第399話 物語2 転(下)


 翌朝、特に白月さんの態度は変わっていなかった。


 いつものように穏やかな笑みを浮かべたまま。


 昨日の問いかけも、途中の諍いも、最後の告白も、全て無かったかのように……


 だが、俺の中ではしっかり記憶に残ってしまっている。


 特にあの押し付けられた唇の感触とねじ込まれた舌の生暖かさ。


 気が付けば、白月さんを見つめている自分がいる。


 それもなぜかその桜色の唇に吸い込まれるように。


 ふと、視線が合ってしまう。


 ニッコリと微笑む彼女。


 急に恥ずかしくなって下を向く俺。


 俺と白月さんの関係は、この後どうなってしまうのだろうか?


 果たしてこの物語の行きつく先は一体何処なのであろうか?


 










「到着!」


 ピョンッ!


 これまたいつもの俺の到着宣言に、リビングルームで一跳ねする白兎。


 街へ到着したのはお昼前。

 ガレージに車を止めて、ようやく今回の巣の攻略の旅は終了を迎えた。


「俺は秤屋へ晶石を提出しに行きますが、白月さんはどうされますか?」


「一度、教会に戻ります。流石に留守にし過ぎましたから」


 まあ、行きと帰りで3日間だったからな。

 しかし、わずか3日で赭娼の巣を攻略できたんだから、またミエリさんには驚かれるかもしれない。


 白月さんが一緒にいることは内緒しないといけないから、なんと言って誤魔化そうか。








 

 白月さんがガレージに俺を訪ねてきたのはその翌日のお昼過ぎ。


「こんにちは、ヒロさん。いかかでしたか?」


「ええ、バッチリですよ。合わせて3,000万Mの大儲けです」


 今回、白月さんの感応士の力によって、こちらにほとんど消耗が無かった。

 だから丸々が儲けとなり、今回の攻略は大黒字。

 まあ、すでに俺の資産は天元を突破しているから、誤差でしかないが。


「それは重畳です。頑張った甲斐がありました」


「………白月さん。この半分を手伝ってくれたお礼ということで受け取って貰えませんか?」


「え………、私にですか?」


「はい、白月さんは報酬は要らないとのことでしたが、これだけの大成功ですので、やっぱりきちんと分け前は払っておきたいんです」


「うーん………、お気遣いは嬉しいのですが、鐘守はあまり報酬とかを受け取るのって良くないんです。これが発掘品とかなら構わないのですが……」


 少し困り顔で応える白月さん。

 報酬を貰うと困るって、まるで公務員………

 この世界では情報インフラを司っているのが白の教会だから、あながち間違いでもないのか。


 でも、発掘品といってもなあ………


 自動浮遊盾はあと1枚しかないから渡せないし、戦車もあれだけ金をかけたばかり。

 ベットは俺のお気に入りでもあるし、衣装箪笥は白兎が何やかんやと使っている。


 不要なモノって言うと………



「俺の部屋に置いてある化粧台とか………」


「あははははっ、アレは楽しかったですね」


 弾むような白月さんの笑い声。


 皆で化粧台を前に、色々な髪型を映し出して遊んでいたことを言っているのだろう。


「黒髪の私って、ちょっと新鮮でした。変装グッズは1パターンしかないですからね。アレがあったら皆、喜ぶかもしれません」


 自分の髪を触りながら、白月さんは嬉しそうに微笑む。


 多分、『皆』というのは同僚の鐘守達のことを指しているんだろうな。

 鐘守は全員銀髪だというから、自分の髪の色が変わるのは楽しいのかもしれない。


「でも、遠慮しておきます。鐘守が狩人から献上される発掘品は、レッドオーダーとの戦闘に役立つ武器防具に限られますから。その発掘品を聖別して、有能な『打ち手』に授ける。これが鐘守の仕事です。大抵は献上してくれた人にそのまま返すことが多いんですけどね」


 白月さんからの発掘品の扱いについての説明。


 ちょっと、心が痛い。


 あの時、雪姫が俺の……

 

