第488話 運命



 

 『最近この街に来た飛びっきり可愛い子』を指名しなかったはずなのに、なぜかこの部屋に現れた黒髪の少女、イーリャ。


 最初は驚き、俺は大混乱に陥った。


 何とか顔に出さないよう表情を取り繕い、驚いたことを誤魔化すのが精一杯。


 しかし、落ち着いて考えると、そこまでピンチではないことに気づく。


 何しろ俺は客なのだ。

 

 イーリャが気に入らないと言って席を立てば良いだけ。


 だが、今回、イーリャがこの部屋に来た理由は気になるところだ。


 初めから仕組まれていたことなのか?


 それとも、単純に何かの手違いなのか?


 もしかしたら、実は女の子側からも男を選ぶことができるようになっていて、俺のことを気にいったイーリャが他の女の子を押しのけたという可能性もある。


 まあ、どちらにせよ、イーリャを選ぶ選択肢は無いのだ。


 適当な所で席を立ち、あの管理人の人に女の子をチェンジしてもらえば良い。



 

 そう考えると気が楽になった。


 少しばかり強張っていた身体も解れてくる。


 あとは会話のタイミングを見計らって、部屋を出れば良いだけ。


 そんなことを考えながら、気軽な感じでイーリャと会話していると、




「ヒロさん、お詳しいんですね。私、初めて聞きました」


「そう? 狩人なら知っていて当たり前のことだよ」


「もっと、教えくれませんか? 例えば………」



 うーん…………、なかなか女性との会話で区切りを見つけるのは難しいな。


 席を立つ機会を探しているが、どうにもタイミングを外されてしまう。

 

 初めて会った時も、未来視でもそうであったが、とにかくイーリャは話し上手で聞き上手。


 少し甘えたような口調は耳ざわりが良く、心地よい気分にさせてくれる。


 俺の他愛無い話を真剣に聞いてくれて、聞いてほしいタイミングで質問を投げかけてくる。

 

 それに、相手を気持ちよくしゃべらせる手管に長けているというか………

 


「うふふふっ……、ヒロさんって面白い」


「そうかな、あははははっ!!」



 薄暗い個室でイーリャと2人きりの状態。

 

 さらにドンドンと酒が注がれ、それを飲み干すごとに気分が良くなってくる。


 最初はどうやってこの状態から抜け出そうかと考えていたが、イーリャと楽しい時間を過ごすうちに、もう少しだけお話を続けたいという気持ちが湧き上がってくる。



 女の子と酒を飲むと言うのがこんなにも楽しい事だったとは思わなかった。


 元の世界ではほとんど下戸だったし、キャバクラとか好きじゃなかったから、女の子と2人で飲むなんてほとんどしたことがない。

 世の男性が女の子のいる店で散財する話を聞いて、何でそんな真似をするのか理解できなかったけれど、今ならその気持ちが良く分かる気がする。

 

 

 だが、このイーリャは俺にとって鬼門であるのは間違いない。

 できるだけ早めに部屋を出た方が良い。



 酔っぱらいながらも頭の片隅で理性が警告を発している。

 

 しかし、同時にこのままでも良いじゃないかという楽観的な考えが芽生え始める。



 もうちょっとだけお話を続けたい。

 もっと女の子との会話を楽しみたい。

 

 未来視で見た絶望感が酔いとともに薄れ出し、この場を出ていくという選択肢が外れていく。



 ようは子供ができるようなことをしなければいいだけだ。

 今日の所はお話だけで済ませておけば………



「ヒロさんの手って綺麗ですね。ひょっとして私の手よりも」


「そ、そんなことないよ………」


「では、私の手を触って確かめてみてくれませんか?」


「それじゃあ………」



 さり気ない接触。

 肌と肌が重なり、お互いの温もりが感じられる。

 イーリャが俺の身体に触れる度に、俺の腹の下から熱いモノがこみ上げてくる。



 はあ………

 なんて、柔らかい手…………

 それに良い匂い…………



 アルコールとイーリャの魅力に俺の頭はのぼせ上がる。

 だんだんと未来視で見たIFルートなど、どうでも良くなってくる。

 



「ちょっと、酔っちゃいましたね。少しだけもたれてもいいですか?」


「いいよ、どうぞ。ほら」


「ありがとうございます。ヒロさんの肩、とっても頼もしい……」


「イーリャ………」



 だんだんとスキンシップが過激になっていき、そろそろ耐えるのが難しくなってきた。


 肩にもたれ掛かるイーリャから感じる体温。

 ほんのりと漂ってくる甘い香り。

 俺の二の腕に押し付けられる柔らかい感触。

 俺の視界の端にイーリャの胸元の深い谷間が垣間見える。


 その全てが俺を刺激し、もうどうにも止まらない状況まで高めていく。


  

 子供ができる行為さえしなければ、少しくらいエッチなことをしてもいいんじゃないか?

