第485話 赤能者2



「ルーク!」


「姉さん………」



 孤児院に入ると、すぐにマリーさんと出くわした。


 

「良かった………、無事で………、心配していたんだから」


「ごめん、なかなか会いに来れなくて………」



 マリーさんはルークに駆け寄って軽く抱擁。

 黙って受け入れるルーク。


 髪の色も肌の色も違うから、傍目からは姉弟とはなかなか思えないが、漂う雰囲気は肉親のもの。

 道中、聞くところによると、開拓村では姉弟のように育ったそうだ。


 だが、ある日マリーさんが親に売り飛ばされ、このバルトーラの街に来た。

 そして、その2年後にルークが追いかけてきたらしい。

 

 

「仕事………、辛くない?」


「大丈夫。タウール商会では目をかけてもらっているから」


「本当? 無理してない?」


「本当だって…………」



 1年ぶりに会ったのだから、マリーさんが心配のし通しになるのも無理はない。

 まるで入社したばかりの子供を気遣う母親だな。


 

「でも、ルークは荒事とか苦手でしょう?」


「僕だって、昔のままじゃないよ。かなり鍛えているんだ」


「でもね、ルークは昔から………」



 心配するマリーさんを宥めるルーク。

 それでも不安そうな顔のままのマリーさん。


 まあ、仲の良かった弟が1年間顔も見せなかったのだから仕方がない。

 これからはできるだけ会いにくれば、心配も時期に収まるだろう。

 俺がこの街にいる間なら、こうやって付き合ってあげても良い。


 でも、この様子なら、ルークが暴発することも無く………



「姉さん。だから僕はもう昔の僕じゃないんだよ。ほら、僕の方が背も高いし」


「…………いつまで経っても、私にとってルークはあの頃のままよ。いつも泣きべそかいて、『弱虫』だった………」


「あ………」



 んん?

 あれ? ルークの様子が………



 突然、ルークが身をビクッと震わせた。

 こちらからは背中しか見えないが、その頭から赤い光が輝き始めているような……



 イカン!

 あれはレッドキャップの兆候!

 何かが引き金を引いてしまったのか?


 先ほどの会話で言うなら、おそらく………


 いや! 今はそんなことを考えている場合じゃない。

 ここは止めねば!



 一気に思考速度をMAXまで上げる。

 俺の視界内は一瞬にして白黒写真のように色彩が消え失せた。


 すでに俺の身体はコンマゼロ秒未満の隙間に入り込んだ超高速体。

 この神速を以ってルークの暴発を未然に防ぐ。


 どろりと粘り着く空気の層をかき分け、数メートル先のルークの背後に近づく。


 そして、その後頭部を殴りつけてやろうと拳を振り上げた時、



 むむっ?

 このまま殴りつけると、マリーさんに何と思われるのだろうか?



 ふと、頭を過る、この後の状況。



 俺の超スピードは捕らえられなくても、この場はマリーさんとルーク、俺しかいない。

 いきなりルークが殴られた感じでぶっ倒れたら、絶対に俺がやったと思うだろう。

 そうなれば、あとでルークがフォローしてくれたとしても、絶対に隔意を抱かれそう。

 

 あまり好みの子じゃないけど、女の子に悪く思われるのはできるだけ避けたい。

 

 だからここは穏便に済ませる方法を…………


 ようはルークが取り込んだレッドオーダーの晶石から発生する衝動を押さえつける、若しくは沈静化させれば良い訳で………



 ならば、ここは…………




 ルークのすぐ真後ろに立ち、軽く背中に触れながら、思考加速を中断。

 視界の色が戻り、目の前のルークが暴発寸前の状況下。


 できるだけ小声、しかし、ルークには聞こえる音量で告げる言葉は、



「ルークよ、暴れることを禁じる、禁!」



 行使したのは禁術。

 相手へのデバフであれば、この術が最も万能性が高い。

 これで効果を現さなければ、もうなりふり構っていられなくなるのだけれど。



「!!!  はあ、はあ、はあ………」



 強張っていたルークの身体が急に弛緩。

 肩を落とし、何度も息を吐くルーク。


 見れば、頭に浮かび上がりかけていた赤光も無くなっている様子。

 

