第398話 物語2 転(上)


 赭娼を打ち倒した俺達は街への帰途に着く。


 潜水艇のリビングルームで、白月さんが白兎や天琉や秘彗等と楽しそうに談笑しているのを眺めながら、今回の成果について頭を巡らせる。


 手に入れたのは赭娼の赭石と残骸。

 破壊されたドラゴンパピーとオーガ達の晶石と残骸。

 そして、宝箱から出てきたマテリアル錬精器『金床』。

 

 晶石や残骸については、それ以下の機種のものは全て置いてきた。

 ここまでくると換金しても端数にしかならないからだ。


 赭石一つで1,000万M。残骸も合わせれば2,000万M。

 そこにドラゴンパピーとオーガが加われば、おそらく今回の収支は2,500万M以上となるだろう。

 さらにマテリアル錬精器『金床』を売却すれば、さらに数百万Mが加算されるはず。


 一流の狩人であってもなかなか手にすることができない金額……マテリアルであるが……


「もう、俺にとっては端金に過ぎないんだよなあ……」


 俺の資産は3億1千万M。

 2,500万Mでさえ、その10%未満でしかない。


「………白月さんは分け前は要らないって言ってたけど、やっぱりきちんと分けた方が良いな」


 特に報酬の話はきちんとしておいた方が良い。

 今回の攻略では最後以外はほとんど白月さんの力で切り抜けていったのだから。

 街へ着いたら、一度その話をしてみるとするか……

 


 ピョンピョン

「あい!あい!」

「コラッ、テンルさん、駄目です!」

「ふふふ、構いませんよ」



 リビングルームに響く騒がしい声。 

 廻斗がいないとはいえ、お騒がし組……コンビの制御は、秘彗だけでは手が余るようだ。

 でも、そんな騒がしさのど真ん中にいる白月さんは随分と楽しそう。


 白月さんは俺のメンバーとも押しなべて仲良くやってくれている。

 森羅や毘燭の真面目組とも難しい話をすることもあるし、こうやってお騒がし組の面倒を見てくれることもある。


 多分、ヨシツネや豪魔とも仲良くできそうだ。

 ベリアルは難易度が高いと思うけど。



 それにしても………


 機械種とその天敵たる感応士か。


 感応士自らが従属しているわけでもないのに、それ等が仲良くしている光景というのは少々奇妙な光景だ。


 それとも、これが普通なのであろうか?

 感応士と一緒に過ごした経験なんて少ないから………

 雪姫とは1年間過ごしたけど、結局、その期間、俺は機械種を従属しなかったし……



「……………」



 白月さんが俺のメンバー達を仲良くしているのを見ると、時折、ふと、考えてしまうことがある。

 

 もし、この場に雪姫がいたら、同じように彼等と仲良くしてくれていただろうかと。


 もし、あの時、雪姫が俺に襲いかかってこなければ、ここにいたのは彼女ではなかったのかと。


 白月さんに不満があるわけじゃない。

 ただ、よく似た2人だけに、そうした思いが自然と浮かび上がってしまうだけ……



「!!!」



 白月さんと目が合った。

 ほんのり笑顔で返してくる彼女。


 少しばかり白月さんの顔を凝視し過ぎていたのかもしれない。

 女性の顔をじっと見つめるのは失礼だろう。

 しかも他の女性のことを考えながらというのは尚更。



 思わずバツが悪くなって、軽く会釈を返してから、視線を窓の外へと向ける。



「………外の景色に代わり映えは無いな」


 窓の風景はどんどん後ろに流れて行っていくが、どこまで行っても荒野が続くのみ。

 まるで同じフィルムを何回も回しているみたい。

 それでもバルトーラの街に近づいているのは間違いない。

 

 街に辿り着くまでに丸1日はかかる予定だ。

 どこかで野営を挟みつつ、明日の午後には到着するだろう。



 また、機械種テュポーンにでも遭遇しない限り………



 窓の外をじっと見てみる。

 特に雲一つない青空を。

 どこかにあの巨大な影が存在していないかを確かめる為。


 マテリアルは過分に手に入れた。

 後はこれで装備を充実させ、あの守護者を今度こそ打ちのめす!

