第491話 風


 いきなり名乗りを上げてきた鐘守の少女、『白風』。


 自らを『最強』と称する彼女の目的は…………


 いや、それよりも先に…………



「白兎、七宝袋の中に入れ」


 ピコッ?


「敵は最強の鐘守………、感応士だ。 操られたり、麻痺させられたりする前に避難しろ」



 建物の2階からこちらを見下ろす鐘守、白風を睨みつけながら、白兎へと小声で指示を飛ばす。

 

 白兎は他の機械種よりも感応士からの干渉にある程度の抵抗力を持つが、それでも相性最悪の敵であることに間違いない。


 白兎が捕まったり、操られたりしたら最悪。

 しかも敵は最強を名乗る鐘守なのだ。

 下手に外に出しておけば、どんな干渉をされるか分からない。

 信用できる感応士が仲間にいない状況では、万が一、呪いのようなモノをかけられても判別も対処もできない。


 白月さんと共に過ごした未来視ルートの最終戦において、あのベリアルでさえ白陽の感応士の力の前に屈した。

 向こうのホームであったという不利な状況下ではあったが、リスクを最大限に見積もれば、油断はできない。

 

 感応士の術を解除してくれる白月さんは、もう俺の傍にはいないのだから。


 ここは安全の為に白兎を避難させておくしかない。



 フルッ!フルッ!



「大丈夫! こっちは何とかするから!」



 俺にとって白兎は何より大切だ。

 

 それに相手が感応士であれば、俺1人の方が戦いやすい。



 パタ………


 耳を力無く揺らす白兎だが、ようやく俺の言いたいことを理解してくれた様子。



 ピョンッ!



 その場で一跳ねして、俺の胸へと飛び込む。

 俺は空閑拡張機能付きバッグの口を開き、その中に入れるフリをしながら白兎を七宝袋へと収納。



 七宝袋の中へと消えていく白兎を見送り、ほっと一息ついてから、屋根の上の鐘守に向かって声をかける。



「さて………、最強の鐘守さん。善良なる狩人の俺に何かご用ですか?」



 質問はしたものの、すでに答えは分かっている。


 俺のことを悪と断じている以上、その要因は一つしかない。


 今までの異世界生活の中、白の教会にとって明確に悪と呼べることをしたのはただ一つ。


 即ち、『鐘守の殺害』。



「善良? よくも言えたモノだね。全く以って許しがたい………」



 その秀麗な顔に雄々しいとも呼べる笑みを浮かべながら、その鐘守は屋根からヒョイっと飛び降りる。


 7m程の高さであったが、途中でクルッと1回転を交え、猫のようにしなやかに身体を捻りながらの着地。

 体勢も崩れず、音もほとんど立てない見事な体捌き。 

 オリンピック級の体操選手でも不可能だろう。

 まるで体が羽毛にでもなったような軽やかさ。



 コイツ………

 感応士の技だけでなく、体術も身に着けているのか?



 警戒をもう1段階上げて、地面に降り立った鐘守の少女を睨みつける。



 背の高さは俺より少し低いくらい。

 全身ピッチリとしたプラグスーツみたいな服に身を包み、顔以外ほとんど地肌が見えていない。

 しかし、細身でスラリとしたスタイルであることはよく分かる。

 それでいて、胸元はしっかり女性を主張しており、見方によっては随分とエロチックな格好とも言える。

 

 

 だが、そんなことは全く気にしても無い様子で、白風と名乗った少女は言葉を続ける。

 


「さあ、懺悔の時間と行こうか? 跪いて贖罪を請うなら、中央の本教会まで連行してあげよう。あくまで白を切るならこの場で断罪するけど?」


「罪状を聞いても良い?」


「本当に白々しいね、君は? 『鐘守』であるユキちゃん………白雪の殺害に決まっているだろう」



 俺に罪を突きつけてくる白風。

 その射抜くような視線に、僅かながら胸の痛みを感じてしまう。



 一体、なぜバレたのか?


