第496話 花3



「そ、そんな…………、ワタクシの機械種アルラウネが………」



 俺の手で破壊された機械種アルラウネを見て呆然とする白花。

 大きく目を見開き、口をポカンと開けたままになっている。


 まさか俺の実力がここまでとは思っていなかったのであろう。

 戦闘に秀でたタイプでは無いとはいえ、元赭娼を秒殺なんて、赤の死線で活躍する超一流の狩人でもなかなかいないはず。



 ザンッ!



 機械種アルラウネの分断された上半身に近づき、念の為に瀝泉槍でその首を刎ねる。


 極稀に例外もあるが、機械種は首を跳ねられたら活動を停止する。

 胴体の動力部から頭脳である晶石へのエネルギー供給がストップするからだ。

 

 人間と違い、機械種は上下に分断したくらいで安心できない。

 これ以上余計な茶々を入れられる前に確実に仕留めておく。

 


「元赭娼の首を易々と…………、あの光の剣といい、幾つ発掘品を保有しているのでしょうか………」



 こちらを無表情で見つめながら、白花はうわ言のように呟く。


 俺はそんな白花に一瞥をくれた後、少し離れたところで倒れているトールの元へと向かった。


 もちろん、白花や未だ座り込んだままの白風にも警戒は忘れない。

 背後を見せながらも、全周囲を見渡す八方眼を起動し、彼女らの挙動には細心の注意を払う。


 

 できれば余計な手出しはしないでほしい。

 今は何よりアイツの様子を確認しなければならないから。

 

 おそらく、今ならまだ間に合う………


 だが、間に合うからといって、どうするかはまだ決めていない。


 一体俺は何をしたいのか?


 それすらまだ分からない状態で、俺は仰向けに倒れ、手で腹を抑えているトールに声をかけた。



「トール………、久しぶりだな」


「ヒロ、久しぶり………」



 擦れるような声でトールが答える。



「ヒロが元気そうで何よりだよ………」


「お前は死にかけてるけどな」


「あはは、ははは、そうだね」



 無理やり口を歪めて笑みを見せるトール。


 血で滲んだ腹の辺りの様子から、撃ちこまれたのは小口径の銃弾のようだ。

 

 貫通していない所を見るに、威力も低い牽制用であったのだろう。


 この様子であれば、すぐには死にはしないはず。


 だが、腹に銃弾を喰らっている以上、このまま放っておけば必ず死に至る。


 トールの命を助けようとするのであれば、病院に連れて行くか………、仙丹を飲ませるか………だ。


 だけれども、トールを助けるか、助けないかで未だに迷っている。


 コイツは俺を陥れた。


 でも、コイツに助けられたこともある。


 両天秤の皿の上にある恨みと恩。


 果たして重いのはどちらなのであろうか?


 だから俺はそれを確かめなければならない。

 

 

「なんでこんなことをしたんだ? 俺への贖罪のつもりか? そんなことをしたってお前を許すつもりはないぞ」



 敵が改心して、それを素直に主人公が受け入れて許すなんて、ネット小説で一番炎上する展開だ。


 敵なら最後まで敵でいろよ!

 分かりやすく『ざまあ』されて、稼いだヘイトを解消させろ!

 そうでなければ、そのままフェードアウトしてくれよ!

 なら俺だって欠片も気にしなかったのに!

 

 

 そんな俺の内心も知らず、トールは息も絶え絶えになりながら、俺の質問に答えようとする。



「…………これは僕が仕出かしたことが………原因だからね。責任を取ろうとしただけだよ」


「それで命を張ったということか?」


「これでチームの平和が保てるなら………安いモノさ」


「……………そうだな」



 トールの思考は元々チームのことが最優先…………、いや、チーム = サラヤなのかもしれないけど。


 その為に命をかけるのは彼にとって当たり前のことなのであろう。


 だから、チームにとって不確定要素だった俺を排除しようとした。



「チームトルネラの皆はどうしている?」


「一応、僕が大人しく人質になることで………見逃してもらったよ。以降手を出さないという条件で…………、でも、あの鐘守、守るかなあ………」

 

