第461話 闇市


 あれから3日後の夕方。

 闇市へ参加する準備を整え、白兎、森羅、秘彗の3機とともにボノフさんのお店へと訪問。

 そこからボノフさんと一緒にブラックマーケットの会場へと向かう為だ。



「なんか久しぶりのデートみたいだね。ワクワクするよ」


「ハハハッ、上手くエスコートできるか分かりませんが………」



 ボノフさんの服装はいつもの作業着ではなく、ちょっとお洒落したような洋服姿。

 俺の方は普段と変わらない黒パーカーにジーンズだから、少しチグハグな組み合わせだろうな。

 多分、傍目からは祖母に連れられた行儀のなっていない孫みたいに見られるかもしれない。


 あと、今回の商談に際し、嘘を見抜く眼鏡『真実の目』をかけることにした。

 大金が絡む商談だから、騙されないようにする為にはこの眼鏡が役に立つはず………と思ったのだけど…………


 しかし、聞くところによると、ブラックマーケットの商談は対面せずに画面越しで行うモノらしい。

 流石にこの『真実の目』でも画面越しでは嘘は見抜けない。


 今回出番があるかどうか分からないのだが、折角手に入れた発掘品を使わないでいるのは惜しい。

 この後ろ暗い商談に赴くのだからと、ちょっとした変装がてらに装着することにしたのだ。



 でも、この眼鏡、ダサいんだよなあ………

 黒縁のガリ勉眼鏡。

 もう少しお洒落なタイプだと良かったのに。


 ボノフさんからは一応好感触の意見を貰ったけど………



「うん、その眼鏡も良いんじゃないか。 やっぱり良い男は何を付けても似合うんだよ【嘘】」



 ボノフさん、優しい嘘は止めてください。



「そんなヒロにこんな婆さんが一緒で悪いけどね。アスリンも連れてきたら良かったよ」


「それは勘弁してくださいよ。絶対にこの場では色々と面倒臭いことになると思います」



 俺の本当の実力を知った時、彼女がどんな反応を見せるか分からない。

 素直に以前の態度を詫びてくるのか、それとも意地を突き通すのか。

 どちらにせよ、今の俺にとっては煩わしいだけ。

 どこかで仲直りしようとは思うけど、わざわざ今日である必要は無い。

 


 今回の俺が提示するお宝は『赭娼メデューサの遺骸』、『マテリアルスーツ(最上級)』の2点。

 特に問題無さそうな無難なモノでまずは様子を見るつもり。


 一応、打神鞭の占いで確認すると、どちらもやり方によっては高値で処分ができるらしい。

 ただ、『どうすれば良いのか』の部分については曖昧だった。


 また、トラブルの回避の仕方についても、やはり不鮮明な結果しか得られなかった。

 

 なにせ、俺自身の行動によって未来は無数に変化するのだから、打神鞭の占いであっても、その詳細まで見抜くのは難しいそうだ。



「要は俺のやり方次第ということか………」



 自分の商品の値を吊り上げて、なお且つ、粗悪な品を掴まないようにする。

 商売の基本と言えば基本だ。


 さて、俺の元の世界の経験は、この世界の商談でも役に立てることができるかね?









 ブラックマーケットの会場はやや街の中心部から外れた繁華街の一角。

 落ち着いた印象の建物で、印象的には元の世界の市民会館に近い。


 建物の入り口は広く、すでに何人もの客が出入りしている様子。

 そして、一際目を引くのがまるで門番のように玄関口の横で立ち尽くす1機の人型機種。

 

 しかも女性型。

 年の頃は20代くらいの落ち着いた印象の美女。

 だが、この場には似つかわしいとは言えない尼僧姿。

 しかもその腕に赤ん坊を抱えているような………



「あれは?」


「このブラックマーケットの守り神さ、機械種ハーリティだよ。元赭娼さね」


「元赭娼…………、ハーリティって…………」



 鬼子母神か!

 500人の子供を持つ鬼神で、子育てする為に人間の子供を捕まえて食べていた悪鬼。

 しかし、お釈迦さまが500人の子供の中で一番可愛がっていた末子を隠し、慌てふためく彼女を『子を失う親の心を知れ』と窘めた。

 反省した彼女はお釈迦さまから末子を返されると、仏法に帰依し、子供や安産の守り神になったという。

 

 確か、鬼子母神は盗難除けの加護もあったというから、その絡みか?

