第451話 藍染6
「さて、どうしようか? 1機分しかないから悩むなあ………」
『マテリアル幻光器』と『幻光制御(上級)』。
この2つと、『隠身(上級)』を組み合わせることで、機械種は『光学迷彩』を発動することができるようになる。
人の目でも、機械種の目でも発見できないステルスモード。
俺のチームではヨシツネと浮楽のみが使用できるモノ。
この姿を消すステルスモードは様々な場面で大変役に立つ。
敵地への潜入から情報収集、敵への奇襲から逃走まで幅広い使い方がある能力だ。
ここで『マテリアル幻光器』が手に入らなければ、秘彗か毘燭のどちらかに『幻光制御(上級)』を与え、『隠身(上級)』を探すことを考えた。
だが、『マテリアル幻光器』が手に入ったので、選択肢は広がった。
剣風、剣雷のどちらかがステルスモードが使えるようになれば、見えない護衛を1機増やすことができる。
森羅にすれば、そもそも『隠身(上級)』を探す必要もなく、斥候や侵入、狙撃や奇襲に役立ててくれるだろう。
天琉に入れることができたなら、文字通りステルス戦闘機になってくれたのだろうが、あいにくアイツは軽量級だ。
あとは………
チラリと足元の白兎に目をやる。
すると、俺の意を汲んだかのように耳をフリフリ。
…………どうやら白兎は幻光制御には興味が無いらしい。
コイツの欲しがる基準もいまいち分からんな。
まあ、白兎にはもっと貴重な時間制御を与えたばかりだしな。
うーん………、悩ましい。
珍しい『マテリアル幻光器』に、滅多に手に入らない『幻光制御(上級)』。
どちらも無駄なく使う為には、やはり森羅か、剣風剣雷に………
でも、剣風、剣雷だと、どちらか1体にしか入れられないんだよな。
それはちょっとなあ………アイツ等同期みたいなものだし。
それならば………
「…………よし! ここは森羅に決定」
剣風、剣雷のどちらか1体だけに改造を施すのは不公平感がある。
それに森羅は表に出てもらうことが多いから、場合によってはステルスモードを使用しなければならないことだってあるかもしれない。
「え? 私ですか? しかし、以前、この竜麟装備も頂戴致しましたし、私のような力劣る機種には、これ以上の改良は他の皆に申し訳なく………」
俺の決定に、森羅は恐縮しながら辞退を口にする。
いつも俺の意に沿おうとする森羅が、俺の決定に異を唱えるのは大変珍しい。
自分で言っていたように、皆の目を気にしてのことなのだろうが。
どうにも森羅は自分を卑下する傾向が強い。
周りの機種がほとんど自分より格上であると言うこともあるのだろう。
だが、森羅が俺へと従属したのは、白兎、ヨシツネに次いで3番目………
本当は廻斗の方が先なのだが、皆に紹介したのが天琉、豪魔を従属させた後だったので、何となくこの順番が皆の共通認識となっている。
とにかく、俺のチームでは古株と言っても良い立ち位置だ。
普段は日常の細々とした雑務から、意外なところで戦闘にも役に立ってくれている。
目立つことを嫌う俺のカモフラージュとして、欠かせない役割なのだ。
その辺に自信を持ってもらいたいモノなんだが………
ここは、多少強引に行くか。
「俺が決めたことだ。お前なら使いこなせると思うからこそだぞ。それに他の皆にもいずれ何かしらの褒美を渡すつもりだからお前だけじゃない。気にするな」
ピコピコ
「シンラさん。マスターがそうおっしゃっているのですから………」
左右の白兎、秘彗からもフォローが入る。
ここまで言われると、森羅も覚悟を決めたようで、姿勢を正して受け入れることを表明。
「…………承知致しました。このシンラ、新たに頂いた力を必ずマスターのお役に立てると誓います!」
「じゃあ、この『マテリアル幻光器』はシンラに取り付けるんだね。お代は5,000Mだよ……………あと、幻光制御の翠石は持っているかい?」
「はい、大丈夫です」
「そうかい。幻光制御(最下級)でも、物陰に隠れる時とか便利だよ。下級なら自分で暗闇を作り出したり、弱めの閃光を放ったり、色とりどりの光を出して劇なんかの演出とかに使われているね。さらに中級ともなれば、立体映像を作り出したりすることもできる」
ボノフさんの口調は教える人のそれだ。
やはり技術畑の人は、自分の分野を語る時は生き生きとしている。
この辺はユティアさんにも当てはまっていたなあ。
「上級以上の幻光制御スキルは滅多に見つからないよ。何せ姿を消すことができる『光学迷彩』が使えるようになるから………おっと、ヒロにはヨシツネがいたね。この説明は必要なかったね。どうにも歳を取ると話が長くなってしまって………申し訳ないねえ」
「いえ、貴重なお話、ありがとうございます」
「あははは、こんな婆さんに気を遣ってくれるなんて、ヒロは優しいねえ……」
ボノフさんは目を細めて、孫を見るような目だ。
この世界の適齢期と、ボノフさんの年齢から言えば、俺の歳くらいの孫がいてもおかしくない。
そう言えば、ボノフさんに家族は居るのだろうか?
