第490話 鐘守2


 秤屋から白兎とともに飛びだした俺は、すぐさま白露の後を追った。


 まだ午前中で人通りも多い中、すでに鐘守とメイドは人混みに紛れており、その後ろ姿すら見つけ出すことはできない。


 しかし、『追跡』スキルを持つ白兎は道路に鼻を擦りつけてその痕跡を見つけ出し、ピョコピョコと鐘守とメイドの追跡を開始。



「頼んだぞ、白兎!」


 ピコピコ


 

 任せて! と大きく耳を振る白兎の後ろに追従する俺。

 まるで警察犬を使って犯人を追いかけているようだ。



 そのまま街の中を進むこと10分程度。


 いつの間にか人影の少ない街の外縁部まで辿り着く。


 

「この辺は…………白鐘の恩寵が特に薄いエリアか」


 

 崩れかけた建物が並ぶ一角。

 見る限り無人と言っても良い風景。

 街の中心部に設置された白鐘の恩寵が届きにくい場所。


 

 白鐘の恩寵は設置した場所から波紋のように円形に広がっていく。

 しかし、高い建物や起伏の加減で街の中でも特に恩寵が届きにくいエリアが出来上がることがある。

 大抵そういった場所は人がほとんど寄り付かない。

 

 稀にレッドオーダーが入り込んでくることもあるし、悪意を持つ機械種使いが従属させている機械種を使って暴力を振るってくる可能性もあるから。


 さらに夜になれば、虫が湧くこともある。

 気が付けば虫に集られ喰われるなんてシャレにならない。


 

「まあ、これはこれで使い道もあるんだけど………」



 具体的に言うと死体置き場。

 ここに置いておけば一晩ですっかり綺麗にしてくれる。

 行き止まりの街でジュードと一緒に襲撃者達の死体を置いてきた場所のように。


 他にも不良やスラムチーム同士の抗争にも利用されることもあるし、機械種を使っての喧嘩試合なんかもこういった場所で行われる。


 だから普通の人間がまず訪れようとは思わない場所なのだ。



「こんなところに鐘守が来るなんて………」


 パタパタ


「んん? あっちの方か?」



 白兎に従い、さらに奥へと進んでいく。



 ピコピコ


「そろそろ近い? ………このまま自分が近づくと見つかるって…………、ああ、そうか………、相手は感応士だったな」


 感応士の機械種察知範囲はかなり広い。

 これ以上近づくと、俺はともかく白兎が見つかってしまう可能性が高い。



「こんな時は…………、よっと!」



 七宝袋から取り出したのは、深緑と灰色のストライプのハンカチ、『宝貝 混天綾』。

 ブルンと振るえば、一瞬でバスタオルくらいの大きさに変化。


 

「これを纏えば、感応士には見つからない。野賊のアジトでその効果は実証済みだ」


 

 感応士は機械種から発せられる波動を察知するらしい。

 だから波動・流体を操るこの宝貝で包めば、その機械種は察知されない。

 

 感応士が親玉だった野賊のアジトに忍び込んだ際、廻斗の機体を混天綾で包んで連絡役として連れていったのだ。

 おかげで200m近い察知範囲を持つ感応士には全く気づかれずに、囚われた女性達の所まで辿り着くことができた。




「よしよし、なかなか似合っているぞ」


 フルッ!フルッ!


 

 頭からフード付きマントのように混天綾を被せられた白兎。


 ちょっとだけ飛びだした耳が嬉しそうに振るえている。



「行くぞ!」


 ピコピコ!



 そのまま5分程進んだ頃、崩れかけた石壁の影で白兎が立ち止まり、耳で向こう側の方をツンツン。



「あ、いた」



 こっそり覗き込んでみると、瓦礫に腰かけ、脚をプランプランさせている幼い少女と、その後ろに寄り添っているメイド型が1機。



 彼我との距離は40m程であろうか。

 向こうからは視線は通っていないが、これ以上の接近は流石に気づかれそう。

 忍び足では素人でしかない俺が、あのストロングタイプのメイド系の警戒スキルを潜り抜けられるとは思えない。


 さて、ここは変な誤解を生む前にさっさと姿を見せるべきか………



「んん? 何か話している…………」



 ささやかに聞こえてくる少女の声。

 偶に相槌をうつメイド系の声も聞こえてくる。


 しかし、遠すぎて俺の耳には内容まで入ってこない。



『謎の違和感』に追い立てられるようにここまで来たが、あの小さな鐘守相手にどうするのかをまだ決めていない。

 

