第440話 質問2



「………………」



 しばしの沈黙が場を支配する。


 臙公である学者から問われた『君達の夢はなんだ?』の質問。

 それに対し、俺達3人はしばし言葉を失ったまま。


 いきなり夢を語れと言われても、具体的に言葉に出そうと思うと意外に難しい。


 俺のように分かりやすい夢ばかりではないだろうし、そもそも全ての人間が夢を掲げている訳ではない。

 食うや食わずの貧民など、今を生きるのが精一杯だろうし、夢という存在すら知らない者達もいる。

 夢というモノは、それなりに余裕が無いと『自分の夢』として認識できない。

 


 だけれども……………



「僕の夢は、父の跡を継いでテルモシアの街の領主になること」



 沈黙を破ったのはアルス。

 口にした夢は、彼の出自を明らかにするようなモノであった。



「ふむ………、権力か。よくあるものだな。しかし、お前の父が領主なのであれば、黙っていてもお前の手に入るモノではないのか? それは『夢』と言えるのか?」



 アルスの『夢』を聞き、それに対して重ねて問う学者。

 


「………僕には兄弟がいる。10人いるけど、そのうち機械種使いの才能があったのは僕ともう1人、腹違いの兄だけ。僕が領主になる為には、兄との勝負に勝たなくてはならない」


「ほう………、兄と争うのか。うむうむ、それも人間らしい。骨肉の争いというヤツだな。ふはははははっ………」


 なぜか学者は楽しげに笑う。

 兄弟同士の争いなんて笑えるモノではないだが、レッドオーダーにとっては違うのだろう。

 

「………して! その勝負方法とは何だ? お互いに剣を持ち合って殺し合うのか?」


 さらに問いを重ねる。

 赤の瞳を爛々と輝かせ、もっと鮮烈で血生臭い話を聞かせろとばかりに。



 随分と突っ込んだことを聞いてくるな、このレッドオーダー。

 人間の話を聞いて、その心情でも分析しているのだろうか?

 それともその反応を見て面白がっているだけか………



「………違う。3年という期間にどれだけ成果を示せるかで競うんだ」


 アルスは諦めたように細かい事情を語っていく。


「どちらが街の為に貢献できるかをね。商売でも、狩りでも………」


 続くアルスの話では、対抗馬である兄には隣街の領主の息がかかっていて、色々な面でバックアップを受けているらしい。

 対するアルスの後ろ盾は無い等しく、孤立無援。

 このままでは決着がつく前に潰される可能性もあったため、中央からこの辺境に逃れてきたそうだ。

 

「僕は父の跡を継ぐ。兄が領主となれば必ず隣街の干渉を受けることになる。それは決してテルモシアの街の為にはならない。僕が生まれ育った街を守る為にはこれしかないんだ!」


 強い口調で語り終えたアルス。

 その姿はいつもの柔和な雰囲気をは大違い。

 鋭い刃物のような気配を纏い、揺ぎ無い決意を感じさせた。

 

「………それだけかね? 街の領主になりたい理由は?」


 だが、そんなアルスの様子に気にすることなく、質問をぶつけていく学者。


「生まれ育った町の為。まあ、それは良い。だが、人間は身近とは言え、不特定多数の人間の為にそこまで強い思い入れを持てるとは思わない。話を聞くに、その兄に対抗したが為に命の危険もあったはずだ。それを押してまで領主になろうとする決意を持つには何かが足りない。さて、それは何だ?」


 鋭く突きつけられる学者の舌鋒。

 それに対し、アルスはしばらく俯いて沈黙。


 しかし、やがて顔をあげ、学者を睨みつけてから口を開く。


「……………母を失い、家族同然であった友も死んだ………。大事にしていたハッシュも」


 今まで見たことも無いような憎悪を瞳に宿らせているアルス。


「アイツがのうのうと父の跡を継ぐのは我慢できない。絶対にだ! だから僕が領主となる。そして、あの事件の全容を暴いてやる!!」


 血を吐くような気迫が籠った宣言。

 こんな状況でも無ければ、聞くこともできなかったであろうアルスの過去。

 育ちの良いボンボンみたいと思っていたが、その外見からは想像もできないほど苦労があったのだろう。


「ふはははははははっ、良い! 良い! 復讐か! 人間らしくて実に良い! なかなかに楽しかったぞ! ふはははははははっ………」


 機嫌良さそうに大笑いする学者。


 今までアルスが隠していた心情を暴き立て、それを楽しいと評する。

 何という性格の悪さ。まるでベリアルを彷彿とさせるような。

 レッドオーダーなんだから仕方が無いのかもしれないが。


 しかし、ベリアルの奴、ブルーオーダーのクセにレッドオーダー級に悪辣とは………

 レッドオーダーのままであったなら、どこまで悪逆非道な存在になっていたのだろうか?

