第497話 花4



「さて、残るはお前だけだな」



 地面に倒れる白風の遺体を通り過ぎ、地面にペタンと座り込む白花の元へと向かう。


 たった今、年端もいかない少女を撃ち殺したばかりなのに、俺の顔には一片の曇りも無い。

 

 今の俺の心を占めるのは、『俺の中の内なる咆哮』の猛り声。


 コワセ! コロセ! ブチマケロ! の大合唱。


 当然、その対象は俺から大事なモノをウバッタ相手。


 目の前の白花を殺さない限り、俺の中の炎は永遠に燃え盛ったまま。


 それもただ殺すだけでは生ぬるい。

 

 雪姫にそっくりな声が擦れて出せなくなるくらいに痛めつけてやろねば気が済まない。 


 さあ、良い声で思う存分泣き喚いてくれ!



 


「ははははっ! すぐに白風の後を追わせて………、いや、追わせてほしいとお前から頼んでくるようにしてやる!」


 

 狂的な笑みを浮かべ、ゆっくりを次の獲物へと足を進めていく。


 そんな殺人鬼のごとき俺の様子に、白花はごく普通の少女のような怯えた表情を見せる。



「こ、来ないで!」


「何を言っている? 俺からウバッテおいて、タダで済むと思うな!」


「いやあ!」



 怯える少女に、追い詰める俺。


 完全に今の俺は悪者だな。


 まあ、すでに鐘守を2人も殺しているから、俺が犯罪者であるのは間違いない。

 どのような理由があろうと鐘守を害するなんてこの世界では許されないことなのだから。


 この世界で鐘守、引いては白の教会に逆らうと言うこと自体が在りえないこと。

 その在り得ないことを容易く行った俺は、正しくこの世界の異端児。

 鐘守1人を殺した段階で、すでに俺は世界の敵になってしまっていたのだ。

 


「さらにお前を加えて鐘守を殺すのは3人か。もう最重要指名手配犯だな」



 鐘守を殺害している鐘割りは何人かいるようだけど、果たして今の俺を上回る重罪犯はどれだけいるのやら。



「いやいや! 近づかないで!」



 座りながらズルズルと後ろへ下がろうとする白花。


 着ている服が着物だから、裾が巻くれ上がり、スラリとした脹脛、真っ白な太腿が露わになっている。

 さらには胸元もはだけ、その隙間から雪姫よりも幾分大きい膨らみも垣間見える。


 目元に涙を貯め、哀れっぽく声をあげる白花。


 これほどまでに美しい少女が怯える様は、酷く男の嗜虐心をくすぐるだろう。


 女の子を痛ぶる趣味も無い普段の俺でも、思わず芽生えてしまいそうになる程の場面。


 誰が見ても、この後に訪れる少女の運命は明白だ。


 復讐心に肉欲が加わり、男は少女を犯すに違いない。


 だが、今の状態の俺は性欲を感じることが無く、そういった欲望に惑わされることも無い。




 だから、あまりの少女の変化に違和感を覚えてしまった。




 俺に怯えるのは分かる。

 でも、ここまで取り乱すか?

 

 赤の死線で活躍する超一流の狩人達。

 俺程飛び抜けている奴はいないだろうが、それでも人間の限界を超えた者達ばかり。

 それ等を知っているはずの白花の怯えようはどうにも胡散臭く感じてしまう。


 それに裾がまくれ上がったり、胸元がはだけているのもおかしい。


 自分の身に危険を感じているなら、逆に見えないように隠すだろうに。


 普通の男ならラッキーとしか思えないが、今の俺には不自然としか思えない。



 それはつまり…………



 警戒レベルをあげながら、白花へと近づいていく。



「ああ……、許して、ごめんなさい、だから………」



 ポロポロの涙を零して許しを乞う白花。

 哀れを誘う少女の懇願。

 大抵の人間はそんな少女を哀れに思い、手を差し伸べようとするだろう。


 しかし、すでに疑っている俺からすれば、それも演技であるように感じてしまう。


 では、もし、それが演技だとして、それは一体何の為に?


 ここは余計なことをせずに早めに始末しておくべきでは?

 

 そんな警戒心が浮かび上がり、歩みを止めて違和感を確かめようかと思ったが…………



 

 コワセ! 

