第436話 強敵4



 巣の最奥にて向かい合う、銃と槍を構えた俺と、赤茶ローブを着た人型となった赭兎。

 

 周りを囲んでいた炎の勢いはいつの間にか弱まっており、あと10分も経たないうちに消えてしまいそうだ。


 おそらく、炎が完全に消えるまでが勝負。 

 それまでにおれがどれだけコイツに俺の力を見せつけられるか……だ。



 右手の『高潔なる獣』のグリップを握りしめる。

 その手の中の感触は意外なほど柔らかく、手の平に吸い付くようにフィットしている。


 そして、左手の瀝泉槍の柄をぎゅっと握る。

 こちらからは、いつもの清流のごとき静かな波動が流れ込んでくる。



 よろしく、高潔なる獣!

 頼むぞ、瀝泉槍!



 ダダッ



 両手に持つ武器達へ呼びかけてから、俺の相手を務めてくれる赭兎に向かって駆け出す。



 赭兎は両腕を交差させて爪をひり出し構えている。


 俺はそんな赭兎の胸を狙って左手一本の神速の突きを放った。

 


 ビュンッ!!



 大気中の空気分子すら貫くような鋭い刺突。

 だが、赭兎にとっては来るところが分かったテレフォンパンチに近い。


 ギリギリまで引きつけ、直前に一歩前進、穂先を滑らせるかのように鮮やかな回避を見せ………



 ドンッ



 その回避は一発の銃声によって停止。


 即座に振るわれた槍の横薙ぎを受け、赭兎は真横に吹っ飛んだ。



 クルッ



 だが、身の軽い赭兎は、吹っ飛びながらも空中で体勢を整え、身を捻って両足で着地。


 チラリ


 赭兎は目線を下げ、自分の腹当たりを確認。

 そこには銃で撃たれた弾痕が一つ。



 

「これが俺の新戦法………」


 左手で槍を振り抜き、右手で銃を構えた俺が呟く。



 左手で槍を突き、即座に右手の銃を至近距離で放つ。

 銃を遠距離武器として使うのを諦め、至近距離でぶっ放す近接武器として使う戦法。


 この戦闘スタイルは、エンジュと旅をしていた頃に立ち寄った開拓村でのベネルさんのモノ。


 彼からは色々なことを教わった。

 俺の狩人としての第一の先生と言っても良い存在。

 さらには瀝泉槍の元となった槍をくれた人でもある。


 そんな彼の特徴的な戦闘スタイルがこれだ。

 

 右手の銃と、左手のパイルバンカー。


 銃で牽制して、左手の甲に装着したパイルバンカーで穿つ。


 それを俺は槍を牽制用に使い、至近距離から銃で狙うという形に変更を加えた。


 

「当たらないなら、当たる距離で撃てばよい」



 流石の俺でも30cmの距離は外さない。

 ほぼ密着状態から放っているのだ。外すわけもない。

 さらに狙ったところに当たらなくても、機体のどこかに当たれば良いのだ。

 その後に続く瀝泉槍の一撃につなげれば事足りる。


 

「普通なら左手1本だと速度や威力が落ちるが、元々『闘神』パワーを持つ俺は片手でも何の問題もない」



 俺の『闘神』パワーは宇宙戦艦並みの大きさのモノでも簡単に持ち上げられるのだ。

 槍を片手で持つくらい何でもない。


 気になったのは、瀝泉槍から流れ込む無窮の武の影響。

 元々瀝泉槍に備わった技量UPの効果は自身を使う前提でのこと。

 他の近接武器を違う手に持っただけで効果が無くなるどころか、体のバランスが崩れひっくり返りそうになるくらいに悪影響を及ぼす。


 しかし、今のように銃を反対の手に持っても影響は見られない。

 特にプラスの影響があるわけではないが、体のバランスが崩れることも無い。


 おそらく瀝泉槍は、右手の持つ銃を近接武器として認識していないのだろう。

 瀝泉槍を持った岳飛が活躍したのは古代中国での話。

 当然、戦場に銃なんてあるはずもないから。


 

 

「これで終わりじゃないぞ!」



 じっと立ち尽くす赭兎に声をかける。



「他にも試したいことは一杯あるんだ」



 フルフル

『ビックリした。流石は僕のマスター』



 こちらに向き直り、耳をフリフリ、まだまだ戦意旺盛の様子。



 パタパタ

『もっと見たい! マスターの新しい力!』



 嬉しさ爆発と言った感じでクルッとその場で縦に一回転。



 ピコピコ

『こっちから行くよ~!』



 着地すると同時に俺へと飛びかかってくる。



 ピョンッ!

 ビシッ! ビシッ! ビシッ!