 いや、止めておこう。

 ここであのシーンを思い出したら、俺の中の内なる咆哮が這い出てきかねない。



「………………ヒロさん」


「あ、はい」


「もし、マテリアルを私への報酬としていただけるのであれば、白の教会への寄付と言う形にしてもらえませんか?」


 ああ、報酬のことね。

 なるほど、寄付と言う形であれば構わないということか。


「構いませんよ。はい、これが1,500万Mが入ったマテリアルカードです」


「いえ、ここでは何ですので、良かったら白の教会で直接納めて頂けると……、額が額ですから……」


 申し訳なさそうな顔での白月さんのお願い。


 そりゃあそうか。

 こんなところで15億円もの大金のやり取りなんて、できるわけがない。

 寄付である以上、きちんとした公式の場で行う必要があるのだろう。


「いいですよ。今から行きましょうか?」


 白の教会へ行くのは2回目だ。

 前回は一般人としてお参りに行っただけだが、今回は寄付者としての訪問。

 しかも鐘守に付き添われてというVIP待遇。 


「ありがとうございます。では、参りましょう」







 白兎だけを連れ、白月さんと一緒に白の教会へと向かう。


 門を潜れば、すぐに教会の事務員と分かる人間が駆け寄って来て、白月さんへと話しかける。

 そのまま白月さんが事情を説明、そして、俺とともに以前見かけただけの内門へと向かう。


 門の前に門番が1人。


 白月さんが聖印を見せ、二言三言聖句を唱えると、門番の人は大きくうなずき、門を開けてくれた。



「この先は関係者、及び、信仰の厚い方々しか入れないんです。なにせ奥には白鐘が置かれておりますから」


「なるほど……、でも、門番が1人って不用心では?」


 見た所、ただの人間だった。

 しかもそれほど強そうにも見えない。


 街で最も重要なのが白鐘だ。

 これが壊されでもしたら、白鐘の恩寵も失せ、あっという間にレッドオーダーが溢れかえることとなる。

 そんなことにでもなれば、この街は崩壊してしまうだろう。


「大丈夫です。この内部にはセンサーが張り巡らさせていますし……、何より、この門を守っている本当の門番は………レジェンドタイプですから」


「はい?」


 あまりの唐突な告白に、思わず白月さんの顔を凝視してしまう。

 

 白月さんは『やってやった!』とばかりの少々悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「フフフッ、ようやくヒロさんを驚かせることができましたね」


「………いや、ビックリしたけど………本当ですか?」

 

「もちろん、本当です。ここへの侵入者は容赦なく成敗されるんです。たとえ光学迷彩で姿を消していても、門番の目は絶対に誤魔化されません!」


 エッヘンという声が聞こえそうなくらい胸を張っての自信満々な白月さん。

 

 レジェンドタイプなのであれば、その自信も素直に頷ける。



「レジェンドタイプかあ………いいなあ。見てみたいなあ……できれば……手に入れたい」


 つい、呟いてしまう本音。


 もちろん、俺にはヨシツネがいるが、レジェンドタイプの使い勝手を考えれば、何機いたって構わない。

 だが、その伝説と謳われた機種の数は希少。

 かなりの修羅場を潜ってきたつもりだが、それでもヨシツネ以外のレジェンドタイプを見たのはたった1機、機械種ダルタニャンだけだ。

 当然ながら、莫大な資産を叩いたとしても、それを手に入れるのは至難の技であろう。


「ふふふ、流石のヒロさんもレジェンドタイプは気になりますか?」


「それは当然!男であれば、絶対に一度は夢見るでしょう!なあ、白兎!」


 ピコピコ!


 白兎も耳を揺らして力強く『同意!』と意思表示。


 チームトルネラのザイードも言っていた。

 いつかはレジェンドタイプを従属してみたい……と。


 あの時の気持ちは俺も良く分かる。

 男の子であれば、最強の存在を従えてみたいものだのだ!


 やや興奮気味な俺と白兎に対し、白月さんはどこか小さな子供を見るような優し気な目を向けてくる。

 

「ヒロさんどころか、ハクトちゃんまでも……ですか?もし良かったら、後でレジェンドタイプを見て行かれますか?」


「え!……いいんですか?」


 フリッフリッ!


「はい……と言っても、門番ではなく、私の護衛として最近、送られてきたレジェンドタイプなんですけど……」


 マジか!

 じゃあ、この白の教会の敷地内にレジェンドタイプが2機存在するのか!


 見たい!

 それはぜひとも見たい!

 ヨシツネ以外のレジェンドタイプを見る機会なんて、そうはないぞ!

