第458話 海賊



 ボノフさんのお店で預けていた森羅と秘彗を引き取り、長年死蔵していた赭娼メデューサの処分について相談。

 するとベテランの藍染屋の口から出てきたのはブラックマーケットと言う物騒な言葉。


 しかし、ボノフさんの表情はいつも通り。

 特に物騒なセリフを言った自覚は無い様子。

 


 どういうつもりなのだろう。

 ブラックマーケットって、確か秤屋を通さない非公式な取引の場であるはず。

 それを勧めてくるなんて、俺の思っていたモノとは違うのだろうか。



「ブラックマーケットって、真っ当な狩人が寄り付いては駄目って、ガミンさんが言っていましたが?」


「ガミンの立場ならそう言うしかないだろうね。なにせ………、おっと……、まあ、新人の教育係みたいなモノだし」



 ボノフさんはちょっと慌てたように言い直した。

 多分、支店長って言いかけたんだろうな。

 俺は知っているけど。



 ボノフさんが言うには、狩人を含めた街の住人たちが、あまり表沙汰にしたくない取引をする為の場所だそうだ。


 晶石や発掘品が絡むと秤屋は必ずそのやり取りを記録に残す。

 そして、秤屋はその業務上、白の教会との関係が密接で、場合によっては取引情報を教会へ提供することだってあるらしい。



「まあ、誰も痛くない腹は探られたくないんだよ。痛い腹もね」


「白の教会としては絶対に知りたい情報でしょうね」



 どの狩人がどれだけレッドオーダーを狩ったのか?

 白の教会が求める打ち手を探すには喉から手が出るほど欲しい情報のはず。


 もちろん秤屋の取引数は膨大だし、教会としてもその全てを完全に把握しているのではないだろうが、目立つ成果を上げ続ければいずれ目を付けられる。


 それに協会が血眼になって探している『聖遺物』の取引履歴。

 きちんとレッドオーダーを狩るのに使用していれば問題無いだろうが、投機目的だったり、ただのコレクション集めだったりしたら、鐘守が回収にくるかもしれない。

 

 そんな表に出せない商品のやり取りをするのがブラックマーケット、所謂闇市場ということか。 



「秤屋じゃあ、既定の額でしか交換できない赭石とかも、欲しい人がいるならもっと高値をつけてくれるのかもしれないよ。それにヒロが欲しいと思っているモノが手に入るかもね」


「ふーむ…………」



 より高値で処分できるに越したことは無いけれど………

 さらにはなかなか市場には出回らない品と出会える可能性も………



「何か危険なことは無いですか? 騙されるとか、秤屋から睨まれるとか、弱みを握られるとか………」


 

 そのブラックマーケットは信用できる取引場なのだろうか?

 引っ掛けられてタダ同然で持ち込んで商品を取られてしまったり、逆に不良品を掴まされたり………

 そんなことになったら、俺の中の内なる咆哮が大暴れしてしまうぞ!


 それに秤屋との関係も気になるところ。

 一応、ガミンさんともミエリさんとも上手くやれている。

 白翼協商の秤屋にとって、俺は品行方正な優等生だ。

 そこにブラックマーケットを利用したと言う汚点が付けば、俺の評価もガタ落ちしてしまわないだろうか?

 さらにそれを弱みとして付け込まれて、脅迫されるとか………


 

 だが、ボノフさんは俺の懸念を豪快に笑い飛ばした。



「あははははは! 本当にヒロは慎重だねえ! 大丈夫だよ、アタシが一緒に付いていってあげるからね。それにブラックマーケットって言っても街の法律で禁止されている訳でもないよ。グレーと言えばグレーなんだけどね」



 グレーなんだったら、ブラックマーケットじゃなくて、グレーマーケットなのでは?

