第455話 勝負2



「当たらんナ」


「当たりませんね」


「なぜ他人事みたいに言っていル?」


「ここまで当たらないと、もう俺の腕とかそういう問題ではないんじゃないかと………」



 1時間程デコイを撃ちまくっていたが、命中したのはたったの5発。

 ここまで行くと、もはやある種の才能ではないかと思う。



「ふム………、やはり思考速度のズレが大きいのが課題のようダ。命中した5発はいずれも至近距離。対象のスピードにもよるガ、ヒロが確実に命中させることのできる射程は約1m20cmということカ」



 射程距離が1m20cmって、もはや銃でも何でもないのでは?

 つーか、瀝泉槍の射程の方が長いんですけど?



「人間相手ならば、銃を向けているだけで威嚇効果があル。また、銃を向けられた機械種は防御態勢を取ル。そういった相手の行動を阻害する効果として割り切って使うという方法もあるゾ」



 それって、別に発掘品の銃である理由がありませんよね?

 見破られなければ、ハリボテの銃で代用できそう。



「…………特殊弾丸に期待するしかありませんね」


「それも手の一つダ。あともう一つハ…………」



 と、教官が何か言いかけた瞬間、



「あれ?」



 いつの間にか教官の右手に銃が握られていた。


 さっきまで手ぶらであったはずなのに………



「………おかしい。見えていたのに……気づかなかった」



 右手に注目していたわけではないが、視界内に入っていたのは間違いない。

 まるでいきなり前触れもなく銃が出現したかのように。



「目にも止まらぬスピードで抜いた………わけではありませんよね?」


「速さはそこそこだガ、お前が認識できないほどではなイ。これは、まあ、詐術に近いナ。視覚認識の隙間を突いた抜き撃ちの技術の一つダ」


 

 …………格闘漫画でよく出てくる無拍子とか言うヤツだろうか?

 人間の死角を突くとか、錯覚を利用するとか………



「これを修めれバ、どんな距離、どんな体勢からでも攻撃ができル。密着した状態でもナ………、銃による抜き撃ちは至近距離においても鈍器や刃物に引けを取らないゾ」



 手に持った銃をベルトに仕舞いながら、教官は説明を続ける。



「鈍器ならばそれなりの勢いをつける必要があるシ、刃物であれバ、押し込むか刃筋を立てて引く動作が必要となル。だが、銃なら引き金を引くだけで致命傷を与えられル」


「まあ、そうですね」



 銃の最も有利な点は射程であるが、次点で極小の動作にて最大の破壊力を生み出すことができることだ。

 鈍器でも刃物でも、振りかぶったり振り回したりと、それなりの運動エネルギーを与えてやる必要があるが、銃に必要なのは指を曲げるだけ。

 密着する程の至近距離でも十分な威力をシングルアクションで放つことができるのだ。


 

「お前の場合、槍がメイン武器なのであれバ、懐に入られた時の備えとして訓練しておくのもいいだろウ」


「それは確かに」



 まあ、瀝泉槍を装備した俺が懐に入られるってよっぽどだけどな。

 多分、ヨシツネだって無理だ。



「あト……………、どうしてもその銃を射撃武器として使いたいのであれバ、お前の思考速度を一定にする訓練をするか………ダ」


「これって、鍛えればどうにかなるモノなんですかね?」



 意識を集中すると勝手に発動することが多い。

 意識的に発動させることはできるけど、発動させないようにってできるのだろうか?



「こうやって私と話している時ハ、別に思考を加速していないだロ。日常生活でも同様のはずダ。だから戦場でも日常生活を送っているような精神状態を保てばいイ」



 それって、常在戦場というヤツでは?

 俺にとって、難易度が高すぎるような………



「それは訓練次第ダ。いきなり実戦で試すのではなク、適当な相手と試合をすれば良いだろウ………………ほラ、ちょうど良い相手が来たゾ」


「え?」



 教官が後ろにチラッと目をやる。

 俺も思わずその方向に視線を走らせると………



「主様、人がここに近づいてきます」



 耳元でヨシツネの声が響く。

 どうやら空間操作で声だけを飛ばしてくれているようだ。


 辺りを警戒しているヨシツネよりも先に教官の方が察知した?


