第462話 取引



「ほう! これは凄い………」



 鑑定士らしい初老の男性が赭娼メデューサの遺骸を前に感嘆の声を上げた。



 スネイルとかいうマフィアの幹部みたいな男に促され、商品を鑑定する部屋に移動。

 今回の取引でこちらが出品する商品の鑑定を行うということなので、秘彗に命じて亜空間倉庫に保管してある赭娼メデューサの遺骸を取り出した。


 首を切断した以外ほとんど損傷の無い機体。

 一応、ボノフさんのお店で機体を綺麗に整えてもらい、簡易な保管ケースに入れてもらっている。


 ただし、完全に修理したわけではなく、その頭部と胴体は切り離されたままだ。

 ブルーオーダー前なのだから当たり前。

 白鐘の恩寵内であるとはいえ、赭娼を街中で復活させるわけにはいかないから。



「素晴らしい! たった一刀を以って、首を断ちなすったか? ここまで見事な切れ味の断面図は見たことが無い! 粒子加速砲? ………いや、違う。それに重力斬でもなく、空間攻撃でもない! 斬撃で断ち切られたモノだ! 信じられん! 稼働中の赭娼をここまで見事に首を落とせるとは! これを成したのはかなりの高位機種か………、もし、人間であるなら間違いなく達人だな!」


 

 鑑定士の男性が唾を飛ばしながら力説。

 その剣幕に立ち会っているスネイルも若干引き気味。


 よくもまあ首を断たれただけの機体を見て、そこまで分かるモノだ。

 流石は年季の入った鑑定士。

 ここで鑑定された商品は今回の取引に置いて、その価値と質が保証される。

 つまり俺の出した機械種メデューサの遺骸の品質は最高とも言える状態であることが保証された。

 これは今回の取引に大きな期待ができそうだ。



 この勢いに続いて、次の商品を提示。

 マテリアルスーツ(最上級)を取り出して鑑定してもらう。




「…………大変珍しい品ではありますがのう………」



 鑑定士は先ほどとは打って変わって渋い顔。

 


「これを使いこなせる人間なんていませんからなあ。せめて上級までなら赤の最前線まで持って行けば売れるのかもしれませんが」


「ここでも処分できませんか?」


「珍しいモノ好きならコレクションとして欲しがるかもしれませんな。好事家どもに見せびらかして笑い話にできますから………」


 

 笑い話のネタにできる程か。


 しかし、占いではやり方次第で高値で処分できるはず。

 折角持ってきたのだから、取引には出したいのだけれど……

 あまりに価値が無ければ出品すらできないらしいが、これは大丈夫なのだろうか?



 ふと、気になってスネイルの様子を見ると、近くに寄ってじっと俺が持ち込んだ商品を見つめている。

 赭娼メデューサの遺骸だけでなく、マテリアルスーツの方もチェックしているようだ。

 流石に個々の責任者だけあって、きちんと商品を自分の目で確認しているのだろう。



 何も言い出さないということはオッケーということか。

 珍しいという意味では、多分紅石にも匹敵するからな。

 ただし使い道は全く見当たらないけど。

 

 

 



 





 鑑定が終わった後、また別の部屋に移動させられた。

 一流ホテルのスイートルームと言っても良い豪華な部屋だ。



「それでは、ボノフ様、ヒロ様。良い取引を」


 

 俺達に付き添っていたスネイルは部屋の前で退場。

 軽く一礼をした後、仰々しい動作で扉を閉めた。


 扉が閉まる直前、チラッと俺の方を見たような気がしたのは、気のせいだろうか?

 会った時から意味深な態度を見せてくるから、どうにも落ち着かない。



「……………何なんでしょうね? 俺、嫌われてますかね?」



 足音が遠ざかるのを確認した後、思わずボノフさんを振り返って思っていた疑問をぶつけてみる。



「あははははっ、気にすることないよ。ちょっとした試しなんだろうね。ヒロが本当に優秀な狩人なのかって………」



 俺の疑問を笑い飛ばすボノフさん。



「俺が若いからですか?」


「まあ、そうだろうね。あとは、『狩人になれなかった男』が抱くどうしようもない感情もあるだろうけど」



 ボノフさんの口から飛び出した俺の意表を突く言葉。


 内容は分かるが、どうにも腑に落ちず聞き返す。



「『狩人になれなかった』? ………いやいや、それなりに出世しているんだから、装備を整えればすぐに狩人になれるでしょう? 見たところ、かなり鍛えているみたいでしたし………」


