第480話 喧嘩



「ふう………、酷い目に遭った………」



 全く俺の自業自得なんだけど。


 腹の中のモノ………食べたばかりの朝食を全部出し切り、ようやく酔いも収まってくれた。

 飲食不要、排泄不要の身体なのに、こういった機能が残っているのは意味不明。

 仙人が乗り物酔いするなんて聞いたことが無い………、酒には酔うみたいだが。



 最初はジェットコースターみたいに楽しかったのだ。

 小刻みに動き回る白兎を目線で追いかけ、輝煉に指示を出しながら追いかけっこを満喫していた。

 しかし、30分もしないうちにこの有様。

 やはりバレルロールがまずかったか………



 乗り物酔いというのは、体感と視覚のズレから生じる自律神経系の病的反応だ。

 外からならいかなる衝撃にも耐えられるが、乗り物酔いは体の内側から発生するものだからどうしようもない。

 慣れていけばいずれ克服できるのだろうが、あの苦しみを何度も味わうのは勘弁してほしい。

  



「空は………、果てしなく遠い………」



 空を見上げれば、太陽を横切りながら飛び回るメンバー達の姿が見える。


 白兎を筆頭に、ヨシツネ、天琉、豪魔、廻斗、浮楽、そして、輝煉。


 空中飛行を持つメンバー達がそれぞれの飛行能力を互いに確認し合っているのだ。


 といっても、浮楽は空中歩行に毛の生えたのレベルだし、廻斗は出力が低過ぎる。

 また、豪魔は機体がデカすぎて小回りが利きにくい。


 空中での高速戦闘ができる能力を持つのは、白兎、ヨシツネ、天琉、輝煉のみ。


 その中でも輝煉の飛行能力はトップクラスのようだ。


 速度では白兎に引けを取らず、旋回能力は天琉を上回る。

 流石に空中戦闘技術ではヨシツネに分があるようだが、実際の戦闘ならば重量級の体格を活かせば互角以上だろう。

 

 



「まあ、空中戦はアイツ等に任せよう」



 俺は俺ができることをすれば良い。



「さて、次は胡狛とも話をしてくるか………」



 従属契約を結んだ際に、少し話をしたくらいだ。


 我がチームに降り立ってくれた2機目の女性型機種。


 秘彗と同様に俺の心を潤してくれるだろう。

 

 





「どうだ? 皆とは話せたか?」


「はい! 皆さん、大変気遣って頂きました」



 胡狛の周りには森羅、秘彗、毘燭、剣風、剣雷。


 俺が近づくと、さっと場所を開けてくれる。



「そうか。ところで君から見た俺のチームの編成はどうだ?」


「凄いですね。これだけの高位機種が揃っているってなかなかありませんよ!」



 青い光を瞬かせ、胡狛は興奮したような口調で話を続ける。



「ストロングタイプが多いのもそうですが、レジェンドタイプに、アークエンジェル、おまけにデーモンタイプの最上位までいるなんて、マスターのチームだけで一国を軽く落とせそうですね」


「国を落とす予定は今のところないけどな」


「私が知る中央のどの狩人チームよりも上回ります。もうこのまま赤の最前線に向かっても良いくらいです!」


「なるほど、中央を良く知る君にそう言って貰えると自信がつく」



 胡狛は元々中央の出身だ。

 胡狛の前のマスターが中央に居たから当たり前。

 そして、中央にいた時の記憶を保持したままでいる。

 これは通常であれば在り得ないこと。


 なぜなら、機械種のマスターは身内でもない赤の他人に機械種を譲り渡す時、必ず蒼石を使って記憶の完全消去を行うから。

 余計な情報を他人に漏らせないようにする為に。


 しかし、胡狛は蒼石によるブルーオーダーをされずに、藍染屋による部分記憶消去措置を受けてこの場にいる。 

 故に胡狛はある程度の知識や経験を残したまま俺と従属契約を結ぶことになった。


 この部分記憶措置はかなりの手間がかかり、その費用も莫大な額になる。

 ストロングタイプのブルーオーダーには最低でも3級の蒼石が必要となるが、部分記憶消去措置よりはるかに安い。

 なのに高額な部分記憶措置が取られた理由は、ブルーオーダーしてしまうと追加した職業が消えてしまう可能性があるから。

 

 貴重なストロングタイプのダブルとしての価値を消せなかったのだ。

 まあ、その分が価格として上乗せされてしまっていたけど。



 少し心配だったのは、この胡狛の晶脳に何か細工をされていないか?

