第432話 赭娼


 機械種スライムの群れを蹴散らし、先へと進む俺達。

 現れた階段を下りて、地下2階、この巣の最下層へと辿り着く。


「出来たばかりの巣だったら、ここが一番下のはず。この階のどこかに赭娼がいる。今の調子だったら辿り着けると思うけど………」


 薄暗い巣の通路を見渡して、予測めいた言葉を口にするアルス。


「気になるのは、先行者だよね。かなりの実力者だと思うし、ひょっとして、もう赭娼を倒してしまっているかも………」


 ごめん、アルス。

 それ、正解。

 

「その場合は、文句の一つも言ってやらないとな。良くも俺達の獲物を横取りしやがって………てな。もうここにはいないだろうが」


 そう言ってハザンは野太い笑みを浮かべる。


 高いマテリアルを払って得た独占権だ。

 文句の一つも言いたくなるのは当然だろう。



 ………さて、白兎の奴、どうするつもりなのか?


 地下2階に降りても白兎は相変わらず。

 巣の最下層にいても、潜水艇のリビングルームにいるような落ち着き具合。

 そこに焦りも、考え込んでいる様子も見られない。


 『任せて』と言った以上、白兎自身が何かするつもりのようだが。

 果たして、どうやって誤魔化そうと言うのか………


 まあ、白兎が何もしなくても、このまま先行者がやったことにすれば解決しそうだけれど。

 ただし、その場合は場合で幾つか問題も出てきてしまう。


 何とか全てが丸く収まる方法は無いモノか……… 









 2階に降りて、最初に遭遇したのは120cm程の軽量級機械種が1機。

 形状は頭にキノコの傘を被った小人型。

 

「機械種マイコニドだ! 気をつけて! 攻撃されると毒を撒き散らすから!」


 アルスが鋭く警告。


 機械種マイコニドはモンスタータイプの軽量級。

 ステータス的にはコボルト程度の能力しか持たないが、アルスが言うのように毒を撒き散らす厄介な機能を保有する。

 元ネタはファンタジー世界の菌糸系モンスター。

 キノコの傘を被った小人だったり、キノコに手足が生えた存在だったり。

 胞子を飛ばし、毒を付与していく厄介な敵キャラだ。



「防毒マスク用意!」

「ああ」


 アルスとハザンはすぐに懐からお椀状のプラスチックカバーのようなマスクを取り出して装着。


 それは標準的な防塵防毒マスク。

 毒をばら撒くような機種を相手にするには必需品とも言える品。

 そこまでお高いモノではないから、駆け出しの狩人でも備えていてもおかしくない。

 


 だけれども………

 


 え? 俺、そんなの持ってない!

 そもそも毒は効かないしなあ………

 でも、アルス達の手前、ナニカつけとかないと………



 とりあえず、現代物資召喚で胸ポケットからガーゼマスクを取り出してつけておく。



 花粉を99%以上除去できる優れもの。

 針金が入っているから鼻の形にぴったりフィット。

 まあ、これで毒が防げるのかどうかは知らないが。



 案の定、アルス達には『コイツ、マジかよ………』ってな目で見られてしまった。


 


 その後、機械種マイコニドは秘彗によって凍らせてから粉砕された。

 

 この閉鎖環境で毒を撒き散らされたら大変だ。

 マテリアル消費とか言っていられず、秘彗の手によって確実に仕留めることとなったのだ。


 防毒マスクをしていたって絶対安全という訳ではない。

 服や体に付着したら、何を拍子に体内に取り込まれるか分かったモノでは無い。

 それにとても毒を防げそうにないガーゼマスクを付けている俺もいるし………



「ヒロはもうちょっと準備をしておくべきだと思う」


「はい、すみません」



 アルスからしばし巣の攻略に向けての準備について指導を受けた。


 こういったモノって、未来視では大抵他の誰かが用意してくれたんだよなあ。

 









 次に遭遇したのは、毛むくじゃらの外見をした細めの獣人型に似た機種が5機。

 犬か熊を思いっきり凶暴、凶悪にしたような顔つき。

 鋭い爪と俊敏そうな手足。

 見るからに高速戦闘を得意とする瞬発力に長じた亜人型。


 機械種バクベア。

 ヒューマノイドタイプの下位機種。

 格で言えばホブゴブリンと同等程度。


 コボルトかゴブリンの親戚のような姿だが、元ネタはそれと起源を同じくする妖精の一種。

 イギリスかどこかの人食い妖精であったはず。



「………ヒロ。コイツ等は僕らに任せてほしい」


 アルスが真剣な眼差しで頼んでくる。


「これ以上、ヒロに頼りっぱなしも申し訳ないから」

「そうだな。これでは俺達の気が済まない」


 2人して、この敵は任せてくれと言う。

 

