第495話 花2
「え? トール?」
「や、やあ、ヒロ」
縄で縛られ、憔悴しきった姿で現れたのは、ひょろっとした老け顔の少年。
俺がチームトルネラに所属した頃、この世界の慣習に色々不慣れな俺をカバーしてくれた仲間。
サラヤに叶わない好意を寄せていたという共通項から、どことなく親近感を持ってしまい、チームの中では一番仲が良かったこともある。
指を欠損していることから力仕事ができず、その分他のことでチームに役立とうと必死に頑張っていた苦労人で、俺が旅立つ時に仙丹で指を直してあげようと思っていたのだが…………
トールは内心、俺の存在を快く思っておらず、また、チームにとって害になると断じ、裏で俺を排除しようとしていたことが判明。
雪姫に俺が悪事を働いていると嘘の密告を行い、俺が雪姫を殺してしまう原因を作った。
それが分かった時は、殺してやろうかとも思っていたが…………
結局、色々あって見逃すことにした。
その代わり、もう仲間とも友達とも思わず、縁を切ることで俺の中では決着をつけていたのだ。
しかし、今、ここでそのトールが現れた。
しかも俺に対する人質と言うことで。
え?
なんでコイツなの?
俺に対する人質と言う意味であれば、一番役に立たない奴だろ!
むしろ名前も覚えていないチームトルネラの子供達の方がよっぽど俺に対する人質として有効だったろうに。
なぜ白花はそんな勘違いをしているんだ?
わざわざ行き止まりの街に訪れておきながら…………
思わず、白花に困惑した視線を向けると、
「フフフッ、驚いたようですね」
俺の視線を別な意味に捉え、白花は胸を張って勝ち誇る。
そりゃあ、驚いたけど。
「この者の命が惜しくば、ワタクシに従いなさい。貴方の規格外の力はワタクシが有効に扱ってあげましょう。さあ、頭を垂れ、ワタクシの足元に跪くのです!」
偉そうに白花は俺へと命令してくるが、当然、聞いてやるつもりなんて爪の欠片一つない。
トールについては、俺自身が積極的に殺そうとするつもりはないが、こちらから助けてやろうという気にはなれない相手。
文字通り縁を切ったのだから、コイツとは全くの他人同士。
俺の最初にできた大切な場所であるチームトルネラの中で唯一、俺がどうでも良いと思う相手なのだ。
白花がランダムにトールを人質として選んだのであれば、何という運の悪さであろうか。
そして、俺にとっての望外の幸運。
もし、これがトール以外の人間であったのなら、俺は苦渋の選択に苦しんだだろう。
相手によっては望まぬルートへの突入もあったかもしれない。
しかし、トールなのであれば、別にどうなったって構うものか。
トールよ、恨むのなら、自分の運の悪さを恨め。
あのチームトルネラの中でお前だけが白花に目をつけられてしまったことを………
んん?
待てよ、今の状況………
ひょっとして、トールが………
俺がトールを睨みつけると、機械種アルラウネの手の内にあるトールはちょっと困ったような顔を向けてくる。
それは俺がチームトルネラにいた時に、トールがよくしていた表情。
ジュードの無茶を諫める時、
サラヤの相談に乗っている時、
俺がトンチンカンな答えを返した時、
彼は決まってそんな表情をしていた。
俺とトールの間の距離は約7,8m程度。
その両者の間にあるものは、決して友情なんかではない
しかし………
「貴方、本当にこの人間がどうなっても構わないと?」
「……………………」
再三の白花の問いに微妙な顔で返す俺。
少なくともトールを人質にされたくらいで、無条件で従うつもりなんて無い。
捕まっているトールもそれが分かっているはずだ。
だから俺に対して助けを求める声さえあげない。
何の反応もしない両者に訝しがる白花。
俺とトールの間に流れる微妙な空気感を感じたのであろう。
やがて白花は眉毛をぎゅっと顰めてツカツカと、縛られたトールの方へと近づいていく。
「貴方………、このヒロという狩人とチームの中では一番仲が良かったと言っていましたよね?」
「はい、白花様。彼とチームの中で一番話をしていたのは僕で、一番仲が良かっ【た】ですよ」
あえて末尾の【た】を強調し、過去形であることを悪びれる風も無く答えるトール。
「……………ヒロはチーム内の女性に手を出すこともなく、誘惑されても拒否したから、『女嫌い』とも言いましたね?」
「はい、言いました。でも、チーム内の女の子に手を出していないのは間違いありませんが、『女嫌い』は僕の推測ですけどね」
「では! 幼い子供達も邪険に扱っていて、『子供嫌い』というのも………」
「彼はチーム内でほとんど子供達と交流していません。だから『子供嫌い』なのかなあって思ってました」
「!!! 貴方…………」
白花の美しい柳眉が逆立つ。
初めてその表情に怒りが浮かんだ。
対してトールは平然としたまま。
これから起こることを受け入れているように。
ここまで来ると、ようやく事情も分かってきた。
どうやらトールは仲間を守るために自ら人質になることにしたのだろう。
さらに、それは間接的に俺を救うことにもなる。
自分が人質になったとしても、俺が躊躇するわけがないのだから。
「鐘守を謀ろうとは………、貴方、それでも信者ですか!」
「そんな恐れ多い。鐘守相手に嘘をついても無駄でしょう。少なくとも僕は本当のことを話しましたよ」
「自分にとって都合の良いモノを選んで………ですね? 意図的に歪めましたね」
「人からの情報は必ず主観が入ります。それを歪みと呼ぶのであればそうでしょう」
白花の容赦ない追及に動揺することなく詭弁を弄して答えていくトール。
だが、ここまで来たらどのように言い訳しても、結末は一つしかない。
それはトール自身も分かっているのだろう。
彼の表情はすでに覚悟を決めた者のソレだ。
「もういいです。鐘守を謀った罪を償いなさい」
そう言って、白花は表情を消して冷たい瞳をトールへと向けた。
そして、おもむろに懐へと手を入れて、小振りな拳銃を取り出し、
パンッ!
