第487話 ターニングポイント



 バッツ君から紹介された男女の出会いの場である『停留所』。


 レベルの高い女の子が揃っているという話を聞き、さらに手を出しても『手切れ金』を払えば問題無いと分かって、ここだと決めた。


 しかし、いざ行かん! と思った所で発動したのが『謎の違和感』。


 過去の例からすると、このまま『停留所』に向かえば俺が不幸になる展開が待っているのは間違いない。


 

 でもなんで、出会い喫茶、若しくは愛人バンクに行くと不幸になるんだ?


 実はボッタクリのお店で何百万Mも巻き上げられてしまうとか?


 それとも裏社会の連中が俺達を罠にかけようとしているとか?


 その場合、バッツ君が裏切っている可能性があるのだけれど………




 じっと、バッツ君の顔を見つめる。


 

「何? ヒロ兄ちゃん。やっぱり普通の娼館の方が良い?」


「いや………、その………」



 バッツ君の顔を見るに、特に不審な点は見られない。



 別にバッツ君はどうしても俺を『停留所』に連れて行きたいわけではないらしい。

 元々最初に勧めてきたのが普通の娼館なのだから、俺がブツクサ言わなければ『停留所』の話題は出てこなかったであろう。



「どうしたの? ヒロ」



 不自然に黙り込んだ俺へアルスが声をかけてくる。



「ひょっとして怖気づいたとか?」


「………そんなわけあるか!」



 10代の童貞じゃあるまいし………

 

 でも、このまま『停留所』に向かうことはできない。

 不幸になるのが分かっていて進むわけにはいかない。

 場合によってはアルス達も巻き込んでの話かもしれないのだ。



 想定されるのは、『停留所』で何かトラブルに巻き込まれること。

 しかも『闘神』と『仙術』スキルを持つ俺であっても逃れることができない類のモノ。


 その『停留所』に入った途端、周りから一斉砲撃を受けて、俺以外の人間が死んでしまう。

 若しくは、高位機械種が飛び込んで来て暴れ回って俺以外を皆殺し。


 せいぜいそのくらいしか思いつかない。


 だからここは…………






 未来視を使うしかない!

 

 この不幸へと続く道から逃れようと思うなら、『停留所』に行かないだけで済む。

 しかし、原因を知らないことには、対策が立てられない。

 いかに今回逃れようとも、その次に先回りしてくることだってあるのだから。


 

 謎の違和感が発生した今、俺がその道を進むことは無い。


 だから、俺が選ばないIFルートである『停留所』へ向かった場合の結末を未来視で見ることができる。



 さあ、未来視よ! 俺に見せてくれ!

 この先で一体に何が起ころうとしているのかを!

 





*********************************






 バッツ君に連れられ、繁華街の端の方へと向かい、辿り着いたのは5階建ての古びたアパート。


 中に入れば、40代くらいのおばさんが1人と人型機械種が1機。


 バッツ君が前に出て、俺達を優秀な狩人と説明。


 最初は座りながら面倒臭そうな顔でこちらをジロジロと値踏み見ていたが、俺達が名乗ると態度が一変。

 ニコニコと愛想笑いを浮かべて立ち上がり、俺達の名前を確認していく。


「金髪の子がアルスか………なるほどなるほど。そっちのデカいのがハザンね。それで、その黒髪の子がヒロ! うーん………、確かに槍は持っているけど………」


「本物だよ。絶対にタダ者じゃないから」


「バッツがそう言うなら…………って、お前さんが保証してもねえ?」


「む! せっかく連れてきたのに!」



 どうやらこのおばさんは俺達のことを知っているようだ。

 ここに集まる女の子と優秀な狩人をセッティングさせようとしているのだから、若い新人狩人の情報を集めているのかもしれない。



「ははは、怒らない怒らない。分かっているよ。白翼協商所属の白ウサギの騎士、ヒロは外見は全然強そうに見えないって言うのはね」


「…………しっかり報酬は弾んでよね?」


「はいはい、分かった分かった」



 バッツ君とのやり取りを済ませ、この『停留所』の管理人らしきおばさんはこちらに向き直り、ここのルールを説明してくれる。


 だいたい前もって聞いていた通りの内容だ。


 俺達が1人ずつ個室に入って待機。

 その後に女の子が偶然部屋に入って来るというシチュエーションから始まる。


 互いに自己紹介を行い、しばらく歓談。

 意気投合すればそのまま部屋に置いてあるベッドへ直行。

 楽しい一夜を過ごすことができる。


 ただし、その場合は、その子に対して扶養義務を負うことになる。

 決してヤリ逃げは許されない。

 