 あと一歩と言う所まで追いつめたんだ。

 次は逃げる余裕を与えないぞ!

 


「ヒロさん」


「はい?」


 呼ばれて振り返れば、いつの間にか白月さんが俺の近くまで来ていた。

 どこか緊張した面持ちで俺の顔をじっと見ている。

 何か信じられないようなモノを見たような目で………


「…………ヒロさんは………いえ……外に何か見えますか?」


「え?いや、ちょっと………敵がいないかなって?」


「空にですか?スカイフローターは滅多に地上まで降りて来ませんよ」


「…………そうですね、ははははは………」


 イカンな。

 突然、話しかけられたから、筋道がきちんと立てられていない。

 まさか、機械種テュポーンがいないかどうか探していました、なんて言えないし。


 うーん………と俺が何と答えるか悩んでいると、白月さんはそっと窓の傍に来て、俺と同じように空へと視線を向ける。



「綺麗な空。青く透き通って………」


 そう呟く白月さんの顔は憂愁の色が濃い。

 どこか消えてしまいそうになるくらいの儚さが表に出る。

 いつものハキハキとした白月さんとはまるで別人。


「そうですね。雨は降りそうにないですね」


 他愛の無い返事で返す。

 俺がもう少し気が利いていれば、洒落たセリフで返せたのだろうけど。


「綺麗な空ですけど、私達人間のモノではないんです。今、空を支配しているのはスカイフローター達。そして、空の守護者たる機械種テュポーン……」


「…………」


 この街の近くにあるという空の守護者の狩場。

 当然、鐘守である白月さんも知っている。

 だから、空を見てこの感想が出てくるのはおかしなことではないが……


 本当に、勘の鋭い人だ。

 アテリナ師匠もそんな感じだったけど、白月さんの精度はそれ以上。

 聞けば、本殿では他の鐘守達のカウンセラーみたいなこともやっているみたいだから、人間の心理に精通しているのだろう。


 そんな感想を抱く俺を知らず、白月さんは機械種テュポーンについての話を続ける。


「過去、何度も討伐隊が組まれました。しかし、ご存知の通り、すべて失敗しています。機械種テュポーンへの討伐は一番最近で20年前。当時、5つの猟兵団と飛行型のレジェンドタイプを3機揃えて挑みましたが…………ヒロさん、どこまで通じたと思いますか?」


「まあ、ほとんど相手にならなかったんじゃないですか?あれはレジェンドタイプでも討伐は不可能でしょう。そもそも地力が違いすぎます。あの大きさ相手には何をやっても通じそうにない」


 振られた質問に、つい、饒舌になってペラペラと話をしてしまう俺。

 焦ると口が回り出すのが俺の特徴。


「確かにそうですね。でも、どうやったら倒せるのでしょうか?ヒロさんには何かお考えはありませんか?」


 白月さんの表情はフッと和らぎ、いつもの笑顔へと戻る。

 その目に少々悪戯っぽい光が見て取れる。

 まるで俺の戦術眼を試そうかと言うように。


 うむむ、そう言われてしまうと、俺も少しばかり良い恰好がしたくなるな。

 まあ、ここは俺が取りうる戦術というより一般的な話をしてみようか。

 

「少なくともアイツを討伐したければ、地面に引きずり落とす必要があります。空中戦では勝ち目が無い。だからアイツの飛行能力を抑える手段を見つけなければなりません」


「なるほど。飛行型を用意しての空中戦は愚策と?」


「まあ、はっきり言えば。空は向こうの戦場ですからね。むしろあっちから地上へ降りてきてもらう為の算段をすべきでしょう。その為には油断をさせるとか、囮を使うとか……」