 この俺にとって都合の良い展開は、誰かの陰謀であるかもしれないということ。


 適正級のブルーオーダーであれば、感応士の『呪い』でも解除できる。

 だが、人間の手による部分記憶措置であれば、その解除は非常に困難を極める。

 それを逆手に取り、何か仕込まれているという可能性も排除できない。


 これについては、いつもの打神鞭で調べておいた。

 

 結果は白。

 

 どうやら胡狛には裏も表も無い様子。

 俺の杞憂であったようで、ほっと一息。

 

 高いマテリアルを払い、手に入れた念願の女性型が実は罠でしたなんて最悪だ。

 しかもこれから罠解除や仲間の整備を任せようとする機種に。


 でも、打神鞭のおかげでそのような危険性は無いと分かった。

 これで安心してこれ等2つの役目を与えることができる。




「胡狛の役目は罠への対処と車やメンバー達の整備だ。元々、俺のチームでは白兎がやってくれていたんだが、流石に1機だけでは手が回らなくなるからな。ぜひ、その辺りを支えてやってほしい」


「はい! お任せください!」


 

 背筋をピンッと伸ばし、直立不動で答える胡狛。


 打てば響くような反応。

 実に小気味良く返事が返ってくる。


 ちょっと背伸びをしがちな少女のような秘彗とは違い、ハキハキとしながらも見た目以上に大人びた印象を受ける。

 やはり長く稼働している記憶を持つ影響なのだろうか………



「あとは、俺の世話くらいかな。今は秘彗だけに任せているけど、2人でローテーションして回すようにしてくれ」



 具体的には朝、俺を起こしてくれる役目と、コーヒーを入れてくれる役目。

 

 ここは俺的には譲れない。

 美少女が日常的に世話してくれるというシチュエーションは、今の俺には欠かせないモノだ。

 目の保養をしてくれる花は複数あった方が良いに決まっている。



「そちらもお任せください。ヒスイさんから色々と伺っております。私達の振る舞いでマスターのご気分が良くなるのでしたら、いかようにも………」



 そう言って胡狛が浮かべたのは、やや媚びを含んだような艶やか笑み。


 本来であれば、その整備士が着るような作業着姿にはあまりにも似合わない表情。

 しかし、胡狛が持つ独特の雰囲気が妙にそんな仕草にマッチして、やや倒錯的とも言える情緒を醸し出す。

 

 とても14,5歳の少女が表現することができない深み。

 どことなく夜の嬢を思い描いてしまうような艶っぽい仕草。

 


 思わず、その嫣然とした笑みに見惚れてしまっていると………




「おい、お前。誰の了解を得て、我が君に媚びているんだ?」



 そこに割り込んできた氷の刃のごとき冷え切った声。


 

「新参者のクセに、我が君に媚び諂って取り入ろうとは、躾がなっていないようだね?」



 近づいてきたのは、いつものベリアル。

 にこやかに微笑みながらも、その目は極寒地獄より凍てついていた。



「何か言ったらどうだい? 雌犬?」



 ベリアルは罵倒しながら、口が横に裂けたような凄惨な笑みを浮かべている。

 絶世の美貌に見え隠れするこれ以上の無い悪意と抑えきれぬ怒気。

 どうやら内心かなり苛立っているようだ。

 

 俺が胡狛へ構い過ぎたこともあるのだろう。

 また、俺が胡狛に見惚れてしまったことも、コイツを刺激してしまった原因かもしれない。


 

 周りの森羅、秘彗、毘燭、剣風、剣雷ではベリアルに対抗できない。

 

 森羅は凍り付いたように身を固くしている。

 

