第453話 少女3


 俺の目の前で、アスリンがボノフさんへと詰め寄っている。

 

 何とか倉庫内にあったキシンタイプの持ち主を教えてもらいたくて必死のようだ。

 

 まあ、その持ち主は俺なのだけど。

 当然、アスリンに売るつもりも渡すつもりもないけどね。



 つーか、なんでそのキシンタイプを欲しがるのかね?

 そもそも、ちょっと見たくらいでよくキシンタイプと分かったな。

 この辺境ではかなり珍しい機種なのだけど。


 アスリンはキシンタイプに詳しいのか?

 もしかして、アスリンが亜空間倉庫に入れている重量級。

 大きさ的にはジャイアントタイプと思ったけど、実はキシンタイプだったりするのか?



 思い出されるのは、ゴツゴツとした巨大な鉄腕。

 爪は包丁を並べたような鉤爪。

 彼女が『イバラ』と呼んだ重量級………の腕だけ。


 

 『イバラ』という名前と、キシンタイプ。

 その2つを結びつける有名な鬼の名が頭に浮かぶ。


 だが、もし、その鬼の名のを持つ重量級なのであれば、それは間違いなく橙伯以上。

 下手をすれば臙公まで届きうるビックネーム。

 重量級ともなれば、戦闘力だけならレジェンドタイプに近い、若しくは越えるかもしれない。


 それ程の機種を従属しているならアスリンはもうすでに超一流だ。

 すでに何度も巣を踏破していてもおかしくは無い。


 だが、そんな様子はアスリンには見られない。

 あくまで新人としては飛びぬけて優秀だが、一流とまで言えない位置。

 


 …………俺の思い過ごしなのか。

 俺だってアスリンの従属機械種に興味があるわけではないからなあ。


 だいたい、アスリンはすでに重量級を5機従属させているはずだ。

 これ以上重量級を揃えてどうするというのだろう?


 猟兵をやるなら別だが、狩人で重量級ばっかり揃えても巣の攻略では役に立ちくいぞ。

 どちらかと言うと小回りの利く中量級を買いそろえた方が良いと思うけど。


 

「………アスリンは、重量級よりも中量級を従属させた方がいいんじゃない?」



 思わず疑問に思っていたことが口に出た。



「むっ! 何よ、アンタ……貴方には関係ないでしょう!」



 アスリンは俺の方へと振り向いて、キッと強い目線で睨みつけてくる。



「いや、重量級が好きなのは分かるんだけど、街の中でも護衛に使える中量級の方が………」


「うるさい! アタシの勝手でしょうが!!」



 事務所内にアスリンの怒声が響く。

 先ほどまでは遠慮があったが、それも綺麗さっぱり消えてしまった模様。

 どうやら俺の言葉のナニカがアスリンの逆鱗に触れたようだ。

 

 

 俺を見つめるアスリンの目は強い苛立ちと怒りに溢れている。

 行き所の無い衝動と、どうしようもないもどかしさ。

 人間は本当に痛い所を突かれた時、激高するしか道は無いのだ。



 あ~あ、この反応。

 これはひょっとして、アスリンは好きで重量級ばかり従属させているんじゃなくて、重量級しか従属させられないのか。

 これは悪いことを言ってしまったかも………



 これも機械種使いにはよくあるパターン。

 軽量級だけしか従属させられなかったり、逆に超重量級しかできないというケースもある。

 また、特定の種別限定の機械種使いというのもいて、中央で有名な『巨人の靴』の団長はジャイアントタイプしか従属させることができないらしい。

 その代わり、重量級を10機、超重量級を3機と、破格の従属容量を持っているそうだ。



「ごめん、事情も知らないのに勝手なことを言ってしまって」


 俺ができてしまうことを、相手もできると決めつけてしまうのは良くない。

 ここは俺のマナー違反だから素直に謝罪。



「むむっ………」



 アスリンもすぐに謝られたので、二の句が付けられない様子。

 何か言いたそうにしながらも、結局、何も言い出せない。

 だが、その目はまだ怒りを湛えたままで………



「アスリン、ヒロはアドバイスしてくれようとしたんだよ。怒るのは良くないねえ」



 ボノフさんが間に入って、とりなしてくれる。

 ボノフさん的にはできるならアスリンが俺と仲良くしてほしいのだろう。

 だが、それをアスリンが望むかは、また別の問題で………

 


