第489話 鐘守
「早く名乗り出なさい! この秤屋に所属しているのは分かっているんですよ!」
「この可愛いツユちゃんの『打ち手』になりたくないんですか!?」
「鐘守として命じます! さっさとこの場に出て来なさ~い!」
秤屋のロビーに集まる狩人達のうんざりしたような視線を浴びながら、小さい鐘守は大声で喚きたてている。
両手をブン回し、銀髪のツインテールをブルンブルン揺らしながら、身体全体で訴えかけている仕草はまるっきり駄々をこねる子供そのもの。
遠く離れて見ている分には子供らしくて可愛らしいという感想を抱く者がいるかもしれないが、この屋内では年相応の甲高い声がキンキン響き渡って煩わしいとしか思えないだろう。
「どうして出てこないんですか! 鐘守が命じているんですよ!」
「紅姫を倒した猛者なんでしょ! なんで名乗らないんですか!」
「せっかくツユちゃんが褒めてあげますのに!」
どうやら攻略難航エリアの紅姫2機が討伐されたという情報を聞いて、この秤屋までやってきたのだと思われる。
強者を欲しがる鐘守であれば、当然の行動だ。
しかし、俺に名乗り出るつもりなんて無いから、いくら叫んでも誰も出てくるはずがない。
「本人でなくても、その人間を知っている人が居たら申し出なさい!」
「何で知らないのですか! 同じ秤屋の所属なのに!」
「全く、ここの狩人も職員もどうなっているんですか! 鐘守からの要請すら断るって、何たる不敬! 名前も教えてくれないなんて!」
地団駄踏みながら、不満を並べ立てる鐘守。
どうやらガミンさん達白翼協商上層部は、俺の情報を白の教会へ教えていないようだ。
さらにはあの鐘守の様子からの情報提供要請すら突っぱねてくれた様子。
また、タウール商会へ流れた俺の情報も白の教会には届いていないみたい。
時間の問題なのかもしれないが、最悪の展開の回避にほっと胸を撫で下ろす。
「もう! こうなったら腕に自信があるなら誰でもいいです! この可愛いツユちゃんの『打ち手』になりたい人はいませんか!」
「最近、挑戦者が減って、ツユちゃん、悲しいです! 我こそはという人はいないのですか!」
「貴方達は勇敢な狩人のはずですよね! 白翼協商の名が泣きますよ!」
「ここにいる全員、臆病者ですか! そんなことで赤の帝国の侵略から皆を守れると思っているんですか!」
顔を真っ赤にして、ボルテージを上げていく幼い鐘守。
すでに説法とも呼べず、ただ感情の赴くままに怒鳴っている子供。
そんな主の様子にも、隣に立つストロングタイプのメイドはただ静かに寄り添うだけで注意一つしない。
プライドが高い狩人にとって、『臆病者』というのは耐えがたい罵声。
常識的に考えて、狩人達が揃うこの秤屋で、ソレを口にする人間などいない。
しかし、その極まりない暴言に対しても、この場には反発するどころか、異を唱える者すら出てこない。
周りを囲む狩人達は悔しそうなしかめっ面で黙り込んだまま。
10歳前後の少女にあれだけ罵られても、大の大人達が揃って一言も反論しないのは異常な光景。
しかし、その少女がこの世界でも有数の支配者階級にある鐘守であれば話は別。
やはりこの街では鐘守に対する畏敬が浸透しているようだ。
中央に近ければ近いほど白の教会の影響は大きく、逆に中央から離れれば離れるほど、白の教会の威光が届きにくくなり、鐘守への敬意も薄れてくる。
最も辺境の端にある行き止まりの街になると、一般人でも『鐘守』の存在を知らないというケースも多い。
反対にバルトーラの街は中央に最も近い街だけあって、その影響を過分に受けているのだろう。
まあ、俺には全然関係の無いことだが。
「なあ、アルス。アレ、何?」
「ヒロ! 流石に『アレ』はマズいよ! 鐘守に向かって………」
俺の問いに小声で注意してくるアルス。
中央の出身だけあって、アルスは少なからず鐘守への敬意を持ち合わせているようだ。
でも、さっきの様子では…………
「お前だって、鬱陶しそうにしてたじゃないか?」
「いや………、一応、言葉は取り繕ったよ」
言葉だけかい!
