微妙にずれているような気が………
真実の目にも【嘘】と出ないことから、白露は俺のことを本気で応援してくれる気なのであろう。
しかし、俺の求めているモノはそれではない。
「いえ、その…………、俺は白露様の力になりたくて………」
「え? 貴方がですか? 」
俺の言葉に、白露は少し眉を顰めて申し訳なさそうな顔。
「うーん…………、そうですね。貴方がもっと強くなって、そこの機械種ラビットよりも強い機種を従属させたら、お願いしようと思います。今はその言葉だけで十分ですよ」
優しい目で諭すように話す白露。
言下にお前では力不足とお断りされてしまった。
あれ?
俺を普通の新人狩人だと思っている?
そりゃあ、武器は槍1本、銃1丁だけど、着ている服はただのパーカーとTシャツ。
おまけに連れている機械種がラビットだけなのであれば、そう誤解されても仕方がないが………
どうしようかと悩んでいると、今まで後ろで控えていたメイド型………ラズリーが白露へと耳打ち。
「白露様、この者は最近赭娼の巣を一踏一破した狩人です。『白ウサギの騎士 ヒロ』は機械種ラビットを連れ歩く、一見強そうに見えない少年であるとか」
「むむむっ! その名前は聞いたことがあります! たった3人で赭娼バーバ・ヤーガを討伐したと!」
「はい、その者で間違いないかと。さらに私の目から見てもかなりの腕前です。これは絶好の機会では………」
「ほう! …………ラズリーがそう言うのなら間違いありませんね。これは大チャンスかもしれません!」
2人?でこそこそと俺について囁き合う白露とラズリー。
俺の名前はある程度この街では浸透しているはずだから、知っていてもおかしくは無いが…………
「コホンッ! え~~、狩人のヒロ。貴方の申し出大変ありがたく思います。ですが、このツユちゃんが抱える問題は非常に難易度が高いのです。だから、ツユちゃんの力になりたいのであれば、まずその力を試さなければなりません!」
俺に向き直り、胸を張りながら宣言する白露。
「その試練は、このラズリーとの一騎打ちになります。外見は非戦闘型のメイド系ではありますが、教会の力を使って特別に強化された機種。その戦闘力は同じストロングタイプの標準的な近接戦闘型をうわ回るほどです。それでもこの試練に立ち向かいますか?」
「もちろんです。生半可な覚悟でここに来たわけではありません」
白露から投げかけられた試練を即座に許諾。
今更ストロングタイプの1機や2機で怯む俺では無い。
「本当に本当ですか? 一応怪我をさせないよう手加減させますが、大怪我する可能性だってありますよ」
「大丈夫です。こう見えても頑丈なので」
ドンっと自分の胸を叩いて頑丈さをアピール………
ポフッ………
だが悲しいかな、俺の胸板は同じ年の少年達と比べてもかなり薄い。
どちらかというと貧弱さをアピールしてしまったかも………
そんな俺の信ぴょう性が感じられない返答に、白露は眉をへの字に曲げて後ろのラズリーへと振り返る。
「本当にこの人強いんですか? どう見てもその辺の一般人より弱そうなんですけど? ラズリーが小突いたら死んじゃいませんか? ツユちゃんを騙そうとした奴等とは違うんですから、怪我をさせたら可哀想です」
「……………筋肉量は非常に少ないですね。でも、歩き方や動作を見るに、武術を修めているのは間違いありません。おそらく武人としては達人級です。それ以上のことは実際に手を合わせてみないと分かりませんが………」
「なかなか信じられませんが………大丈夫なんですか?」
「はい、お任せください。数少ない白露様のファンですからね。怪我をさせないように取り計らいます」
「むむむっ! 数少ないは余計です!」
両手を振り上げて抗議する白露。
どうやら結論は出た様子。
さて、完全な内政タイプのメイド型。
しかし、その実力はストロングタイプの近接戦闘型以上と言う。
その噂が真実なのであれば、胡狛と同じくストロングタイプのダブルなのかもしれない。
はてさて、どのような戦い方を見せてくれるのやら。
人気の無い街の空白地。
崩れた壁や瓦礫が散らばる空き地での一騎打ち。
俺と向かい合うのは、藍色のロングヘアにメイドキャップを被った見目麗しい美女メイド。
奥ゆかしいヴィクトリア風のメイド服を着こなすストロングタイプ機械種パーフェクトメイドと思われる機種。
そのメイド服の袖から見える真っ白な手は、繊細かつ、華奢。
まさに白魚のような手であり、とても戦闘が得意とは思えない。
その手は本来、主の為に細々とした家事をする為の手であるはずだ。
それも武器も持たず、一体どうやって戦うつもりなのだろうか?
「えっと…………、武器とかは?」
「いえ、お気になさらず。私の得意な戦闘スタイルはステゴロ(素手戦闘)でございます」
「ステゴロ………って」
思わずポカンと口が開いてしまう。
まさかそんな下町界隈のスラングを、本格派のメイドから聞くとは思わなかった。
しかし、素手戦闘が得意と言うことは、やはりストロングタイプのダブルと見るべきか。
このどう見てもストロングタイプのメイド系の基本職、機械種パーフェクトメイドにしか見えない彼女。
さて、追加された職業は一体何なのだろうか?
