第420話 後始末


「さて、この惨状をどうするか………」


 ガレージの窓はブチ破られ、壁のあちこちに弾痕が残っている。

 このまま放ってガレージを退去すれば、間違いなく訴えられそうな状況。


「俺のせいじゃないのに………」


 できればタウール商会に原状復帰を求めたいところだが、どこまで要求が通るか不明。

 そもそも今回の襲撃を認めるかどうかも分からない。


「はあ………、当面の俺の住処だし、とりあえず応急修理くらいはしておかないと」


 俺の部屋からガムテープとか、ブルーシートとかを召喚しよう。

 あとは皆に手伝ってもらって………


 ピコピコ


「んん? 白兎、どうした?」


 フリフリ


「ええ? 白兎が修繕できるって?」


 俺の足元に来て耳をフリフリ、七宝袋に収納している機械種の残骸や車両整備用の機材を使えば、ある程度は修繕することができるらしい。

 

 また、それに加え毘燭から提案。


「マスター。拙僧の『修復』を使えば、さらに修繕が進むでしょう」


 毘燭の『修復』は、マテリアル錬精器を使用して装甲板や部品を精製し、機械種の損傷を回復させるものだが、今回のような壁や窓の修理にも使えるらしい。


「この程度でしたら、プライマリーメタルを使う必要はありませんな。飛び散ったガラス片やコンクリートの欠片を集めて精製するだけ十分です」


 毘燭からの頼もしい申し出。

 流石はストロングタイプの僧侶系。

 攻撃手段は乏しいが、こういった修理や修復に精通している機種なのだ。


「よし、任せた。白兎、毘燭。2機で協力して修繕を頼む」


 フルフル

「お任せを」


 俺に向かって『了解!』とばかりに耳を振る白兎と、恭しく頭を下げる毘燭。


「筆頭殿、拙僧は若輩者ゆえ、この度の件、ご指導賜りたく………」


 ピコピコ

『良きにはからえ』


 続けて毘燭は隣の白兎に頭を下げる。

 対する白兎はちょっと偉そうに胸を張る。

 新人である毘燭から持ち上げられて少しばかり嬉しそうだ。


 

 ストロングタイプが遥か格下である機械種ラビットに頭を下げるという、世間一般では在り得ない光景。

 だが、我がチームでは日常茶飯事。

 この場面だけを切り取ってみても、『悠久の刃』は異常な編成と言える。


 ………その規格外の戦力とともに。

 

 








「次は………、コイツ等。どうしようか?」


 

 次の課題はガレージ内に積み上がった惨殺死体の山。

 カーミラの遺骸をどうするかは後で考えるとして、まずはこの血生臭い死体モドキを何とかしたい。


 人類に仇なすレッドオーダーであり、人間の血を吸うことで白鐘の恩寵すら無視するブラッドサッカータイプなのだが、見た限りでは人間にしか見えない有様だ。

 この場に誰かが踏み込めば、間違いなく俺は大量殺人者にされてしまうだろう。



「…………さっさと片づけたい。もう晶石とかもういいから、目の前からいなくなってほしい」


 今の俺は通常メンタル……常人よりも少し弱いくらいの精神強度しかない。

 まだ血が滴る人間の死体にしか見えない残骸が、俺の寝床とも言えるガレージにあること自体が嫌悪感の元となる。

 

「マスター、ブラッドサッカータイプであれば、稼働停止後、半日ほどで晶石を残して塵となります。このまま置いておけば良いかと」


 機械種知識の精通する毘燭からの進言。

 しかし、半日でもこのまま放置しておくのは俺が我慢できない。


 機械の残骸であれば気にならないが、見た目が完全に人間の死体だ。

 それもグロテスクに傷つき、バラバラとなっているスプラッタな状態。


「俺の目に入らないようにしておきたいから、とりあえず七宝袋の中に入れておくか」


 胸ポケットから七宝袋を取り出し、積み上がった死体を収納しようとするが………



「あれ? 入らない」



 収納できないばかりか、七宝袋からの強い拒否反応が返ってきた。



「あ~~、これは、俺がこの残骸に価値を見出していないからか………」


 

