第449話 孤児院2



「ハクチョ! ハクチョ!」


 ピコピコ


「アイト!」


「キィキィ!」


「テンニュ! 」


「あ~い~! 髪、引っ張っちゃだ~め~!」



 潜水艇のリビングルームで繰り広げられるのは、白兎、天琉、廻斗のお騒がし組3機と、巣の攻略中に拾った幼女、トアちゃんとの攻防。

 救助された幼女は俺が与えた仙丹の効力もあって、すっかり元気になっている。

 

「いや、元気過ぎるような………」


 リビングルームの椅子に座り、テーブルに肘を置きながら、トアちゃんの暴れる様を眺めている。


 白兎に跨り、廻斗を抱っこしながら、天琉の髪の毛を掴む3、4歳の幼女。

 つい半日前までレッドオーダーに囚われの身となっていたとは信じられない。



「ハクチョ! 走って!」


 フリフリ

 トコトコトコトコッ


「きゃっ! きゃっ!」



 白兎が床を跳ねる度、トアちゃんの身体が上下に揺れ、飾り紐で縛った髪の一房がピョコピョコと動く。


 どうやら特に白兎がお気に入りの様子。

 ずっと面倒を見てもらっていたのだから当然だろう。


 俺が秤屋に行っている間、白兎はトアちゃんに食事を与え、お風呂に入れ、さらには発掘品の箪笥から子供用の服を取り出して着替えまでさせていた。

 もう完全に子守系スキルをマスターしてしまっているようだ。


「ふう………、本当に白兎がいてくれて助かった。『子守』スキルや『保育』スキルなんて、普通、機械種には入れないからなあ」


 子供がいる家庭でないと、そんなスキルを入れている機械種なんていない。

 限られているスキル枠を無駄にはできない。


「もし、白兎がいなければ、ずっと俺が面倒を見ないといけなかったのかも………」


 俺自身、子供は嫌いではないが、泣き叫ぶ子供を宥めることができるほど扱いに慣れている訳ではない。

 それに暴れ回る子供をお風呂に入れたり、着替えさせたりもできたかどうか………


「チームトルネラには小さい子供はたくさんいたけど、ほとんど交流しなかったしなあ」


 何せ名前すら覚えていない。

 子供達も入ったばかりの俺を警戒して近づいてこなかったし。


「それで良かったのかもな。下手に懐かれたらこっちも情が湧いてしまう………」


 別れ際で泣かれでもしたら、旅立てなくなったかもしれない。

 そうなったら今でもあの行き止まりの街で、ずっと何事もなく平和に暮らして………


「………無理だな。絶対に他のトラブルに巻き込まれ………、いや、俺が原因で何かの面倒事を発生させていただろうな」


 俺が一つ行動を起こせば、周りのナニカが連鎖して反応。

 ドミノ倒しのように次々とトラブルを誘発していったに違いない。

 俺が見た未来視では大抵そうなったのだから、これはもう天に与えられた運命なのだろう。


「俺と一緒にいられるのは、それなりに戦闘力を持つ者でないと………」


 未来視では何度エンジュを失ったことか。

 ここまで仲間を揃えていて、なおまだ足りない。

 俺が大事な人と一緒に暮らせるようになるには、まだまだ頼りになる仲間……機械種が必要だ。


「…………この子の為を思えば、早めに別れた方が良い。情が湧いてしまう前に………」



「ハクチョ! ハクチョ!」


 パタパタ パタパタ


 白兎のパタパタする耳を掴もうとトアちゃんが手を伸ばすも、ギリギリの所でスルリと躱す。


「ハクチョ! ミミ!ミミ!」


 フリフリ


 俺の目の前で白兎と戯れる幼女。

 白兎もトアちゃんの相手は満更でもない様子なのだが………



「しまったかな。ちょっと白兎に懐き過ぎかも…………」



 ポツリと呟いた独り言。

 それは明日のトアちゃんとの別れの時を想像してのこと。


 そして、次の日、予想通りの結果となった。









「うええええええええええええええぇぇぇぇん!!!」



 古びた建物内に響き渡る幼女の泣き声。

 