 

 ふと、そんなことが気になってしまった。









「俺の夢はある『砦』の攻略だ。そこで俺の両親が消息を絶ってな。その痕跡を探したいと思っている」


 次に『自分の夢』を語ったのはハザン。

 学者から追加の質問が飛ぶ前に、周辺の事情も含めて話を続ける。


「両方とも狩人だったんだ。親父は戦士。お袋は機械種使い。残念ながら俺にその才能は受け継がれなかったがね。だが、小さい頃から機械種相手の戦い方は教わってきた」


 ハザンはぎゅっと胸の前で拳を握って、ナニカを噛みしめる。


「消息を絶ったのは4年前。俺を置いての遠征に赴いた先のことだ。まあ、狩人家業には良くある話だが、当事者になるとそうも言っていられない。両親の残した遺産をくすねようとする悪漢連中から身を守る為、倉庫にあったブーステッドを飲んだ」


 ゴツンッ!


 両手の拳を打ち鳴らすハザン。

 それは過去の自分がした選択が間違ってなかったことを確認する為の仕草なのかもしれない。

 

 年少の身で、このアポカリプス世界を生き残る為には、副作用があろうとブーステッドを飲むしかなかったのだろう。

 そうでなければ、両親を失った身で狩人にはなれなかったに違いない。

 

「色々失って、逆に色んなモノを手に入れた。少なくとも生き抜くだけなら苦労しなくなったのは大きい。だが、それでも、心残りはある………だから、俺は両親の痕跡を探す。見つからないと分かっているが、やらずにはいられない。少なくとも『砦』をぶっ壊して、隅々まで調べて、その上でないと収まらないんだ」


 口調は静かだが、その中に含まれる決意の強さはアルスと同様。

 彼の中ではもう決定事項なのであろう。


「うむむ! 収まらない衝動か? 自分を今の境遇に落とし込んだのは、一体何なのかをはっきりさせたいということだな。しかし、『砦』の攻略か。お前1人でできることでもないだろう?」


「ああ、それはもちろん分かっている。少なくとも、砦から出撃してくるレッドオーダーの群れを駆逐する猟兵団の協力は必須。その為にマテリアルを貯めているところだ。幸い、重装備も、怪我の心配をする必要もない身体だからな。他の狩人と比べて随分とマテリアルは貯まりやすい。ハハハッ………」


 そう言って自嘲気味にハザンは笑う。

 

 ブーステッドを飲んだ人間の特徴として、思考が短絡的になったり、刹那的な見方をするようになる者が多いという。

 力を得る代わりに、黒い痣が浮かび上がり、時には異形化。

 さらには子孫を残せなくなるというデメリットも得てしまう。

 人間でありながら、その根本から人間ではなくなってしまった存在。

 自分で選んだ選択とは言え、そのような存在となってしまったハザンの心情はなかなかに複雑そうだ。

 


「これで俺のつまらない話は終わりだ。満足してもらえたか?」


「ふむ! なかなかだ。人間の割り切れない思いが見え隠れする良い夢であった。人間側にも色々事情があるものだな。大変参考になったぞ」


 満足気に頷く学者。

 一体何の参考にするのやら。



「さて、最後は君だな。彼等に続く良い夢を期待している」



 学者は俺の方を振り返って、俺の答えを促してくる。



「さあ、君の夢を語れ!」



 有無を言わせない口調。

 もう逃れないシチュエーション。



 先ほどのアルスとハザンのシリアスな夢を語られた後に告げるには、あまりも落差が激しい俺の夢の内容。

 そのまま語れば、どのような目で見られてしまうのか………


 アルス達は気にしないのかもしれないが、これは俺の自意識の問題。

 そこまで厚顔無恥になり切れない俺の器の小ささ。


 だが、嘘をつくのはNGだし、未来視にて白月さんに語ったように曖昧にすれば、必ず学者は突っ込んでくる。

 だからここはもう、正直に語るしかない。




「…………『豪華で安定した生活+ハーレム+ウタヒメ』です」




 幾分声を小さめにボソボソと告げる。




「ふむ? 聞こえ無いな。すまないが、もう一度いいかね?」




「『豪華で安定した生活+ハーレム+ウタヒメ』です………」




 自分の顔が紅色しているのが分かる。

 はっきり言って、この状況下で話すのはかなり恥ずかしい。

 以前、ディックさんと語り合ったみたいな男同士の馬鹿話の中で打ち明けるならともかく、この真面目な雰囲気で話すにはあまりの場違い。



 ああああ!

