第442話 犠牲2


 幸い、救出した幼女に大きな外傷は見当たらなかった。

 ただ、かなり衰弱しているようで、未だ目を覚まさないまま。


「ハザン、水を!」


「ああ……」


 応急手当ができるというアルスがテキパキと処置を行っていく。

 幼女を抱きかかえながら顔を手拭で拭き、脈を取り、瞳孔から、口の中までチェック。

 まるでライフセーバーみたいな救護対応。


「清潔なタオルを誰か持っていない?」


「ここにある。これを使ってくれ」


 空間拡張機能付きバックから未使用のタオルを取り出し、アルスへと渡す。


 俺からタオルを受け取ったアルスは、俺の顔を見て、少しだけ戸惑う様子を見せながら口を開く。


「ヒロ………、その………」


「元々諦めかけていた夢だ。それにもう違う夢の算段はついた。気にしないでくれ。それよりも今はその子のことを優先……だろ?」


「うん、分かった」


 アルスは俺から受け取ったタオルを水筒の水にそのまま浸す。

 そして、水を含ませたタオルをその幼女の口へ当て、少しずつ絞って水を与えていく。


「少し脱水症状を起こしているみたい。本当は多少塩分が入った水の方が良いんだけど………」


 アルスは幼女の救護をしながらぽつりと呟く。


 塩分が入った水か。

 経口補水液みたいなものかな?

 確か俺の部屋にスポーツドリンクがあったはず。


 少し後ろを向いて、胸ポケットからスポーツドリンクのペットボトルを俺の部屋から召喚。


「アルス、これを使ってくれ。糖分と塩分が入っているドリンクだ」


「………ああ、ありがとう。見たことない入れ物だね」


 俺から受け取ったペットボトルの形を見て、不思議そうな顔をするも、すぐに救護へと戻るアルス。


 本当は仙丹を使用するのが一番なのだが、ここで与えてしまうとこの幼女はすぐに目を覚ましてしまうだろう。

 もし、泣き出したり、暴れ出したりしたら大変だ。

 

 なにせ、まだここは人類の大敵である臙公が作り上げた異空間内。

 せめて安全な場所まで脱出しないと逆に危険な目に合わせてしまうかもしれない。

 命に別状がないならアルスに任せておいた方が良い。



「ふむふむ、 幼き者を守るのは年長者の責務であるな」



 俺達の様子を面白そうに眺めている学者。

 当の原因のクセにその態度はまるで傍観者だ。



「………全く他人事だな。お前があの子を攫ってきたんだろ!一体どこから攫ってきたんだよ?」


 若干苛つきも含め、強い口調で学者を問い詰める。


 せめて、あの子の元居た場所の情報を聞いておかないと後から大変だ。

 打神鞭という最後の頼みの綱はあるが、仕入れられるならここで仕入れておきたい。


「ふーむ……、忘れたな。随分前だったような気もするし、最近であったような感じもする」


「おい! お前、機械種だろ! その辺の情報は全部晶脳に残っていないのかよ!」


「ふははははははっ! 何を馬鹿なことを。機械種ゆえに必要ない記憶はすぐに消去するに決まっているだろう。人間と違って無駄な情報を貯め込みはしない」


 悪びれることなく、俺の問いに答える学者。

 こんないい加減な誘拐犯に攫われた幼女も可哀想に。


「チッ! …………じゃあ、さっさと俺達を元の場所に戻せ。もう質問を終わったのだろう?」


 コイツはできればここで仕留めたいが、アルス達や幼女もいる中で戦闘を仕掛けるのは難しい。

 こちらの体勢も万全とは言い難いから、この場は一旦引くしかない。

 後で打神鞭の占いを使って居場所を特定してから、俺のチームフルメンバーで襲撃をかけてやる。


 そう思いながら、学者へ話を振ったところ、思いもよらない答えが………




「うむ! 約束通り3人だけ元の場所に帰してやろう」



 

「………なんだと?」


 思わず声が低くなる。


 この異空間にいるのは、俺とアルス、ハザンと救出したばかりの幼女の4人。


 なのに、コイツが元の場所に返すと言っているのは3人。



「おや? 最初に言わなかったかね? 質問に嘘偽りなく答えれば、『3人』とも元の場所に帰すと」


 ニヤニヤと口のパーツを歪め、笑っている表情を表す学者。

 その様子は間違いなく『してやったり!』と思っているに違いない。


「てめえ………」


「吾輩は嘘は言っておらんよ。別に構わんでないか。その幼き者は君達に関わり合いある者ではあるまい。放っておけば良いのでは?…………おっとそうだ。これを忘れていたな」


