第456話 銃撃戦



 ドンッ! ドンッ! ドンッ!



 バンッ! バンッ! バンッ!



 太陽が西へと傾き始める中、乾いた銃声が辺りに響き渡る。


 町外れの空き地にて執り行われた俺とガイの射撃勝負。


 教官立ち合いの元、お互い20m程離れた場所から始まったが、今はもう少し距離を取り、約30m離れて撃ち合いをしている最中。




 ドンッ! ドンッ! ドンッ!



 バンッ! バンッ! バンッ!



 俺が撃てば、向こうも撃ってくる。

 当然、向こうが撃てば、俺も撃ち返す。


 撃ち合いと言っても、瓦礫を盾に隠れながらの射撃。

 ほんの僅かだけ顔を覗かせ、相手を視認できたかも分からずに、銃声が鳴り響いた方向に向けて引き金を引く。



 ドンッ! ドンッ! ドンッ!



 バンッ! バンッ! バンッ!



 どっちも壁を盾にしているから命中する訳もなく、ただ空しく銃弾が壁を叩くだけの派手さの無い銃撃戦。



 あれ?

 もっと華麗なガンアクションを期待したんだけど…………

 なんて地味な泥仕合。


 でも、突っ立って銃を構えていたら撃たれるだけだし、走りながら撃っても当たるわけがない。

 これが実戦なら銃弾で傷つくことが無い俺は、何の防御も無しに突っ込んでいったのだろうけど、それでは訓練の意味が無い。



 ドンッ! ドンッ! ドンッ!



 バンッ! バンッ! バンッ!



 どうやらガイの方もそれほど銃が得意と言う訳では無さそうだ。

 だから銃の訓練に来たのだろう。

 まあ、俺よりは上手みたいだけど。


 でも、このまま撃ち合っていても勝負はつかない。

 どちらかが仕掛けないと永遠にこのままだ。



「こういう場合の打開策は…………」



 魔弾の射手にて猟兵をやっていた時のことを思い出せ!

 剣林弾雨を潜り抜け、死闘を繰り広げた経験を。



「まずは味方の援護を待ってから………」



 味方の援護射撃と同時に携帯する煙幕弾を投擲。

 その後すぐに防護服に装備されたAMFを発動させて………



「どっちもねえよ! 役に立たないな!」



 ドンッ! ドンッ! ドンッ!



 バンッ! バンッ! バンッ!



「瀝泉槍が手元にあれば、鼻歌交じりで銃弾を弾いたり躱したりしながら真正面から突撃してやるのに………」



 ただでさえ瀝泉槍を持っていない俺は戦いの素人だ。

 有り余るパワーと無敵の防御力はあるけれど、この射撃勝負では関係ない。

 また、思考速度加速も禁じられてしまっては、超人的な瞬発力も活かすことができない。



「とにかく手持ちのカードで何とかしないと………」


 

 今の俺の武器は最上級のスモール銃、『高潔なる獣』と、4つの特殊弾丸のみ。


 

 突風で吹き飛ばす『猛猪弾』

 数秒相手を空間固定する『猿握弾』 

 空間障壁をぶち破る『虎爪弾』

 そして………



「あれを使ってみるか」



 赭兎戦にて俺が使えるようになった3つのうちの1つ。

 結局使わずに終わったしまったのだが………



 壁からチラッと頭を出して、ガイの様子を見る。


 向こうも壁に隠れながら、こちらの様子をこっそりうかがっているようだ。


  

「…………もっと、何も考えずに突っ込んでくるキャラだと思っていたんだけどな」



 まあ、そんな奴が狩人になれるわけもない。

 2,3回目の狩りで大怪我をして引退するのが関の山だ。



「上手く引っかかってくれよ…………」



 パッと身を乗り出して、銃口をガイ………ではなく、さらにその奥へと向ける。



「『猫鳴弾』!」


 ドンッ




 俺が撃ち放った銃弾はガイを飛び越え、その向こう側へと通り過ぎる。



「へっ、どこを狙ってやがんだ、下手くそが………」



 ガイが薄笑いを浮かべながら嘲弄めいた言葉を口にした時、


 



 ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!