 機械種バグベアは下位機種であるが、6機もそろえばそれなりに強敵だ。

 特に鋭い爪と牙は軽々と人間の身体を引き裂く。

 新人どころか、一端の狩人でも油断はできない。


 

 ギシッ ギシッ ギシッ



 薄暗い通路に機械が軋む音が響く。



 すでに向こうは俺達の存在を認識し、ゆっくりとこちらへ近づこうとしている。


 彼我との距離は20mそこそこ。

 

 聴覚と嗅覚に優れる機械種バグベアと警戒役である白兎が発見したのはほぼ同時。

 故にどちらにとっても遭遇戦となり、向かい合ってお互い距離を測りながらのにらみ合いの最中。



「分かった。任せる」


 これくらいはアルス達に花を持たせるべきだろう。

 俺達を最奥で待ち受ける赭娼はいないのだから、下手をしたらこれが最後の戦闘だし。


「ヒロ、ありがとう」

「感謝する。すぐに済ませるから」


 言うなり、2人は前に進み出て、機械種バグベアを迎え撃つ。



 ドゥン! ドゥン! ドゥン!



 予備動作なく、アルスは一瞬で銃を抜き放ち、バグベアに向かって3連射。


 虚を突かれた機械種バグベアは6機のうち2機が頭を吹き飛ばされ、1機が肩を損傷。



「うおおおおおおおお!!!」



 そこへハザンがハンマーを振りかぶりながら突撃。



 ドガンッ  ドガンッ



 大の大人が両手でようやく持ち上げられる程のハンマーを、軽々と片手で振り回すハザン。

 遠心力を利用し、独楽のように回転しながら集団に入り込み、あっという間に2機を粉砕。



「そこっ!」



 ビュンッ



 一条の銀閃が蛇のようにしなりながら、ハザンのすぐ傍を通り過ぎる。


 アルスはいつの間にか握りしめていた銀色の鞭『風蠍』を振るったのだ。


 その先端は体勢を崩したハザンを狙っていた機械種バグベアの頭部へと、寸分狂いなく突き刺さる。



 グシャッ



 鞭の先端の針に顔面を貫かれ、活動を停止する機械種バグベア。

 

 残る1機は最初の銃撃で肩を破壊された機種のみ………



 ドガンッ



 と思っていたら、ハザンがハンマーで頭を潰してお終い。

 

 機械種バグベア6機は、アルスとハザンの両名にかすり傷一つ負わせること無く全滅。

 アルスが先制攻撃をしてから10秒も経っていない、正しく秒殺だ。




 これは………やるなあ。


 思っていた以上にアルス達が強い。


 機械種バグベアはそれほど強い機種ではないが、6機という集団をほとんど瞬殺してしまうアルス達の攻撃連携は驚きの一言。

 おそらくこれが機械種オークの群れでも結果は同じだろう。

 もう少し数が少なければ機械種オーガであっても、狩れるかもしれない。


 これに機械種バトラーのセインが加われば、さらに戦闘力は向上する。

 赭娼とまではいかないが、モンスタータイプの重量級でも相手にすることができそうだ。


 

「やはり、機械種を一撃で仕留めることのできる武器を習熟していることが大きいな」



 攻撃の起点となったアルスの3連射。

 あれで2機を打ち倒し、1機に手傷を負わせた。

 

