第434話 強敵2


 炎に囲まれた処刑場。

 巣への侵入者を断罪するのは赤茶色のローブを着た小柄な人型機種。


 フードから飛び出た赤土色のウサ耳がチャームポイント。

 フルフルと可愛く揺れて、俺の心を和ませる………



 いや、違う。


 今のアイツは、俺の可愛い白兎ではなく、巣の主たる赭娼………赭兎だ。


 そして、俺達は3人でアイツへと立ち向かわないといけないのだ。




「さて、どうしようか? 退路は防がれたし、相手は強敵。倒れたヒスイさんが再起動してくれたら何とかなるかもしれないけど………」


 アルスは倒れている秘彗にチラリと視線を飛ばす。

 確かに秘彗が復活すれば、かなりの戦力になるだろうが………


「それは望み薄だな。そんなに詰めの甘い奴じゃ無さそうだ。それに再起動できたとしても、また最優先で狙われるぞ。あのスピードに誰もついていけないからな」


 アルスには悪いが、甘い考えは切って捨てさせる。

 ここは真正面からぶつかるしかないのだ。


「とにかく捕まえないと始まらないか………、次こそは必ず!」


 ハザンが拳をぎゅっと握り締める。

 先ほど赭兎に簡単にあしらわれたのが屈辱であったのだろう。


「三方から囲んでみる? ハザン中央、僕とヒロが右翼と左翼で包む感じで。数だけならこちらが有利だし」


「あの飛び道具が飛んで来たら厄介だぞ」


 ハザンが言う飛び道具。

 あの地面を這う炎の小嵐のこと

 アレを連発されたら対処のしようが無いが………


「!!! 来るよ!」


 アルスから鋭い声。

 見れば、向かい合う赭兎の手から渦を巻く炎が吹き上がっている。


「ここは俺が防ぐ!」


 アルス達を庇うように1歩前へ。

 瀝泉槍を胸の前に出して構える。


 どれほどの炎も俺の瀝泉槍の前には………



 パタパタ

『どうしたぁ!』


 パタパタ

『どうしたぁ!』


 パタパタ

『どうしたぁ!』



 いきなりの3連続『闇払い』……いや、『兎払い』か。

 それも『京』仕様からいつの間にか『庵』仕様に。

 炎の色も心なしか紫色っぽく見える。



「えいやっ!!」



 ビュン、ビュン、ビュン!



 一槍三閃。

 瀝泉槍をブンッブンッブンッと振るい、迫りくる炎の嵐を打ち消す。


 無双の武窮を前にしては、飛び道具など無力………



 パタパタ

『どうしたぁ!』


 パタパタ

『どうしたぁ!』


 パタパタ

『どうしたぁ!』


 

 再び迫りくる炎の嵐。

 


「おい!コラ!」



 またも瀝泉槍で炎の嵐を霧散させる俺。



 しかし………



 パタパタ

『どうしたぁ!』


 パタパタ

『どうしたぁ!』


 パタパタ

『どうしたぁ!』



「いい加減にしろ!」



 コイツ、まるで格ゲーのように飛び道具を連射しやがって………

 このままでは埒が明かん!



「アルス! ハザン! 散開! 俺が仕掛けるから!」


「分かったよ、ヒロ」

「おお!」


 俺の号令にアルスとハザンが左右に飛びだす。


 これで俺は後ろを気にすることなく………



「だああああ!!!」



 雄叫びをあげながらの大ジャンプ。

 地を這う炎の嵐を避けるには飛び越えるのが一番。


 空中で瀝泉槍を構え、おそらく空洞になっている胴体部分を串刺しにしてやろうと矛先を下に向けた時、



 ピョンッ!!



 赭兎がいきなり垂直に飛び上がった。

 それも炎を纏いながらのジャンプ攻撃。



 ピコピコ

『天兎流舞蹴術 百式……兎焼き!』



 ボフォオオオオオオオオ


「ぐおおおっ!!」


 下に向けた瀝泉槍の矛先も、俺との体重差も関係なく、赭兎の無敵時間アリの対空迎撃技は俺を勢いよく吹き飛ばした。



 え?さっきから技の名前、おかしくない?

 『兎払い』に『兎焼き』って………

 お前が払われたり、焼かれたりしてどうするんだよ!



 空中で錐もみ状態で吹っ飛ばされながら、ふと、そんなつまらないことが頭を過った。




 ダンッ!!




