第450話 藍染5



「んんっ!」



 潜水艇の寝室のベットの上で大きく伸びをする。



「………はあ、もうあれから3日目か」



 アルス達と巣を攻略してから丸2日間、ずっと部屋でゴロゴロしていた。

 

 本当は色々とやらないといけないことがあるのだが、どうしても気が抜けてしまって外出する気分になれなかったのだ。



「流石に、そろそろ活動しないとヤバいな」



 これ以上部屋に籠りっきりだと、もう外に出たくなくなってしまいそう。

 中央への試験も今月はすでに『最優』で達成しているから、次の月になるまで狩りに行く必要は無いのだが、それでもやることはいっぱいある。



「あの学者の残骸をボノフさんに調べてもらわないといけないし、七宝袋に収納しているキシンタイプの重量級4機を修理に出さないと………」



 紅姫牛頭が支配していた巣で倒した四鬼。

 水鬼、風鬼、金鬼、隠形鬼。

 アレ等を従属出来れば俺のチームの絶好の壁役となってくれるだろう。

 

 機械種ヴァンパイア討伐の報酬として渡された蒼石2級が3つ。

 赭娼の巣の宝箱から出た蒼石3級と合わせれば、ブルーオーダーする目途がついたのだ。



「でも、多分、2級だと1ランク高くて、3級だと1ランク低いんだよなあ」



 2級を使うのは勿体無いし、3級を使うのはリスクがある。

 しかし、ピッタリ適正級の蒼石はなかなか手に入らない。

 適正級の蒼石が手に入るのを待っていれば、いつまで経ってもアイツ等を運用できない。



「とりあえず、先に修理だけでもしてもらおう。どうするかはそれから考えれば良いか」







 白兎、森羅、秘彗を連れ、2日ぶりに街へと出る。

 向かうはボノフさんのいる藍染屋。

 朝日に照らされながら何度も通った道を進み、30分程度で到着。

 

 すでに玄関前の門番は顔パス状態。

 軽く手をあげるだけで中へと招き入れてくれた。

 


「おや、ヒロ。新聞を見たよ! 赭娼の巣を一踏一破したんだって? 凄いじゃないか!」



 中に入るなり、ボノフさんの大きな声が藍染屋の事務所内に響く。



「今日はどうしたんだい? ひょっとして、赭娼を持ってきてくれたとか?」


「いえ、それは流石に秤屋へ提出済みです」


「それは残念。まあ、中央へ行く為には仕方ないね」



 ヒョイッと肩をすくめるボノフさん。

 しかし、口で言う程残念がっているわけではなさそう。



 紅姫、赭娼の遺骸や晶石は秤屋に納めなくてはならない。

 それは狩人の基本ルールだ。

 だけどそのルールが守られず、こっそり藍染屋に持ち込まれることも無いわけではない。

 

 修理してから従わせることもあるし、マテリアル機器や備え付けられた武器・防具・装甲等を部品取りすることだってある。

 赭娼や紅姫の機体を構成する部品は螺子の一つまで貴重品なのだ。

 故に藍染屋なら喉から手が出るほど欲しいモノ。



 そう言えば、赭娼メデューサの遺骸や、臙公と思われる超大型巨人の晶石も七宝袋に収納したままだな。

 それに野賊の本拠地で仕留めたストロングタイプの魔術師系の晶石も。


 魔術師系のモノはともかく、赭娼や臙公を秤屋に提出するのは少しばかり気が引ける。


 なにせ、色付きの晶石を見せれば、必ず出所を根掘り葉掘り聞かれるから。

 それほどまでに普通の晶石との違いは大きい。

 それがあるから、俺としてもなかなか処分に踏み切れないのだ。

 

 特に臙公の巨大な臙石は説明するのが非常に難しい。

 全長40mの特殊個体を一個人で倒しました、なんて一体誰が信じてくれるだろう?

 下手をしたらどこかの国や街から盗んできたとか思われるかもしれない。


 さらに、もし、信じてもらえたとしたら、その後の俺の扱いはどうなるのか?