 最悪所属している秤屋まで押しかけるから、手を出す以上それなりの出費は覚悟すること。



「でもね、それだけ価値があることは保証するよ。この『停留所』にいる子は皆粒ぞろいばかりさ。それこそ娼館に行けばトップになれそうな子ばかりだよ」



 

 そして、おばさんへ手数料を支払い、部屋へと案内され女の子を待つ。


 俺が紹介されるのは、バッツ君が話していた最近ここに来たばかりの俺と同じ歳くらいの美少女らしい。

 俺と同じ黒髪でとびっきり可愛い子、且つ、胸も大きいと聞いて俺の期待は高まるばかり。


 まだかまだかと待ち続け、20分程で部屋の扉がノックされた。



「はい、どうぞ!」


「失礼します」



 扉を開け、入ってきたのは、聞いていた通りの黒髪ロングの美少女。


 片側だけをおさげにした、アイドル顔負けの美貌。

 簡素な洋服の上からでも分かる盛り上がった胸。

 それでいて片腕で易々と抱えることができそうな細い腰。

 

 グラビアアイドル級のスタイルに、一見幼げに見えるコケティッシュな妖艶さ。

 いきなりこの場で飛びつきたくなる程の魅力を持つ少女…………




 しかし、それは俺の記憶に残っていなければの話だ。



 

「私、イーリャと言います。そちらはヒロさんですね。今晩はよろしくお願いします」



 行き止まりの街のスラムチーム、チームブルーワのイーリャ。

 リーダーであるブルーワの恋人だった、俺とは浅からぬ因縁を持つ少女。


 しおらしく挨拶してくるその少女には、かつて行き止まりの街で俺が黒爪団から救ってあげたという過去がある。

 さらに負っていた酷い怪我と薬の影響を仙丹で癒し、家までわざわざエスコートしてあげたりもした。


 しかし、そうした俺の好意は彼女の意思によって踏み躙られることとなった。


 俺が弱いと思われてしまったことが原因で。




「…………どうされました? 私ではお気に召しませんでしたか?」



 黙り込んでしまった俺に、イーリャは不安そうな顔で問いかけてくる。


 

「いや………、あんまり綺麗だったから驚いてしまって………」



 返せたのは実に捻りの無いセリフ。

 しかし、今の俺はこれが精一杯。



「あら? お世辞でも嬉しいですね」


「そんなことない。本心からだよ」


「うふふ……、お上手ですね。隣に座っても良いですか? もっと近くでお話ししたいです」


「どうぞ」



 努めて平静に言葉を返す。

 口調が平坦になってしまっているが、ただいまの俺は混乱状態。


 

 なぜ彼女がここにいる?


 確かにイーリャは辺境からの脱出を目指していた。

 その為に征海連合の事務所に飛び込み、その体を使って職員達を篭絡しようとしていたことまでは把握している。


 だが、この何万人も住んでいるバルトーラの街で鉢合わせするって、一体どれほどの確率なのだろうか?


 それは偶然ではなく、仕込まれたものではないか?

 誰が何の目的でそんな偶然を装おうとしたのか?


 狙いは俺なのだろうか?

 もしかして復讐か?

 俺をずっと追跡してきたのか?


 しかし、行き止まりの街でイーリャと会った時は、俺は顔も名前も変えていた。

 今の俺があの時の俺だと分かるはずがない!