 まあ、表現を変えたところで同じことなのだけど。



「一流の狩人程、裏も表も利用しているものさ。清濁併せ飲まなきゃやってられないんだよ」


「それは………分かりますが………」



 悩むなあ…………

 ここまでボノフさんが進めてくれている。

 しかし、ガミンさんには近寄るなって言われた。

 さて、どっちを信じれば良いのか?



 思わず、周りを見渡せば、俺のメンバー達は特に意見は無い様子。

 俺の足元の白兎も、いつも通り耳をフリフリしているだけ。



 これはチームリーダーである俺が決めないといけないことか。

 だけど、現状維持と保留を信条とする俺にとって、何かを決めるって苦手なんだよなあ………



 困った。

 困った時は…………



「…………ボノフさん、ちょっと考えさせてもらっても良いですか?」


「いいよいいよ、どうせブラックマーケットの開催日は月一開催、今月のは3日後だからね。参加者の報告もあるから、明日までに決めてくれたら大丈夫さ」


「いえ、本当にちょっとだけなんで、すぐにご返事します…………、メンバーと打ち合わせさせてください」


「ああ、分かったよ。じゃあ、アタシは席を外しておこう。決まったら声をかけておくれ」



 そう言って席を立つボノフさん。

 

 部屋に残ったは我が悠久の刃の面々のみ。



「主様、拙者達と打ち合わせですか? しかし、ブラックマーケットのことについては拙者達も………」


「いや、打神鞭の占いを使う」



 ヨシツネの問いに答えながら、七宝袋から銀色に輝く60cm程の鉄鞭を取り出す。


 これこそ俺が白兎の次に頼りにする宝貝。

 絶対に口に出しては言わないが。



 ザッ



 打神鞭を出した瞬間、森羅と秘彗が一歩下がった。


 逆に天琉と廻斗は目をキラキラさせて身を乗り出している。


 白兎とヨシツネは変わらず。


 

「さて、今回の犠牲者は………」



 打神鞭片手に俺が呟くと、



「マ、マスター………、ぎ、犠牲者が出るのは確定なのですか?」


 

 森羅が少しばかり声を震わせて問うてくる。



「ふええぇ………」



 秘彗が怯えたような声をあげた。



「そんな態度を取っていると余計に目を付けられるぞ。堂々としておけ」


「は、はい」

「ぜ、善処します」



 身を固くして立ち尽くす森羅と秘彗を横目に打神鞭の占いを行使。

 内容は『ブラックマーケットに参加しても俺に不利益は無いか? 俺の欲しいモノが手に入るのか?』。










「キィ!」


 樽に見立てた金属の缶にすっぽりと入った廻斗。

 ひょっこり頭だけが出ている状態。


「キィキィ!!」


 まるで捕縛された捕虜みたいな扱い。

 しかし、廻斗は全く気にせず、目を輝かせ満面の笑みらしきモノを浮かべている。


 俺を除くメンバー達はそんな廻斗をぐるりと囲み、手に持った10cm程の小さな剣を模した玩具を手に困惑したような顔………、いや、白兎は平然と、天琉はニコニコしているけど。


 この状況は打神鞭の指示によるもの。


 一目見てわかるこの有様は昔懐かしい『黒ひげ危機一髪』の再現。


 樽の中に入った海賊黒ひげ人形に対し、周りの人間が一本ずつ短剣を突きさしていく。

 当たりを突き刺せば、黒ひげ人形がピョンっと飛びだすという子供用のおもちゃだ。


 今回の生贄に選ばれたのは廻斗。


 

「マスター、これはあまりにも………」


 異様とも言える状況に森羅が苦言を口にする。


「カイトさん、可愛そうです………」


 秘彗も廻斗に同情しているようだ。

 『黒ひげ危機一髪』を知らない森羅や秘彗からしたら、とんでもない暴挙に見えるのだろう。


 ただ、なぜか現代知識を持つ廻斗からしたら、ちょっとしたイベントの主役を張るような感じに思えるようだ。

 先ほどからご機嫌さんでニコニコと笑顔を振りまいている。



「まあ、廻斗が嫌がっていれば止めようかとも思うけど、なんか楽しそうだぞ」



「キィキィ!」

『ゼハハハ!!!  おれァ!!!! 『闇』 だ!!!!』


 

