第437話 帰り道


「ヒロは蒼石3級だけでいいの?」


「ああ、その包丁………短剣と防頭輪はアルスとハザンが使ってくれ」



 巣の最奥で後処理を行う。


 赭娼に扮した白兎……赭兎を倒した俺達は、赤茶のローブに包まれた赭娼の遺骸を回収し、いつの間にか現れていた宝箱を開封、その中身をGETすることができた。


 まあ、宝箱は白兎が亜空間倉庫に収納していたのをこっそり部屋の隅に置いただけなのだが。


 白兎に開封してもらい、出てきたのは、蒼石3級1個と、発掘品っぽい短剣。

 それに以前、ハザンが欲しがっていた透明な防御フィールドで頭部を守る防頭輪。


 最初の約束通り、蒼石は俺が貰い、短剣はアルス、防頭輪はハザンが受け取ることとなった。


「しかし、宝箱から都合よく3個出てくるなんて、赭娼も用意がいいな」


 だいたい価値も同じくらい。

 これが2つだけだったり、価値がバラバラなら配分に苦労したはず。


 アルスの短剣の刃先がもう少し長ければ、何倍もの価値があっただろうが、短剣だと使い道が少ない。

 だが、銃と鞭を主体とするアルスのサブウェポンとしてはちょうど良い感じだそうだ。

 でも、見た目が包丁のような形状で俺的には微妙。

 金属でも易々と切り裂く特殊な刃物らしいけど。

 


「赭娼や紅姫を倒して出てくる宝箱の中身は、その場にいる人、若しくはその関係者に相応しいモノが入っていることが多いらしいよ。あと、その赭娼や紅姫に関連するような品とか」


 中央出身だけあって、狩人知識については随分と博識であるアルス。

 俺も噂では聞いたことがあるけれど、本当なのだろうか?



 俺が今まで得た巣の中で得た宝箱は、以下の通り。

 

 機械種メデューサ:自動浮遊盾5枚と、白い翼が生えたようなバイク。

 機械種ゴズ:発掘品の銃『高潔なる獣』と、巨大戦車『八葉車』。


 関連があるような無いような………


 機械種メデューサのは、何となくわかる。

 メデューサを倒した英雄ペルセウスは輝く盾を持っていたし、そのメデューサの首を盾に飾ったのも有名な話だ。

 白い翼が生えたようなバイクは、おそらくメデューサの血から生まれたペガサスを意味しているのだろう。

 あの当時、エンジュはバイクを修理しようとしていたということもあるし。


 しかし、機械種ゴズの銃と戦車が分からない。

 関連するモノじゃなくて俺に相応しいと思われたモノだったのだろうか?

 それとも、あんまり関係なかったのか…………



「あははははは、これもあくまで俗説だからね。統計を取れるくらいに巣が攻略されていけばはっきりするだろうけど」


「もしくは、俺達だけで統計が取れるくらいに攻略するか……だな」


「それ、いいねえ! 新しい装備も増えたし。次は紅姫でも狙ってみる?」


「………ハハッ、それは流石に無理だな。だが、あと数年あれば………」


 アルスもハザンも饒舌だ。

 巣を達成したことで浮かれているのもあるのだろう。


「さあ、ヒロ、ハザン。そろそろ地上へ戻ろうよ。巣の攻略は秤屋に成果を提出してようやく終わりってね」


 アルスの言葉を受けて、巣の最奥の部屋の出口へと向かう。


 アルスの言うように巣の攻略は秤屋まで戻って初めて完了なのだが、主を倒した部屋を出る瞬間というのは、どこか一つの旅の区切りみたいなモノを感じる。


 出来たばかりの巣だから、おそらく俺達が初めて入ったのだと思われる。

 そして、この部屋から出たのも俺達が最初のはずなのだ。


 この巣の独占権を譲った先のチームがこの最奥まで辿り着いていないのであれば………



 あれ?