 

「ヤダヤダヤダヤダッ! ハクチョといっしょがいい! うえええええぇぇぇん!!」



 泣き喚く幼女……トアちゃんの周りには、この孤児院の管理人である中年の女性と、以前俺を追い払ったやせっぽちの少女。


 こちら側は俺とアルスとハザン。

 そして、俺が従えている機械種の森羅、秘彗と………



 ピコピコ



 困った様子で耳を振りながらトアちゃんを見つめる白兎の姿。





「弱ったなあ………」


 思わずため息交じりの嘆息が漏れた。



 朝一番にガレージからトアちゃんを連れて出発。

 白兎が一晩で作り上げた乳母車のような乗り物に乗せ、それを白兎が引っ張る。

 森羅と翡翠が左右を歩き、まるで家族一覧での散歩のような雰囲気で街中を進んだ。


 孤児院の前でアルス達と合流し、呼び鈴を鳴らしてから門を潜る。


 それまでずっと機嫌良さそうにニコニコしていたトアちゃんだったが、ここにきて急に静かになった。


 連絡を受けていた管理人が出てきてくれて、建物の中へと案内される。


 そして、応接間のような部屋でトアちゃんを引き渡そうとしたところ、これまでずっと一緒にいた白兎と離れるのを嫌がって泣き出したのだ。



「えぐっ、えぐっ、えぐっ…………、うええええええええええええええぇぇん!!」



 全力で泣くトアちゃん。

 白兎へと必死に手を伸ばしながら号泣。

 管理人のおばさんが一生懸命に宥めるも焼け石に水。



 もちろん、どれだけトアちゃんが泣き叫ぼうが、俺に白兎をここへと置いていく選択肢は無い。

 俺にとって白兎は最も大切な存在なのだ。

 誰にだって渡すつもりなんてない。


 しかし、ここでトアちゃんを振り切って孤児院を出ていくのも体裁が悪い。

 せめてある程度落ち着いてから別れを告げるつもりだったのだが………



「あの………、後は私達が宥めますので………皆さんはご退出なさってください」


「え? えっと………君は………」


「マリーです。貴方はヒロさんですね? この間は失礼しました。バッツが大変お世話になっているのに、追い出すような真似をしてしまって………」


 そう言って、やせっぽちの少女、マリーさんが俺に向かって頭を下げる。


「いや、あの時はこちらもバッツ君の事情を知らなかったから………気にしないでください」


 反射的にこちらもペコリと頭を下げた。

 この辺は日本人的感覚がまだ抜けない。

 

 あの時はバッツ君は満身創痍だっただろうからな。

 あのタイミングだったら、俺をバッツ君を痛めつけた加害者と思っても仕方がない。


 そう言えば、今、バッツ君はいないのだろうか?

 日中だから仕事を探して街を出歩いているのかも………

 


「ヒロ? 知り合い?」


「ああ、ちょっとだけ………」


 アルスが俺達のやり取りを見て声をかけてくる。


「そっか………、え~、マリーさんだっけ? ごめんね。泣いている子供を押し付けるみたいになっちゃって」


「いえ、こうして足を運んで連れてきてくれるだけで助かっています。もっと危険な状態で玄関に放り出される子もいますから………」


「…………それは、子供が追いかけてこないように?」


「はい………」


 その少女の返事を聞き、少々怖い顔になるアルス。

 おそらくその状況を想像したのだろう、


 ビクッ

「………………」


 別に脅かしている訳ではないだろうが、目の前の少女は少し怯えたような様子を見せる。


「おい、アルス!」


「あ………、ごめん! 脅かすつもりじゃあ………」


「だ、大丈夫です」


 アルスは少女へと平謝り。

 少女はアルスの平身低頭を見て、どもりながらも言葉を返す。


 どことなくその頬が紅色しているように見える。

 やはり年頃の少女ともなれば、類稀な美少年を前にしては平静を保てない様子。



 クッ!

 俺の時はそんな反応しなかったのに!

 これが顔面偏差値の差というこか!