 複数の猟兵団を易々と蹴散らしそうな超大型巨人を単独で狩れる狩人。

 

 最悪の場合、未来視の白月さんルートのように鐘守が派遣されてくる可能性だってある。

 リスクが大きすぎて、とてもその選択は選べない。




 …………一応、ボノフさんにお願いしてみるという選択肢もあるんだよなあ。

 

 今回、学者の遺骸も任せる予定だし、次の機会に聞いてみても良いかもしれない。

 

 次の機会にするのは一度に見せるのはリスクが大きいからだ。

 少しずつ出して見て、様子を見ながら反応を確かめた方が良いだろう。

 

 今までずっと誠実な対応をしてくれるボノフさんだって、どこかに必ず容量の限界があるのだろうから。


 今回は、キシンタイプ4機の修理と、臙公の残骸からのマテリアル機器回収で留めておこう。 

  







「えっとですね。修理をお願いしたい重量級が4機ありまして………」


「ほう! 重量級を4機もかい? ヒスイちゃんの亜空間倉庫の中だね?」


「はい、私が保管しております」


「じゃあ、こっちの倉庫に運んでもらおうか」



 事務所内を通って、奥の倉庫へと移動。

 バスケットの試合ができそうな程の広さ。

 奥には重量級機械種の残骸が積まれているのが見える。


 

「できるだけ奥の方に置いておくれ。昼から重量級が1機搬入予定なんだよ」



 ボノフさんの指示に従って、秘彗は亜空間倉庫に収納していたキシンタイプの重量級4機を取り出し、奥の方へと重力操作で移動させる。



「これでよろしいでしょうか?」



 杖を片手にボノフさんへ確認を取る秘彗。


 ちょっと小首をかしげて問いかける姿は、注いだお茶の品評を聞いている可憐なウエイトレスのよう………ただし魔女っ娘コスプレ喫茶の。

 とても何十トンの重量物を事も無げに運んだ機種には見えない。



「うん、よし! ………これはジャイアントタイプじゃない。キシンタイプだね」


「よく分かりますね。珍しい機種なのでしょう?」


「珍しいと言っても、全く見ない訳じゃないよ。現にこの街にも………おっと、失礼」



 口を滑らしそうになったっぽい仕草。

 どうやらこの街にもキシンタイプを従属させている機械種使いがいるのだろう。

 まあ、ここは変に突っ込むのもマナー違反だな。

 聞かなかったことにしておこう。 



「多分、キシンタイプの中位機種だと思います。それぞれマテリアル機器を使いこなしましたので」


「マテリアル機器を持つキシンタイプ中位機種の重量級を4機も………、流石はレジェンドタイプを従えているだけあるね」



 まあ、コイツ等を倒したのは俺と浮楽ですけどね。

 


「………状態が良いのが2つ、そこそこが1つ、ズタボロなのが1つ。全部修理するには数ヶ月はかかりそうだ。修理代は………全部だいたい数百万Mから1千万Mはかかるだろうねえ………」



 コンコンと装甲の一部を拳で小突きながらボノフさんが呟く。



 修理代で数億円から10億円かあ。

 1機1機がストロングタイプに近いレベルだからそれぐらいするか。

 しかも重量級だし。


 俺が仕留めたのは傷が少ないが、浮楽がやった奴は結構な損壊具合だったからな。

 特に廻斗を殴った機械種オンギョウキは、浮楽が全身串刺しにしたあげくに胴体を丸鋸で真っ二つだからなあ。

 


「しかし、よくもまあ、重量級4機も持って帰ってこれたねえ。流石はストロングタイプの魔術師系。空間制御(上級)と重力制御(上級)だとこれだけ一度に運べるんだねえ……」