 

「それは願っても無いことですが………」


「では、先に寄付を済ませてしまいましょう。ちなみに、そのレジェンドタイプはストロングタイプ達と一緒にあちらの講堂に閉じ込めているんですよ」


「は?なんで?」


「私の行動にいちいち掣肘を加えて来ますので、うるさくって……」


 お澄まし顔でトンデモナイことを言う鐘守。


 おい!それでいいのか?


 護衛の方に同情してしまうな。

 あっちは役目を果たそうとしているだけなのに。


「さあ、ヒロさん、こっちですよ」


 白月さんに手を引かれ、寄付の手続きを行う本堂の方へと向かう。

 その後ろからピョコピョコと跳ねる白兎を連れながら。

 久しぶりにドキドキする程の興奮を胸に秘めて。











 本堂で白月さんと一緒に寄付の手続きを行い、1,500万Mの入ったマテリアルカードを受け付けの人に提出。

 流石にその表示された額に目を白黒させていたが、俺の後ろに立つ白月さんの姿に、すぐ納得の表情へと変わった。


「多額のご寄付ありがとうございます。ヒロさんに白の導きがありますように」


 俺の手を握って、祝福してくれたのはもちろん白月さんだ。

 鐘守自らの祝福なんて、そうあるモノでは無いと聞く。


 この為だけに、せっせと寄付や発掘品を持ってくる狩人の多いのだろう。


 まるで、どこかの世界の握手券みたいと思ったのは内緒だ。








「こちらです」


 寄付が終われば、次はレジェンドタイプとの邂逅。


 白月さんに導かれ、連れて来られたのは周りからポツンと離れた講堂。


 講堂といっても、大きさ的には小さめの礼拝堂といったところ。

 

 3m近い扉を開ければ、そこに並ぶストロングタイプの精鋭達。


 まるで結婚式の出席者のように左右に5機ずつ並んでいる。


 

「ナイト系、ウォーリア系、軽戦士系、魔術師系、僧侶系、斥候系……」


 随分とバランスの取れた編成だ。

 ここまで揃うと壮観そのもの。

 10機もストロングタイプが集まるなんて、中央の戦場でもそうはあるまい。



 そして………



「あれが、レジェンドタイプ………しかも重量級……」



 一番奥に鎮座する高さ3m以上人型機種。

 その姿は一言で言えば、巨大な甲冑を着込んだ灰色の鉄武人。

 四肢の太さは巨木の幹のごとし。

 両の拳に至っては、ショベルカーのバケットくらいはありそうだ。

 

 そして、背中に背負うのは巨大な剣。

 その自機の背丈よりも大きい剣は、何物をも粉砕するであろうことは疑いようがない。

 この機種は間違いなく地上戦の攻撃特化機種であろう。



「スゲエ!これはスゲエ!何という重厚感!これこそパワー型!」


 

 今までオーガやトロール等のパワーに秀でた機種を見てきたが、これほど純粋な力に満ち溢れた機種は初めてだ。

 俺の従属する機械種が、こういったドッシリとしたタイプが少ない為に余計に感動を覚えてしまう。


 惜しむらくは、現在スリープ状態にあることだろうか。

 目の光は薄い青がぼんやりと点灯している程度。

 これが稼働したならば、武人らしい力強い蒼光が迸ったであろう。



「いいなあ!これはアタッカーとしても、タンクとしても使えそう!素晴らしい機種だ!」


 近づいてみると、その重厚さとバランスの良さがより鮮明に分かる。

 これは攻撃力と防御力、さらには速度をも極限にまで追求した形状。

 おそらく全てがギリギリなのだ。

 これ以上大きくすれば速度が犠牲なり、小さくすれば装甲が薄くなる。

  

 正に戦う為のロボット!

 戦場で荒れ狂う戦闘機械!


 さて、一体何という名前なのだろうか?

 白月さんに聞けば早いが、ここは俺自身で正解を導き出したいところ。


 はてさて、このいぶし銀っぽい重戦士の正体は?

 レジェンドタイプというからには、元の世界の英雄の名であるはず!

 

 形状から西欧の騎士又は、戦士であるのは間違いない。

 だが、それだけでは情報不足。

 なにかもっと分かりやすい特徴は無いだろうか?

