第433話 強敵


 俺達の前に現れた赤茶色のローブを着た背の低い不審人物。


 この世界の常識で考えるならば、巣の最奥で現れる存在、巣の主である赭娼に違いない。


 頭からフードを被り、外見からは何の機種あるかも判断できない。


 ただ、フードから2本の突起物が何かを連想させる。


 

 ピコピコ



 色こそ赤茶色に染められているが、あの愉快な揺れ方をする耳は、俺の知る限りこの世でたった1機しか存在しない。 



 おい! 

 耳が出てるぞ、白兎、!

 絶対にバレない変装じゃなかったのかよ!




 思わず横目でアルス達の様子を確認する。


 

 アルスは腰に手をかけたまま、じっと目の前の赭娼に扮した白兎………赭兎を見据えている。

 その目に輝くのは強い戦意。

 間違いなく目の前の存在を敵として捕らえていた。


 また、その隣のハザンも同様。

 ハンマーの柄を握りしめ、いつでも殴り掛かれるような体勢。



 あれ?

 気づかれていない?

 あの特徴的な耳を見ても、白兎とは分からないのか?


 やっぱり人型になっていることが大きいのか。

 そりゃあ、ウサギがいきなり人型になるとは思わないもんな。


 しかし、ローブを着ているからってどうやって人型になってんだ、アイツ。



 じっと俺達の前に立ち尽くす赭色の人型を観察。


 人型と言うにはかなり頭でっかち。

 体の線の細さに比べ異様な程頭部が大きい。

 その大きさはちょうど白兎の上半身くらいの…………


 うん?

 あのウサ耳が出ているから頭部分は当然、白兎なわけで、不自然なのはあの手足か。

 

 短足と言ってもよい白兎の脚があそこまで長い訳が………


 足が長い? 確か白兎は………


 ひょっとして、ラビットヨガで手足を伸ばしているのか?

 白兎の機体はあの不自然に膨らんだフード部分だけで、その下は手足を伸ばして人型に見せているのだろうか?

 


「ヒロ………、大丈夫? かなり驚いてるみたいだけど……」


「ああ………、大丈夫……だ」


 いつの間にかアルスが俺の隣に来て心配そうに声をかけてくる。

 予想外の展開に、俺の返事はやや詰まり気味になってしまったが。


 そりゃあ、白兎が赭娼に扮していることは知っていても、あんな恰好で出てくるとは思いもよらないさ。


「ふふふっ、ヒロでも呆気にとられることはあるんだね。少し安心したよ」


 目線は赭娼に向けながら、言葉だけを続けてくるアルス。

 

「巣の中では、街中を歩いているくらいにリラックスしていたから、本当は僕達に気を遣っているだけで、もっと手慣れているんじゃないかなって思ってたんだけど」


 ………コイツ、意外と鋭いな。

 若しくは、俺が分かりやす過ぎるだけか。


「銃を撃ってるときは緊張していたぞ」


「それは射撃訓練の時も同じでしょ」


「まあ、そうだな」


 赭娼を前にしてのやり取り。

 危険極まりない行為なのだが、赭娼や紅姫の部屋に突入した際、いきなり向こうが攻撃を加えてくることはほとんどない。

 こちらから攻撃しない限り、まずは侵入者を見定めようとするらしい。

 偶に例外はあるのだそうだけれど。紅姫ゴズはこちらに殴り込んできたし。


 それはともかく、現に目の前の赭娼に扮した白兎はさっきから突っ立ったままで耳をフリフリしながら口上を述べている。

 まあ、白兎がそれを意識しているのかどうかは別として。



『我は3万年前より封印されし魔王ホワイトラビットなり。この世は元々兎が支配していた。それを悪辣なる神々共が我等を罠にかけ、この地に封じ込めたのだ。だが、月と星が幾万と廻った今、大地と海が人間達によって汚された。我らはこの星の要請を受け、ここに蘇り復讐を果たさんと…………』



 なんかもの凄い壮大なバックストーリー。

 魔王ホワイトラビットとか、この世は兎が支配していたとかって、一体何なんだよ!