 先ほどの会話でもあったが、教官がこの周辺に何か仕掛けをしているのは間違いない様子。



「少し早いけど、子供達が来たのか?」


 

 早い時間に来たから教官とのマンツーマンの指導を受けることができたが、本来はここは貧しい子供達を格安で生きる術を教える場だ。

 俺ばっかりが教官を独占する訳にはいくまい………



 いや、さっき教官がちょうど良い相手が来たと言っていた。

 だからこの場合、子供達ではなく、それなりに俺と戦える相手………


 ひょっとして、アルスか?

 アルスなら相手として不足は無いが。



 しかし、俺の予想は外れ、この射撃訓練場にやってきたのは………







「だれだお前? ………………ああっ!! テメエェ! ヒロだな! 」



 現れたのは黄色に染めた髪を逆立てた不良少年。

 シャツ1枚に革ジャンを着た軽装のヤンキー。

 その右肩から右腕全体を機械化した改造人間。



「………『ぶん殴る(ビートアップ)』のガイ」


「ああ、そうだぁ! 鉄杭団所属のガイだ!」



 俺が呟いた自分の二つ名と名前に、歯を剥き出しにして威嚇するような笑みを返してくるガイ。

 ドーベルマンのごとき鋭く厳つい顔がさらに凶暴さを増したように見える。



「テメエェ! 随分とデカいことをやったみたいじゃないか? その力をぜひここで見せてほしいねえ?」


 

 いきなりの戦意爆発。

 戦いたくて仕方が無いような雰囲気。

 先ほどから機械義肢の右手をぎゅっと握りしめ、ギシギシと音を立てている。


 まるで極上の獲物を前にした肉食獣。

 その肉に喰らいつきたくで堪らないのだろう。



「さあ、ここで会ったのも何かの縁だ! 俺と勝負しろ!」


「え~! 勝負って………」


「何、日和ってやがるんだ! さっさとあの槍を出せ! まさか手ぶらじゃないだろうな!」


「いや、だから………」


「お前の槍と俺のこの右腕! どっちが強いか決めようぜ!」



 息逸るガイ。

 その闘志と戦いにかける意気込みは大したものだが………



 ポンッ


「おい、ガイ………いい加減にしロ」



 そんなガイを宥めるように、いつの間にか後ろに回った教官がその左肩に手を置いていた。



「お前………、ここをどこだと思っていル」


「きょ、教官………」



 左肩に置かれた手を見て、恐る恐る後ろへと振り返るガイ。

 その表情は先ほどと一変し、まるで幽霊に肩を掴まれたような顔だ。



「ここをどこだと思っていると聞いたんだガ?」



 教官の声は静かなモノだが、抑えきれぬ苛立ちのようなモノを感じる。



「ウッス! 射撃訓練場です!」



 ガイはビシッと背筋を伸ばし、教官の問いに威勢よく答える。

 俺に怒鳴り散らしていた時とはまるで別人だ。

 


「そうダ。ここは私の射撃訓練場ダ。お前はそこで殴り合いの勝負を持ち掛けるのカ? それは私に対しての挑戦カ?」


「いや………、その………、イタタタッ!」



 ガイの生身である左肩を掴んだ教官の手に力が籠っているようだ。



「ガイ………お前、私を舐めているのカ? もう一度、念入りに指導してやろうカ? ウン?」


「も、申し訳ないっス! ほんの出来心で………」



 ガイの顔が完全に引き攣っている。

 あの誰にも従わない反骨心旺盛な不良と思われていたガイは、実は上下関係の厳しい体育会系だったのか。

 それとも、それだけ教官が恐ろしいのか………



「…………出来心デ、俺の訓練場を殴り合いの場にしようとしていたのカ? なラ、そんな心が生まれなくなるくらいに鍛え直してやらんといかんナ」

 

「す、すんません。もうしませんので……」


「悪いと思っているカ?」


「はい! 勿論ッス!」


「………ならバ、その償いをしロ。このヒロと銃で勝負するんダ」



 …………はい?

 俺と?

 ガイが?










