第448話 顛末3



 その後、ミエリさんは『天秤』を用いて赭石を確認。

 赭娼バーバ・ヤーガのモノであることを調べてくれた。


 また、秘彗の亜空間倉庫に入れていた赭娼の残骸、頭部分と胴体部分を取り出して提出。

 さらにアルス達が倒した機械種バグベア5機の残骸も一緒につける。


 赭娼の機体は損傷がほとんど無いので、マテリアル化する『台貫』には入れず、修理する方向らしい。

 力自慢の機械種が何機も部屋を往復し、俺達の成果を秤屋の倉庫へと運んでいった。



 バーバ・ヤーガか………

 確か、ロシア民話の魔女だったかな。

 山姥とか妖婆とか言われる人食い鬼みたいな存在のはず。


 赭娼ならばかなりの戦闘力を持つはずだが、外見が山姥では従属させようとは思わない。

 アルスも修理して従属させるつもりはなかったみたいだし、今回はハズレなのだろうな。


 まあ、そもそも修理して従属させるつもりなら、秤屋には提出なんてしない。


 基本的に赭娼や紅姫を倒したなら、狩人はその全てを秤屋に提出する義務がある。

 だが、何事にも例外があるように、秤屋に黙って赭娼や紅姫を従属している機械種使いもいないわけではない。

 当然、大っぴらに表に出すわけにはいかないから、こっそりとそれと分からないように変装させているケースが多いと言う。

 

 当然ながらそんなことができるのは、ほんの僅かな一部の狩人だけではあるが。


 赭娼や紅姫を討伐し、赭石や紅石を提出する狩人はいるが、修理できる状態で機体までも確保できるケースは大変少ない。

 激闘の末での討伐なのだから、晶石を壊さないようにするだけで精一杯なのだ。

 今回のように損傷がほとんど無い状態で持ち込まれるのはレアケース。

 だから報酬にもかなり期待できるだろう。






 清算を待つ間、ミエリさんに今回の遠征の途中で女の子を拾ったことについて相談した。

 

 女の子1人だけが道に倒れていて、辺りに人影は見えなかったと説明。

 放っておけず車に乗せて街まで連れてきたが、その後についてどうすれば良いのか分からないので、アドバイスが欲しいとお願いしてみた。



「うーん………、開拓村から逃亡した家族がレッドオーダーに襲われて、子供だけ見逃されたケースみたいですね。良くある話と言えば良くある話なんですが………」



 整った眉を顰めて、少し考え込むミエリさん。

 しばらくして返ってきた助言は、



「孤児院に入れるしかないですね。この街には5大商会が共同で運営する孤児院がありますから、そちらに連れていくしかないでしょう」



 やっぱり孤児院か。

 バッツ君がいるあの施設のことだろうか?

 5大商会が共同で運営している割にはあまり経営状態は良くない様子だったけど。



 詳しい場所を聞くと、一度俺がバッツ君を訪ねて訪問した施設で間違いないようだ。

 どうやら5大商会共同で資金を出しているのだが、実際の運営はタウール商会が行っているらしい。

 ミエリさんの口振りから察するに、商会としてあまり関わり合いになりたくない分野なのだろう。

 以前ガミンさんから聞いたように、社会の底辺を支えるような事業はタウール商会の担当なのであろう。



「孤児院にその子を連れていくなら、こっちで連絡しておきますよ」


「では、お願いします」



 俺達を代表してアルスが答える。

 これについては、事前の打ち合わせ通り。


 だが少し引っ掛かりを覚える………

 あの子をこのままあの孤児院に入れても良いモノか………


 思い出されるのは、バッツ君や俺を追い返したやせっぽちの少女の姿。

 

 服も継ぎ接ぎだらけのボロ着。

 ボサボサの髪型。

 それよりなにより、どう見ても栄養が足りているように見えなかった。


 バッツ君やあの少女以外の子供達はそこまで酷くは無かったが、それでも孤児院自体が困窮しているのは間違いない。

 そんな中にトアちゃんが放り込まれたら、一体どうなってしまうのか?