 

 では、一体何のために…………


 そういった疑念が頭の中で渦を巻く。

 


「ヒロさんは狩人なんですよね。この街の為にレッドオーダーを狩ってくれている…………」


「ああ………」


「ありがとうございます。ヒロさん達のおかげで私達は街の中で安全に暮らせています」


「お礼を言われるほどのことでは………、自分が稼ぎたいだけだし………」


「そんなことないです。稼ぎたいだけなら街の中で安全な仕事もあるでしょう。でも、ヒロさん達狩人は命の危険を賭して仕事をしてくれているんですから」



 イーリャは俺の隣にピッタリ寄り添うように座りながら、心地よい響きで俺の自尊心をくすぐってくる。

 

 やや古びたソファー。

 2人の前には酒の入った瓶とコップ。


 甲斐甲斐しく俺に酒を注いでくるイーリャ。

 狼狽を悟られないようにしながら、誤魔化すように酒を口にする俺。


 イーリャはしっとりとした声にほんの僅かな甘えたような響きを持たせ、俺との会話を盛り上げていく。

 初めは生返事しかできなかった俺も、酒が進むにつれ、だんだんと気分が高揚してくる。

 

 イーリャとの会話は実に心地が良い。

 男の褒められると弱い所を知っているかのよう。

 

 自然な感じで持ち上げてくれて、さり気なく気遣いを見せてくれる。

 そして、こちらに性を意識させて来る頻繁なボディタッチ。

 

 否が応でも高まる興奮。



 だが、頭の冷静な部分が、この女は信用できないと警鐘を鳴らしている。


 助けてあげた俺に対してのあの仕打ち。

 さらに心の奥底から強く裏切られたという意識が浮かび上がってくる。


 確かに飛び切り可愛い子ではあるが、とても俺のヒロインにできるような女ではない。


 恩人であるはずなのに、俺が弱いと見るや即座に切り捨てた情の薄さ。


 コイツは口では愛を囁きながら、危機に陥れば一人でさっさと逃げ出すような女なのだ。




 でも…………



 薄暗い部屋の中。

 2人きりで会話を続けていると、いつの間にかそういった感情も薄れてくる。


 屈託のない笑顔。

 黒真珠を思わせる純真無垢な黒い瞳。

 会話の端々に感じるこちらへの配慮。


 そして、時折接触する滑らかな肌。

 驚くほど柔らかくて、暖かな温もりを感じさせてくれる。


 お酒のせいもあり、俺が抱いていた疑念は徐々にどうでもよくなってくる。


 代わりに浮かび上がってくるイーリャへの興味。


 打てば小気味良く返してくれる会話のリレー。

 

 繰り返される度に好意が生まれ、やがて………




 





「やってしまった……………」



 朝、起きた時、俺の隣には全裸になったイーリャの姿。


 俺の腕を抱えるようにしてまだ眠ったまま。



「ああ…………、このパターン、エンジュの時と同じ………」



 あの時も酒の勢いでやってしまった。


 そして、今も…………



「何回同じ失敗するんだよ………、俺………」



 まだ2回目なのだが、それでも失敗を繰り返してしまった感が大きい。


 お酒で何回も失敗する男の話なんて、雑誌でもニュースでもネットでも山のように溢れているが、俺自身がここまで繰り返してしまうとは思わなかった。



「…………どうしよう?」



 白兎に頼んでイーリャの記憶を削ってもらうとか………


 真っ先に頭に浮かぶ鬼畜外道なアイデア。



「アホか………、そんなことをしたって、俺がここで一晩過ごしているのは誰が見ても明らかだ」


 

 頭を振って邪な企みを消し去る。


 やってしまった以上、責任を取らねばなるまい。


 ここでチートスキルを使ってズルをするのは犯罪行為。

 万引きや窃盗と何一つ変わらない。

 俺がイーリャを抱いたのは間違いないのだから。


 

 ふにょん



「おふう………」



 二の腕にイーリャの胸が当たって弾む。


 俺が渇望し、昨夜存分に味わった2つの膨らみ。


 思い出すのは甘い甘い素晴らしい一夜。


 イーリャの身体は極上品だ。


 手を出した以上、俺はイーリャを囲うこととなる。

 つまり、この街にいる間、ずっとイーリャの身体を堪能し続けられるということ。

 