 直接的な証拠は全て隠蔽済みだ。

 

 状況証拠くらいなら『魔弾の射手』の団長であるアデットが証言すれば揃うかもしれない。

 だが、彼も事を荒立てない為に隠蔽工作の一端を担っており、そちらから漏れるとは考え難い。


 それこそ打神鞭のような超自然的な力に頼らなくては、俺だと断定できないはずなのに………




「………………」


「だんまりかい? 君に沈黙する権利は無いよ。言い訳する権利もね。あんなに優しい子だったユキちゃんを殺すなんて、どんな理由があろうと許されるわけがない」



 その目に怒りの炎を宿しながら、俺の罪を数える白風。


 

「口数が少なくて、誤解されることも多い子だったけど、それでもあんな辺境で死んで良い子じゃなかった。彼女の数少ない友達として、ボクは君を討たねばならない」


「連行じゃなくて?」


「君のその態度を見るに、大人しく捕まるとは思えないね」


 

 どうやら俺をその手で討ちたくてうずうずしているようだ。


 雪姫の友達か。

 アイツ、友達いたのか………って、確か何人かの同じ鐘守の名前を挙げていたことがあったな。


 『白百合』と………………

 

 ああ、そうだ。確か『白露』………


 

 あっ! 『白露』!

 この街にいたあの幼い鐘守!

 

 雪姫が、もし会うことがあったなら優しくしてあげてほしいって………

 



「うん? どうしたんだい? 今更犯した罪の重さを実感したのかな?」



 黙り込んだ俺に白風が問うてくる。



「……………いや、雪姫……、白雪から仲の良い友達として『白風』の名前は聞いたことが無いぞ」


「むっ! 何を言うのさ。ボクとユキちゃんは友達で仲間だよ。同じ『七天空(セブンスカイロード)』の一員さ」



 『七天空(セブンスカイロード)』?


 随分と仰々しい名前だな。

 話の流れから雪姫が所属していたグループ名なのか?

 その名前も彼女の口から聞いたことは無いけど。


 

 俺の訝し気な視線に構うこと無く、白風は話を続けてくる。



「ユキちゃんはね、とっても優しい子だったんだ。ボクが作ったこの『七天空(セブンスカイロード)』にも、毎月、ハニードロップの詰め合わせを一箱用意するだけで加入してくれたんだから!」


「え? 何それ? 優しい子とか関係ないだろ? むしろ欲深い………」



 雪姫らしいと言えば雪姫らしいのだが………


 あと、その『七天空(セブンスカイロード)』って何なんだ?

 『ボクが作った』とか、『加入』って?



「全然欲深くないよ! だって、他のメンバーなんて………」



 全身をワナワナしながら苦虫を噛み潰したような顔で語り始める。



「ボクが作ったグループなのに、ハレちゃんにはリーダーの座を明け渡すことになったし、白雨さんには『何でも言うことを聞きます』っていう誓約書を3枚書かされた。ライちゃんからは3年間当番を代わりにやれって言われたし、白雹には毎月3,000M支払うことになってる。もう! 本当にユキちゃん以外は酷い奴等ばっかりだよ!」



 ちょっと涙目で『七天空』とやらの内情を語る白風。



 誰だよ、その4人。


 お前、ちょっとボラレ過ぎじゃないか?

  

 多分、その4人は白晴、白雨、白雷、白雹かな。

 その七天空というのは『お天気名』グループってとこか………


 あれ? 白風、白雪を合わせても6人。

 七天空には1人足りないぞ。



「6人しかいないけど?」


「あと一人、白霧さんは現在交渉継続中なんだ」


「そうですか………」



 まるでアイドルかお笑いグループ結成みたいだな。

 