 まあ、別に嫉妬している訳じゃないけど。

 それよりも、この状況を何とかしないと………



「ハクチョ! ハクチョ!」


 フリッ………



 トアちゃんの呼びかけに、その場を動かず力無く耳を振るだけの白兎。

 

 当然ながら白兎もトアちゃんにずっとついているわけにはいかないことも分かっている。

 だが、泣き縋る女の子を見捨てることもできない。


 そんな状況に追い込んでしまったのも俺が原因だ。

 だからここは俺が良い方法を考えつかなくては!








 泣き叫ぶトアちゃんはマリーさん達に任せ、俺達は一旦部屋の外に出た。

 

 白兎が俺達と一緒に部屋を出たことで、トアちゃんの泣き声が一層大きくなり、部屋の外まで響き渡っている。



「これは何とかしないと、どうしようもないなあ…………アレしかないか」


「ヒロ? 何か良いアイデアがあるの?」


「ああ、もちろん………というわけで、アルス。頼みがある。お前の機械種ラビットを譲ってくれ」


「んん? ひょっとして、それをハクト君の代わりに?」


 突然の俺の申し出に、アルスはちょっと訝し気な顔をする。


「大丈夫? 僕のラビットは何の改造もしていないよ。ハクト君ほどの反応は見せないからすぐにバレるんじゃない?」


「その辺はこっちで何とかするから頼む」


「分かったよ。ちょっと待ってて」



 30分程でアルスは従属させている機械種ラビットを2機連れてきてくれた。


「はい、言われた通り両方連れてきたよ」


 アルスの足元で俺を見上げている機械種ラビット2機。


 顔を近づけて、2機の造形をチェック。

 表側と後ろ姿。

 足を上げさせて爪の形まで確認。

 

「…………こっちのラビットが白兎に近いな」


 フリフリ


 白兎も同意らしい。

 耳の形や腿からお尻のラインが自分に良く似ているとのこと。


「そう? どっちも同じに見えるけど」


 アルスは良く分からないと言った表情を見せる。


「ラビット鑑定士の俺から見れば、随分と違うんだよ。アルスはもっと観察力を磨け」


「そんな無茶な………、って! ラビット鑑定士って何?」


 適当に今思いついただけだ。

 気にするな。


「それより、このラビットを俺に譲ってくれ。一度俺が従属させてからあの子に譲る」


「まあ、いいけど」


「代金……2,000Mでいいか?」


 機械種ラビットの完品基本価格は1,000M。

 日本円にして10万円。

 どこにでもいるありふれた機種だからかなり安い。


 倍額出すなら快く譲ってくれるだろう………と思ったが。



「それを受け取る訳にはいかないよ。ヒロには今回かなり助けてもらったから」



 10万円をタダにしてくれるというのはなかなかに太っ腹。

 まあ、確かに今回の稼ぎから言えば端数どころか、小数点以下だ。

 だが、アルスの心遣いはありがたく頂いておこう。



「サンキュー、じゃあ契約移譲を頼む」



 アルスから契約移譲を受け、俺の支配下においてから白兎へとバトンタッチ。


 そして、始まる白兎の猛特訓。



「ヒロ、アレ………、何をやっているのかな?」


「訓練だよ。兎跳びは基本だろ」



 孤児院の庭でピョンピョン飛び回る2機。

 白兎と俺が先ほど譲り受けた機械種ラビットが跳ね回っている。

 白兎の額には『おに』と書かれたバンダナが巻かれており、正しく鬼コーチとして指導中なのだ。



「訓練って………」


「そういうもんだ。世の中はお前の知らない不思議なことで溢れているんだよ」



 一しきり訓練が終わると、白兎は自分の爪をガリガリと齧り始まる。

 そして、その削った爪の欠片を訓練し終えたラビットへとパラパラと振りかけた。



「アレは………何?」


「………多分、白兎に似るようになるおまじない」


「おまじないって………」


 アルスはポカンと口を開けた間抜けな表情。


 そんな顔になる気持ちも分かるが、それ以上言いようがない。

 