「……………俺が守らせるよ。必ず…………」


「そうか………、ヒロがそう言ってくれるなら、安心だよ。後は任せていい?」


「ああ、任せろ」


「ふふふふ………、本当にヒロは頼もしいね。君に嫉妬していた僕が馬鹿みたいに思えるなあ………」


 

 痛みに耐えながらも、嬉しそうに微笑むトール。


 いつも食堂では隣に座って会話していた時の顔を思い出す。



「ねえ、知ってるかい? 僕は君になりたかったんだよ」


「……………」


「チームを支えるだけの獲物を狩って………、サラヤが僕に報酬を渡そうとするんだけど、それを断るのさ。なんてカッコ良いんだろう…………」


「……………」


「自分の好意を胸に秘めながら、ジュードとの仲を応援してあげて………、チームを立て直して…………、それで…………」


「おい、あんまり無理してしゃべるな…………」


「君が全部、全部、成し遂げたことさ。僕は何にもできなかったけど、君は…………」


「そんなことは無い! お前も活躍したじゃないか! 俺がいない時にチームを指揮して襲撃から本拠地を守ったのはお前だろう!」


「…………そうかな?」


「ああ、間違いない。あれはお前しかできなかった。俺では無理だったんだ」



 あの時、未来視では俺が帰ってきたが為に、皆が俺に頼りきりとなり、結果、俺が街を離れた後チームは崩壊していた。

 あれはトールでなければならなかったのだ。

 決して何もできていないわけじゃない。



「そっか………、ヒロがそう言うのなら………そうなんだろうね。こんな僕でも役に立てたんだ…………」



 チラリと自分の指の欠けた右手を見るトール。

 

 その手では武器を握ることができず、チームでは足手まといの立場に追い込まれていた。

 サラヤがリーダーとなってからは、その参謀として知恵を働かせていたようだが、それでも、戦いに赴くジュードやディックさんの後姿を羨望の目で見ていたに違いない。



「ありがとう、ヒロ。そして、ごめん。君を陥れようとしたことは………僕の誤りだった。もう謝ってもどうしようもないけれど………」


「いいさ。俺もたくさん失敗している。それを次の成功で取り返せばいい」


「あはははは、そうだね…………、生きながらえることができたのなら、次はきっとヒロの役に立つために頑張るよ………」



 そう言いながらも、流石に自分が生きながらえることができるとは思ってはいまい。


 今のトールの様子を見れば、遅くともあと数時間の命だ。

 

 銃で腹を撃たれたのなら、開腹手術が必要となるが、現代日本と違ってこの世界には救急病院も救急車も無い。


 しかも今はとっくに病院が閉まっている時間帯。

 どう考えても治療が間に合うわけがない。


 それに万が一、生き残ったのとしても、鐘守を謀り、敵に回したトールに生き残る可能性なんて無い。


 俺とは違って、ただの一般人だ。

 チームを守る為、そして、俺の負担を避ける為に、彼はどうやっても逃れられぬ死の運命に足を踏み入れたのだ。



 でも……………

 それでも……………




 目を瞑って考え込む事、20秒程。


 出した結論は、とりあえずトールを仙丹にて治療する。


 このままトールに死なれたら、間違いなく俺は後悔するから。


 これは許すとか許さないの問題ではない。


 俺のトールに向ける感情はどうであれ、彼はチームの為に命をかけた。


 そして、俺はチームトルネラの一員だ。

 

 ならば傷ついたチームメンバーを助けるのは当然のこと。


 そこに恨みもへったくれもあるまい。


 あとはトールを治療した後だが………


 場合によっては、この場にいる鐘守と交渉する可能性もあるだろう。

 