「ボノフさん。アタシの方が先輩ですよ。それなのにアドバイスって………」


「何言っているんだい? ヒロはすでに踏破者だよ。それも一踏一破の達成者じゃないか」


「ええっ!! まさか………」



 目を大きく開いて、こちらを見つめてくるアスリン。

 そのビックリした顔は、年相応の幼さが見える。



「アスリン、新聞を見てないのかい? 昨日の紙面に載っていたじゃないか」


「…………読んでません。昨日の夕方に街に帰ってきたばかりなので」


「ほら、これだよ」



 アスリンはボノフさんが渡す新聞をバッと広げて斜め読み。

 そして、呆然とした表情で口を開く。



「嘘………、アルスも、ハザンも載ってる」


「どうだい? ヒロはアスリンよりもずっと先に行っているんだ。あんまり突っかかっていくんじゃないよ」


「……………はい」



 今度ばかりは素直に頷く。

 流石にショックを受けたのかもしれないな。

 自分より後に入った後輩が遥か先へと行ってしまったのだから。








「…………ねえ、少し聞きたいのだけれど、いい?」


 急に大人しくなったアスリンが俺に話しかけてくる。

 今まで見たこともないようなしおらしい態度。


 初めからそういう態度でいてくれたら、もっと優しくしたのに。

 仲良くなって、アルス達みたいに一緒に巣の攻略をして、ある程度関係ができていたなら………

 そして、君の事情を聞かせてくれて俺が納得したなら、君が望んでいた重量級もセットでプレゼントしてあげるというルートがあったかもしれない。



「何?」


「…………赭娼は強かった?」



 頬を少しだけ紅色させて俺へと問うアスリン。



「強かったよ。3人で力を合わせてようやく倒したんだ」


「…………そう」



 俺の答えを聞いて、アスリンはじっと考え込む様子を見せる。


 そして、



「その3人で誰が一番強いの?」



 今度は少し答えにくい問いだ。

 


「…………強さって、数値で測れるモノじゃないよ」



 答えにくい問いに対しては、曖昧に答えるに限る。

 だが、その答えはアスリンには足りないようで………



「お願いします。教えてください」



 そう言ってアスリンは腰を90度曲げて頭を下げた。

 ポニーテールが宙を舞い、頭と数秒遅れてフワリと床へと垂れ下がる。



「……………」



 その信じられないアスリンの態度に、思わずボノフさんへと目を向ける。

 だが、ボノフさんはちょっと困ったような顔を見せるのみ。


 

 これは………何かしらの事情があるのだろうなあ。

 

 まあ、ここまで真剣に問うてくるなら、俺も正直に答えてあげるか。



「俺だよ。アルスよりも、ハザンよりも、俺の方がずっと強い」




 ヒュッ




 アスリンが息を飲んだ音が聞こえた。



 そして、バッと顔を上げて、何かに縋るように最後の問いを口にする。



「貴方は………どのくらい強いんですか?」



 そう問いかけるアスリンの顔は、親を探す子供のように見えた。

 その目は微かに潤み帯び、口からは何かを叫び出したいようにも………



 改めてじっと彼女を見つめてみる。 



 狩人という厳しい環境で過ごしている割にはアスリンの髪は艶やかだ。

 そして、近くで見ても美少女と断言できる程に美しい。

 もし、俺がこの世界に来た時、一番最初に会っていれば、間違いなく俺のヒロインだと決めつけてしまっていた程に。


 服の裾から見える手足は鍛えられているが、少女らしい華奢さも備えている

 そして、重量級を5機も従属させることができるほどの才能も。


 強さと美しさをバランスよく備えた少女。

 

 そんな少女が縋るような目で俺を見つめてきているのだ。

 



 そこまで真剣なのなら…………


 俺も嘘はつかない。


 だからこれも正直に答えた。

 

 できる限り具体性を以って。




「一言で言うなら………」


「一言で言うなら?」


「世界最強」


「……………………………」


「何者にも負けないし、どんな敵でも打ち倒す。それこそ赭娼だって、紅姫だって………それ以上の敵だって、俺なら倒せる」


 

 誰にも言ったことの無い言葉。

 サラヤにだって、ジュードにだって、エンジュにだって、ユティアさんにだって………


 別にアスリンを特別扱いしている訳じゃない。

 もし、エンジュから同じような質問を受けたら、同じ答えを返したかもしれない。


 でも、『どれくらい強いのか?』と聞かれたのはアスリンが最初だ。


 だから正直に答えたのだ。

 







 でも…………

 