 辺りに響く猫の泣き声。

 それはちょうどガイの背後から鳴り響く。

 大音量で響き渡るそれは、まるで至近距離で鳴らされたサイレンのごとく鼓膜を叩いた。



「うおっ! なんだ?」



 流石に驚愕のあまり後ろを振り返るガイ。



「チャンス!」



 その隙を狙って、今まで隠れていた壁から飛びだし、ガイへ向かって一直線にダッシュ。



 ガイとの距離は30m。


 俺の瞬発力なら2秒以内で駆け抜ける。

 本来なら0コンマ未満なのだが、思考速度加速無しだと認識が追いつかない。

 だが、あのガイの様子ならそれで十分。


 俺の射程距離である1m20cmまで近づく。

 そうすれば、俺の勝利…………


 って、本当に酷いな、俺の射程距離。

 1m20cmって、もうそれは射程とは言わないんじゃないか?


 ………おっと、思考加速してしまっているな。失敬失敬。



 そんなことを考えながらも、ガイへと肉薄。

 

 あと、もう少しと言う所で、ガイは銃を構えながらこちらへと振り返った。




「くっ!」



 

 再度ステップで軌道を変える。


 取り回しの悪いミドルの銃なら、これで躱せるはず。

 ここまで近づけば、銃口から放たれる点の攻撃ぐらいは………



 その時、俺の視界に映った、ガイが浮かべたニヤリとした笑み。



 あれは…………



 マズいっ!



 瞬時に俺は真横へと大ジャンプ。

 体勢とかを全く気にしない飛びっぷり。

 


 バンッ



 その直後、俺がいた場所を通り抜ける無数の礫。


 通常の弾丸が点だとするならば、あれは面。


 極小の礫を振り撒く散弾。

 射程距離は短いが、これ以上ない程の面制圧を可能とする弾丸。




「いつの間に散弾に切り替えやがったんだよ!」



 通常のミドルの銃はレバー操作による切替式だ。

 どうやら後ろを振り返っている間に手元で切り替えたのだろう。 



「ははははっ! 残念だったな。 それくらいの陽動は俺には通じねえ!」



 ドンッ!



 体勢を崩して地面へと仰向けに倒れ込んだ俺に対し、ガイは容赦なく散弾を撃ちつけてくる。



「だあ!」



 腕だけを使って、思いっきり移動。

 ギリギリで迫りくる散弾の嵐を回避。


 先ほどまでいた地面を散弾の衝撃が叩く音が響く。



「ちょこまかと逃げるんじゃねえ!」



 ドンッ!



「とりゃ!」



 ゴロゴロと転がりながら無様に逃げ惑う俺。

 何とか反撃したいと思うが、こんな体勢では銃を撃っても当たらない。

 撃とうと身構えた瞬間、狙い撃ちされるのがオチだ。

 今はひたすら逃げ回って、どうにかして仕切り直す隙を見つけねば………

 



「んん?」




 辺りを舞う砂埃に気が付いた。

 

 視界が若干悪い。

 ガイが叩きつけた散弾の衝撃で砂が舞い上がっている様子。



「これは………イケるか?」



 右手に持つ『高潔なる獣』の銃口を数メートル先の地面に向けて、



「『猛猪弾』!」




 ボフォオオオオオオオオオオオオオ!!!




 辺りに爆風が巻き起こる。


 猛猪弾によって発生させられた突風が地面を叩き、地表の砂埃をこれでもかというくらいに舞い上げた。




「何だ! クソッ! 」



 

 舞い上がった砂埃へと悪態をつくガイ。


 だが、これくらいでは小動もしない。


 銃を構えながら目を細めて俺の姿を探している。

 

 


 この砂埃に紛れて突っ込もうかと思ったけど、難しいようだ。

 砂埃で完全に俺の身を隠せるわけでもないからな。


 しかもあの散弾は接近すればするほど避けづらくなる。

 アイツの鼻先まで辿り着けば話は別だが…………


 

 向こう散弾は10mが射程距離で、5mが即死圏内。

 こちらは1m20cmまで近づかないと当てられない。


 真向からの撃ち合いは俺が不利。

 地下にでも潜らない限り、あの面制圧の弾丸は躱しようがない。

 かといって地行術を使う訳にもいかないし………



「いや………だったら、いっそ地下じゃなくて…………」




「死ねえ!!」



 砂埃で見えにくくなる中、俺の人影を見つけたらしいガイがこちらへと銃口を向けてくる。

 



「やるしかない!」



 ダンッ!


