第459話 最強



「あいよ、任せておきな。アタシとヒロの2名参加を連絡しておくよ」


 

 ブラックマーケットへ参加したい旨を伝えるとボノフさんは快く引き受けてくれた。



「で、持っていくモノはこの赭娼メデューサの遺骸でいいんだね?」


「えーっと、ちょっと待ってください…………」



 頭の中で、現在死蔵している戦利品をリストアップ。


 まず、緋王バルドルとロキは除外。

 どちらも貴重過ぎてボノフさんに見せることさえ危険を伴う。

 


 それ以外のモノとなると下の5つ。


 臙公であった超々大型巨人の晶石、『臙石』。


 そして、ソイツを倒して出てきたお宝3つ、


 『マテリアルスーツ(最上級)』

 『マテリアル錬精器(果樹園)』

 『白鐘(最上級)』


 また、野賊の本拠地で仕留めた魔術師系のストロングタイプの『晶石』。

 

 取り立てて価値のありそうなモノはこのくらいか。

 

 あと、行き止まりの街のダンジョン最奥で手に入れた機械種オルトロスらしき残骸があるけれど、上に挙げたモノに比べれば希少性は2段程下がる。

 わざわざ候補に挙げるまでもないから、これは置いておこう。


 

 さて、この5つのうち、どれをブラックマーケットに持っていくか?

 


 まず、『白鐘(最上級)』は絶対に表に出せない。

 これは緋王の緋石よりも危険なモノだ。出したら間違いなく大騒ぎになる。

 これ一つでこのバルトーラ規模の街を悠々とカバーできる程だ。

 何百億円になるのか分からないが、まともに取引ができるとは思えない。



 あと、フルーツ系ブロックを作ることができる『マテリアル錬精器(果樹園・最上級)』。

 マテリアル精錬器はどこで何の役に立つのか分からないから、できたら手元に置いておきたい。

 特に食料を作れるマテリアル精錬器は何処に行っても必要不可欠。

 同行者ができた時とかには便利だし、置いておいても腐るモノでは無いからな。


 

 となると、残りは3つ。



「えっと………、まず、この『マテリアルスーツ(最上級)』を………」


 

 空間拡張機能付きバッグからウェットスーツに似た紺一色の服を取り出す。



「げっ! マテリアルスーツかい? それも最上級! ほとんど自殺にしか使えないじゃないか!」


 俺が取り出したマテリアルスーツ(最上級)を見て、ボノフさんが目を剥く。


「せめて中級くらいまでなら、利用価値もあるのにねえ………勿体ない」


「言わないでくださいよ。俺もショックを受けたんですから」



 常人が着たなら3秒以内で死ぬだろう。

 それなりに鍛えた人間でも20秒も持つまい。

 中央にいる超一流でも1分耐えられるかどうか………



「赤の最前線にいる超人の中には再生剤を飲みながらマテリアルスーツ(上級)を着て戦う狩人がいるって聞いたことがあるけどねえ………」


「確か、ブーステッドを飲んだ強化人間はマテリアルスーツとの相性が悪いんでしたね。彼等なら十分以上に扱えたでしょうに」



 人間以上の再生力を持つ強化人間であれば、マテリアルスーツの負荷にも耐えられるだろうが、そう上手く問屋は卸してくれない。

 強化人間がマテリアルスーツを着ても、ほとんど効果が無いらしいのだ。

 これにはブーステッドによる強化と、マテリアルスーツの強化が同種のモノであるという説がある。



「その………ブラックマーケットで売れませんかね?」


「世の中の変わり者に期待するしかないねえ」



 まあ、仕方がない。

 幾らかで処分できれば儲けものと思うか。





「次はこちらになります。ストロングタイプ魔術師系の晶石です」


「え? ストロングタイプの魔術師系! それは凄い! 機体の方は?」


「ははははっ! 粉微塵にぶっ壊しちゃいました」



 俺の『秘拳 昇り龍』で空中爆破させたんだよな。 


 未来視では何度も俺の大事な仲間達を殺してくれたからね。

 五体満足で確保するのはちょっと難しかったかな。



「はあ…………、それはしょうがないねえ。攻性マテリアル機器を扱う魔術師系を、機体を壊さずに倒すなんてそれこそ無茶だ。向こうは腕がもげようが足が取れようが、構わずぶっ放してくるからねえ」