 そういえば………


 先のチームが大打撃を受けた原因は、打神鞭の占いによれば、『嘘をついたから』だったが、一体何のことだったのだろう?


 もしかして、先のチームはこの最奥まで辿り着き、赭娼相手に戦いを仕掛けた?

 その戦闘の中で、嘘を言う場面があって、それが原因で………


 うーん………あまり想像つかないが、それしか考えられないんだよなあ。

 あの赭娼の首を提出すれば、何の機種だか判明するから、それで………




「マスター、どうされました?」


「ああ……秘彗、すまん」



 秘彗に問われて我に返る。


 秘彗は赭兎との戦闘が終わったら、いつの間にか復活していた。

 多分、白兎が何かしたのだろう。


 何もしないままに戦闘が終わったのを知って、何度も俺に向かって頭を下げていたが、秘彗が悪い訳じゃない。



 白兎、後で秘彗に謝っとけよ。



 俺の足元でウロチョロする白兎をつま先でツンツン。



 ピコピコ



 耳を揺らして、素直に『はい』と返事する白兎だった。











 巣の最奥から出口に向かって帰る俺達。

 白兎を先頭にして、秘彗を前面においた隊列で進む。



『せめてこれくらいの事はやらせてください!』



 赭兎戦で見せてしまった己の不甲斐なさを払拭する為、秘彗が自分から申し出てきたのだ。

 すでに赭娼は倒して戻る途中だから、秘彗の補給は気にしなくても良いし、アルスとハザンも疲労している。

 マテリアルが勿体ないと言えば勿体ないが、赭石も手に入ったから黒字は確定した。

 これで秘彗の気が済むなら安いモノだ。


 地下1階に上がるまでに2回程、レッドオーダーと遭遇したが、白兎の察知と秘彗の粒子加速砲で瞬時に射殺。


 改めてストロングタイプの凄さを認識しながら、俺達はこれ以上無い安全な帰り道を進んでいく。



「それにしても凄いね、ハクト君。機械種ラビットなのに宝箱の開封から罠外しまでやってのけるんだから」


 アルスの視線は先頭の白兎へと注がれている。

 その目はどこか郷愁の想いを秘めていた。


「…………いいね、ラビット。ずっと置いておこうかな」


「アルス、大丈夫か? 変な所ぶつけてない?」


「あはははははっ、ハクト君を見て、ラビットの素晴らしさに魅せられちゃったみたい」


 朗らかな表情で笑うアルス。

 

 それ………多分、あの炎のウサギに囲まれて、自爆に巻き込まれてせいだと思うぞ。

 変な感じで植え付けられたトラウマが変化でもしたのかもしれん。 


 白兎め、なんか妙な効果を及ぼす技とかじゃないよな。

 何か悪影響が残っていたりなんかは………

 

 

 じっとアルスの顔を眺めてみる。


 

 いつものイケメンスマイルに、光の加減によっては銀にも見える薄い金髪。

 戦闘服に身を包んでいても、その身に備わった上品さが伝わってきそうなオーラ。

 とても危険な巣の攻略に勤しむ狩人には見えないが、発掘品を使いこなす実力派の発掘品使い………



「………そう言えば、アルス。お前の鞭って『風蠍』じゃなかったっけ? あの赭娼相手に『七頭風蛇』とか言ってたけど………」


 赭兎相手に使った、7つに分裂した銀条。

 あの白兎を一時的にせよ束縛したのだから、かなりの性能なのであろう。


「ああ、アレね。アレもこの『風蠍』の一形態だよ。脳内処理が大変だから、滅多に使えないんだけど………」


 少しだけ苦笑いを浮かべながら、自分の切り札について語るアルス。


「あの1本1本を自分の思考で動かせるんだよ。7つを同時並行で処理しなきゃならないから、偶に脳みそが沸騰しそうになるんだよねえ」


「それは………凄いな。ひょっとして、あの鞭の腕も思考操作………」


 そこまで言いかけて口を閉じる。

 アルスは気軽に話してくれているようだが、狩人相手に探るような発言は禁句。

 『狩人三殺条』にもあるように『探る者は殺す』なのだ。


「ごめん」


 素直に自分の不作法について謝罪。


「あははははは、いいよ、いいよ。ちなみにさっきの質問の答えは、半分正解。僕が気兼ねなく乱戦でも鞭を振るえるのは、イザとなれば緊急停止できるからなんだ。でなきゃ危なくてしょうがないからね」


