第460話 合成



「よし! これで準備オッケーだよ。あとはこの『翠膜液』で浸した晶石を晶冠に吸収させるだけだね」


「ようやくですか。かなり時間と手間がかかるんですね」


「吸収させる方にも色々と調整がいるからね。この晶石をスキルが入っている翠石だと誤魔化さなくちゃならない。その為には受け入れるヒスイちゃんの認識機能をぼやかしてやらないと上手く吸収できないんだ」



 今回の強化対象である秘彗は病院のベッドのような角度が付けられる作業台に乗せられている。

 現在はスリープ中で、晶冠開封状態。

 後頭部の一部が開き、濃い紫色の髪の間から、銀糸で編んだ王冠のような晶冠が覗いていた。



「じゃあ、晶石合成に取り掛かるからね。覚悟はいいかい?」


「危険は無いんですよね?」


「普通は失敗しても合成できないだけなんだけどね。極々稀に、今までと全く違った機種に変化してしまうことがあるって聞いたことがあるよ」



 合体事故かよ!

 勘弁してくれ!

 貴重な女性型が外道スライムとかになったら、後悔しきれないぞ!



「ごめんごめん、大丈夫だよ。失敗なんてしないって」


 

 俺の顔色を見て、悪いと思ったのか、ボノフさんは素直に訂正して詫びてくる。



「アタシほどの腕なら、成功して当然! でも、ヒロが中央に行った時は気をつけな。藍染屋の腕もピンからキリまであるからね」


「…………気を付けますよ。でも、ボノフさん程、腕が良くて信用できる藍染屋ってなかなかいないと思いますけど」


「あははははっ、ヒロもなかなか言うねえ。藍染屋の評判は秤屋に聞きな。向こうも商売だから相性の良さそうな藍染屋を紹介してくれるよ」



 まあ、普通はそうだよな。

 俺は逆に藍染屋から秤屋を紹介してもらったから、それは無かったけど。


 でも、もし、ボノフさんの店じゃなくて、他の所だったら一体どうなってたのか?


 間違いなく今よりも良い状態ではないだろうな。

 俺の見る限り、ボノフさんの腕と信用はどちらも高いレベルだ。

 両方揃っている藍染屋は少ないから、ここに通えるようになったのは実に運が良い。



「では、始めるよ」


「はい、お願いします」



 俺や白兎、他のメンバー達が見守る中、作業台に横たわる秘彗へと晶石合成の作業が始まった。



 そして、



「ほい、投入!」



 ボノフさんが言葉を発すると同時に、秘彗の機体が一瞬、ピカッと輝き、



「………成功だね」



 数時間の長い準備とは異なり、作業自体はほんの十秒程度で完了した。











「どうだ? 秘彗」


「………はい、問題ありません。確かにストロングタイプ、機械種メイガスの晶石を受け入れることができました。機体のポテンシャルが3%程上昇しているようです」


「ほう? それはなかなか………」


「それに………もう一つ、大きな変化がありました」


 

 スタッ



 軽やかな挙動で作業台から降りる秘彗。

 ローブの裾を抑えつつ、女の子らしい仕草で床に降り立ち、ゆっくりとした動作で俺の方へと向き直る。



「マスターの目から見ていかかですか? 新しい私は?」



 ほんの少し俺の頬の筋肉がピクッとなる程、艶のある声が俺の耳に届く。



「どう見えますか? よろしければ、もっと近くで見てください。できれば、ご感想を伺いたいです。マスターが今の私を見てどう思ったかを………」



 そう言って真正面から俺を見つめる秘彗の顔には、今まで見たことも無いような艶やかな笑みが浮かんでいた。

 11,2歳の少女に見える幼い容姿には似つかわしくない、大人を感じさせる妖艶さを湛えた笑みが………



 え? こんなに秘彗って色っぽかったっけ?

