第452話 少女2
「ムゥッ!」
「え………、なんですか?」
ボノフさんとの商談も終わり、事務所を出ようとした所で、蓮花会のアスリンとばったりと遭遇。
藍染屋事務所の出入り口で向かい合う俺と栗色の髪の少女。
なぜかその少女にキツイ目で睨みつけられてしまっている。
類稀な美少女に睨みつけられるなんて、一部の人にはご褒美なのかもしれないが、残念ながら俺はその一部の人じゃない。
以前、危ない所を助けてあげた少女ではあるが、どうにもその少女は気が強くて男性に対する対抗心が強い。
一応お礼を言われたものの、向こうは男性に助けられたことを屈辱と感じている様子だった。
自分の実力を示そうとした場で男である俺に助けられた形になったのだから、自分の中で感情を整理できない為だろう。
所詮15,6歳の少女だ。
そこまで大人の対応を求めるのは酷と言うもの。
でも、まさかアスリンとボノフさんの店で遭遇するなんて………
この広い街中で縁があった少女とばったりと鉢合わせ。
たまたまアスリンも俺と同じ藍染屋を利用していたのだ。
何たる偶然。
運命という名の確率操作。
これはひょっとして、まさかの俺のヒロイン候補?
アスリンの恰好は、新人交流会で見たコンバットスーツではなく、普段着に近い装い。
流石にスカートではないが、動きやすそうなパンツルック。
水色のトップスに群青色のジャケットを羽織り、首元には銀色のネックレスが輝いている。
…………確かに美少女ではある。
2世代前に流行った、主人公をグイグイと引っ張り、時には振り回す勝気なヒロインっぽい。
主人公がボケやラッキースケベをかますと容赦なく拳やハンマーを振るってくるタイプ。
何となく、そんなイメージをアスリンの姿に重ねてしまう。
そう言えば、アスリンはアニメで見た新世紀なSFアニメに出てきたヒロインとよく似ているな。
髪型は違うけど、名前も似ているし性格も近い。
でも、俺の好みとはちょっと違うんだよなあ。
俺としては健気な幼馴染系とか、クール系とかが大好物。
いかに縁があったとしても、すぐに暴力に訴えてきそうな暴力系ヒロインは遠慮したい。
それによく考えてみたら、アスリンがボノフさんの店を利用しておかしくないんだよな。
ボノフさんはこの男性優位の社会で珍しい女性の藍染屋だ。
そして、蓮花会は女性狩人メインの秤屋。
そこに所属するアスリンがボノフさんの店を贔屓にしていても全く不自然ではない。
だから君との出会いは、運命の導きではなかったのだ。
ということでアスリン。
君とは縁が無かったと言うことで!
俺の中で勝手にアスリンをヒロイン候補から落選させたが、向こうはそんなことは露知らず俺に胡乱な目を向けてくる。
「…………アンタ、何でこの店にいるのよ」
腰に手を当てて、目を吊り上げているアスリン。
まるで詰問するかのようなキツイ言葉遣い。
流石に俺の方もカチンときて、やや嘲弄めいた物言いで返す。
「そりゃあ、藍染屋に来ているんだから、修理や改造の依頼に決まっているでしょ」
「フンッ! そのお気に入りのラビットを改造するの?」
「………君に言う必要ある?」
「何よ! その言い方!」
少々険悪な雰囲気が続く。
俺が反撃したことが原因の一つだが、そもそもアスリンの方から突っかかってきたことだ。
別に俺も美少女相手に喧嘩がしたいわけではない。
おそらくアスリンは俺に対して意地を張っているだけだ。
俺に助けられたことを素直に認められず、心構え無しにいきなり出会ったことで、どのような態度をすればよいか分からず戸惑っているだけだろう。
巻き込まれた俺は溜まったモノでは無いが。
「ラビットだったら、別にボノフさんの店でなくても良いでしょう! なんでここなのよ!」
「いや、だからラビットじゃなくて………」
「そのラビットじゃなかったら…………」
そこで言葉が不自然に途切れた。
アスリンの目が白兎の向こうにいる機械種の姿を捉えたからだ。
直立したまま自分に鋭い視線をぶつけてくる森羅と、
大きな杖を胸の前に抱え、ほんの少しその先端を向けている秘彗を。
「機械種エルフ………それに魔術師系? それも………ストロングタイプ?」
信じられないと言う表情のまま固まってしまうアスリン。
まあ、驚くのも無理はない。
アスリンもまさか新人交流会で出会った機械種ソードマスターに続いて、ここでもストロングタイプに出くわすとは予想もできないだろう。
「まさか………アンタの従属機械種なの?」
アスリンは固まった表情のまま俺へと顔を向けてくる。
「さてね? さっきも言ったけど言う必要ある?」
「くっ!」
悔しそうに表情を歪める。
状況からいって、俺が従属させている機械種であることは一目瞭然。
森羅、秘彗は対外的に見せてる機種だから、別にアスリンに知られても構わない。
だけど、わざわざこちらから言ってやる気も無い。
「このっ!……」
俺の言い方が気に喰わなかったのか、その柳眉を逆立って俺に向かって怒鳴り声をあげようとした時、
「アスリン! いい加減におし! ここはアタシの事務所だよ! アタシの客に向かってなんて口を利くんだい!」
ようやくここでボノフさんがアスリンを一喝。
「商談中なのに、勝手に入って来て! おまけに何だい! その言い方は! だいたい、ここに来るのは昼過ぎのはずじゃなかったのかい!」
「ご、ごめんなさい。早く到着しちゃって………」
「それで早く着いたから、アタシの客を追い出そうとして失礼な口を叩くのかい?」
「それは…………」
ボノフさんの剣幕にモゴモゴと口を動かすだけのアスリン。