 大人しく捕まってやるつもりはないが、見逃してやる代わりにと脅しつければ何とかなるかもしれない。


 あの白花は信用できそうにないが、白風であれば交渉の窓口ぐらいにはなってくれるかも。


 あとは、何とか白月さんに会うことができれば、あの『合言葉』を使って………




 頭をフル回転させ、この場での最適解を導き出そうとする。


 道さえ決まれば、細かい調整は後からでもできる。


 後で打神鞭の占いを使えば、さらに精度も上げられる。


 

 よし! この方法なら…………



 考えが纏まり、早速トールを癒す為、仙丹を作り出そうとした所で、




「ヒロ! 僕から離れて!」


「え?」



 突然、トールが大声を出す。



「何を突然………」


「おかしいんだ! 腹の中から音がする………、カチカチカチって、これはもしかしたらあの銃弾が………、早く僕から離れ…………」





 その瞬間、トールの身体が弾けた。





 ボフォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!





 真っ赤に燃え上がる炎が吹き上がる。


 トールであったモノを中心に、何千度の炎の渦が発生。


 傍にいた俺も巻き込み、10m以上もの火炎旋風が辺りを包む。


 



 ああ………、赤い。


 視界の全てが真っ赤に染まっている。



 炎に焼かれながら、目の前の惨状に呆然となる俺。


 今の状況が把握できず、ただ炎の中で突っ立っているだけ。


 どのような炎でも俺を焦がすことなどできない。


 しかし、真っ赤な炎は視界を妨げ、周りの様子を見えにくくしている。


 

 一体何が起こったのか………


 

 少しでも情報を得る為、耳を澄ましてみると、燃え盛る炎の外から姦しい鐘守達の会話が聞こえてきた。



「ハナちゃん! 君は!」


「うるさいですよ、白風。もうこれは仕方の無い事です。あなたも見て分かるように彼は危険人物でした。こうでもしなければ倒せなかったでしょう」


「いくらなんでも酷すぎる! 時限爆弾性の銃弾を人間相手に使うなんて、人の命を何だと思っているのさ!」


「何を言っているのですか! 彼の危険性の前には些細なことです! 彼がもし鐘割りどもの一味にでもなったらどうしますか? 必ずここで命を絶たねばならないんです! たとえ騙し討ちでも………」




 ああ、やっぱり白花か。

 感情に任せてトールに銃弾を撃ち込んだのはこの為か。


 全く、なんという悪辣な罠。

 機械種アルラウネでも俺を止めらなかった時のことを考えての伏せ札とは。

 それも俺がトールに駆け寄っていくのを予想して。

 

 とても14,5歳の少女とは思えない頭脳の冴え。

 そして、非道とも言えるやり口。

 

 それにまんまとハメられてしまった。


 おかげでトールも助けることができずに………



 トールの姿はもうすでに跡形も無く消えた。


 こうなってしまえば、もう癒すこともできない。


 もう二度とトールと話すことはできなくなってしまったのだ。




 勢いが一衰えない炎の中で頭に過るのは、もし、上手くいっていればどうなっていたのかについて。


 いきなりトールと仲良くできるわけがない。


 しかし、彼の本音を聞いて、少しだけ共感できたこともある。


 今までとは違った関係が築けたかもしれないのだ。


 だが、その『機会』は、雪姫にそっくりな鐘守の少女、白花の手によって………



 ウバワレタ!

 ウバワレテシマッタ!!!




「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」




 地獄の業火とも呼べる炎極の中心で、『俺の中の内なる咆哮』が大きく吼えた。


 




 





「炎よ! 燃えることを禁じる、禁!」



 俺の周りで渦を巻いていた火炎嵐が一瞬にして消え失せる。


 禁術により存在を禁じられ、初めから無かったかのように消失。

 地面を焦がす熱も、濛々と上がっていた煙さえも跡形も無く。



「え? どういうこと?」


「これは………………」



 突然の意味不明な現象に、口論していた白風、白花は驚きの声をあげる。

 


「あれだけの炎が………、あ、ああ! な、なんで………」



 炎が消え、俺の無傷の姿が露わになったことで、白花が激しく動揺。



「そ、そんな馬鹿な………、耐火性の発掘品? でも、あんな軽装ですのに?」


「耐火性の防具で防げるものじゃないよ。身体をすっぽり覆うタイプじゃなきゃすぐ酸欠で死んじゃう」


「だったら、なぜ?」


「さあ? 彼に聞いてみるしかないんじゃない?」



 狼狽えてる白花に対し、随分と白風は冷静だ。

 戦闘慣れしているせいだろうか?

