第439話 質問


『守護者』


 その名を持つ機械種はこの世界でも特別な存在であることを意味する。


 7体しか確認されておらず、いずれも特定のエリアを縄張りとして持ち、基本はその中から出てこない。

 空の守護者や海の守護者のように広大なエリアを周回しているケースもあるが。


 巣の奥底にひそんでいるわけではなく、堂々とその身を晒していることもあり、会おうと思えばそう難しくない存在でもある。

 

 ただし、遭遇して無事に帰ってこれた者は稀だ。

 守護者の名のごとく、自分のいる地を守護しており、それを犯そうとする者を許さない。


 紅姫でもなく、特殊個体でもないその7機の名は以下の通り。


 森の守護者 フンババ

 空の守護者 テュポーン

 雪原の守護者 ミドガルズオルム

 山の守護者 ヤマタノオロチ

 亡都の守護者 ナインテイル

 海の守護者 クラーケン

 砂漠の守護者 アポピス

 

 もちろん、これ以外にもまだ人間に知られていない守護者がいるのかもしれないが………



 その大きな特徴として、まず、その圧倒的な戦闘力が挙げられる。

 有史以来、挑んだ勇者は数あれど、ただの1機も倒せていないのだ。

 その力はおそらく緋王よりも上。

 戦闘力だけならば、赤の女帝をも上回るのではないかと言われている程。


 そして、その機体は超超々重量級以上。

 空の守護者テュポーンは尾も合わせれば全長1kmを超えていただろう。

 さらに、雪原の守護者ミドガルズオルムの全長は10km以上とも。

 もう大怪獣どころではない大きさだ。


 その7機の名は他のレッドオーダーと一線を画す存在であると示している。

 









 コイツ!

 よりにもよって、その質問をしてくるかよ!


 あまりにピンポイントな質問。

 動揺を悟られないよう努めて平静を装うが、果たして取り繕えたかどうか。

 

 

 臙公である学者から問われた質問は、


『ここ最近、守護者と戦ったか?』だ。


 この質問の意図は一つしかない。

 

 守護者テュポーンに痛手を与えた人物は誰なのかということ。


 即ち、俺のこと。



 打神鞭の占いの通り、機械種テュポーンからは俺の情報は拡散していない。


 レッドオーダーの中でも高位機種である臙公が、その存在を知りたがっているぐらいだ。

 機械種テュポーンと空中戦をしていた白兎、そして、ギリギリまで追いつめた俺の姿形を把握していないのだ。

 そう考えて間違いないだろう。


 だが、あれだけ暴れたのだから、守護者相手に誰かが戦いを挑んだという情報が広まってしまっている。

 その人物を探す為に、この臙公がここまで出向いてきたのだろう。


 何としても、俺であることを悟られてはならない。

 それだけははっきりしている。

 問題はそれをどうやって隠し通すのかなのだが………







「守護者! そんなモノと戦うって………在り得ない。しかも、ここ最近って……。暴竜への討伐隊が組まれたのは何十年も前のはずじゃないか! 僕達が生まれる前のことだよ。戦えるわけない! そもそも戦いになんてならないよ!」


「噂には聞くが会ったことは無いな」


 アルスは血相を変えながら叫ぶように、それとは反対にハザンは冷静に答える。


 おそらくアルスは守護者の恐ろしさについてある程度知っているのだろう。

 逆にハザンは現実感の無さから、冷静でいられるのだ。


「ふーむ………、嘘は無いようだな」


 そんなアルス達を見て、ふんふんと頷く学者。

 その口振りからやはり嘘を見抜ける能力があるとみてよさそうだ。


「さて、君はどうだね?」


 改めて俺へと水が向けられる。


 俺は引き攣りそうな顔を見せないよう必死に耐えながら、頭をフル回転。



 さて、俺は何と答えるべきか…………



 正直に答えるのであれば、『戦ったことがあります』だ。

 しかし、これを言った瞬間、俺の異常性はこの学者とアルス達に把握されてしまう。


 アルス達は最初は信じないだろうが、俺が嘘をついていないと学者が言えば、信じる可能性が高い。

 そうなれば、もうアルス達とは今までの関係ではいられない………


 さらに最悪なのが、このレッドオーダーに俺の情報が知られた場合、どのような速度でそれが広まるかだ。

 即座に俺が始末にかかっても、臙公ともなれば、それなりに抵抗はするはず。

 その間に俺の情報を拡散されたら最後、赤の帝国が全力を以って俺を狙ってくるかもしれない。

 それだけは避けないといけない未来だ。


 

 だが、バレると分かって嘘をつくこともできない。

 この場で戦闘が始まれば、危険にさらされるのはアルス達。

 相手のホームでアルス達を庇いながらの戦闘は厳しい。




 だからここは、嘘をつかずに誤魔化さなくてはならない。

 

 考えろ!

 誤魔化しは唯一俺が得意とする分野なんだ!

 たとえ臙公であったとしても真実を隠し通せ!

 

 確実にバレない嘘は本当のことを言うこと。

 

 真実にほんの少し味付けするだけで良い。


 それで誤魔化しという名の料理が出来上がるのだ!


 俺の手持ちにある材料を使って、臙公が舌鼓を打つ料理を仕上げてやれ!!