「そうですね。俺も空間攻撃を躱しながら、首を一閃というわけにはいきませんでしたから」


 地に潜っての奇襲攻撃で仕留めるしかなかったのだ。

 ほんの僅かに何かが狂えば、俺が死んでいたかもしれない戦闘だった。



「…………本当にヒロはトンデモナイね。これを相手にどうやって勝ったのか想像もつかないよ」



 ボノフさんは若干疲れた様子で感想を述べる。



「まあ、それなりに苦戦しましたよ。幾つかの切り札を切りましたし」


「ヒロの話を聞いていると、どんどんアタシの寿命が減っていく気がするよ。とにかく早く中央に行ってもらわないと、寿命が尽きてしまいそうになるね」


「すみません。実は、あともう1個ありまして…………」


「まだあるのかい? こんな婆さんを脅かすのはこれくらいにしてほしいねえ……」



 最後に出すのは、超々大型巨人の臙石。

 これは元々ボノフさんに見てもらうつもりだったから、ヨシツネの亜空間倉庫の中だ。



「ヨシツネ、例のモノを」


「ハッ! こちらに………」



 その場に現れる一抱え程の大きさの封灰布製の大袋。

 

 そして、その中身を取り出せば、現れるのは臙脂色に輝く臙石。


 これ程の大きさの晶石は、未来視を含めても見たことが無い。

 何せ酒樽くらいはありそうだからな。


 黒みを帯びた深く艶やかな紅色、所謂臙脂色だ。

 見ているだけで吸い込まれそうになるくらいの美しさ。

 そして、内側から突き破らんばかりのエネルギーの波動。

 これこそ、紅姫の紅石に匹敵する臙石。

 



「こ、これは………」


「多分、ジャイアントタイプだと思うですが………臙公の臙石です」


「…………………」


「全長40mくらいありました。倒すのにはめっちゃ苦労しましたよ」


「…………………」


「?? えっと、ボノフさん?」


「……………………」


「あ、ヤバそう………、ボノフさん、しっかりしてください!」


「………………………」


「駄目だ! えっと………白兎!」


 ピョンッ! ピョンッ!



 俺と白兎で慌ててボノフさんを介抱する。

 あまりのショックで呆然としたままのボノフさんを揺り動かし、背中を擦って正気に戻す。



「大丈夫ですか?」


「……………まあね」


「水、飲みます?」


「………いだだくよ」

 


 胸ポケットから取り出したミネラルウオーターのペットボトルをキャップを開けてから渡すと、ボノフさんはそれを一気に一飲み。



「プファ! ………はあ。本当に死ぬかと思ったよ…………、これ? 随分と変わった入れ物だねえ」


「すみません! そんなに驚くとは思わなくて………」



 ピコピコ


 俺と白兎が一緒になって頭を下げる。

 

 そんな俺達を見て、ボノフさんは苦笑。



「…………アタシもまだまだだったよ。本当にヒロが世界最強だったとは」


「ああ、そんな話、ありましたね」



 ちょうど2日前、アスリンを前にそう語ったんだったな。

 打神鞭の占いでは『アンタが最強』って出たんだから間違いじゃない。

 それに最強を謳われる守護者テュポーンだって、俺から逃げ出したぐらいだ。


 ただ、スペック的には最強であっても、決して無敵と言う訳じゃない。

 空間攻撃では傷つくだろうし、それ以外の攻撃でも効かないと言う保証はない。

 だから俺は戦力を集めているのだ。

 名実ともに最強となる為に。



「この臙石を見て、俺が言ったことが本当だと信じてくれたのですか?」


「………少なくとも、そう名乗っても違和感はないだろうねえ。こんな巨大な機械種を、それも臙公の超重量級を倒せるならね。どう見たって、コイツを倒すには猟兵団が幾つも必要だろうに。それを個人戦力で倒せるんだから、【世界最強の狩人】を十分に名乗れるんじゃないかねえ」