 最初の攻撃で機械種バグベアの集団が半壊したのだ。


 そこへハザンが殴り込み、立て直しをさせないよう態勢を崩す。

 そして、アルスがハザンのフォローに周り、2人で確実に1機ずつ仕留めた。


 これ程の実力であれば、辺境の狩人としてはすでに1人前。

 中央であっても、優秀な駆け出しくらいとして見られるはずだ。



「ミエリさんが有望な新人と言う訳だ………、俺もうかうかしてられないな」


 ピコピコ


 俺が呟いた自らへの戒めの言葉に、足元の白兎が耳を揺らして『僕も頑張るよ!』と大きく宣言。


「ああ、そうだな。でも、今はアルス達の健闘を褒め称えよう」


 白兎へと言葉を返しながら、仕留めた敵を確認しているアルス達へと歩み寄った。











 それ以降、敵と遭遇することも無く順調に進み、気が付けば、俺達の目の前にはもう赭娼がいる部屋の扉。


「本当についちゃったね………」


 扉を前に、アルスが信じられないというより、信じたくなかったというような面持ちで呟く。


「そうだな。まさか、1日目で辿り着くとは思わなかった。はあ……仕方がない」


 ハザンも今の状況に対し、残念無念といった感じ。


「ここまで敵が少ないのは、やっぱり先行者がいたからだろうね。でなけりゃ、もっと敵とぶつかっていて、一度どこかで引き返さないといけないくらいに疲労していたと思う。でも、なんと言うのかなあ……この虚しさと悔しさは。走り抜けたゴールが実はゴールじゃなかったって言われたみたいだよ」


 アルスが吐き出すように心情を吐露。

 


 俺達が遭遇した回数はわずか4回。

 うち1回は敵が逃亡したから、実質戦闘は3回だけ。

 出来たばかりの巣とはいえ、これはあまりにも少なすぎる。

 こんなに簡単に最奥まで辿り着けるなら、人類の生存圏はもっと増えているはず。


「扉の奥からは何も聞こえない。戦闘中では無さそうだ」


 扉に近づき、耳を近づけるハザン。

 

「やはり先行者によって赭娼はすでに倒されているのだろうな………」


「もしくは、赭娼に敗れて全滅したのか………だね。不謹慎だけど、僕達にとってはその方がありがたい。赭娼が手傷を負ってくれていれば尚良し! まあ、それはあまりにも都合が良すぎるけど」


「そうか? 道中の敵をあれだけ一蹴する戦力を持つ狩人が敗北する相手と言うことになるぞ。その場合、この中にいるのは手傷を負っているかもしれない強敵だ」


「あははははっ、そうだね。それはちょっと思いつかなかったかな」


 扉の前で軽口を叩き合う2人。

 その気の抜け具合から、すでに2人の中では扉の向こうに赭娼は倒されている可能性が非常に高いと踏んでいるのだろう。

 ゆえに、半場やけっぱちになってしまっているようだ。


 まあ、実際その通りなんだけど。



 そんな2人を見ながら、俺はこの後の状況について考える。



 この扉の向こうには赭娼はいない。

 しかも、白兎によって残骸や宝箱も回収されたのだから何も残っていないのだ。

 辛うじて戦闘の跡が残っている程度。


 その状況からアルス達はこう考えるはずだ。


 先行者達がすでに赭娼を倒し、撤退した後なのだと。

 この巣の独占権を狩ったチームが大打撃を受け、この巣から去った直後、偶然通りかかった上位の狩人が腕試しとばかりに侵入し、踏破してしまった。

 

 そう考えるのが最も自然。

 アルス達にとっては最悪のパターン。

 

 高いマテリアルを払って独占権を購入したのに、手に入れたのは機械種バクベアの残骸のみ。

 機械種スライムの群れからは何も得られず、機械種マイコニドは毒の危険性から晶石ごと残骸も放置した。


 このままだとアルス達は完全に赤字。

 おそらくは今後の狩りにも影響が出そうな程に。

 

 

 …………これはこちらがやらかしたことだから、なんとかしてあげないと。



 白兎が収納している赭石や残骸、宝箱を渡せれば良いのだけれど、この先の部屋にポンと放置するのは論外。

 普通に考えて、先行者と思われる狩人が赭石を放置するわけなんてないから。


 下手をすれば、これも罠かと不審がるに違いない。

 さらには律儀なアルス達のこと、自分達で狩ったと言わず、見たままを秤屋に報告するかもしれない。 

 そんなことになったら事情も根掘り葉掘り深く聞かれるだろうし、面倒臭いことこの上ないぞ。


 白兎が収納している赭石や残骸や宝箱を、不自然に思われずに渡せる方法があれば良いのだけれど………

 そんな方法、簡単には思いつかない。


 もう一度、狩りに同行して、この分の埋め合わせをするしかないか。

 時間は取られるが、これはこちら側の責任だし。



 ピコピコ



「んん? 白兎か………」


 白兎が足元に寄って来て耳を揺らしている。


 念の為、アルス達を確認すると、まだ2人して何かを話し合っている最中。


 これならば、白兎と会話していても気づかれないだろう。


 この状況で白兎から話しかけてくる内容は一つしかない。


「で? どうするんだ。俺としてはこのまま先行者のせいにするというのもアリだと思うんだが………」


 フリフリ


「はい? すまん、もう一度……」


 フリフリ


「聞き間違いじゃなかったのか。お前が赭娼の代わりをするって……」












「ヒロ、準備は良い。そろそろ扉を開けるよ」


「うん? ああ………」


 