 秘彗、毘燭は辛うじて杖を取り出し、剣風、剣雷はともに数歩だけ足を進めることができた。


 ただ、それだけだ。

 それ以上の行動を起こすことができない。


 ベリアルから迸る怒気は、ストロングタイプをも委縮させる。


 元々の格が違い過ぎるのだ

 人類最強の盾と言えど、魔王相手には役者不足。

 魔王を相手にしようとすれば、人類程度では届かない。

 勇者か英雄でも無ければ…………



「………雌犬とは随分な言い方ですね、名も教えてもらっていない先輩さん?」



 俺と話していた時よりも幾分強い口調の言葉が、胡狛の口から飛びだした。



「へえ? 僕にそんな口が利けるんだ? 少し驚いたよ」


 

 ベリアルの目がスウゥっと細まった。

 まるで獲物を見つけた蛇のように。



「そんなに大したことですか? 同じマスターに仕える従属機械種同士ですよね、私達は?」



 そんなベリアルの様子に構うこと無く言い返す胡狛。

 魔王相手に一歩も引く様子を見せない。



「同じ………、お前の目には僕とコイツ等が同じに見えるのかい?」


「同じです。同じマスターに仕え、マスターのことを一番に考えているのは。貴方は違うのですか?」


「……………僕のマスターへの忠誠心を疑うか、お前」



 ベリアルの声が一段低くなった。

 そして、その目の輝きが不規則に瞬く。

 それは機械種が自分の感情を抑えている時に発現する現象。



「マスターのことを一番に考えるなら、チームの輪を乱すべきではないでしょう。先ほどの貴方の言いがかりに近い接し方を見ると、そう思わざるを得ませんね」



 ピシャリッと正論でベリアルを封殺する胡狛。

 


 その瞬間、ベリアルから発せられていた怒気が消え去った。


 まるで暴風雨の中、唐突に台風の目に入ったかのように。


 いや、それは火山が爆発する前の一瞬手前に生じる静けさ………



 森羅が右手の甲を前に出し、

 秘彗と毘燭が障壁展開の準備に入った。

 そして、剣風、剣雷はともに胡狛を庇うように脚を踏み出す。


 

 だが、これから起きるであろう激発には何の障害にもならない。

 ただ、吹き飛ばされ、流されるだけ。

 魔王の怒りはそれだけ大きい。

 何を以ってしても防ぐのは困難だ。



 だが、狙われている当の本人である胡狛は穏やかな表情のまま。

 魔王の殺意を受けても、少なくとも表面上は平然としている。


 大変珍しいストロングタイプの『ダブル』とはいえ、胡狛は非戦闘タイプであるはず。

 元緋王であるベリアルに対抗できるわけがない。

 

 しかし、胡狛は立ち尽くした状態で、その右手をほんの少しだけ動かし、指を自身の亜空間倉庫へと潜り込りこませる。



 胡狛は一体何を取り出そうと言うのか…………

 


 たとえどのような武器を取り出したとしても、ベリアルに毛ほどの傷も与えられまい。

 今のベリアルを止めようとするならば、それこそ、魔王を上回る存在でなければ…………



 まあ、俺しかいないのだけれど。




「コラ、ベリアル。毎回、新人が入る度に圧力をかけに来るという、お前のその持ち芸は止めろ。最後に白兎の手で痛い目に遭うオチまで見えるから」


「別に僕の持ち芸じゃないよ!」



 俺が声をかけたことによって、激発寸前だったベリアルは一変。

 酷薄に、残酷に、その怒りを振り撒くはずだった魔王は、外見相応の少年に早変わり。


 ムッとした顔で俺に抗議の声をあげてくる。



「それに僕はあのクソウサギになんか負けない! 今度こそ痛い目に見せてやるさ!」


「今の所2連敗だけどな」


「それは最終的に僕が勝つための仕込みに過ぎないよ。今だけさ、アイツが筆頭として威張れるのも」



 クククッと悪役チックに笑うベリアル。


 俺から見ると順調に敗北フラグを積み立てているようにしか見えないが………



「まあ、白兎相手なら別に構わないが、入ったばかりの新人をいびるのは止めろ」


「いびってなんかないよ。マスターに群がろうとする蟻の見極めをしているだけさ。働きアリなのか、甘い蜜を吸いたいだけの怠け者か………」


「胡狛には、これからの活動に必要な罠解除やメンバー達の整備を頼もうと思っているんだ。怠ける余裕なんてない。それにはお前自身の機体の整備も含まれるんだぞ」


「それは無理じゃない。そんじょそこらの腕で僕の機体の整備ができるとは思えないね」


 

