第435話 強敵3


 炎に囲まれた巣の最奥。

 赭娼が存在していた巨大なホール。

 今、そこに君臨するのは赭娼ではなく、赭娼に扮した白兎……赭兎だ。


 踏み込んできた狩人2人と機械種1体と打ち倒し、残る最後の一人となった俺へと声をかけてくる。


ピコピコ

『さて、ここからが本当の勝負』


「……………」


 俺はフラつく頭を抑えながら、ゆっくりと無言で壁際から立ち上がる。

 錐揉み状態で吹っ飛ばされたことで、少々気分が悪くなってしまったのだ。


 だが、これだけは確認せねばなるまい。


「まだ終わりにするつもりはないみたいだな?」


 意気込みを見せる赭兎に対し、質問。

 倒れているとは言え、アルス達が聞いているかもしれないので言葉を選ぶ。



 パタパタ

『もちろん!』



「そうか………」



 チラリとアルス達の方へと目線を飛ばすと、未だ気絶状態でピクリとも動かない様子。

 白兎のことだから、きちんと手加減して、後に残るような負傷は負わせてはいないだろう。


 心の方はどうかは知らないが………


 まあ、そこまでは面倒を見切れない。

 仲間が次々と死んでいくような恐怖に比べたら大したことはあるまい。


 少しだけ猟兵時代のことを思い出しながら苦笑。



「では、お相手仕ろう。こちらは悠久の刃、闘仙流のヒロ」



 フリフリ

『今だけはマスターの強敵を務める、天兎流舞蹴術の白兎』




 いざ尋常に………




 「『勝負!』」











 炎で造られたリングの中央でぶつかり合う俺と赭兎。


 赭兎はまるでボクサーのように半身に構え、リズミカルなステップを踏んでいる。



 ほう……

 俺相手にカウンター狙いか?

 白兎には伸びる手があるから、瀝泉槍を掻い潜って当てることができると踏んだか?


 はてさて、この目算が正しいのかどうか俺が確かめてやる!




 まずは軽く突きの3連撃。

 両手に構えた瀝泉槍を用いての、いきなり槍が3本に分裂したかのような三突。



 ガチンッ!



 響いた金音は一つ。

 瀝泉槍の穂先が赭兎の爪先によって弾かれた音。


 残りの2突は身を捻って回避。



「クッ! ………これならどうだ!」



 数歩踏み込んで、自身を起点としながら瀝泉槍を回転。

 縦横無尽に左右上下に振るいながら、赭斗へと突撃。



 ブンッ! ブンッ! ブンッ!

 ブンッ! ブンッ! ブンッ!



 槍の竜巻と化した俺の攻撃を、アクロバティックな動きで回避する赭兎。


 頭部へと振るった槍はしゃがんで回避し、その直後に放った下段攻撃をクルっとトンボを切って避けた。

 着地したところへの追撃は、手を床にトンッと突いただけで数m飛び上がって躱す。

 


 空中なら避けれまい!


 宙を舞う赭兎に狙いを定めて槍を突き上げる。

 頭は白兎本体だから、そこは避け胴体部分に狙いをつけて。



 だが………



 カンッ!



 突き上げられた穂先の側面を、在り得ない角度の蹴りで無理やり軌道修正。

 


 クルッ!



 その勢いを以って、穂先を回避し、少し離れた所へと余裕を持ってスタッと着地。




「まだまだ!」


 


 着地した赭兎に向かって駆け出し、腰に構えた体勢で乱れ打ちとばかりに瀝泉槍で突きまくる。

 正確性よりも手数を優先した連続攻撃。

 


ガチンッ! ガチンッ! ガチンッ! ヒョイッ!

ガチンッ! ヒョイッ! ガチンッ! ヒョイッ!

ガチンッ! ガチンッ! ヒョイッ! ガチンッ! 



 赭兎は迫りくる無数の槍突を、両手の爪と軽快なステップで捌く。


 火花が散り、金属音が響き、空気が裂ける。

 幾十、幾百も刃と爪が交差し、激しい剣戟が続く。


 

 ここまで捌き切るとはなかなかやるな。

 白兎め、いつの間にか腕をあげやがった。



 赭兎は絶妙な立ち回りで俺の絶死圏内には入らず、それでいて自分の攻撃距離内で俺を収めている。


 真正面の殴り合いなら俺が勝つに決まっている。

 だから、赭兎は位置取りで優位に立ち、自分の得意とする距離を維持し続けているのだろう。



 そして……



 ブンッ!



 攻撃一方の俺に対し、不意を突いた伸びる手の一撃。

 回避しながらの無理な体勢から放ったラビットヨガパンチ。

 ギュンっと伸びて、抉り込むようにこちらへと打ち込まれる。



「うおっ!」



 ガンッ!



 ギリギリで胸の前に移動させた瀝泉槍の柄にてガード。



 危ねえ………

 在り得ない軌道で向かって来るから、めっちゃ防御しにくい………



 ばっちりカウンターを決められそうになったこともあり、一旦、攻撃を止めてバックステップで後ろに下がる。


 対する白兎も後退して体勢を立て直す。


 

 パタパタ

『惜しかった』


「……………」 


 

 余裕を崩さない赭兎と、苦み虫を噛み潰したような顔の俺。


 そのままある程度の距離を置いての睨み合いと移行。




 

 ………思っていた以上に強いな、白兎。

 そりゃあ、白兎の実力は俺が一番分かっているけど。


 『闘神』パワーは抑えているが、それなりの本気だ。

 それに技は瀝泉槍から引き出した無窮の武。

 まさかあそこまで防がれるとは…………



 フリフリ

『マスターの攻撃はお見通し!』



 挑発交じりの白兎の言葉。



 パタパタ

『このままだと僕が勝っちゃうよ!』




 ぬかせ!