 さりげなく触る程度なら………



 欲望が鎌首をもたげ、日ごろの慎重さを押しのける。

 普段なら絶対しないようなことだが、酒と女の色気に参ってしまった今の俺を止める者はいない。



 ああ、少しだけ、少しだけなら…………

 ちょっと肩に手を回すだけだから………



 もたれ掛かるイーリャを抱き寄せる為、手を伸ばそうとした時、

 



 コンッ、コンッ、コンッ




 扉をノックする音が響いた。




「………はい、どうぞ」




 せっかく良い雰囲気の所を邪魔された感じになり、少しだけムスッとしながらノックに対して返事をする。


 追加のお酒か?

 頼んでいたっけなあ………


 訝しげな顔で扉の方を見つめていると、



 ガチャ



 扉が開き、そこにいたのは………




 兎の形をした機械種。

 ビーストタイプ下級の機械種ラビット。


 なぜかバーテンダーのような服装を着て、後ろ脚で立ち上がりながら、器用にお盆を持って部屋に入ってくる。



 あれ? 

 さっきからお酒とかを持ってくるのは機械種コボルトだったような………



 トコトコトコトコトコ


 ペコリ



「ああ、どうも………」



 丁寧にこちらへ頭を下げて挨拶してきたので、思わずこちらも頭を下げる。



 ゴトッ


 カランッ


 ガシャッ



 入ってきた機械種ラビットは、お盆の上のグラスと氷入れ容器をテーブルに置き、取り出したアイスピックでガシガシ中の氷を削っていく。


 さらに慣れた手つきでシェーカーにお酒やジュース、砕いた氷を入れ、シャカシャカと上下に振り始めた。



 いきなりの機械種ラビットのバーテンダーぶりに、俺もイーリャもしばらく唖然としたまま。


 

「え? なんかこんなの頼んだっけ?」


「…………お店側のサービスでしょうか? 私もここに来て日が浅いので、良く知りませんが………」



 そうこうしているうちに、機械種ラビットはカクテルを作り終え、俺達の前に2つのグラスを並べてくる。



「…………まあ、いただこうか」



 2つのうち、機械種ラビットが俺に勧めてくれた、白みがかったお酒が入っている方を手に取る。


 イーリャは黄色が強いオレンジ色のお酒。



 一口、口に含んでみると………



「旨い!」



 ちょっと香草の香りが強いが、後味の良いキリッした風味。

 少しだけ感じる苦みが良いアクセントとなり、実に深い味わいを演出している。



「美味しい………」



 イーリャも目をまん丸にして、驚いている。


 

「こんな美味しいお酒、私、飲んだことがありません!」


「俺もだよ。まさかこんな美味しいカクテルがこの世界で飲めるなんて………」



 ピコピコ

『よろしければ、もう一杯いかがですか?』



「頼む! イーリャはどうする?」


「あ、はい。私も………」



 俺とイーリャの要望を受けて、機械種ラビットのバーテンダーは次なるカクテルを用意し始める。


 氷をガシガシ、幾つかのビンに入ったドロップエキスを混ぜ混ぜ、シェーカーに入れてカシャカシャと、なかなかに様になったバーテンダーぶりを見せつけてくる。



 まさか、白兎以外にもこんな優秀な機械種ラビットがいるとは………




 バーテンダーが実際にカクテルを作っている所なんて、映画かドラマぐらいでしか見たことが無いけれど、その手際の良さは素人の俺が見てもプロレベル。

 多分、ホテルなんかの一流バーテンダーと比べても遜色は無いのであろうかとも思える。



 よく見れば、この機械種ラビット、白兎に良く似ているな。



 酔いが回った頭に過る、ふとした気づき。



 あの耳の動きは白兎にそっくり。


 丸っこい愛らしいフォルムもそうだし、脚の形も白兎に瓜二つ。


 耳に括られた青い紐もそのままだし、額に書かれた『仙』の文字も含めて、まるで白兎の生き写しのよう………




 って、お前、白兎だろ!!