 

 俺は思いっきり地面を踏み込み、太陽が輝く大空へと大ジャンプを敢行。



 


 無重力感が全身を覆う。

 砂埃の膜を脱し、俺の身体は大空を舞っていた。

 俺の闘神パワーによる大ジャンプは、俺を空中10メートル以上の高さまで跳ね上げたのだ。



「さらに!」



 ダンッ!



 2段ジャンプでガイの方向に向かって斜め上へと飛ぶ。


 ちょうど放物線を描いて標的へと着陸できるように………




「馬鹿か! 飛んで火にいる夏の虫かよ!」



 ガイが空を舞う俺に向かい、銃口を向けた。


 確かに砂埃から脱し、空中にいる俺は、銃で狙うには鴨なのかもしれないが………




「『猿握弾!』」



 ドンッ



 空中で身を躍らせる中、俺は『高潔なる獣』の銃口を自分の足元に向け発砲。


 散布されてから固定化する時間の設定はほぼゼロに。

 俺の足の裏辺りに見えない足場を作り出す。

 猿握弾によって作り出された空間固定された場を疑似的な踏み台として利用。



 ダンッ!



 そのまま見えない足場を蹴って加速、ガイの狙いを外させる。



 よし! あともう一回、足場を作って踏み込んで、地上にいるガイの所まで………




 あれ?

 俺って、今、かなり高い所にいる?




 ヒュン




 俺の血圧が下がった音が聞こえた気がした。

 さらには下腹部からゾワッとする感覚がせり上がってくる。



 そうだ、俺は高い所が苦手なのだ。




 そして、



「え、『猿握弾』」



 猿握弾で造った足場を踏み込もうとした時…………




 ズルッ




 踏み外した。


 やっぱり瀝泉槍や莫邪宝剣を持たない俺の運動神経なんて、こんなものなのだ






「ああああああああ!!!!!」






 

 ドスンッ!





 そのまま地上へ落下。

 受け身も取れず地面に叩きつけられる。


 そして、目の前には呆気に取られているガイの姿。



「お………、お前………」


「クッ、大ピンチ! ……いや、これはチャンスかも!」



 幸か不幸か、ガイの間近くに墜落したようだ。

 この近距離の取り回しなら、ミドルの銃より俺のスモールの銃の方が有利。


 動きの鈍いガイに先んじる為、慌てて体を起こし、銃口を向けようとした時、



「喰らえ!」



 なんと、ガイは銃を撃つのではなく、長身の銃を両手に持って殴り掛かってきた。



 ガチッ!



 反射的に『高潔なる獣』のグリップの底で受け止める俺。



 そのままギシギシと鍔迫り合いへ………




「おい、 ガイ! お前、何で銃で殴りかかるんだよ! 銃を使っての勝負って教官に言われただろ!」


「何言ってやがる!!」



 ガイは犬歯を剥き出しにして言い返す。



「こうやってきっちり銃を使っているだろうが!」




 …………お前、天才か?




「なら、俺もやってやる!」



 

 バンと力任せにガイの持つミドルの銃を払いのけ、『高潔なる獣』のグリップでガイへと殴り掛かる。


 それに対し、右手の機械義肢を盾にして防御するガイ。



「このこのこのこのこの!」



 ガンガンガンガンガンガンッ!!



「ああ!!テメエ! 俺の機械義肢が凹んじまっただろうが!」


「知るか! ボケ! もっと凹ませてやる!」



 俺が本気で殴ったら一撃で粉砕しているぞ!

 これでも手加減してやってるんだからな!



「うらあ!」


「てやあ!」



 ガチンッ!!



 ガイが持つミドルの銃の銃身と、俺の持つ『高潔なる獣』のグリップ底がぶつかり合う。


 もうすでに銃撃戦でも何でもなく…………




 ドンッ!!!!!!!!!!!




 俺とガイの喧噪を打ち消す程の銃声が突然鳴り響いた。



 

 驚いて、お互い手を止めて振り返ると………




「お前ラ…………誰が銃を使って殴り合いをしろと言っタ? 射撃訓練と言っただろうガ!」



 

 そこには銃を真上に向けた教官の姿。

 しかも、今まで聞いたことが無いくらいのドスの利いた声。

 どう考えても明らかに激怒している様子。



「「すみません!!」」



 俺とガイはほとんど同時に頭を下げて素直に謝った。







 