 でも、赤ん坊を抱えた尼僧姿はこの場には全く溶け込めていないぞ。



 じっと玄関の横で入り口を通る客を眺めているだけ。

 時折、胸に抱える赤ん坊をあやすような素振りを見せるくらいか。




「ボノフ様、お久しぶりです」


「そうだね。確かに久しぶりだね、ハーリティ」



 入り口を通る客にはあまり興味を見せなかった機械種ハーリティだが、ボノフさんが近づくと軽く会釈をして話しかけてきた。



「そちらの方はお連れ様ですか?」


「ああ、今日出品するのはこの子だよ。アタシはただの付き添いさ」



 チラリとこちらに目線を走らせて来る機械種ハーリティ。

 まるで流し目のように見えて、ちょっとばかりドキッと心臓が高鳴る。



「ヒロです。よろしく」


「はい、こちらこそ。私のことはハーリティとお呼びください」


 

 機械種ハーリティは赤ん坊のようなモノを胸に抱いたまま、こちらへと頭を下げてくる。


 

 あの赤ん坊も機械種なのだろうか?

 機械種ハーリティに付属するオプション? それても従機?



 ふと、そんな疑問が頭を過った。

 おくるみに包まれていて、その姿を見ることはできないが、ほんの少し飛び出た手足がモゾモゾと動いていることだけは分かる。



「………この子はピャンガラと言います」


「あ、はい…………可愛いお子さんで………」



 俺の目線を見て、我が子?を紹介してくれたのだろう。

 とりあえず、無難な返事をしたけど………



 チラッと機械種ハーリティの顔を覗き見れば、フワッと大輪の花が咲いたような笑顔を浮かぶ。


 艶麗、且つ、嬌容。

 目が眩むばかりの美しさの中に、母性溢れる慈愛が含まれる笑み。

 ダボッとした僧衣からも分かる女性らしいライン。

 その中に包まれた肢体は素晴らしい黄金律を描いているに違いない。



 しばし、呆然と機械種ハーリティの姿に見惚れてしまう。

 男であれば、誰だってそうなるだろう。


 機械種でありながら、極めて人間に近い容姿を持つ元赭娼。

 本当にその中身まで人間そっくりなのかは分からないが、その外見だけでも傍に置くのに万金の価値がありそうだ。

 


「ほら、ヒロ。いつまでも見とれているんじゃないよ」


「す、すみません」



 ボノフさんから呆れたような声。

 玄関の所で俺を待ってくれている様子。


 弾けるように身を翻して、ボノフさんへ駆け寄っていく。


 その後を白兎、森羅、秘彗が続く。

 

 前を通る白兎、森羅に対しては、何の反応を見せなかった機械種ハーリティだが、秘彗が通った時だけ、一瞬、機体を硬直させた。

 

 それに釣られて、秘彗が僅かながら視線を機械種ハーリティへと向ける。


 秘彗が機械種ハーリティの前を通り過ぎるだけの数秒間。

 ビリッとした緊張感が走りぬけた。


 どちらもこの街では破格の戦闘力を持つ機械種だ。

 向こうも己に近い実力を持つ機種に出会うことなど滅多にないからなのであろう。

 秘彗の反応もそれに引きづられてしまった様子。



「…………」


「マスター、大丈夫です」


「そうか」



 俺に追いついてきた秘彗が声をかけてくる。

 どうやら随分と硬い表情をしていたようだ。

 俺の方も雰囲気に飲まれて緊張してしまったのだろう。


 

 機械種ハーリティ。

 元赭娼であり、この会場を守る者。

 元の世界の逸話に従うのであれば、その能力は守りや感知に特化しているはず。



 でも、まあ、俺の好みではないかな。



 その容姿は何の文句のつけようもないが、子持ちと言うのはいただけない。

 それになんとなくだが、あのタイプはヤンデレの気質があるような気がしている。

 内に引き込めば、色々と厄介な問題を引き起こしそうな感じ。



「ヒロ、入るよ」


「はい、今行きます」


 

