第417話 激高



「………何のようだ? 蓮花会のアスリン」


「何勝手に話を終わらせようとしているのよ! 狙われたのはアタシなんだけど?」


「謝罪と賠償は商会経由で話が行く」


「蓮花会は関係ない! 今はここにいるのはアタシよ!」



 銃で撃たれかけたアスリンは収まらない。

 目を吊り上がらせ、激高状態。

 自分の前に重量級の腕を展開していて、すぐにでも殴り掛かりそうな雰囲気だ。


 

「…………だからどうだというんだ? お前はただの新人狩人だろう? こういったことは商会を通すのがルールだ」


「その前にアタシに落とし前をつけていけって言ってんの! アタシを無視して帰ろうとするな!」


「…………意味が分からないな。一体君は何を言おうとしているんだ?」


 無表情ながら困っているようなセリフがルーク君から零れる。

 ルーク君からすれば、アスリンが激高している理由が分からないのだろう。



「アスリン……、止めなよ。せっかくヒロが助けてくれたのに………」


 アルスがアスリンを宥めようとしてくれるが………


「うるさい! お前には関係ないでしょ! 部外者が口を出さないで!」


 キツイ言葉が返ってきた。

 これにはアルスも面食らう。


 

 うーん………

 下手に宥めようとすれば、余計にムキになりそう。


 多分、アスリンはこのままルーク君を返すと面子が潰れると思っているようだ。

 

 時折、俺に非難めいた視線が飛ばしていることからも良く分かる。

 

 俺に命を救われた形になったが、それは彼女からすれば余計な事であったのかもしれない。

 

 確かに撃たれた弾丸が彼女に当たったのかどうかは分からないし、当たったとしても防弾服を兼ねるコンバットスーツに阻まれた可能性だってある………


 実際はスモール中級の銃だから当たりさえすれば、大怪我は間違いないのだが、そこまで彼女には分からなかったのであろう。


 つまり、男である俺に命を救われた形となって、苛立っているのだ。

 元々アスリンはこの会場で自分の武威を示すつもりだったのに、これでは俺の引き立て役でしかなくなってしまう。

 だからせめて元凶となったタウール商会のヤンキー少年……の同僚であるルーク君に怒りをぶつけ、少しでも自分の力を見せつけたい……といったところかな。



 うああ……、この子、大分気が強いな。

 まあ、そうでもないと、若い女の子が狩人になったりしないか。



 当たり前だが、普通、女性が戦いの場に身を置くことはほとんど無い。

 ファンタジー世界と違い、女戦士なんてありふれていないのだ。


 もちろん、アテリナ師匠やミランカさんのように、女性の身で立派に猟兵や狩人をやっている人もいるけど、その割合は10人~20人に1人程度。

 女性はレッドオーダーに狙われにくいという利点があってもそれくらいしかいない。


 そして、そのほとんどが裏方か機械種使い。

 男と比べてどうしても体力に劣る面があるから仕方が無いのかもしれない。



 そういったことがあるから、アスリンが面子に拘る理由も分からないでもない。

 ああやって力を示さないと、周りに舐められる。

 舐められたら、組みやすしと思われて、男に襲われるかもしれないのだ。

 自分だけでなく、自分のメンバーのこともあるからあれだけ必死になるのだろう。



「さっきの仕業を見るに、アンタもそこそこヤレるんでしょう? アタシと勝負しなさい!」


「………断る。君と争う理由が無い」


「男のくせに、女から勝負を持ちかけられて断ると言うの?」


「男とか女とか関係ないだろう」


「この臆病者! ビビってんじゃないわよ!」


「………これ以上話しても無駄のようだ。帰らせてもらう」



 付き合い切れないとばかりに後ろを向くルーク君。

 

 隙だらけだが、このままアスリンが背後から襲いかかるなら、それは完全に逆効果。

 ただの暴力事件に成り下がる。

 だからアスリンは何としてもルーク君を止める為に罵声を飛ばす。



「どこへ行くのよ! 待ちなさい! 逃げるつもり! 情けない男ね!」



 スタスタスタ

 