「まあ、それは確かに」



 当たり前だが、デカい機械種は強いのだ。

 それもデカければデカいほど。


 搭載するマテリアル機器も大きくなるし、出力や耐久力も段違い。

 故に全て超々大型機械種となる守護者は最強と言われているのだ。



「アスリンも惜しい事をしたねえ。取り逃がした魚は大きすぎるよ………はあ………」



 ボノフさんはそう言って大きくため息をついた後、何か思いついたように人の悪そうな笑みをニヤッと浮かべた。



「ねえ、ヒロ。アスリンに夜這いをかけないかい? 部屋の合鍵を渡すから」


「ええ! 何をいきなり言い出すんですか?」


「アスリンは強さを求めていてね。でも、最近はそれに行き詰っているだよ。だから、アスリン自身が強くならなくても、もっと強い人がずっと傍にいてくれたらいいんじゃないかと思ってね。ヒロがアスリンの男になってくれるならアタシも安心だ」



 ニヤニヤしながら明らかに俺を揶揄うようなセリフ。

 これはきっと、さっきのビックリさせたことに対する仕返しなのであろう。

 なんと趣味の悪い冗談なのか。



「…………遠慮しときます。夜這いなんて俺の趣味じゃないです」


「あはははははっ! そうだろうね。ヒロならそう言うと思ったよ。あははははっ!」



 しばらくボノフさんの大笑いが事務所内に鳴り響いた。








  


「さて、ヒロが出してくれたこの晶石、まずはこっちだけど………」



 落ち着いたボノフさんが、ストロングタイプ魔術師系の晶石を指さしながら語ってくれたのは、新たなる晶石の使い道。



「ブラックマーケットで欲しいモノと交換するという手もあるけど、もっと別な使い方もあるんだよ。『晶石合成』と言うね」


「『晶石合成』?」



 今までに聞いたことが無い言葉。

 文字通り晶石を合体させるのであろうか?

 それに一体何の意味があるのだろう?


 ボノフさんは俺の訝しげな顔を嬉しそうに眺めながらその答えを口にする。



「従属させている機械種を強化できるんだよ。晶石を吸収させることで」


「つまり、魔術師系の晶石を使えば、ヨシツネ達を強くできるということですか?」



 だとすれば、死蔵している緋石にも使い道が出てくることになるが………



「残念ながら、どんな晶石でもと言う訳じゃあないんだよ。幾つかの条件があってね………」



 ボノフさんの説明によれば、機械種の強化に使える晶石は、同タイプ同系統、且つ、同格以上のモノに限られるらしい。

 そして、その強化の増加率は格上であればあるほど、そして、系統が近ければ近いほど上昇するそうだ。



「まあ、強化と言っても、条件が良くてせいぜい数パーセントってところで、当然限界もあるけどね。でも、それ以上に有用なのが、この『晶石合成』を続けていけば、その機械種が『ランクアップ』する可能性があるということだよ」


「『ランクアップ』!」


 

 それは機械種が経験を積んで、より上位の機種へと生まれ変わる現象。

 確かユティアさんの話では一度もブルーオーダーされたことがない素種しかできないと聞いていたけど。



「素種じゃなくてもできるんですか?」


「ああ、そうさ。素種以外の機種がランクアップできる唯一の方法と言えるだろうね…………まあ、他にも無い訳じゃないけど、現実的な手段で言うと、これぐらいだね。ただし、ランクアップさせるのはかなり大変らしいよ。相当数の晶石を合成させないと届かないと言うね」


「ふむむっ!」



 それは凄い!

 新しい機種を従属させるのではなく、今いるメンバーを強化、そしてランクアップできる。

 険しい道とは言えど、夢のような方法ではなかろうか。


 今のメンバーには愛着がある。

 たとえ大金を積まれても、手放せないほどに。

 

 いずれ俺のチームにはレジェンドタイプや元紅姫、緋王や朱妃さえも仲間になるかもしれない。

 たとえそうなったとしても、今のメンバーをランクアップさせていけば、決して役立たずになることなく活躍してもらうことができる。

 その為になら、レッドオーダーを狩りまくって晶石を根こそぎしていくのも辞さないぞ!



「…………ボノフさん、晶石合成できるのは、同タイプ同系統、同格以上なんですよね?」


「下位だと全く効果が無いのさ。そして、それがネックでもあるんだけどね」


「ネック?」



 何がネックだと言うのだろう?