 炎を棚引かせながら一番奥の壁へと激突。


 


「ヒロ!」


「くそっ、今助ける!」



 俺がぶっ飛ばされたのを見て、アルスが叫び、ハザンが俺のピンチと見て、赭兎へと突撃。



「うおおおおおおお!!!」



 勇ましく吼えながらハンマーを天高く振りかぶるハザン。

 

 だが、赭兎は襲いかかってくるハザンに対し、獲物を狙う四足獣のような低い体勢を取り、



 ピコピコ

『遊びは終わりだ!』



 地を這うようなダッシュで一気にハザンへと接近。


 一瞬で間合いに入られてしまったハザン。

 あの至近距離では振り上げたハンマーも使えない。


 立ち尽くすハザンに赭兎はその手を伸ばし………


 

 コチョコチョコチョコチョコチョッ


 なぜかハザンの身体をくすぐり始める赭兎。



「や、止めろ……アアアアアアアア」



 フルフル

『悶えろ! 震えろ! ………そして、笑え!』



「くはははっはははっはははは……あっ!」



 くすぐられたことで弛緩した手がハンマーを取り落とし、その頭上へと落下。


 

 ゴチンッ


 

 重い音が響く。



 バタンッ



 相応の重さを持つハンマーに頭を強打され、そのままぶっ倒れるハザン。

 強化人間とて、脳自体は強化しようがない。

 ヘルメットを被っていてもその衝撃には耐えられなかった様子。



 パタパタ

『天兎流舞蹴術 禁千弐百拾壱式 八稚兎………』



 ハザンを倒した赭兎はその横に立ちながら、静かに技名だけを述べた。





「ハザン!………この!」


 

 俺の方へと走りかけていたアルスが足を止め、怒りの声をあげて、左手の風蠍を振り上げる。


 しかし、それよりも早く赭兎の右手が動く。


 

 フリフリ

『楽には死ねんぞ!』



 かけ声を発しながら、サイドスローのように右手を振るう赭兎。


 赭兎が振るった手に連動するように床から炎柱が次々と吹き上がり、やがてナニカの形を取り始める。


 その数は八つ。


 床から吹き出す炎を吸って、膨れ上がった火の玉からやがて獣の脚らしきモノが生え出し、その頭部には特徴的な長耳………




「ウサギ?」




 目の前で生じた信じられない現象にアルスの手が止まった。




 そう、白兎が生み出したのは八つの炎のウサギ。




 ピョン ピョン ピョン ピョン

 

 ピョン ピョン ピョン ピョン



 軽やかな足取りで弾むようにアルスに向かって跳ねる炎兎。


 やがて、アルスの周りに集い、後ろ脚で立ち上がって耳をピコピコ。


 

「え? 何? 何が始まるの?」



 炎兎八匹に囲まれたアルスは混乱状態。

 炎をいきなり兎の形をとって軽快に跳ねまわる。

 常人には意味不明の展開だろう。



 見目良い少年の周りに集う炎のウサギが八匹。

 傍から見れば、幻想的とも言えるシチュエーションなのだが。



 やがてその中の一匹がアルスの前へと進み出てきた。


 

 耳をフリフリ、鼻をヒクヒク、まるでアルスに甘えたいかのように見上げくる。



「え………、まさか、ハッシュ………」


 

 呆然と何かの名を呟くアルス。


 そして、儚い夢を見つけたかのように、ゆっくりとその手を伸ばし……


 その指先が進み出た炎兎の鼻先に触れようとした瞬間、




 ボンッ!!!

 


 

 いきなり目の前でその炎兎は自爆。



 ボンッ! ボンッ! ボンッ!

 ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ!



 続けて周りの炎兎達も連鎖的に破裂。

 炎を撒き散らしながらの小爆発の嵐。



「ひゃあああああ!!」



 足元からの爆風で真上へと吹っ飛ばされるアルス。



 ドンッ!



 そのまま背中から落ちて………



「ぐえ……」



 呻き声一つ漏らしてからガクンと顔を床に落とし、気を失ってしまった。

 

 


 パタパタ

『これぞ、天兎流舞蹴術 裏百八式 八兎杯』




 赭兎は技名を口にすると、クルッと背中を見せ、片手を挙げて指を一本ピンと立てた。



 フリフリ

『兎を見るたび思い出せ!』



 

 白兎のどこかでパクったようなキメ台詞とともに、健闘虚しくアルスとハザンはここで脱落した。



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