 まあ、どうでも良いことだけど。



 チラリと鐘守達に視線を飛ばしながら、瀝泉槍を七宝袋へと収納。

 

 今の状態の俺と瀝泉槍は相性が悪い。


 正義と仁義を重視する瀝泉槍と、所構わず暴れて、時には女子供でも殺そうとする俺。


 どうにも噛み合わないことがあるかもしれないので、今回は引っ込んでおいてもらおう。



 さて、代わりの武具はどうしようか?


 莫邪宝剣で切り刻んでやるか、それともトールと同じように火竜鏢でこんがりと焼いてやるか…………



「今です! 行きなさい!」



 俺が武器を手放したと見るや、白花が誰かに向かって命令。


 

 その直後、見えないナニカがこちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。




 ガンッ!

 ガツンッ!



 

 ほぼ同時に俺の両胸に叩き込まれた刺突と打撃。


 激しく空気が動き、衝突によって生じた衝撃波が発生。


 その威力たるや一撃で重量級をも仕留めるレベル。

 

 普通に考えて、人間相手にぶち込まれるモノでは無い………



「いきなり何すんだよ、全く………」



 ブツクサ文句を言いながら、俺は突き込まれたモノを両手でそれぞれ掴む。



 一つは長物………、おそらくは槍。


 もう一つ拳。



 ギギギギギギッ………



 見えないナニカ、光学迷彩で姿を隠した2機は、俺に掴まれた獲物を引き抜こうとするが、当然、ピクリとも動かない。



「いつまで姿を隠しているんだ? いい加減姿を見せやがれ!」



 どうやら攻撃を仕掛けてきたのは人型機械種と思われる。


 一発ぶち込んでやれば光学迷彩も解けるだろうが、今の俺は両手がふさがっている状態。


 ならば、ここは………



 ひゅううううう……



 口から大きく息を吸い込み、肺の中で仙力と混ぜ合わせて着火。


 出来上がるのは何物をも焦がす真なる炎。

 

 即ち、『三昧真火の術』。



 ブフォオオオオオオオオ!!!!



 俺の口から放たれた炎は、俺に獲物を掴まれたままとなっている透明な2機を包み込む。


 俺はすぐさま手を離して、『三昧真火』に巻き込まれないよう距離を取った。


 俺の目の前で炎に包まれる人型機種が2機。 


 その光学迷彩は一瞬で解け、その姿が露わになるも、すでに『三昧真火の術』の熱量で溶けかけていて判別が難しくなっている。


 

 多分、1機はストロングタイプの槍士系、機械種シンソウか。

 もう1機は何だろうな? 格闘系のようにも見えるけど………


 

 あっという間に融解してしまったストロングタイプと思われる機種2機。

 一欠けらも残らず溶けきり、地面に焦げた痕跡だけが残った状態。


 流石は牛魔王の愛息である紅孩児が愛用した『三昧真火の術』。

 俺ですら焼き殺しかねない両刃の剣。

 普段の俺なら自分を巻き込んでしまう可能性を恐れて、使うのを控えている術。


 ただの一撃でストロングタイプを葬った。

 範囲は狭いがベリアルの火力に匹敵するのかもしれない。


 焼き焦げた地面を見て、ふとそんなことが頭に浮かぶ。



 

 

 さて、後は白花を始末するだけだな。

 

 本当に色々とやらかしてくれたモノだ。


 元赭娼を表に出し、さらに光学迷彩を使えるように改造したストロングタイプを2機控えさせている。


 何という用心深さ。

 この白花という少女はとんでもなく周到に策を練ってきやがる。


 しかし、そうなるとトールにまんまと騙されたことに違和感を感じるな。


 もしかしたら、それも初めから俺を油断させる為の仕掛けだったのかもしれない。

 