 ベリアルは両手の平を上に上げてひらひら。

 ベリアルの機体を構成するのは、おそらくこの世界でもほとんど知られていない未知の物質。

 ゆえに通常であれば整備することすら困難。

 ボノフさんでも難しいかもしれない。


 しかし…………



「大丈夫。その時は白兎も一緒に行う予定だ。ストロングタイプの整備系と白兎が揃えばお前の機体でも何とかなるだろう」


「ええ! あのクソウサギが………、なんか嫌」


「諦めろ。お前は公の場には出せないし、俺のチームで機械種整備ができるのは白兎とこの胡狛だけなんだから」


「!!! …………そうか。罠も整備も今まであのクソウサギにしかできなかったけど…………」



 何か思いついたようにベリアルはじっと考え込む。

 そして、チラリと胡狛の方へと視線を飛ばし、



「この女が来たことでクソウサギの仕事が減る。つまりアイツの影響力も………」



 ベリアルの顔に浮かぶ、悪辣な罠を仕掛けようとする悪魔の微笑み。

 だが、俺から見れば魔王どころか、小悪魔レベルの小賢しい企み。


 というか、それを口に出して言う時点でどうなんだ?

 やっぱり白兎が絡むとお前の知能レベルが落ちていないか?

 


「うん! 喜べ、小娘。お前を我が君の傍仕えとして認めてやろう」


「はあ………」



 ベリアルは先ほどまでの態度を一変させ、胡狛を受け入れるという宣言。


 対して、胡狛は状況の変化にやや困惑気味。


 そして、なぜかいつの間に胡狛の左手にホールケーキが入っていそうな箱が一つ。



 んん? あれは何だ?


 俺は胡狛の持つ箱が妙に気になったが、ベリアルは全く気にしない様子で胡狛へと話しかける。



「矮小な存在の身でありながら、堂々と僕と向かい合ったことを褒めてやる。光栄に思え」


「そうですか………」



 機嫌の良さそうなベリアルが珍しく称賛の言葉を口にするが、胡狛は何と反応して良いのか分からない様子。

 

 しかし、そんな胡狛の態度にも、ベリアルは気を良くしたまま言葉を続ける。



「もっと喜ぶべきだぞ。この僕に認められたことを」


「…………はい」


「僕への感謝を心に刻み、落涙せよ。何せ、我が君から最も寵愛を受け、いずれは筆頭になる予定の僕から称賛の言葉を受けたの・・・……」



 ベリアルが『筆頭』という言葉を口にした瞬間、



 ビュウウウウウウウッ!!



 空からナニカが落ちてくるような音が響き、



「ふんぬっ!」


 ガシンッ!!



 突然、ベリアルが両手を頭上にあげると、急降下してきた白くて丸いフォルムの機体を受け止めた。



「あははははっ! 毎度毎度、お前に奇襲を許す僕じゃないよ!」


 

 頭の上でスカイハイダイビングしてきた白兎をギリギリの所でキャッチしたベリアル。

 ベリアルの両手で捕まえられた白兎は両前脚、後ろ脚をバタバタ。



「このクソウサギめ! 何を考えて僕の頭の上に落ちてきやがった?」


 パタパタ

『ダイナミックエントリー的な?』


「なら、地面でも潜ってろ!」


 

 ブンッ!!