「クソ! ガイのせいでめっちゃ怒られたじゃないか!」


 射撃訓練場からの帰り道。

 ブツブツと恨み事を呟きながらガレージへと戻っている最中。



 あの後、こっぴどく叱られた。

 銃というのは精密機械だから、衝撃を与えるのは良くないと。

 下手をしたら不具合を起こし、撃った瞬間に爆発することだってある。


 まあ、俺の銃は発掘品の最上級だし、ガイの銃はプロテクターを付けた特別品らしい。

 多少殴りつけたぐらいで不具合を起こすことは無いらしいのだが、変なクセが付くから止めておけとのこと。



『懐に入られたら素直にナイフを抜ケ。無いなら拳で殴りつけロ。その為の機械義肢だろウ』


『ウッス! 教官』


『ヒロ。さっき至近距離での抜き撃ちを見せてやったばかりだロ。この馬鹿に乗せられてどうすル?』


『すみません。馬鹿に乗せられました』


『誰が馬鹿だ! テメエ!』


『黙ってロ、馬鹿』





 思い出しても腹が立つ。

 なんであの時、『お前、天才か?』って思っちゃったんだろう?



「全く! 俺としたことが、アイツの悪乗りに乗ってしまった。今度勝負を持ち掛けてきたらボコボコにしてやる!」



 ビュンビュンと歩きながらのシャドーボクシング。

 次に会った時がアイツの命日かもしれない。

 不良としてのな。

 俺の人間矯正パンチで敬語しか話せないようにしてやる!



「主様…………、楽しそうですね」


「んん? ヨシツネ…………、そう見えるか?」


「はい。失礼ながら、珍しく年相応の反応であったと………」


「………ふむ」



 姿を消した状態のヨシツネからの感想。

 

 コイツの前ではあまり取り乱したり、不格好な姿を晒したりしなかったから、このような言葉が出てきたのかもしれない。

 そもそも俺が若返っていることを話していないし………


 実年齢では40歳過ぎではあるが、この世界に来てから随分と精神年齢が下がったような気がしていた。

 異世界に来てはっちゃけたこともあるだろうし、チートスキルを得て浮かれていたこともある。

 

 そもそも年齢を重ねたって、落ち着かない人間だっているし、周りに流されることだってある。

 ご老人であっても、昔の同級生達と出会うと少年に戻ったりもする。

 

 自分では、若者っぽい行動をしていると思っていたけど………



「年相応か………、今までそんなに違和感があった?」


「主様の年齢を考えれば、行動の一つ一つが慎重過ぎるでしょう。どれほどの経験をお積みになられたら、あそこまで最悪のことを予想できるのか? これも失礼になりますが、そこまで主様が壮絶な人生を歩んでこられたとは思えません」