 俺が本気だったら、瀝泉槍を爪1本で防げるか!

 こちらはお前を傷つけないように気を遣ってやっているのに………



 だが、これは言わば白兎とのゲームだ。

 お互いの技量を確かめ合うだけの。

 故に白兎も白天砲や空間制御を使用していない。

 傷つき、壊し合う戦闘ではないのだ。



 しかし、技においてここまで拮抗されるとは思わなかった。

 むしろ押されているいると言っても良い。


 いくら今の白兎の戦闘スタイルが初見のものであり、予想もつかない攻撃を繰り出してくるという点はあるけれど………


 

 ………んん? 初見か………



 少し気になることがあり、いつもの瀝泉槍を装備した構えを取ってみる。




 スッ




 すると、それを見て赭兎の構えが変わった。


 まるで、そうすることが最適解であるかのように………




 コイツ!

 俺の挙動を見抜いている!


 そうか!

 いつの間にか俺の技が白兎に見抜かれていたのか!


 瀝泉槍を使った俺の戦闘スタイル。

 それを一番知るのはいつも俺の横で戦っていた白兎。

 俺の一挙一動のクセや技の出かかりが、白兎に全て把握されてしまっているのだ。


 逆に人型となった白兎の技の数々は俺にとっては全くの未知。


 それではいかに無窮の武と言えど、不利な状況。

 特に全力をだせない技のみの勝負では勝ち目は薄い。



 パタパタ

『やっと分かった?』



 俺の表情を見て、タネが知れたと悟ったのだろう。



 フリフリ

『今と同じの戦闘スタイルじゃあ、僕には勝てないからね』



 フードから突き出た耳を揺らし、俺へと忠告とも挑発とも取れる言動が赭兎から飛ぶ。

 

「………………」


 少しばかり白兎らしくない言い方にどこか引っかかりを覚えた。

 まるで俺に何かに気づいてほしいような………



 『このままでは……』『今と同じ戦闘スタイル……』



 つまり白兎が言いたいのは…………




「あ………」



 そうだ。

 俺の新しい戦闘スタイル!

 銃と槍を組み合わせた天衣無縫の型。



 

 左手に瀝泉槍を持ち替え、右手でレッグホルスターから『高潔なる獣』を引き抜く。



 ギュッ



 手の平でグリップを握りしめた瞬間。



 グルルゥッ



 ほんの僅かに獣の唸り声が聞こえたような気がした。










 そうだよな。

 俺が強敵を求めていたんだよな。

 コイツを使った新戦法を試す為に。


 白兎が赭兎になったことに驚いて、その辺のことをすっかり忘れてた。


 右手で『高潔なる獣』を。

 左手に『瀝泉槍』を構える。


 向かい合うは赭娼に扮した、我が従属機械種の筆頭、及び、俺の宝貝でもある白兎。



 

 ピコピコ

『良かった………、しっかりマスターの相手を務めるよ!』



 嬉しそうに赭兎の耳が揺れ動く。

 ようやく自分の意図が伝わって喜んでいる様子。


 つまり白兎は『【高潔なる獣】から認められる為に、自分相手に戦え』ということだろう。


 人類の生存圏を脅かす巣の最奥。

 仲間が2人倒れ、残る1人のなった窮地の状況。

 対峙するのは人類の敵対者である赭娼。


 正しく死闘と言っても良いシチュエーション。


 これが本当の実戦であれば、いきなり新戦法を試すのは危ないことこの上ない。

 ミスによって誰かが取り返しのつかない損傷を負う可能性だってあるのだ。


 しかし、この場であればその心配は無用。


 白兎は俺の為に絶好の場を整えてくれたのだ。


 そして、これは俺が気づかなくてはいけなかった。

 敵に『新戦法を使ったら?』と勧められる展開など在り得ないから。


 随分もどかしい想いをさせてしまったのかもしれない。

 それでも俺を信じて待っていてくれたのか。





 全く………お前は俺の最高の相棒だよ。




 思わず笑みが零れる。

 

 色々偶然が重なった結果であったが、それでもこの場を作れたのは白兎の努力があってこそ。

 調子に乗り過ぎたり、暴走したりすることはあるけれど、アイツの頭の中にあるのはいつも俺の役に立ちたいという強い想い。



 白兎、お前の想いに応えよう。



「行くぞ!」



 ピコピコ

『うん! 簡単には負けないから!』



 槍と銃を構えた俺と、赤茶のローブを着て人型に扮した白兎……赭兎がぶつかり合う。

 しかし、その間にあるのは憎しみでも敵意でもなく、お互いが築き上げた確かな『絆』。


 俺と白兎の勝負は今、ここに本番を迎えたのだ。






※1時間後に本日2話目の投稿を致します。


 次回の投稿は1月4日になります。

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