 



 

 この世界ではどれだけ貧しくても餓死することは非常に少ない。

 なぜなら、ほとんど無料とも言ってよい食料、マッド(泥)ブロックとウィード(雑草)ブロックがあるから。


 正式にはカロリーブロックとビタミンブロックというらしい。

 正しくカロリーとビタミンをきちんと取れる優秀な食料なのだが、いかんせんマズすぎるという欠点がある。


 だからこれしか食料が無いと、人間は飢えない程度にしか食べようとしないという。

 さらにはこの2つだけでは筋肉を作るたんぱく質が得られない。


 一応、カロリーブロックとビタミンブロックの他に、プロテインブロックというモノもある。

 文字通りたんぱく質を取れる食料ブロックであるが、こちらは固すぎで普通に齧って食べられない。

 よほど歯の強い人でも何時間もかけて噛み砕かないと胃の中に入れることはできないのだ。


 もちろん、これもクソマズイ。

 魔弾の射手ルートでの未来視で一度、罰ゲームで喰わされたことがあるが、まるでアスファルトを食っているような味だった。

 ちなみにこのプロテインブロックの通称はロック(岩)ブロックという。


 つまり、貧しい人が手に入れて口にすることができる食料はマッドブロックとウィードブロックのみ。

 そして、それ等は食べるだけで苦痛を伴う。

 故に、貧しい下層民は必要以上に食べようとせず、痩せた体形となるのだ。



 あと、もう一つ付け加えるとすると、幼い子供はマッドブロックとウィードブロックを食べることができない。

 あまりの不味さに咀嚼することもできず吐き出すのみだ。

 どれだけ飢えていようと子供に食べさせるのは非常に難しい。


 だから、幼い子供がいる貧しい家庭では、マッドブロックとウィードブロックを砕いて水や湯で溶き、粥のような状態で無理やり子供の口に注ぎ込む。


 この粥のことを『泥粥』『草粥』と言う。


 このことがあるから、食べ物を煮込んだり、スープにして飲むということが、この世界では極端に避けられる。

 食べ物を飲むという行為が、この『泥粥』『草粥』を思い出させるから。


 俺がレストラン経営ルートで苦労した点がこれだ。

 飲み物は普通に飲むのに、少しでも飲み物の範囲から外れると忌避された。

 

 苦労に苦労を重ね、最終的にはスープを味付け用のソースと言い張ったり、温かい飲み物として振る舞ったり、少しずつその分量を増やし慣れさせていくことで、一部の客に受け入れてもらうことに成功したのだ。

 


 かなり横道に逸れてしまったが、あの孤児院の子供の様子ではおそらくチームトルネラで振る舞われていたシリアルブロックですら食卓に上がらないのかもしれない。


 この選択肢は正しいのだろうか?

 しかし、それ以外の方法なんて思いつかないし………




「ミエリさん。その子の為に孤児院へ寄付することはできますか?」


 とか、色々と考えていたらアルスから飛び出た質問が耳に入ってきた。


 思わずビックリしてアルスの顔を覗き見れば、俺に向けて自嘲気味の苦笑を返してくる。


「あの子の為には、これくらいことしかできないからね。所詮、自分よがりの偽善だけど」


「なら、俺も出そう。これも何かの縁だ」


 ハザンもアルスの提案に同意。

  

 なるほど。それは思いつかなかったな。

 確かに孤児院が貧しいのであれば、俺達がそれを補ってあげれば良いだけだ。

 なら俺もここで続かないわけにはいくまい。



「………俺も出すよ。それくらいのことはしてあげたい」



 無関係な子供だけど、出会ってしまったからには、できれば幸せに暮らしてほしい。

 この世知辛いアポカリプス世界で天涯孤独の身では生き抜くのに大変だ。

 せめて何かの助力くらいしてあげたって罰は当たるまい。






 

 赭娼の晶石と機体を提出して、返ってきた報酬の額は2,012万M。

 日本円にして約20億円。

 最高と言っても良い状態であったが、軽量級であるということが若干足を引っ張った様子。

 これが中量級であれば、3,000万Mに至ったかもしれない。



「ヒロ、本当に等分でいいの?」


「ああ、そこは最初の約束通りでいいよ」


「そっか。ありがとう。じゃあ、寄付の額は………」



 その後、ミエリさんを交えて、寄付の額を相談して決めた。


 寄付すると決めた額は212万M。

 俺達が受け取る報酬の端数。

 これで残りが1,800万Mとなり、ちょうど1人600万Mで割り切れる。


 たった1日働いただけで6億円+蒼石3級の報酬。

 あの学者の件がなければ、割りの良い仕事であったと言える。

 

