第447話 顛末2


「ヒロ、あの子の様子はどう?」


「ああ、問題無い。今は秘彗の膝枕で白兎と一緒にお昼寝してる」



 街へと戻る途中での休憩時間。

 車を止めて、アルス達と打ち合わせを行う。


 議題は俺達が保護した幼女……トアちゃんの扱いと、今回のトラブルをどこまで報告するかについて。


「正直、あの子については僕達ではどうしようもないよ。どこかの施設に預けるしかないと思う」


 言葉を飾らずストレートな発言をするアルス。

 それについてはこちらも異論はない。


「こういってはなんだけど、僕達狩人は恨みを買いやすいからね。下手に僕達と一緒にいたら返って危険な目に遭わせてしまう。特に子供なんて標的にされやすいから」


「そうだな。それに俺達では女の子の面倒を見るのは無理だろう」


 ハザンも同様の意見を述べてくる。

 

 狩人である俺達は街にいないことも多いから、どうがんばっても女の子のケアまでは手が回らない。

 そもそも子育てすらしたことがない15,6歳の少年が、女の子を不自由なく育てるのは不可能だ。


「預け先は秤屋でミエリさんに相談しよう。多分、アドバイスをくれると思うから」


 アルスがそう締めくくってこの話題は終わり。

 今の段階ではこれ以上話を進めようがないからこんなものだろう。



「じゃあ、次はあの学者との遭遇を、何と報告するかについてなんだけど………」



 新たな課題を口にしつつ、アルスはチラリを俺の顔を見る。



「ヒロは回収した学者の遺骸をどうするつもりなの?」


「………頭を潰してしまったからな。多分、藍染屋に持って行って、使える部品が無いかどうか調べてもらうつもり」



 学者の晶石……臙石が手に入っていれば秤屋でマテリアルに変換してもらったのだが、残骸だけでは3分の1以下だ。

 さらにベリアルの焦熱によって機体はボロボロ。

 下手をしたら100万Mも無いかもしれない。

 それなら機体に残っているかもしれない『マテリアル機器』を回収した方がマシだ。



「それなら、僕としては今回の件を秤屋には報告しない方が良いと思うんだ」


「え? 秤屋には黙っておくと言うことか?」


 優等生なアルスから出てきた、思いもよらない隠蔽を仄めかすセリフ。


「うん。理由は幾つかあるけど………」



 アルスが述べたのは以下の通り。

 

 まず、あの学者と遭遇したことを話そうと思うと、今回の巣の独占権を売ったチームについても話をしないといけないこと。


 事情はあるのだろうが、俺達を生贄にささげたに等しい行為。

 さらに留守番役である森羅達へと襲撃をしかけてきた。


 これ等は間違いなく彼等の悪事だし、俺達が返り討ちにしたことに何の落ち度もないのだろうが、それを証明する手段に乏しいことがネックとなる。

 

「特殊個体の晶石も無いし、残骸だけでは異空間を作り出せるような高位機種が居たと証明しずらい。それに向こうから襲撃をしかけてきたという証拠もない。その上で僕達が彼等を全滅させたと報告するのはリスクが大きい」


 あのチームの残党がいる可能性だってあるし、横のつながりだってある。

 下手に俺達が秤屋へ報告することで、その情報が変にねじ曲がり、俺達へと誰かの逆恨みの矛が向くかもしれないということ。



「あのチームのことだけを伏せることも考えたけど、特殊個体の出現は特に念入りに調査されるからね。報告の中でどこかで矛盾が出てしまったら目も当てられない」



 それはそうだな。

 今回のケースはかなりイレギュラーだ。

 当事者である俺達でさえ全て理解できているとは言えない。

 その上で自分達に都合良く改ざんした報告ができるとは思えない。



「あの学者が健在であったなら、絶対に報告して秤屋全体で対策を練らないといけなかっただろうけど、今回はヒロのおかげでその必要もなくなった。でも、そうすると、ヒロが『問いかける学者』を倒したという栄誉を公言できなくなるんだけど………」