 どこかで聞いたようなセリフを述べながら黒ひげに扮した廻斗は楽しそうだ。

 歯の一部を黒く塗って抜歯を演出している気合の入りっぷり。


 それは黒ひげでは…………

 いや、ソイツも黒ひげだったな。ただし『ワンピ○ス』の。



「この先っちょは丸くなっているし、材質は柔らかいから差し込んでも廻斗も傷つかないはずだ。なあ、廻斗。大丈夫だな?」


「キィキィ!!」

『死ぬも生きるも運任せよ! 怖がった奴が負けなのさ!! 次の一瞬を生きようじゃねェか!!』



 随分と刹那的な考えだな、廻斗。

 どうやら完全に役に入り込んでいるようだ。



「廻斗もこう言っているし、さっさと始めよう」



 皆はそれぞれ小さな短剣を指先で持ち、代わる代わる順番に廻斗の入った缶へと差し込んでいく。



「申し訳ありません、カイト」


 プスッ



「あい! 当たっれー!」


 プスッ



「ごめんなさい、カイトさん」


 プスッ



「しばしのご辛抱を」


 プスッ



 皆が思い思いの言葉をかけているようだが、廻斗は嬉しそうに『キィキィ!(ゼハハハハッ!)』と笑っている。

 この辺りが現代知識を持つ白兎、廻斗の2機と、それ以外のメンバーの温度差の違いだろう。



 まあ、天琉は全く気にしていないみたいだけど………


 おっ、次は白兎の番か。



 ピコピコ

『何が嫌いかより何が好きかで自分を語れよ!!! ドン!!!』


 プスッ


「キィキィ!」

『人の夢は!!! 終わらねェ!!!! ドン!!!』



 白兎、それ、某麦わら海賊が言ったセリフじゃないからな。

 あと、『ドン!!』を口?で言うな。

 

 しかし、こんな異常な光景をボノフさんに見られたら、間違いなく正気を疑われそうだ。




 そして、皆が一巡して、二巡目に入った時、




「キィ!」


 森羅が短剣を差し込んだ時、廻斗が短い声を上げて、ピョンっと樽から飛び上がった。

 

「キィ~!」


 そのまま弧を描いて、俺の方へと飛んでくる廻斗。


「おっと!」


「キィ!」


 廻斗の機体をすっぽりと腕の中でキャッチ。


「お疲れさん。どうだった? 何か分かったか? 俺の欲しいモノは手に入りそうか?」


「キィ~!」

『俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! 世界の全てをそこに置いてきた!』



 いや、それは黒ひげのセリフじゃないぞ。

 海賊王のセリフだろ。



「キィキィ!」


「何々………、リスクはあるし、トラブルになる可能性もあるけれど、手に入るモノはそれ以上に大きい。慎重に行動すれば、大きな問題は避けられる………か」



 廻斗から告げられた打神鞭の占い結果。

 ある程度リスクはあるようだが、それを上回るメリットがある模様。

 いつも通り慎重に対応すれば、せいぜい多少の揉め事ぐらいで済む………かな。


 元々ブラックマーケットは気になっていたし、ボノフさんも一緒に付いてきてくれるということなら、条件は悪くない。

 それどころかこの機会を逃せば、次に参加できるかどうかも分からない。

 ここで行動しなければ、二度と手に入らなくなるアイテムがあると思えば、参加しないという選択肢は無いな。



「よし! ブラックマーケットに参加してみよう」



 迷いは消えた。

 強くなるチャンスがあるなら選ばないわけにはいかない。

 さあ、ボノフさんに参加することを告げるとしよう。



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