 七宝袋は文字通り俺にとっての『宝』を収納・管理する為の宝貝だ。


 俺が価値を見出しているのはカーミラの遺骸のみ。

 それ以下でしかない機械種ヴァンパイアと機械種レッサーヴァンパイアには興味が無いどころか、血塗れの汚いゴミぐらいにしか思えない。

 どうやら七宝袋にそのことを見透かされてしまっているようだ。



「………仕方が無い。これは無理強いできないし」



 七宝袋には普段色々と無理を強いてしまっているのだ。

 譲らないといけないのは俺の方だろう。



「マスター、私が気流障壁で囲んでおきましょうか? 匂いも遮断できますし、周囲の空気の可視透過率をゼロにすれば中が見えないように真っ暗にもできます」


「うーん………、それしかないか。では、秘彗。頼んだ」


「はいっ」


 秘彗の提案にGOサインを出す。

 臭いモノには蓋をするのが一番だ。







「あとは………コイツの処遇だな。機械種ヴァンパイアロード………と言ったところかな?」


 残る課題はこの美しい女吸血鬼をどうするか。


 修理して従属させるか、それとも、晶石だけ取り出して処分するか………


 俺の目の前に転がる鉄杭がこれでもかと鉄杭が刺さった生首。

 横たわる傷だらけの妙齢と思われる女性の死体。

 よく見れば、浮楽が吹きかけた粘着剤がこびりつき、倒錯めいた情景となっている。


 エロゲーを嗜み、多少の凌辱モノならイケる口ではあるものの、ここまで凄惨な遺体だとそういった気持ちなど起こるわけもない。


「つーか、すでにアウトだろ。リョナは無理。グロいの駄目」


 だが、修理してブルーオーダーすれば、元の美しい女性へ戻るはず。

 俺に絶対服従する人間にそっくりな機械種へと。


 どのようなことをしても拒否しない。

 どんな命令にでも従う美女。

 正しく男の夢と言っても過言ではない。

 

 

「うむむ………」



 想像しただけで鼻の下が伸びそうだ。

 最後までできる機能があるかどうか分からないが、あの俺の目をひきつけてやまない両胸の膨らみがあるのであれば十分!………何が十分なのかはさておき。


 

「多分、蒼石準1級ならブルーオーダーできるはず………」



 格的に言えば、2級や準2級でもイケるかもしれない。

 しかし俺の手元に高位蒼石はこの準1級しかない。

 それを考えれば少々勿体ないが、この美女が手に入るなら………


 でも、これって修理できるのだろうか?

 コレをボノフさんの店に持っていくのはちょっと………

 五色石ならできるだろうが、今クールタイム中だし………




「マスター、修理して従属されるおつもりですかな?」


「んん? 毘燭か………、なんだ? 反対なのか? 」


「いえ………、従属されるなら一つ情報を………」


 

 そう言って述べてきたのは、ブラッドサッカータイプの特徴。

 たとえブルーオーダーしても、全身の機体の維持にはやはり人間の血液が必要となるらしいこと。

 ずっとスリープ状態にしておくならともかく、活動させるには定期的に血を飲ませないと機体を構成するナノマシンが人間の肌の材質を維持できない。



「高位機種ならそれなりの血液が必要となります。活動量にもよりますが、最低1週間に1リットルは必要かと………」


「マジか………、結構な量だな」


 致死量とまではいかないが、人間1人で補うには少々無理がある量だ。

 

「血を与えなければ、その人間そっくりの外観は崩れ去り、幽鬼のような姿になりますな」


 毘燭が言うには、巣やダンジョンで遭遇するブラッドサッカータイプはだいたいそんな姿でいることが多いらしい。

 人間の形をしているのは、人間を襲った直後だけだと。


「ぐぬぬ……、それは流石に無理があるか」


 腹の底からの呻き声が漏れる。

 

 俺自身、痛いのは嫌いだし、血とか抜かれるのも大嫌い。

 だからといって他人から徴収するわけにもいかない。

 それをすれば俺自身が吸血鬼になってしまう。

 