 鐘守を殺すような人間に、人質が通用するなんて初めから思っておらず、トールに銃弾を撃ち込むまでがセットという可能性も。



 …………恐ろしい。

 今の状態の俺でも空恐ろしくなる程の策士。

 この白花はここで確実に殺しておくべきだろう。


 まあ、俺が出てきた以上、それ以外の選択肢は無いのだけれど。




 

 俺が視線を向けると、ビクっと肩を震わせる白花。



「ひっ!」



 そのままペタンと地面に座り込み、怯えた様子を見せる。



 いかに策謀に秀でいたとしても、所詮14,5歳の少女。


 元赭娼やストロングタイプをここまで易々と葬る魔人を前にしては、無理もあるまい。


 だが、それに同情する心など、俺の中には髪の毛一本存在しない。



「今更怯えてみせても許してやらないぞ。お前は俺からウバッタのだから」



 ニタアァァ………



 これから行われる復讐に、自然と笑みが零れる。


 子供のように恐怖に震える白花を、どうやって料理してやろうか。


 さあ、雪姫に続いて、2人目の鐘守殺害だ。

 

 せいぜい、面白おかしい悲鳴をあげておくれ。




 軽くステップを踏みながら、白花の方へと足を向けた時、




 スタッ




 俺の前に立ちはだかった少女が1人。




「仲間は殺させない!」




 それは両手の機械義肢を白刃に変えて構える白風。

 未だ覚束ない足取りながら、遥か格上に立ち向かおうとする勇者。

 そこに一片の怯えも見せず、ただ仲間を守るという強い意思をその蒼い瞳に秘めていた。



「君が怒り狂うのも良く分かる。でも、ボクの目の前で仲間を殺すのは許せない!」



 外道な作戦を取ってきた白花に対しては、白風も色々と思う所があるのであろうが、それでも、俺が白花を殺すことは認められないらしい。



「…………俺が殺したいのはそこの白花だけだ。お前は見逃してやってもいいんだけど?」


「馬鹿にするな。仲間を放っておいて逃げるもんか!」


「さっきは手加減してあげていたが、もう俺にその優しさは残っていないぞ」


「…………それは君の戦いぶりを見てよく分かったよ。ボクが敵う相手じゃないってことは。でもね、こんな腹黒、鬼畜、冷酷な女の子でもボクの仲間なんだ。見捨てることなんてできない!」



 まさに物語に出てくる正義ヒロイン。

 真っ直ぐで、仲間想い。

 こんな子と一緒に旅をしていたら、気苦労は多そうだけど、きっと心地の良い時間を過ごせるだろう。



 普段の俺なら、この子の勇気に免じて引いてあげたかもしれないな………



「でも、残念! 今の俺はそんな気分になれない! あははははっ! じゃあ、望み通りお前から殺してやろう!」



 七宝袋から莫邪宝剣を抜こうとする。


 コイツには恨みは無いから、一瞬で片を付けてあげよう。

 

 身体を傷つけないよう、優しくその心臓を貫いて………





 ズキッ!





「くっ!」





 突然、痛みと共に俺の脳裏を過る過去の映像。


 それは莫邪宝剣によって胸を貫かれる雪姫の姿。



 心臓が煩いほど高鳴り、動悸が激しくなる。


 叫びだしたいほどの不快感が全身を駆け巡り、奥歯を噛みしめてそれに耐える。




 チッ!


 これはトラウマか?


