第438話 臙公


「えっと…………アンタが俺達をここに引き込んだのか?」


 現れた研究者っぽい臙公に向かって問う。


 この赤黒い異空間が誰かに作られたモノなのであれば、その製作者は間違いなくこの目の前のレッドオーダーに違いない。

 俺達がここに来た原因がコイツの意図したことなのか、それとも予想外の結果なのかによって、こちらの対応も変わってくる。



「ヒロ!」


 アルスがびっくりした様子で俺の名を呼ぶが、とりあえず無視。


 普通の狩人でしかないアルスからしたら、レッドオーダーに気軽に話しかける俺の所業は信じられないモノなのであろう。

 なにせ紛れもない人類の敵対者で、人間を殺すことを至上とする殺人機械。

 交渉なんてする余地は無いと思っているようだが………


「うむ! そうだ。吾輩が引き込んだ。帰り道で発動する転移罠を仕掛けてな」


 なぜか嬉しそうに語る臙公。

 装いが研究者っぽいから、多分、自分の成したことを説明するのが好きなのだろう。



 しかし、やはり転移罠か。

 危ない所だった。下手をしたら次元の海に送り込まれて一生異空間を漂う羽目になったかもしれん。

 掌中目2つをそれぞれ両手で持っていたら発見できただろうが、片方は白兎に付けたままだし、そもそも俺の片手は瀝泉槍で塞がっている。


 以前攻略した紅姫の巣では、戦闘のほとんどをヨシツネ達に任せて、俺はずっと『掌中目』と『墨子』を使っての警戒+マッパー役だった。

 だが、今回の巣の攻略では、そこまでする必要は無いと思っていたが………

 

 空間制御と浄眼を持つ白兎でも違和感ぐらいしか感じ取れなかったということは、かなり巧妙な罠であったのだろう。

 おそらくコイツはかなり空間操作に長けた機種。


 だとすれば、下手に白兎の力でアルス達を逃がそうとするのは危険か。

 空間転移を干渉され妨害されたらどこへ飛んでいくかも分からない。


 何をするにしても、ある程度状況を探らないと………




「ふむ………、吾輩が呼んでもおらぬ者が1体いるな」


 臙公は自分の顎に手をやりながら、俺の足元に目線を向ける。


 そこには俺の従属機械種筆頭、且つ、宝貝でもある白兎の姿。


「人間だけに反応するようにしていたはずなのだが………」


 臙公のかける眼鏡がキラリと光る。

 それは紛れもない苛立ちと殺意。


「ふむ。これは転移罠の設定ミスか。吾輩のラボに白き鐘に従う裏切り者を侵入させてしまうとは………消すか」


 辺りの気温がヒュッと下がった気がした。

 目の前の高位機種の雰囲気がガラリと変わる。


 先ほどまでの饒舌な研究者から、冷徹な断罪者へと。

 

 レッドオーダーにとって、赤の女帝に従わないブルーオーダーは人間以上に憎むべき敵なのだ。

 それが己にとって羽虫以下の存在でしかない機械種ラビットであっても。


 

 マズい!

 こんなところで白兎相手に喧嘩を吹っ掛けたら………



 俺はともかくアルス達がヤバい。

 あの臙公と白兎がガチでやり合ったら、戦いの余波でどうなるかも分からない。


 流石の白兎も紅姫に匹敵する臙公相手に瞬殺は不可能だ。

 負ける相手ではないだろうが、受けるであろう被害は無視できない。


 俺と白兎がタッグを組めば、容易に倒せるかもしれないが、相手の能力が未知数であるのが気になる。

 

 敵はかなりの空間操作能力を保有しているだろうから、戦闘を挑むのであれば、できれば七宝袋の中のベリアルを参戦させたい。

 だが、それをアルス達の前で行うのはできるだけ避けたいのも事実。


 ある程度相手の情報が揃うまで戦うのは後回しにしたいのだけど………




 臙公から殺気を向けられているはずの白兎はいつもの通り。

 耳とフリフリ、鼻をヒクヒク、後ろ脚で立ち上がり……



 テクテクテク



 何気なく臙公へ近づいていく白兎。

 装甲の隙からナニカを取り出しながら。



 

「んん? 何だね? 命乞いか?」


 ピコピコ


 白兎は耳を揺らしながらナニカを臙公へと差し出す。

 それは俺がイザという時の為に白兎へと預けていたマテリアルカード。


「………何と! 手土産とは……、無断侵入の詫びの品も兼ねていると?」


 パタパタ


「ふむふむ。君はなかなかに気が利くな。品はともかくその心意気が良い」


 フリフリ


「ほうほう……、ラビットなのに、そこまで分かるのか? うむうむ、その通り!」


 ピョンピョン


「ハハハハハッ、なるほど。面白な、君は。気に入った! レッドオーダーになってみないかね?」


 フルフル


「ほほう? やはりマスターに従うのか。それは残念」



 研究者姿のレッドオーダーと下位機種でしかないはずの機械種ラビットとの、どこか内容のおかしい会話。

 殺伐モードからいきなり和やかムード。



 何やっているんだよ! 白兎の奴!

 向こうから誘いを受けるほど仲良くなってんじゃねえ!


 まあ、戦いを回避したのは良くやってくれたけど。


 預けていたマテリアルカードの残量は大した額ではない。

 たったそれっぽちのマテリアルで向こうの機嫌を取った白兎の交渉術を褒めるべきだろうか?



