第492話 風2


 ギュンッ

 ギュンッ



 白風の両手から俺に向かって伸びる2つの刃。


 最上級の可変金属製機械義肢は脳波コントロールにより、その形状・性質をいかようにも変化させる。

 

 人の腕の形から武器にも使える剣にまで。

 ゴムのように柔らかく、鋼よりも固く。

 自由自在の万能性に富んだ人類英知の結晶とも言える装備品。


 ただし、その分、使いこなすには才能と練度が必要となる。

 粘土のように形を変える物質が自分の手と同じように扱えるわけがない。


 しかし、白風の可変金属製機械義肢による攻撃は実に滑らか。

 マテリアルスーツと同様、恐ろしいまでの習熟練度。


 一瞬で5m以上の距離をゼロとする伸縮自在の攻撃だ。


 2匹の飛びかかる蛇のごとくしなりながら、俺の身体にその牙を突き立てんとする。



 ガンッ



 1本は身体を捻って紙一重で躱し、もう1本は瀝泉槍で弾き返す。



 軌道で言えば白兎のラビットヨガパンチに近い。

 

 その動きには驚きはしたが、速度・重さとも白兎よりは劣る。

 当然、余裕を持って対処できる程度。


 もちろん、その白い刃が直撃したとしても、俺の身体は傷一つつかない。


 しかし、それをこの鐘守の前で見せるのは悪手。

 

 物理攻撃が通用しないと分かれば、向こうは新たなる攻撃手段を用意してくる。

 そうすればいずれ空間攻撃が出てくる可能性が高い。

 

 こうして俺が攻撃を避けたり防いだりしている間は、まず攻撃を当てることに専念するだろう。


 それが俺の身の安全にもつながるのだ。

 効かないと分かっている攻撃でも、わざわざ回避や防御をするのはその為だ。

 



「これも躱すんだ………、本当に君は凄腕だね」



 白風は目を戦意でギラギラさせながら、驚きの声をあげる。


 白風としては奇襲のつもりだったのであろう。

 手が刃へと変化し、それがさらに伸びるとは、普通の人間であれば予想もつくまい。


 だが、俺にとってはさして驚くような攻撃ではない。

 俺の周りにいる奇想天外なメンバーと、俺が今まで相手にしてきた奴等と比べれば大したことないのだが………



「おい! お前、これが『素手』って言えるのかよ! もう武器だろ! いい加減にしろ!」


「何言っているのさ! これは僕の手なんだから、素手だよ! ………それに武器だと白剣様には絶対に勝てないから、最強とは言えなくなるし」



 俺の異議申し立てに、反論してくる白風。

 


 なんだよ、その理由は?


 白剣(しらつるぎ)か………

 多分、鐘守の一人なのだろうけど、絶対に聖剣とか魔剣とか持っていそう………



「鐘守業界は競争が激しいんだ。アピールポイントの1つでもないと、その他大勢に埋もれてしまうよ」


「アピールポイントの為に、両腕を機械義肢に変えたのかよ………」


 