 白兎は機械種ではあるが、俺の宝貝でもあり、さらには霊獣でもある。

 霊験あらたかな霊獣の爪の欠片と言えば、なんとなく御利益がありそうな気もしてくる。


「お前も強くて憧れている狩人から、使っている武器や防具を貰ったら、なんかその人と同じになった気分がして強くなった気がするだろ。それと同じだ」


「……………もう理解するのを諦めたよ。それよりハザンは何処に行ったのだろうね」


「ハザンはマリーさんの手伝いをしているぞ。壊れている備品の修理だって」


 手持無沙汰になったハザンがマリーさんに申し出たのだ。

 初めはマリーさんも戸惑っていたが、珍しくハザンが少しでも手伝いをしたいと強く希望し、今は建物の裏で日曜大工に勤しんでいる。


「ハザン………、女の子には妙に親切だからなあ………」


「え? そういう奴なの? ハザンって………」


 それは意外な情報。

 堅物っぽく見えたけど、色んな女の子にモーションをかけるような奴だったのか。

 でも、あのマリーって子、あんまり可愛くなかったけど、顔は気にしないタイプなのかな。


「いやいや! 単に女の子に甘いだけだよ。別にいつもナンパしている訳じゃない」


 相棒にかけられた冤罪を晴らすかのように大きな声で否定するアルス。


「それこそ甘い。男が女の子に甘いって、絶対に下心あるだろ!」


「そんなことないよ! 下心無しで純粋に女性に対して敬意を払うって、普通にあるでしょ!」


「そんな男がいてたまるか。男女間に友情が発生しないのと一緒だ」


 年頃の男女間なら尚更。

 そこに下心が入らないのは在り得ない。

 

「ヒロはちょっと偏り過ぎじゃない?」


「アルスの方こそ、夢見過ぎだろ」



 ピコピコ



 言い合う俺とアルスの間へと白兎が入って来て耳をピコピコ。



「んん? 何だ? 白兎…………、え? ワッペンを貼ってほしいって?」


 パタパタ



 いつも白兎が口にしていた兎のワッペン。

 どうやら自分の弟子の証として、ボディに貼ってやりたいらしい。



「別にいいけど、あんまり目立つのは止めておけよ」


 フルフル


「軽量級用の小さいのがあるって………、これか………」



 白兎が差し出してきたのは、少し大きめの切手くらいのワッペン。

 青縁に白地の円に耳らしき突起が2つ。多分、兎の形を模しているのだろう。

 さらには真ん中に『兎』の文字が入っている。


 フルフル


「はいはい、ちょっと待ってろ」


 白兎の横で鎮座しているラビットに近づき、貼り易そうな箇所に目星を付ける。

 

 あんまり目立つところに貼ると剥がれるかもしれないから、ちょっと隠れるような場所の方がいいか。


 ペタペタとラビットの装甲を触りながら、なるべく平面になっている部分を探す。

 その間、ラビットは大人しく俺のなすがままの状態。


 前脚の脇のところが良さそうだな。

 ここにしよう………って、これってどうやって貼るんだ?


 裏返して見れば、切手のように予め糊付けしてくれているようだ。


「裏が糊になっているのか。本当に切手だな………えっと、水は………」


 水行の術を使おうと思ったが、先ほどからアルスがこちらをじっと見つめている。


 口訣が必要な術だし、あんまり人前で使いたくないからここは………


「ちょっと汚いけど………」



 ペロッ

 ペタッ



「良し! これで貼れたぞ! これでお前も白兎の門下生だ。白兎の教えに従って、トアちゃんを守ってやってくれよ」



 ピコピコ



「うおっ! 本当に白兎にそっくり。流石は白兎………」


 耳の揺れ方が白兎に生き写しだ。

 しかも、言いたいことまで俺に伝わってくる。

 やはり白兎の指導力は凄まじい。



 パタパタ



 白兎が近づいてきて、耳をパタパタ。

 新たなる自分の門下生の誕生を喜んでいる。


「では、コイツをトアちゃんの前に連れて行こう」


 ピコピコ


「お前の名前は………そう、『白千世(ハクチヨ)』。通称ハクチョだ!」


 パタッ! パタッ!