 ボノフさんからの呼び声に返事をして、機械種ハーリティから目線を外し、ボノフさんの方へと足を向けた。

 


 








 ピッ



 ボノフさんが玄関に備え付けられた鍵前に似たカードリーダーらしき部分へとカードをかざす。

 すると、目の前の扉が左右に開いた。



「さあ、早く入った入った」



 ボノフさんに急かされ、俺達は建物の中へと入る。


 中はこれまた市民会館のロビーのような構造。

 奥には階段とエレベーターがあり、思わず元の世界に戻ってきたのかと勘違いしそうな程現代感溢れる光景だ。


 そのまま5機あるエレベーターの1つに乗り込むと、自動で扉が閉まり、モーターらしき駆動音が鳴り始める。



「………このエレベーターは参加者のチェックも兼ねているからね。3階へ着くまで3分少々かかるんだよ」


 扉が閉まるなり、俺へと説明してくれるボノフさん。


「あ~………、まあ、当然ですね。でも3分とはちょっと長い気がします」


「赤外線センサーから、重力センサー、亜空間センサーまで使うからね、まあ、商談に入る前のちょっとした雑談時間さ。まあ、体重を図られるのはあんまり良い気はしないけどね」



 エレベーターの中は結構広い。

 通常の2倍くらいの広さはありそう。

 重量級機械種も乗れそうなくらい。



「雑談ですか………、そう言えば、さっきの機械種ハーリティとは随分と親しそうでしたが?」


「ああ、あの娘のメンテナンスはアタシがやってあげているからね。ここに来なくても半年に1回は顔を合わせる仲さ」


「なるほど、あの機種はここの会場の誰かに仕えているんですね」


「灰色蜘蛛の親分が一応のマスターだね。先々代から引き継がれているんだよ」


「灰色蜘蛛ですか」



 確か繁華街を仕切る裏社会の組織だったはず。

 元赭娼を従属させているのであれば、侮れない戦力をもっていることになるな。

 何せ、天琉、浮楽と同格の機種だ。

 俺のチームでは1対1で確実に勝てるのは白兎、ベリアル、ヨシツネ、豪魔ぐらいだろう。



「この街に常駐している機械種の中では5本の指に入るだろうね」


「5機………、と言われると残りの4機が気になりますね」


「そのうち1機はこの街の特機戦力さ。超重量級で街の地下に眠っているよ。もう1機は主無しの偏屈者。残りの2機は流石にアタシの口から教えるわけにはいかないね」



 特機戦力は街の秘密兵器のことだな。

 どうしようもなくなった時に最後の砦とする為に用意している機種。


 主無しの偏屈者って、多分機械種ガンマン、教官のことだよな。


 後の2機はボノフさんの口からは言えないと。

 ということは、誰かが隠し持っている機種なのかな。

 その辺は守秘義務があって話すことができないんだろうな。


 あ、そう言えば………



「その5機の中に、白の教会の門番は入っているんですか? レジェンドタイプの?」


「白の教会の門番? レジェンドタイプ? そんなのがいるのかい?」


「え?」


 

 ボノフさんはキョトンとした顔で聞き返してきた。

 眼鏡に【嘘】と表示されないから本当に知らないのだろう。


 この情報は藍染屋ですら知らないことなのか。

 まあ、俺が知ったのも通常では在り得ない方法だったのだから、当たり前と言えば当たり前か。

 白の教会相手にドンパチでもやらないと出てくるわけないからな。



「…………失礼。聞かなかったことに」


「まあ、いいけどね。いくらアタシでも白の教会の秘事は知らないよ」


 苦笑を浮かべるボノフさん。

 

「白の教会ならレジェンドタイプがいてもおかしくないね。辺境と言っても、この街の規模ならね。でも、あんまり教会に探りを入れない方が良いよ。この街に巣くう裏社会の連中より何倍も恐ろしい所だからね」


「すみません。肝に命じておきます」



 







 エレベーターの扉が開くと、待ち受けていたのはビシッとしたスーツに身を包んだ長身の男性。

 そして、後ろに控えるのは4機の護衛らしき人型機種。


 エレベーターから出たところで、長身の男性が一歩前に進み、慇懃な一礼で俺達を迎えてくれた。



「ボノフ様、この度のご参加、ありがとうございます」


「久しぶりだね。今回はアタシじゃなくて、この子が出品するんだよ。アタシは付き添いだけだ」



 灰色のスーツに灰色の髪をオールバックにした20代後半から30代前半くらいのビジネスマン。

 