 なんか急に大人になったような雰囲気が………

 それに心なしかほとんど起伏が無かったボディラインが少し丸みを帯びたような………



 思わず唾をゴクリと飲み込みかけて、ふと、気づいたことが一つ。



「あれ? ちょっと背が高くなった?」


「はい! 分かりますか? そうなんです!! 私、背が4cm程伸びました!」



 秘彗の顔からいきなり妖艶が吹き飛んだ。

 代わりに現れたのは少女らしい無邪気で可愛らしい笑顔。

 両の拳を胸の前でぎゅっと握って嬉しさを噛みしめている。



「それに、ちょっとだけ胸も大きくなったんです! これでテンルさんに洗濯板なんて言わせませんから!」


 

 ローブ越しに自分の胸をグワシッと両手で鷲掴みしながら、喜びの声をあげている。

 その姿に色っぽい所などどこにも残っていない。



 いや、天琉は洗濯板とは言ってないぞ、多分。

 それに女の子が人前でそんなポーズするな。



「テンルさ~ん! 背比べしませんか? ほら、いっつも私に言ってたでしょう? 仕方ないから、付き合ってあげますよ~!」



 今度は天琉に絡みだしたぞ、コイツ。

 しかも絡み方が子供だ。



「あい! いやだ!」


「何で嫌なんですか? ほらほら、いつもせがんでくるくせに~」


「あい! ヒスイ、意地悪! 大嫌い!」


「そんなこと言わないでくださいよ。私は、私より背が低くて、ちっちゃいテンルさんのこと、大好きですよ~!」


「あいあい! いやっ! 絶対いやっ!」


「ああ! 逃げないでください!」



 始まる天琉と秘彗の追いかけっこ。

 傍から見れば小学生同士の他愛ないじゃれ合いなのだろうが、どちらも破格の戦闘力を有する破壊兵器。

 

 これが中央の死の大天使たる機械種アークエンジェルと、人類の最大の盾であるストロングタイプ、機械種ミスティックウィッチとは思えんな。



「キィキィ!」



 雰囲気に釣られた廻斗までが一緒に騒ぎ出した。

 事務所内を走り回る2機の後ろを追いかけ始める。


 いつの間にか、狭い事務所内で3機の軽量級機械種が走り回る展開に。





「ふふふ、可愛いもんだねえ。まるで姉弟みたいだ」


 自分の事務所で大騒ぎされているのに、ボノフさんは怒るどころか、温かい目で見守ってくれている様子。



「…………すみません。すぐ取り押さえますので」


「あはははははっ、まあ、あんまり怒らないでやってくれ。それだけここに馴染んでくれているんだよ、きっと………」



 ボノフさんはそう言ってくれるものの、流石に走り回る2機をそのままにはしておけない。


 天琉はヨシツネがその首根っこをひっつかみ、秘彗は森羅が取り押さえ大人しくさせ、飛び回る廻斗は白兎がピョンッとジャンプして捕まえた。



「すみません、調子に乗っちゃいまして………」



 先ほどまでの様子とは打って変わって、しおらしく俺とボノフさんに頭を下げる秘彗。



「あい! ヒスイが意地悪なのがいけないんだもん! テンルは悪くないもんね!」


「テンル! いい加減にしなさい!」



 いつものようにヨシツネに片手でブランと吊り上げられながら、森羅に叱られている天琉。

 頬をぷくっと膨らませて、どうにも納得いっていないみたい。


 

 パタパタ

「キィキィ」


 その横では白兎が廻斗にお説教。

 こちらはシュンとなって素直に反省している様子。



「はあ…………、なんだか、大家族のお父さんになった気分」



 家族でホテルや旅館に来て、子供が急に暴れ出し、その始末に大困りする父親の気分というべきか。



「はははははっ、一家の大黒柱は大変だねえ」



 ボノフさんは面白がりながら、俺の肩をポンっと叩いた。

 









 ボノフさんと3日後のブラックマーケットの参加についての打ち合わせを軽く行った後、皆と一緒に藍染屋を出てガレージへの帰途に着いた。


 

 白昼の最中、街中を進んでいく俺達。


 未だぶー垂れている天琉を森羅が軽く窘めている。


 廻斗は秘彗と歩きながらのおしゃべり。

 どうやら廻斗は秘彗が少しだけ大きくなったことについて、『大人っぽくなった』『綺麗』『魅力的』等、歯の浮くような賛辞を送っているようだ。

 これには秘彗も満更ではない様子。

 ニコニコとほっぺが零れそうになるくらいの満面の笑みを浮かべている。


 女性の変化に対し、即座に褒め言葉が出るのは、流石は紳士と言うべきか。

  


