第421話 占い3


 午前零時を過ぎたのを確認して打神鞭で占い行使。

 内容は『カーミラを倒したことで発生する俺への不利益な影響』について。 



「せっかく隔離したのに………、グロい死体なんて触りたくもないぞ………」



 打神鞭の指示に従い、一番損傷の少ない機械種レッサーヴァンパイアの遺骸を秘彗が作った囲いから引っ張り出す。



「なんで俺がやらなきゃならないんだよ………」



 ブツブツ文句を言いながらも、指示通りに所定の場所へと遺骸を寝かせ、その手に打神鞭を握らせた。

 これでロクな占いの結果がしか出なかったら、打神鞭を一晩この死体モドキの中に埋め込んでやると心に誓いながら。




「ヨシツネ殿、あれにどのような意味が? 拙僧にはただの銀色の棒にしか見えませんが……」


「説明は非常に難しく、おそらく無意味でしょう。それよりもこれから現れるこの世非ざる現象に意識を囚われぬよう心を強く保ちなさい。何が起きても不思議ではありませんから、主様の前で不作法を晒さぬように」


 背後から聞こえる、俺の妙な行動についてヨシツネに質問をする毘燭の声。 

 それに対しヨシツネは、まるで今から俺が不可解な異次元の儀式でも始めるような説明を行う。


 まあ、この世界とは物理法則が異なる仙界の術式なのだから間違いではないか。



「おい、打神鞭。準備は出来たぞ」



 遺骸に握らせた打神鞭に声をかける。

 すると、動力部を破壊されているはずの遺骸がピクリと稼働。



 ダダッ



 剣雷、剣風が俺の前へと瞬時に移動してくる。

 護衛のエキスパートである騎士系ならではの素早い反応。



「………大丈夫だ。危険は無い」



 前の両機に声をかけ、2機の間をかき分けて前に出る。

 一瞬、俺の行動を留めようとした剣風剣雷であったが、手で制して下がらせる。

 


「んん? これは、ダイイングメッセージか?」



 見れば、俺が運んだ機械種レッサーヴァンパイアの遺骸は倒れたまま、打神鞭を握っていない方の手をゆっくりと動かし、己から流れる血を使って床に血文字を描いている。


 血を浸した指が床をなぞり、何かを伝えたいとばかりに文字を書き示す。

 

 床に大きく書かれた、その内容は………





 『犯人はヤス』





「おい! 打神鞭、ふざけるな!」



 俺が即座に突っ込みを入れると、またも機械種レッサーヴァンパイアの遺骸は動き出してその続きを書き始める。


 何度も指をおのれの身体に擦り付けて血を浸し、血文字が文章になるまで書き続ける。

 

 遺骸は倒れたまま、腕だけを動かして血文字を描く。

  

 まるで死体が悪霊に乗り移られ、腕を操って動かしているような光景。



「これは………面妖な………」


 毘燭の絶句するような呻き声。

 

「ふええぇぇぇ………」


 秘彗の泣きそうな声まで聞こえる。



 破壊されたはずのレッドオーダーが動いているのだ。

 死んだはずの死体が動いているに等しい状況だろう。

 機械種から見れば、俺は死体を動かすネクロマンサーにでも見えるのかも………



 そう言えば、機械種の遺骸を操るネクロマンサー的な能力を持つ機種がいるという噂が………


 ふと、そんなことを思い出す。

 



 ピタッ




「あれ? 書き終わった? ……………いや、まだ終わってない」



 どう見ても文章の途中だ。

 しかし、先ほどまで動いていた腕は止まってしまっている。


 その理由は一目瞭然。

 腕だけを動かして血文字を書ける範囲が埋まってしまったから。



「………おい! 打神鞭! どうするんだよ?」



 どうやら長文過ぎて、文字が書けなくなってしまった様子。

 全く片手落ちというしかない。

 何で血文字なんて占いを選んだんだ?