 ………しばらくアイツは放っておこう。



「本当にここへ来て予想外のことばっかりだよ。僕の人生の中で3番目に波瀾続きの日だ。この場でもヒロが平然としていたなら、ちょっと自信を失っていたかな……」

 

「1番と2番を聞いてみたいが、それは後にするよ」


「あはははは、それはこの赭娼を倒した後でゆっくりとね………」


 そう言うと、アルスは右手で銃をゆっくりと抜き、左手で『風蠍』の柄を握りしめる。

 ハザンはその様子を見て、ハンマーからミドルの銃に持ち替え、腰に構えた。


 俺自身も、『高潔なる獣』を構えながら、先ほどのアルスの言葉について考える。


  

 俺があまりにも平然とし過ぎているせいで、ひょっとして、何か違和感を持たれていたのかもしれない。

 俺という存在の在り方について、あまりにも異質過ぎると。


 怪しいと言えば、今回、俺は怪しさしか見せていない。

 巣に慣れてないと言いながら緊張もせず、白兎の偵察からの一連の流れ。

 不自然な巣の中の有様と来て、いないと思っていた赭娼の存在。


 アルス達だって馬鹿じゃないから、重なる不自然を俺の存在と結びつけてもおかしくは無い。


 なぜならその推測は正しいのだから。

 


 パタパタ!

『我等兎は選ばれた種族である! 兎こそ至高にして、絶対不可侵の存在! その愛らしさを前に、全ての存在はひれ伏すのだ!』



 白兎……もとい、『赭兎』の演説は最高潮。

 もう何を言いたいのか意味不明だが、ノリノリで演説を続けている。

 完全に役に入り込んでしまっているみたいだ。

 この様子なら、それなりに本気で仕掛けてきそう。

 


 はあ………


 そんな赭兎の様子にため息一つ。


 これはとりあえず白兎の手の平で踊ってやることにするか。


 もう劇は始まってしまったのだ。

 あとはもう演じ続けるしかない。


 痛い面にあって泣いても知らないからな、白兎!




「ヒロ、ヒスイさんに命令を!」


「…………分かった。秘彗!」


「あ………はい………でも………」


 俺の命令に、後衛にいる秘彗が少しだけ逡巡。

 目の前の赭兎が白兎だと分かっているからなのだが。


「粒子加速砲だ! 構わん、やれ!」


「はい!」


 アイツがそれくらいで傷つくとは思えない。

 空間攻撃や電撃、重力なら話は別だが。



「行きます! 撃ち抜け! エネルギー……」



 秘彗が詠唱を始めた瞬間、



 フリフリ

『マテリアル機器なんて使ってんじゃねえ!』



 先ほどまで演説していた赭兎の姿が消え、



「きゃっ!」



 秘彗から小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、



 バタンッ



 突然、倒れ伏す秘彗の背後に赭兎の姿があった



 ピコピコ

『安心せい、峰打ちじゃ………』



 峰打ちって何?

 

 いや、それよりも、真っ先に秘彗がやられた。

 これは秘彗が本気を出すと手加減が難しくなるからか。

 

 秘彗に攻撃を控えさせたら、不自然になってしまう。

 白兎なりの配慮と言うべきか。

 秘彗は少し可哀想だけど。




「!!! コイツ、よくも!」



 バンッ!バンッ!バンッ!



 当然、事情の知らないアルスは怒りの声をあげ、目にも止まらぬ早撃ち3連射を放つ。

 


 ビュンッ! ビュンッ!



 疾風のごとく身を翻し、易々と銃弾を交わす赭兎。

 まるでピンボールのように壁や床を蹴りながら高速移動。



「早い! 銃は危険だ。同士討ちになる!」



 アルスは皆へと警告を発し、銃を仕舞ってから、左手で『風蠍』をブルンっと振るう。

 それは生き物のようにうねりながら、その身を伸ばし、逃げる赭兎を追う。



 バシッ! バシッ!


 ビュンッ! ビュンッ!



 音速に近い速度で振るわれる鞭を赭兎は軽々と回避。

 赤茶のローブをはためかせ、赭色の雷と化して部屋中を飛び回る。



「この!」



 バシッ! バシッ!