「そうだね。ただ狩人をやるだけならできるだろうけど………」



 そこでボノフさんは言葉を切って、じっと俺を見つめてくる。



「でも、アイツでは狩人の中の一流にはなれない。ヒロのように赭娼や紅姫を倒すのは無理だ。なぜなら機械種使いでもない、聖遺物と言われる発掘品も手に入れられない、ブーステッドを飲む度胸も無い、体全部を機械種に置き換えるほどの無謀さも無い…………」



 指を折りながら、一流の狩人になれない理由を挙げていく。



「一流になれないなら、狩人をやる意味が無い。だからアイツは諦めたんだよ。狩人になるのをね。だから、若くして一流の狩人の領域へ足を踏み込んだヒロが憎たらしいのさ」


「それを俺のせいにされても………」



 まあ、機械種使いの才能を持たない人間が、持つ人間に抱く感情は分かる。

 この才能だけは本人の努力とは関係ないからだ。


 しかし、機械種使いの才能を持たない人間だって、狩人にはいる。

 

 何倍も苦労はするし、怪我をする可能性だってずっと高い。

 それでも、食らいついていく人間は必ずいるのだ。

 それをしないのはアイツの怠慢だろう。

   


「そうだね。頭の良い人間は割に合わないことはしない。だけれども、自分の可能性を狭めてしまっているのは確かだね。もちろん、割の合わないことに突っ込んでいくことを推奨しているわけではないけど」



 ボノフさんは皮肉気な表情でヒョイッと肩をすくめてみせる。


 

 なるほど。

 なまじ頭が良いから、リスクを考えて無謀なことはしないんだな。

 レッドオーダー相手に生身で戦って、手足の1本でも失えばそれで終わり。

 それよりかは街の中で人間を相手にした方がマシってことか。


 街の外でのレッドオーダーとの闘いは殺し合いだ。

 向こうは明確な殺意を以って殺そうとしてくるし、手加減などしてくれるはずもない。

 よほど戦力差があるか、機械種を前に出して安全マージンを取らないと、どこかで破たんするのは目に見えている。

 殺されるかもしれない日常に身を置き続けるのは、普通の人間では耐えられない。



「まあ、スネイルの奴も気に喰わないからと言って、妙なことは仕出かさないさ。そんなことをしたら、折角の出世が水の泡になってしまうからね。それよりも、ほらほら、そろそろ取引の準備をしな」


「あ、はい」



 これ以上アイツに気を取られるのも無駄だな。

 ボノフさんの言うとおり、こっちは客なのだから堂々としていれば良い。


 本当に俺のことが気に喰わないだけなのか、それとも、別に理由があるのかは後で調べれば良いか…………





 ボノフさんに急かされ、取引の準備を行う。

 と言っても、大企業の社長が使うようなデスクに鎮座する晶脳器を立ち上げるだけ。



「マスター、よろしければ、この部屋の中を調べたいと思いますが………」



 晶脳器を弄る俺へと森羅からの控えめな提案。



「んん? ああ、盗聴器や監視カメラ対策か」


「はい、念の為ですが」

 