「……………なるほどね」



 俺の石橋を叩いて渡る方針。

 常に最悪のことを考えて、白兎やヨシツネに見張らせたりしている。


 襲ってくるかもしれない、裏切られるかもしれない、逃げられるかもしれない。

 情報を漏らされるかもしれない、スパイなのかもしれない、敵なのかもしれない。


 俺の想像のできる範囲で対処してきたつもりだ。


 これは元の世界での小説や漫画、ドラマや映画でよくあるシチュエーションから得た知識から出たモノだ。

 または、未来視で見た最悪の未来に対処する為。


 何も知らぬヨシツネから見たら、一体俺は何を考え、何を知っているのかと不思議に思ってもおかしくはない。

 まあ、未来視のことは一度話しているが、全てを語っている訳ではない。



「うーん…………、まあ、せっかくのヨシツネからの忠告だ。注意しておこう」


「忠告と言う程モノでは…………」


「それより、俺が楽しそうに見えたについてだが………まあ、久しぶりに騒げたな」



 先ほどは怒り心頭な風を見せていたが、今は思わず笑みが零れるくらいの上機嫌。



「…………いいな。ああいう同年代とのぶつかり合い。何せ文化系だから、勝負とか試合とかほとんどしたことがなかったんだよ」


「はあ………」


「それにこの世界に来てから、あんまりアイツみたいなのと正面からぶつかることも無かったし………」



 本当に正面からぶつかり合えば、軽々と踏みつぶしてしまう。

 でも、あのようなハンデ戦なら勝負を楽しめることができる。

 本音を言うと、ガイには感謝したいくらい。



「でも、次に勝負するなら、一発はぶん殴ってやる。手加減はしてやるが、当分起き上がれなくなるくらいのキツイやつをな」



 ブンッと拳を前に突き出す。



「…………この射撃訓練場は、主様にとって良い場所のようですね」



 何か固いモノが解れたかのようなヨシツネの言葉。



「そうなると、先ほどガンマン殿には随分と失礼な態度を取ってしまいましたね」


「そうだぞ、ヨシツネ。教官には世話になっているんだから」



 身内には温厚な態度で接するヨシツネだが、部外者には厳しいのかもしれない。

 ヨシツネ自身も世話になったボノフさんや、明らかに俺の保護下にあったエンジュやユティアさんと違うのだろう。

 特に教官に対しては俺が目上の扱いをしているから、そのことが気に喰わなかったのであろうか。



「申し訳ありません。次お会いした時は態度を改めたいと思います」


「そうしてくれ。教官とは今後も良い関係を維持したい」



 何せこの街の中でも有数の実力者だ。

 街の事情にも精通しているだろうし、敵に回して何の良いことも無い。


 生真面目な軍人と世捨て人のアウトロー。


 決して相性が良いとは言えないが、ヨシツネが突っかからなければ、教官は誰でも受け入れてくれるはず。



 ふと、俺の脳裏に記憶の無いはずの情景が浮かび上がってくる。


 





 狩人と整備士の美少女姉妹と過ごしこの街での日々。

 

 全くの素人である俺。

 銃を使い始めた白兎。

 起動してから戦闘経験が浅いヨシツネ。


 この街に住む機械種ガンマンに教えを乞い、基本的な心構えから機械種の扱い、戦闘指揮などを教わっているシーンが頭を過る。



『ヒロには銃の扱いを教える必要は無いナ。すでに私に匹敵するレベルダ。しかシ、咄嗟の判断が甘イ。頭の中に幾つかのパターンを想定しておく癖をつけロ』


『ハクトは連携力を高めるんダ。部下を率いているならどのタイミングで仕掛けるのかを間違うナ。射撃はどれだけ火力を集中できるかが重要ダ』


『ヨシツネに教えることはあまり無いナ。あえて言うなら、戦闘中にヒロの指示を仰がず、自ら考エ決断することを躊躇うナ。前線指揮官ならそれぐらいの融通を利かせロ。戦場では即断即決が命綱ダ。その為にも大まかな方針は常に擦り合わせしておケ』



 まだ未熟だった俺達へ親身になって指導してくれる教官の姿。


 俺が異世界へ来て2ヶ月。

 この街に着いてから狩人家業を始めてまだ1ヶ月の俺達にとって、教官からの教えは大変貴重なモノとなった。



『大事なモノは手元に置いていケ。決して離すナ。それだけは忘れないようニ』


『ハイ、教官』


『………ほラ、その大事なモノが迎えに来たようだゾ』



 夕陽が辺りを照らす中、向こうの方から2つの影がこちらへと近づいてくる。


 ミランカさんとミレニケさん。

 ………いや、ラン姉とニケ姉さん。

 俺のかけがえのない最愛の人達。



『ヒロ! 遅ーい! あんまり遅いから迎えに来ちゃったじゃない!』

『コラ! ニケ! ごめんね、ヒロ君。迷惑だったかな?』


『いえ、わざわざありがとうございます』



 教官に軽く頭を下げてから2人へと駆け寄っていく………









 そこで回想は途切れた。


 あったかもしれない、甘酸っぱい日常。

 もう辿ることの無いIFルート。



 やっぱり、どこかで未来視を発動していたのだろうな。

 記憶にはないけど、魂が覚えているみたいな………

 

 多分、俺にとって幸せなルートだったはず。

 ミランカさんとミレニケさんをセットでヒロインにしているんだ。

 絶対に幸せに違いない。


 未だにソレを見つけられない俺だけど、このルートでは見つけることができたんだな…………




「…………どうされました? 主様」


 しばし、感慨にふけっていた俺へと心配したヨシツネが声をかけてくる。


「いや、何でもない」


 頭を振って、残っていた幸せの残滓を拭い去る。

 これは今の俺には必要の無いモノ。

 過ぎ去った過去に未練を残してもなにも良いことなんて無い。



「帰るぞ。皆の待つガレージへ」


「ハッ!」


 

 ヒロインはいないけれど、俺には仲間たちがたくさんいる。

 あのIFルートと質は異なるが、違う形の幸せを築きつつあるんだ。



 回想で見た夕陽と同じ色の光が街中を照らし始めていた。

 そんな中をヨシツネとともに………傍から見たら俺1人だが………ガレージへの帰途に着いた。


 

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