 並べられた鬼型機械種の残骸を見ながら、ボノフさんはしみじみと語る。



「空間制御はともかく、重力制御を高い等級で持つ機種がいれば、倉庫内ももっと片付くのに」



 どうやら秘彗が重量操作で4機まとめて移動させたのを見て、羨ましがっている様子。


 じっくりと時間をかけて良いなら、重力操作を使う機種はかなりの重量物を運ぶことができる。

 この世界、特に中央であまりクレーン等の大型建設機械が見当たらないのはこれが理由だ。

 大抵の重量物は重力制御(中級)以上があれば宙に浮かせられるから。

 ただし、この辺境では重力制御を持つ機械種の数は少なく、運用されている場所も限られている。



「ストロングタイプとは言わないまでも、ベテランタイプの魔術師系や僧侶系が欲しくなるね。機械種オーガやオークに手で運ばせるのも時間がかかるし」


「やっぱりボノフさんでも、ベテランタイプを手に入れるのは難しいのですか?」


「うーん………、重力制御や空間制御を実用レベルで使える機械種は貴重だからねえ。普通のベテランタイプなら200万Mくらいだけど、その二つの制御系を持つ機種は倍じゃきかない。最低その3倍は覚悟しないと………」



 3倍だと600万M。

 日本円で6億円か。

 最低でそれくらいだと、下手をするとストロングタイプ並みになることもあるのだろうな。



「それに、そもそもこの辺境には回ってこないんだよ、そんな高位機種は。大抵中央に流れていくからね」



 戦力を必要としているのは辺境よりも中央だ。

 だから人類側の高い戦闘力を持つ機種は優先的に中央へと回される。

 辺境では強い機種と廻り合う機会がとにかく少ないのだ。


 

「一応、ハーフリンクタイプの機械種ノームに重力制御(下級)を入れているんだけどね。でも、この大きさの重量級なら1機を動かすので精一杯だね」


「もし重力制御(中級)以上を持つ機械種を狩ったら、持って来ましょうか? 格安でお譲りしますよ」



 重力制御を持つ機種で街に入れる中量級となるとある程度限られる。

 一番メジャーなのはやはりジョブシリーズの魔術師系。

 あとはヒューマノイドタイプの上位機種くらいだろうか。


 確かに高位機種は貴重だが、難易度の高い巣であれば出てくる可能性が高い。

 紅姫の巣を攻略していけば、そのうち出会いそうな気もする。

 ボノフさんにはお世話になっているし、そのお返しみたいなものだ。



「それはありがたいね。ぜひお願いするよ。大破した状態でも構わないからね」


「では、楽しみにお待ちください」



 ボノフさん程の腕なら、すぐに直してしまえるのだから、状態を気にしなくていいのは楽だな。

 それでも、大破以上や、ベリアルが焼き尽くした学者のように半分溶けかけているような状態なら難しいだろうが…………



「……………あ! あと、もう1件依頼したいことが………」











 倉庫から事務所内に戻り、もう1件の依頼を行った。

 秘彗の亜空間倉庫に入れていた学者の残骸を取り出して並べる。


 事務所の床に置かれた学者の残骸は首から下しかなく、、辛うじて人型と分かる程度の融解具合。

 それでも、ボロボロになった白衣の隙間から黒のボディの一部が臙脂色であることが分かる。



「これは…………色付き………臙公かい?」


「はい、それも中央では有名な『問いかける学者』だと思います」



 俺がその名を告げた時、一瞬、ボノフさんの表情が固まった。

 そして、目をパチクリさせて、じっと俺を見つめてくる。


 その視線に対し、俺はヒョイッと肩を竦めてみせる。


 中央で悪名を轟かせる賞金首だ。

 そんな奴がわざわざ辺境までやってきたこともそうだが、いかにレジェンドタイプを従属させている俺であっても、素直に信じることが難しい程の難敵。


 しばし、ボノフさんは俺と目の前に置かれた学者の遺骸を交互に眺める。

 やがて何かを諦めたような顔で口を開き、



「本当にヒロと付き合っていると寿命が縮む。ヒロには早く中央へ行ってもらわないと、早々にお迎えが来てしまうねえ………」


「すみません、脅かし過ぎましたか?」


「これはアタシが早く慣れないといけなんだけどね。でも、アタシの40年のキャリアが、ヒロと出会った1ヶ月半でひっくり返るも釈然としない。もう少し抵抗してみるよ。無駄なあがきかもしれないけど………」