 アスリンの罵りにも気にせずルーク君は出口へと足を進める。



「このビビり野郎! 玉ついてんの! それとも去勢ずみなのかしら。タウール商会の狩人になれたのも職員に尻を貸したからじゃないの?」


 ………あんまり女の子から聞きたくないような下品な罵声。

 それでも、ルーク君は全く気に留めない様子。


 アスリンはとことんルークを罵ることで、自分を強く見せようとしているようだけど………



「フンッ! 臆病者! ここまで罵られて何も言い返せないの! どこまで根性無しなのよ!」



 スタスタスタスタ



「この弱虫! こんな弱っちい奴が狩人になっているなんて、タウール商会も格が落ちものね」


 

 ピタッ


 ルーク君の歩みが止まった。

 



「うん? 何? ようやくヤル気になって………」









「オレヲ『ヨワイ』トイッタナ!!!!」









 突然、振り返り怒声をあげるルーク君。

 

 それは初めて見る怒りの形相。


 発した声は会場内に響き渡り………




「な、何よ! アンタ、その光………」




 振り替えたルーク君の目の辺りが赤く発光。

 炎がチラつくように額から髪の毛の辺りまでぼんやりとした赤い光を放っている。



「アアアアアア!!! オレハヨワクナイ! ヨワクナンテナイ!」



 気が狂ったように叫び声を上げるルーク君。

 まるで悪霊が乗り移った悪魔付きのごとく………

 


「あ、あれは………まさか『赤能者』……レッドキャップか?」



 俺の未来視の中で最も長い期間であった魔弾の射手ルートで知り得た情報。


 『赤能者』

 

 レッドオーダーの晶石を取り込み、赤の帝国の力を手にした人間。

 力を振るう時、目や額、頭髪が赤く発光し、まるで赤い帽子を被っているように見えることから、『レッドキャップ』とも呼ばれている。


 その力は強大の一言。


 彼等は人間の身体のまま、様々なマテリアル機器の力を振るうことができる。

 そして、人間がまだ完全には解明できていないマテリアル重力器や空間器すら使用できるのだ。

 さらに肉体も強化され、レッドオーダーのような再生能力すら備えるという。


 正に人間を越える最短距離であると言える強化方法であるが、当然ながら手にするには難易度が高いし、デメリットも多い。


 まず、レッドオーダーの晶石を取り込む方法が不明だ。

 取り込んだ晶石が高位機種であればある程強くなれると言うが、ただ体の中に入れたり、飲み込んだりしても意味が無い。

 

 この強化方法を知っているのは、赤の帝国に味方し、白鐘を破壊しようとするテロ集団『鐘割り』だけだと言われている。

 その為か、この能力を持つ者は鐘割りであると見做されることもあり、ブーステッドを飲んだ強化人間とは比べ物にならないくらいに人類社会から排斥される。

 ただ、赤能者の中には鐘割りに攫われ、実験台となった人もいるので、すべからく人類の敵ではないのだが、それでも受け入れてもらおうとするのは大変だ。

 

 これが赤能者の大きなデメリット。

 力を得る為に表立った行動ができなくなるという。



 そして、最大のデメリットは、精神的に非常に不安定になること。


 些細な事で今のルーク君のように突然激高したり、何かに怯えるようになったり、逆に極端に無謀になったり、どうしようもないくらいに拘りが強くなったり、残忍になったり、頻繁に嘘をつくようになったり………


 精神的な不利な特徴を植え付けられてしまうのだ。

 これはどうやっても取り除くことが不可能で、酷いモノになるとまともに日常生活が過ごせなくなるくらいらしい。

 魂まで汚染され、永劫に狂気の淵へと立たされ続ける。

 正しく呪いと紙一重なのだ。


 

「レッドキャップに遭ったら注意しろ。何が切っ掛けで何をしだすか分からない……だったな」



 この辺境では見ることは無いが、中央だと稀に猟兵や狩人をやっているレッドキャップがいるという。

 ほとんど腫れもの扱いではあるが、破格の戦力を持つので、ギリギリ受け入れてくれる所も無いわけではない。



「まさか、ルークがレッドキャップだったとは………」



 おそらくアスリンの度重なる罵声に我慢できなくなったのであろう。

 レッドキャップは短気で情緒不安定なことが多いというから、今までよく我慢した方なのかもしれない。


 しかし、一度暴れ出せば手に負えない。

 見境なく辺りを破壊しまくる災厄と化す。



 力を得る為だとは言え、凄まじいデメリットだ。

 だが、その力を求める者は多いだろう。

 