 俺の剣幕を他所に、学者は手を亜空間へと突っ込み、何かを引きづり出そうとする。


 


 ズルッ




 宙に避けた空間から現れたのは人間の身体。




 ドサッ




 戦闘服を着た狩人風の男性。


 ただし、どう見ても生きてはいない。


 こちら側に向いた顔はげっそりとやせ細り、凹んだ目は開いたまま。

 口からはダランと舌だけが大きく飛びだしている。



「………誰だ?この人………」


「君達より先にこの巣へと入り込んできた者達の1人だ。最初は8人いたんだがね。嘘をついて吾輩に処分された者が3人。元の場所へ帰したのは4人。その4人には、代わりの者をここへ寄越せば、この者を解放してやると約束していたのだ。残念ながら遅すぎたようだがね。何せこの場所には水も食料も無いからな、わはははははははっ!!」


 おかしくてたまらないとばかりに大笑いする学者。


 つまりこの人は、俺達に独占権を売ったチームの一人。

 そして、先に解放された4人は取り残された1人を救うために、情報を秘匿して独占権を売った。

 で、それを買った俺達は見事に罠に引っかかった。


 ひょっとして、森羅達を襲った狩人は、この人を迎えに来たチームのメンバーか?

 受けた損害を補う為、残留組を組み易しと見込み、襲いかかってきたのかもしれない。


 見た目は機械種エルフにノービスタイプの非戦闘系、ゴブリン2機という戦力。

 4人で奇襲を加えればどうにかなるかと思っただろうが、森羅は竜麟を装備したエルフロードだし、護衛につけているヨシツネはレジェンドタイプ。

 メンバーが欠けた狩人チームなど敵ではない。


 残されたメンバーの救出に間に合わなかったことには同情するが、こちらに襲いかかってきたことには情状酌量の余地は無い。

 そもそも同じ秤屋所属の狩人を騙そうなんて………



「んん? いや、それはおかしい。前のチームがこの巣を攻略していたのは2,3日前までのはず。2,3日で餓死するなんて………」


「ああ、それは不幸が重なったのだ。吾輩が偶然この異空間の時間を加速させたのでな。この者が囚われてからすでに3週間は経過しているのだよ。おかげで外の時間帯があやふやになってしまったがね。さて、どれほど誤差が出てしまったのか………」



 コイツ!

 高位機種でも滅多に備えていない時間操作も使えるのか?


 

 警戒レベルを上げ、目の前のレッドオーダーを睨みつける。



 外の時間帯を気にしながら、餓死した人間には何の感慨も見せない。

 助けようとした人間をあざ笑うかのような仕打ち。

 人間を陥れて喜ぶ悪魔のごとき悪辣さ。



「さて、一体誰が残るのかね? その幼き者を残すのがお勧めだな。 そうすれば君達は何の被害も受けずに帰ることができる。 それが最も賢い選択だよ」



 それができるなら、最初からこんなに悩んでいねえよ………



「それが嫌なら、君達のうち誰かが残るのも良い。前の者達のように、他の者をここへ連れて来れば残った者を返してやろう。もちろん、その間こちらからは危害は加えんよ。何も与えはしないがね」



 ニヤニヤと笑みを浮かべながら宣う学者。

 それと同じ境遇の者を餓死させておいて、よくもそんなことが言えるモノだ。

 どれだけ急ごうが、残った者の運命は初めから決まっているのだろう。

 


 ギュッと拳を握り込む。


 足元の白兎も後ろ脚で床をバンバン叩いて怒りを表してる。



 いい加減、俺の苛立ちも限界に近い。

 先ほどから散々やられっぱなし。

 おまけにコイツのおかげで俺は夢を………




「ヒロ………」



 俺の背後からアルスの声。


「ゴメン、ヒロ。僕が誘ったせいでこんな目に合わせてしまって………」


 申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするアルス。


「これは僕の責任だ。僕が残ろう。だからヒロとハザンは………」


「馬鹿を言うな! お前を残すくらいならここで戦いを挑む!」


 手にハンマーを持ち、頭の防頭輪を作動させたハザンが叫ぶ。

 アルス1人を残してここから立ち去る気は毛頭ない様子。


「だが、ヒロ。お前まで付き合う必要は無い。だから頼みがある。あの子を街まで連れて帰ってくれ」

 