 まるで白兎みたいに耳をブンブン回して喜ぶ白千世。

 もう機械種ラビットではなく、白千世という別個の存在だ。

 これならば、トアちゃんも見破れない。


「おっと、額の文字も書いておかないと………」


 白兎の正式名称は白仙兎。だから額の文字は『仙』。

 コイツは白千世だから………



 カキカキ



 胸ポケットから油性マジックを取り出し、白千世の額に文字を書き込む。


 

 その文字は『千』。



「よし! これで完璧! 読み方も一緒だしな」



 フルフル!

 


 これまた耳を振り回して喜ぶ白千世。


 白兎に似せるなら同じ『仙』の文字を書くべきだろうが、これは俺の我儘。

 額に『仙』と書かれた機械種ラビットは白兎ただ1機だけなのだ。

 まあ、小さい文字だから気づかれまい。










「ほら、トアちゃん。白千世だよ~」


「えぐっ、えぐっ………………」


 管理人のおばさんに抱きかかえられながら、トアちゃんは泣き腫らした真っ赤な顔で、目の前に座っている白千世を見つめる。


「ハクチョ………」


「そう! 君の大好きな白千世さ」


「うん………」


 床に降ろされると、トコトコと歩いてこちらに向かって来る。

 そして、じっとトアちゃんを見上げてくる白千世を見つめ………



「ハクチョ!」


 いきなりバッと白千世に飛びついた。



 パタパタ


「ハクチョ! ハクチョ! えぐっ、えぐっ………」


 白千世に縋りついて、また、泣き始めるトアちゃん。


「その子を君にプレゼントしよう。大事にしてあげてね」


「えぐっ………、うん………、ありがと………」


 涙ぐみながら、きちんと俺にお礼をいう幼女。

 これで頑張った甲斐があるというもの。






「あの………よろしいんですか? 貴重な機械種を………」


 トアちゃんに白千世との従属契約を結ばせた後、おずおずとマリーさんが声をかけてきた。

 孤児院にいる人間からすれば、1機10万もする機械種を譲ってくれるなんて、かなり珍しい事なのだろう。


「構いません。これも何かの縁ですから」


「………ありがとうございます」


 深々と俺に頭を下げてくるマリーさん。

 自分のことでないのに、随分と礼儀正しい人だ。

 バッツ君のことについても、俺に立ち向かおうとしていたくらいだし、本当に子供想いの優しい人なのだろう。


「では、後のことはお願いします」


 これ以上俺にできることは無い。

 でも、時々様子を見に来るくらいはいいだろう。

 白兎の弟子の様子も見ておきたいし。

 その時は白兎も連れてきてやろう………



「………どうした、白兎?」



 俺の足元で白千世にしがみついたトアちゃんを見つめている白兎。

 ほんの少しだけ寂しそうな様子。


「大丈夫。会おうと思えばいつでも会えるさ」


 ピコピコ


「そうだな。じゃあ、帰ろうか。アルス、ハザン」


「うん………」

「ああ」



 白千世を抱きしめたままのトアちゃん。

 改めて頭を下げているマリーさん。

 優しい目で2人を見守っている管理人のおばさん。


 彼女らを部屋に残し、俺達が立ち去ろうとした時、



「待って………」



 か細い声が俺の耳に届く。


 振り返れば、トアちゃんが覚束ない足取りでこちらへとやってくる。


 そして、俺の足元の白兎へと手を伸ばし………


「これ、あげる」


 トアちゃんが手にしているのは、髪をくくっていた飾り紐。


 それを白兎の耳にクルクルと巻きつけて………


「ありがと………」


 そう言うと、パタパタと足音を立てて白千世の元へと戻っていった。


 そして、白兎の耳に巻き付けられた青い飾り紐。


 それはお洒落なアクセサリーのように白兎に似合っていた。


「良かったな、白兎」


 パタッ! パタッ!