 ツブセ!

 イタメツケロ!

 オレカラウバッタムクイヲクレテヤレ!!



 内から燃え上がる『咆哮』がそれを許さない。


 

 あの細腕をへし折り、泣き顔を歪ませ、絶叫をこの耳が聞くまでは止まりそうにない。



 アア、イッコクモハヤク、アノオンナニムクイヲクレテヤラネバ!!



 衝動に突き動かされながら、ゆっくりと歩み寄り、あともう少しで白花に手が届く距離になったところで、



 むっ!

 これは…………



 鼻の奥に感じた強烈に甘ったるい匂い。

 果物や花を煮詰めて凝縮したような強い香り。


 初めは香水か? とも思ったが、ここまでに強い香りは香水に不向き。


 ということは…………、ひょっとして毒?



 鼻と口を手で抑えながら、後ろ下がって白花から距離を取る。


 

 その上で、白花を睨みつけると、当の本人は先ほどまでの泣いていた姿とは一変。


 最初に出会った時と同じ、こちらを見下すような薄笑いを浮かべていた。








「あら? 手を出さないのですか? ほら、こういったシチュエーションは殿方は大好きでしょう?」



 嘲弄めいた物言いで俺を挑発する白花。

 ご丁寧に着物の裾をヒラヒラさせて眩い太腿の見せびらかしている。



「……………毒か?」


「さあ? それよりも、今なら抵抗も致しません。人々から崇められる鐘守を汚すチャンスです。一生の思い出になりますわ。もうこんな機会二度とあるかどうかわかりませんよ」


「………………」



 白花は地べたに座り込んだままだが、まるで高みから俺を見下ろしているような態度。

 どう考えても迂闊に手を出して良いような状況ではない。



 コイツは危険だ。

 何を企んでいるのか分からない。


 白花の変わりように再び警戒心が膨れ上がり、『俺の中の内なる咆哮』の衝動を矛先を変えていく。



 もしかしたら俺との会話を引き伸ばして援軍を待っている可能性もある。

 コイツが時間稼ぎを狙っているなら、乗ってやるのも馬鹿らしい。

 むしろ狙いを外す為に、ここはさっさと殺してやるとしようか………

 


 『高潔なる獣』を抜いて、銃口を白花へと向ける。


 だが、白花は全く意に介さず、ただ嫣然と微笑むのみ。


 

 俺は最大限に警戒しながら、確実に命中させられる距離まで近づき、引き金に指をかけた。


 

「あの………、一つお願いがあるのですが?」



 銃を目前に突き付けられた白花は、変わらない口調で俺へのお願いを口にする。



「顔だけは綺麗なままで残していただけませんか? 女の子ですので」



 白花の女の子らしい最後のお願いに、



「知るか」



 ドンッ!



 その願いを切って捨て、『高潔なる獣』の銃弾を以って、その雪姫によく似た顔を頭ごと吹き飛ばした。







 



「もうこの街にはいられないな」



 終わったばかりの戦場跡を見渡しながら、独り言を呟く。


 行き止まりの街での鐘守の殺害。


 もうすでに白の教会にその情報が回っていると考えて良いだろう。


 さらに今日、鐘守2名を殺した。


 1人は腹に大穴を開けた白風。

 もう1人は頭を吹き飛ばされた白花。


 この辺境で1日に2人の鐘守が殺害されるなんて前代未聞だろう。

 最後の最後まで俺は周りの予想を大きく上回ることを仕出かしたしまった。



「今から隠蔽工作をしても、もう遅いよな…………」



 死体を隠しても無駄だろう。

 俺の討伐に向かった鐘守が連絡を断てば、その結末は誰の目のも明らか。

 さらにあの計算高い白花のことだから、この情報もすでに何らかの手段を持って白の教会へ伝えている可能性が高い。


 