気持ちは分からないでもないけど。
いくら畏敬の対象である『鐘守』でも、あれだけ子供っぽい仕草で喚かれては威厳も薄れるというもの。
アルスがそんな反応になるのも無理はない。
「見ての通り勧誘だよ。最近姿を見せてなかったのに…………、あの噂を聞いて我慢できなくなったんだろうね」
「攻略難航エリアの紅姫討伐か………、世の中には凄い奴がいるもんだな」
完全に自分のことなのであるが無関係を装う。
疑っている人間はいるかもしれないが、ここは知らない振りをするしかない。
そんな他人事のような感想を漏らす俺を、アルスはどこか腑に落ちないような顔で見つめてくる。
「……………」
「アルス? 」
「あ、ごめん…………、えっと………、あの鐘守のことだよね? ………『白露』様だよ。この街の白の教会に赴任されている方なんだけど………」
『白露』………
どこかで聞いたことがある名前。
未来視で白月さんがこの街にいる鐘守だとか言っていたような………
確か、『少々奇抜な面は大目に見てあげて』って、お願いされたな。
まさか本当にそうだとは思わなかったけど。
「半年くらい前から秤屋を巡って、ああやって『打ち手』にならないか? って勧誘をされているみたいなんだ…………、まあ、見ての通り、最近誰も手を挙げないから苛立っておられるんだよ」
「何で誰も手を挙げないんだ?」
一般の狩人にとって、『打ち手』になれるなんて大チャンスじゃないか。
白の教会のバックアップに高位感応士である鐘守をスタッフとして迎えることができる。
それだけで一流以上の活躍が約束される。
付き従うのがあの煩い子供の鐘守とはいえ、そのステータスを求める者は多いと思うんだけど………
「あはははは、普通はそうなんだけどね。あの白露様は『打ち手』として認める前に一つの試練を用意されたんだ」
俺の質問に、アルスは苦笑いを浮かべながら、その辺りの事情を説明してくれた。
あの白露が『打ち手』として認める条件。
それはあの隣に侍るストロングタイプ、メイド型との一騎打ち。
「僕がこの街に来る前の話だけど、最初はたくさん挑戦者が居たらしいんだ。でも、その全てをあのメイドが返り討ち。ほとんど勝負らしい勝負もさせずに皆ボコボコにされたそうだよ」
「へえ? それは凄い…………、でも、アレって、どう見ても戦闘型には見えないが…………」
楚々とした佇まいは生粋のメイドそのもの。
とても鉄錆と硝煙が混じる戦闘型の雰囲気は感じない。
ストロングタイプのメイド系の1つに『バトルメイド』という戦闘型はあるけれど、あれはもっと武装していたはず。
あのメイド系はどう見てもスタンダード仕様の『パーフェクトメイド』にしか見えない。
であれば完全な非戦闘タイプ。
戦闘になれば、それなりに腕が立つレベルの狩人であれば勝てる。
だが、勝負すらさせてもらえないほどの戦闘力を持つというのは、一体どのようなカラクリなのか。
もしかすると、胡狛と同じ………
「さあね。その辺は鐘守の傍を侍るに相応しい改造を受けているのかも。でも、一騎打ちを見た狩人の感想だと、ストロングタイプの前衛型に匹敵する戦闘力だったらしいよ。だとしたら、1対1では勝ち目が無いね」
アルスはヒョイっと肩をすくめて諦めのポーズ。
発掘品の鞭を使いこなす技巧派のアルスであっても、ストロングタイプの前衛と一騎打ちでは、勝ち筋は皆無に等しい。
一矢報いるくらいはできるかもしれないが、初めから勝てないことが分かっているなら挑むのは無意味であろう。
もし、彼女の戦力がストロングタイプの前衛型並みとするのであれば、勝つ可能性があるのは、俺を除いてはこの街最強の狩人とされるルガードさんぐらい………
「んん? ルガードさんならいい勝負ができるんじゃないか?」
「ああ、そうだね。ルガードさんなら…………、でも、白露様がルガードさんを勧誘するような素振りは見たことが無いや。何でだろうね?」
強者を求めているのであれば、この白翼協商どころか、この街で一番強いルガードさんに声をかけないのは不自然。
しかし、アルスの言う通り、あの白露がルガードさんを勧誘していないとすれば、その理由は…………
…………多分、同じ鐘守である白雲の唾が付いているからかな?