 どうやら禁術によるレッドキャップの暴発阻止は有効であるらしい。



「ヒロさん?」



 今まで視界に入っていなかった俺がいきなり目の前に現れて、マリーさんは目をパチクリ。



「ああ、すみません。お二人のお話を邪魔しちゃって………」


「いえ……、ひょっとして、ヒロさんがルークを連れてきてくれたんですか?」


「まあ、ちょっと、縁がありまして………、その………」



 はてさて何と理由をつけていいのやら。

 どこまで話をして良いのかも分からないし………



「ごめん! 姉さん。また、今度………」


「え! ルーク! ちょ、ちょっと!」



 返答を悩む俺の横をすり抜け、ルークが孤児院の外へと飛び出す。


 慌てて追いかけようとするマリーさん。

 

 しかし………



「ルーク…………」



 マリーさんが外に出た時は、すでにルークは見えなくなっていた。

 赤能者としての身体能力を使って、全速力でこの場を離れたのだろう。


 胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、今にも泣きそうな表情のマリーさん。


 当然、そんな状態の彼女を放っておくことができず、










「ここか………、探したぞ」


「…………ヒロか」



 あの後、ルークを探してくるとマリーさんに伝え、その場を離れた俺。


 白兎に追跡させてルークの後を追い、見つけたのは人通りの少ない場所の建物の影で座り込む姿。



「すまない。おかげで姉さんを傷つけなくて済んだ」


「約束していたことだからな」


「……………いきなり衝動が消えた。ヒロは何かの言葉を囁いたようだがあれは?」


「あれは…………、まあ、軽い催眠術みたいなモノだ。昔、お前と同じ赤能者に知り合いがいてな。ソイツの衝動を抑える為に色々と調べたことがあるんだよ」


 

 禁術のことは話せない。

 だから、ここは適当なことを言って煙に巻くしかない。



「赤学に詳しい人にも協力してもらったりしてな。でも、個人差があるし、次に同じように利くと言う保証もない。だからあんまり当てにしてもらっても困る」


「そうか…………、でも、本当に助かった」


「で、どうするんだ? 一応、探してくるって、マリーさんに言ったんだけど?」


「………無理だ。それに何度もヒロに頼むのも悪い」


「別に俺のことは気にするな」


「僕自身、姉さんに殺意を抱くのが耐えられない」


「………………」



 そうだよな。

 自分の姉に等しい人を殺そうとしてしまう衝動。

 たとえ未遂であっても苦しむはずだ。



「その………、暴発する原因を伝えておけば、今回みたいに…………」


「俺の身体がレッドオーダーに汚染されていることを伝えるのか? そんなことを知ったら姉さんが何をするか………」



 もっと心配するようになる………か。

 下手をしたら、弟の身体を治そうと無理をしそうな雰囲気はある。  

 

 しかし、こればっかりはどうしようもない。

 全くもって、どうしようもないのだ。


 彼に体に巣くうレッドオーダーの晶石は取り除けない。

 すでに晶石の形もしておらず、血肉と化して溶け込んでいると言われている。

 また、一説には魂に浸みこみ、一体化しているんだ………と。



「やはり僕は姉さんには会わない方が良い。仕事が忙しくなるから会えないとでも伝えてもらえないか?」


「ルークがそれでいいなら、そう伝えるけど………」


「ありがとう。このお礼は情報を以って返すようにする」


「俺のロリコン疑惑も晴らしておいてくれよ」


「……………善処する」



 最後はほんの少し笑ったような顔を見せたルーク。

 しかし、どこか寂しそうな様子は隠せない。

 

 結局、ルークとはそのまま別れることとなった。

 

 






 ルークが去った後の路地裏で1人佇む。


 白兎は少し離れたところで見張り。

 

 森羅には一応、ルークがどこに住んでいるかを追わせている。


 ヨシツネは孤児院の警護に残したまま。



「さて、これは………どう見れば良い?」



 周りに誰もいない中、独り言を呟く。



 今回、ルークとの邂逅で分かったことが幾つかある。

 普通では手に入れることのできない貴重な情報。

 その中でも極め付けが、ルークの赤能者としてのデメリット。

 

 それは、おそらく『弱い』と侮られる、又は、『弱い』という言葉を耳にすると暴れ出すというモノ。


 つまり…………



「俺が『奪われる』という言葉を聞くと、暴れ出す症状と同じじゃないか?」




 ガアアアアアアアアアア!!!