「早く街から出よう。それにどこかで姿も変えないとな………。今の姿のままならもう人間社会に溶け込むのも不可能だ」



 俺の名前と姿は最重要指名手配されることになる。

 そうなればあっという間に賞金稼ぎ紛いの連中が押し寄せてくる。


 だが、それだけことなら、俺が名前と姿を変えれば済む事。

 変化の術で外見を変え、10年ぐらい経てば、もう俺を追う人間もいなくなるはず。


 しかし、問題はそこではない。



「………………チームトルネラと、エンジュ達」



 俺との接点があるこの2つは間違いなく白の教会に狙われる。


 俺を炙り出す為に拘束され、場合によっては酷い拷問だって受けるかもしれない。


 当然、そんなこと俺が許せるはずも無く、これを回避しようとするなら………



「先に白の教会を潰すしかない…………」



 俺が白の教会に投降するという選択肢を取らない以上、もうそれしかない。


 このような状況になれば、すでに交渉など無意味。


 向こうの組織力を使えばチームトルネラの皆やエンジュ達への干渉を止めるのは不可能。


 俺1人がどれだけ力を尽くして守ろうにも守り切れるはずが無い。


 1人や2人ならまだしも、チームトルネラでさえ子供も合わせて20人以上。

 

 エンジュ達ですら、俺が野賊から助けた女性達を合わせれば10人を超える。


 どう考えても、教会の手から逃れることはできない。


 そして、捕まってしまえば取り返すのは非常に困難。


 

 例えば、サラヤやエンジュ達を拉致して、別々な所に監禁。

 さらに連絡網を引いて、リアルタイムで監視。

 誰か1人も救い出せば、残った人間を殺すと脅す。

 共有を使いこなす感応士ならできることなのだ。


 もうそうなれば俺1人の手ではどうにもならない。



「そうなる前に、圧倒的な力でねじ伏せ、組織の体をなさないまでぶっ壊す」



 もちろん、そんなことをすれば人類社会に与える影響は甚大。

 だが、そうしなければ、チームトルネラやエンジュ達がどうなるか分からない。

 

 会ったことも無い大多数の人間の生活より、俺は俺が大切だと思う仲間の方を選ぶ。

 


「気がかりなのは…………」

 


 上を向けば、星空が瞬き、月が雲の間から見え隠れしている。



「白月さん……………」



 脳裏に浮かぶのは、未来視にてお互いに思いを交わし合った鐘守の三宝の1人。


 白風と白花の2人を殺す前なら、彼女を通じて交渉が可能だったかもしれない。


 でも、いかに白月さんでも、雪姫に続き、鐘守2名を殺した俺のことを許すはずが無い。




「すみません。ひょっとしたら、貴方と争うことになるかも………」



 もし、目の前に白月さんが現れたとしたら…………


 俺は彼女と戦うことができるのだろうか?



「いや、もうそんなことを考えても仕方が無い。もうやるしかないんだ」



 これから始めるのは白の教会との戦争。

 

 向こうが感応士の集団ともなれば、俺のメンバー達もどこまで通用するか不明。

 だが、始めない訳にはいかない。

 

 もう口火は切って落とされたのだから。


 



*************************************




「終わったか…………、バッドエンドだと思っていたけど、白の教会との全面戦争か。最悪の展開の1つだな」



 未来視を見終えて、最初の感想はまずそれだ。

 その戦いは激しいモノになるに違いない。

 俺が無敵で最強とはいえ、向こうは感応士の集団を抱える人類最大の武力集団。

 いかに白兎やベリアル、ヨシツネがいても物量で来られたら真正面から勝ち抜くのは難しい。



「未来視で良かった………、とにかく後味が悪くて仕方が無い…………おっとっ!」



 身体がグラリと揺れそうになり、慌てていつの間にか戻ってきた白兎が俺を支えようとする。



「すまん、白兎」


 パタパタ



 支えてくれた白兎に一声かけた俺は、その頭を軽く撫でてから、壁にもたれ掛かって、未来視で得た情報の分析にかかる。




「まさか、あそこでトールが出てくるとはな…………」



 まず、一番のポイントはそこだろう。

 全く予想外の再会。

 終わらせたはずのイベントが後から追いかけてきたみたいな気分にさせられる。



「未来視内の俺は許したみたいだけど………」



 命を張ってチームを守ろうとしたトールの心意義には感銘を受けないわけではないが、今の俺の本筋ルートで起こった話ではない。

 少しばかり心境の変化はあるものの、いきなり態度を変えられる程俺の心は柔軟ではないのだ。



「それに、白風と…………」



 白風はかなりポンコツだが、真っ直ぐで気持ちの良い少女だった。

 俺が普通の状態なら、何もせずに解放してあげたのだろうけど………


 幸いなことに、現実では今でも元気な姿でそのポンコツぶりを晒しているだろう。

 会う機会があるかどうか分からないが、もし会えたのなら、少しばかり優しくしてあげても良いかもしれない。

 