 ベリアルは捕まえた白兎をそのまま両手で思いっきり地面へと叩きつける。

 


 シュルッ

 ピョンッ



 しかし、白兎も然る者。

 地面へと叩きつけられる瞬間、空間転移で亜空間へと逃げ込み、5m先の空間からピョンっと復帰。


 そして、クルッとベリアルに振り返り、バッとポーズを決めながら耳を振るった。



 パタパタ

『この白兎がいる限り! この世に悪は蔓延らない!』



 耳を振るいながら、ピョコタン、ピョコタンと軽くステップを挟み、

 


 フルフル

『たとえお天道様が許しても、この白兎が見逃さないのだ!』



 耳をピンッとベリアルに突きつけて、


 

 ピコピコ

『一つ、人を羨んでばかり。二つ、不愉快なことばかり言う。三つ、皆と仲良くできないなら………』



 くるくるくるくるっ……とその場でつま先立ちで回転する白兎。

 そして………



 ピタッ


 ビシッ


 フルフル

『マスターに代わって、おしおきだよ!』 



 ダダンッとベリアルを前脚で指差しながら、予め考えていたのだろうキメ台詞を口にする。

 

 もう混ざり過ぎて何が何やら…………



「やれるものならやってみろ! クソウサギ!」


 パタッパタッ

「ああ! やってやらあ!」



 そのまま両者は取っ組み合いへと移行。

 

 ベリアルが白兎の頭を押さえつけると、白兎は後ろ脚で蹴り蹴り。

 

 白兎がベリアルの手に噛みつくと、ベリアルは白兎の背に爪を立てる。


 白兎の片耳を引っ張るベリアル、もう片方の耳で顔をバシバシ叩く白兎。


 もう完全に子供の喧嘩だ…………


 

「放っておこう………」


「よろしいのですか?」


 

 白兎とベリアルの喧嘩に背を向ける俺。

 そんな俺に心配そうな顔で確認を取ってくる胡狛。

 まだチームに慣れていないせいだろう。


 

「俺のチームでは日常茶飯事なんだよ」


「あんな超高位機械種と機械種ラビットが取っ組み合いするのが日常なんですね。私もまだまだ見識が浅かったようです」



 通常、絶対に在り得ない組み合わせ。

 それが俺のチームでは容易に起こりうるのだ。

 良きにつけ悪しきにつけ………

 


「まあ、じきに慣れるさ」



 眉間にしわを寄せて考え込む胡狛へ、俺は気楽な感じでアドバイス。


 多分、一週間もしないうちに嫌でも慣れてしまうだろうな。

 

 荒野に響く喧噪を耳にしながら、何となくそんな未来を確信できた。



「……………そう言えば、その箱は一体何だ?」



 未だ胡狛が手に持ったままの箱。


 中にケーキでも入っていそうな包装箱。

 

 おそらく自分の亜空間倉庫に収納していたアイテムなのだろうが………



「これは私の奥の手の1つです」


「ほう? それがあったからあのベリアルに堂々と言い返したのか? でも、いくらなんでもアイツ相手には厳しいぞ。何せ魔王なんだからな」


 

 胡狛の手にしたアイテムがどのような効果を表すのかは分からないが、あのベリアルを前にすれば全くの無意味………



「そうですね。噂でしか聞いたことの無い魔王型。さして頑丈ではない私の機体では一睨みで蒸発させられるでしょう。でも、私のことを良く知らない今の状況であれば、一矢報いるくらいなら何とか………」


「へえ? それほどまでに、その奥の手に自信があるのか?」



 秘彗に毘燭、剣風、剣雷とて、1機ずつならベリアルを相手にすれば十秒も持たない。

 だが、非戦闘タイプの技能職である胡狛がこうも自信たっぷりに『一矢報いる』と告げる。


 それはどのような奥の手なのか………



「気になりますか、マスター?」


 

 俺を下から覗き込むように尋ねてくる胡狛。

 軽く小首を傾げの上目遣い。


 うーん………、あざとい。

 でも、可愛い。



「ま、まあな………」


「では、お見せ致しましょう」



 胡狛は手に持った箱を両手で掲げる。


 

「これが私の奥の手の1つ、『機械仕掛けのビックリ箱(マシナリー・ジャック・イン・ザ・ボックス)』」



 そう胡狛が告げると、掲げられた箱がポンッと音を立てて開き、





 ポオオオオオオオオオン!

 ビヨーーーーーーーーん

 ポンポンポンポンポン!!

 バサバサバサバサバサッ!

 ドンドンドンドンドンドンッ!