「へっへっへっ、教官も粋な真似をしてくれるじゃねえか。正式にヒロと勝負させてくれるなんてなあ?」


「はあ…………、まあ、これも訓練の一つか」



 なし崩し的にガイと銃での勝負をすることとなった。


 場所を少し移動し、瓦礫や岩場が散らばる空き地が試合場。


 元は家屋が立ち並んでいたのかもしれない。

 あちこちに壁や柱が残っており、それを盾にしながらの銃撃戦となりそうだ。



「ルールは簡単。銃のみを使った勝負ダ。お互い20m離れた距離からスタートし、致命的と思われる箇所に銃弾が当たったら負ケ」



 偽弾カバーを付けているから、当たっても痛いだけだ。

 これなら遠慮なく撃ち合いができるのだが………

 


「『高潔なる獣』の特殊弾丸は使っても良いのですか?」


「構まわんゾ、装備も実力の一つだろウ。だが、あまりに突飛なモノだと訓練の意味があるまイ。ガイが納得する形で終わらせてやるようニ」


「はい」


「ヒロ、今回の勝負でハ、思考速度をできるだけ通常に保ちながら戦ってみロ。それがお前に与えたハンデだと思エ」


「分かりました」



 一瞬だけ物体を固定化させる『猿握弾』で動きを止め、相手を吹き飛ばす衝撃波を放つ『猛猪弾』を撃つと言う方法を考えた。

 しかし、そもそも猿握弾の効果範囲は狭い。

 赭兎戦では瀝泉槍を持っていたので達人の体捌きができたが、今の俺は『高潔なる獣』一丁のみ。

 しかも、思考速度も常人のままだと俺はただ力が強くて無敵なだけの素人だ。

 普通に撃っても猿握弾の効果範囲に収められるかどうかも分からない。

 


「『猛猪弾』を撃ちまくるというのもちょっと違うよなあ………」



 突風を連発すれば、ガイを吹き飛ばせるかもしれないが、それを射撃とは多分言わない。

 そんなやり方ならガイは絶対に文句をつけてくるだろう。



「…………特殊弾丸って、偽弾カバーをつけても使えるのかな?」



 気になったので、地面に向かって『猿握弾』を一発撃ってみる。

 すぐにその場所を足で踏もうとすると、



「……………おっ、固まった」



 地面から30cm程の位置で足がピタリと停止。

 透明な手に掴まれたように動かせなくなる。



「あ、動いた」



 その数秒後には拘束は解かれ足は自由となった。


 たった数秒しか拘束できない妨害弾。

 さらには効果範囲も狭く、せいぜい30cm程度でしかない。

 もう少し範囲を広く、拘束時間も延ばせれば、使い道も増えるのだが。



「銃弾が破裂するタイミングや散布されてから固定化時間はある程度調整できるんだけど………」



 放った銃弾の破裂時間もコントロールできる。

 赭兎相手の時も回避された瞬間に破裂、空間固定剤を散布させた。

 さらには散布してから空間が固定するまでの時間も撃ち手が決めることができるのだ。



 散布してから固定化するまでの時間をゼロにして、もう1発『猿握弾』を地面へと撃ち込み、即その場所へと足を移動させると、



「…………固まっているな」



 先ほどと同じように足がピタリと同じ位置で停止。

 だが、動きを拘束されている訳ではなく、見えない台座に足を乗せているだけだ。

  


「おっと、もう崩れたのか」


 

 5秒も経たないうちに見えない台座は崩れ去り、足が地面へと着地。

 撃った瞬間に固定化させれば、即席の足場とか使えるかもしれない。

 


「罠みたいな使い方もできそうだな」


 

 罠と言っても散布してから10秒以内じゃないと効果が消える。

 かなりドンピシャでタイミングを合わせないと罠として利用するのは難しそうだ。

 

 やはり直接当てて、相手の動きを固定させるのが一番なのだが、動いている敵に当てるにはそれなりの技量が必要となる。

 俺の腕だと5mも距離が離れたら当てる自信が無い。



「おい、ヒロ! 何をやっている! さっさと準備しろよ!」


「はいはい」



 銃の能力確認はこれで終わり。

 