「あとは、白花………か」


 

 雪姫の自称姉。

 恐ろしいまでの策略家。

 人を人と思わない冷酷な少女。



「…………できればもう二度と会いたくない」



 復讐を遂げたことで、彼女に対する憤りは収まっているが、それでも次会った時に正常でいられるかは分からない。

 敵に回せば非常に厄介で、とても味方にしたいとは思えない性格。

 ああいった人間には近寄らないのが一番だ。

 鐘守の中でも『白雲』と『白花』は絶対に接触を避けなければならないだろう。




 まあ、未来視内で出会った人物達への感想はともかく、手に入れた情報を整理すると、

 


「一つ分かったことは、同じような状況になればトールが俺に対しての人質に立候補しようとする。これがサラヤやテルネなら、もう俺は無条件降伏するかもしれないが、トールなら………」



 まあ、その場合、人質の安否を無視して、多少の反撃はできる。

 もし、今回のように死ななければ治してあげようとは思うけど。


 保険が一つできたみたいなモノか。

 あんまり頼ることはできないが、それでも無いよりはマシだろう。

 

 

 あと、もう一つ、分かったことがある。

 それは今回のルートに突入した切っ掛けが、幼い鐘守の少女、白露だということ。



「あの白露が行き止まりの街に向かうと、俺の仕出かしたことが白の教会に伝わるのか」



 今回の未来視で判明したことを検証すると実に簡単な計算式。

 

 あの白露は白花が言っていた探し物が得意な鐘守で間違いないだろう。


 彼女が行き止まりの街で、その能力を以って、俺が雪姫を殺害した決定的な証拠を見つけた。


 それが白の教会に伝わって、先走った白風、白花が俺を誅殺する為に動いたということか。


 つまり、白露を行き止まりの街に行かせないようにしなければならないのだ。


 しかし、ゴールは分かっても、一体どうやって行き止まりの街に行かせるのを阻止するのか。


 一番確実なのは、ここであの幼い鐘守を殺してしまうことなのだろうが………




 頭に浮かぶのは、子供っぽい白露の挙動。

 

 ブルンブルン揺れる触覚みたいな銀髪ツインテール。

 勢い良く振り回される小さい手。

 可愛らしいお口から飛び出る姦しい声。


 ネズミ花火のように舞い踊る小さな豆台風。

 あんな元気いっぱいの幼女を、白風や白花にしたように無残な死体へと変える………




 そんなこと、できるわけないよなあ。




 あの10歳程度の子供を殺すなんて俺には不可能。


 たとえ俺の中の内なる咆哮に突き動かされたとしても、全力で抗おうとするだろう。


 万が一、そうなってしまったら、俺のトラウマがもう一つ増えることになりそうだ。



「……………とにかく会って話を聞いてみるしかないか」



 とにかくあの少女の情報が極端に少ない。

 少なくとも何を求めているか…………、強者を手に入れて何がしたいのかを聞かなくては先に進まない。



 それにあまり時間を置くのも良くない。


 白露達がここを移動してしまうと、次に接触するのが困難となる。


 あまり人気のある場所で目立つようなことはしたくないし、白露達がこの街の白の教会の奥に籠ってしまえば、出会うことすら難しくなる。 


 白露と会って話を聞くのであればチャンスは今しかない。


 会ってどうなるかは分からないが、こうなったらぶっつけ本番。


 白露と、傍に控えるストロングタイプのメイド型との初接触だ。



「行くぞ」


 パタパタ



 白兎に一声かけて、白露達がいる場所へと向かう。


 さり気なく七宝袋から取り出した『真実の目』をかけてから。








※未来視での最後の白花の行動についてですが、主人公に目印をつけました。

白月と同じく、過去の自分との関係性を匂いで判別する為です。

どれだけ洗っても取れない匂いで、次の白花はこの匂いを地獄の底まで探し回ろうとします。

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