 箱から飛びだしたのは、色とりどりに染められた人形やお花。

 スプリングやバネの力を利用し、ビヨーンとあちこちへ飛び出す。


 また、勘尺玉や爆竹が弾けるような音が響き、幾つもの小さな花火が弾け、七色の閃光が瞬いて辺りを照らす。

 紙吹雪が宙を舞い、蝶々や鳩の玩具までが乱れ飛ぶ。


 正しくビックリ箱。

 あんな小さな箱にこれだけの仕掛けが収納されていた。

 おそらくはあの箱の中が亜空間倉庫になっているのだろうが………




 ビクッ!!!



 

 周りを見れば、こちらの様子を伺っていた秘彗達が驚きのあまり身を固まらせて呆然としている様子を見せていた。

 また、取っ組み合い中であった白兎とベリアルも、手を止めてこちらに驚いたような視線を向けている。



 音と光、そして、飛びだした様々なアイテムがメンバー達の注意を引いたのだろうが、それにしては驚き過ぎだ。


 戦闘タイプの機械種は、たとえ隣で仲間が一瞬で破壊されても、冷静さを失わない。

 一瞬の油断が命取りになる戦場では当たり前だ。

 後衛職である秘彗や毘燭はともかく、前衛の剣風、剣雷がたかがビックリ箱くらいであのような様子を見せるとは信じられない。

 さらには、あの白兎やベリアルにすら影響を与えている。

 

 一体どんな仕掛けが…………




「驚かれましたか?」


「…………ああ」


「私の『機械仕掛けのビックリ箱(マシナリー・ジャック・イン・ザ・ボックス)』は罠師系が使用する『即席罠(インスタントトラップ)』に、機械種の仕組みに精通した整備士系の能力を利用しています。罠師と整備士を兼務する私だけの『固有技』になりますね」



 『固有技』ということは、ヨシツネが使う多重連続空間転移技の『無限八艘飛び』や空間大転移である『鵯越の逆落とし』みたいなものか。

 珍しい罠師系と整備士系を組み合わせたストロングタイプのダブルが胡狛以外にいるとは思えない。

 だから胡狛のみが使用できる『固有技』と言っても差し支えは無い。



「飛びだした人形やお花、音や光は単なる目くらましです。範囲はあまり広くはありませんが、箱を開けた時に発生する特殊な波動が機械種を掣肘………、具体的には取ろうとしていた行動やマテリアル技をキャンセルさせる効果を持ちます」



 キャンセル技か!

 取ろうとしていた戦闘行動を一瞬でも止められるならかなり役に立つ。

 しかし、効果範囲が一戦闘区域で、敵味方問わずというと、使いどころが難しいな。

 


「いえ、私がこの技を繰り出すことが事前に分かっていれば、さほど問題無く耐えられます。この技は文字通り相手をびっくりさせるだけの効果しかないんです。しかし、初見であれば、どのような高位機種でも効果を発揮します」


「それは、紅姫や臙公、………緋王や朱妃であってもか?」


「はい。この箱から発生する波動は、我等機械種を生み出した存在の声に似せた波長だと言われています。機械種である以上、絶対に無視はできませんから」



 機械種を生み出した存在?

 そりゃあ、機械種だって最初は誰かに作り出されたのは間違いない。

 それは機械種を作り上げた何百年前の科学者とかなのであろうか?



「あくまで私の知識に残る記録上のことです。ですが、その波動が機械種だけを刺激し、一瞬手を止めてしまうくらいの影響を与えるのは事実です」



 胡狛は俺への説明を続けながら、後片付けを行う。

 飛びだしていたアイテム達をビックリ箱の中へと戻し、その箱自体を自分の亜空間倉庫へと収納。

 

 

 まあ、その機械種を生み出した存在というのは気になるが、今の俺には関係無さそうだ。


 それよりも、非戦闘タイプだと思われていた胡狛がこのような『固有技』を持つことが知れたのが大きい。


 これは嬉しい誤算だとも言える。


 それに、あれが奥の手の1つというのであれば、まだまだ他の手を持っているのであろう。

 きっとそれは俺が目指している場所に進む為の大いなる助けになってくれるに違いない。


 


 …………ふと、俺の脳裏に過ったことが一つ。


 あのビックリ箱で驚いた皆の反応。


 『俺の中の内なる咆哮』が吼えた時の反応に似ているような気が………

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