 パタパタ

『そうだよ』



 な、何でここにいる?


 言葉には出さずに口をパクパク。


 しかし、それだけで白兎には通じたようで、耳をピコピコしながら答えてくれた。



 ピコピコ

『呼ばれたような気がしたから来た』



 

 確かに、イーリャが出てきた時、焦って白兎に助けを求めたけど………




 フルフル

『それを飲んでしばらくしたら、トイレに行けばいいよ。そして、掌中目を使って」



 再度用意してくれたカクテルを俺とイーリャに差し出しながら白兎は耳をフルフル。



 え?

 掌中目?


 

 目で問う俺に、白兎はさりげなくバーテンダー服のポケットからもう片方の掌中目と、小さな紙包を見せてくる。


 小さな紙包については不明だが、掌中目を見せてくる意味は分かる。

 それはつまり…………











『はあ………、なかなか手を出しませんね。チョロイ感じがしましたけど、意外に慎重なのか………、それとも臆病者なのでしょうか?』


『でも、情報屋の話ではこの街始まって以来の傑物だとか。あの若さですでに紅姫の巣を2つも攻略しているなんて、普通では絶対に信じられませんけど』


『あれだけマテリアルを払って手に入れた情報ですし、ここの管理人もそう言ってましたから、あの男がタダ者では無いのは間違いないはず』


『全然好みではありませんが、それだけの実績をと積み上げている狩人なら我慢できます。あとは手を出せばこちらのモノ………』


『もう私には後がありません。あの男を誑し込んでしまえば………』


『薬も飲んでいますし、今なら確実です。流石に私も妊娠するのは初めてですが…………』


『情報の通りなら、最悪でも堕胎費用くらいは出してくれるでしょう。上手くいけば私を選んでくれる。相当なお人よしという話でしたから、もうそこに期待するしかない』


『…………やはり、怖いですね。でも、チャンスは今しかない。私が幸せになる為には…………』






 トイレの中で、赤裸々に語るイーリャの独り言に耳を傾けている。


 もちろん、掌中目を使っての盗み聞き。

 もう片方は部屋にいる白兎が隠し持っており、声だけではあるが、イーリャの独白を拾うことができた。

 

 まるで自分に言い聞かせているみたいな独り言だ。

 おそらく1人きりとなったことで、胸に抱えていた不安を口に出してしまっているのだろう。

 おかげでイーリャの企みを知ることができた。

 


「なるほど………、俺がこれ以上無い腕利きの狩人だと知って、勝負に出てきたのか………」



 多分、ここの管理人に、優秀な狩人が来たら、自分を優先的にあてがえと頼んでいたのかもしれない。

 おそらくはそれなりの額を支払っているはず。

 だからこの『停留所』に俺が来た段階で、イーリャと出会うことになった。



「クッソ! まさか、妊娠狙いだったとは………」



 イーリャが話していた薬というのは妊娠しやすくなる薬のことか。

 俺がお人よしであるという情報を元に、俺をハメようとしやがったな。


 今、街で噂になりつつある俺の情報が、一部ではそこまで出回っているようだ。

 注目を集めるということは、やはりそれに応じた厄介事も引き寄せてしまう。

 今回のことで、ようやくその厄介事が身に降りかかってきたことを実感できた。



「…………恐ろしい。女の子はなんて恐ろしいんだ………」



 恐るべきはその執念と言うべきか。

 自分の幸せの為なら、好きでもない男の子供を妊娠しても構わないとでも言うのか。



「そうだよな。そうでもなきゃ、俺がモテるわけがない」



 狭い部屋で2人きり。

 ずっと甘い言葉を囁かれたら、ひょっとして俺のこと好きなのではと勘違いしてしまいそうになる。

 

 この『停留所』に集う女の子は、大部分が稼ぐ男を狙う為だ。

 分かっていたけれど、改めてそれを突きつけられるとそれなりにショックを受ける。



「帰ろう。もうそんな気分じゃない………」



 最期に白兎へ掌中目を通じて『帰る』旨を伝えてから、トイレを出てイーリャがいる部屋に戻らず出口へ向かう。


 管理人には『イーリャとはウマが合わなかった』と説明して、次の女の子を勧めてくる管理人に断りを入れ、建物の外へと出た。







 外に出れば、僅かな街灯だけが灯る薄暗い通り。

 この辺りは繁華街でも外れの方だからかなり人通りが少なく、活気のようなモノも見当たらない。 



「暗い。まるで俺の今の心を表しているみたい………」



 暗いのは夜なのだから当たり前。

 だが、そんなことでさえ、俺が落ち込みそうな要因になりうるほど、今の俺は凹んでいる。



「はあ…………、今頃アルス達は楽しんでいるんだろうな」



 何気なく出てきたばかりの建物を振り返る。


 2人とも俺ほどでは無いにせよ、同年代では稀に見る逸材。


 今回の俺のような特殊な事情でも無ければ、可愛い女の子にモテモテのはずだ。


 ひょっとしたら、そのまま気の合う女の子と付き合うような展開もあるかもしれない。

 