トールに向けて撃ち放った。
「ぐうっ!」
銃で腹を撃たれてしゃがみ込むトール。
白花はそんなトールに一瞥をくれた後、
「もうその男に用はありません。放り出しなさい」
自分が従属させている機械種アルラウネに命令。
機械種アルラウネはその命令を忠実に実行。
ブンッ!
捕まえていたトールの身柄をゴミでも捨てるように放り投げる。
蹲っていたトールはなすすべも無く投げ飛ばされ、十数メートル程地面を転がっていった。
「ハナちゃん! なんてことを!」
白風から抗議の声が飛ぶ。
「これくらい当然でしょう!」
苛立った白花が怒鳴り返す。
「身動きの取れない人間を撃つなんて!」
「鐘守を騙したのです! この者は大罪人ですよ!」
「嘘をついたくらいでなんで撃つんだよ!」
「このワタクシの邪魔をしたからです! 鐘守の行動を妨げるのは重罪でしょう!」
「それにしたって………・」
鐘守2人が言い合いを始めている。
俺はソレをただぼーっと眺めていた。
あまりの場面の急変に、どうにも思考がまとまらない。
多分、止めに入ろうとすれば、止められたであろう。
それに手の中の瀝泉槍からも『弱き者を救え!』と念が送られてきた。
なのに動けなかったのは、トールを助けるという行為がどうしても受け入れられなかったから。
言わば彼はかつて俺を陥れようとした人間だ。
そんな奴を助けるなんてできるわけがない。
しかし…………
イライラする。
どうにも落ち着かない。
俺の前に現れたトールが無残にも撃たれたことに対して、『ざまあみろ』とも『いい気味だ』とも思えない。
かといって、助けるのも馬鹿馬鹿しい。
なんでアイツの為に俺が何かをしてあげなくてはならないのだ!
確かにトールが人質になってくれたおかげで俺は余計な苦労を背負わなくてすんだ。
だが、元はと言えば俺が鐘守に狙われるようになったのもトールが原因………
いや、原因を作ったのは間違いないが、手を下したのは俺自身。
そこをトールに押し付けるのは筋が通らない。
だけど、トールが俺を陥れようとしたのは事実で………
でも、アイツに助けられたことがあるのも事実。
俺はどうすれば良かったのか?
このまま放っておいて良いのだろうか?
自分の中で消化できない思いがグルグルと回っている。
機械種アルラウネに放り投げられ、地面に倒れ込んだままのトールを見つめながら苦悩する俺。
結論を出せないまま、ただ立ち尽くしていると………
ギュルッ!!
突然、地面からナニカが飛びだし、俺の足元へと絡みついてきた。
それはイバラの蔦をイメージした鎖。
まるで生き物のように俺の足首を縛り付けて拘束。
「フフフッ、油断しましたわね」
いつの間にか白花がこちらを向いて嘲笑っている。
「たとえ人質にならなくても、顔見知りが撃たれたら動揺する。貴方程の腕前の人間をまともに相手するのは一苦労ですから、少し仕掛けました」
嬉しそうに自分の謀について語る白花。
「その鎖は外れませんよ。そこから毒を流し込むこともできます。貴方はもうワタクシの虜囚同然」
そう言うと、白花は地面に倒れ込んでいるトールに視線を飛ばし、
「ワタクシを騙すような愚昧の男でしたが、あの街から連れてきた分の役には立ってくれたようですね」
その花のような可憐な美貌を喜悦で歪めながら、トールに対しての言葉を紡ぐ。
「どうせそのまま生きていても皆のお荷物にしかならなかったでしょうから、せいぜいあの世で美しいワタクシの役に立ったことを誇りなさい………」
「うるさいぞ、ドブス!」
俺の口から思わず零れた白花への挑戦状。
「いい加減、その減らず口を閉じろ」
白花に対して啖呵を切る。
気に入らない!