鐘守の中でも縄張りとか、お互い狙っているモノが被らないような配慮があると見るべきか。
しかもあの子供っぽい白露では、性格が悪く策謀に通じた白雲相手では勝負になるまい………
「なんで誰も名乗り出ないんですか!!!」
アルスと話している最中、ついに白露の堪忍袋の緒が切れたようだ。
一層高い声が秤屋のロビーに響き渡る。
「もういいです!! もう貴方達に頼ろうとは思いませんから!!」
白露は白ローブを翻し出口へと駆け出す。
最後に捨て台詞まで吐いて、そのまま外へと飛びだしていった。
「主人が失礼しました。では、私達はこれで…………」
従者らしいストロングタイプのメイド型が口にした謝罪の言葉。
そっとエプロンドレスの裾を抓んで優雅な一礼を見せてから、主の後を追う為にこの場を去っていく。
残された狩人達は、呆然としながら嵐のように過ぎ去った両名をただ黙って見送るのみ。
「うーん………、少し可哀想かな」
アルスは白露が出ていった扉の方を見つめながら、同情めいた言葉を口にする。
「ちょっと泣いていたね。あんな小さいのに……………」
「一人で喚いて、勝手に泣き出しただけじゃないか?」
「そうだけど、声くらいかけてあげても良かったかも………、と言っても僕じゃあ、力不足かな? でも………」
アルスはあの小さい鐘守が気になっている様子。
このままだと後を追いかけて、慰めに行こうとするかもしれない。
全く、このイケメンはすぐに主人公ムーブしたがるな。
放っておくと勝手に厄介事を引き受けてしまいそうだ。
「止めておいた方が良いぞ。いくらお前でもストロングタイプが相手じゃ勝ち目なんて無い」
「……………そうだね。僕じゃ役に立たないか。はあ………」
アルスはため息一つついて、追うのを諦めてくれた模様。
まあ、俺も可哀想だとは思わなくも無いけど………
10歳くらいの幼い鐘守。
鐘守の権威を振りかざし、罵詈雑言を捲し立てていた様はとても同情できる要素などないが…………
最後に立ち去っていく白露の目に一杯貯まった涙。
そして、泣きそうになる寸前の歯を食いしばった表情。
力及ばず達成できなかった悔しさ。
自分ではどうしようもないもどかしさ。
子供なりに自分に与えられた使命を果たそうとして、結局、何もできなかったという結果しか残らない。
そんな絶望を彼女から感じ取ってしまい、少々心がざわつくのを感じる。
白月さんから『大目に見てあげて』とは頼まれた。
さらに白露については、もう一人からもお願いをされていたような気が………
もちろん、俺にとって鬼門でしかない鐘守に関わろうとする選択肢なんて無い。
だから、ここは放っておくしかないのだ。
あの小さな鐘守と俺との運命は交わることなく………
ザザッ
その時、俺の全身を駆け巡ったゾクゾクする違和感。
それは、俺が今、運命の分岐点に立っていると言う合図。
このまま進むとその先には絶望しかないのは、今までの経験上から明白。
2日前にその意向に逆らい、危うい所まで追いつめられそうになったばかりだ。
この時点で俺が取るべき行動は一つしかなくなった。
「マジかよ…………」
「どうしたの? ヒロ。顔色悪いよ………」
「…………ちょっと用事ができた」
「え?」
「じゃあな。また今度」
「ヒロ?」
キョトンとした顔をするアルスを尻目に、俺は白兎とともに秤屋の出口へと向かった。
新たな出会いとそれに付随して発生する厄介事を予想して、苦々し気な表情を浮かべながら。
アルスを制止したばかりだというのに、まさか俺が追いかけることになるとは………
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