 …………いや、精神的なモノを除いては俺に被害は無かったのだから、結局かなりプラスだな。


 臙石は手に入らなかったけど、残骸を探ればマテリアル機器が回収できるかもしれないし、円柱から取れた『時間制御(中級)』と『幻光制御(上級)』もある。

 212万Mくらい寄付しても何の問題も無い。



「このぐらいが限界ですね。これ以上、寄付の額が増えると、商会からの運営費を減額すると言う話になりかねません。まあ、これだけあれば当面、不自由なく暮らせると思います」



 ミエリさんが言うには、あの孤児院に残っている子供達は行く宛の無い子が多いらしい。

 タウール商会が主な運営主なのだから、孤児院に入った出来の良さそうな子供は大抵そのまますぐに裏社会に引き抜かれていくそうだ。

 つまり、あの孤児院ははっきりとした才を示すことができなかった子供の溜まり場。

 故にあまり待遇を良くしていないのであろう。

 


「その子個人には5万Mくらい残しておきましょう。一生とは行きませんが、それでもある程度生きていく道を開くことのできる額です。これくらいであれば変な人に狙われることも無いですから」



 何の身よりもない子供があまりに高額なマテリアルを持っていると分かると、筋の良くない人達から狙われる可能性があるらしい。


 確かに212万M、約2億円をあの子個人に渡せば、金銭的な面で言えば一生安泰は間違いないのだろうが、絶対に悪い奴等に狙われる。

 だが、5万Mならそこまで目立たない。

 しかし、その額でも彼女が孤児院から出る時に必ず役に立つはずだ。


 俺ができるのはこれくらいだな。

 お金で全部解決したみたいだけど、俺個人でできることには限界がある。

 全てを背負い込むことはできないし、出会った全ての人間を最後まで面倒を見ることなんてできないのだから。


 少し気になるのは、俺達が寄付したマテリアルが孤児院の役に立ててくれるかどうか。

 俺達では確かめようのない話なのだけど、寄付した身からすれば、きちんと運営に使ってほしい。

 できれば信用できる所にその辺りの調査をお願いしたいところなんだけど………


 

 








「あっ! 待ってください。ヒロさんだけに少しお話があります」



 報酬を受け取り、相談を終えた俺達が部屋を出ようとした時、慌てたようにミエリさんから呼び止められる。



「え? 俺だけですか?」


「はい、ヒロさんだけです。以前、例のモノを提出いただいた件なのですが………」



 そこでチラリとアルス達に視線を飛ばすミエリさん。

 どうやら俺以外には聞かせたくない話のようだ。



「じゃあ、ヒロ。僕達はホールで待っているよ」

「依頼票でも確認している。俺達のことは気にするな」



 気を利かせたアルス達は軽く手を振って部屋を出ていく。

 

 そして、残ったのはミエリさんとその護衛の機械種のみ。


 改めて椅子に座り直し、テーブルを挟んでミエリさんと向かい合う。



「その………話と言うのは、タウール商会からの賠償金と、機械種ヴァンパイア討伐の報酬です」



 ミエリさんから切り出されたのは、つい先日、交流会でトラブルになったタウール商会の1件と、返り討ちにしたカーミラ一党の晶石を提出した報酬の件。

 ガミンさんには、できれば高位蒼石か、中央へ行く試験のポイント加算をお願いしていたはずだけど。



「まずこちらがタウール商会から………」



 ミエリさんが出してきたのはマテリアルカード。

 表示された金額は5万M。

 日本円にして500万円。

 

 凶銃を防ぎ、暴走しそうになった少年を止めた程度だからこんなモノか。

 この街に来る前なら飛び上がって大喜びしたのだろうが、今になっては子供のお小遣い程度にしか思えない。



「そして、こちらが機械種ヴァンパイアの討伐の報酬です」



 差し出されたお盆の上に乗っている青い菱型の小さな石が3つ。



「ヒロさんがご希望されていた蒼石2級になります」


「蒼石2級が3つ………」



 テーブルの上に置かれた8cm程の大きさの蒼石は、赭娼をも適正級でブルーオーダーできる程の等級だ。

 売れば一つ100万Mで売れるだろうが、買おうと思えばその貴重性から数倍以上は覚悟しなければならないだろう。


 特にこの辺境では滅多に出回らない超レアアイテム。

 ガミンさんが俺の要望を伝えてくれた結果なのだろうが………

 この蒼石3つだけで1,000万M以上の価値がありそうだ。



 俺が提出した晶石はカーミラのモノが1つと機種種ヴァンパイアのモノが3つ。

 そして、下位機種である機械種レッサーヴァンパイアのモノが17個。

 