 俺にとってこれ以上ない強化手段なのだが。



「ヒロ、消費するのは同格以上の晶石なんだよ。それで強化するのはせいぜい数パーセント。果たして割に合う方法だと思うかい?」


「あ………」



 同タイプ同系統、同格以上の機械種を見つけたのなら、ブルーオーダーして従属させるのが最上。

 機体を大破させてしまい、晶石だけになってしまっても売り払えば、それなりのマテリアルになる。

 しかし、晶石を材料として合成してしまえば、マテリアルに換えることもできなくなり、手元に残るのは僅か数パーセント能力を向上させた機械種のみ。


 その機械種の価値を100とするなら、晶石合成で一桁程度。

 売り払えば少なくとも20~40のマテリアルが回収できる。

 つまり、本来20~40得られるモノが、たった一桁しか価値を手に入れられないということ。

 さらに上手く捕獲して従属させることが出来れば丸々100が自分のモノになるのに。


 こう考えると非効率極まりないな、この方法は。

 だけど、ランクアップさせる唯一の方法と言われると、頑張るしかないのだが………



「でもね、ヒロ。機械種を戦闘に出せば、大破することだってあるんだよ」


「う…………」



 なるほど、ランクアップさせる為に頑張って晶石を合成させていっても、その機械種が破壊されてしまえば全てを失う。

 ランクアップするまでにどれだけ同格以上の晶石を注ぎ込まねばならないのか分からないが、もし、10体分の晶石を使った機械種を失えば、その損害は最低でも3倍以上。

 よほど大事に使用している機種にしか適用できない。

 さらに言えば、戦力的に100を苦労して200にするより、100を2体揃えた方が良いに決まっている。

 その方が明らかに手間がかからないし、頭数が増えればその分取れる戦術の幅も広くなる。


 即ち、この方法は頭数が限られたチームが1機1機を強化することにしか使えない………


「…………ひょっとして、これって、従属限界に達した中央の超一流のチームが利用する方法ですか?」


「ビンゴ! よく分かったね。最高級の機械種を揃え、マテリアルにも困っていない超一流。そして、従属限界に達してこれ以上機械種を増やせないチームが取る方法さ。せめて少しでも1機1機の戦闘力を高める為にね」



 ボノフさんは指をパチンと鳴らして、機嫌良さげに説明を続けてくれる。



「ちなみにこれは藍染の中でも秘匿情報だよ。知らない藍染の方が多いくらいさ。何せ中央でしかほとんど行われない技術だからね」


「………そうでしょうね。俺も聞いたことがありません」



 幾多の未来視を合わせても未知の情報。


 まあ、俺の未来視の中で、情報ソースと言えるのは『魔弾の射手ルート』と『レストラン経営から街の英雄ルート』くらい。


 だが、『魔弾の射手ルート』では、ずっと猟兵生活だったし、アテリナ師匠達がいなくなってからはほとんど引き籠り。

 しかも後半になればなるほど記憶も曖昧だから精度が著しく低い。


 『レストラン経営から街の英雄ルート』では、前半は小さな街での慎ましやかな日常、後半はこの辺境でも中央でもない、東部領域という文化の違うエリアでの生活。

 機械種や藍染屋のレベルも低く、下手をしたらこのバルトーラの街の方が充実しているくらい。


 やはりまだまだ知識が足りない。

 この世界は特に情報が出回りにくいとはいえ、もっと情報を集めないと先が思いやられるな。

 


「あと、この方法は秤屋には良い顔されないから気を付けなよ。なぜだか分かるね?」


「はい、単純に秤屋に提出される晶石が減るからですよね」


「正解。だから、秤屋が遠慮するくらいの、中央でブイブイ言わせている超一流しか使わない方法なのさ」


「本当に中央でしか行われない方法なんですね。確かに色々とモノが足りない辺境では行いにくいのかもしれませんが………」



 辺境では、わざわざ非効率な真似をして強化したい機種は手に入らない。

 だからそもそもそんなやり方なんて誰もしないのだろう。



「中央でも激戦地では、高位機種を倒しても晶石を確保するのがやっと、っていう場合が多いからね。それに『同タイプ同系統』の機種なんてそう簡単に見つからない。だから狩人同士でお互いに持っている晶石を交換することだってあるんだよ」