 たとえ事故で両腕を失っても、鐘守なら再生剤を手に入れるのは容易なはず。

 それをわざわざ可変金属製の機械義肢に変えたのだから、その仕様は本人が選んだはずなのだ。



 俺の呆れたような呟きに、当の白風は変わらぬ笑みを浮かべて少し訂正。



「それも理由の一つだけど、それだけじゃない。元々ボクの感応士としての能力は戦闘向きじゃなくてね。こうやって自分の身体を弄らないと強くなれない………」



 刃の形をした手を見つめながら、何かを噛みしめるように言葉を紡ぐ白風。



「強くなければ、守りたいモノを守れない。それも手が2本だけなら2人しか…………」



 夜空に浮かぶ星明りに端正な白風の横顔が照らされる。


 銀の髪、銀の眉毛に、銀の睫毛。

 紺碧の瞳に、白皙の美貌。

 触れれば壊れそうに見える繊細な銀糸、穢れ無き氷晶で作られたような芸術品。

 まさに白と銀で飾られたお姫様。


 しかし、その白風の顔に浮かぶ表情は、守られる対象である姫ではなく、その姫を守る決意を秘めた少年騎士のよう。



「だからボクは自分の腕を落として、この機械義肢を取りつけた……………、起動『五十嵐』」




 バサッ…………




 白風が機械義肢に起動を命じた途端、その両腕の刃が幾重にも別れた。


 白い刃は白い鋼線となって大きく広がり、うねうねと触手のようにうごめく。




「これは…………」




 少女の両腕から生えた数十もの白い触手。

 それらが少女の周りで海中を漂う海藻のごとく揺らめている。


 星の光を受けて、銀に輝く異形の姿。

 思わず声が漏れるほどに目が離せなくなる光景。




「どうだい? おぞましい姿だろう? この姿を見たら、僕の熱心なファンでも悲鳴をあげて逃げ出したくらいだからね。だけどボクは後悔していない。たとえどう思われようと、この力でたくさんの人を救うことができるのだから」



 そう言って自嘲とも取れるセリフを宣う白風。

 だが、その目は何一つの暗い感情も含まれていない。

 ただ、自らが成した成果を誇るのみ。



 美しい少女とグロテスクにも見える機械義肢との組み合わせ。

 この世界の基準で言えば、とても一般に受け入れられるモノではない。

 少なくとも大部分の人間は露骨に目を反らすだろうし、豪胆な者でも眉を顰めるであろう。


 

 だけれども…………



「それって、自由自在に変化させることができるのか?」


「んん? まあね。変幻自在、僕の意の通りに形を変えることができるよ」



 白風は俺の質問に意表を突かれたような顔をしながらも、律儀に質問に答えてくれる。



「だったら、両手を大きなハサミに変えられるか?」


「お安い御用だね。ほら…………」



 幾十あった白い触手が集まり、ぐねぐねとした白い塊になったと思うと、次の瞬間には刃先1m程の巨大なハサミが出来上がる。



「ほお! スゲー! じゃあ、そのハサミをチョキチョキしながら『フォッ、フォッ、フォッ………』って言ってみて」


「ええ? ……………こうかい?」



 チョキン、チョキン


「フォッ、フォッ、フォッ、フォッ、フォッ、フォッ」


「おおっ! 上手い上手い!!」



 白い少女が両手のハサミをチョキチョキしながら『フォッ、フォッ、フォッ』と言う姿は昔懐かしいウルト○マンのバルタ○星人。


 小学校の頃、両手でハサミを持って良くやったモノだ………


 しかし、俺の戯言に付き合ってくれるなんて、随分と白風はノリの良い奴だなあ。


 


「フォッ、フォッ、フォッ………、って! 何をさせるのさ!」


「あはははは、すまん。ちょっと調子乗り過ぎた」


「もう!」



 ムッとした顔で抗議してくる白風。

 

 しばらく俺を睨みつけていたが…………、ふっと相好を崩し、



「……………君は僕のこの姿を見てもあんまり驚いていないね。それに気味悪がりもしないなんて珍しい」


「うん? そうか? 確かに少し驚いたけど、気味悪がりはしないなあ。むしろカッコいいと思うぞ」


「………………本当?」


「お前が言っていたアピールポイントなんだろ? それも個性の1つじゃないか?」



 まあ、現代日本人のサブカル知識からすれば、美少女と触手の組み合わせなんて珍しいモノではない。

 美少女に武器をくっつけたり、改造したりは、あくまで二次元での話ではあるが、ありふれていることだ。



 俺の言葉を受け、白風は目を大きく開いて俺をじっと見つめてくる。

 

 今まで戦意と敵愾心に満ち溢れていた瞳の中に、俺に対する強い好奇心が灯り始めている。




「………………残念だね。君がユキちゃんを殺した大罪人でなければ、ボクの『打ち手』になってもらいたかったかな」



 それは鐘守にとっては最高の褒め言葉であったのだろう。



「それは光栄」


「でも、そんなことはありえない」



 白風は大きく顔を左右に振って、自分の中に芽生え始めた余計な考えを振り落とす。



「さあ、戯れはここまでだ。再開しようか、君とボクの殺し合いを」


「ああ………」



 白風の宣言に、俺は瀝泉槍をぐっと握り込んだ。









 ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、

 ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、



 ガチンッ! バキッ! ガンッ!