 そもそも、最初にふざけたジョークなんて書くから………

 


 


 ムクッ





「きゃああああ!! 立ち上がりましたああああ!!!」

「ぬお! これは………拙者もまだまだ未熟か………」

「この展開は予想外ですね……」

「うむ! 驚いた………」

「南無南無………」

「あい! ゾンビゾンビ!!」

 フリッ!フリッ!

「キィキィ!」

「ギギギギ!!」



 先ほどまで腕だけ動いていた遺骸がムクッと立ち上がった。


 そして、まるでゾンビのようにゆっくりとした動きで中腰となり、再び指で床に血文字を描いていく。


 そんな在り得ない光景にメンバー達は絶叫………半分くらいは喝采しているような気もするが。




 そんなこんなで周りを騒然とさせながらダイイングメッセージが完成。

 血文字で占い結果を書き終えた遺骸は、元の場所へと戻り、よっこらせと座り込んでからゴロンと床に寝っ転ぶ。

 

 

 カラッ



 血文字を描いていた手とは反対の手に握られていた打神鞭が床に転がり落ちて占いは終了。

 


「相変わらず人騒がせな占い方法を取りやがって………」



 文句を言いながら、打神鞭を拾い上げ、床に書かれた血文字を読み上げる。





『即座に不利な影響は出ない。ただし、今後、タウール商会に接触していくと対応如何によっては影響が出てくる可能性がある。でも、あんまり先のことは不確定要素が多いので、これくらいで勘弁してほしい』





「文章長いぞ! ダイイングメッセージにしては長すぎる! それだけ書けたら犯人を特定するの簡単だろ! あと、占いの結果に自分の言いたいことを付け加えるな!」


 

 それに、どこの世界に立ち上がってダイイングメッセージを書く死体がいるんだよ!



 ツッコミどころはたくさんあるが、結局分かったのは、すぐに何かあるわけではないことだけ。

 俺はこのままタウール商会と関わらないようにすれば、これ以上ちょっかいをかけられることはなさそうだ。

 しかし、下手に探りを入れていけば、その限りではない……ということなのだろう。 


 

「ふむ………、今回のガレージへの襲撃は、カーミラが単独で行ったことで、タウール商会は関係なかった?」



 タウール商会がこの件に絡んでいるんであれば、このまま俺を放置するわけがない。

 自身のメンバーを多数葬った敵として、何かしらの報復を仕掛けてきたはず。

 


「そもそも、タウール商会はカーミラが機械種ヴァンパイアだということも知らないという可能性もあるな」


 

 タウール商会は今回の件を全く知らず、カーミラの単独犯なのであれば、ただ職員が1人消えただけ。

 もし、カーミラ以外のヴァンパイア達が普段表に出ているのであれば、20人近くの人間がが一気に消えてしまったわけだが。


 さて、どちらかなのかは現時点では不明。

 これ等は俺の推測でしかない。


 明日の零時過ぎにまた打神鞭で占えば、その辺りをはっきりさせることができるから、考察はこれくらいにしておくか。

 それにガミンさんに聞けば、何か情報を得られるかもしれないし………



「もう………、寝よう。今日は疲れた」


 色々あり過ぎて、頭がパンクしそう。


 交流会に、喧嘩に、気の強い女の子に、改造人間に、ストロングタイプ。

 未来視に、大虐殺に、支店長に、赤能者に、吸血鬼に、襲撃に、死体の山。


 おまけに最後はゾンビパニック。


「絶対、今日の夢見は悪いだろうな」


 頼むから夢の中でゾンビパニックは勘弁してほしい。













 翌日の昼頃には積み上げていた機械種ヴァンパイア共の遺骸は全て消え去っていた。

 その場に機体分の晶石を残して。



「半日だけ死体として残るなんて最悪だな。しかも人間そっくりのまま……」



 それだけで機械種ヴァンパイアを発見する難易度は跳ね上がる。

 たとえ見つけ出して倒しても全く人間の死体と変わらないのだ。

 


『コイツは機械種ヴァンパイアだったんだ! 信じてくれ!』



 そう言っても、到底機械種とは信じてもらえそうにない。

 下手をすればヴァンパイアの討伐者は殺人者として捕まってしまうだろう。


 