 これは失敗したんだが。

 でも、コンセプトとしては間違っていないような。

 少なくとも地上100mくらいまで降りてきてくれたのは事実。

 ギリギリで手が届かなかったけど。


「あとは、向こうの補給中を狙うとか……ですかね。あの空中要塞でも、常に飛行しているわけではないでしょう。どこかで翼を休めているのであれば、そこを狙えば………」


「翼を休めるって面白い表現ですね」


「まあ、確かに。でも、一応翼があるんですから、表現としては間違っていないような……」



 巨人の上半身に竜の下半身。

 背中にはドラゴンの翼が6枚。

 あの形状は忘れようもない。



 俺が脳裏に機械種テュポーンの姿を描いた時、白月さんの目の色が変わった。


「随分とお詳しい。まるで見たことがあるみたい。機械種テュポーンの姿はほとんど知られていませんのに」


「あ………」


 じっと俺の目を見据える白月さん。


「確か、ヒロさんがこの街に来られたのはつい、1ヶ月前のことだとか?」


「…………」


「ひょっとして、機械種テュポーンを見られたことがありますか?」


「………はい」


 ここまで言われたら、どうしようもない。

 完全に釣られてしまった。


 ここは何とか追及を回避せねば………

 本腰を入れて対応するか。

 言い訳、誤魔化しは俺の得意分野だ。


「実は、最近、遠目で機械種テュポーンを見かけたことがありまして……、その時は見つかることなく逃げ出すことができたんです」


 とりあえずはそう答えるしかあるまい。

 襲われたけど、返り討ちにして追い返しましたとか言えないし。


 さらにもう一つ付け加える。

 

「なぜ無事に逃げ出すことができたのかについては内緒ですよ。俺の機密事項ですので」


「………そうですか」


 少し残念そうな白月さんの表情。

 狩人にこう言われてしまえば、これ以上はツッコめない。

 たとえ鐘守とて『狩人の三殺条』は配慮しなければならないのだ。


 そこで白月さんとの機械種テュポーンについての会話は終了。

 話題は、街に着いて後の予定に代わり、白兎や天琉、秘彗を巻き込んでのワイワイした雑談へと通った。








 その夜。


 コンコン


 車の方で寝ようとしていた俺を訪ねてきた誰か。

 窓を叩く音に引かれて、そちらに視線を向ければ、パジャマらしき薄着姿の白月さんの姿。


「夜分遅くすみません。少しお話したいことがありまして。構いませんか?」





 冷たい夜風に当たらせるのは身体によく無いので、車の中へと招き入れる。


 助手席にチョコンと座る白月さん。

 

 風呂上がりらしい上気した頬。

 月光に煌めく美しい銀髪。

 薄着に透ける艶めかしい肢体。

 月の女神とも言うべき極上の美貌。


 その全てが俺の心の奥の欲望を刺激する。


 夜に女性が尋ねてくる場面はこれまでに何回もあった。


 だいたいがエンジュ。

 そして、ミランカさん。


 いずれも俺が手を出したことは無い。

 自慢にならないのかもしれないが。


 しかし、今回のケースはこれまでに無い破壊力。

 その美貌もエンジュやミランカさん以上。

 流石の俺も絶対に手を出さない断言できない程だ。



 こ、これはついに実力行使に来たか?

 いつまで経っても進まない俺の攻略に、業を煮やした白月さんの新たなる手。

 既成事実から俺を『打ち手』へとする為の策謀。

 

 

 落ち着け、俺。

 手を出せば最後、俺の行く道は一つに絞られてしまう。

 まだ誰にも縛られたくないのだ。

 

 それに白の教会の紐付きは真っ平御免。

 せっかく手に入れたチート能力。

 これを以って俺はこの世界を自由に駆けまわるのだ!