「羨ましくは…………………、羨ましいけど」



 多分、余計なことを考えずに、ただ望むだけで、俺も手に入れることができるだろう。


 しかし、余計なことを考えないなんてできないからこそ、今の俺がいるのだ。


 

「白兎が出てきたら、さっさと帰ろう」



 建物の前でずっと立っているのはアレなので、少し離れた位置に移動すると………



「あれ? ヒロも出てきたの?」


「うおっ! ………、あ、アルス?」



 トボトボ歩いている所へ、いきなり声をかけられたのでビックリ。


 顔を上げるとそこには、建物の中にいるはずのアルスの姿。



「なんでここにいるんだよ?」


「え? 出てきたヒロがそれを言う?」


「…………俺が出てきたのは、あんまり相性の良い相手じゃなかったからだ」


「それなら僕も同じ。あれだけ迫られると、ちょっと引いちゃうよね?」



 そう言ってアルスは少し困り顔を見せる。



「それに僕は今、試練中だから、あんまり相手に縛られるのも困る。結婚してこの街に住もうと言われても頷けないよ」



 ああ、そういう子もいるのね。

 中央に行きたい子ばっかりじゃないんだ。



「それで断って出てきたのか………、じゃあ、楽しんでいるのはハザンだけか?」



 アルスも駄目だったとなると、俺達の中で上手く行けたのはハザンだけ。

 これは次会った時に色々と高いモノを奢らせねばなるまい。



「あ~~~、ヒロ………、ハザンだけど…………」



 珍しく言いにくそうに口籠るアルス。



「んん? どうした?」


「ハザンはそこ。ほら、あの隅っこで座ってる」


「え………、わああ!!」



 アルスが指差した道の隅で大男が三角座りしていた。

 顔を俯かせ、影を背負いドヨーンっといった感じ。



「な、なにやってんだ? ハザン………」


「ヒロか…………」



 俺が恐る恐る声をかけると、明らかに落ち込んだ顔を向けてくるハザン。



「せっかく良い所まで行ったが………、怖がられた」


「あ………」


 

 流石にそれ以上二の句が継げられない。


 ハザンはブーステッドを飲んだ強化人間だ。


 その右頬には黒い痣があるし、おそらくその体にも同様の痣が浮かんでいるはず。

 気にしない女の子はいるのだろうが、それを怖がる女の子だって当然いる。



「…………もう、俺は駄目だ」


「ハザン、そんなことないよ。女の子だって色々いるんだから」



 落ち込むハザンをアルスが慰めている。


 きっと俺が出てくる前もこんな感じを続けていたのだろう。



「…………なんだ。結局3人とも駄目だったのか」



 不謹慎ではあるが、なぜかほっとした気持ちになってしまう。


 自分が失敗しても、友が成功したなら私情を交えず喜んであげるのが人間のあるべき姿だ。

 だけど俺の心は狭く、自分が失敗したのに、他人の成功を素直に喜んであげられるほど人間ができていない。


 でも、同じように皆失敗したのであれば、何の憂いも無く優しい声をかけることができる。

 お互いの傷を舐め合うだけの、とても前向きに繋がる行動ではないが、それでも心が少しでも軽くなるのであれば、それで構わないと思ってしまう。



「よし! ここは憂さ晴らししか無いな。アルス、ハザン。前の予定通り、もう1軒飲みに行こう!」


「ヒロ?」


「むっ………、ふむ。それもいいかもな」


 

 俺の提案に、アルスは驚いたような顔を見せ、ハザンは顔を少しだけ緩ませた。


 