「よし、頼む。白兎と手分けして調べてくれ」



 ピコピコ

「承知致しました」



 白兎と森羅が部屋の隅へと移動し、壁や床、調度品等を調べていく。


 宝貝 掌中目を使う方が早いかもしれないが、この場にボノフさんもいるし、この場は白兎達に任せた方が良い。



「秘彗は待機してこの部屋に誰かが近づいて来たら知らせるように」


「はい、お任せください」



 俺の命令に頷き、杖を握りしめながら目を瞑る秘彗。

 多分、周囲にセンサーを張り巡らせて警戒状態に入ってくれたのだろう。



「さて、俺の方は早くこれを立ち上げないと………」



 ブラックマーケットと聞いていたから、最初は奴隷市の競りみたいな怪しいイメージをしていたが、まさか晶脳器の画面越しでの取引だったとはね。


 折角嘘が分かる眼鏡を装着しているのに、取引は相手と直接顔を合わさない仕様。

 パソコンみたいなモニターで商品を選択するだけだ。

 まあ、たとえビデオ通信みたいに相手の顔が見えて話ができたとしても、画面越しではこの眼鏡の効果は意味をなさない。


 でも、よく考えればこの仕様は俺にとっても都合が良い部分もある。

 今回の取引はあまり表沙汰にできないもの。

 お互い顔を合わせない方が良いに決まっている。

 この『真実の目』はまたの機会に役に立ってもらうことにしよう。




「…………よし、映った!」



 画面に表示されたのは、今回の取引の場に出品されている品々。

 一番上は俺が持ち込んだ『赭娼メデューサの遺骸(最高品質)』と『マテリアルスーツ(最上級)』。

 その下に並ぶのは、他の参加者が出品しているモノ。



「…………あんまり良いのがありませんね」



 見たところ、『機械種オーガの遺骸(中品質)』や、『蒼石6級』。

 他には『自動2輪車』や『白銅鑼』等。


 取引の方法としては、画面に映る商品へと取引を持ち掛けるか、逆にこちらが提示する商品に取引を持ち掛けられるのを待つかだ。


 取引を持ち掛ける方には、手数料がかかる仕組み。

 商品の格に応じて手数料が増額されるが、今画面に並ぶ商品に手数料を支払ってまで欲しいと言うものは見当たらない。



「この中では『白銅鑼』が一番マシですが………」



 マテリアルを注ぎ込んで打ち鳴らせば、短時間だが白鐘と似たような効果を出せるモノ。

 真夜中を行軍する時とかには大変便利なのだが、如何せんその費用は莫大だ。

 1回打ち鳴らすごとに1~5万Mが吹っ飛び、それを数分~十数分ごとだから、最終的に100万Mを越すことになることも珍しくない。

 街から街への移動なら、1,000万Mを越えることだってある。

 本当に急いでいる時にしか使えない緊急事態用のモノ。



「でも、これって、他の人に売り渡しても大丈夫なんですか?」



 これを取り扱っているのは当然ながら白の教会だ。

 それなりに教会に対して貢献しているモノでなくては売ってくれない。

 当然、白の教会も売り先を把握しているはずで………



「だから、ブラックマーケットで処分するんじゃないか」


「マジですか! うわぁ………怖!」



 俺の恐る恐るの質問に、何でもないように答えてくれたボノフさん。

 ここに来て、このブラックマーケットの闇を見たような気がする。


 ちょっとばかり身震いしてしまう俺。


 しかし、ボノフさんはそんな俺を見て、さらに恐ろしいことを口にした。



「一番ヤバかったのは、『白鐘』が出品されていた時だね。流石に最下級だったけど」


「ひえっ! ヤバい! ヤバいですよ、それ!」



 駄目だ、ソレ!

 絶対にヤバい奴だ!

 ブラックマーケットって、グレーと言っていたけど、絶対に真っ黒だよ!


 白鐘を教会に黙って保有することすら大罪。

 昔、その大罪を犯した街が一晩で教会に滅ぼされたことがあるって噂だ。

 それを売り買いするって、正気の沙汰じゃないぞ!


 白鐘の最上級を隠し持っている俺が思うことじゃないけど。



「あははははっ、アレは結局どうなったのかねえ? 誰かが手に入れたみたいだけど、その後のことはトンと分からないよ」



 ボノフさんはそんなことはまるで気にしていない様子で朗らかに笑う。


 とても笑いごとでは済まないような気がするが、この街でも名の知れた名士であるボノフさんがそう言うのであれば、俺が気にすることでもあるまい。



 それよりも、今は取引のことについて考えないと。



 今のままの品揃えであれば、こちらからあえて取引を持ち掛けようとも思わない。

 今回がたまたま品揃えが悪かったのであれば、取引はまた来月にしても良い。

 

 先ほど聞いた説明のよれば、商品は預けたままで来月以降に持ち越すこともできるらしい。

 ここのブラックマーケットを利用する客の中には、何十という品を前もって預けており、画面に映る商品の品揃えによって出すモノを変えるそうだ。


 だから品揃えが良い場合は、同じく良いモノが出やすいって………




「あっ、なんか増えましたよ…………、あれ? 点滅してる?」


「どれどれ? ………ああ、ヒロの出したメデューサの遺骸に引き合いが来ているんだよ。良かったらこの品と交換してくれってね」



 画面上にある機械種メデューサの遺骸の欄の周りに幾つかの品々が映し出され、点滅を繰り返している。

 