 ………いや、ビジネスマンというには雰囲気が剣呑過ぎる。

 ヤクザかマフィアの若頭と言った方が分かりやすい。


 

 ボノフさんの言葉を受けて、その目線が俺へと移動。

 じっと何かを見定めるような目で見つめてくる。



「…………白翼協商所属のヒロ様ですね。この度は何やら良い品をご出品いただけるとか?」



 言葉遣いこそ丁寧だが、肌で感じる威圧感は暴力世界に身を置く者のそれだ。 

 目の前の人間は堅気では在り得ない。

 それなりの修羅場を潜った猛者であろう。

 笑顔でありつつ、こちらにピリつく程の覇気をぶつけてくる。 


 ゴルフクラブのヘッドカバーを被せた瀝泉槍を持っていなければ、みっともなく身震いしていただろう。

 だが、手の平から流れ込む澄み切った清流のごとき波動が俺の心魂を支えてくれる。

 人間ごときがいくら威圧しようと俺が怯むことはありえない。



「ご期待に沿えるモノかどうかは分かりませんが……………、失礼ですが、そちらは?」



 向けられた威圧感に対し、平然と返す。


 20代と10代。

 190近い長身と170cm以下の身長。

 高級品のオーダーメイドスーツと、そこらの路地裏でうろついている少年ようなラフな服装。


 傍から見るなら、覆しがたい著しい差があるように見える光景。

 しかし、外見上ここまでの差があったとしても内面の差は埋まらないのだ。

 


「…………今回のイベントを任されておりますスネイルと申します。以後お見知りおきを」


 

 丁寧な口調での自己紹介。

 しかし俺の目は、スネイルの顔に少しばかり意表を突かれたような表情が一瞬過ったのを見逃さない。

 俺が何でもないように返して来たので、戸惑いを覚えたのだろう。


 一体どういうつもりなのやら。 


 自己紹介から、灰色蜘蛛ではそれなりの位置にいる人間だろうに。

 客相手に威圧してくるなんて、俺が普通の少年ならここで逃げ帰っているぞ。

 まあ、俺のことを『白翼協商所属のヒロ』と呼んだ以上、向こうも俺が普通の少年ではないことくらい分かっているだろうけど。



「俺のこと、知っているんですよね?」


「…………はい、つい先日、一踏一破を成し遂げた白ウサギの騎士殿ですね。そして、そればかりか、長年攻略できず放置されていた紅姫の巣を踏破されたとか?」


 

 え? 白ウサギの騎士のことはともかく、なぜ紅姫の巣の踏破のことを……

 アレは秤屋内でも秘密にしてくれているはずなのに、何で知っているんだ?



「………………」



 俺は何も言えずに黙り込む。

 向こうの意図が分からないから、胡乱な目で見つめるのみ。



「貴方のような若くして才能を発揮している凄腕の狩人とは、ぜひ末永くお付き合いをさせていただきたいものですね【嘘】」


 

 俺の反応を他所に、自分の言いたいことだけを口にするスネイル。


 慇懃無礼な対応と、威圧。

 しかも『末永くお付き合いをさせていただきたい』という言葉は嘘だ。

 

 間違いなく俺と付き合いなどしたくはないのであろう。

 客相手とするならば問題があり過ぎる態度だ。


 ボノフさんの手前、邪険にもできないけど、俺のような小僧を相手にするのは不本意なのだろうか?

 若しくは、ただ単に俺のことは気に喰わないだけなのか?


 今回世話にならないといけないのだから、俺の方も変な態度は取れない。

 無難な言葉を返すだけにしておこう。



「…………今日はよろしくお願いします」


「では、出品される品の鑑定を致しますので、あちらの部屋に移動してください」



 胡散臭い奴だが、ここまで来た以上、今更参加を取りやめる選択肢は無い。

 なぜ俺のことをそこまで詳しく知っているかについては、後で打神鞭の占いで調べればいいか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る