「いや、それはいいよ。どのみちあの残骸だけでは信用して貰えないし。それでいこう」



 申し訳なさそうなアルスに軽く手を振って、了承した旨を伝える。

 面倒臭そうなことに巻き込まれるのは俺も御免だ。

 それに今回の件を根掘り葉掘り聞かれるとマズイ。

 臙公を俺1人で倒すことができることはあまり知られたくない。


 だけど………



「………でも、その場合、あの子のことは何と伝えるんだ?」


「ああ、それは荒野で拾ったとでも言うさ。秤屋にとっては、身寄りのない子供のことなんてどうでも良いことだから深くは聞いてこないよ」



 なんと世知辛いアポカリプス世界。

 不幸に見舞われた子供のことなんて、誰も気にしないのか。

 

 分かってはいたけれど、元の世界と違って戦力にならない人間の価値はかなり低く看られてしまう。

 人が人であるだけではその価値を認めてくれないのだ。

 何かしら有用なモノを持っていると周りに示さなければ。

 







 街に到着し、秤屋の前で合流することにして一旦アルス達と別れる。

 アルス達は俺が車を止めているガレージ街ではなく、宿泊しているホテルの専用駐車場に車を止めているそうだ。

 

 ガレージに戻りシャッターを開ければ、出てくるのはフードをすっぽり被った金髪おかっぱ小学生と全長30cm程の小さなお猿型機械種。



「あい! おかえり! ますたー!」

「キィキィ!」



 出迎えてくれたのは機械種アークエンジェルの天琉と、機械種グレムリンの廻斗。



「おう! ただいま!」



 天琉と廻斗に声をかけて中に入る。


 そこはあるのは、金色の巨大な卵に見える潜水艇のみ。


 ここにあるはずの俺が紅姫の巣で獲得した発掘品の戦車はどこにもなく、また、今回留守番役であった豪魔、浮楽、毘燭、剣風、剣雷の姿も見当たらない。


 留守中に何かあったわけではなく、これも俺の指示によるもの。


 事前に白兎から廻斗へ連絡させており、予め戦車を隠し、天琉と廻斗を除く皆には隠蔽陣の中に入ってもらっているのだ。


 潜水艇はこの街に来るときの見られているし、ここにいる天琉と廻斗は何回か街へと繰り出している。

 

 それ以外の面子は知られていないから、この場では隠すことにした。

 たとえ幼女とはいえ、俺の情報は極力見せたくないから。

 


「口止めなんて意味が無いだろうしなあ………子供だし」


「マスターがお戻りになるまで、潜水艇の中で待機しておきます」


「まあ、ずっと中に居させるのもアレだから、お前達が護衛について散歩でもさせてやってくれ」


 ピコピコ


「承知致しました」



 耳をビシッとさせて敬礼の代わりとする白兎に、一部の隙も無い礼を返してくる森羅。



「あい! りょーかい! お空の散歩!」


「キィキィ!」



 嬉しそうに両手を上げてピョンピョンする天琉に、空中でクルクルと回転している廻斗。


 まあ、子供相手にはお騒がし組の方が相性は良いだろう。

 きっと良い遊び相手になってくれる…………



「…………お空の散歩は禁止だからな! 絶対だぞ!」



 何となく嫌な予感がしたので念押ししておく。

 うちのガレージの周りで、天使に乗った幼女が飛び回っているなんて噂は聞きたくない。


 





「すまんな。窮屈な思いをさせて」


 隠蔽陣の中に入って、浮楽達に声をかける。

 

 直径10mの陣内に巨大な豪魔が座っているのだ。

 ここに4機も詰め込むのは少しばかり狭苦しいに違いない。

 


「ギギギギギッ!」

「いえ、これくらいのことは何でもありませんな」

 コクッ

 コクコク



 座り込む豪魔の横に並ぶ4機。


 機械種デスクラウンの浮楽。

 機械種ビショップの毘燭。

 機械種パラディンの剣風と剣雷。

 いずれも人型の高位機種。



「そう言えば、毘燭達は街へと聞き込みに行ってくれていたな? 成果はどうだ?」


「はい、それなりに情報は揃いましたぞ」



 僧侶系最高位機種に相応しい豪奢な僧衣に身を包んだ毘燭が答える。

 俺が巣の攻略へと旅立つ直前、変幻の術を使って今の姿よりもシンプルな僧衣を着たノービスタイプの機械種アコライトへと変装させたはず。

 もうすでに変化の術は解けてしまっているようだが、どのくらい維持できたのだろうか?