 アルスからの呼びかけに生返事を返す。

 どうやら少し思考に没頭し過ぎたようだ。


 頭の中を巡っていたのは、先ほどの白兎からの提案。


 白兎が赭娼に扮装して、俺達の前に立ちはだかるというモノ。


 確かに上手くいけば、これ以上の手は無い。

 ある程度ぶつかり合って、キリの良いところで、やられたフリ。

 その際、亜空間収納と空間転移を使い、上手く赭娼の残骸と入れ替わることで万事解決。

 

 ただし、問題は、本当に上手くいくかどうかは不明であること。


 白兎は『絶対にバレないから!』と強く宣言していたが、どうにも不安が解消されない。

 

 どうやって赭娼に変装するのかについては『任せといて!』の1点張り。

 

 俺の変化の術で変化させても良かったが、あいにく効果時間も解除条件も不明ときている。

 最悪、アルス達の目の前で変化の術が解けたら大惨事だ。

 


「もう白兎に任せるしかないんだけど………やっぱり気になる」



 随分とヤル気満々になっていることもそうだが、アイツの場合、何よりも暴走することが心配だ。

 俺の前で白兎が見せた『容易く負けないから』『ひょっとしたら僕が勝っちゃうかも』との意気込み。


 変に手を抜けば、八百長と思われるから、ある程度力を出し合ってぶつからないといけない。

 だとしても、白兎の力の入り具合は度を越えていたような気がする。



『マスターが望んでいた強敵はここにいるから!』



 いや、まあ、確かに強敵はいないのかって言ったけど………




「あの………、マスター………上手くいくでしょうか?」


 秘彗からの心配そうな声。

 俺の不安げな様子を見て、気にしてくれている様子。


「いや、すまん。あれだけ白兎が気合入っているんだ。きっと大丈夫だって……」


 白兎はこっそりと空間転移で壁の向こう側へと侵入済。

 一度訪れているから壁越えも可能だ。


 念の為、掌中目を片手で握り、意識を集中させると、もう片方の存在が扉の向こうにあることが確認できた。


「ここまで来た以上、後戻りはできないし……」


「ヒロ? どうかしたの?」


 俺の様子を見て、アルスから声がかかる。


「いや、その………」


 何と言っていいか分からず、口の中でモゴモゴとしか喋れない。


「変なヒロ。それよりも、ヒスイさん。万が一、赭娼が居た場合はお願いいます」


「………はい」


 事情を知る秘彗は微妙な返事しかできない。

 この向こう側にいるのは赭娼ではなく、我が従属機械種の筆頭である白兎なのだから………

 


「では、開けるよ。まずはハザンが飛び込むから。その後に僕とヒスイさん。最後はヒロになるけど良いね?


「ああ………」


 もうどうしようもない。

 覚悟を決めよう。

 絶対にアルス達にバレないって信じてるぞ! 白兎!



「3………、2………、1………」



 バタンッ!



 アルスが扉を開け、すぐさまハザンが飛び込む。


 その後にアルスが追従し、秘彗が駆け足で扉を潜る。





 ダダッ





 殿を務める俺が、この巣の最奥、赭娼がいる部屋に飛び込んだ時、目に入ったのは…………





 140cm程の小柄な人型。

 赤茶色のローブにフードを頭からすっぽりと被った顔の見えない軽量級。

 ローブの撓み具合から異様な程細身だと言うことが分かる。


 細い胴体に対し、やや頭部が大き目。

 非常にアンバランスな体形と言える。


 だが、醸し出す存在感とプレッシャーは間違いなく高位機種。

 荘厳とも言える巣の最奥の部屋模様と重なり、矮躯ながらこの巣のボスに相応しい威容を放っていた。




「まさか……いた………」



 アルスから狼狽したような声が聞こえる。



「赭娼………、フンッ、あれほどの猛威を振るった先行者を返り討ちにしたのか」



 ハザンから苦々し気な呟きが漏れた。




 そんな2人の反応を見て、赤茶色のローブが両手を大きく広げる。


 まるでこの部屋に飛び込んできた俺達を歓迎するかのように………





 ピコピコ





 そのフードからなぜか飛び出る兎ような耳を揺らしながら。





 コラッ!

 白兎!

 耳が隠せていないぞ!!!


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