 それは俺にとって、抗うのが困難であるほど魅力的な未来。




 まあ………、いいか。


 どうせこの街にいる間だけのことだ。

 

 俺のヒロインとしてずっと一緒に過ごすわけでもない。


 どうせ向こうは俺の稼ぎにしか興味は無いのだし。


 なら俺の方も割り切ってしまえばいい。


 俺が中央へ向かう時に手切れ金を弾めば、イーリャも受け入れてくれるはずだ。


 その時まで楽しむだけ楽しんで…………







 そう思っていたのだけれど…………







「できちゃいました」


「へ?」



 あれから3日に1回くらいのペースで通っていた俺に、ある日、イーリャはトンデモナイ告白をしてきた。



「え? なんで? 避妊は…………」


「すみません。お薬を飲んでいたんですけど………」



 この世界にも当然避妊薬はある。

 マテリアル錬精器『薬箱』から作られるのだ。


 その中で『避妊薬』は割と安価。

 しかし、100%ではなく、ほんの僅かにすり抜けてしまう可能性も含んでいる。



「ご命令でしたら、堕胎します………」



 ギュッと両の拳を膝の上で握り絞めたイーリャが声を絞り出した。

 何かに耐えるように俯いたまま、俺の答えを待っている。



 ルール上であれば、事故みたいなものだが、俺に責任があるわけではない。

 

 この世知辛いアポカリプス世界であれば、『知ったことか!』と吐き捨てる男も多いだろう。

 女に情が残っているなら堕胎費用を出してやる男もいるはず。


 なにせ稼ぐ男の方が優位であるから。

 特に相手が狩人であれば群がる女は多い。

 あえて子供ができてしまった女を囲い続ける理由も無い。



 しかし…………




 自分の女に堕胎させるなんて、俺にできるわけねえだろ!

 孕ませといて、『俺知りません!』なんて言えるか!


 曲がりなりにも現代日本人として、そんな最低な人間にはなりたくない!

 少なくとも、小心者の俺には良心の呵責に耐えられそうにない!


 


 極めて後ろ向きな理由であるが、俺はイーリャを伴侶とすることにした。


 子供が生まれるなら、父親が必要だから。




「おめでとう、ヒロ」


「うむ、めでたいな」



 アルスとハザンからの祝いの言葉。



「本当にヒロは最後まで予想もつかないことをするんだねえ……」



 ボノフさんも呆れ顔ながら祝ってくれる。



「がはははははっ、流石最速の男だな。女も一踏一破とは恐れ入る」


「秤屋から祝い金がでますよ。手続きしますね」



 ガミンさんからは思いっきり笑われ、ミエリさんは淡々と手続きを進めてくれる。



「アンタ、馬鹿でしょ。でも、責任をキチンととったのは認めてあげる」


「チッ! 守りに入りやがって! 」



 アスリンはなぜか上から目線。

 ガイは苛立ちながら吐き捨ててきた。



「お前の子供カ、さぞかし優秀な狩人になるのだろうナ。銃を学ばせたいなら連れて来イ」



 テンガロンハットの鍔で目を隠しながら、教官は俺の子供に興味津々の様子。



「紅姫の討伐でも先を越され、今度は結婚も、さらに子供も先か? 本当にヒロは私の常に一歩先を行く男だな。フッ………、完敗だよ」



 何が完敗なのか分からないが、レオンハルトから結構な祝いの品を貰った。



 ピコピコ


 白兎は耳をピコピコさせて、『子守なら任せて!』とやる気マンマン。


 

「主様、おめでとうございます」

「あい! おめでとー!」

「キィキィ!」

「ギギギギギッ」

「おめでとうございます」

「子供用の玩具を作らなくっちゃ!」


 ヨシツネ以下、俺の従属機械種達も俺の結婚を祝福してくれた。



「我が君。相手に飽きたなら、僕と不倫なんてどう?」


 なぜかベリアルからの不倫の誘い。

 ベリアル的にアンモラルな要因がプラスされてオッケーらしい。



「マスター、当面この街で長期滞在する計画を立てましょう」

「そうですな。生まれたばかりの赤ん坊を連れての旅は困難ですからな」



 森羅、毘燭からの進言。



 そうだ。

 妊娠初期もそうだが、子供が生まれるとなれば俺はこの街から離れるわけにはいかない。

 また、辺境よりも危険な中央への進出も延期せざるを得ないだろう。


 少なくとも、ある程度子供が育ち切るまでは…………


 



 あれ?