 もし、俺が『闘神』と『仙術』スキルを持っていなければ、その力を求めたかもしれない。


 もしくは、この2つのチートスキルを持っていてもなお、届かないモノがあるのであれば…………






「アアアアアアアアアア!!!」



 叫び声を上げ続けるルーク。

 その異様な雰囲気に会場の皆は圧倒され、ただ茫然と立ち尽くすのみ。

 ルーク君の身に起こっている現象の意味が分からず戸惑っている様子。

 この辺境ではレッドキャップの存在はそれほど知られていないことが原因だろう。


 ただ、会場内でも、驚愕の表情を浮かべ、明らかにレッドキャップと分かって身構える者達もいる。


 アルスとレオンハルト。


 この2人は明確に戦闘態勢を取っていた。

 それは激高している一少年ではなく、高位機種が現れたぐらいの緊張感を以って。


 アルスはさり気なくアスリンを庇う位置に移動する。

 あれだけ邪険にされたのに、まだアスリンを庇うつもりのようだ。


 レオンハルトは自分の腰に手をやり、何かを操作する仕草。

 おそらく防護服に備わる防御装置を起動させたのだろう。


 そして、機械種ソードマスターはマスターであるレオンハルトの盾となる為、前に出た。

 だが、それ以上は進まない。

 なぜなら、機械種ソードマスターにとって、マスターの命が最優先だから。


 先ほどのヤンキー少年の銃撃と同じ。

 万が一のことを考えてマスターの傍から離れないのだ。

 

 




「む! イカン! 」



 ルーク君の周辺の空気が揺らぐ。

 まるで空気が水流となって流れているように撓んで見える。

 無形の力が集合し、渦を巻いて力を蓄えているかのごとく。


 それはマテリアル重力器による重力操作か、マテリアル空間器による空間攻撃の予兆。



「くっ、ヤバい……」



 一瞬だけ逃げようかと思ってしまう。

 

 最強で無敵の俺だが、空間攻撃だけは傷ついてしまうのだ。

 もし、空間攻撃であるなら、下手をしたら即死もありうる。


 だが、俺が逃げ出せば、アスリンどころかこの会場の皆が……

 でも、怖いモノは怖いし………


 

 

『怯えるな! そなたの背後には守るべきものがいるのだ!』


 


 手に持った瀝泉槍から流れ込む波動。

 俺の怯えを一瞬で押し流し、皆を守らねばという思いを強くさせる。




『死中に活あり!』



「オッケー、そうだな、瀝泉槍……」



 瀝泉槍の柄を握りしめて、息を吐き出しながら呟く。

 

 何のために俺はここにいるのだ!

 あの未来を覆す為だ!

 ならば、やるべきことは一つ!

 

 

 ルーク君の周囲に発生している空気の撓み。

 目を凝らさないとはっきりとは見えないが、間違いなく存在する見えない力の塊。


 会場のほとんどの人間は気づいていないだろう。

 新人狩人で重力攻撃や空間攻撃を目にすることなんてほとんど無いから。



 止められるのは俺だけ。

 そして、アレを止めるには、一撃を加えて昏倒させるしかない。



 ぐっと体勢を低くしてから一気に駆け出す!



 彼我との距離は10mそこそこ。

 

 縮地を使わなくても、この距離なら………





 ガチンッ!




「がっ!」




 瀝泉槍の先が透明な壁にぶつかった。

 それは久しく感じていなかった固いモノにぶち当たった抵抗。

 どれだけ強固な機械種の装甲を貫いてきた瀝泉槍にも貫けない障壁。



「まさか、空間障壁! ありえない!」



 目の前の透明な壁を前に呆然と呟く。


 高位機種ですら、空間制御を攻撃と防御を同時に使うことはできないのだ。


 しかし、目の前のルーク君は攻撃の為の準備動作に入ったまま。

 

 もう後数秒もしないうちに解き放たれる無色透明な暴力の嵐。


 それは会場内に吹き荒れ、俺の同期達を無残にも切り刻み、砕いていくだろう。


 