 狩人同士が晶石を交換するって、まるでカードゲームのレアカードを交換するみたいだな。

 これだけたくさんの機械種の種類がある中、同タイプ同系統の機種が2つ以上揃えるってなかなかに難易度が高い。


 俺の場合、ストロングタイプの騎士系が2機揃っているけどね。

 まあ、どちらかを吸収させて強化するという選択肢は無いが。


 剣風剣雷はすでに俺のチームメンバーだ。

 機種は被ってはいるが、騎士系は元々同系統で連携が得意な機種。

 2機揃ってこそ抜群の連携攻撃を見せてくれるのだから。

 


 だから、今回、ストロングタイプ魔術師系の晶石を使って『晶石合成』するのは、同じストロングタイプの魔術師系でもある………



「つまり、コレを秘彗に使って強化する………」



 そう呟きながら、事務所の奥に佇む秘彗に視線を向ける。


 秘彗はいきなり名を呼ばれて、キョトンとした顔。

 


 俺のチームの唯一の女性型。

 俺の好みとしては幼過ぎるが、美しい容姿と可憐な仕草で、過酷な狩人生活に華を添えてくれている。

 さらには後衛という安全なポジションであり、破壊される可能性も低い………いや、絶対にさせない!

 今回、学者の白衣で防御力を強化したが、機会があるならもっとパワーアップさせても構わない。



「真っ先に考えたのはそれだね。随分、この子を可愛がっているみたいじゃないか。ストロングタイプの魔術師系ならいくら強化させても困ることは無い。裏方で亜空間倉庫を使って獲物を運んでくれるだけでも大助かりだからね。いきなりランクアップはしないだろうけど、それでも数パーセントは間違いなく強化されるよ」

 


 このストロングタイプ魔術師系の晶石を秘彗に与えて強化する。

 この晶石の価値は200~400万M程度。日本円にして2~4億円。

 だが、そのくらいなら秘彗の強化に使うのは全然アリだ。


 たとえ数パーセントでも、秘彗は末永く俺のチームで活躍してくれる予定なのだ。

 その数パーセントが長期間に渡れば、いずれ何倍もの成果を上げてくれるのだから。

 ランクアップはせずとも、十分に元は取れる…………



「あれ? そう言えばストロングタイプはジョブシリーズで一番高い位ですが、ランクアップした場合ってどうなるのでしょう? まさかレジェンドタイプになるわけではありませんよね」


「ははははっ。まあ、それはないよ。レジェンドタイプとジョブシリーズは全くの別モノさ。でも、そうだねえ………、うーん、どうしようか………」



 先ほどまで軽快な口調で俺へ色々教えていてくれたボノフさんが、いきなり情報を出し渋るような素振りを見せる。


 

「…………それも秘匿事項ですか?」


「うーん…………、そうなんだよねえ。あんまり広めることは好ましくないことさ。今日の所はできたら勘弁してほしい。幾つかの条件をヒロが揃えることができたら教えてあげることにしよう」


「…………分かりました。流石に貰い過ぎですからね。今日は晶石合成を教えて頂いただけ満足です」



 この世界では情報の秘匿が厳しい。

 有用な情報や知恵は滅多に出回ることなく、ごく限られた範囲だけでやり取りされるモノだ。

 たとえ藍染屋と客の関係であっても、今日のようにポンポン貴重な情報を教えてもらえる方がおかしいのだから。 



「ヒロは物わかりが良い。本当に若い狩人には珍しい落ち着き具合だね。その物わかりの良さに免じて、ちょっとだけ先に教えてあげよう」


 

 どうやら俺の潔い態度がボノフさんに気に入られたようだ。

 ほんのり笑顔を浮かべて、その続きを少しだけ話してくれる。



「いいかい? 機械種の中でもジョブシリーズは特別だ。他の機械種と違い、人間がレッドオーダーに対抗する為に生まれたような存在と言われている。その中でもストロングタイプは特にそうだ」


「それは分かります。だから『人類最強の盾』と言われていますものね」


「そうだね。そして、ジョブシリーズには、少々特別な機能があるのさ。ある条件の元、特定の処理をすることで特殊な能力を身に着ける………」


「特殊な能力?」


「そう………、ヒントは『ジョブシリーズはなぜ【ジョブ】シリーズと呼ばれているのか?』………だよ。鍵は『司書スキル』に『未発見の白式晶脳器』さ。この2つを見つけてきたら教えてあげよう」


「え…………」



 それ、どっちも持っているんですけど?