 あのまま放置すれば俺は不幸になっていたのだから、追いかける以外の選択肢は無かった。

 だが、ここから何をするのかが正解なのか分からない。


 俺が紅姫の討伐者として名乗りを上げれば良いのか、それとも、ただ会って話をするだけで良いのか。



 とにかく情報が足りない。

 せめてあの2人の話を盗み聞きできれば…………



 パタパタ



「おっ! そうか。白兎がいたな。頼む」



 『宝貝 掌中目』の片割れを渡すと、混天綾を被った白兎は忍者のごとく………、いや、忍兎のごとく影から影を伝って、こそこそと忍び足で接近。



 俺は少し離れた場所に移動して、『宝貝 掌中目』のもう片方を耳に当てた。


 『宝貝 掌中目』から聞こえてきたのは………



 

「はあ………、駄目でしたね」



 俺に耳に入ってきた少女の声。

 先ほどまでの騒ぎ立てていた傲岸不遜な甲高い声では無く、どこか意気消沈していて自信無さ気な声調。



「やっぱり私では強い人を見つけるのは無理なんでしょうか?」



 不安そうに揺れる少女の声だけが崩れた街の一角に棚引く。



「白露様の御身は私がお守り致しますが?」


「ラズリー、何度も話したでしょう。いくらなんでも貴方1機では無理です。それに、白の教会の戦力を持ち出すのは禁じられましたし………」


「本当に意味が分かりませんね。難題を振っておいて、白露様に孤軍奮闘せよ………とは」


「仕方がありません。これが私に課せられた贖罪なのですから」



 交わされる少女とメイドの会話。

 聞くに、何かの目的の為に強い人間を探しているようだ。

 

 しかも、鐘守でありながら、白の教会の戦力も当てにできない。

 どういった意味の制限なのであろうか?

 それも自分に課せられた贖罪とは?

 


 しかし、あの秤屋で喚いていた白露の雰囲気が全く異なっている。

 今の声の調子からどちらかというと大人し目の女の子のような話しぶり。


 先ほどキャンキャン騒いでいたのは演技だったとでも言うのであろうか?




「もうこれ以上ここに居ても見つかりそうにないですね。ここが駄目なら、もうあそこしかありません」


「では、合流を………」


「まさか! ユキちゃんはできるだけ巻き込みたくありません。こっそり活動するつもりです」


「それは少し難しいのでは? それに元々はあの方の罪でしょう。白露様は巻き込まれただけ………」


「いえ、あの子達とユキちゃんを引き合わせたのは私です。だから全ての罪は私にあります」

 

「白露様がそうおっしゃるのなら、これ以上は何も申しませんが………」




 続けて聞こえてくる2人の会話の内容。

 どうやらこの街を出ていくようなのだが、どうにも意味が分からないことが多い。

 

 時折聞こえてくるキーワードの『罪』。

 一体何の罪を犯したというのだろうか?


 それに白露から零れた『ユキちゃん』という名前。

 もしかして、その名前の主は…………




「もうこれは私がやるしかありません! さあ、向かいましょう!」



 掌中目から聞こえてきた強い決意が籠った少女の声。

 不安な心を払拭するかのように語尾へと力を籠められている。



「では、出発の準備を致します」


「お願いします、ラズリー」



 トンッ



 小さな足音が響く。

 おそらく白露が瓦礫から降りた音であろう。


 

 このままだと白露はこの街を出てどこかへと向かう。

 そして、その去就は何を引き起こし俺にどんな影響を与えるというのか?