 ハザンの口調からすでに覚悟を決めたことが分かる。

 アルスをここに置き去りにするくらいなら、たとえ死ぬと分かっていても、このフザケタ学者を名乗るレッドオーダーに一泡吹かせたいという気持ちなのだろう。


 当然、俺もここで抜ける気はない。

 アルスとハザンの3人でコイツに戦いを挑む選択肢はあるのだが………


 だが、この臙公は強敵。

 空間制御に続き、時間も操れるとなると、かなり面倒な相手だ。

 才能溢れるこの2人でも、臙公相手では戦力になり得ず、言葉は悪いが足手まといでしかない。


 俺と白兎で相手をするにしても、アルス達や幼女はどこかへ避難させておきたいところ………



 ………ふむ、避難か。

 それも3人。

 なら………… 



「おい、学者! 残るのは俺だ。だからこっちの2人とあの幼女は元の場所に戻してくれ」


「ヒロ!」

「何を言っているんだ!」


 血相を変えて叫ぶ2人。

 だが、今回も引き下がるわけにはいかない。


「さっさとこの2人と幼女を外へ出せ………あと、それから俺達が元居た場所にだぞ。あの幼女も一緒だ。それを間違えるな!」


「ふむ………、また、君か。つまらんが…………まあ、良い。精々、君には時間のある限り吾輩の問答に付き合ってもらうことにしよう」



 俺の言葉を受け、アルス達に向けて指先を向ける学者。


「ヒロ! 何で、何で君ばっかりが犠牲に……」

「俺達がそんなに頼りにならないのか!」


 2人の姿がゆっくりと霞がかったように消えていく。

 俺に向かって手を伸ばそうとしたまま。


 

「ごめん………、でも、これが一番なんだ」



 奥に寝かせられていた幼女も一緒に消えていく。

 ついでに囚われていた狩人の死体も。



「………やっぱりチームを組むのは俺には無理だな」



 完全にこの異空間から消えた3人。



 そして、残るのは俺と白兎と学者。



 ピコピコ



「おっ、そうだな。俺にはお前がいるな」



 パタパタ



「ははははっ、全くだ」



 一抹の寂しさを感じたが、それでも俺には白兎、それに仲間達がいる。

 それを他愛もない白兎とのやり取りで思い出す。



「コホンッ、ちょっと、いいかね?」


「んあ? ああ、なんだよ………」


 そんな中、余計な口を出してくるレッドオーダーが1機。


「少々気になったのだが………これは何かね?」


 と言って、学者が手にしたのは、俺が現代物資召喚で呼び寄せたスポーツドリンクのペットボトル。

 床に転がっているのを重力操作か空間操作で引き寄せたのであろう。



「…………ペットボトルに決まっているだろ」


「ぺっとぼとる………いや、そういうのを聞いているのではない。これはどうやって作られたモノなのかを聞いているのだ」


 何を言っているんだ? 

 そんなことプラスチックを加工してに………

 まあ、ペットボトル自体がこの世界に無いのだから、不思議がるのも仕方がないのだろうが。


「作り方まで俺が知るか。買っただけのモノだ」


 多分、コンビニか自販機で。


 そんなぶっきらぼうな俺の答えに、ブツブツと呟きながら考え込む学者。


「ふーむ………、買っただけなのであれば、聞いても仕方がないな。しかし、不思議だ。この物質には●●●●●が含まれていない。この世界の物質全てに含まれるはずなのに………、だが、この構成は………の御業に似ている。それもたった今、錬成されたばかりのような………、一体どういうことか?」



 コイツ、ただのペットボトルに何を言っているんだ?

