閑話 ミエリ
「ミエリさん。今日も忙しかったですね」
「そうね。やっぱり今期の新人が優秀だから、皆刺激を受けているのかもね」
「いいな~、私もミエリさんみたいに優秀な新人の担当をしたみたいです」
「駄目よ。新人の担当になれるのは既婚者だけだから」
夕方5時を回ると秤屋内にいた狩人達がぐっと減る。
大半は繁華街へ飲みに行くのだろうし、早朝の狩りに備えて夜は早めに休もうとしている人もいる。
だから6時過ぎともなれば、あれだけ人が多かったロビーもガランとした寂しい様子を晒しており、私達秤屋の職員はようやくここで一息をつくことができる。
こうした世間話を同僚と出来るのも、この時間帯ならではのこと。
「それは分かっていますけど…………」
下唇を噛み、不満げな顔をする同僚。
気持ちは分かるけど、これは規則。
中央を目指す新人狩人のほとんどが年若い少年。
その担当に未婚の女性を付けると、色々と不都合が起きてしまう可能性があるから。
新人狩人と担当の女性が恋仲となり、過剰な贔屓や情報漏えいを起こしたなんて、過去の例が山ほどある。
だから、そういったリスクが少ない私くらいの年齢の既婚者が新人担当となるのだ。
同僚が羨む立場ではあるけれど、これはこれで苦労が多い。
「本当にたまたまだからね。いつもはヤンチャな暴れん坊か、機械種使いの才能を鼻にかけたクソガキか、親の支援を過分に受けたプライドの高いお坊っちゃんよ。今期みたいに礼儀正しい少年なんて久しぶりなんだから」
「じゃあ、今期の新人って、かなり当たりなんですね! ちょっと見ていましたけど、新人の中ですっごく可愛い子がいましたよね? あの子も優秀なんですか?」
私より年下の同僚が、ちょっと被りつき気味で質問してくる。
年下と言っても、私より3歳程度。
二十歳を超えたばかりで、今期の新人達である15,6歳の少年に興味を抱くというのはどうなんだろう?
「多分、アルスさんのことだと思うけど、あの子、貴方よりもかなり若いわよ。狙うならもっと年上にしておきなさい」
「ええっ! そんな~………、もっと年上って、留年組か居残り組しかいないじゃないですか! 私を中央へ連れて行ってくれそうな前途有望な若い子がいいです!」
「それなら『停留所』へ行きなさいよ。貴方を中央へ連れてってくれる素敵な男性が現れるかもよ」
「ミエリさんの意地悪! あんな悪所に行けだなんて………」
同僚の子の頬がプクゥと膨れる。
この子より年上の男の人なら可愛いと思うかもしれないけど、同性の私から見たらちょっとあざとすぎるかなっていう感想しか出ない。
でも、年頃の女の子に『停留所へ行け』は無かったかな?
「ごめんなさい。でも、ここは青田刈りをするところじゃありませんからね」
「今からでも遅くないのかな? 『停留所』って………」
「コラコラッ!」
道を踏み外しそうな同僚を軽く諫める。
『停留所』は辺境から抜け出したい女の子達が、中央へ連れて行ってくれそうな狩人の男の子を探す場所だ。
『停留所』では、容姿に自信のある女の子が、偶然にも前途有望な男の子と出会って恋に落ちる。
そして、この街で愛を育み、やがて夫婦となってこの街を出て中央を目指す。
これが『停留所』の建前。
実際は、男の子はこの街にいる間の性欲発散の相手を探し、女の子は有望な若者の将来の伴侶になることを夢見て身体を開く。
男女ともに身勝手な欲望が渦巻く悪所。
風俗店と然して変わらない。
「止めておきなさい。あそこは貴方よりもずっと若い子が多いんだから」
「むう! 私だって………、まあ、確かにこの間二十歳になっちゃいましたけど………」
「貴方、それ、去年も言ってなかったかしら?」
「いいんです! 私はずっと二十歳なんです!」
「まあ、いいけどね…………」
秤屋の受付嬢なんて、一般の男性から見たら高嶺の花だ。
選り好みさえしなければ、まだまだ相手を見つけるのに苦労はしない。
でも、相手が狩人ともなれば話は別。
特に稼ぎの多い狩人は、たとえショボくれたおじさんでも若い女の子にモテる。
それがまだピチピチとした少年であれば尚更………
「そうだ! ミエリさん!」
「な、なにかしら?」
突然、同僚が大きな声で呼びかけてきたからビックリ。
「ミエリさんはご存知じゃありませんか? あの未踏破区域の紅姫の巣を攻略した狩人のことって?」
目をキラキラさせて詰め寄ってくる同僚。
「噂じゃあ、中央から腕利きを引っ張って攻略させたってなってますけど、違いますよね?」
「さあ? 私も詳しくは知らないけど………」
「ええ! ミエリさんもですか? 本当ですか?」
鋭いわね、この子………
でも、本当のことを言う訳にはいかないし………
それに言っても多分信じてもらえないだろうし…………
「だいたい何で私に聞くのよ?」
「だって…………、ストロングタイプを3機も従属させている黒髪の新人がいるって………。ひょっとしてその子がやったんじゃないかって、他の子達も………」