 

 当然、このままにしておけるはずがなく、これからどうするか決めなくてはならない。


 当然、ここまで来たら会って話をする以外は無いのだが、まだまだ事前情報が足りず、万全とは言い難い。

 この状態で鐘守相手に交渉を仕掛けるのは些か無謀。


 向こうはたとえ幼く見えてもこの世界最大組織である白の教会の有力者。

 俺のような一狩人が気軽に相手にして良い存在ではない。

 

 万が一に交渉が決裂すれば、最悪の展開にもなりかねない。


 せめて『謎の違和感』が起こった原因と避けなくてはならない未来だけは知っておかなくては。



 

 ならば、ここは未来視を使うしかないだろう。

 

 秤屋から飛びだしていった彼女を放って置いてしまった場合、どうなってしまうのか?

 おそらくはこの街から出ていくのだろうが、それが俺の未来にどのような影響を与えるのか?

 


 

「白兎、もういいぞ。一度戻って来い」




 『宝貝 掌中目』を使って白兎に帰還を命じてから、未来視を発動する準備を行う。



 目を瞑って、深く深呼吸。

 求めるのは、俺が白露を追いかけなかった場合のIFルート。



 さあ、教えてくれ!

 俺が陥るかもしれなかった不幸になる展開を…………






***********************************






 あの鐘守の少女はアレ以降、この秤屋には姿を見せなくなった。


 噂ではこの街から旅立って行ったらしい。


 もっと早くその噂を聞いていれば、ここまで警戒を続ける必要はなかったのに、と少し思った。



 何せ俺の天敵である鐘守から目をつけられてしまったのだ。

 

 これ以上目立つのはマズいからと思い切った活動ができなかった。

 

 紅姫討伐もダンジョン下層部への探索も諦め、細々と巣の中や荒野でうろついているレッドオーダーを狩っていくだけの日々。


 それでも数を重ねれば『最優』には届く。

 あれから2ヶ月経ったが、ポイントは順調に稼いできた。

 だが、今までの成果からすれば、物足りないどころではない。

 ミエリさんにも、ボノフさんにも調子が悪いのかと心配されてしまう程。


 しかし、それも今日までのこと。

 最後の1ヶ月は大きな花火を上げてやろうと思っている。


 ダンジョンの最奥まで突き進んでみるか、それとも攻略難航エリアの紅姫の巣を全て攻略してやるか。


 もう遠慮する必要なんてない。

 思う存分に力を振るって、俺の名を街中に轟かせてやる!





 そんなある日、ある夜のこと。


 白兎と2人、夜の街を出歩いていた時、ふと気が付けば、周りの人影が消えていた。



「あれ? いつの間に………」


 フルフル



 それほど人通りが多い道では無かったが、全く人がいなくなるというのは不自然だ。


 まるで俺と白兎、異次元世界にでも迷い込んでしまったような印象を受ける。



「なんだ? 何かのアトラクション?」


 

 周りを見回すも、やはり誰もいないことしかわからない。


 そんな辺りをキョロキョロ見回す俺の耳に、良く響く少女の声が届いた。






「風が哭いている…………」






「え?誰?」


 

 久しく聞かない中二病臭いセリフ。



「人々が安寧を過ごす街で、悪をのさばらせていることに………」



「だ、誰だ?」



 さらに被せてきた胡散臭いセリフ。


 まるで子供向け特撮モノに出て来そうな正義の味方みたいな口上。



 フリッ!フリッ!


「え? 上か? 誰かいる?」



 白兎が大きく振るって、俺へと警告。


 その白兎の耳が指し示す方向を見ると、そこは2階建ての建物の屋根の上。


 月明りを背に立つ美しい少女が1人。


 月光に輝く銀髪をショートボブにした今の俺と同じ歳くらいの少女。

 潜水服のように身体にピッタリと張り付く白いスーツ。

 腰に手を当て、仁王立ちしながら俺を見下ろしているその姿は………

 


「誰だ? と言ったね?」



 ニヤリと笑みを浮かべる白い少女。

 

 非常に整っているが、キリリとした眉毛が少々気の強そうに見える顔立ち。

 また、短い髪型からボーイッシュと表現しても良いだろう。

 体のラインが浮き出る薄手のボディスーツを着ていなければ中性的な美少年にも見えなくもない。


 

「ボクの名は『白風』」

 


 涼やかに、それでいて力強い名乗りが俺に投げかけられた。



「最強の『鐘守』だ」


 

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