 ガイに急かされ、勝負の場に立つ。

 たがいに20m程離れた位置で向かい合い、銃を構えた。


 ガイが機械義肢では無い方の手、左手で持つのはハザンが持っていた銃と同じ物、ライフル銃に似たミドルの銃だ。

 色々ゴテゴテとカスタマイズしているものの、おそらくは下級以上の品であろう。



「ソイツがお前の獲物か? 槍もかなりの品だったが、ソレもなかなかだな。中級か?」



 俺がガイの銃をジロジロ見ていたように、向こうも俺の銃が気になったらしい。

 

 『発掘品で最上級の銃です』


 と流石に正直には答えられないが。



「まあ、そんなものだよ。それよりの意外だったな、ガイが銃の訓練をしているなんて」


「ああ!! 俺が銃の訓練をしたらおかしいのかよ!」



 お前なあ………

 さっきは俺に質問をしてきたクセに、俺が質問をするとキレるのか?



「近接戦を重視してそうだったからだよ。殴った方が早いってね」


「…………そりゃあ、確かに殴った方が早いが………」


 

 ガイは自分の機械化した右腕をしげしげと見つめ、



「俺のこの腕が届くのは、せいぜい数メートルだ。それじゃあ、届かない敵もいる」



 苦々しい口調で答えてくれた。




 なるほど、ガイも単なる猪突猛進の喧嘩馬鹿では無さそうだ。


 いかに強靱な機械義肢を以ってしても、相手は全身鋼鉄の塊みたいな機械種。

 重量がそのまま戦闘力になるなら、右腕1本機械化しても中量級以上の機械種が相手なら真正面からでは勝ち目は薄い。


 故に安全な位置から射撃を以って装甲を削り、足を破壊する。

 そうした状態に陥れた後に、近接武器を以ってトドメを差すのがセオリーなのだ。



「へえ? 意外と考えているんだなあ」


「何ぃっ! 俺が考え無しだとでも言うのかよ! 馬鹿にするな!」


「いや、失礼………、コホン、えっと、そう言えば、ここは俺以外にもアルスが利用しているんだけど、ひょっとして会ったことない?」


「アイツもか? チィッ!! お前だけじゃなくて、あのスカした女みたいな顔の奴もか! クソッ! ここで会ったら前の続きだ。今度こそ白黒つけてやる!」



 歯を食いしばりながら苦々しい声をあげるガイ。

 どうやら同じ銃の訓練場を利用しながらも、アルスとはここで出会ったことは無さそうだ。

 まあ、アルスの方も毎日来ている訳ではないだろうし、どちらもこの街に来てたった数ヶ月。

 たまたまタイミングが合わなかっただけだろう。


 アルスには教えていてやらないと、面倒臭いことになりそうだな。

 後でメッセージでも送っておいてやるか。

  


「…………そう言えばアルスと、あのデカい奴。一緒に名前が載っていたな。なあ、ヒロよ。赭娼は手ごわかったのか?」


「うん? ああ…………」



 不意に真面目な顔で問うてくるガイ。

 これはアスリンからされた質問と同じだ。


 やっぱりに気になるよな。

 同期である俺やアルス、ハザンが巣を踏破したのだから。



「俺達が相手にしたのは軽量級だったから、とにかく素早くて………、捕まえるのにめっちゃ苦労したぞ」


「赭娼にも軽量級がいるのか?」


「出来立ての巣だったからな。多分、普通の巣よりはかなり難易度が低かったと思う」



 まあ、これは正直に言っておこう。

 でないと、巣の攻略が安易にできると思われても困る。


 多分、交流会で出会った新人達も、俺達の成果を見て、自分達もひょっとしたらと考えるに違いない。

 そのうちの何人かは本格的に巣の攻略を目指していくだろう。

 そして、その大半が巣の攻略を甘く見たことを後悔しながら散っていく。

 

 俺達の責任ではないが、できれば避けさせたい状況だ。

 若者達が無残に死んでいくのは見たくない。



「チッ! 最新の巣の情報も集めないとな………、負けてられん」


「…………俺からも一つ質問、俺達が巣を踏破したのを知ったのって、どうやって?」


「そんなもん………新聞に決まっているだろ!」


「……………これも意外。ガイ、新聞読むんだ?」


「ああっ! お前、やっぱり俺を馬鹿にしてるだろ!!」



 目を剥いて俺を睨みつけてくるガイ。

 どうやら彼は新聞を読む派だったらしい。

 


 ごめん、ちょっと馬鹿にしてた。

 だって、新聞を読むようなキャラには見えなかったから………

 これがファンタジー世界だったら、君は字も読めない脳筋キャラだったろうし………



「もう勘弁ならねえ! さっさと構えな! 蜂の巣にしてやる!」



 怒り心頭で黄色い髪を逆立てた不良が吼える。 



 この世界の機械種ビーや機械種ホーネットはハチの巣みたいな巣を作るんだろうか?