 

 『司書スキル』はチームトルネラのボスから貰った。

 そして、白式晶脳器は以前、エンジュやユティアさんと一緒に白の遺跡の中で発見している。

 それにユティアさんから貰った白の遺跡の所在図があれば、探そうと思えば他にも見つけることができる。

 


 うーん………

 この場で、もう見つけていますというのもなんだな………

 ボノフさんも今日の所は勘弁って言っているし。

 ここは空気を読んで頃合いを見てから報告するべきか。


 話の続きは気になるが、ここは後日にしておこう。

 今はどちらかと言うと『晶石合成』の方が気になる。



「分かりました。探してみます」


「うん、ヒロはやっぱり素直だね。変に喰いついてこないし。強い奴は自分が強くなることに貪欲で、大抵ガツガツしているものだけど、本当にヒロはいつも自然体だね」



 素直に引き下がった俺の態度は、ボノフさんにとっては随分と好感触出会った様子。

 ニコニコと機嫌が良さそうに微笑んでいる。


 


 …………あそこで引き下がらなかったら、少々機嫌を損ねていたかもしれないな。

 だいたい、腕の立つ藍染屋って、割と偏屈な人が多いから、俺も気を付けた方が良い。


 この世界は現代日本のような『お客様は神様です』なんて概念は無い。

 気に入らない客なら店主が追い出すこともあるし、『消費者センター』も、クレームを投稿する掲示板も無い。


 街に店を構えるオーナーがまずそれなりの権力者であることが多いのだ。

 少なくとも街で長く店を続けているなら相応の影響力を持つのが普通だ。


 ボノフさんだって、今の所、俺の前では人の好いおばさんなのだが、普段が荒くれ連中とやり合うことだってあるだろう。

 当然、気に入らない客を追い出すことだってしているはず。

 俺の場合は最初に『ブルソー村長の紹介状』があったから、ある程度好意的な位置からスタートできたけど、アレがなかったらここまで仲良くできていたかどうか………


 折角つないだ縁だ。

 ここまで来て嫌われたら大変。

 年長者には敬意を以って対応し、あまり甘え過ぎないよう気を付けるとしよう。

 

 

 








「じゃあ、話を戻して、ヒスイちゃんの強化をどうするね?」


「はい。それはお願いしたいと思います」


「あいよ、毎度アリ。御代金は20万Mだよ」


「…………結構しますね」


「晶石を合成させる為の触媒が高いんだよ。『翠膜液』と言ってね。一瓶で高位蒼石並みの価格だ。この液体を晶石に浸してから、強化させる機種の晶冠に吸い込ませるのさ」



 ボノフさんが棚から取り出したのはラムネ瓶みたいな入れ物。

 中に入っているのは透き通った緑色に輝く謎の液体。


 これがボノフさんの言う『翠膜液』か。



「中央を出た時に持ってきた3つしかないんだよ。多分、仕入れるのも難しいね。中央ならそれなりに手に入るのかもしれないけど、決して安くは無いよ。だからこの『晶石合成』をするのは大抵ベテランタイプ以上の機種さ。それ以下だと新しく機種を買った方が安いからね」



 下位機械をバンバン晶石合成で強化して、ランクアップさせるというのは無理だな。

 晶石はともかく、合成費用がこの価格なら絶対に割に合わない。


 一瞬、白兎へ機械種ラビットの晶石をたくさん使って強化できないかと考えたけど。


 でも、白兎は見かけは機械種ラビットだが、中身は全くの別モノ。

 この世の理不尽と摩訶不思議が詰まった混沌獣だ。

 そもそも白兎は宝貝でもあるのだから、その存在は唯一無二。

 あえて言うなら、白兎が生み出した白千世や白志癒が近いのかもしれないが、同族食いなんて絶対にしないだろう。


 まあ、アイツなら放っておいても勝手に強くなっていくから必要ないか。


 