「その外装………、いつ元に戻った?」


「マスターに変化の術を受けてから5時間ほどですな。ちょうど一通り話を聞き終えたばかりでしたので、問題なく誤魔化せましたぞ」


「そうか………、あっ! すまない。話の腰を折ってしまったな。続きを頼む」


「仰せのままに。あの機械種ヴァンパイア達を返り討ちにしたことでの影響ですが………、街の裏社会が少々騒がしくなっておるようですな。どうやらカーミラという御仁は、裏ではかなりの大物であった様子。ここ数日姿を見せないことと、その傘下にいた多数者達も行方不明になったことで、勢力争いが起こるのではと噂になっております」


「勢力争い………か。その、カーミラの行方を追うような動きは無いのか?」


「拙僧の調べた範囲ではございませんでした。ひょっとしますと、マスターが秤屋へご提出成された晶石の情報が流れたのかもしれませんな。即ち、この街に機械種ヴァンパイアが潜んでいて、誰かに討伐された………と。その御仁と討伐されたヴァンパイアを結びつける者もいるでしょう」


 うーん………

 あのカーミラの手下どもはあれで全部だったのかな?

 打神鞭の占いでは、この件について俺への影響は無いとなっていたから、そうである可能性は高いな。

 だとすると、今まで裏社会の大物であった一団がいきなり消えて、その後釜を狙った連中が動き出したということか。



 毘燭が調べてくれたこの街の裏社会での主な武装勢力は4つ。



 『灰色蜘蛛』 『泥鼠』 『土蚯蚓』 『躯蛇』



 『灰色蜘蛛』はこの街の歓楽街を仕切っている組織。

 4つの勢力の中では最も大きく、タウール商会の方針もその意向を強く受けるのだそうだ。

 

 『泥鼠』は街の雑務を請け負う手配屋のような存在。

 ゴミ回収や清掃、下水道掃除や解体作業等、街の人間がやりたがらない仕事を一手に引き受けている様子。

 また、街の近くにあるダンジョンにも出張っていて、ダンジョン攻略に向かう狩人相手の商売なども手を出しているらしい。


 『土蚯蚓』は街の外縁にある【畑】や【田んぼ】で作業を行う人員を派遣している。

 他にも【草むしり】や【砂さらい】も行っているようだ。


 最期の『躯蛇』は完全な暴力組織。

 脅迫、脅し、殴り込みから暗殺まで行う一番ヤバい集団らしい。

 人数は最も少ないが、なりふり構わない残虐さで一目置かれているそうだ。



「ふむ。短い時間でよくここまで調べてくれた。助かったぞ、浮楽、毘燭、剣風、剣雷」


「ギギギギッ!」

「お褒め頂き光栄の至りでございますな」

 コクッ

 コクコク


 仰々しく礼をする浮楽と毘燭。

 右腕を前に回して騎士らしい一礼をする剣風剣雷。


 

 調べてもらった情報は、しばらくこの街に逗留する俺にとっては重要なモノばかり。

 なるべく関わり合いになりたくない連中ばかりだろうから、しっかりと覚えておかないといけないな。








「では、そろそろ出かけくる。悪いが、あの子がいる間はここから出ないようにしてくれ。それから、豪魔。白兎はあの子の世話でつきっきりだろうから、ここの守りはお前に任せるぞ」


「承知………、我にお任せを………」


 ガレージの床にどっしりと座ったまま俺に向かって会釈する豪魔。

 純粋な戦闘力で言えば、白兎、ベリアル、ヨシツネについで第4位。

 俺の従属機械種の中で唯一の超重量級。

 コイツがいる限り、このガレージの中は安全が保障されたも同然。





 後のことを白兎と豪魔達に任せ、ガレージから出て秤屋へと向かう俺と秘彗。


 白翼協商の秤屋前でアルス達と合流する。


 見れば、アルスとハザンの2人だけ。

 どうやら機械終バトラーのセインは置いてきた様子。

 


「帰ったら帰ったでやらないといけないことが多いから、その辺を全部丸投げしてきたんだよ」



 アルスが言うには、使用した武器や防具の手入れとか、使った消耗品の補充とかが色々あるらしい。

 そういった裏方を全てあのセインが取り仕切ってくれているそうだ。


 俺の方で言うと、だいたいが森羅の役目になっているな。

 多分今頃、白兎がトアちゃんの面倒を見ている横で色々手配を行ってくれているだろう。



「さあ、ヒロ。行こうか。僕達の成果を報告しに。きっとミエリさん、驚くだろうなあ」



 アルスに促されるまま、秤屋の中へと入る。


 受付を済ませしばらく待つと、護衛を伴ったミエリさんが現れて俺達を別室へと招いてくれた。


 