 もう後を振り返られない。

 アルス達がどんな顔をしているかなんて見たくない!



 目線を前に固定して、学者の反応を待つしかない。

 だが、学者は俺の夢を馬鹿にするでもなく、淡々と俺の答えに対しての感想を返してくる。



「ふむ。豪華で安定した生活か。それは分かる。人間であれば誰しも楽に過ごしたいだろうし、不安定よりは安定する方が良いだろう。だが、先ほどハーレムと言ったね」


「はい………」


「ハーレムとは異性をたくさん囲うという認識であっているかね」


「はい………」


「君は金髪の彼と同じく街の領主の息子であったりするのかね?」


「いえ、違います。ただの根無し草の風来坊です」


「…………腑に落ち無いな。異性をたくさん囲って子孫をそこまでたくさん残す必要の無い立場でありながら、ハーレムを求めるのかね?」


「………………」


「黙っていては分からないな。なぜ、ハーレムが必要なのだ?」


「………色々な女の子とエッチなことがしたからです」


「色々な異性とエッチをするのにハーレムが必要なのかね? 別にハーレムを築かなくても世の男達は女を口説き、性交渉に持ち込んでいるだろう? なぜ、ハーレムを求めるのかね?」


「………………」


「なぜ黙る? 君の夢なのだろう?」


「女の子を口説く自信が無いからです………」


「異性を口説く自信が無いのに、どうやってハーレムを築くのだ?」


「…………そこは…………その…………お金………マテリアルで………」


「ふむふむ。財産を以って偽りの愛を買おうと言うのか。そこは先ほどの豪華で安定した生活につながるな。つまり君はその『豪華で安定した生活』を餌に異性を釣り上げるつもりということだな。自身に魅力が無いオスが豪華な巣を作ってメスを誘惑する。うむ! よく理解できた。なるほど、なるほど………


 学者はウンウンと何かに満足したように頷き、こちら向けてニヤリとした笑みを浮かべる。


「君は異性にこう告げるのだな、『豪華で安定した生活をしたければ、身体を差し出せ』………と。自身に魅力は無いが、財産を持つ君と、魅力はあっても財産を持たない異性を上手く組み合わせるわけか。なかなかに合理的だ。わははははっ!」



 大きな笑い声をあげる学者。

 それに対し、涙目でじっと羞恥に耐える俺。


 ヤバい。

 なんか涙ぐんできてしまった。

 なんでここまで言われきゃなんないんだよ。


 思わず恨まし気に学者を睨んでしまう。

 だが、学者は気にすることも無く、さらに口を開いて質問を続けてくる。


「まだまだ質問は終わらんよ。さて、君はハーレムと一緒にウタヒメを挙げたが、なぜハーレム+ウタヒメなのかね? 君の性欲を満たすのであれば、どちらか片方で十分ではないかね?」


「……………ハーレムにも興味ありますし、ウタヒメにも興味があるからです」



 人間の女の子と機械の女の子は別モノなんだよ!

 いいだろ! 両方揃えたって構わないだろ!



「なるほど、君は強欲なのだな。しかし、人間の女性はひどくウタヒメを嫌っているという。どうやって両立させるつもりだね?」



 その課題は何度も考えた。

 だが、結局解決策は見つけられなかった。


 それほどウタヒメに対する世の女性の嫌悪感は激しい。

 それでも何かしらの解決策を挙げろと言われたら一つしかない。



「……………マテリアルで」


 もうそれしか考えられない。

 マネーイズパワーに頼るしか………


 俺の答えを聞いた学者は歓喜と言っても良い表情を浮かべた。


「ほう! 君は異性の心も財産で縛ろうと言うのか? ………いや、この場合は心では無いな。あくまで表面的な態度だけでしかない。ウタヒメを侍らせる君に対し、ハーレムの一員である女性は表向きは愛してるように見せかけているが、その内心は侮蔑と嫌悪で溢れかえっているだろう。それでも君は上っ面だけの愛と魅力的な異性の身体さえ味わえれば良いということだな。実に割り切った考えだ! 素晴らしい!」



 もう殺せ。

 だれか俺を殺してくれ。



 崩れ落ちるようにその場で跪く俺。

 

 学者によって並べ立てられた俺という人間の矮小さ。

 突きつけられた内容は全て俺の痛い所をこれでもかと突いてきた


 思わず立っている気力を失い、床に手をつくことになったが、しばらくすると沸々と言いようのない憤りが湧いてくる。




 クッソ!

 なんで、ここまでボロクソに言われなきゃならんのだ!


 コイツ………絶対に潰してやる!



 

 怒りの形相を見られぬよう顔を床に向けたまま、ぐっと奥歯を噛みしめた。 


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