 さて、これでストロングタイプ魔術師系の晶石の使い道は決定した。


 次に考えなければならないのは、この事務所に異彩の存在感を放つ臙脂色の物体……臙石の使い道。



「うーん………、このストロングタイプ魔術師系の晶石は秘彗に使うとして、この臙石はどうしましょうか?」



 マテリアルに変換すれば、数十億を超えるだろう。

 だが、先ほどのボノフさんの反応を見るに、これを秤屋へ提出した時の破壊力は想像以上なのかもしれない。

 場合によっては、以前の白月さんルートを辿るかもしれないとなると、安易な気持ちで表には出せない。

 ブラックマーケットでも、持て余す可能性だってありそうだ。



 俺の質問にボノフさんは腕組みをしながら、ちょっと考え込んだ後、案を幾つか提示してくれる。



「『晶石合成』に使うなら、いずれヒロが強化したいと思えるほどのジャイアントタイプを従属させた時まで保管しておくが一つ。ブラックマーケットで売りに出してみるが一つ。でも、流石に大物過ぎるから、大騒ぎになるかもしれないねえ………」


「やっぱりそうですか………」


「さっきも言ったけど、ここまで大きい晶石は初めて見たからね。でも、このクラスなら…………」



 ボノフさんはじっと臙石に集中。

 中腰になりながら、鑑定をするかのように晶石のあちこちに視線を飛ばしている。


 やがて、よっこらせと背筋を伸ばして、俺の方へと振り向いた。



「コイツを材料に『黄式晶脳器』を作り上げる………という案もあるね」


「黄式………晶脳器? それってパソコンみたいな………」


「ぱそこん?」


「いえ………晶石を使った自動演算機でしたっけ?」



 元の世界の語源は通じるのに、パソコンが通じないんだよな。

 一体どこに違いがあるのだろうね。



「まあね。ただの晶脳器はそれであってるよ。人間の命令通りに機械を動かす演算機さ。人間の何千倍ものスペックを持ちながら、自我を持たない操り人形。晶石から機械種の魂を引っこ抜いた残骸と言う人もいるね。だけど、黄式は違う。機械種のように自我を持っているのさ。コイツを積み込んだ車や戦車は人間や『運転』スキルを持った機械種が乗らなくても、自動で動くんだ。さらには自分で考え、所有者の求めることを類推して行動する。正しく機械種だね。それでいて、赤の威令にも汚染されないときている」


「………要塞級の戦車とかに積んでいるモノですよね、それって」



 要塞級戦車は地上を走る戦艦だ。

 何十と言う砲台や防御機能を最大限に稼働させようとすれば、本来であれば50人以上の人間の手を必要とする。

 だが、備わった統括思考機能により、大まかな人間の命令1つでフレキシブルに全機能を自動でフル活動してくれるのだ。

 これによりほとんど人手を取られることなく、要塞級戦車は行動できる仕組みになっている。

 


「そうだね。他にも、大型施設の管理制御をやっていたり、何台もの車両が集まったキャラバンの運行管理をしたり、戦艦や船団の制御だってやってのける。大抵の猟兵団なら1機くらいは持っているだろうね」



 魔弾の射手の司令部である超大型バスに備わっていたな。

 アデットやアテリナ師匠とコーヒーを飲んだあの乗り物だ。

 何十人が長期間あそこで生活できる程施設が整っているが、その運用はほぼ自動で行われていた。

 


「さっき言った『黄式晶脳器』は赭娼や紅姫、橙伯や臙公の晶石を使って作り上げるんだよ。それでヒロの巨大戦車に乗せると言うのを考えたんだけどね」


「そうすれば、わざわざ森羅や浮楽を運転席や砲手席に乗せる必要が無い?」


「いや、全く必要が無い訳じゃないよ。砲手は居た方が命中率は上がるからね。でも、いなくても走らせたり、砲撃させたりすることはできるね」



 うーん…………

 確かにメンバーが多いわけじゃないから、人手がかからなくなるのは助かるけど。

 でも、ただ戦車1両の為に、何十億もの臙石を使うのもなあ………

 それが無くては戦えないというわけでもないし。

 現状、そこまで戦車に使い道があるわけでもない。



「まあ、色々言ったけど、今決めなくてもいいからね。よーく考えてから決めなよ。ブラックマーケットだって、来月以降も開催しているんだから」



 悩む俺に保留を進めてくるボノフさん。

 そう言われると、保留を選んでしまいそうになるなあ。

 でも、今回はそれが正しいような気がするし、時が進めば何か思いつくかもしれない………



 よし、決めた!



「そうですね、この臙石の処遇については保留にします。とりあえず決めたのは、赭娼メデューサとマテリアルスーツはブラックマーケットへ、ストロングタイプ魔術師系の晶石は秘彗に使います」



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