「とにかく嫌なことはたくさん飲んで忘れてしまうのが一番だ。なあ、そうだろう?」


「…………そうだね。今日はとことん飲むとしようか」


「では、さっき話していた店に行くか?」



 ピコピコ



「あれ? ひょっとしてハクト君?」



 パタパタ



 アルスの質問に耳をパタパタさせる白兎。


 いつの間にか白兎が俺達の傍でチョコンと座っており、『ボクも一緒に行く』とばかりに耳を振るっている。



「ああ、あんまり遅いから、ヒロを迎えに来たのかな?」


「違う。白兎は『僕も一緒に行く』って言っているんだ。アルス、もっとラビット語を勉強しろ」


「『ラビット語』って何!?」




 白兎と合流した俺達は、そのまま3人と1機で夜の繁華街の中心部へと向かう。


 そして、アルスとハザンがお勧めするお店で酒盛りを開始。




「ハッシュも連れてくれば良かったなあ」


「アルスが呼べば来るかもしれんぞ」


「あはははは、ヒロは冗談ばっかり。そんなこと…………」




 パタパタ


 ピコピコ



 俺達の前で鼻先を突っつき合って戯れる2機の機械種ラビット。



「ハッシュ、本当に来ちゃった………」


「マジか………、言ってみるもんだな」



 しかし、白兎と白志癒が揃ったのなら、白千世も呼んでやりたくなるな。

 もう遅いからトアちゃんも寝ているだろうし、今の時間帯なら白千世が出歩いても問題無いはず………




 パタパタ

 

 フルフル


 ピコピコ



「あれ? 僕、酔っちゃったかなあ? ハクト君とハッシュ以外にもう1機ラビットがいるように見える………」


「いや、間違いなくラビットが3機いるぞ」


「本当に呼んだら来やがった。もうコイツ等、どうなってんだ?」




 ピョン、ピョン


 ピョンッ! クルッ タン、タン!


 ピョコッ、トコトコトコ、 ビョーンッ!




「あははははは、上手い上手い! 流石はハッシュ!」


「うむ、機械種ラビットがここまで軽快な踊りを見せるとは………」



 アルスが笑い、ハザンが褒める。

 周りのお客も、突然始まった機械種ラビットの芸に大喜び。

 

 お遊戯みたいなダンスから始まって、組体操、一寸芸、傘回し、手品、パントマイム、火の輪くぐり、花鳥風月………


 中にはどう見ても機械種ラビットでは見せられないような動きや現象もあったが、酔っぱらい達には理解できない。

 

 ただ、機械種ラビット3機が舞う、世にも不思議な万国ビックリショーに拍手喝采が贈られるのみ。

 


「…………頼むから、酔っぱらい達の夢だったということに落ち着いてくれよ」




 人間3人と機械種3機、その日は朝まで飲み明かした。


 その夜から、繁華街のお店の1つに新たな都市伝説が生まれることとなった。


 盛り場で機械種ラビット達の舞い踊る姿を見ると、翌朝良いことが起きるという伝説が…………











 

 それから2日後、俺は白兎だけを連れて秤屋へと赴いた。


 剣風や剣雷、毘燭や秘彗を連れてこなかったのは、今回は目立ちたくなかったから。

 狩人にとっての夢の1つであるストロングタイプを連れているとどうしても注目が集まってしまう。


 今日の用事はダンジョンについての情報収集なのだ。

 人の視線が集まる中ではやりにくいことこの上ない。

 


 俺が攻略しようと思っていた紅姫の巣が軒並み『重量級以上』、『非人間型』と知って、俺のモチベーションはダダ下がり。

 しかし、あと10日程で4ヶ月目に入り、『最優』獲得を続ける為には、何かしらの成果を上げなくてはならない。


 ゆえに今回、今日まで全く足を踏み入れることの無かったダンジョンへの探索を視野に入れることにした。

 最奥まで行かなくても宝箱が出現し、下層に行けば高位機種だって出没する。


 ならばきっと俺が求める出会いがあるかもしれない。


 仄かな期待を胸に秤屋までやってきたのだが………



「あれ? なんだ、この雰囲気………」



 秤屋に入ると、いつもと違う混み具合。

 

 なぜかロビーの中央辺りに人が集まって人垣を作っている。



「何かイベントでもやっているのか?」



 いつもなら、扉を開けた瞬間に感じる視線が今のところほとんどない。


 機械種ラビットだけを連れたモブ顔の俺など、誰も注目なんてしないのだ。


 