 俺の旅は?


 

 ………ああ、そうか。

 ここで終わりだ。

 

 絶対に守らなければならない子供ができたのなら、危険なことは避けなければならない。

 もう俺の身体は1人のものではないのだから。

 

 しばらくこの辺境で暮らすことになる。

 さらには危険な巣の攻略も控えなくてはならないだろう。

 これ以上目立つわけにはいかないから。



 ゴメン、雪姫。

 君の遺体を中央へ運ぶのはずっと後のことになりそうだ。



 ゴメン、エンジュ。

 君に再会できるのも、かなり先になる。

 

 


 ああ、なんでこんなことになってしまったのだろう。

 子供ができたことは喜ぶべきことなのだろうが、未だ実感らしきものは無い。


 あるのは戸惑いと虚無感。

 急に目標を失ってしまったスポーツ選手のような胸にぽっかり穴が開いたような感覚。


 

「これからよろしくお願いします………、旦那様」



 まだ膨らみが見えない下腹部を抑えながら、イーリャが改めて俺に挨拶してくる。


 その顔は喜びに満ち溢れている。

 しかし、その目はまるで獲物を仕留めた狩人のごとき達成感が見え隠れしているような………



 ひょっとして…………


 いや、もう今更だ。

 俺のヒロインも、進むべき道も確定してしまったのだ。

 

 後悔してももう遅い。

 

 しかし、何度も浮かび上がるのは、もう戻りようもない過去の自分がした選択への後悔。


 なぜ、あの時、俺はあのような選択をしてしまったのか…………





 


 ***********************************





 未来視が終わり、先ほどまでの流れは、俺が見たIFのルートであることを認識して、




「あああああああああああああああああああああああ!!!!!]




 

 その場でしゃがみ込んで蹲り、頭を抱えての絶叫。





「ど、どうしたの? ヒロ?」


「なんだ? 急に二日酔いでも来たか?」


「ヒロ兄ちゃん………、やっぱりかなり酔ってたんだ………」




 突然、叫び声をあげるなんて、普通、意味不明な奇行にしか見えない。

 しかし、俺が結構な量の酒を飲んだ後であることと、ここが繁華街である為、そこまで不自然な行動には見られなかったようだ。


 だが、今の俺はそんなことを気にする余裕なんて欠片も無い。


 今の俺の心を占めているのは、今まで感じたことの無い恐怖。




 恐ろしい!

 なんて恐ろしい!


 急に自分の未来は闇に閉ざされてしまったような感覚。

 俺の両肩に重い荷物がいきなり乗っかってきたかのような重圧。



 しかし、目が覚めてみれば、それは全て夢だったのだ。

 重苦しいナニカから急に解放されたような気がして叫ばずには居られなかった。


 

 良かった………

 本当に未来視で良かった………


 思わず月が昇る夜空を見上げながら、安堵の涙を一筋流す俺だった。












「ヒロ、行かないの?」



 アルスが俺に尋ねてくる。


 アルス達はバッツ君に連れられて、『停留所』へ向かおうとしているのだ。


 しかし、俺は未だに立ち尽くしたまま。



「ヒロ兄ちゃん、どうしたの?」



 バッツ君が動こうとしない俺に浮かない顔を見せる。



「やっぱり普通の娼館に行く?」


「あ~、その~…………」


 