 なるほど。

 これは俺の出した品に取引が殺到しているということか。



「…………ノービスタイプの近接戦闘系が5機に、射手系が5機。それにモンスタータイプの重量級、機械種テルキーネスが1機のセット。それに加えて、300万M…………」


「赭娼には全然釣り合わないから数で補って、それでも足りないからマテリアルをつけたんだね」


「それでも割に合いませんが?」



 最高状態の赭娼の価値と比べたら全く足りていない。

 これで交換する奴はいないだろう。



「まあ、それも分かって、一縷の望みをかけて出してきているんだよ。ほら、こっちは発掘品だね」


「え? …………重力刃の大剣。それに電磁バリア、AMF付のフォートレススーツ。中央でもなかなか見ない良品ですが………」


 

 これが1セットあるなら、中央でも猟兵をやれる。

 赤の最前線でも活躍できそうな高性能の武具だ。

 俺が求める価値には届かないが、発掘品の武器は貴重。

 普通に売り出せば、1,000万Mは確実に超えるだろう。



「あ………、これはペンドランの奴か。アイツが現役時代に使っていたお古だよ。ずっと大事に保管していたのにここで放出するんだねえ……」


「ペンドラン? お知り合いですか?」


「元猟兵っていう異色の肩書を持つ、この街の藍染屋さ。藍染の腕はそこそこだけど、誠実で丁寧な仕事をする奴だよ」



 ボノフさんの表情を見るに、それなりに親しい相手なのだろう。

 藍染屋同士での付き合いだろうな。



「アイツも赭娼を見て我慢できなくなったんだろうね。藍染屋としては気持ちは良く分かるよ」


「うーん………、俺、あんまり武具って必要ないんですよねえ………」



 近接武器なら『莫邪宝剣』『瀝泉槍』『倚天の剣』がある。

 たとえ発掘品の剣でも、宝貝相手には敵うまい。

 

 また、防具についても同様。

 どれだけ攻撃を喰らっても破れることの無い仙衣に勝るモノなどない。

 カモフラージュの為には良いのかもしれないが、そんなことの為に大金を使うつもりなんてない。



「アタシのことは気にしなくていいよ。ヒロが欲しいと思ったモノを選ぶといいさ」


「はい、そうします」



 画面に視線を戻し、点滅する商品名を確認していく。



 珍しい重量級であるダイナソアタイプの機械種ディノニクスとそれを運ぶトラックが1台。

 

 翠石 射撃スキル(上級)と剣術スキル(上級)が一つずつに、ベテランタイプの軍人系、機械種アウトレンジオフィサーと機械種インファイトオフィサー1機ずつ。


 蒼石準2級が1つに3級が3つ。それとスモール用の汎用蒼銀弾が5発。


 


「舐めてんのか」




 あまりの商品レベルの低さに、つい悪態が出た。

 どう考えても、俺が提示した機械種メデューサの遺骸とは5倍以上の価格差がある。

 

 もう1個の『マテリアルスーツ(最上級)』との引き換えならわかるが、残念ながらこちらはまるで引き合いが無し。


 


「まあまあ、向こうだって、駄目元で精一杯のモノを出しているんだよ。それにどうしても今すぐ手に入れたいというモノがあるかもしれないだろ。こればっかりは何が琴線に触れるかどうか分からないからね」



 憤る俺をボノフさんが宥める。


 確かに至急で戦力の頭数を揃えたい場合や、早急に蒼石が必要になる場合だってある。

 でも、それにしたって限度というモノが………

 


「……………あっ!」


「んん? 良いのが見つかったかい?」

 

「あ………その…………」



 注視する画面の中で見つけたのは1機の人型機種。

 それも非常に美しい女性型。

 その機種名は『機械種ウタヒメ』。


 まさか、この取引の場でコレが出てくるとは…………



 縮小されている写真だが、ビジュアルモデル並みのスタイルが見て取れる。

 年の頃は20前後くらいだろうか。

 薄紫の髪をロングにした大人の雰囲気漂う妖艶な美女。



 確かウタヒメの価値は2,000万Mぐらいだったはず。

 俺の出す赭娼の価値に近い。

 これであれば交換しても構わないと思うくらい。



 これか………

 これが占いで示されたモノか?