「さっきまでは2人の関係が分からなかったから、何も言わなかったけど、ヒロもこの子と親しい訳じゃないんだろ?」
「はい。新人交流会で顔を合わせたくらいです」
何せ向こうは最初俺の顔も覚えていなかったからな。
交流会でも最後の方で一方的に二言三言話しかけられただけ。
知り合いですらないのかもしれない。
俺の返答を聞き、さらに表情を険しくするボノフさん。
アスリンに向き直り、声を大きくして叱り飛ばす。
「なら、アスリン。アンタはほとんど初対面の人間に、そんな言いがかりをつけるような人間なのかい? いつもアンタが嫌っている下品な男達そっくりじゃないか?」
「ううっ………」
アスリンは顔を真っ赤にして俯く。
腰に下ろした両手拳をぎゅっと握り締め、何かに耐えるように身を固くしている。
「さあ、ヒロに謝りなさい。そんな男達と同じレベルにまで下がりたくなければね」
「………………分かりました」
ボノフさんに促され、半分涙目になりながら、アスリンは俺に向かって頭を下げる。
「…………ごめんなさい。色々と失礼なことを言ってしまって」
「………………」
頭を上げる時にちょっとだけ睨まれたような気がするけど………
まあ、いいか。
中高生くらいの女の子にムキになるのも大人げない。
「その謝罪、受け入れました。次会った時はもう少し柔らかく対応してもらえると助かります」
「………はい」
眉を顰め、口をへの字にしながらの返事。
絶対に納得いっていない感じだが、これ以上の対応を求めるのは無理な様子。
「悪いね、ヒロ。この子はなかなか素直じゃなくて」
ボノフさんが間に入って、アスリンの代わりに謝罪してくる。
「いえ、もう十分です………」
「この子、アスリンはアタシの遠縁の子でね。最近この街に来たんで、面倒を見てあげているんだよ」
ボノフさんの親戚か!
道理で気安く事務所に入ってくるわけだよ!
「向こうっ気が強くてねえ………、まあ、女の身で狩人をするならそれくらいの気性じゃないとやっていけないけどね」
それは分かる。
お淑やかで上品で虫も殺せない深窓の令嬢が狩人なんてできるわけがない。
むしろアスリンくらいの性格でないと、男性社会の狩人業界でやっていくのは不可能だ。
「そういうわけだから、アタシの顔を立てると思ってアスリンと仲良くしてやってくれると嬉しいねえ」
「…………それくらいでしたらいくらでも」
俺に迷惑をかけないのなら、美少女と仲良くするのは大歓迎だ。
しかし、アスリンにその気があるのかは不明だけど。
「ふう………、俺の方はもう終わっているので、ボノフさんに用事があるならどうぞ」
「むっ………」
「何か用事があるんでしたよね?」
「分かっています! ………ねえ、ボノフさん。さっき倉庫でキシンタイプが置いてあるのを見たんだけど、あれって売り物ですか?」
なんか言葉遣いが丁寧になっているな。
あれだけ叱られた後だから仕方ないのかもしれないが………
ええ? キシンタイプ?
それって、俺の………
「んん? ………それは売り物じゃないね。修理で請け負ったんだよ」
勝手に客の情報を漏らすわけがないから、ボノフさんはぼやかして答えてくれる。
「えっ! 売り物じゃないんですか………、残念。滅多に見つからないキシンタイプだったのに………、しかもあれって絶対に下位じゃない。キシンタイプの中位機種。全財産叩いても欲しかったなあ…………」
残念そうに落ち込む様子を見せるアスリンだが、すぐに持ち直し、ボノフさんへと詰め寄っていく。
「ねえ、ボノフさん。あのキシンタイプを修理に出した人と会わせて貰うことってできませんか?」
「何を………、会ってどうするだい?」
「4機もあるんだったら、1機くらい売って貰えるんじゃないかって思ったんです」
良いアイデアを思いついたとばかりに目をキラキラさせているアスリン。
「同じ型の重量級って4機も要りませんよね。だから、1機だけでも売ってもらえるよう交渉しようかなって………」
馬鹿野郎!
同じ型が幾つもあるから意味があるんだろ!
量産機の美しさを知らぬ小娘が!
それにあの四鬼は4機揃って1セットだぞ!
戦隊物でもシリーズ物でも、1機欠けたら意味が無いだろうが!!
思わず怒りで表情が険しくなってしまう。
そんな俺の顔をチラリと横目で見たボノフさんは、
「諦めな。先方は売るつもりなんてないよ」
と言ってアスリンに諦めるように勧めるも、
「話をするくらいは駄目ですか?」
ボノフさんに縋りつくように粘るアスリン。
どうやら切実にあのキシンタイプを欲しがっているようだ。
だが、どれだけ欲しがったって、アスリンにあげるつもりなんてない。
「駄目だよ。第一、アスリンが言うようにキシンタイプ中位機種だったら、全財産叩いても1機だって買えやしないさ」
「そこは……………真摯にお願いしたら安く譲ってもらえるとか………」
いやいや、何言っているんだ、コイツ。
男に対抗心を持っている癖に、女性の武器を使おうとは何て節操の無い………
まあ、それだけ必死ということか。
うーん………
これ程までにキシンタイプが欲しいのなら………
もし、美少女のアスリンが心を入れ替えて、今までの態度を悔いながら俺へと懇願するなら考えなくもないが………
『うへへへ、どうしてもこれが欲しいと言うなら、誠意を見してもらおうか?』
『くっ! こんな格好、誰にも見せたこと無いのに………』
思わず18禁の光景が頭に浮かびそう。
やりませんよ!
ええ、本当に!
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