 口は動かすが具体的な返事が出てこない。


 理由が理由だけに説明ができないから。


 この先に進めば俺は不幸となる。


 謎の違和感と未来視によってそれは確定してしまったのだ。


 だが、当然、アルスやバッツ君に言っても何のことだか分からないだろう。



「ヒロ、どうした? 先ほどまでは随分と乗り気だったのに?」



 ハザンが眉を顰めながら問うてくる。


 突然の俺の翻意に不思議がっている様子

 あれだけ勢い良かったのに、いきなりしょぼんとしてしまったのだから無理はない。



 俺だって、今更普通の娼館なんて行きたくない。

 マテリアルは有り余っているのだから、少しくらい有意義な遊びに使いたいのだ。


 しかし、綺麗所が揃っているはずの『停留所』には、俺の天敵とも言える人物がいる。

 まさか2度も俺の心を打ちのめしてくるとは思わなかった。


 やはり、ヨシツネに闇討ちさせておけばよかったか………



「ヒロ兄ちゃんが調子悪いなら、また今度にしようか?」



 バッツ君が心配そうに俺の顔を覗き込む。


 

「まあ、ヒロがその様子じゃあ、仕方ないね」



 アルスは少し残念そうに、でも、僅かにほっとしたような風にも見える。



「むう………、些か残念だが………」


 

 ハザンは随分と名残惜しそうだ。

 よほど行きたかったのであろう。



 俺も行きたかったよ!

 でも、しょうがないだろ!


 このまま『停留所』に行くと、俺が不幸になってしまうのだから!

 

 謎の違和感、そして、未来視のコンボで確認した未来に間違いはない。


 俺が『停留所』に行けば、イーリャとの接触は避けられなくて………






 あれ?


 そう言えば、あの未来視では俺がイーリャを選んでしまったんだよな?


 バッツ君に聞いた、最近入ってきたばかりの飛び切り可愛い子を指名して………


 ということは、俺が指名しなければ、イーリャには会わなくて済む?


 つまり、『停留所』に行くという選択をしても、俺は不幸にならない………




 突然、思いついた解決策。


 しかし、事は俺が今まで何度も不幸を回避してきた『謎の違和感』が相手だ。

 そう簡単にその意に逆らうことを選べない。


 知らずに『謎の違和感』を無視してしまい、『雪姫』ルートを逃して以降、常に逆らうこと無く俺は『謎の違和感』に従ってきた。


 そのおかげで今の俺はここまで来ることができたのだ。


 だが、ここへ来て見つけてしまった『謎の違和感』の盲点。


 ひょっとして、『謎の違和感』に逆らっても、必ずしも不幸になるわけは無いのだろうか?

 

 俺は今まで恐れ過ぎていた?

 『謎の違和感』が警告する選択は避けようが無い不幸への道だと思っていたけど…………


 それに未来視は『選択しない』ルートしか見えなかったはず。

 それなのに、今、俺はその『選択しない』ルートを選択しようかと考えている………



 


 目を瞑って考えを巡らせる。


 もし、俺はここで『謎の違和感』が発生したルートをあえて選び、その上であの未来視で見たような不幸にならないのであれば、俺の今後の活動は大きく変化するであろう。


 絶対だと思っていた『謎の違和感』が絶対ではないかもしれないのだ。

 

 これはまさに神の啓示を疑うかのような暴挙。

 しかし、本来、自分の運命は自分で決めなくてはならず、神や運命といった不確かなモノに左右されてはいけない。


 自分の運命を決めるのは自分だけだ。

 

 そして、俺の目の前にある2つの選択肢。



 ①『謎の違和感』が警告し、『未来視』では俺の不幸へと続いていると出た『停留所』へ行く。


 イーリャを選ばず、他の女の子を指名すれば良いのだ。

 バッツ君が言うには、かなりレベルの高い女の子が揃っているらしい。

 楽しい一夜が過ごせるはずだ。



 ②『謎の違和感』に従い、質は低いが格安の娼館へ行く、若しくは、今日は大人しく家に帰る。


 アルスやハザンは残念がるだろうが、リスクを取って『停留所』には近づかない選択肢。

 未来視で見た不幸は起こりようも無く、最も安全なルートであるのは間違いない。



 俺に突きつけられた2つの道。


 『停留所』………、即ち、出会い喫茶に行くか行かないか。


 それは今まで俺を救ってくれた『謎の違和感』に従うか、それとも逆らうかの2択でもある。


 ひょっとして、俺がこの異世界に来てから、最も重要な選択をする場面であるのかもしれない。

 