「どうしたね? 質問に答えてほしいのだが………」


 俺へと答えを督促する学者。

 それに対し俺は………



「ああ、守護者とは戦ったことがあるぞ」



 と正直に答えた。


 顔は自慢げに見えるよう。

 

 さり気なく白兎を足元に置いて。


 

「えっ!………まさか」

「む?」


 

 驚くアルスに、訝し気な顔をするハザン。


「ほう? 嘘では無い………ということは………」


 学者の赤い目が眼鏡越しに輝きを増した。

 心なしか声の調子が弾んでいるよう。



 そして、学者が何かを言う前に………



「俺は守護者フンババと戦ったことがある」

 

 と自信満々に語ってやる。


 もう一つの真実を織り交ぜてやったのだ。

 これが俺の仕上げた料理。



「んん? フンババ?」



 学者の声のトーンが1段下がった。

 思いもよらぬ情報にやや戸惑っているようにも見受けられる。



 いいぞ!

 新しい情報を出せば出すほど、向こうも検討しないといけない情報が積み上がる。

 情報が積み上がれば、その精査に手間がかかり、判断の精度が落ちる。

 これは人間でも機械種でも同じ。


 しかも出した名前が森の守護者であるフンババ。

 今回の主目的である空の守護者テュポーンではないが、学者にとっても聞き逃せない名前。

 ここで余計な修正をされる前に、情報の連打で畳みかける!


 

「そうだ。俺は元々行き止まりの街出身でね。ちょっと前に、一度森でフンババと戦闘になったことがあるんだ…………まあ、戦闘と言うか、他のパーティと戦っている所を見物して見つかって、慌てて逃げ回っただけだけど………でも、銃で撃たれかけたんだから戦闘で間違いないさ!」


 実際にやり合ったのは従機に過ぎないけど、それも守護者フンババの一部だ。

 広義の意味では嘘ではない。


「…………ふむ。なるほど、フンババ殿か」


 俺の言葉にじっと考え込む学者。

 嘘はついていないんだから、見破りようがない。

 

 ちょっと前というのが、実はもう5ヶ月前であることは言う必要が無い。

 『ここ最近』と曖昧な表現にしたのが仇になったようだな。


 よし! もう少し情報を投下して、真実味を補強しておこう。



「あの後大変だったけどね。何せフンババの呪いを受けてさ。魔狼に襲われて………死ぬかと思ったよ。足を負傷して………もう駄目かと思ったけど、何とか助かって………」


 これも嘘じゃない。

 最初は死ぬと思っていたし、足を負傷したのも本当。

 自分で足を切っただけだけど。


 ほらほら、魔狼と言っても、モンスタータイプの中位、ヘルハウンド程度だ。

 そんなヘルハウンドに苦戦する奴が、暴竜相手に戦えるわけなんてないだろう?


 

 チラリと学者の様子を見れば、明らかに失望したような様子を見せている。

 だが、まだ、何かしらを疑っているような素振りも見えなくもない。



 あともう一息と言ったところか。


 さて、ここでさらなる情報の投下を行う。



 しゃがみこんで足元の白兎の頭を学者へと見せつけるように撫でる。



「当時はまだ白兎を従属していなかったから。白兎が一緒だったらあんな目に遭わなかったかもな」


 ピコピコ


「ふふふ、よしよし。そうだな。お前が俺の従属する機械種の中で一番凄いもんな」


 フリッ フリッ


 俺に褒められて嬉しそうに耳をブンブン振り回す白兎。


「そう言えば、この前もお前に逆らうアイツをボコボコにしてたもんな。実質お前が最強だな」


 フンスッ!


 白兎は後ろ脚で立ち上がり、胸を大きく張った。

 まるで学者に自分の凄さを見せつけるように。

 

 

「ふむ……、もういいぞ。聞きたいことは聞けたからな」



 期待外れといった様子の学者。


 それはそうだろう。

 いかに出来は良いと言っても機械種ラビットを従属機械種の中で最強と言う狩人に、守護者が撃退されるわけがない。

 

 これで俺のミッションはクリアだ!








「ふう………、これで吾輩に与えられた役目は済んだな。では、吾輩にとっての本題である2つ目の質問に移ろう」


 学者は独り言を呟きながら、次の展開へ俺達を進ませる。

 なぜかその声は先ほどより良く弾んでおり、どことなく先方のテンションが上がっているのが見受けられた。



 やはり守護者云々は、赤の帝国の上位陣から下された命令なのだろうな。

 では、これからの質問が向こうにとっての本題なのか?

 しかし、本題とは………一体………


 『問いかける学者』なのだから、やはり人間相手に問いかけをしたいのか?

 それで一体何を人間達から聞き出したいのだろう?



「さて、次は君達の夢について知りたい。なぜ、その夢を持ったかも含めて答えてほしい」



 そこで言葉を切って、じっと俺達を見回す学者。

 その眼鏡の奥の赤い瞳は、俺達の心の奥底のナニカを見通すかのよう。


 



「さあ、君達の夢はなんだ?」





 学者から告げられた問い。

 それ自体は至って普通。

 就職活動の場でのも良く聞かれるような質問なのだが………

 



 ええ!

 夢って………

 それを今、アルス達の前で語れと!


 俺の夢って、『豪華で安定した生活+ハーレム+ウタヒメ』なんですけど……


 


 愕然とすると俺を他所に学者は胸を張って語る。



「さあ、吾輩に君達の夢を教えてくれ。人間が人間であるがゆえの夢を。矮小なる存在でありながら、想像の翼だけは無限に広げることのできる欲深き者。その証である夢を語れ。吾輩に人間の在り方を見せつけるのだ!」



 滔々と自説を述べ、俺達に向かって大きく両腕を広げる。

 その姿は正しく知識の収集者である学者。

 まるで新たなる発見がそこから生まれると信じているように……



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