 学者とか研究者とか、偶に訳の分からないことを言うけど………

 俺の部屋に置いてあるペットボトルがそんな大層なモノのわけあるか。

 

 ああ、そんなことより、コイツには聞かないといけないことがあるな。



「おい、学者。質問があるんだが………」


「…………ふむ? 君がかね? 何ゆえに君からの質問に答えねばならんのだ? 逆だろう?」


「さっき3つの質問に答えただろ? だから反対にこっちからの3つの質問にも答えろよ」


「…………君は全く吾輩を恐れていないんだな。初めは虚勢だと思っていたのだがね」


「それは俺の3つの質問が終わったら教えてやるよ。だから答えてくれ」


「はあ………、まあ、良い。一つだけなら質問に答えてやろう。」


 俺の不躾な態度にため息一つついて、俺からの質問を了承。

 ただし、3つから1つに質問を減らされた。

 まあ、この辺は駆け引きだから構わないか。


 臙公という高位機種だけあって、仕草がいちいち人間臭い。

 だが、今までの人間とは隔絶した対応を取る俺に興味を抱いているのは間違いない。

 学者だけあって、普通の反応を返さない俺を興味深いサンプルとして捕らえているのだろう。

 ならば、今はそれを利用してコイツから情報を引き出さないと。


 問える質問はたった一つ。

 確認しないといけないのは…………

 


「中央で活動するアンタが、わざわざこの辺境に来て守護者と争った人間を探すのはなぜだ? 守護者に戦いを挑む人間はゼロじゃないだろ。もしかして、そんなのを毎回いちいち確認しているのか?」


「守護者が全力で暴れたからだよ。そう滅多にあることではないからね。しかも相手を逃がしたと言うから驚きだ」


 なるほど。

 守護者に戦いを挑む無謀な人間は偶にいるが、守護者が全力を出すような相手など皆無と言っても良い。

 俺がそこまで機械種テュポーンを追いつめてしまった故に、中央からコイツが派遣されてきたということか。


 まあ、逃がしたんじゃなくて、逃げたんだよ、ソイツ。

 それはいいとして。


「で、その相手を探しているのか? その守護者に聞けばいいだろう?」


「…………それが教えてくれなくてね。全く困ったものだよ。守護者が全力を出してなお取り逃がす相手だ。我々が求める強者なのかもしれないのに」


 お手上げとばかりに両手の平を上するポーズ。

 

 『我々が求める強者』?

 強者だから早めに見つけて潰しておこうと言う意味か? 

 それは分からなくもない話だが………

 

 

「我々も手を尽くしたのだが、ガンとして語ってくれなかった。仕方なく皆で手分けして現地調査を行い、その結果、幾つかのことが判明した」


 学者が続けて語ったのは、守護者が暴れた近くの巣が直前に攻略されていたこと。

 そして、車の痕跡からバルトーラの街にいる可能性が高いこと。


「バルトーラに潜伏する我らの手先がいるのでね、その者に調査を任せた。いずれ報告が上がってくると思うが、ただ待つのは吾輩の性に合わなくてな。故に街に近いこの巣で待ち構えて狩人相手に聞き込みをしているのだよ」



 おい、バルトーラに潜伏する手先って………


 それって、カーミラのことだろ!

 お前が原因か!

 お前のような高位機種に調べろって命じられたから、カーミラはあんな無茶なことをしでかしたのか!


 一連の騒動の原因でもあった目の前のレッドオーダーへの視線が鋭くなる。

 

 そもそもの元は俺が暴竜の狩場へと入り込んでしまったことにあるのだが、その辺は今は棚上げ。


 しかし、俺の知りたいことはある程度知ることができた。

 今回のことは特に俺を狙ったわけではないこと。

 コイツを潰せばこれ以上の厄介事は増えないであろう。



 なら、これでもう用は無くなった。

 それに………そろそろ俺も限界………


 

「では、次は吾輩の質問だな。時間はたっぷりある。さあ………」



「いや、もうお遊びはこれで終わりだよ………」



 胸ポケットに指を入れながら、学者の方へと向き直り、



「お前には言っておきたいことがある」



 一歩足を進めながら、学者への恨み言を1つ口に出す。



「ヨクモオレカラ『ユメ』ヲウバッテクレタナ!!」




 トンッ


 縮地。


 シャンッ!!




「!!! な、何?」




 ゴトンッ!



 

 縮地からの奇襲。

 彼我との距離5mを一瞬で詰め、七宝袋から抜き放った倚天の剣での一閃。

 何物をも切り裂く至高の刃が空間障壁ごと学者の右腕を切り落とした。


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