気に入らない!
気に入らない!
俺に対して行ったことはさておき、トールはチームの為に精一杯頑張ってきた。
アイツはお荷物なんかじゃない。
敵の情報を仕入れ、時には策略を用いて皆を守ってきた。
それだけは俺も認めているのだ。
だからチームの為にアイツを見逃した。
それを侮辱するのは、あの時そう決断した俺自身への侮辱に等しい!
「………………今、ワタクシになんと言いましたか?」
怒りのあまり顔が完全に無表情となった白花が問いかけてくる。
それに対して、俺が返した言葉は、
「『うるさい、ドブス』と言ったんだが、聞こえなかったのか? 顔は雪姫や白月さんとそっくりなのに、性格の悪さが滲み出て醜く見えているぞ!」
「!!! 死にたいようですね。いいでしょう………」
白花は手だけで機械種アルラウネに合図。
すると俺の足首に絡みつく鎖が青く点滅し………、
バキンッ!
足元の荊の鎖を易々と引き千切り、俺は機械種アルラウネに向かって走り出す。
「なっ! どうやって?」
驚いて目を大きく見開く白花を尻目に、機械種アルラウネへと瀝泉槍を片手に突撃。
ギュンッ!!
ギュンッ!!
ギュンッ!!
ギュンッ!!
向かい来る俺に対し、機械種アルラウネは機体から生やしたイバラを模した鎖を何本も繰り出してくる。
鋭い先端を持つソレ等は俺の身体を貫かんと螺旋を描きながら迫る。
それは先ほどまで戦っていた白風の攻撃とよく似ていた。
しかし、その速度も重さもこちらの方が数段上。
ストロングタイプすら上回る赭娼の実力は、人間単体ではどうにもならないレベルなのだ。
本来であればストロングタイプを2体以上当てなければならない赭娼。
しかし、外見を見るに純粋な戦闘タイプと言うより、状態異常や搦め手が得意な後衛型に近い。
こと肉弾戦となれば、『闘神』である俺の前では案山子同然。
ザンッ!
ザンッ!
ザンッ!
走りながら瀝泉槍を3閃。
閃く瀝泉槍の穂先が光円を描き、襲いかかるイバラの鎖を寸断。
麻縄を切るごとく、バラバラに粉砕。
白風の時と違って、相手が機械種なのであれば手加減する必要も無い。
「さあ、次はどうする? ……………うえ?」
イバラの鎖を粉砕し、その勢いをもって突きかかろうとしていた俺の目に映った機械種アルラウネの姿。
いつの間にか、その機体の数が5機に増えていた。
「分身の術? …………いや、幻術?」
それも多分違う。
近いのかもしれないが、おそらくはマテリアル幻光器を利用した虚像であろう。
登場時にマテリアル幻光器を使った光学迷彩で姿を隠していたのだから間違いないはず。
「クソッ! どれが本物だ?」
夜の街道に並ぶ魔花の妖女達。
このうち4機が幻に過ぎず、本物は1機だけ。
俺の目には見分けがつかず、どれが本物であるかは見極めるのは不可能。
狙いを外せば向こうの反撃を招くのは確実。
確率は5分の1。
もう絶望的な確率。
なにせ俺は7割を外す男だ。
今までの戦績を考えると全く当たる気がしない。
この世界に来ての俺の運は最底辺だ。
もうサイコロやくじ引きは信用できない。
この世で当てになるのは固定値と、その場にあるクジを全部引く覚悟と財力だけ。
ならばここは……………
「全部、ぶった切る!」
手に持った瀝泉槍を一旦七宝袋へ収納。
すぐさま莫邪宝剣を取り出して、走りながら烈光の刃を顕現。
そのまま仙力を注ぎ込み、光で構成された剣身を10m近く伸ばす。
「だりゃああああああああああああ!!!!」
光の柱を振るうがごとく、呆然と立ち尽くす機械種アルラウネ5機をまとめて両断。
ザンッ!!!
俺の裂帛の横一文字の斬撃に、並んでいた機械種アルラウネ5体は手ごたえ無く霧散。
薄いガラスで作られた像のように一瞬で粉々となり、夜の闇へと消え去った。
「あれ? 全部幻か? ………いや、でも、剣先に何か当たったような……」
ビシッ!
虚像5体のさらにその奥。
光学迷彩で姿を消していた本体が暗い夜道上にフワリを浮かび上がり………
ガタンッ!!
上半身と下半身を分断された状態で地面へと崩れ落ちた。
「…………なるほど、本体は後ろに隠れていたのか…………」
5機の中に本体がいると見せかけて、実は全部偽物でしたというパターン。
なかなかに巧妙な手だが、やられる方は溜まったモノでは無い。
「クッソ! やっぱり全部外れクジかよ! もう絶対に運には頼らないからな!」
莫邪宝剣を元に戻し、七宝袋の中の瀝泉槍と交換しながら思わず愚痴が漏れた。
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