「随分と早いお帰りですね。何かトラブルがありましたか?」



 席に着くなり、ミエリさんから飛んできた質問。

 

 朝出発して、日が暮れる前に返ってくる。

 通常、巣の攻略では考えられない日程だ。

 独占権を得たのだからギリギリまで滞在するのが当たり前。

 しかし、今回はとても通常とは言い難いイレギュラーの連続。

 さて、これをどのように説明すればよいか………



 テーブルの前に横並びに座った俺達は、互いに何度か顔を見合わせる。


 やがて口を開いたのは今回の攻略を主導してきたアルス。



「少々トラブルはありましたが、街に帰ってきたのはそれとは無関係です」



 そこで言葉を切って、俺の方を向く。



「ヒロ、アレを………」


「ああ………」



 論より証拠とでも言うのだろう。

 空間拡張機能付きバックから俺が預かっていたモノを取り出してテーブルの上に置く。



 ゴトッ



 赤というには鮮やかさが足りない。

 茶色が混ざり綺麗とは言えないが、それでも内包するエネルギーはただの晶石では在り得ない。

 

 紅姫の下位機種である赭娼から取り出した晶石、赭石。

 これこそ俺達が巣を踏破したという証拠。



「!!!」



 テーブルの上に置かれた赭石を見て、ミエリさんは絶句。


 俺が紅石を取り出した時ほどではないが、驚いているのは間違いない。


 いくら街の近くとはいえ、この短時間で新人が巣を攻略したのは前代未聞であろう。

 たった1回の遠征で巣を攻略した一踏一破どころではない。

 最低何日もかけて攻略する巣を、僅か半日で踏破したのだから。


 

「………………おめでとうございます。これでアルスさんもハザンさんも………ヒロさんも、巣の攻略者になられましたね。それもおそらくは最短記録の一踏一破でしょう」



 ミエリさんも流石のプロ。

 脳内では色々考えたのだろうが、それを顔に出すことも無く、俺達の偉業を褒め称えてくれる。



「ありがとうございます。これもミエリさんから色々教わったおかげです」

 


 アルスは穏やかな笑みを浮かべたまま礼を返す。

 ハザンの方はデカい図体に似合わず照れているようで、顔を真っ赤にして気恥ずかしそうだ。


 そんな様子の2人をミエリさんは年上のお姉さん的アトモスフィアで微笑まし気に見つめながら言葉を続ける。

 


「巣を攻略されたということで、貴方達の名前が公表されることになりますが、構いませんか? 一踏一破の達成者として、大々的に紙面に飾られることとなりますが」


「もちろん!…………いいよね? ハザン、ヒロ」


「ああ、俺は構わない。名を売れる絶好の機会だ」



 ミエリさんからの名の公表について、ほぼノータイムで返答したアルス。

 また、ハザンも異論はない様子。


 後は今回、俺の名を出すか出さないかだが…………

 


「…………お願いします」



 少し悩んだが、承諾した旨を伝える。


 何十年も難攻不落であった巣を攻略した時と違い、出来たばかりの難易度の低い巣だ。

 一踏一破とはいえ、現実離れしていると言う程でもない。

 これくらいの目立ち方であれば、そこまで面倒を引き寄せないだろう。



「では、3人のお名前を公表させていただきます。明日にはこの街の秤屋全てに知れ渡ることになりますし、1ヶ月後には辺境中。数か月後には中央にも届きますよ」


「よし!」



 アルスはぐっと拳を握りしめて喜びを露わにしている。

 いつも鷹揚に構えていた彼にしては珍しい反応。


 学者の問答中に聞いた彼の夢。

 3年の間に成果を出さないといけない彼にとっては、何よりも嬉しい事なのだろう。

 


「ひょっとして、エンジュ達にも届くかな………、チームトルネラの皆とかにも………」



 電話もメールも無いこの世界。

 あるのは届くかどうかも分からない手紙のみ。

 今まで無事であるという知らせ一つ送れなかった俺だけど………

 


 俺が狩人で活躍しているという話を聞いて、皆、どんな反応をしてくれるかな?


 そんな疑問が頭に浮かび、胸の中に懐かしい想いが一杯となった。


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