 確かに俺が長年求めてきた…………



 以前、未来視で痛い目に遭ったが、今回はそのような紐付きの可能性は低い。

 正当な取引で手に入れるのだ。誰にも文句のつけようもない………ブラックマーケットのだけど。

 

 でも、これで手に入る。

 俺の理想の恋人が………

 俺だけを愛してくれる女性が………

 決して俺を裏切らない女が…………

  


 指がフラフラと動き、画面上に映し出される『ウタヒメ』との交換ボタンへと触れようとした時、




「ヒロ、止めときな」



 

 ボノフさんの鋭い声が俺の動きを遮った。




「若い男の子だからしょうがないのは分かるけど、ソイツは止めておいた方が良いねえ」


「……………ウタヒメを持っていると女性に嫌われるからですか?」



 図らずも口調に刺々しさが混じる。

 夢に届きそうな瞬間に水を差された気分。


 ボノフさんも女性だからウタヒメを嫌悪しているのだろう。

 これを手に入れたら、ボノフさんにも嫌われてしまうのだ。

 今までのように仕事を受けてくれなくなるかもしれない。


 でも、でも、俺はこの『ウタヒメ』を…………



 しかし、俺の葛藤に対し、ただ苦笑を浮かべ諭すような口調で話を続けてくるボノフさん。



「違うよ。まあ、アタシも女だからあんまり良い気分はしないけど、それでも男の性は分かっている方さ。でもね、コイツの出品者はタチの良くない奴なんだよ」


「出品者? 名前は何処にもありませんが?」


「見れば分かるさ。この出品者はブランディのエロ爺だ。この街の藍染屋の1人さ。この爺はね、藍染の腕は良いけど性格が最悪なんだよ。ほら、状態の所が空欄になっているだろう?」


「あ、確かに」


「これは鑑定士の保証無し。ってことは、中身がどんな状態なのか分からない。下手をしたら廃棄寸前ってこともありうるんだ。ウタヒメはその性質上、色んな所有者を渡り歩くことが多いからね。その度にブルーオーダーされて、晶脳が傷んでいるケースが多いんだよ」


「うう…………」


「ヒロが廃人みたいなウタヒメでも構わないんだったらいいけどね」


「それは………勘弁してほしいです」



 つまり、これは詐欺ということか。

 ウタヒメの名前だけに喰いついて、実際に手にしたら思っていたのと違う……みたいな。

 俺のような初心者であれば、引っかかってしまってもおかしくない。


 しかし、もし引っかかったとしても、取引は取引だ。

 良く確かめずに交換に応じた俺が悪いことになる。

 何せブラックマーケットでの取引なのだ。

 法に訴えることすらできないであろう。



 しかし、廃棄寸前のウタヒメか。

 俺の五色石なら新品状態に直せるのかもしれないけど、ここでリスクを負う必要は無い。

 それに騙そうとしてウタヒメを出品してくるような奴だ。

 他にも厄介な仕掛けでもあれば目も当てられない。

 ここはスルーするに限るな。

 


「ありがとうございます。危うく騙されるところでした」


「良いってことだよ。それよりも、ヒロはもっと人間の女の子と付き合うべきだと思うね。前にも言ったけど、アスリンなんてどうだい? あの子も2,3年経てば、そのウタヒメ並みに育つと思うよ」


「むむむっ!」



 確かに、歳の割りにスタイルは良かったかも。



「あの子の母親は本当に綺麗な子でね、きっとアスリンも美人に育つはずさ」



 まあ、それは疑っていませんが。

 今でも相当な美少女だから、絶対に美女に育つだろうなあ。


 しかし、性格に難がありそう。

 それにあのタイプは家事とかできないと思うし………



「あの子はああ見えて結構家庭的なところもあるんだよ【嘘】」


「さり気なく嘘を混ぜないでください」


「ありゃ? バレちゃったかい? ヒロは意外に鋭いねえ」



 悪びれることなく、素直に嘘と認めるボノフさん。

 あまりの素早い俺の切り返しに少しばかり驚いたような顔。

 