「………じゃあ、普段は自分の腕だけなのか。それは凄いな。あそこまでの鞭使いは初めて見たよ」


 俺の素直な感想にアルスはちょっと不思議そうな顔で見返してくる。


「ヒロに凄いって言われると、凄い違和感。ねえ、ハザン?」」


「ああ、全くだ。生身で赭娼相手に接近戦をこなす程とは思わなかった。しかも銃と槍を使いこなすインファイターなんて聞いたことが無い」


 ああ、見られてたのね。

 まあ、腕利きの狩人以上のことはしていないから、構わないけど。


「流石は白ウサギの騎士………いや、この場合は白ウサギの銃士というべきか?」


 やめろ、ハザン。

 その2つ名を広めるな。


「いやいや、槍が抜けているよ。白ウサギの銃槍士ってとこじゃない?」


 アルスも乗るなよ!

 お前等、面白がってないか?


 ピョン! ピョン!


 ほら、白兎も喜び出したじゃん!

 やめろよ! 俺にはもっとカッコイイ二つ名が………


 

 ピョン! ピョン! ピョン! ピョン! ピタッ………


 …………フンフン、フンフン



 あれ?

 白兎が跳ねるのを止めて、地面に鼻を擦りつけ出した?



「どうした? ひょっとして隠し部屋でも見つけたか?」



 パタパタ

『何か違和感。来た時は無かったのに………』



「違和感? それは………」



 俺が白兎へと尋ね返そうとした時、








 フワッ……







「え?」


 突然、浮遊感が全身を襲い、気が付けば視界が切り替わっていた。


「何? どこ?」


 いきなり落とし穴に落ちてしまったかのように、周りの景色が一変。


 薄暗い巣の中から、全面暗褐色で満ち満ちた空間へ。

 右も左も上も下も全てが迷彩色めいた黒と赤で埋め尽くされている。

 まるで異空間に閉じ込められたような感覚に陥ってしまいそうな場所。

 



「!!! ここは……」

「む! なんだ?」



 俺の背後からアルスとハザンの声。

 どうやらアルス達も一緒にようだ。

 少し離れた場所に2人して立ち尽くしている。


 一緒にいたのだから、ここにいても不思議はないのだが………



 しかし………



「………白兎? 白兎は? それに秘彗も……」



 辺りを見回せど、いつもの白くて丸い機体はおろか、秘彗の姿も見当たらない。



「そんな………アイツと離れ離れ………」



 予想もしなかったいきなりの別離に、大きな不安が湧き上がってくる。

 

 俺の絶対的な安心の源である一つ。

 とにかく白兎がいれば何とかなるという心の支えが消えたのだ。

 


 ギュウウウウウッ

 

 

 右手の中の瀝泉槍の柄を握りしめる。


 硬い金属の柄からは返ってくる静かな波動。

 瀝泉槍の力を借り、何とか心を落ち着ける。



「ふう…………、まずは状況確認をしないと」



 自分の身の回りのモノを簡単にチェック。

 と言っても、俺の大事なモノのほとんどは七宝袋の中だ。

 