 銀髪の少女とその胸を貫くイメージ。


 どうしても雪姫を殺害した記憶を呼び起こしてしまう。


 それも今の状態の俺に影響を与えるほどとは……………



 

 動揺を白風に気取られぬよう、小さく深呼吸。


 脳裏に描いたイメージが薄れていけば、次第に動悸も収まってくる。




 おそらく先の戦闘で白風に対して手加減していたのも、これが原因か。


 無意識に槍で銀髪の少女を貫くイメージを思い浮かべないように………




「はあ…………」




 溜まったナニカを吐き出すようにため息。


 これは莫邪宝剣や瀝泉槍を鐘守相手に使うのは止めておいた方が良さそうだ。


 

 こちらに鋭い視線を向けてくる白風の動きに注視しながら、レッグホスルターへと手を伸ばし、『高潔なる獣』を引き抜く。


 

 これならトラウマも刺激すまい。

 あとは、どうやって弾を当てるかだが…………


 身軽な白風相手だと、俺の銃の腕だと全く当てる自信が………



「いや、そうでもないか」



 白風の後ろには座り込んだままの白花。


 彼女が銃を躱せば、白花が死ぬだけ。



「では、白風の覚悟を試してやることにしよう」



 俺が銃口を向けると、すぐさま右手を盾に変化させる白風。


 上半身を庇う程度の大きさだが、向けられる銃口の位置を見ればこれで防げると踏んだのだろう。



「果たしてそうかな?」



 『高潔なる獣』を片手で構えて撃ち放つ。


 

 ドンッ!!



 とてもスモールの銃とは思えない銃声が響き、重量級の装甲も破壊する銃弾が放たれる。 


 対する白風は右手を変化させた盾を斜めに構え、着弾と同時に払いのける動作で衝撃を逃がそうとするが…………



 ドガンッ!!



「ああっ!」



 衝撃を逃がし切れず、その右手は二の腕まで吹き飛んだ。


 

「こ、これほどの威力………発掘品か?」



 消し飛んだ右腕の先を見ながら、白風は問うてくる。



「さてね………」



 白風の問いには明確に答えない。

 答える必要も無い。



「それよりも早く構えろよ。もう一発行くぞ」


「くっ!」



 白風は慌てて左手を先ほどと同じような盾へと変化。


 それを確認した俺は、再度白風に向けて銃の引き金を引く。



 ドンッ!


 ドガンッ!



 これまた銃弾の衝撃に耐えきれず、白風の左腕が吹き飛ぶ。


 

「クソォォ………」



 吹き飛んだ左腕を見つめ、悔しそうにつぶやく白風。


 彼女の両腕はもがれ、まるでミロのヴィーナス像のような状態。


 だが、彼女の目に灯る戦意の炎は消えてはいない。


 歯を食いしばり、必死の形相で俺を睨みつけている。



「どうする? もうご自慢の機械義肢は無いぞ」


「関係ないね! 両腕を失っても、後ろに仲間がいて、この足が大地を踏みしめている限り、ボクは逃げたりなんてしない!」


「両足が無くなったら逃げられないだろ?」


「そうだね。だからどうなったって、ボクは逃げないんだよ。たとえ四肢をもがれても地面を這って君に噛みついてやる!」



 両腕を失っても、なお俺に挑もうとする白風。


 顔は血と汚物に汚れ、身に纏うスーツも傷だらけ。


 それでも彼女はか細い少女の身体で、絶対に敵わない敵へと立ち向かおうとする。


 その姿は凄絶なまでに美しい。




「……………そうか。なら、仕方が無い」




 ここまで覚悟を決めているなら、これ以上の勧告は無意味。


 であれば、早めに引導を渡すことにしよう。



 『高潔なる獣』の銃弾の威力を落とす。


 そして、狙うは白風の胴体。


 せめて顔だけは綺麗なままで残してあげよう。



 

 そして、




 ドンッ!




 先ほどまでより幾分小さめの銃声が響き、




 俺の前で立ち尽くしていた白風の腹に大穴が開いて、




 それでも白風の俺を睨む目の光は衰えず、しばらくにらみ合いが続き、




 ふと、目の光が突然消えて、




 バタンッ




 糸が切れた様に白風は地面に倒れ込む。




 正義の心に満ち溢れ、即断即決を信条とする行動派の鐘守、白風はここに倒れ、無残な屍を晒すこととなった。 



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