 ウバワレル!!!



 

 ただ言葉に出しただけでこの有様。


 『俺の中の内なる咆哮』が叫び、腹の中から突き上げてくる。


 全身に熱い血が廻り、狂おしいまでの破壊衝動が俺の心を支配しようとしてくるのだ。



「クッ!!! …………あの時のルークに効いたんだから………」



 自分の胸に手を当てながら、仙力を注ぎ込んで口訣を唱える。



「『俺の中の内なる咆哮』よ、暴れることを禁じる! 禁!」



 初めて自分へと使用する禁術。


 しかし………



「チッ、駄目か。なら、『平本 浩』よ、暴れることを禁じる、禁!」


 

 禁術の対象名を自分の本名に変えて、再度行使。


 だが、これも効果を現さない。


 理由は不明。

 自分自身が対象だから効かないのか、それとも、対象名が正しくないからか。

 もしかして、単純に抵抗されたという可能性もある。

 

 だが、今はそんなことよりも、



「はあ、はあ、はあ…………、仕方ない」



 禁術での鎮静化を諦め、七宝袋から瀝泉槍を引き抜き、さらに頭から混天綾を被る。


 瀝泉槍からは重々しくも清涼な波動が、混天綾からは優しく包み込むような調べが、俺の内に燃え盛る炎を鎮火させていく。



「ふう……………」



 地べたに座り込み、ほっと一息。

 しかし、すぐに胸の内に湧き上がるのは当然の疑問。



「………………俺はいつの間に、赤能者、レッドキャップになってしまったんだ?」



 積み重なった情報を集めると、そうであるとしか思えない。


 しかし、レッドキャップとも言われる所以である赤光現象は起こっていない。


 赤能者がその能力を振るう時、目の周りから額、頭部にかけて赤い光が輝くはずだ。

 なのにその現象が俺には発生していない………と思われる。

 少なくとも周りから指摘されたことは無い。

 


「俺の身体は普通の人間ではないから、その現象が起きないだけかもしれないが………」



 ここまで性質が似通っているのだから、全く無関係ではないはずだ。


 あずかり知らぬところで俺の身体は赤の汚染を受けてしまっている。

 

 それは一体なぜ…………



 思わず打神鞭を取り出して、これ等の謎を解き明かしてみたくなる。



 なぜ、俺はレッドキャップになってしまったのか?

 

 俺の中の内なる咆哮との関係は?


 俺がこの異世界に来た理由と何か関連があるのか?



 

 しかし、今ここで占ったとて、確実な回答が得られるかどうかは分からない。


 打神鞭の占いは、問いかけが複雑だと曖昧な答えになる場合が多い。


 結果が抽象的過ぎて理解できなければ意味が無い。



 ことは俺の身体と将来に関することなのだ!

 

 今まで行ってきた占いのように、結果が正確に理解できなくても『まあいいか』では済まされない。


 打神鞭は同じ内容の占いを2度行えないことを考えると、占う問いかけは厳選するべきだろう。



 より占いの精度を高めたければ、もっと情報を集め、絞り込んだ問いを行う必要がある。

 

 その為にはやはり中央へ行って、赤能者の情報も集めなければ。


 そして、最も赤能者について詳しい組織と言うと………




 赤能者が多数在籍しているという、人類の裏切り者集団、『鐘割り』。


 娑婆の人間なら絶対に近づきたくないテロ組織。


 白の教会、及び、鐘守の最大の敵対者。




「はあ…………、まさか、鐘割りに自ら関わりにいく羽目になろうとは…………」




 空を見上げ、建物の合間から見える青い空を視界に入れながら、ため息交じり呟いた。

 





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