 そんなことを言いつつ、苦笑を浮かべるボノフさん。

 そして、学者の遺骸に向き直り、表情を固く引き締める。



「『問いかける学者』…………聞いたことがあるね。何でも人間を捕まえては質問をして、答えられなければ殺されるとも、永遠に牢獄に閉じ込められるとも言われている魔人型………」


「まあ、半分正解で、半分間違いですね。答えにくい質問をしてきて、嘘をつくと殺すんです………それと、人の苦しむさまを見て喜ぶ奴でした」



 あの学者の機種名が気になったので打神鞭で占いをしてみたところ、その機種名は『機械種トゥルース・シーカー』だと分かった。

 真実を探す者という意味らしい。学者らしい機種名だと言える。



「残念ながら、頭は吹っ飛ばしてしまったんで、せめてマテリアル機器だけでも回収したいんです」


「残骸だけでも秤屋に持って行けば、それなりのマテリアルになるんじゃないかい?」


「色々事情が複雑でして………、なので、ボノフさんに内密でお願いしたいと………」



 秤屋には隠すと決めたから、俺の役に立てようと思うと、藍染屋に頼るしかない。



「はあ…………、紅姫を持ち込まれたことはあるけど、臙公は初めてだね」



 大きくため息をつきながらも、学者の残骸から目を離さない。



「マテリアル機器か………、欲しいのは重力器? 空間器? それとも………」


「マテリアル時間器です」


「!!! ……………マテリアル時間器。噂くらいしか聞いたことが無いね。機械種が時間を操れるなんて、アタシにも想像の範囲外だ。凄まじいね、超高位機種の能力は………」



 ピコピコ



 ボノフさんの感嘆の声に、なぜか照れたように耳を揺らす白兎。


 『いやあ……、それほどでも……』って………


 別にお前のことを言っているんじゃないぞ。





 

 それからすぐにボノフさんは作業台に学者の残骸を乗せ、その練達した藍染屋としての腕を存分に振るう。

 Mスキャナー片手に、幾つもの工具を使いこなし、超高熱によって半場融解している残骸から有用な部品を探り出す。



 そして、40分程で作業を終え、その手で取り出してくれたのが………



「取れたよ。残念ながらほとんど焼き焦げてしまっていて、手に入ったのはこの『マテリアル幻光器』だけだね」



 ボノフさんの手の平に置かれた10cm程度の金属の立方体。

 これがマテリアル機器。

 マテリアルをエネルギーとして超常現象を引き起こすこの世界のオーパーツ。



「『マテリアル幻光器』ということは、光の屈折率を操る………」



 このマテリアル機器と、翠石『幻光制御(上級)』、そして『隠身(上級)』を組み合わせれば、姿を消すことができる『光学迷彩』が使用可能となる。



「そうだね、身を隠したりするには便利だね………で、どの子にコイツを入れるんだい? ちなみに、これは中量級用だよ。軽量級だと規格が合わないし、重量級以上に入れてもあんまり意味が無いからね」



 中量級。

 全長1.5m~2.5mの大きさの機種。

 制限無しに街に入ることのできる最もメジャーな規格と言える。

 その大部分は人型機種。

 俺のチームでいうなら、ヨシツネ、森羅、浮楽、毘燭、剣風、剣雷の6機。



 『光学迷彩』、所謂ステルスモードを発動させる為には、『マテリアル幻光器』と『幻光制御(上級)』『隠身(上級)』がセットで必要となる。


 この3つを揃えているのは、ヨシツネと浮楽のみ。

 2機とも『光学迷彩』を使えるから今回は不要だろう。


 毘燭と秘彗は『マテリアル幻光器』を保有しているが、その制御スキルは中級でしかなく、隠身スキルをもっていない。


 森羅は『隠身(上級)』のみ保有。


 そして、剣風、剣雷はどれも保有していない。

 


 ここで手に入った『マテリアル幻光器』と円柱から回収した『幻光制御(上級)』。

 どのメンバーにステルスモードを搭載するのかを決めなくては!



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