う………
まあ、何回も連れてきているから、そう噂されるのも無理は無いわね。
でも…………
「はあ…………、何言っているの? ストロングタイプを3機従属させていただけで、あの難攻不落の紅姫の巣が攻略できるわけがないでしょ。せめて6機はいないと………」
「そうですよね。やっぱり中央から精鋭部隊を呼んだんですね。あ~あ、残念。あの男の子だったらチョロそうなのになあ………、顔は好みじゃないけど、紅姫の巣を攻略できるくらいの凄腕なら目を瞑ってあげたし………、ああいうタイプは多分年上に弱いと思うんですよねえ。私が声をかけたらイチコロだったのに………」
同僚はなぜか上から目線でヒロさんを品評。
しかも結構辛口。
全く、何を言っているんだか………
ストロングタイプをたとえ1機でも連れている時点で、もう中央での活躍は約束されたものでしょうに。
1機だけでは巣の攻略は無理でも、荒野でうろついているレッドオーダー狩りやダンジョンに潜るだけで人の何十倍も稼げてしまう。
巣の踏破を目指さず、安全マージンを十分にとって仕事をするなら、機械種使いの狩人ほど安定した職業は無い。
下位機械種を従属させて、それを磨り潰せば非常に効率的な狩りができるから。
それを3機も連れていれば、紅姫は難しくても赭娼なら狩ることができる。
さらにヒロさんは自分自身が武術の達人………一見とてもそうは見えないけど。
そして、おそらくはストロングタイプ以上の機種を隠し持っている………
ヒロさんが挑んだ未踏破区域は7つ全てが重量級以上の紅姫の巣だ。
中量級と重量級とでは、その討伐難易度は桁違い。
故に誰も攻略できずに残ってしまった。
あの区域の攻略しやすい赭娼や中量級の紅姫が討伐され尽くされてしまったことで、狩人達の足も遠ざかることとなった。
誰も攻略しようとしない間に巣の難易度が上がってしまい、さらに攻略が難しくなってしまったのだ。
もう何十年と存在する紅姫の巣は、もう中央の『砦』や『塞』に匹敵する規模。
それを攻略しようとすれば、赤の最前線にいる最精鋭を連れてくるしかない。
それは今の戦況からすると不可能に近い。
人類は赤の帝国の侵略を食い止めるので精一杯。
とても辺境まで手を回してくれないだろう。
幸い街から離れていて、なお且つ、ここが辺境だから『砦』にも『塞』にも進化することは無かったけど、それもいつまで続くか分からない。
いずれ何とかしなければならない問題であったのだけれど………
まさか街に来て1ヶ月の新人が踏破するとは思わなかった。
今まで色んな新人を見てきたけれど、あそこまで飛び抜けた成果を出した人は初めてのこと。
もちろん、最初は素直に信じることができなかった。
よくある『仕込み』なのかとも疑ったりした。
上流階級の子息が名声を得るために親の力を借りて、事前に攻略寸前までお膳立てしているというパターン。
しかし、複数の狩人と機械種を注ぎ込めば、赭娼くらいまでなら何とかなるけど、あの紅姫の巣はおそらく権力や財貨だけではどうしようもない。
そもそもそれくらいでどうにかできるなら、すでにこの街の秤屋が力を合わせて行っているだろう。
つまりヒロさんは、この辺境の権力者達が束になってもできないことをやってのけた。
これが英雄と言わずして何と表現するのか。
さらにその僅か2ヶ月後には2つ目の紅姫の首級をあげてきた。
もうこれはこの街が始まって以来のことではないだろうか。
この前代未聞の大成果に白翼協商はすぐに動いた。
街にいる間に可能な限り彼に恩を売りつける方向性で。
このまま白翼協商所属の狩人で居続けて貰う為に。
彼が今の調子で成果を上げ続ければ、あと3ヶ月少しで中央への切符を手に入れるだろう。
そうすれば我が白翼協商は『天駆』に続いて、2枚目の英雄候補を手に入れることができる。
そうなった時、この子は悔しがるだろうな。
まあ、それは自業自得でしょうけど。
ふと、同僚の顔を見ながら、内心でほくそえんでしまう。
しかし、英雄とか、勇者とかは遠目で憧れるくらいがちょうど良いのだと思う。
並外れた彼等から愛を注いでもらう為には、こちらもそれを受け止めるだけの器がいる。
秤屋の職員でしかない彼女では到底望むことはできないだろう。
それでなくても、狩人相手の恋愛は女子にとっては難易度が高いのだから。
「狙うなら新進気鋭の狩人は止めておきなさい。特に機械種使いはね。途中で捨てられることも多いんだから………、たとえ捨てられなくても、後から後から若い女の子を囲い始めるのは目に見えているわよ」
「ええ? それは穿ち過ぎじゃありません? そんな狩人でも、中には誠実で真面目で一途な人だっているでしょう?」
「たとえ最初はそうでも、人はだんだんと変わっていくものよ。女の子に囲まれて、ちやほやされていれば、いつの間にか…………ね」
人は欲望に弱い。