 あのカーミラの実力は橙伯であった浮楽に近いレベルだった。

 色付きではないとはいえ、その晶石だけの価格は300万Mはあるだろう。

 また、機械種ヴァンパイアをストロングタイプにやや劣る程度と換算するなら1個の価格は100万Mくらいのはず。

 機械種レッサーヴァンパイアの分は精々数万Mだろうから、数はあっても端数でしかない。


 600万M~700万Mの晶石を差し出して、その報酬が1,000万Mは無いと買えない蒼石2級3つなのだから、かなり色をつけてくれたと言っても良い。


 その後ミエリさんから、今回の件の晶石提出はポイントをつけることができない旨の説明を受ける。

 機械種ヴァンパイアの存在を公にできない為、俺の討伐履歴に記録を残すことができないからだそうだ。



「ごめんなさい。こればっかりはどうしようもなくて………」


「いえ、どのみち今月はさっきのでポイント上限まで行きましたから」



 アルス達と行った赭娼討伐ですでにポイントは『最優』が確定した。

 今月はこれ以上ポイントを貯めても意味が無い。

 ストックとか繰り越しとか出れば良いのになあと思うけど。



「そう言って頂けると大変助かります。でも、今回のヒロさんのご活躍に対して、まだまだ報いが足りないのは事実ですから………」



 申し訳なさそうな表情のミエリさん。

 聞けば、俺への報酬を色々考えてくれているようだが、これがなかなかに難しいらしい。



「提出してもらった晶石はまだマテリアルに変換する訳にもいきませんし、他の費用で捻出するにもあまり大っぴらにできませんので………、蒼石にしても、この秤屋にこれ以上のモノは置いていないんです。他にヒロさんに報いることが無いか、色々検討していますので、もう少し待っていてもらえませんか?」



 報酬か………

 俺的にはこの蒼石3つで十分なんだけど。


 あまり貰い過ぎるのも良くないんだよな。

 向こうは俺をできるだけこの秤屋で確保しておきたいと思っているだろうし。

 過分に報酬を受け取ると、余計なモノがくっついてきそう。


 

 うーん………

 ここは先ほど考えていたことをお願いしてみようか?



「この蒼石だけで十分です。追加の報酬は要りません。その代わりお願いしたいことがあるのですが………」



 そこで切り出したのが、俺達が孤児院に寄付したマテリアルがきちんと使われているかどうかの査察。

 5大商会共同で資金提供しているのであれば、それくらいの権利はあるはずだ。

 

 俺個人では調べようもないことではあるが、それ専門の人間を派遣して貰えば事足りる。

 たとえ不正を発見できなくても、牽制にでもなれば良い。

 少しでも孤児院の待遇が良くなれば、あの子の為にもなるし、バッツ君の為にもなる。

 

 貧しければ生活する為に余力が削がれて学ぶ機会を失ってしまう。

 だが余裕ができれば、才無しとされた子供達も将来に向けての備えについて考えることができるようになる。

 ひょっとしたら、その中に頭角を現すような逸材が埋もれているかもしれない。


 最終的には街の利益にもなる話だからと、ミエリさんにこの提案を持ち掛けてみた。

 


「それでヒロさんはよろしいのですか? 今回寄付として多額のマテリアルを頂きましたから、その使い道の確認くらいは口を挟む事ができますが………」


「それでお願いします。できれば白翼協商の名前で定期的に行ってやってください。タウール商会に任せっきりではないという姿勢だけで構いませんので」



 それだけでかなり変わるはずだ。

 少なくとも何かの切っ掛けにはなる。


 関わった以上、できるだけのことはしてやりたい。

 少なくとも俺の目の届く範囲で不幸な展開は見たくない。



「…………本当にヒロさんは不思議な方ですね」



 そう言うミエリさんの顔に浮かぶのは、柔らかい笑顔と好奇心。

 