 前の攻撃が2匹の大蛇だったのなら、今度の攻撃は蛇の群れだ。


 襲いかかってくる20以上の白刃の刺突を瀝泉槍で弾き、払い、打ち返す。


 いかに数で押そうとも、攻撃は基本前からしか来ない。


 白風も上下左右に攻撃を散らしているが、カーブを描いた攻撃は速度が犠牲となる。

 正面から突っ込んでくる刺突よりも対処がしやすい。



 ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、

 ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、ギュンッ、



 ガキンッ! ボキッ! ガンッ!



 迫りくる白い刃の槍衾を瀝泉槍で無理やりこじ開けながら、前へと進んでいく。


 

 白風を殺すだけなら、火竜鏢や金鞭、降魔杵を投擲するだけで事足りる。

 若しくは『高潔なる獣』を連発すれば、1発くらいは当たるだろう。


 しかし、俺にとってのこの戦闘のゴールは、瀝泉槍の石突きで白風を叩き伏せ、戦意を失わせること。

 そして、彼女の口から、なぜ俺の鐘守殺害が発覚したのかを聞き出すこと。

  

 軽く会話を交わした中から、彼女は口が軽く、一本気な気質であるのは間違いない。

 挑んだ戦いで打ちのめされ、俺に情けをかけられたのなら、素直に俺の質問に答えてくれる可能性が高い。

 

 

 聞かねばならない。

 

 なぜ、行き止まりの街での出来事を把握されたのか?

 その範囲は何処までか?

 さらにこの情報は白の教会全てに行き渡ってしまっているのか?


 彼女個人だけが知り得て、誰にも話さず俺に突撃してきたのであれば話は早い。

 白兎に頼んで、その記憶を消してもらえば良いだけ。


 もし、すでに白の教会に伝わってしまっているのなら………


 もう俺に普通の生活はできそうにない。

 少なくとも、『狩人ヒロ』の名と姿はここで捨てて、新たな人生を始めなくてはならない。


 さて、一体どちらなのか…………




 ガキンッ!!!



 瀝泉槍を大きく振るい、まとめて4、5本の白い触手を弾き飛ばす。


 白風まであと少しの距離まで迫った所で………




 フワリッ…………




「え?」




 もう少しで射程圏内に捕らえようとしていた白風の身体が、重力に逆らい宙に浮かび始めた。


 そのままどんどんと空へと上昇。

 

 周りの建物よりも高く、地上から20m近い所で停止。




「悪いけど、空に退避させてもらうよ」


「おい! こら! 逃げるな!」


「自分にとって有利な地形を選ぶのは、戦闘では当たり前のことだろう?」



 その名の通り、風のように空に駆け上がった白風。


 瀝泉槍も届かぬ上空から声を投げかけてくる。


 


「どういう仕組みだ! マテリアル重力器を人間が使用するのは出来なかったはずだぞ!」



 上空の白風に向かって質問をぶつける。


 マテリアル重力器やマテリアル空間器はまだ人類はその全てを解明できていない。

 だから改造人間とてその2つのマテリアル機器を使いこなすことはできないのだ。


 まさか、白の教会はそれを可能にしたとでも言うのか?


 それとも空を飛べる発掘品の効果なのであろうか?




「はははははっ! 違うよ。これはマテリアル機器じゃない」



 白風の嬉しそうな声が降ってくる。



「これはボクの感応士としての能力だよ。ただ空を自由に飛ぶというだけの」



 はあ?



「君が驚くのも無理はない。感応士は機械種を操る『機操術』だけだと、ほとんどの人間はそう認識しているからね。でも、そうじゃない。感応士の力は多岐に渡る。『心操術』、『物操術』、『転操術』、『命操術』、『知操術』………」



 自身の機械義肢を巨大な白い手に変化させて、俺にも良く見えるように数えながら指を折り曲げていく白風。



「ボクはその中でも『物操術』での『浮遊』と『飛行』が得意なんだよ」


「何だよ! それ!」



 いい加減にしろ!