 イカンな、つい、ノータイムで突っ込んでしまった。

 あまり嘘を指摘しているとそのうち怪しまれるかもしれない。

 この辺は気を付けないと。



「その、アスリンの件につきましては後日、色々と検討いたしまして、またご報告させて頂ければと………」


「あははははっ、じゃあ、報告を楽しみにしておくよ」



 本当に良い報告ができると良いんだけど。

 でも、仲良くできるとっかかりみたいなモノがないんだよなあ。



 ………おっと! 今はそれよりも取引だ。

 この『ウタヒメ』は無いにしても、もっと良い品を探さないと。



 えっと、こっちはベテランタイプ、商人系の機械種メジャーマーチャントか。

 交渉や経営、管理スキルに特化していて、巨大な亜空間倉庫を持つ内政型。

 その護衛のベテランタイプの闘士系、機械種グラディエーター。

 斧を持つ攻撃特化型の近接戦闘型。

 使い道に困る機種ではないが、2機合わせても、とても釣り合うとは思えない。



 おっと、これはドラゴンタイプ下位の機械種マカラ。

 ワニの上半身に魚類の下半身を持つ水陸両用の騎乗型。

 元はインド神話の神々が騎乗する神獣だ。

 中央では猟兵がコイツに騎乗して戦っているのを見ることがある。

 竜騎士モドキみたいでカッコ良いが、これも交換に値するモノでは無い。



 うーん………発掘品のキャンプセットかあ。

 3mくらいのテントを組み上げれば、中は20畳程のリビングが広がっているタイプ。

 雪姫がこれのもっとコンパクト仕様を持っていたな。

 あっちはトイレやシャワーも付いている高級品だった。

 まあ、俺には七宝袋もあるし、潜水艇もあるから不要と言えば不要。



 あっ! これはマテリアルだけだ。

 2,600万Mとは良いところを突くなあ。

 でも、マテリアルに困っている訳じゃないから、これじゃないんだよなあ。




「欲しいモノがありません。これ以上は無駄みたいですね」



 画面から目を離し、椅子にもたれ掛かりながら投了宣言。



 おかしいなあ。

 打神鞭の占いでは俺が求めるモノがあるはずなのに。


 やり方が悪かったのか?

 でも、特に何かを失敗したような記憶は無いのだけれど。



「しょうがないね。そういう月もあるさ。また来月もあるし、商品は預けたままでもいいし………保管料は多少かかってしまうけどね。どうする? 今日の所はこれぐらいにしておくかい?」


「そうします……………んん? これ、なんだろ?」



 新しく画面に出てきている見慣れない品。

 機械種ではなく、どうやら蒼石か翠石のような………形をした晶石。

 ただし色は青でも緑でもなく眩いばかりの銀色。

 通常の晶石は透き通っているから、晶石でないのは間違いない。

 


「え~、『銀晶石』? 聞いたことが無いなあ………」


「なんだって! 『銀晶石』かい!」



 俺が呟いた言葉にボノフさんが激しく反応。


 後ろを振り返れば、ボノフさんは驚愕の表情。



「ご存じなんですか? これ……」


「…………ああ、知っているよ。滅多に世に出ない超貴重品さ」


「へえ? 超貴重品ですか。どんな効果があるんでしょう?」


「…………コイツは機械種の能力を向上させるんだ。晶石合成みたいにね。しかも、翠石のように晶冠へ投入するだけで、どんな機種でもその能力を2,3割向上させると言われているよ」


「2、3割も! それは………一時的にですか?」



 未来視で白月さんが使った感応士の技みたいなモノであろうか?

 『マテリアルアップ』や『ステータスアップ』みたいに。

 

 しかし、ボノフさんから返ってきた言葉はそれを遥かに上回る仕様。



「いや、永続だよ。さらにその機種の経験の溜まり具合によってはランクアップすることだってある」


「永続………、それにランクアップもですか? それは破格………」



 2,3割も全ての能力が向上するのであれば、1段上位機種に生まれ変わるみたいなものだ。

 通常機種がロード種になるようなモノだろう。

 さらにはランクアップするかもしれないのであれば、その効果は計り知れない。



「そうさ! ベースとなる能力を2,3割向上させると言うことは、高位機種であればある程、その上昇幅は大きくなる。ランクアップした場合もそうなるね。分かるかい?」


「はい、10がベースの機種を2、3割向上させるより、100がベースの機種を2,3割上げる方が効率が良いと言うことですね」



 10なら、2~3しか上がらないが、100なら20~30上がることになる。

 そして、そのランクアップした場合の効果もそれに準ずる。



「正しく、今のヒロの為にあるようなモノだね。これを使えば、ヒスイちゃんや、あのストロングタイプ3機どころか、レジェンドタイプのヨシツネだって大幅な強化ができるよ」


「!!! ヨシツネを強化できる………」



 今でさえ、俺のチームでは白兎、ベリアルに次ぐ第3位の実力を持つ。

 そのヨシツネを強化できるのであれば、これ以上無い価値がある。


 さらにはベリアルや白兎、それに超重量級ゆえに改造が難しい豪魔を強化することだって………



「いくらぐらいするんでしょう?」


「さてね、滅多に出回らないから何とも言えないけど、3,000万を下ることはないだろうね」



 最低30億円か。

 それは間違いなく赭娼を上回る価値。

 俺がぶっ壊した臙石並みかそれ以上。


 これだ!