この事務所にはボノフさん以外の人間はいないみたいだけど。
俺がそんなことを考えた時、ボノフさんが思いもよらないことを言い出した。
「よし! ここはヒロが一踏一破を達成したお祝いにおまけをしてあげよう」
「はい? おまけ?」
「そう! この臙公が纏っているボロボロの白衣。これは超合金で編まれた軟性装甲なんだよ。これならそこのヒスイちゃんの追加装甲にピッタリなのさ」
「ええっ!! 私ですか?」
突然話題に上がり、キョトンとした顔の秘彗。
「せっかくの臙公の機体なんだから、使えるところは使わないとね」
実に良い笑顔でおまけを提案してくれるボノフさん。
なるほど、秘彗への追加装甲か。
なるほど、以前ボノフさんは秘彗が纏っている紫色のローブを強化するのは難しいと言っていた。
しかし、同じ軟性装甲の原料があればその難易度も下がるということか。
「かなり破損しているけど、要所要所にコレを当てていけば十分装甲を強化できるよ。どうだい? 先ほども言った通り、この改造はアタシのおまけにしといてあげるよ」
「ぜひ、お願いします!」
元があの忌々しい学者の白衣というのことが若干気になるが、高位機種である臙公の装備品ともなればかなりの性能が期待できそう。
秘彗は後衛機種ともあって、装甲が若干貧弱なのだ。
障壁や盾を作り出せる力を持っているが、機体自体の防御力は同レベルと比較すると非常に薄い。
奇襲や狙撃など、前衛を潜り抜けてくる攻撃もあるから、防御力は高いに越したことがない。
「任しときな! じゃあ、2日ほど時間をおくれ。2機とも明後日の朝には完成させておくよ」
「お願いします………ああ、白兎も残してよいですか?」
「んん? ハクトちゃんを助手につけてくれるのかい?」
「はい、また勉強させてやってください」
ピコピコ
俺の突然の指示に、焦ることなく耳を振りながら『よろしくお願いします』と頭を下げる白兎。
この辺は以心伝心と言っても良い。
こういう状況になった時、俺が選びそうな選択を予想していたのだろう。
まあ、これも念の為。
別にボノフさんを疑っている訳ではない。
色々とトラブルを誘発させる身であるから、いかなる突発的な状況にも対応する為の予防だ。
「それはありがたい。優秀な助手は喉から手が出る程ほしいからね………この残骸から白衣を引っぺがすのを手伝ってもらうよ」
パタパタ
嬉しそうに白兎は耳をパタつかせる。
「では、白兎共々よろしくお願いします。それと良い提案をしていただいて……」
「はははは、せっかくヒロが倒した臙公なんだ。手に入れられたのが『マテリアル機器』一つというのは可哀想だからね」
「うぐっ………」
本当なら、臙石も手に入っていたのになあ。
まあ、珍しい『マテリアル幻光器』が手に入っただけでも………
…………本当にそうなのかな?
ふと、頭を過った疑念。
それは幾度も騙され、裏切られた経験から浮かび出てきたモノ。
…………本当は『マテリアル幻光器』だけでなく、俺が欲しかった『重力器】や『空間器』、そして、『時間器』も回収できたのではないだろうか?
別にボノフさんが作業をしている所をじっと眺めていたわけではない。
それにずっと注目していたとしても、その知識を持たない俺では判断できない。
あの残骸にはまだまだ他のマテリアル機器が残っていて、今回の提案はこの残骸を俺が持って帰らないようにする為の詭弁ではないだろうか?