「さらに死体は完全に消え去り、晶石しか残らない。この残った晶石だって、すぐには機械種であったという証拠にはなりにくい」


 死体が消え、その後に晶石が残っていたとしても、実はその人間にそっくりな死体は機械種だったんだとは即つながらない。

 晶石を調べれば分かるのだろうが、街の治安レベルによってはそれすらしない可能性だってある。


「多分、仲間のヴァンパイア達が隠蔽に動くだろうな。半日という時間はその為のモノだ」


 晶石さえどうにかして処分すれば、ただ死体が消えただけだ。

 残ったのは人間を殺したかもしれないヴァンパイアの討伐者だけ。


「…………カーミラが街に潜むヴァンパイアのトップだったのかな? ここに連れてきた一団が全戦力だったのか………」









 昼食を済ませてから、白兎、森羅、秘彗の3機で秤屋へと向かう。

 ガミンさんと会って、タウール商会と機械種ヴァンパイアの件を相談する為に。



 秤屋の扉を開ける際、ほんの少しだけ未来視で見た、こちらへと負の感情が籠った視線を向けられたことを思い出す。


 手が一瞬だけノブを回すのを躊躇ってしまったが、そこはグッと我慢で乗り越える。


 もう交流会を途中で抜け出した俺では無いのだ。

 何一つ後ろ暗い事なんて………今のところ無いはず。



 中に入れば、いつも通り。

 向けられる視線は好奇と嫉妬、羨望と欲が交差する混沌とした感情の坩堝。

 あまり良い気持ちにはならないが、含まれる負の感情は、未来視に比べればずっと少ない。

 これくらいは有名税ということで耐えなくてはならないだろう。


「さて、ガミンさんは…………」


 ロビー内を見渡して、ガミンさんの姿を探す。


 必要ない時に現れて、会いたいときに会えない。

 実によくある話だが、今回は運が良かった模様。




「おう、これはこれは白ウサギの騎士様じゃないか?」


「………もう広まっているんですか? それ………」



 いつものごとく軽装な狩人装備。

 40歳台の中年サラリーマン風おじさん。

 秤屋では一番の古株と言われる大ベテラン。

 その正体はこの白翼協商の秤屋の最大権力者である支店長。



「いやいや、今日朝一でアルスとハザンと会ってな。色々と話を聞いただけだ。大活躍だったそうじゃないか」


「………自分のできることをしただけです」


 自分事のように嬉しそうに話すガミンさんに対し、照れ臭さもあり謙虚な返事で返す俺。


「できることを………ねえ。世の中、できることをしない奴が多い中、それはなかなか立派なことだ。それこそできないことをやったことよりも……な」


 薄く笑って俺への称賛の言葉を口にするガミンさん。


「自分ができることを全員がきちんとやれば、大抵の問題は片付くんだよ。さらにできないことをやろうとする馬鹿を抑えつければ、もっとだ」


 少しばかりやるせなさが混じる吐露。

 どこか疲れたような顔を見せながら。

 


 うわあ………

 めっちゃ本心から言ってそう。


 自分の力量以上に挑む馬鹿は多いからなあ。

 それで死んだら周りの人が大迷惑を被るんだ。


 ガミンさんのことを支店長と知っているせいか、その苦労っぷりを想像してしまいそうになる。

 


「今日は何の用なんだ? まだ、受付に行っていないようだが………」


「え~、ちょっとガミンさんに相談に乗ってほしいことがありまして………」


「俺にかよ! なんか怖いな。先に言っておくが、マテリアルは無いぞ。貸してほしいなら他を当たってくれ」


 嘘つけ。

 支店長なんだから結構貰っているはずだろ!


「………いえ、その……、ちょっと、交流会の件の続きが………」


「続き? ………奥へ行くか?」


 俺が言葉を濁すと、ガミンさんは少し真面目な顔でロビーの奥にある打ち合わせコーナーを勧めてくる。


「はい、お願いします」



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