「いや………、それでももうちょっと警戒するだろうに………」



 狩人は警戒心が強いから、どのような場合でも扉を開けて入ってきた人間に一瞥くらいするのだが、なぜか今日に限ってそのような緊張感が感じられない。


 それだけあの集まりの中央に皆が注目しているのだろうが………


 しかし、周りの狩人達を見るに、どうも苦々しい表情をしている者達が多い。

 まるで学生時代、無理やり校長先生の長話を聞かされるような、皆がうんざりとしている様子が見受けられる。



「何だろうね? …………んん? あれはアルスか………」



 人垣の最後尾にアルスを発見。


 これ幸いと近づいてアルスに話しかける。



「よお、アルス」


「ああ、ヒロ………」



 俺の声に振り返るアルスは、やや困ったような顔。



「どうした? 元気無さそうだな? まだ二日酔いか?」


「…………あれだけ飲んだのに、不自然なくらいに元気だよ。それにね、今朝、ハッシュが……………、何で耳を塞ぐのさ?」


「あ~、聞こえない、聞こえない」


「…………もういいよ。そんなことよりも、ヒロが久しぶりに秤屋へ顔を見せたのに運が悪かったね」


「え? 何、いきなり?」


「知らないの? ほら、あそこ………」



 そう言ってアルスが指し示す方向。

 ちょうど人垣の隙間から集まりの中心であろう場所が見えた。



「あれは………、まさか!」



 

 皆が集まるその中心にいたのは、メイド姿の機械種が1機。


 藍色のロングヘアに由緒正しきメイドキャップを被った20歳前後に見える女性型。

 白と濃い藍色の2色で染められた本格派。

 その足首まであるロングスカート。

 まるでエプロンを着ているように見える姿は間違いなくヴィクトリアメイド服。


 

「メイド………、それもストロングタイプ」



 夢にまで見たストロングタイプのメイド系。


 思わず、熱にうなされたように呟く俺。



 その時、偶然にも、そのメイド系はチラリと俺へと視線を飛ばす。



 ほんの僅かな人混みの隙間を縫うように、正確にその視線は俺を捕らえた。



「美しい…………」



 時間にして数秒。

 だが、俺の心を掴むには十分な時間。


 メイドらしい奥ゆかしさを感じる佇まい。

 派手さは無いがしっとりと落ち着いたように見える端正な美貌。

 青く輝く目は切れ長で、ちょうど少女の可愛らしさと大人の魅力を矛盾なく同居させている。

 仕事着であるメイド服を着ていても分かるスタイルの良さ。

 ほとんど肌が出ていないのにもかかわらず、これでもかと女性としての美しさを振り撒いている。

 

 正しく完全で瀟洒な………



「ヒロ?」


「……………ああ、すまん」


「大丈夫? これから鐘守の説法が始まるのに………」


「…………へ? カネモリ?」


「ほら、あのメイド型の隣!」


「む…………」



 再び人垣の隙間から覗き込めば、メイド型の隣に白い服を着た小さな子供が1人。

 

 10歳くらいだろうか?

 何度も見たことのある白いローブに銀色の髪。



「あれは、鐘守!」


「だから言ったじゃない………」



 ようやく焦点が定まった俺に、呆れ顔のアルス。



「鐘守が『集まれ!』って号令をかけたのさ。だから皆、イヤイヤ………、ゴホンッ! ………まあ、ありがたいお言葉を頂こうと集まっているんだよ」

 

「鐘守…………、あんな小さな子供が………」


「あれ? ヒロは知らないの? 最近は足が遠のいたみたいだけど、ちょっと前までは2週間に1回くらい来て、散々喚い………、ゴホンッ! ………説法をしに来てくださっていたそうだよ」


「ふーん…………」



 見れば、本当に小さな子供だ。

 天琉や秘彗よりも幼い感じ。

 まさか鐘守にあんな子供がいるなんて…………




 銀色の髪をツインテールにした幼女だけに許される髪型。

 凹凸の欠片も無い幼い容姿。

 しかし、それでも将来性は間違いなく美少女になると断言できる愛らしさ。

 金髪である天琉の隣に置けば、実に良い見栄えになりそうな………




 そんな感想を抱いていると、




「ツユちゃんが告げます!」




 唐突に幼い女の子の甲高い声が秤屋のロビーに響いた。



 吃驚して、その声の発生主に視線を向けると、その幼い鐘守の少女はピンと指先を天井に向けて、大きく口を開いて宣言。




「ここに紅姫の巣を2度も攻略した狩人がいるのは分かっています! さあ、可愛い可愛いツユちゃんの『打ち手』にしてあげますから名乗りでなさい!」



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