俺が帰った後、こっそり回収する気なのでは………
自分でも吐き気がするような根拠もない疑い。
だが、一度疑い出すと、どうしても気になってきてしまう。
ボノフさんは今まで俺に誠実な対応をしてくれていた。
それに対し、俺はいつも試すようなことばかりしている。
辺境では貴重なストロングタイプを、
伝説に謳われたレジェンドタイプを、
もしかしたら………とボノフさんを疑い、常に誰かを監視に当てていた。
そして、それは毎回杞憂に終わっている。
なのに、俺はまた、ボノフさんを疑おうというのだ。
「さてと、そろそろ片づけないとね………」
ボノフさんは立ち上がって、床に置かれた工具を片付け始めている、
………今ならチャンスか。
俺の疑念を晴らすために、手に入ったばかりのアレを………
七宝袋から『嘘が分かる眼鏡』………【真実の目】を取り出し、こっそりと顔にかけた。
「ボノフさん、あの残骸って、もう価値があるモノは何も残っていないんですよね?」
ちょうどボノフさんが手が離しにくそうになっている場面で問いかけてみる。
こちらに振り返られるられると、眼鏡をかけたことばバレてしまうから。
別に眼鏡をかけていたところでこの眼鏡の能力が分かるわけでは無いだろうが、不自然であることは事実。
「んん? そうだね。少なくとも『マテリアル機器』は残っていないね。でも、高位機種の残骸だから価値が無い訳じゃないよ。細かくばらせば部品取りもできる。でも高熱でかなり傷んでいるから、数万M~10万Mってところかねえ。秤屋にも持ち込めないし………」
思った通り、振り返らずに俺の質問に答えてくれるボノフさん。
その言葉には【真実の目】は反応しなかった。
「では………その臙公の残骸は俺にはもう用がありませんので、ボノフさんの所で処分してください」
素早く眼鏡を仕舞いながら、ボノフさんへと言葉をかける。
これはボノフさんを疑ったことへの贖罪だ。
俺の馬鹿。
死ね。
この恩知らず。
ここまで俺を良くしてくれたボノフさんを疑うなんて………
ボノフさんはそんな俺へとゆっくりと振り返り、苦笑しながら言葉を返してくる。
「それはちょっと貰い過ぎだよ」
「いえ、まあ、いつもお世話になっていますので………」
「はあ………、ヒロはお人よしが過ぎるねえ………分かったよ、使える部品があったらシンラやヒスイちゃんに使っておくさ」
「…………すみません」
「おかしな子だねえ、何で謝るんだい?」
「すみません」
罪悪感に押しつぶされそうになりながら、ただ、謝ることしかできない俺だった。
「じゃあな、白兎。しっかりお手伝いするんだぞ」
ピコピコ
「森羅、秘彗。また迎えに来るからな」
「はい、お待ちしております」
「マスターもお気をつけて」
「では、ボノフさん。白兎達のこと、よろしくお願いします」
「あいよ、明後日の朝には完成させておくよ」
「…………では、その時にお土産を持ってきますね」
「お土産? なんだい、それは?」
「楽しみにしておいてください。ではっ!」
皆に声をかけ終わり、藍染屋の事務所から出ようとした時、
「ボノフさん!! 第2倉庫に知らない重量級が置いてありましたけど、あれって売り物なんですか?」
突然、事務所に入ってきた栗色の髪の少女。
頭の後ろで括った髪、ポニーテールがふわりと揺れる。
ちょうど俺が出ようと思っていたところだったので、ばったりと向かい合わせとなり、思わずお互いに顔をマジマジと見つめてしまう。
「あ………、商談中ですか? すみません………」
「いえ、もう終わったところで………あっ!!」
その少女は、以前、新人交流会で一悶着を起こした蓮花会の重量級使い。
確か名前は………
「『押し潰す(スクワッシュ)』のアスリン?」
「へ? 貴方………」
俺の方はすぐにその少女の名前を思い出した。
あれだけ自分で自分の名前と二つ名を連呼していたのだから当たり前。
だが、アスリンの方はじっと俺の顔を見つめるが、それでもなかなか思い出せない様子。
そのうち、ボノフさんを見て、その足元にいる白兎を視界に収め………
「あああ!!! アンタッ! 白ウサギの!」
俺を指さし、中途半端に俺の二つ名を叫ぶアスリン。
おい? そこで止めるな!
俺がウサギみたいじゃないか!
それに何で俺の顔じゃなくて、白兎を見て思い出すんだよ!
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