 


 興奮しながら、機体のあちこちを視線を這わせる俺。

 完全に童心に帰ってしまった感じ。


 ちなみに白兎はなぜかレジェンドタイプよりも立ち並ぶストロングタイプの方が気になるようだ。

 その足元に鼻を近づけフンフン、1機1機を下から眺め、なにやら吟味している様子。



 講堂に入ってから中にいる機械種に目が釘付けとなった俺達。


 そんな俺達に、白月さんはやや戸惑ったような声をかけてくる。



「お気に召していただいたようで何よりです………、そんなに良かったですか?重量級ですから、街中での運用も難しいですよ?」


「……まあ、それはありますけど、でも、重さは力です。そして、力は全てを解決してしまうんです!」


「はあ………」


 若干テンション上がり気味の俺に、理解不能と言った感じの白月さん。


 こういった機械の力強さに感動するのは、男の子だけなのだろう。

 女性にはなかなか理解してもらうのは難しそうだ。


 白月さんへこの機種の素晴らしさを説くのを諦め、その正体に見込みをつけようと視線を戻そうとした時、



「……そんなに気に入られたのでしたら………差し上げましょうか?」



 白月さんから、予想もしない言葉が飛び出した。



「……………」



 無言で振り返り、その言葉の真意を確かめようとする俺。


 その貴重さから、どう考えても人に気軽に渡せるモノでは無い。


 しかし、白月さんの顔は真剣そのもの。

 

 これはつまり………



「『打ち手』なれば、コレをくれると?」


「はい………、それだけではありません。この講堂の中にいる機種全てを差し上げても良いと思っています」


「ストロングタイプを10機も………」


 もうすでに一介の狩人が持っていて良い戦力ではない。

 赤の最前線の超一流の狩人チーム、若しくは猟兵団でも、この数は揃えていないだろう。



 ピコッピコッ!



 白兎も白月さんの言葉に、興奮して耳を強く揺らしている。

 


 『門下生が10人も!』



 どうやら白兎の興味は白兎道場の門下生を増やすことにあるようだ。

 道理で、レジェンドタイプ1機じゃなくて、そっちの方に興味津々だったわけだ。


 まあ、それはどうでも良いけど。



「………………」



 講堂に立ち並ぶ大戦力。

 レジェンドタイプ1機にストロングタイプ10機。

 もう、一つの国を乗っ取ることができるだろう。


 これ等が手に入れば、今の俺の資産と合わせると、すでに俺の夢は叶ったようなモノ。

 『打ち手』の称号とともに中央へ乗り込んで、大きな屋敷を構え、金に飽かせて設備を整えれば、豪華で安定した生活が送れてしまう。

 そして、とびっきりの美少女である白月さんが俺の従者となる。


 安定した生活に飽きたなら、たまに、狩りをするのも良いだろう。

 レジェンドタイプ2機を揃え、後詰としてストロングタイプが14機。


 高機動飛行型のヨシツネと、この重装甲高火力型のツートップ。

 中衛にストロングタイプの2小隊に、俺の護衛として2機。

 遊撃に白兎と浮楽、後衛に天琉、森羅を置けば、どんな敵だって粉砕できる。


 『金』と『力』。

 『名誉』と『女』。

 『快適な生活』と『安定』。

 その全てを手にすることができるのだ。



 だけれども………

 俺はその道を選ばない。



「いかがですか?もし、これで足らないのでしたら、まだ……」


「いや………どれだけ積まれても、俺は首を縦に振りません」



 俺は白月さんのお願いを切って捨てた。


 

「………なぜ?」


「なぜ……と言われても、初めから『打ち手』にはならないと言ってたでしょう」



 これだけの戦力をポンッと渡して、『さあ、貴方の好きにしてください』なんて胡散臭すぎる。

 絶対にどこかで過酷な戦場に駆り出されるに違いない。

 

 渡された戦力が大きければ大きいだけ、当然ながら期待されることも大きくなる。

 与えるだけ与えておいて放置しておくはずがない。


 それに『打ち手』に自由裁量権が与えられているといっても、必ずそこには白の教会の意思が絡む。

 知らず知らずのうちに、向こうの都合の良い方へと誘導されるに決まっている。


 きっとその為に鐘守という存在がいるのだろう。

 『打ち手』という名に浮かれる狩人を裏から操る為に。

 