「はあ………、諦めるしかないか」


 カーミラの遺骸から目を背ける。


 あのおっぱいは非常に惜しいが、俺が道を踏み外す切っ掛けにもなりかねない危険性を持つ。

 一度仲間にしてしまえば情が湧き、彼女の外観を維持する為に俺が暴走するという可能性があるのだ。

 リスクとリターンを考えれば、ここで手を出すのは悪手以外の何物でもない。


「まあ、晶石が手に入るだけで良しとしよう……」


「マスター、もう一つご報告があります」


「今度は森羅か。なんだ?」


「この度の戦いで手に入った戦利品になります」


 そう言って森羅が差し出してきたのは、15cmくらいの楕円形の金属球が1個。

 そして、女性物の小さな鞄。

 

 鞄を開けてみると入っていたのはマテリアルカード2枚と、はがきサイズのプラスチック製プレートが1枚。


「これは?」


「これ等はあの女性型が落としたモノです。フラク殿との戦闘中、亜空間倉庫を開き、そこから零れ落ちたモノだと思われます」


「うーむ………」


 カーミラの置き土産ということか。

 謀略が好きそうな奴であるだけに少しばかり怪しさを感じてしまうが、状況的におかしい事ではない。

 浮楽に追い詰められたカーミラが亜空間倉庫から何かを取り出そうとして、手を滑らせたというのは十分にありうる。

 亜空間倉庫に収納する品物を手に入るのは、大変珍しい事ではあるけれど。



 高位機械種が備える亜空間倉庫は、その機種が滅びれば誰にもアクセスすることはできなくなる。

 どこともわからぬ時空を彷徨い続けてしまうのだ。

 そうなれば見つけることは不可能に近い。


 ジョブシリーズの商人系が持つ亜空間倉庫に自分の財産の大部分を預け、その機種が破壊されて路頭に迷った大富豪なんかも与太話として良くある話なのだ。

 

 このことは俺も注意しなければいけない。

 秘彗や毘燭に万が一のことがあれば、同様なことが起こりうるだろうから。



 また、稼働中の機械種が持つ亜空間倉庫の中身を狙うのは非常に難易度が高い。

 

 どれだけ空間制御に秀でていようと、他機の亜空間倉庫に手を出すのは至難の業。

 辛うじて盗賊系や一部の機種が持つ『スティール』という特技であれば、ランダムではあるが奪取することが…………


 


 ウバウノカ!!




 ………まあ、この辺でいいか。

 さて、物品を確かめることにしよう。

 