 間違いない。

 これが打神鞭の占いで出た俺が手に入れる価値があるモノ!



「…………これは晶冠に入れるだけで効果を現すんですね?」


「…………ああ、そうだね。わざわざ藍染屋に持ち込む必要はないよ。多分、この『銀晶石』がヒロに一番相応しい品だと思うね」


「……………」



 ここまでボノフさんが言ってくれるのだから、間違いなく俺に役立つモノなのであろう。

 説明を聞いた限りでもその効果は俺の想像以上。

 ずっと死蔵していた赭娼と引き換えにできるなら今回の取引は大成功と言っても良い。



 チラリと後ろに控える白兎達の様子を伺うも、特に反対の様子は見られない。

 仲間が強化されるのであれば、皆も大歓迎であろう。



 ならば、俺が取る選択肢は一つ。



「決めました。コレにします」



 そう決定を言葉にしてから晶脳器に指先を伸ばして、画面をタッチした。









※ このバルトーラの街でご新規の狩人が頼れる藍染屋は4つあります。


① ボノフ   青(機械種整備)A+

        緑(晶脳調整) A 

        黄(車両整備) A

        人格(信用度) B

 半分引退気味の藍染屋。道楽で藍染屋を続けており、気に入った人物の仕事しか受けない。

 認められるハードルは高いが、一度気に入られると手厚いサポートが受けられる。

 中央で修業を行っていた為、辺境ではなかなか得られない機械種の秘匿知識を教えてもらえる可能性がある。

 白翼協商と蓮花会、タウール商会とつながり在り。



②ペンドラン  青(機械種整備)B

        緑(晶脳調整) C 

        黄(車両整備) B

        人格(信用度) A

 元猟兵の藍染屋。藍染屋歴が浅く、腕と知識はまだまだだが、新人であれば熱心に指導してくれたりする。

 ただし、説教癖あり。また、ノリが体育会系で場合によっては修行に付き合わされることも。

 猟兵出身だけあって、戦闘経験が豊富。機械種との戦い方についてレクチャー等が期待できる。

 また、本人は機械種使いであり、仲良くなっていけば、機械種との連携の仕方や、『戦機号令(バトルオーダー)※』を教えてくれるかもしれない。

 白翼協商と鉄杭団とつながり在り。また、アルスも世話になっている。


 ※『戦機号令(バトルオーダー)』とは、予め従属機械種へ命令パターンを教え込んでおき、戦闘中にタイミング良く命令を発することで、その従属機械種の特定の行動を強化する方法。


 例:相手を指さしながら『灰色の綿毛を捧げろ』と言う = 指差した相手へ奇襲(攻撃力・速度20%UP)

    


③ブランディ  青(機械種整備)A

        緑(晶脳調整) S 

        黄(車両整備) B

        人格(信用度) E

 中央から追放された緑学の権威であった藍染屋。妙齢の女性なら格安で仕事をしてくれるがセクハラされる。

 晶脳については中央を含めてもトップレベルの深い知識と腕を持ち、晶石へのサルベージは高い精度で狙ったスキルを獲得できる。

 ただし、非常に性格が悪く、気を抜くと騙されることがある。

 蒼石、翠石について独自の入手ルートを持っており、辺境ではなかなか手に入らない等級を購入可能。

 征海連合、タウール商会と取引在り。

 また、この街で唯一ウタヒメを手に入れることができる藍染屋でもある。

 


④藍染屋組合  青(機械種整備)C

        緑(晶脳調整) C 

        黄(車両整備) B

        人格(信用度) C

 店を持たない若い藍染屋の集まり。街の領主の指示で造られた組合。

 誰でも利用することができるが、腕はあまり良くない。

 この街で超重量級を整備することのできる藍染屋の2つのうちの1つ。

 (あと一つは征海連合お抱えの藍染屋)

 中央に行きたがっている若い藍染もおり、交渉によっては仲間に入ってくれる可能性がある。

 白翼協商と征海連合、鉄杭団とつながり在り。


 

 このバルトーラの街には他の藍染屋もありますが、商会のお抱えであったり、ご新規の受付を禁止していたりします。


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