 正しくこれこそ運命の選択肢…………



『やめておけ! これまでの経験から【謎の違和感】に逆らった道を進めば不幸へ一直線だ! あの未来視で見たルートを進みたいのか!』


『そうであるとは限らない。単にイーリャを指名しなければ良いだけだ! それだけで【謎の違和感】の効果がどこまで及ぶかについて調べることができる』


『それでも、あえてリスクのある道を選ぶ必要は無いだろ!』


『リスクの無い道なんて無い! リスクを許容しなければ得るモノも得られない!』



 俺の頭の中で2つの意見がぶつかり合う。


 この場で『謎の違和感』の効果を確かめるか否か。

 その為にリスクをどこまで許容できるかなのであるが………


 

 いや、違う。

 本音は………



『お前、単にレベルの高い女の子とヤリたいだけだろうが!』


『はい、そうです』


『素直に認めんな!』


『だってしょうがないだろ! ヤレるならレベルが高い方が良いに決まってるじゃん!』




 ……………………………………





 物語上、主人公が大きな決断を迫られるシーンが存在するケースは多い。

 そのほとんどが中盤から終わりにかけて発生し、今まで進んできた道を完全否定することだってある最重要なイベントだ。



 今まで所属してきた組織を離脱する。


 ともに歩んできた友と道を別つ。

 

 複数いるヒロイン候補からたった一人の伴侶を選ぶ。


 導いてくれた神の啓示に逆らう。



 これ等は物語の進行の方向性をガラリと変える転換期。

 物語を構成する『起』『承』『転』『結』のうちの『転』。


 これこそ世に言う『ターニングポイント』。


 そして、俺の前に掲げられた選択は『停留所』に『行く』か『行かない』か。


 『普通の娼館』で我慢するか、リスクはあるが『レベルの高い女の子が出てくる出会い喫茶』に行くか。



 これが俺にとっての『ターニングポイント』なのであろう。



 ならば、俺が取る選択肢は一つ。




「いや、『行く』! 俺は出会い喫茶………『停留所』へ行く!」




 アルス達の前で堂々と宣言。


 賽は投げられた。

 もう後戻りはできない。



「俺は運命に打ち勝つ!」



「ええ! そんな大げさな………」


「うむ! そうだ! 俺達は運命に勝つんだ!」



 俺の調子にアルスは戸惑いを見せるが、ハザンはノリノリで付き合ってくれた。



「いざ行かん! 停留所へ!」


「ああ、行こう!」


「…………そうだね」


「決まった? じゃあ案内するね」





 

 そのままの勢いで『停留所』へ駆け込み、受付を済ませる。


 バッツ君が勧めてくれた『最近この街に来たとびっきり可愛い子』を選ばず、2番目に人気の子を指名。


 

 そして、未来視と同じ部屋で待っていると、そこに現れたのは………


 

 

「私、イーリャと言います。そちらはヒロさんですね。今晩はよろしくお願いします」




 にっこりと微笑む黒髪美少女。




 あれ?

 どうして?

 なぜ?

 選んでいないのに、なんでイーリャが出てくるの?

 


 予想もつかない展開に、俺の頭は混乱状態。



「…………どうされました? 私ではお気に召しませんでしたか?」



 黙り込んでしまった俺に、イーリャは不安そうな顔で問いかけてくる。


 

「いや………、あんまり綺麗だったから驚いてしまって………」



 返せたのは未来視で言った同じセリフ。

 しかし、今の俺はこれが精一杯。




 ああ…………

 どうやら運命は逃してくれないらしい。

 俺は選択を間違えてしまったようだ。

 やっぱり『謎の違和感』に逆らうんじゃなかった。


 このまま未来視の通りに進んでしまうしかないのであろうか………



 そんなの御免だ!

 俺はまだ自由でいたい!

 助けて! 『白兎』!!!!!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る