 でも、お天気名だとすると、『白風』だけやや違和感。

 強風とかあるけど、お天気と言われるとちょっと違うような………



「お前だけ、何か浮いてない?」


「うるさいな。別にいいだろう」



 俺の質問に、白風はムッとした顔を返してくる。

 だが、俺は追及の手を緩めない。



「でも『風』って、どちらかというと、もっと他のカテゴリーに入るモノじゃないか?」


「フンッ! 元々、ボクは『四精霊(フォーエレメンタル)』に所属していたんだ。でも、ある日、グループの方向性の違いで解散してしまって………」



 方向性の違いで、解散って…………


 本当にアイドルグループみたい。

 確かに中央のシティでは鐘守達はアイドル扱いされていると聞いたことがあるけど………


 まあ、確かに白風も大変可愛い。

 ちょっと天然が入っているボーイッシュ系とも言うべきだろうか。

 男よりも女のファンが多いタイプだな、きっと。

 

 でも、一緒にいると色々苦労しそうな奴だ。

 多分、周りの人間に迷惑をかけていそう………



「どうせ、お前がその解散の原因だろ?」


「違うよ! 何でそんなこと言うのさ! 他の皆が変な奴等ばっかりだったんだ! ホノちゃんは怒りんぼだし、ミっちゃんは粘着質で昔のことをグチグチ言うし、ツッちんは頭が固くて頑固だし…………」



 『白炎』『白水』『白土』ってとこかな。

 もう何でもありだな。



「とにかく! ユキちゃんはとっても優しい子で、僕の大切な友人だったんだ! そんなユキちゃんを殺めたお前を許すわけにはいかない!」



 ビシッと俺に指を突きつけ、そう宣言する白風。


 色々と白の教会の内情をしゃべっている時は年相応の少女の顔をしていたが、今の白風の顔は揺るがない決意を秘めた断罪者。


 鐘守の名において、俺を誅殺するつもりだろう。



「さあ、始めるよ………、今宵の荒ぶる夜風は全ての悪を薙ぎ払う」


 

 半身となり、ゆっくりと腰を落としながら、両手を前後に広げたカンフーっぽい構え。


 それと同時に少女の身体を包む白いスーツがほのかに輝く。

 夜の闇に朧げに光る蛍ごとく。


 それはマテリアル光と呼ばれる発光現象。

 即ち、人間の身体能力を強化するマテリアルスーツ。



「よくそんな危ないモノを使っているな。しかもマテリアルを馬鹿食いするだろうに。最下級か、下級かは知らないが………」


 

 マテリアルスーツの発動にはマテリアルが消費される。

 仮に下級だとしても、千円単位が秒で消えていくのだ。


 そんな金食い虫な装備を使う奴の気が知れない………



「フッ………、このマテリアルスーツは中級だよ。その上高品質で、ボクの身体能力を3倍近く上げてくれるんだ」


「お前、馬鹿だろ!」



 ドヤ顔で返す白風に罵倒と叩きつける俺。


 鍛え上げられた歴戦の猟兵でも、マテリアルスーツの中級以上を使おうとする奴は稀だ。

 体の負担が大きすぎて、長時間の戦闘に耐えられないから。

 大の大人が死ぬ思いで使おうとする諸刃の刃を、年端もいかない少女が使うなんて信じられない。


 それも最強を名乗る感応士が身体能力をあげてどうするというのだ。

 まさか感応士パワーを乗せた拳で殴りかかってくるわけでもあるまいに。


 おそらくは万が一、敵に接近された場合の保険なのであろうが………


 しかし、どう考えてもマテリアルスーツの中級以上は少女には過分な力だ。


 あふれ出る力は自分自身の身体を傷つけるだけ。

 


「断罪されようとしている俺が言うこっちゃないが、もっと自分の身体を大切にしろ」 


「…………本当に、君が言うことではないね。でも、気遣ってくれたことに対しては礼を言うよ。ありがとう」



 こちらを睨んでいた視線がほんの少し和らぐ。

 キリリとした秀麗な顔が僅かに綻んで、女の子らしい柔らかさが垣間見える。

 