 いきなり訳の分からない設定を新たにぶち込んできやがって!


 この世界はSFチックなアポカリプス世界だぞ!

 そんな魔法染みた能力なんか出たら、世界観が崩れるだろうが!



 愛読している漫画の突然の路線変更に戸惑う一読者みたいな感想が溢れ出る。



 何なんだよ! その感応士というのは!


 初めは機械種を操るだけだっただろ!

 途中で心を操ることができるって新設定が出てきて………


 次は浮遊と飛行だと!

 その上、まだまだ違う能力があるとは………


 次から次へと後付けで能力を増やしやがって!

 せめて、心を操るという所までなら、機械と人間の心を操作できるテレパシー能力者として理解できたのに…………




 あれ?

 テレパシー?

 つまり、超能力?



 突然、ふと頭に浮かんだSFとかで良く出て来る設定。


 

 超能力者。

 心を読んだり、透視や遠くのモノを見通すことができるESP。

 念動で物を動かすPK。

 

 他にも空間転移を行うテレポーテーションや、発火能力であるパイロキネシス、電気を操り電子機器を動かすエレクトロキネシス…………


 

「まさか!」



 機械種の晶脳はコンピューターに近い構造。

 そして、コンピューター等の電子機器は、超能力者のエレクトロキネシスの電流操作で停止させたり、使用者権限を書き換えたりすることができる場合がある。


 これはこの世界における感応士の能力に近い。



「感応士とは………、超能力者、エスパーのことか?」



 正確には機械種に干渉できるエレクトロキネシスの能力を持つ者だけが『感応士』を名乗れるのだろう。

 

 この世界には機械種が溢れている。

 それを支配できるエレクトロキネシスの能力はこの世界で最も有効なモノ。


 超能力と呼ばれる幾つかの『超常現象』のうち、エレクトロキネシスだけが表に出ているのはそれが原因か。

 


「おそらく、それ以外の超能力を持つ人間は他にもいるのだろうけど………」


 

 白月さんの読心能力はテレパシー。

 白陽の遠隔干渉能力は機械種へ自らの霊体を憑依させるアストラル・プロジェクション。

 今、俺の頭上にいる白風の浮遊能力はサイコキネシス。



「エレクトロキネシスとテレパシー以外はそれほど役に立ちそうにないが………」



 白風のように空を飛べるほどの念動力を持つならは話は別だが、スプーンを曲げられる程度では機械種相手には何の役にも立たない。

 同様に発火能力であるパイロキネシスもそうだ。

 生身の人間が起こせる熱量なんてたかが知れているし、マテリアル燃焼器を身体に埋め込む方が早い。


 遠隔視、透視、念写なんかは使い方次第だな。


 逆に怖いのは予知やテレポーテーション。

 本当にその使い手がいるのかどうか分からないけど。



「とりあえずは、コイツを何とかする方が先だ」



 この世界で皆から敬われる立場にある鐘守であり、俺の元の世界で言うならば、超能力者でもある少女、白風。


 ドヤ顔で上空から見下ろす彼女を睨みつけながら、どうやって地上へと引きずり落とすかを考え始めた。







※一般に言われる感応士はエレクトロキネシス(電流操作)とESP(超感覚)を兼ね備えています。

 エレクトロキネシスとESPの2つ才能が無いと、機械種に対して影響を与えられず、機械種の察知もできません。


 どちらかの才能が弱いと、アテリナのように機械種の察知だけができるという人間が生まれます(アテリナはエレクトロキネシスが弱く、ESPが強い)。


 また、その他のエスパーの才能を持つ人間もいるのですが、この世界ではマテリアル機器が溢れていますので、ほとんど目立つことがありません。

 そのような人間はそういった発掘品を持っていると誤魔化しているケースがあります。


 例えば、テレポーテーションの才能を持っている狩人が、自分は空間操作系の発掘品使いであると名乗っていたりします。


 一応、機械種使いの才能も、限定されたESPの一種であったりします。


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