「ねえねえ、ヒロ。ハクト君は………」


「聞くな!」


 おずおずと俺に問いかけてくるアルスの言葉を最後まで聞かずに却下。

 俺にも説明しようがねえよ。


 まあ、多分、交渉スキルだろう。

 ついに白兎はレッドオーダーとも交渉できるスキル等級にまで達したのだ。

 スキル等級はきっと『交渉(機械種皆兄弟級)』だ。









「で? 何の為に俺達をここへ呼んだんだよ」


 本来ならレッドオーダーが人間を自分のホームに引きづり込むなんて、目的は一つしかないはずだ。

 しかし、この臙公からは人間に対しての殺意があまり感じない。


 かといって別に好意があるわけではなく、どちらかというと実験動物でも見るような感じ………向こうの姿が研究者っぽいからそう思うのかもしれないが。


「ふむ、すまんね。人間達にとっては時間は貴重なモノであるな。では、早速本題に入らせて頂こう」


 ぞんざいな口を叩く俺に対し、臙公はまるで気にしていない様子。

 

 俺の後ろのアルス達はハラハラしているようだが、今回は向こうが勝手に俺達を罠にハメたのだ。

 此方が遠慮する必要なんてあるまい。

 多少口調が荒っぽくなっても仕方がないだろう。



「君達をここに呼んだのはただ一つ、吾輩の問いに答えてほしいからだよ」



 臙公から返ってきたのは意外な内容。


 問いに答えるだけ……だと?

 たったそれだけのことの為に俺達3人を異空間まで引きづり込んだのか?


 …………いや、待てよ。

 どこかでそんな話を聞いたことが……

 


「『問いかける学者』か!」



 俺の後ろのアルスが叫ぶ。


 振り向けば、蒼白となったアルスの顔が目に入った。

 


 『問いかける学者』。

 


 機械種デスクラウンと同様、フラフラとあちこちを彷徨い、時には人間の街にも現れることがあるという中央では有名なワンダリングモンスター。

 その特徴は、文字通り人間に対して問いかけるというモノ。

 ただし、その問いに正しく答えられなければ殺されるとも、答えを言うまで閉じ込められるとも伝えられる。

 もし、『問いかける学者』の求める答えに辿り着けば、莫大な財宝を授けられるという眉唾な噂まである。


 

「ほうほう? この辺りでは吾輩の名は知られていないと思っていたがね。いやいや、これは有名になったことを喜ぶべきかな?」



 自分の通称を当てられて喜ぶ臙公。

 だが、機体名ではないだろう。

 機械種デスクラウンであった浮楽が『死へと誘う道化師』という通称を持っていたように。


 

「吾輩のことは『学者』と呼びたまえ。文字通り、この世界のことを学ぶモノだ」



 そう言って胸を張る臙公、『学者』。


 果たして、この学者は一体何を俺達に問おうと言うのか?

 俺には語れない秘密が一杯あるというのに!

 それもアルス達の前でかよ!


 思わずキツイ目で学者を睨みつけてしまう。

 

 だが、そんな俺を歯牙にもかけず、学者は話を続ける。


「吾輩から問う主となる質問は3つ。そして、その君達の答えに対し、幾つかの質問を行う。それを全て嘘偽りなく答えれば、3人とも元の場所へ返してやろう。だたし、嘘をつけばその限りではないことは肝に命じておきたまえ」



 『嘘』!!!


 コイツか!

 この学者が先のチームに大打撃を与えた機械種。


 俺達と同じように、巣の攻略からの帰り道、この異空間へと引きずり込まれ、途中で引き返さざるを得ない大打撃を受けた。

 

 つまり、この問いに対して、嘘をつき、何らかの制裁をうけたのであろう。



 …………気になるのは、どのような手段で嘘と断じているのかということだな。

 

 それがコイツの勘なのか、それとも備わった能力なのか………


 しかし、嘘を判別する能力というのは実に機械らしくない。

 人間の記憶や心などどうやって確かめるというのか?


 よくある人間の目の動きや体温、血圧、呼吸などを分析しての判断など、曖昧過ぎる。

 そんなの人によって個体差がよって結果などマチマチだろう。


 まさか感応士染みた能力が備わっているわけではあるまいに………


 

 考えなくてはならないのは、これから行われる質問に対して、どうするかだ。

 質問内容にもよるが、俺がアルス達の前で答えたくない質問について嘘をつくかどうか。

 万が一、学者が嘘を100%判別する能力を持っていた場合、当然に見抜かれて、襲いかかってくるかもしれない。


 撃退するのは容易いが、アルス達が背後にいる状況で戦えば巻き添えにしてしまう可能性が高い。

 それにその場合は俺も手加減できないし、白兎も同様。

 さらにベリアルも参戦させれば、俺の知られたくない秘密の大部分をアルス達に見せつけてしまうことになる。


 …………どこかの偽小学生探偵のように邪魔だからといって、気絶させたり、眠らせたりするわけにはいかない。

 

 戦闘が起こるかもしれない状況の中でそんな目に合わせたら、危ないことこの上ないし、さらにただでさえ怪しい行動を取っている俺がさらに怪しまれることになる。


 アルス達は今の所、俺に対して誠実な態度を取り続けてくれている。

 だからあまり無体な目には合わせたくない。


 だが、もし、イザという時は………




 そんな俺の葛藤を他所に、学者は質問を始めた。

 

 息を飲んでその質問を聞き逃すまいとするアルス達。

 俺にも思考を一旦中断し、学者の言葉に耳を傾ける。

 

 

「さて、一つ目の問いだが…………」



 ジロリと眼鏡越しに俺達3人を見回す臙公。


 その顔は明らかに機械と分かる形状ではあるが、あくまで人を模したモノと分かる造りだ。

 目と鼻と口の機械的なパーツがあり、ひと昔前のロボットのような印象を受ける。


 自らを学者と名乗った機械種が口にする、俺達に向けた最初の質問は………




「ここ最近、君達の中で守護者と戦ったことのある者はいるかね?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る