 胸ポケットに指を突っ込み、そこに七宝袋があるのを確認して、ほっと一息。



「あとはアルス達と話し合って………」



 ピコピコ



 アルス達の方へと振り返れば、いつの間にか俺の足元で耳を揺らう白兎の姿が目に入った。


「………白兎! おい! どこへいっていたんだよ!」


 慌ててしゃがみ込み、白兎の小さな機体に縋りつく。


 フリフリ


「え? 空間転移罠で飛ばされた? 俺達がか?」


 パタパタ


「………やっぱりここは異空間か。それで白兎は『掌中目』の気配を探って追いかけてきたのか」


 白兎の片耳に括りつけた葉っぱの形をした銀細工。

 2個がワンセットであり、隠されたモノを調べあげるだけではなく、遠く離れた片割れの位置を確認することができる宝貝。


 白兎の暴走しないよう監視の目としてつけた掌中目がこんなところで役に立つとは………


 というか、すぐに掌中目を通して見れば、白兎がどこにいるなんて即座に分かっただろう。

 慌てると冷静な判断ができなくなってしまうところは相変わらずだ。気をつけないと。



 その後白兎から、俺達がいなくなったのを見て、すぐに秘彗を森羅達のいる杏黄戊己旗の元へと送ったことを告げられる。


「そっか………、ここがどこかは分からないが、マスターから離れた従属機械種はレッドオーダー化してしまいかねないから」


 巣の出口近くであったことも幸いしたのだろう。

 杏黄戊己旗の範囲内なら赤の威令も届かず、レッドオーダー化の心配もない。


 そこで一安心と胸を撫で下ろす俺に、白兎は爆弾を放り込んできた。


「何? 拠点に襲撃があった!?」


 パタパタ


 白兎が言うには、狩人らしき人間達がいきなりこちらに襲いかかってきたらしい。

 だが、森羅と協力して、隠れ潜んでいたヨシツネが全て始末したそうだ。

 

「………全く意味が分からん。なんで狩人が………街を出た時からつけられていたのか? でも、それなら白兎や森羅が分からないはずがない」


 偶然に遭遇したなど在り得ない。 

 予め俺達がこの巣を攻略するという情報を握っていない限り。

 ということは………



「ヒロ! 大丈夫?」


 思考を続ける俺にアルスから声がかかる。

 いつもの柔和な笑顔が見えず、焦ったような感情がその顔から見え隠れしている。


「一体ここはどこだろう? いつの間に運ばれたのかな? まさか空間転移なんてことは………」


 余裕の無さからだろうが、疑問が次々と飛び出してくる。

 どれだけ実力があろうと、亜空間に引きづり込まれたなんて経験は無いだろうから当たり前なのだが。


 さて、何と答えようか?

 俺も完全に把握しているとは言い難い。


 分かっているのはこの場が異空間であること。

 そして、白兎の力を使えば元の場所に戻ることができることくらい。


 できるなら白兎の力は秘密にしておきたかったけど、この状況下ではそうも言っていられない………


 



「ふーむ? こんなに早く次の客を迎えることになるとはな………。しかも、まだ年若い少年達か」





 突然、響いた伸びの良い男の声。

 オペラの男性歌手のごとき耳ざわりの良いテノール。




「歓迎しよう、少年達。吾輩のラボにようこそ」




 声の元を見れば、そこにいたのは白衣を着た人型機種。

 まるで研究者であるような装い。

 

 ただし、その機体の色は闇に染めたような黒。


 その顔にかかった眼鏡越しに見える瞳の色は間違いなく赤。


 

「レッドオーダー………がしゃべった?」



 アルスの背後にいたハザンが信じられないとばかりに呟く。



 レッドオーダーが人間相手に会話することは稀だ。

 少なくとも高位機種以上でないと在り得ない。



「まさか、特殊個体?」



 アルスの目が、白衣の襟首から見える黒ではない色を発見。

 首全体が黒みを帯びた赤に染まっている。


 その色の名は『臙脂色』。



「『臙公』か!」



 思わず俺の口から敵の正体が転び出る。


 それは紅姫に匹敵する高位機種。

 橙伯であった浮楽よりも1段上である色付き。



 俺に正体を当てられたレッドオーダー……臙公は、赤い目を輝かせてニヤリと笑ったような気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る