 ビュンッ! ビュンッ!



 振るわれる風蠍をジグザク移動で躱しまくる赭兎。

 あちこちで空気が炸裂し、衝撃音だけが響き渡る。



 バシッ! バシッ!


 ビュンッ! ビュンッ!



 それでも攻撃を止めないアルス。

 執拗に攻撃を繰り返し、赭兎の動きを追うように鞭を走らせているが、どうしてもワンテンポ遅れてしまっている。

 赭兎の速度を予想して振るっているが、その度に相手は速度を上げ、音を置き去りにして部屋中を駆けまわる。


 この様子ではいつまで経っても当てることなど………



「捕まえた!」



 逃げる赭兎の前に立ちはだかったハザンの偉躯。

 まるで待ち構えていたような配置。


 どうやらアルスは追い込み漁を狙っていたようだ。

 ワザと赭兎を追うように鞭を鳴らし、追い立てて待ち構えるハザンの方へと誘導したのだ。

 

 なんという連携技。

 アルスの技量はもはや一人前の狩人をも大きく上回る。

 あの若さでここまで辿り着くなら、あと数年で英雄と呼ばれる存在になれるのかもしれない。



 ムンズッ


 ハザンの大きな手が赭兎のか細い腕を掴み上げる。


「このまま捻り潰す!」


 強化人間ならではの力技。

 この矮躯にあの素早さではハンマーでの迎撃は難しいと見て素手に切り替えた。

 軽量級であれば、己の強化された筋力で押さえつけられると思ったのだろうが……


 

 クルッ

 ヒョイッ


 敵もさる者、掴まれた手を逆手にグルンとひっくり返す。

 相手の力をコントロールする天兎舞蹴術の柔の技。


「うおっ、何?」


 赭兎はハザンの体勢を前かがみにさせ、片足を頭にひっかけた。

 そして、そのまま腕を逆に掴み上げて背中に向けて折り曲げ、ハザンの腕を片脇に固めながら思いっきり捻り上げる。


「ぐおおおおおお!!!!」


 ハザンの口から悲鳴が上がる。


 赭兎に組つかれたハザンの身体は正しく『卍型』。

 プロレスの中の関節技の一つ。



 パタパタ

『これぞ、必殺【卍解】!』



 いや、違う。

 『卍固め』だろ!


 と、ツッコミたいけど、突っ込めない。



「ハザン!」



 ハザンの危機にアルスが再び鞭を振るった。



 ビュンッ!



 銀条がアルスの意に従い、蠍というより蛇のように身をくねらせながら、ハザンに密着する赭兎の頭部へと正確にヒット。

 


 ガンッ!



 その衝撃に技を解除されて、もんどり打って倒れ込む赭兎。


 下手をすればハザンに当たりかねない攻撃であったが、それほどアルスの技量が卓越しているということだろう。

 ここまで鞭という扱いが難しい武器に熟練している人間など見たことが無い。



「やったか?」



 しかし、アルスのフラグ臭いセリフのせいか、赭兎はなんでもないように、ピョンっと足から跳ねて立ち上がる。



「………小さいのに随分と頑丈だね」


「………力も思っていた以上に強い。遠距離攻撃してこないのが幸いだな」


 腕をさすりながらハザンが立ち上がって、アルスと合流。



 赭兎と2人の攻防は一進一退のように見えるが………

 機動力で大きく上回る赭兎に対し、アルスとハザンは熟練した連携で対処するのが精一杯。

 相手にそこまでの攻撃力が無いので、一大事には至っていないが、このままでは勝機は見えずらい。


 離れたら飛び回って当てることもできず、近づかれたらいなされて組つかれる。


 ここで必要なのは、相手に損傷を与えられる決定力。


 即ち、俺の出番か………



 『高潔なる獣』を七宝袋へと収納し、代わりに瀝泉槍を引き抜く。


 どう考えても銃では飛び回る赭兎に当てられそうにないし、誤射でもしたら大変だ。

 ここは手堅く瀝泉槍で攻めて、キリの良いタイミングで白兎には退場してもらおう。



「アルス、ハザン! 助太刀するぞ!」



 気勢をあげ、瀝泉槍を片手に、立ち尽くす赭兎に向かって突撃。



 対して、赭兎はこちらへと右手を大きく振りかぶり……



 

 パタパタ

『食らえ!』




 ボフォオオオオオオオ!!!!