 月の光に照らされたその顔は、ほうっと見惚れてしまいそうになるくらいに美しい。


 銀の宝冠を被ったような銀髪。

 澄み切ったせせらぎのごとき中性的な美貌。

 切れ長の青い目と合わさって、銀色の短剣を思わせる凛々しさを感じさせる。


 白風の顔に浮かんだ微笑が、思いもよらぬほど俺の心を揺さぶってくる。



 ………ちょっとポンコツな少女なだけと思っていたけど、やはり鐘守だけあって、その美貌は飛び抜けているな。

 もう少し大人しい子だったら、結構好みのタイプだったかも………



 悲しい男の性で、ついそんなことを考えてしまうくらいに、白風の微笑みは魅力的だった。



 だが、俺を魅了した白風の微笑も、ほんの数秒で消え失せ、強く激しい戦意に燃える瞳が再び俺を射抜く。



「でもね、いくら優しい言葉をかけてくれたって、ボクはそんなことでは手を抜かないよ」


 

 再び両手を広げ、拳を握りしめて戦闘態勢を取る白風。

 寸分の隙も見逃さないとばかりに鋭い目線がこちらを捕らえている。


 主に俺の主武装である『瀝泉槍』。

 そして、腿に吊るした『高潔なる獣』に焦点を当てている様子。

 


「君の獲物はその槍と銃だけかな?」


「お前の方こそ従属させている機械種を出さないのか?」


「風はね、自由なんだよ。どこへでも行けるし、どこまででも行ける。ボク1人なら世の中のしがらみには束縛されないのさ」



 誰がポエムを語れと言った?

 本当に意味の分からん言動をする奴だ。



「お前の周りに機械種がいないのと、お前が自由であることにどんな因果関係があるんだ?」


「随分と突っ込んでくるね…………、まあ、簡単に言うと、ボクだけならどうにでもなるけど、機械種も一緒に運ぼうとするとマテリアルがかかるんだよ。ボクは万年金欠だから機械種分の運賃が出せなかったんだ」



 世知辛い!

 鐘守のクセに!

 お前、とことんポンコツだな!

 さっき、見惚れていた俺の気持ちを返せ!



 …………しかし、最強だという鐘守であれば、たとえ従属させている機械種が居なくても油断はできない。

 白月さんのように特殊な能力を持っているかもしれないのだ。


 感応士には人間の精神に影響を与える技もあったはず。

 俺には効かないとは思うのだけど…………



「では、覚悟はいいかい?」


「いつでも来い!」



 瀝泉槍の柄をぎゅっと握り、心を強く保つ。

 

 怯えるな。

 心が揺さぶられたら抵抗力が薄まる。

 絶対に惑わされないという強い意思が重要であるはず。



 瀝泉槍を両手で持ち、前に構えた防御の備え。

 いかなる干渉波も打ち消さんと意気込む俺。



 そんな俺に、白風は不敵とも言える笑みを浮かべながら、右手を前に出して握り込んだ。


 そして、その拳をぐっと腰に引き込み、その体勢のまま、




「さあ! その罪をボクの拳で思い知れ!」



 

 大声とともにこちらへと急接近、握り込んだ拳を突き出してきた。




「なっ!」


 え?

 本当に殴りかかってきた?



 ガンッ!



 真っ直ぐ突き込まれた拳を瀝泉槍の柄でガード。


 防ぎはしたものの、硬く握られた少女の拳は予想外の鋭さと重さを秘めていた。

 マテリアルスーツの力で3倍以上となった少女の身体能力は、すでに一般男性以上。

 さらに溢れるパワーを的確に使いこなすことで、その力は5倍、10倍にも跳ね上がる。



「まだまだ行くよ!」



 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ………


 白風は防御を考えない攻撃一辺倒の体勢で無数のパンチを叩き込んでくる。


 

 ガンッ!   キンッ!  カンッ!  ガキンッ!

 

 

 体捌きで躱せるモノは躱し、防ぎにくそうなモノのみ、瀝泉槍の柄で払いのける。


 どういうつもりで殴りかかってきたのかは分からないが、とりあえずのところ全力防御。

 俺が警戒するのは感応士の技のみ。

 この少女とは思えぬ苛烈な攻撃も、感応士の干渉の為の目くらましだとすれば、迂闊に受けるわけにはいかない。



 突然始まった夜の小道での白い少女と1対1での戦闘。

 

 『素手 対 槍』という極めて不公平な勝負だが、持ち掛けた方である白風は、この不利な状況にも構わず攻撃を続けてくる。

 


「はははっ、なかなかやる! 見事な槍裁きだ。いいね、実にいいね!」



 息もつかせぬ連続攻撃を繰り出しながら、強敵との勝負を楽しんでいる様子を見せる白風。



 ガンッ! キンッ!