 さっきのお返しとばかりの飛び上がっての三連脚。

 ローブの裾から赤茶に染めた赭兎の伸びた足刀が放たれる。



「やるな!」


 

 瀝泉槍の柄で赭兎の鋭い蹴りを防御。

 


 クルッ



 赭兎が突然、空中で機体を翻す。

 無防備な背中を一瞬こちらに向け、



 ブンッ



 視界外からの変則的な回し蹴り。

 プロ野球投手から投げられた鋭いカーブのごとく、喰いこむような曲線を描くつま先。

 

 

「よっとっ!」



 顔を仰け反らせ、鼻先をかすらせるように回避。


 と、同時に………



 ドンッ ドンッ



 真上を通り過ぎた白兎の胴体へと銃の2連射。


 1発は外れたが、もう1発は命中。



「さらに!」



 銃を構えた右手をアッパーのように突き出し、



 ドンッ



 まだ空中を舞う赭兎へと、ほぼセロ距離での銃撃を喰らわせる。



 ドサッ



 流石の白兎も体勢を崩しまま床へ墜落。


 ピョンッ ピョンッ

 

 だが、すぐさま立ち上がって、こちらへと向かって来る。






 ビシッ ビシッ 


 ボクシングスタイルから、軽いジャブを放つ赭兎。


 ジャブといっても伸びる手で放たれたラビットヨガパンチ。

 螺旋を描き、うねりながら飛びかかる蛇を思わせる軌道の殴打。


 

 通常なら瀝泉槍のリーチをフルに使って弾き返すところだが、ここはあえて飛び込む。



 ダダッ!



 槍を真正面に構えて突撃。

 当然、白兎は左右に避けようとする。

 

 だが、右手に構えた銃がそれを許さない。


 

 ドンッ! ドンッ!

 

 

 飛び込んできた俺に対し、紙一重で回避しようとした赭兎へと銃撃をお見舞い。

 すれ違う際、右手でショートパンチでも打つかのように銃を突きつけ引き金を引く。


 それは正しく寸打、短剄に近い形。

 確か中国拳法の形意拳にそんなモーションの少ない打撃技があったような………


 偶然かもしれないが、瀝泉槍の持ち主である岳飛が形意拳の元となる拳法の開祖であるという伝説もある。

 ひょっとしたら、この戦闘スタイルは瀝泉槍を扱う俺にピッタリなのかもしれない。




 

 ピョンッ!!





 先ほどから槍と銃の組み合わせた俺の新戦法に翻弄されるままの赭兎。


 このままでは駄目だとばかりに後ろへと大きく後退。


 そして、その手に渦巻く炎を呼び出し、それを投げつけんと大きく振りかぶった。





 アイツめ!

 接近戦では敵わないと見て、遠距離で戦うつもりだな!


 あの距離まで離れたら、俺の銃の腕では到底当てられない………



 スピードと小回りは白兎の方が大幅に上回る。

 俺がどれだけ追い縋ろうが、アイツに追いつくのは至難の業。


 おそらくこの戦闘スタイルの欠点を伝えたいのだろう。

 根本的に俺が苦手とする単体遠距離攻撃の問題が片付いていないだから。


 瀝泉槍には一応『焔消し』とかの遠距離技があるにはあるが、衝撃だけでそこまでの威力は期待できない。強敵相手には通用しないだろう。

 

 あのように敵から遠距離攻撃を連発されたら、なすすべもなく………





 グルルッ………




 その時、聞こえた獣の唸り声。


 

「え?」



 それは俺の手の中にある『高潔なる獣』から聞こえたような気が………




 カチリッ




 唐突に頭に浮かぶ、『高潔なる獣』に収められた特殊弾丸の幾つか。

 その秘められた効果は発掘品に相応しいモノ。




「これは…………認められたと言うべきか」




 ただ、完全にとまではいかないようだ。

 以前、機械種ガンマン……教官が見せてくれた特殊弾丸がリストには無いし、余りに数が少なすぎる。

 今の俺が使用できるのは、僅か3つだけ。



「だが、それでも、今の状況を打開するには十分…………」



 

 ボフォオオオオオオオオ!!!




 赭兎から放たれた地を這う炎竜巻『兎払い』。



 それに対し、俺は悠然と『高潔なる獣』を構え………



 ドガンッ!



 弾丸を撃ち放った。



 その弾丸の名は『猛猪弾』


 突進する猪のごとく立ち塞がる障害を吹き飛ばす衝撃を伴った特殊弾丸。




 ボフォン!!




 『猛猪弾』によって一撃で炎の竜巻は霧散。


 さらにその向こうに控えていた赭兎も衝撃でひっくり返る。



「チャンス!」



 そのままダッシュで駆け寄る俺。


 しかし、赭兎は慌てて立ち上がり、ピョンっと大きく跳ねて、さらに遠くに逃げようする。


 だが、甘い!



「『猿握弾』!」



 俺が放った弾丸は飛んで逃げようとする赭兎からわずかに外れる。


 しかし、外れた弾丸は赭兎の近くで小さく破裂。



 

 ビタッ!!



 

 ピコピコ

『あれ? どうして?』



 突如、逃げ去ろうとした赭兎の機体が空中でピタッと停止。

 まるで急ブレーキをかけたかのように。


 弾丸が破裂し、飛び散ったナニカ。

 それは触れたモノをその場で固定する物質、空間固定剤。

 猿の手のように、敵の足を引っ張り、邪魔をする妨害罠。

 効果時間はほんの数秒と短いが、俺にとっては十分。



「どりゃああああ!!!!」



 空中で固定された赭兎目がけて大ジャンプ。


 

 バコンッ!!