 だからここで捕まるわけには……… 



「ヒロさんは、何者ですか?」


「はい?俺ですか?」


 唐突な白月さんからの質問。

 月明りに照らされた青白い顔にはいつもの穏やかな笑みが浮かんでいる。


「はい………私は鐘守の白月です。白の教会の三宝の1人。白の教会で生まれ、ずっとその教義の元で暮らしてきました。ヒロさんは?」


 今までお互いの素性について、あまり話すことは無かった。

 必要が無かったし、俺も自分から言うことは決してない。

 しかし、彼女は今、それを俺に尋ねてきている。

 一体何の意味があるのだろう。


「教えていただけないでしょうか?私はヒロさんのことがもっと知りたい……」


 そう美少女に問われて、否と言える男は少ないだろう。

 白月さんが知りたいのなら、俺のカバーストーリーくらいは語っても良いか。


「…………俺は行き止まりの街の……スラム出身です」


 目を伏せて、自分を卑下するかのような態度で話す。


 俺はスラム出身で、薄汚い生活から抜け出した汚れ者。

 だからあまり出身については触れないで欲しい感を出す。


 こうすれば、向こうもこれ以上はツッコんでこれまい。

 

「運良く機械種使いの才能があって、機械種を従属出来て……、狩人になってここまで来ました」


 嘘はついていない。

 この世界に来てからスラムに住んでいたのは事実。

 そして、そこから抜け出した人間であることも。


 ただ、俺が異世界の人間であることを言わないだけ。

 そして、『闘神』スキルと『仙術』スキルを保有し、いかなる攻撃も効かない不死身の身体を持つ史上最強の人間であることも………だたし空間攻撃は除く。



「………………」



 俺の答えに白月さんはじっと黙り込む。

 その真偽を吟味しているのだろうか………



「ヒロさんは………何を求めていますか?」



 再び白月さんからの問い。


 先ほどよりも幾分真剣味が強い。

 表情から笑みが消え、その代わりに目に力が入っている。



 その問いに対しての答えは………



 ぶっちゃけ『豪華で安定した生活+ハーレム+ウタヒメ』なんだよな。

 これだけは全くブレていない……と思う。


 しかし、当たり前だがこれを気になっている女性の前で馬鹿正直に言う人間はいない。


 だからこれを女性向けにマイルドに翻訳すると………



「男として生まれた以上、男が望むモノを全て手に入れたい……」



 精一杯のキメ顔で宣言。

 男のロマンを胸に秘めて、キラキラとした瞳を白月さんへと向ける。


 しかし、白月さんは静かな口調で俺の宣言を要約して返してきた。



「つまり……マテリアルを一杯稼いで、美女を侍らしたい……ですね?」



 ストレート過ぎる!

 もうちょっと、婉曲に表現してくれ!

 男の理想は脆くて崩れやすいんだから!



「………絶世の美少女でしたら、目の前にいますけど?」


「そういうのを自分で言わない」


「………容姿は皆さん、褒めてくれるんですけどね」


「それは否定しませんが………」


 俺が求めているのは、俺の持つ力でも地位でも金でもなく、俺自身を見てくれる女性なんだよなあ。


 例えば、雪姫。


 特別な力を示さない俺に興味を持ってくれたのは後にも先にも雪姫だけだ。

 彼女だけが『ただのヒロ』に好意を抱いてくれた。


 そして、エンジュ。


 一時、裏切られたと思ったことはあったけど、ずっと、俺を陰日向に支えてくれた。

 ひた向きで一途な愛情は、鈍感な俺でもはっきりとわかる程。

 


 でも、雪姫はもういない。

 エンジュはハーレム否定派だし。


 どの道、俺の器量でたくさんの女性を侍らすなんてできるわけがない。

 精々、街々に恋人を1人ずつ作っていくぐらい………これも難易度が高いけど。

 まあ、俺も概念的な理想の夢を語っているだけで、どこまで本気なのかと言われると、悩んでしまう所ではある。


 はてさて、俺の夢の現実的な落としどころは一体どの辺りなのか……



 眉を顰めて少し考え込む俺に、白月さんは意を決したような表情で3つ目の問いを投げかける。


「ヒロさんの望むことは、白の教会に所属しても叶えることができるのではありませんか?むしろ教会のバックアップがあった方が近道なのではないでしょうか?」


 白月さんからようやく出てきた本題。

 最終的にはそれが言いたかったのだろう。


 確かに白月さんの言う通り。

 白の教会の『打ち手』になって、鐘守とともにマテリアルを稼ぐのが一番早い。


 感応士の有用性は今回の巣の攻略でよく分かったことだ。

 そして、優秀な感応士を従えようと思えば、鐘守以外に考えられない。



 でも……

 俺が『打ち手』にならない理由は………

 白の教会に所属しないのは………




 『白の教会は信用できない』


 