素手戦闘が得意なジョブシリーズで言うと、頭に浮かぶのは幾つかあるが………
「ちなみに手が刃物に変化とかしませんよね?」
「??? それはもう素手ではないのではありませんか?」
「ごもっとも………」
ふと、未来視で見た白風のことを思い出して、馬鹿な質問をしてしまった。
ほら見ろ! やっぱり手が刃物に変化するのは素手じゃないんだぞ!
この世界ではまだ健在であるはずの彼女に向かってツッコミ。
もし、現実で出会った時には必ず修正してやると心に誓った。
そんな遠い場所に思いを飛ばす俺に対し、メイドは少し小首を傾げながら口を開く。
「そうですね…………、刃物には変化しませんが…………」
「はい?」
その美しい手をぎゅっと握り、胸の前で両の拳をコツンッと軽く合わせるメイド。
女性には似つかわしくない仕草を取ったと思いきや、
ギュンッ
「おおっ!」
俺の視線を釘づけにしていたメイド服が一瞬で変化。
藍色の髪に映えて映るメイドキャップも、機能性に富み清純さを現す白いエプロンも、フワリと揺れて男心をくすぐるロングスカートも消え失せた。
瞬く間に身体をピッチリと覆う白と黒のボディスーツへと変わり、その素晴らしいボディラインを余すことなく見せつけてくれる。
そして、白魚のような手と表現したその繊手は、いつの間にか厳めしい金属製のガンドレットに覆われ、
ゴチンッ!
ラズリーは胸の前でもう一度両の拳を打ち付け、威嚇するように重い金属音をカチ鳴らす。
「改めてご挨拶を。私の名前は『ラズリー』と申します。ジョブシリーズ、ストロングタイプ、機械種パーフェクトメイド…………と、機械種マーシャルアーティストを兼ねております」
機械種マーシャルアーティスト!
打撃技が得意なジョブシリーズの武道家系ストロングタイプか!
ノービスタイプの機械種ストライカー、ベテランタイプの機械種ブラックベルト、そして、ストロングタイプの機械種マーシャルアーティスト。
近接格闘系の中では速度と手数に優れ、蝶のように舞い蜂のように刺すを信条とする。
攻撃範囲は狭いが、その手刀は重量級の装甲すら貫き透し、正確に弱点を捕らえる精密性に長けた攻撃を繰り出す。
獲物を選ばないことからの屋内での護衛任務や、その身軽さを活かしての斥候等にも使える応用性の高い機種。
やはり、胡狛と同じストロングタイプのダブル。
しかもメイドと武道家とは、なんという絶妙な組み合わせ。
平時は甲斐甲斐しく主の世話、イザという時は護衛として前に立つ。
うーん…………、実に隙の無い職業の重ね持ち。
メイドと剣士の組み合わせも良いが、武道家も捨てがたい………
しかし、メイド服が消えてしまったのは些か残念。
薄手のコンバットスーツに身を包んだ美女も良いが、麗しのメイド服に勝るモノはない。
できればメイド服のまま戦ってほしかったなあ…………
メイド服の色合いそのままに白と黒が組み合わさった戦闘服。
要所要所にプロテクターらしきモノが装着されており、女性らしいデザインと機能性を極限まで追求しているのが分かる。
だが、どこまでいってもメイド服の魅力には敵わない。
十分に美しく、魅力的な戦闘姿ではあるのだけれど………
「すみません。流石にメイド服、特にスカートのままでは戦えませんので………」
「ええっ! 別に俺は………」
「こうやってメイド服から戦闘衣装にチェンジしますと、大抵の男性は残念そうな顔をされますから」
俺の表情を見てのラズリーさんからのコメント。
優しい慈母のような笑みを浮かべながら、そう言われてしまうと二の句が継げない。
おそらく何回も同じような場面があったのであろう。
どこまでいっても男の性は変わらない。
「…………失礼。重ねてとなりますが、狩人のヒロです。獲物はこちらの槍を使います。構いませんね?」
「はい、お気遣いなく。この拳は幾多の敵の装甲を砕いた武器。そして、この身は主を守り通した盾。武具相手に遠慮は無用です」
眼鏡『真実の目』を七宝袋に収納し、瀝泉槍を構えて一歩前に出る俺。
半身に構え、右拳を腰に引き込むラズリー。
1人と1機の対戦。
開始のゴングを鳴らすのは、白銀の髪を靡かせて片手を振り上げる白露。
「両者、準備は良いですね? 勝負はどちらかが降参するか、戦闘続行不能となるかです! お互い、あまり大怪我をしないうちに申し出るように!」
幼い少女の甲高い声が、人気の無い街の空き地に響き渡る。
「さあ、勝負開始です!」
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