 ヨシツネは姿を消している為、俺の目では確認できない。

 おそらくは少し離れたところから見守ってくれているのだろう。



 そして、白兎は…………


 

 ピコピコ


「………そうか。色々勉強になったか」


 パタパタ


「晶冠を触るのは無理だけど、そのうち機械種の整備もできそう………か。毘燭の『修復』と合わせたら、藍染屋に行く必要が随分と少なくなるかもな」



 機械種の整備については、この街にいる間はできる限りボノフさんに任せるつもりだ。

 だが、この街から離れた時、ボノフさん程の信用できる藍染屋を見つけられないことだってある。

 そうなれば必然的に白兎や『宝貝 五色石』に頼ることになるだろう。

 

 俺のチームには他の人間に見せられない機種も多いから、内製化できるに越したことは無い。



「今後も精進を頼むぞ、白兎」


 フルフル


 

 俺の期待を受け、白兎は嬉しそうに耳を震わせる。


 

 戦闘に、斥候に、罠発見、罠外し、宝箱開封、癒し枠、指導役、整備士………

 幾つもの分野で大活躍してくれている白兎。


 白天砲、炎、空間、そして、時間まで扱えるようになった。

 コイツは一体どこまで行くことができるのだろう………



「んん? そう言えば、時間制御を覚えたんだよな? 一体何ができるようになったんだ?」



 ふと、湧いてきた疑問を口にする。



 すると白兎は軽く耳をフルフルさせて返事。



「え? カップラーメンのゆで時間を3分から1分に短くできるようになった?」



 パタパタ



「いや、それはまあ便利だけど………」


 時間操作をインスタンとラーメンを茹でるのに使うって、なんと贅沢な。

 それができるなら他の煮込み料理も調理時間を早くできそう。



 フリフリ



「ええっ! いつも映してくれている映像の早送りと巻き戻し、一時停止ができるようになったって? 今までそれができなかったことにビックリだよ! ………ということは、CMの早送りができるようになるのか、それは有難い………」


 

 パタッ!パタッ!



「おい! CM中は早送りは禁止って、何でだ? それじゃあ意味ないだろ!」



 ピコピコ



「スポンサーの意向って…………スポンサーって誰だよ?」



 パタパタ



「『ア○プル』、『マイクロソフ○』、『グ○グル』…………嘘つけ! お前、適当過ぎるぞ!」



 なんで世界の超大企業が、俺のチームしか見ない映像のスポンサーをするんだよ!

 嘘つくならもうちょいマシな嘘をつけ!



 フルフル



「…………元の世界ならともかく、この異世界ならこの社名を使っても問題ないって………、止めてくれ、マジで」



 ヤバイ。

 ばれなきゃ良いって割り切るコイツの精神性がヤバイ。

 そのうちディズニ○キャラとかパクりそう。

 本当に異世界まで請求しにくるかもしれないから、それは止めてね、お願いだから。

 


「他にはないのか? もうちょい実用的な?」



 パタパタ



「何? 腹話術ができるようになった?」




 ピコピコ

             『声が……』


 

 パタパタ

                    『遅れて……』


 

 フリフリ

                           『聞こえてくるよ』




「い○こく堂かよ!」


 懐かしいわ!

 お前のパクリもそこまで行くと、いっそ清々しい!


 それになんで腹話術なんだよ!

 時間制御なんて全然関係の無いだろ!




「はあ…………」



 今日、もう何度目か分からないため息をついた。



 多少期待外れだが、元々謎が多く使い方が難しいスキルだ。

 使いこなすのに時間がかかっても仕方がない。


 まあ、白兎のことだから、そのうちに俺の役に立つ時間系の能力を身に着けてくれるだろう。


 何せ成長する混沌だからな。

 さらに俺の筆頭機械種、兼、宝貝だ。

 そういう意味では白兎は俺の期待を裏切ったことが無いのだから。


 斜め上に走り抜けることはあっても。



「…………気長に待つとするか」



 さて、ガレージに帰ったら、森羅と秘彗の能力確認だな。

 あとは、3日後のブラックマーケット参加の準備も始めないと。

 

 

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