 ふと、そんなことが頭を過った。




 この世界の識字率は高い。

 ほぼ100%と言っても良い。

 少なくとも俺は、言葉も話せない幼児を除き、字を読めない人間に会ったことが無い。

 

 これはこの厳しいアポカリプス世界において異常というしかない。

 人間の生存圏を脅かすレッドーオーダーが徘徊する世の中で、子供に字を教えている余裕があるなんてとても思えないから。


 街にも村にも寺小屋みたいな子供に字を教えてくれる施設なんてない。

 辛うじて大きな街には専門的な知識を学べる塾や、上流階級の人間が通う学校があるのみ。


 では、親が懸命になって子供に字を教えているのかと聞くと、そうも思えない。

 貧困層が高い率を占めるこの世界にそんな時間なんてないはずなのだ。

 さらには、親に字を教えてもらったという話も聞いたことがない。





 この世界の人間は、いつの間にか字を覚えている。


 しかも、現代の日本語を。


 ひらがな、カタカナ、漢字、果ては日常的に使われる『オッケー』や『サンキュー』等の英語も………


 そればかりか、この世界の人間が知るはずのない単語さえも………



 俺の2つ名である『白ウサギの騎士』という言葉。

 

 この中の『騎士』は文字通り馬に騎乗して戦う者だ。

 中世ヨーロッパでは戦士階級の呼称であり、武芸・礼節を弁えた名誉的称号。

 

 だが、この世界に馬はいない。

 馬どころか、犬も猫もネズミもカエルもトカゲも、昆虫すらいない。


 いるのは機械種ホースであったり、機械種ドックや機械種キャット。

 機械種ラットに機械種フロッグ、機械種リザート、機械種インセクト。

 

 全て機械種に入れ替わっており、人間以外の生き物が見当たらない………いや、存在しないのだ。


 そんな世界だから、馬に騎乗して戦う者などいない。

 機械種ホースに跨る人間はいるかもしれないが、メジャーではない。

 騎士という言葉に、清く正しいモノのイメージなんて生まれてくるはずがない。


 だが、レオンハルトは俺の弱者を守り、女性に対する礼儀を見て、騎士の名を付けた。

 そして、周りの皆もそれを不思議にも思わない。



 さらには、俺が何度も違和感を感じた言葉の語源。

 これまでの会話の中、明らかにこの世界の人間が知っているはずの無い単語の数々。


 サラヤが俺を女子が住む3階へ連れて行く時、『さあ、桃源郷へご案内』と言った。

 

 猟兵団『夜駆けの雷』の団員カイネルと決闘した時、彼は俺に勝ったら『大金星だ』と言った。


 『桃源郷』は古代中国の書物に出てくる理想郷の意味。

 そして、『大金星』は相撲での大番狂わせの勝負結果。


 どちらもこの世界の人間が知るはずもない事。

 そして、おそらくはこの他にも様々な知り得ない言葉がこの世界には入り込んでしまっている。



 俺にとっては大変都合の良い話。

 そうでなければ、俺の異世界生活はまず文字を覚えることから始まったであろう。

 さらに言葉も通じなければ、数年はまともな活動ができなかったかもしれない。



 多分、なぜなのかを追求しても、今の段階では何の意味もないだろうな。

 旅を続けていれば、いずれ判明するかもしれないが………




「おい! ヒロ、何ぼーっとしてやがる! 始めるぞ! 何回言わせるんだ!」


「…………オッケー、そんなに怒るなよ。『仏の顔も三度まで』って言うだろ?」


「俺が『仏』に見えるか? それにもう三度目だぞ! いい加減にしないと今すぐぶちのめす!」


「…………へいへい」



 

 猛るガイを煽るようにゆっくりと銃を構えた。



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