 こうなったら倚天の剣を使うしか………



 倚天の剣を取り出す為に、瀝泉槍を収納しなければならない。


 莫邪宝剣と同じく、瀝泉槍も俺の技量をUPさせる効果を持つ。

 ただし、それはあくまで自分だけを装備した状態という前提。


 投擲武器や銃くらいなら問題は少ないが、同じ近接武器を両手に持つことはできないのだ。

 もし、そんなことをすれば身体のバランスが崩れ、下手をすればその場ですっ転ぶ。

 それは技量をUPさせるという能力の制約でもあるし、自分だけを使ってほしいという近接武器宝貝のプライド。


 だが、今の状態で瀝泉槍を手放せばどうなるか。

 倚天の剣には技量をUPさせる効果も、俺の精神を安定、若しくは高揚させる効果も無い。


 一瞬だけとはいえ、瀝泉槍を手放した状態で、俺はこの死地に立っていられるのだろうか?


 俺が唯一恐れる空間攻撃かもしれないのだ。

 

 臆病風に吹かれて俺1人で逃げ出してしまうかも………



 ほんの僅かな間、空間障壁を前に戸惑う俺。

 

 だが、障壁の向こう我がのルーク君は待ってもくれるわけもない。

 このままでは会場の皆が………




 ビュンッ!




 その時、俺の足元をすり抜けた一陣の白い閃光。 


 それは、俺のもっとも頼れる相棒。

 宝貝、兼、筆頭従属機械種 白仙兎。通称白兎。

 俺の危機を察して駆けつけてくれたのだ!  




 ガチャンッ!!




 勢いのまま空間障壁へと激突。

 頭突きを以って空間障壁をぶち破る。

 空間制御を持つ白兎になら可能な芸当。




「ナイス! 白兎。助かった……」


 ピコピコ



 耳を揺らして応える白兎。

 

『この場ではこれが精一杯』


 たくさんの人前では超常の力を制限している白兎だ。

 先ほどの見えない壁をぶち破った荒業を認識できる人間はほとんどいない。

 だが、これ以上力を見せるのは危険。

 ギリギリの所を突いて、俺をフォローしてくれたのだ。

 


 もう俺に立ち塞がるモノは無い!




 ギュンッと速度を上げ、一気にルーク君まで肉薄。


 手に構える瀝泉槍の………石突き部分を以って強打!




 ドンッ!


 「ぐほっ!」




 まともに腹に一撃を喰らい、後ろに吹っ飛ぶルーク君。


 通常の人間ならこの一撃で悶絶ものだが……… 




 ………手ごたえがおかしい。

 ひょっとして、重力制御で防がれた?




 ゴロゴロと吹き飛ばされたルーク君だったが、気絶まではいかなかった模様。

 腹に手を当てながら苦悶の表情でゆっくりと身を起こそうとしている。




 チッ! 手加減し過ぎたか?


 

 流石に殺すわけにはいかない。

 傍目にはルーク君が喚いていただけにしか見えないのだから。


 ルーク君がレッドキャップであり、会場の皆にとって危険であることを証明すれば、問題は無いのかもしれないが………


 俺としてはなるべく面倒事には関わりたくない。

 殺すことで断つことができる面倒臭さと、殺すこと発生する面倒臭さを比べたら、取り返しがつく分、殺さない方がマシだ。


 それに、まだ年若い少年を殺すのは気が引ける。

 そう思って手加減したのだが、思った以上に威力が削られたようだ。



 なら、もう一発喰らわせて、気絶させるとしようか………



 

 瀝泉槍を構え、まだ起き上がれないルーク君に飛びかかろうとした時、


 


「お待ちください。彼はもう落ち着いています。これ以上はご勘弁を」




 彼と俺の間に割り込んできた黒い喪服みたいな服を着た若い女性が1人。




「彼の暴挙の責任は私が取りますので、どうかお許しください………」




 さっと床に座り込み、伏しながら俺へと懇願する女性。




「お気にすまないようでしたら、この身を打擲していただいてもかまいません」




 神に祈るように俺へと跪く、その女性は………




 流れるのような黒髪に、磨き上げた大理石のごとき白い肌。

 派手さは無いが月明りにも似た端麗な顔つき。

 歳の頃は20歳程のハッとするくらいの美女。

 


「………どちら様でしょう?」




 いきなり現れた美女に思わず敬語で尋ねてしまう。




「申し遅れました。私、タウール商会所属のミラと申します」




 そういって名乗るその女性の唇は…………




 まるで血で塗られたように真っ赤であった。



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