「……………馬鹿にしてますか?」



 アスリンの目に再び怒りの炎が宿った。



「もういいです! じゃあ、さよなら」



 アスリンは吐き捨てるように別れの言葉を口にして、振り返ることなく事務所を出て行ってしまった。








「嘘はついていないのになあ………」



 アスリンが出て行った事務所の扉を見ながら、ぽつりと呟く。



「ふう…………、これはしょうがないね」



 俺の呟きに、苦笑するボノフさん。



「ヒロのことを色々知っているアタシでも、世界最強はなかなかに信じられないさ。頭に『いずれ』とか、最後に『目指す』とか付けてくれたら、まだ受け入れられるけど」


「…………でも、本当ですよ」


「何となく、ヒロの言っていることは嘘ではないと感じているアタシがいるのも事実だね。不思議なことに。でも、信じられないと理性が訴えてきているのも事実」


「まあ、そうでしょうね」


「あと、ヒロの言葉が軽く感じられるせいでもあるね。なんと言うか………言葉に重みが乗っていないんだよ」


「言葉に………重み?」


「そう。ほら、実感が籠った言葉っていうだろう? 強い人って言うのは、強くなるまでに経験した色々な苦労を背負っているのさ。だから言動の端々にそういったのが見え隠れするモノなんだ」


「……………………」


「それを今のヒロには感じない。意図的に隠しているのか、それとも、元々そうなのかは分からないけどね。槍を振り回していた時は、それを感じたのにねえ………」


「…………なるほど」



 ここまで読まれているのか。

 流石は年の功………いや、長年の藍染屋の勘といったところか。

 瀝泉槍を持ちながら話した方が良かったのかな………もう今更だけど。


 事務所に壁に立て掛けている瀝泉槍を見ながら、そんなこと考える。



 まあ、俺にとって、どうしてもアスリンに信じてもらいたいわけでは無い。

 単にアスリンが真剣だったから、俺も真剣に返しただけ。

 それを受け取らなかったのだから、これ以上俺がしてあげられることは何も無い。


 



「では、俺もこの辺で失礼します。白兎達をお願いしますね」


「あいよ…………、すまないね。色々と迷惑かけて」


「いえ、ボノフさんに思う所はありませんから」


 こういう言い方をすると、言下にアスリンに思う所がありますって言っているみたいだな。


 案の定、ボノフさんもそう感じたようで、


「…………あの子も、色々と追い詰められているんだよ。あまり嫌わないでやっておくれ」


 フォローらしきモノを入れてくる。

 俺に対して申し訳なさそうな顔で。



 ピコピコ



 そして、なぜか白兎もいつの間にか俺の目の前に来て、耳をピコピコ。

 

 どうやら、白兎もアスリンと仲良くしてほしい様子。


 



 ふむ………

 ボノフさんにそう言われると弱いな。

 何度も疑ったという後ろめたさもあるし………


 それに白兎もか。

 師匠とも言えるボノフさんの為か、それとも、白兎の霊獣としての導きなのだろうか。


 

 落ち着いて考えてみれば、そこまでアスリンを邪険にするほどのことでもない。

 さっきのは俺の言い方が悪かったこともある。

 俺のような貧弱坊やが『世界最強』だなんて言っても信じられるわけがない。

 ストロングタイプを従属していい気になっているとしか思えないだろう。


 それに相手は年端もいかない少女。

 多少のオイタくらい笑って許してあげるのも大人の器量か。


 まあ、俺の器は絶対に大きいとは言えず、むしろ普通の人より矮小、且つ、歪んでしまっているけどね。


 でも、お世話になっている人や白兎の為なら、女の子の言動ぐらい大目に見るくらいはできる。





「ふう…………」



 胸の中に溜まっていたモノを吐き出してから、ボノフさんへと振り返る。



「アスリンとは、できるだけ仲良くできるようにがんばってみます。ですので、アスリンと会ったら俺のフォローもしておいてくださいね」


「ヒロ………」


「できれば、俺の格好良い所を念入りに! よろしくお願いします」


「あいよ! 任せておきな! ヒロの恰好良い所をたくさん語ってやるさ!」



 ボノフさんの笑顔に送り出され、事務所の扉を潜る………前に、



「これでいいか? 白兎」



 パタパタ


 

 嬉しそうに耳をパタパタする白兎の頭を一撫でしてから藍染屋の事務所を出た。





「眩しい!」



 外に出れば、ちょうど真昼の太陽が辺りを照りつけている。



「珍しく1人になってしまったな…………、さて、今からどうするか?」



 このままガレージに帰って、ベットの上でゴロゴロするのもいいが、せっかく街まできたのだから………



「そうだ! 教官に『高潔なる獣』から認められましたと報告しに行くか!」



 お世話になったのだから、きちんと報告しなけば!



 軽い足取りで、街外れの墓地へと向かう。

 

 アスリンに隔意を抱いたまま事務所を出ていれば、きっとここまで軽やかな気持ちでは居られなかっただろう。

 やはり人間、心は広く持った方が良いということか。



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