一時的には耐えられても、延々と繰り返されたら、いつの間にかそれが日常となり、耐えようという意識さえなくなる。
特に機械種使いは従えている機械種が無私の忠誠心を無条件で向けてくるから、徐々に傲慢になっていくケースが多いという。
周りは自分に従うのが当たり前。
従わないモノは全て敵。
そのようなねじ曲がった意識が固定されると、連れ合いとなった女の子は不幸になる。
従属機械種のように従順になるか、さもなくば捨てられるだけ。
さらに機械種使いが女性型の機械種を従属すると、大抵ロクなことにならない。
あの口にすることすら汚らわしいモノとは違い、女として抱くことはできないが、それでも永遠の美しさを持つ女性の形をした機械種が全力で慕ってくるのだ。
どうしても生身の女の子と比べてしまい、両者の関係が破たんするケースがほとんどだという。
それに…………
「考えてもみなさい。そんなに優秀な狩人なら『鐘守』に『打ち手』として認められるかもしれないでしょ。貴方、『鐘守』と張り合えるの?」
「うう…………」
私が突きつけた現実に、打ちのめされる同僚。
私の目から見てもその同僚は十分に美しく魅力的に見えるが、それでもあの『鐘守』に敵うとは思えない。
最高峰の芸術品かと思う程の完成された美貌。
純真無垢な白に光を混ぜ込んだような銀髪。
こちらを見透かすような青く澄んだ瞳。
さらに高位感応士としての実力。
この大陸で最大の組織力を誇る白の教会の後ろ盾。
私達庶民では何一つ勝てる要素などなく、どうやっても勝ち目などあるわけがない。
それに…………
噂でしか聞かないが、彼女達は決して容姿が衰えることは無いという。
常に若い姿を保っている………らしいのだ。
これは年老いた鐘守を誰も見たことが無いから。
何十年前に会った鐘守と再会した時、その姿が全く変わっていなかったという話もある。
これについては整形手術をした同じ顔の人間が代替わりをしているかもしれないが。
どちらにせよ、『鐘守』が出てきた段階でどうしようもない。
彼女らは勇者を取り込み、自分達の先兵に仕立て上げるのに特化しているのだから。
「あっ! でも、あのちっちゃい『ツユちゃん』なら勝てるかもしれません!」
「…………きちんと『白露』様と言いなさい」
「あ、そうですね。その白露様…………」
いきなり小声になる同僚。
いくら鐘守とはいえ、この誰もいないロビーでは気の使い過ぎかもしれないが、それでも絶対に敵に回すことができない存在だ。
私達程度であれば、不敬と宣告されたら、その場で免職もありうる。
「…………でも、あの幼い容姿相手に勝てるって言うのは空しくない?」
「いいじゃないですか! ガチのロリコン以外なら私の方を選んでくれますよ、きっと………」
『白露』様は『鐘守』だけあって、非常に整った可愛らしい顔をしてらっしゃるけど、流石に幼過ぎる。
同僚が言うように、そういった趣味を持つ男でなければまだ勝ち目はあるか……
「そう言えば、白露様、最近ここへ来ませんね。ちょっと前まで結構な頻度で来て、皆を煽って………、コホンッ、………挑戦者を募っていましたけど………」
「支店長がクレームを入れたのよ、シティの本教会へ。何人も怪我人を出したから…………」
「あははははっ………、やりますね。うちの支店長。白の教会相手にクレームを入れるなんて…………」
同僚の顔が完全に引き攣っている。
それはそうだろう。
我々一般庶民にとって白の教会、それもシティの本教会は、決して影も踏めない雲の上の存在。
その相手にクレームを入れるなんて想像の範囲外。
「伊達にこのバルトーラで秤屋を任されていないわ。貴方が考えているよりこの街は中央にとっても重要なのよ」
この街の白翼協商の秤屋は、数少ない白の教会のトップ層との直通伝達を持つ拠点。
タイムラグ無しに本教会へと連絡できる手段を持っているのだ。
おそらく定期報告の際に軽く触れただけであろうが、何かしらの掣肘があの小さな鐘守に届いたに違いない。
「支店長、かなり怒ってたからね。あの人ほど所属の狩人を大事にする人はいないから」
「……………私達のことも、もっと大事にしてほしいです」
「え? 何が不満なの?」
「忙しい上に、出会いの場がありません………」
「それは支店長の仕事ではないわね。自分の努力で何とかする問題よ」
「ミエリさんの意地悪!」
「はいはい、意地悪で結構」
同僚の愚痴を適当に流して、この話を終わらせる。
まだまだ片づけなくてはならない書類が溜まっているのだから。
※この閑話の前話である『485話 赤能者2』の後半部分『白露との出会い』を切り取り、この閑話の後に小イベントを3話ほど差し込んでその最後に貼り付け致します。
ややこしくしてしまって申し訳ありません。
白露とのイベントは489話から始まる予定です。
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