 先ほどの寂しそうな雰囲気を吹き飛ばす勢いで耳を振るう白兎だった。









「侮れないな、幼女」


「ふふふ、全くだね。やっぱり幼くても女の子は鋭い」


「そうだな。多分見ている部分が俺達男とは違うんだろう」



 孤児院を出て、先ほどの感想を言い合う男達3人。

 後ろを付いてくるのは、白兎、森羅、秘彗。

 そして、アルスが連れてきてくれた残りのラビット1機。


 

「これで、俺達の巣の攻略は後始末まで全て完了だな」


 秤屋に成果を提出して、救助した女の子も施設に預けた。

 寄付もしたし、様子を見てくれるよう依頼もした。

 もう残っている課題は無いはずだ。


「本当に長かったような………短かったような………」


 アルスがしみじみと爺臭いセリフを口にする。


「殴れば倒せる敵だけではなかったからな。本当に狩人の道は険しい。俺もまだまだだな」


 ハザンは眉を顰め、苦々しい口調で自省の弁を述べる、


 ただ巣に潜入して機械種を倒すだけでは終わらなかった。

 転移罠に引っかかったこともそうだし、外で待たせていた待機組が襲撃されたこともある。

 また、行く当てのない子供を救助したことだってそう。

 ここまで予想外のアクシデントが続くとは誰も思わなかった。


 世の狩人達は、こんなに色々なことを経験しているのだろうか?

 それともこれほどイベントが連発するのは俺の周りだけなのだろうか?

 


「当分、狩りは休もう。1週間くらいは部屋でのんびり過ごしたい」


「僕も同意見。1日中ベットの上でずっとゴロゴロしてたい」


「俺もだ。日課の訓練も今日と明日は休みにするぞ」



 どうやら俺達3人とも疲れ切っているようだ。

 ストイックに見えるアルスもハザンもここまで弱音を吐くのだからよっぽどなのだろう。



「そう言えば………ヒロ。あのラビットにしてくれたハクト君の指導。この子にもお願いしていいかい?」


「え? お前のラビットにか?」



 アルスが連れてきてくれたのは2機。

 先ほど1機はトアちゃんに譲ったから、今、連れているもう1機のことだろう。



「うん……、さっきのを見て、なんか羨ましくなっちゃって………、ずっと手元に置いておきたくてさ。ハクト君に負担がかかるなら辞めておくけど………」


「白兎?」


 ピコッ!ピコッ!


「うん、白兎は構わないそうだ。門下生が増えるのは大歓迎だって」


「………いつもながら、どうやって機械種ラビットと会話しているの?」




 しばし、道の端っこで白兎の鬼指導が行われた。

 腕立て伏せやら腹筋やら………



「いや、おかしい! 機械種ラビットが腕立て伏せとか絶対におかしい!」


「何言っているんだ、アルス。手があれば腕立て伏せできるだろ?」


「いやいや! アレは前脚だからね!」



 とか何とかあったものの、白兎の指導は無事終了。

 白兎が爪の欠片を振りかけ、俺が兎のワッペンを張りつけて完了。



「えっと……アルス、、コイツに名前はなんて付けるんだ?」


「ハッシュにするよ。僕の忘れられない友達の名前」


「そっか…………、では、正式名称は『白志癒』、通称ハッシュだ。志高いアルスのことをお前の愛嬌で癒してやってくれ」



 ピコピコ



「おおっ! やっぱり白兎そっくり! よしよし、今名前を書いてやるからな」



 カキカキ


 白志癒の額に書いた文字は『志』。

 アルスにはピッタリの文字だろう。



「うむ! 良く似合っているぞ!」



 フリッ! フリッ!



「ほら、見てみろ、アルス。しっかり教育してやったからな」


「うわあ……、なんか反応が全然違う………」


「大事にしてやってくれよ」





 後日、アルスから相談があった。


「えっと、ハクト君に指導してもらったハッシュなんだけど、スキルを入れた覚えが無いのに、家の掃除とか防具の補修とかマッサージとかしてくれるんだ」



 知らんがな。

 そう言う仕様だ。

 諦めろ。



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