 美しく、有能で、主人である『打ち手』に忠実に従う『鐘守』。

 それは狩人を釣る煌びやかな餌。

 そして、白の教会の為に狩人を動かそうとする扇動者。


 それが、この世界の庇護者である白の教会にも鐘守にも敬意を持たない俺が出した結論。



「…………白月さん。貴方とは仲良くできたと思いますが、あくまでそれは友人として。『狩人』と『鐘守』とではないんです」


「………………」


「でも、白の教会に振り回されるのは御免ですが、白月さんの個人的な頼みなら受けても良いと思ってます。これも友人としてですが………」


「……駄目なんです」


「だから………はい?今何と?」


「駄目です。駄目なんです。それでは…………」


 今にも泣きそうな白月さんの顔。

 そりゃあ、渾身のお願いが空ぶったのだから、悲しいのは分かるけれど……


「何が駄目ですか?」


「……………」


 うつむいたまま何も言わない彼女。

 両手をぐっと握り締め、口を食いしばって何かに耐えている。

 やがて、その目に溜まっていた涙が頬を伝い、地面にポツンと落ちた時、





「いや、駄目なんかじゃないさ。良く見つけてくれた、白月」




 突然、講堂内に響いてきた女性の声。


 高らかに響くそれは、美しく、気高く、力強く……


 自信と威厳に満ち溢れた支配者の声。


 


 それと同時に………





 ゴンッ!!!

 ドコンッ!!!


 



 後ろから俺の肩口に叩きこまれた強烈な一撃。


 垂直に打ち込まれた衝撃は、そのまま俺の全身に伝わって床を砕き、足が十数センチめり込む程の威力。



「な!」



 思わず振り返れば、今までスリープしていたレジェンドタイプの重量級が、その大剣を俺の肩へと振り下ろしていた。



「ほう……、儂のフルンティングを受けても平然としてやがる。信じられねえな」



 大兜の中から聞こえる老人の声。

 血の底から轟くがごとき重低音。

 目の前のレジェンドタイプから発せられた声なのだが、その内容は……



「フルンティング?ということは、お前は……鉄腕王のベオウルフ」


「ほう!儂の名を当てたか?大したものだ。そう、儂の名はレジェンドタイプ、機械種ベオウルフ」



 大兜の奥から見える蒼き目の輝きが一層強まった。



 間違いなく、このレジェンドタイプの源流は、ヨーロッパで語られる最も古い巨人殺し、竜殺しの叙事詩の主人公ベオウルフ。

 巨人グレンデルを打ち負かして腕をもぎ取り、復讐に来た巨人の母親である水魔を殴り殺した英雄。

 やがて王となったベオウルフは、晩年に襲いかかってきた火竜をたった一人で立ち向かい、相打ちとなってその生涯を閉じる。


 正に英雄に相応しい激動の人生。


 その英雄が今、俺へと剣を振るってきた……

 いや、その名を借りた機械種に過ぎないのだが。



「何しやがる!」



 ドガッ!!



 いきなり切りかかってきた仕返しとばかりに、目の前の重量級へ前蹴りを叩きこむ。

 

 主さ数トンはあろう重量級が、まるで自動車にぶつかったかのように後ろへ吹っ飛ぶ。


 だが、向こうの壁に激突までとはいかず、途中でふんばり体勢を立て直す機械種ベオウルフ。

 

「………ふー、危ねえ……、何という力だ。衝撃を流してなお、この威力……、技量こそ拙いが、半端ねえぞ!」


 機械種ベオウルフからの感嘆の声。

 腹の辺りの破損した装甲を引っぺがしながら、こちらへ向き直る。



 瀝泉槍や獏邪宝剣を持たない俺の蹴りではそんなものか。

 しかし、瀝泉槍はともかく、悪目立ちする莫邪宝剣を抜くのは……

 重量級相手なら莫邪宝剣の方がやり易いのだけど……



 ピョンピョン



 宝貝を抜くか抜くまいか悩む俺の前に白兎が立つ。


 

 すでに白兎の様子は戦闘態勢だ。

 耳がピンと立ち、前のレジェンドタイプ……そして、周りのストロングタイプも敵として見ている。



 そうだ!

 いきなり攻撃してきた機械種ベオウルフのことよりも、一体この状況はどういうことだ?

 

 罠か?

 白月さんが俺を罠にかけたのか?