 いきなり地面を這う小さな炎の竜巻を投げつけてきた。




「げ?」



 思わず瀝泉槍を前に構えてガード。



 ボフンッ!!



 目の前で炎の竜巻が弾けて俺の身体を覆い尽くす。

 身体の表面を衝撃が突き抜け、焦げ臭い熱風が顔に吹き付けてきた。

 


「ヒロ!」



 アルスから悲鳴のような声が飛ぶ。



「………だ、大丈夫」



 発生した炎は間違いなく本物だ。

 しかし、俺を焼き尽くすには全然足りない。


 だが、ビックリしたのは事実。

 恨みがましい目で、赭兎の方へと視線を向けると……



 ピコピコ

『天兎流舞蹴術 百八式 や……兎払い』


 耳を振るってドヤっとばかりに技名を口?にする赭兎。



 お前、絶対に百八も技は無いだろ!

 あと、いつからカプ○ン派から、S○K派に寝返ったんだ?



「クッソ……、白兎の奴、ハザンにはプロレス技で応戦したくせに、俺には格ゲーの技を出してきやがった」


 体に着いた煤を払いながら、小声で愚痴が漏れる。



 やっぱりコイツ、あっさりと負けるつもりなんてないな。

 とことんまで粘るつもりか?



 『やりやがったな』との意を込めて、じっと赭兎を見つめる。


 すると、赭兎は赤茶色のローブの袖の先からほんの少しだけ爪を見せ、その先からボウっと炎を吹き出させて一言。


 フルフル

『燃えたろ?』

 

 有名な格ゲー主人公のセリフ。



 うぜえ。

 絶対にボコってやる。




「ヒロ!」


 瀝泉槍をぎゅっと握り締めて、赭兎を睨む俺にアルスとハザンが駆け寄ってくる、

 

「飛び道具まで持っている敵に単独で挑むのは危険だよ………と言うか、ちょっと打開策が見つからないね」

「あのスピードでさっきの炎を投げ続けられたらひとたまりのも無い」


 2人の表情に浮かぶ苦渋。

 それはやり合ってみて、容易に倒せる敵ではないと認識した為だろう


「これは撤退を考えた方が良いかもね」

「どうやっても想定以上の損害で出る。倒せば得られるモノは多いが、死んでしまっては意味が無い」


 狩人の仕事はあくまで利益を目指すモノ。

 ここで無理をして、死なないまでもこれ以上狩人を続けられなくなるくらいの負傷を負えば、そこで終わり。

 赭石を得たとしても割に合わない。


「倒れたヒスイさんはハザンが抱えるよ。後は僕が風蠍で牽制するからヒロは……」


 そう言ってアルスが撤退準備を口にした時、




 ボオオオオオオオオオオオオオオ!!!!




 突然、部屋中が炎に包まれた。


 正確には俺達が逃げ出そうとした扉を遮るように炎が展開し、そこからグルリと周りを囲んで灼熱のリングを形成したのだ。



 いつか見たことのある光景。

 白の遺跡にて、ボルト、廻斗がディアと試合をした会場。

 燃焼制御を手に入れた白兎が作り上げたモノだった。


 それは今、俺達を閉じ込める地獄の檻と化した。

 

 

 それを成したのはもちろん、俺達と対峙する赭兎。


 炎で照らされた赭兎が悠然と立ち、こちらを見据えてくる。

 赤茶色のローブが真紅に染まったように見え、まるで紅姫かと思わせる偉容だ。

 


 パタパタ

『知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない』




 それは以前、ガレージでバッツ君に白兎が告げた同じセリフ。

 当然、アルス達には伝わりようのない言葉ではあるが………



「…………なるほど、逃がすつもりはないってことか」

「…………これはやるしかないな」


 

 2人の覚悟を決めさせるには十分なほど、分かりやすい意思表示だった。

 

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