 あくまで防御に徹し、白風の攻撃を捌くことに集中している俺。



 どうやら白風の両手を包む薄いグローブは特殊な仕様のようだ。

 でなければ、素手で瀝泉槍とぶつかり合って無事で済むはずが無い。


 マテリアルスーツの付属品なのか、それともグローブだけが特殊なのか。


 初めは手を骨折させたらどうしようか? と思っていたが、これなら多少強めに弾いても大丈夫そう。



 白風から飛び出る強烈なパンチ。

 マテリアルスーツで倍化されたスピードは常人を遥かに上回り、機械種に通用するレベルに達している。

 

 3倍という破格の強化も、使いこなせなければ意味が無い。

 身体能力がいきなり3倍になっても、戦闘能力がそのまま3倍になることはありえないのだから。


 血の滲むような訓練を繰り返し、時には体が耐えられず筋肉が断裂したり、骨折したりすることだってある。

 しかも高位であればあるほど、その難易度と負担は鰻登り。

 それを耐え抜いたうえで、ようやくマテリアルスーツの強化を効率的に引き出せるようになるのだ。


 そういう意味では白風はマテリアルスーツを使いこなしている。


 おそらくは素手でゴブリンやオークを圧倒できるだろう。

 身に纏うマテリアルスーツが見た目以上に堅牢な防御力を持っているのなら、ジョブシリーズ、ノービスタイプの前衛系すら倒せるし、その上のベテランタイプとも良い勝負ができそうだ。


 それはもうすでにこの少女は一流以上の狩人レベルの達人ということ。

 

 この鐘守は高位の感応士でありながら、近接戦闘も一流以上。


 なんというスペック。

 もちろん、マテリアルスーツでで戦闘力を底上げしていればこそだけど。

 しかし、それも含めて本人の実力であるはず。

 流石は『最強の鐘守』と名乗るだけある…………

 


 あれ?

 ひょっとして…………



「おい? お前、最強の鐘守とか言っていたけど、もしかして、鐘守の中では近接戦闘で最強という意味じゃないだろうな」



 白風の攻撃を捌きながら、ふと思いついた質問を投げかける。


 すると、白風は一旦攻撃を止め、こちらに自慢げな顔で答えてくれた。



「フッ、違うね」


「むっ、なら………」


「ボクは『素手の戦闘』では鐘守の中で最強なんだよ」


「おい、こら、どこが素手なんだよ! マテリアルスーツを使っているだろ!」


「何を言っているのさ。これは防具。そして、ボクの両手は武器を握っていない。ほら、素手だろう?」


「屁理屈言うな!」



 クッソ!

 警戒して損した!


 感応士として最強という意味では無かったのか。


 しかも、この程度で最強とは………

 

 強いことは強い。


 だが、白月さんの読心や感応士の技の冴え、白陽の遠隔干渉能力に比べると、全然大したことは無い。


 鐘守という称号を持つなら、人とは一線を画した能力を秘めていると思っていたのだが、この程度とは。


 ただ殴り合いが強いだけの狩人や猟兵なら中央にいけばそれなりの数がいる。

 鐘守は鐘守であるがゆえの強みがなければ意味が無い。


 それでいい気になっている白風のレベルも知れたものだな。

 まあ、15歳程度の少女がここまで、という意味なら、本当に大したモノなのだけど。



 白風への上げていた警戒ランクを元に戻す。

 