「マテリアルカードは…………2枚で28万M。日本円にして2,800万円か。妥当な所だな」


 カーミラ程の高位機種なら持っていて不自然ではない。

 タウール商会に所属しているのだし、人間としての身分を持っているなら稼げない額ではない。


「問題はこの2つ………、白兎!」



 フリフリ



 その2つを床に置き、白兎に確かめてもらう。

 白兎の浄眼と不思議パワーであれば、仕掛けられた罠くらい見つけられるはず………多分。


 床に置いた2つの品物に鼻を近づけてフンフン。


 しばらくして俺の方に向き直り、耳を揺らして結果を報告してくれる。



 ピコピコ



「問題無いって? お前が言うなら大丈夫そうだな」


 白兎のお墨付きを貰ってから、まず楕円形の金属球の方を手に持って見分。

 表面の一部に発射口みたいなものがあり、銃器の一部みたいな感じ。


「武器か? カーミラはこれを取り出そうとしていたのかな……」


 この発射口を敵に向けて使うのか、それとも、投げたらよいのか……


「白兎、これは爆弾じゃないよな?」



 パタパタ



 白兎からは『爆弾ではない』との回答。

 でも、それ以上は分からないようだ。


「これが武器なのであれば、ヨシツネに聞くのが早いな」


 早速ヨシツネを七宝袋から取り出して質問。


 ちなみにベリアルは収納したまま。

 白兎にコテンパンにやられてまだ拗ねているだろうから。






「これは自動浮遊射手ですね」


「自動浮遊……射手?」


「ハッ、主様がお持ちの自動浮遊盾の攻撃タイプと申しましょうか………、起動させると主様が敵と認識し、『撃て』と命じた敵に自動で攻撃を加える発掘品になります」


「ほう………、発掘品。ファンネルみたいなモノか?オートで敵を攻撃してくれる……」


「ふぁんねる? ………拙者にはそのふぁんねるというモノは分かりませんが、おそらくそのご認識であっているかと……」


 武具に詳しいヨシツネから『自動浮遊射手』についての使い方を聞き、一度自分の手で起動させてみる。



 フワッ



「おお! 浮いた」



 自動浮遊盾のように宙に浮かび上がる自動浮遊射手。

 まるで衛星みたいに俺の周りをクルクルと旋回。



「攻撃力はどのくらいなんだろう? えーっと………」


 とりあえず七宝袋の中に収納してある機械種の残骸の一部を取り出す。

 黒い装甲を纏った機械種オークの胴体部。

 これを的として威力を確かめることにしよう。



「自動浮遊射手! 攻撃せよ!」


 床に置いた機械種オークの残骸に向かって指を差して命令。



 ビュンッ!



 すると、自動浮遊射手から一条の閃光が迸り、俺が指差した残骸に命中。

 


 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!



 続けざまに何度も発射される閃光。

 当たった所を見るとどうやら粒子加速砲だと思われる。



 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!



 次々と粒子加速砲を放ちまくる自動浮遊射手。

 その度に小さな穴を開けられていく残骸。



 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!



 威力で言えば、低レベル。

 精々、スモールの銃の下級程度。

 オークの装甲に穴を開けられるのであれば、コボルトやゴブリンならば多分一撃。

 だが、中位機種以上が相手だと威力不足。



 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!



 しかし、こちらの手を使わず自動で攻撃してくれると言うのはなかなかに有用。

 牽制程度とはいえ、起動するだけで相手の気を引いてくれるのだから使い道はありそうだ。

 しかも、ある程度エネルギーを自動回復してくれるのでお財布にも優しい。



 ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!



「よし、もういいぞ。止まれ」



 ピタッ



 俺の制止に従い、攻撃をストップする自動浮遊射手。

 これと併用して自動浮遊盾を浮かべたら面白そうだ。



「よし、あとは、このプレートか。表面は曰くありげな幾何学模様……、なんだろう?」


 はがきサイズで厚さは0.5cm程。

 分厚いポストカードみたいだけど、使い道が思い当たらない。

 まさか本当にはがきというわけではないだろうが…… 


「少なくとも発掘品の類ではありません。磁気データが織り込まれた情報媒体と思われます。データの中身までは分かりませんが……」


 物品鑑定を持つ秘彗からの推測。

 

 情報媒体ということは何か貴重な情報が眠っている可能性もある。

 詳しく調べるなら専門家に任せるしかないだろうが………



「明日、ボノフさんに頼むか………、それとも………」


 秤屋に持っていくか……だ。


 今日起こったことについて、ミエリさんにある程度話しておいた方が良いかもしれない。

 何せレッドオーダーが街に入り込んでいたのだから。

 しかもタウール商会の人間として紛れ込んでいたのだ。


「………もしかして、ミエリさんよりもガミンさんに聞いた方が早いか」

 

 一担当でしかないミエリさんより話が早いのは間違いない。

 何せ相手は秤屋のトップ、支店長なのだし………


 未来視での秤屋内の応接間でのやり取り。

 見た限りガミンさんは珍しく信用できる権力者であるのは間違いない。

 組織が不利になろうとも俺を庇おうとしてくれたのは事実なのだから。


 この情報を得られただけでも未来視を発動した甲斐があった。

 やはり俺の手持ちの情報ソースとして、未来視と打神鞭の占いは外せない。



「………その辺を打神鞭の占いで調べておかないといけないな」


 あともう少しで零時を過ぎて、今日使った打神鞭の占いも復活する。


 さて、占いの問いかけは何とするべきか?


「タウール商会について………か、それとも、このカーミラについて………か」


 どちらもガミンさんに聞けば情報を得られる可能性がある。

 ならば、ここで確認しておきたいのは………



「カーミラ達を滅ぼしたことで発生する俺への不利益な影響……かな?」



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