 固定化が解けた瞬間を狙い、赭兎の機体を瀝泉槍の柄の方でぶん殴る。



 ドガンッ!!



 勢いよくぶっ飛ぶ赭兎の機体。

 そのまま床に叩きつけられ、ゴロゴロと転がっていく。




 スタッ




 地面に降り立った俺はすぐさま赭兎へと追撃する為、駆けだそうとした時……




「七頭風蛇!」



 

 響き渡ったのはいつの間にか復活したアルスの声。


 見れば、すでに立ち上がり、手に持った風蠍を振るった所………



 いや、あれは………



 アルスの手によって振るわれた銀条。

 ただ1本であるはずの銀の鞭が途中で分離。

 その数を7本へと増やし、倒れた赭兎を襲いかかる。



 

 ギシッ ギシッ ギシッ




 細いロープが何重にも絡まり、赭兎の機体を拘束していく。

 アルスが新たに告げたその『七頭風蛇』の名の通り、7つの頭を持つ蛇が赭兎を喰らわんとその身で持ってグルグル巻きに。


 

 バタバタバタ



 赭兎も機体をバタつかせ、拘束から逃れようとしているが、どうやら鞭がある程度伸縮し、力尽くでは引き千切れないような仕様になっている様子。




「やったよ! ハザンッ!」


「おうっ!」



 赭兎を拘束するアルスの声に応えたのは、これまた脳震盪から復活したハザン。


 愛用のハンマーを手に身動きの取れない赭兎へと躍りかかる。



「だあ! どりゃ! たあ! かあ!」


 ドカッ! ドカッ! ドカッ! ドカッ! 


 

 文字通りタコ殴り。

 銀条に縛られ、ジタバタするだけの赭兎に向かって、そのハンマーを何度も振り下ろす。

 

 途中で打撃を止めれば、反撃で死ぬとでも思っているくらいの力の入りよう。


 まあ、あの赭兎の炎の攻撃を見ていれば、そう思っても仕方がないが………




 ピコピコ

『まいった! まいった! まいったから!』



 拘束されながらも耳だけを必死に動かし、降参宣言を行う赭兎。

 あれくらいの打撃では神珍鉄製の白兎の機体はビクともしないが、動けない中で集中的にボコられるのは精神的に堪えるのだろう。



 やれやれ。

 白兎との茶番劇はこれで終劇。

 あとはしめやかにクライマックスへとつなげますか。



「ハザン! トドメは任せてくれ!」


 ボコり続けるハザンに声をかけてから、『高潔なる獣』を仕舞い、瀝泉槍片手に走り出す。


「ああ、頼んだ!」


俺が近づいてくるのを見て、その場を譲るハザン。


ハザンと入れ替わるように瀝泉槍を大きく構えて振りかぶる。




 チラリと交差し合う俺と赭兎との視線。


 アイコンタクトにより、意思疎通は完璧。




 

 ザンッ!!





 瀝泉槍の一閃により赭兎の首を刎ねる。



 

 宙を舞うフードに包まれた赭兎の首。




 ゴトンッ





 床へと落ち、そのフードに隠された顔が露わとなった。




 それは赤土色した凶悪な鬼婆のような面相。




 すでにその目に光は無く、完全に活動を停止していることが分かる。




 空間転移と亜空間収納を使っての白兎のすり替わりはこれで成功。





「やった………」



 アルスが小さく呟いた。



「やれたのか?」




 ハザンが信じられないとばかりに疑問を口にする。




「ああ、やったぞ! 俺達の勝利だ!」




 俺は大きく瀝泉槍を掲げての勝利宣言。




 その後に響き渡った感極まった少年2人の喜びの声。


 狩人としては誰もが夢見る巣の攻略をなしたのだ。

 紅姫より下の赭娼ではあるが、たった3人での攻略というのは異例だろう。

 しかもたった1日での一踏一破。

 出来たばかりの難易度の低い巣とはいえ、稀に見る快挙であるに違いない。



「ああああああああ!! やった! 僕にも出来たんだ! ヒロ! ありがとう!」


「お前のおかげで俺は前に進めた………感謝する!」


 喝采と俺への感謝。

 嗚咽交じりの男泣き。

 アルスとハザンは色々な感情が溢れかえっている様子。


 嬉しいはずだ。

 赭娼の討伐は中央へ行こうと思えば、どこかで必ず必要となる。


 それを成したアルスとハザンはそれをクリアしたことで、互いが抱える夢へと一歩近づけたのだから。




 ピコピコ



 いつの間にか白兎が俺に近寄ってきて耳をフリフリ。


「んん? …………ご苦労さん。ありがとうな………でも、本当にどうなるかと思ったぞ」



 パタパタ



「何々………、これで終わりとは限らない。第2第3の魔王ホワイトラビットがいずれ………って、もうこれ以上は要らんわい!」



 しゃがみ込んで、今回の騒動の元凶 + 功労者へにデコピンを一発かましてやった。

 


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