 俺をこの場に連れてきたのは白月さんだ。

 ならば状況的に考えて、彼女が仕組んだ可能性は高い。



 向かい合う機械種ベオウルフに隙を見せないよう、前を向いたまま、八方眼で視界を広げて、俺の後ろにいる白月さんを確かめる。


 すると、ちょうと上を向いて、声を張り上げる白月さんの姿が目に入った。



「ひい様、お待ちください!私はまだ………」


「いいや、もう役目は終わりだよ。後は任せな」


「そんな!まだです!きっと彼は………」


「あんなに手酷く振られたのに、まだ諦めないのかい?しつこい女は嫌われるよ」


 天井から降る声と何やら口論をしている。


 その様相から白月さんが仕組んだことではないのだろうか?

 だが、これが演技ということも考えられる。


 ただ、それよりも………


「おい!お前は誰なんだよ!いい加減姿を見せろ!」


 白月さんに習い、俺も天井に向かって怒鳴る。

 

 タイミング的に先ほどの機械種ベオウルフの一撃が、コイツの命令であったのは間違いない。

 ならば、声だけで姿の見せないこの女が、今回の黒幕なのであろう。


「あははっ!これまた、元気な少年だね!………いやあ、この言い方は尊き御方を前に失礼に当たるな」


 美しい声だけに、こちらを馬鹿にしたような話し方が癇に障る……



 !!!!

 尊き御方?

 え?コイツ、俺を『尊き御方』と呼んだ?

 どういうこと?



「ひい様!違います。この方はただの………」


「うるさいよ、白月!もう確認できたんだ。ここから車で2日程進んだエリア、地図には載っていない空の守護者の狩場、ごく最近、ここであの機械種テュポーンが暴れたのは間違いないんだ!」


 やや興奮気味に姿の見せない女の声が講堂内に響き渡る。


「それに、そこからタイヤの跡がこの街まで続いていたよ。間違いなく、この少年の車のね。つまりこの子は機械種テュポーンの襲撃を生き延びた………さらに機械種テュポーンを損傷させたような痕も現場からは見つかった」


「で、でも、それだけでは………」

 

「だから確かめたさ。使いたくもない札を一枚切った」


「!!!そ、それは……まさか……」


「『賢者』に確認した。このヒロという少年が、緋王3体を仕留めたのは間違いない。さらにそのうち1体を従属している。そして、『賢者』に確認した以上、すぐに緋王が動き始めるよ。もう時間が無いんだ」


「ああ!!」


 ペタンと床に座り込み、絶望したような顔でさめざめと涙を流し始める白月さん。


 そんな彼女をさらに嘲るような声が降りかかる。


「白月………、お前は私に嘘はつけない。でも、頑張って隠そうとしていたみたいだね。そんなにその少年が気に入ったのかい」


「……………」


「ふふふ、まあ、いいさ。私もお前の心の全てがわかるわけじゃない。だったら、後はこっちで勝手にやらせてもらうよ……」



 その言葉とともに、見えない女の視線がこちらに向いたのが分かった。


 

「待たせてすまないね。尊き御方を前に申し訳ない」


「………一体どういうことだ?なんで知っている?」



 どうにか声を絞り出すのが精一杯だった。


 もう何が何だかわからない。


 なぜ、機械種テュポーンのことがバレた?

 なぜ、緋王3体の討伐を知っている?

 賢者とは何だ?

 

 それよりなにより意味が分からないのは、






「なぜ、俺を『尊き御方』と呼ぶんだよ!」






 再度、天井に向かって怒鳴り声をあげた。


 もう頭の中がパンパンだ!

 どういうことなんだよ!

 誰かきちんと説明してくれ!



「ああ………、なるほど。では古より伝わるご尊名の方でお呼びしましょう」



 俺の質問に対し、慇懃無礼な響きを伴う口調で答えが帰ってきた。

 

 

「赤の帝都に乗り込み、幾億のレッドオーダーを蹴散らし、あの忌々しい赤の女帝を仕留め、白の鐘を打ち鳴らし、赤の帝国を崩壊させることができる………かもしれない能力を持つ御方………」



 ピンっと空気が張り詰める。


 ほんの少し耳を塞ぎたい気持ちになってしまう。


 しかし、俺は聞かなくてはならない。


 その答えを………




 そして、答えが明らかにされた。




「『白き鐘を打ち鳴らす者』。お会いできて誠に光栄です。そして……、白の教会300年の悲願として、貴方を討ち取らせて頂く」








※次話で未来視は終了予定です。

 その後しばらく書き溜め期間に入ります。

 ご了承ください。

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