 あとはどのようにして、この場を切り抜けるかだが………



 気になるのは、なぜ俺が鐘守を殺害したことがバレたのかということ。

 それを確認する為には目の前の鐘守の少女に聞くしかない。


 当然、素直に教えてくれるはずもないから、はてさて、どうやって聞き出すか………




「………それよりもさ。どうして君は攻撃して来ないの?」



 思案している俺に、白風は一転不満げな顔を見せて、俺が攻撃しないことについて問いかけてくる。


 

「さっきから防御ばっかりでさ。マテリアルスーツで強化したボクでも、一発も当てられないなんて、君はかなり強いよね?」


「うーむ………、何と言うか…………」



 ぶっちゃけ、女の子を殴りつけるのは今の俺ではちょっと難しい。


 『甘い!』とか言われても、どうしようもない。


 アテリナ師匠との勝負の時だって、殴られる一方だったし。


 たとえ向こうが襲ってきた相手だとしても、軽々しく女の子に暴力を振るうなんてしたくない。

 刃物とか銃とか向けられたら、柄で小突くくらいはするだろうけど、殴りかかられた程度で反撃するのも男らしくないと思ってしまう。


 『俺の中の内なる咆哮』が吼えていたら別だが。




「ひょっとして、ボクが女の子だからとか…………、いや、君はボクよりもずっと女の子らしいユキちゃんを殺していたね」


「……………………」



 そのことについては弁明のしようも無い。

 言い訳するつもりも無いし、逃げるつもりも無い。


 ただ、俺が雪姫の為にできることをするだけだ。



「君がどういうつもりで手を出さないのかは知らないけれど………」



 ギュッ



 白風は突然、指を口で咥え、前歯で手を包むグローブの先を噛みながら、ギュッと引っ張る。



 スルッ



 現れるのは白風の真っ白の手。

 白いグローブを脱いでも、なお白さが変わらない程の白。

 しかも、とても格闘技を習得しているとは思えない美しく汚れの無い繊手。

 


 スルッ



 もう片方のグローブも脱ぎ去り、白風の真っ白い両手が夜風に晒される。



「これからはボクも本気を出させてもらう。降参するなら今のうちだよ」



 こちらに向ける瞳は真剣そのもの。

 冗談ではなく、これからが本番と言うことか。


 しかし、自分の手を保護するグローブを脱いでどうしようというのか?

 まさか打撃技から組技に格闘スタイルを変えるわけでもないだろうに。



 まあ、こっちとしては、お前が手を抜いていようが、本気だろうが、俺から出せる答えは変わらない。



「断る。お前が本気で来るなら、それなりに相手をしてやるよ。お前も痛い目を見て泣くんじゃないぞ」



 喧嘩では無く、殺し合いを仕掛けてくるなら、少しばかり痛い目に遭ってもらおう。

 圧倒的な実力差を見せて、まずは心を折ってやるとしようか………



「ふふふふ、本当に面白いね、君は………、さて、これを見ても同じ答えを返せるかな?」



 そう言うと、白風は両手を前に出して、手の甲をこちらに向ける。


 大理石を芸術家が刳り貫いて仕上げたような美しい手。


 傷一つ、痣一つ無い、ただ、ただ白一色の…………





 んん?

 白過ぎないか?

 しかも血管すら見えない。

 まるで作り物のような………

 

 おや?

 指の先に爪が無いぞ!

 

 まさか…………

 

 



 ギュンッ

 ギュンッ




 白風の両手がいきなり真上に伸びた。


 真っ白な手が長剣のごとき刃へと変化した。




「機械義肢………、それも可変金属製か。しかも、脳波で形状を操作できるタイプ?」



 機械義肢の中でも特にクソ高い品物だ。

 中央でもかなりの大都市でなければ手に入らない。


 大抵は指一本だけ可変金属製にして、隠し武器みたいに使うのが多いと聞く。 

 今の白風のように両腕を丸ごとなんて聞いたことが無い。



「正解。良く知っているね。これがボクの本気。さあ、始めようか。本気の勝負を………」

 


 

 キラッ……



 夜空から差し込む星の光が白風が構えた異形の刃を煌めかせた。


 それが俺と白風の第2ラウンドのゴングとなった。



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