「ヒロさん程の歳でそこまで気を回わる方はなかなかいませんよ。それに狩人ともなれば、そのような世事まで把握している人は本当に少ないんです」



 まあ、そうだろうな。

 狩人に必要なのは、戦闘力と重火器や機械種の知識。

 あとは指揮や物資の管理、関係者の交渉力等。

 狭く深い特定分野にどうしても偏ってしまう。


 だが、今の俺がお願いしたようなことは、街の運営や政治に関わる話だ。

 一介の狩人、それも15歳くらいの少年が知るわけもない事。

 アルスのような上流階級であれば別なのだろうが、ミエリさんが不思議に思うのも無理はない。



「ひょっとして、ヒロさんは街の運営に関わられたことがあるとか?」


「おっと、プライベートな質問は困ります。できれば広報課を通してください」


「あら、ごめんなさい。これからインタビューはアポを取ってからお願いするようにしますね」


「ははははははっ」

「ふふふふふふっ」



 思わず軽口を叩くと、ミエリさんもそれに乗ってきた。

 しばらくテーブル越しに向かい合ったまま、お互いの小さな笑い声が部屋の中に木霊した。





「ヒロさん、一度、支店長に会ってみませんか?」


「はい?」



 笑い声が収まった後、姿勢を正したミエリさんから飛んできた唐突なの提案。

 


「実は支店長がヒロさんと直接会ってお礼したいと申しておりまして、どこかで時間をとってほしいと………」


「え…………」



 ガミンさんが会いたいって………

 いつも会ってるだろっ!


 と思ったが、つまりは自分の正体を俺に明かしたいということかな。

 

 なんとなくニヤニヤした顔で支店長室にて待ち構えるガミンさんの顔が頭に浮かぶ。


 そろそろ俺に正体を告げてビックリさせようと思っているのだろう。


 だが、それにわざわざそんな悪趣味に付き合う気はないから、ここは………



「結構です。今はまだ支店長にお会いできる程の成果をあげたとは思っていません。その機会は次に大きなことを成し遂げた時の為に取っておこうと思います」



 言下に断りを入れる。

 この言い方なら角は立つまい………多分。



「えっ! いや………、そのですね………」



 俺に断られて、アタフタと戸惑うミエリさん。

 この反応は予想外であったのだろうな。


 さて、もう用事は無くなった。

 ミエリさんから引き留められる前に、さっさと退散することにしよう。



「すみません、アルス達を待たせていますのからこの辺で失礼します」


「あっ! ヒロさん………」


「支店長にお伝えください。俺は自分ができることをしているだけですから……と。ではっ!」









 部屋から出て、アルス達が待つロビーに向かう。


 すると、アルス達の隣にはガミンさんの姿が………



「おお、ヒロか! アルス達から聞いたぞ。随分と大きい成果をあげたそうじゃないか?」


「ええ……」



 俺を見るなり、声をかけてくるガミンさん。

 どうやらアルス達から話を聞いていたようだけど………

 

 そう言えば、未来視の中でもガミンさんはアルス達のことを良く知っている素振りだったな。

 やっぱり見込みのありそうな若者に目をつけて話しかけているのだろうか。



「アルス、ハザン。ガミンさんと知り合いなの?」


「うん。この秤屋に所属したばかりの頃、お世話になったんだよ」


「アルスと引き合わせてくれたのもガミンさんだ。今の俺があるのもガミンさんのおかげだ」



 2人から聞く意外な話。

 

 いや……、よく考えれば意外でも無い。

 ガミンさんなら色々な人に声をかけて、気の合いそうな人達をマッチングさせているんだろうな。

 本当に支店長のクセに腰の軽い人だ。



「がはははははっ! まあな。俺の目の確かさは間違いないってことだ。ほら、この秤屋で一番最初にヒロに声をかけたのも俺だろう? 正しく才能を見抜く天眼というヤツだな」



 実に良い笑顔で笑うガミンさん。

 自分が見出した新人が大きな成果をあげたのがよほど嬉しいのだろう。


 ほんの少し、ここで『さっきミエリさんから、支店長に会いたいって言われたけど断りました』という話をしてやろうかと思ったが流石に自重。

 アルス達の前で話すようなことでもない。

 

 まあ、確かに俺もガミンさんに色々助けられているのは事実。

 ちょっとくらい趣味悪い遊びに付き合ってあげよう。

  

 アルス達に混ざり、しばしガミンさんとの歓談に興じた。








 秤屋を出れば、すでに日が暮れていた。

 今から孤児院に行くことはできないから、あの子を連れていくのは明日になる。


 その旨をミエリさんに伝え、向こうへの連絡をお願いする。

 一晩俺のガレージであの子を預かって、朝一番に孤児院に向かうことになった。



「では、ヒロ。明日朝、その孤児院の前で待ち合わせしようか」


「別にアルス達は来なくていいぞ。俺1人で十分だし」


「ここまで関わったんだから、最後まで付き合うよ」


「………分かった。じゃあ、また明日な」

 

 

 アルス達と秤屋の前で別れ、秘彗とガレージへの帰途に着いた。




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