 そして、なにより………




 『雪姫を殺した俺が、何食わぬ顔で他の鐘守を傍に置けるわけがない』


 


 

「…………俺は縛られるのが嫌いなんです。組織に所属するのも好きじゃないですし。それに1人の方が気楽だ」


 努めて平静を装い、嘘をつく俺。


 ………いや、嘘じゃない。縛られるのも組織に所属するのも嫌いなのは間違いない。

 1人の方が気楽だというのも、そう言った心境になることがあるのだから、これも嘘ではない。

 ただ、本当のことを言っていないだけ……… 



「…………それは本音でしょうか?」


「もちろん!」


 本音だよ。

 俺の心のほんの一部だけど。

 大事な部分は隠したまま。


「……………」


 じっと黙り込む白月さん。

 ぐっと両の拳を握り絞め、何かに耐えているような態度を見せる。


 そして、ゆっくりと口を開き………



「ヒロさん………実は、私…………………」



 白月さんの目は俺の目を真っ直ぐ捉えている。

 その瞳に宿る光は弱々しく、何かに怯えているような雰囲気さえ感じさせる。


 一体、彼女は何を言おうとしているのだろうか?


 だけれども……



「私…………、私…………、私…………」



 ただ、ひたすらに白月さんはそれを繰り返す。


 その先に続く言葉を失ってしまったかのように。

 

 やがて、声は小さくなり、終いにはそれ以上の言葉を続けることなく黙り込んでしまった。


 そして………


「………ごめんなさい。やっぱり……何でもありません」


 軽く頭を下げて、謝罪の言葉を口にする。


「もう、遅くなってしまいましたね。長々と話をしてしまってすみません。では、私はここで……」


 そういって車を出ようとする白月さん。




 しかし………





 そこまで思わせぶりなセリフを言われて、ここで逃がす俺ではない!!



 ガシッ!

 

 その手を握り、車を出て行こうとする白月さんを止める。




「え?ヒロさん」


「続きをどうぞ」


「え?……その……」


「続きをどうぞ。『私……』の次の言葉です」


「いや、その、何でもないと……」


「そんなわけないでしょう。そこまで言っておいて、言わずに去るなんて、天が許しても俺が許しません」


「へ?ちょ、ちょっと!」


 慌てたように手を振り解こうとする白月さんだが、当然、逃がしたりなんかはしない。

 

 先ほどのシーンは物語でも良くある場面の一つ。


 思わせぶりなセリフを吐いて、結局言わずに去ってしまい、それが原因で貴重な情報が手に入らない、若しくは、聞かなかったが為に主人公が危機に陥ってしまう。


 だからここで逃がすわけにはいかない。

 必ず白月さんが言おうとしたセリフを聞かねばならないのだ!



「離してください!」


「嫌です、絶対に続きを聞きます」


「女の子から無理やり話を聞こうだなんて……ヒロさんがそんな人だったとは思いませんでした」


「はい、俺は悪い奴です」


「もう!ヒロさんなんて嫌いです!」


「それは残念です。でも、離しません」



 すでに深夜となった荒野。

 車の中で繰り広げられる男女の戦い。

 当然、色っぽいモノでは無く、子供じみた喧嘩みたいなモノだ。



「いい加減にしてください!本気で怒りますよ!」


「どうぞ。怒っても続きを話してくれるまで、このままです」


「女の子相手に力尽くなんて酷いじゃないですか!」


「はい、俺は悪くて、酷い奴です。それは前にも言いましたよね。そんな人物を『打ち手』に誘うなんて、白月さんは見る目がないですね」


「…………そろそろ私も本気になりますよ。後悔しても遅いですからね」


「いつでもどうぞ。何をされても離しません」


 スッと白月さんの左手が伸びて、俺の掴んでいる右腕に触れる。

 ちょうどそこは肘の関節部分。

 指を尖らせ、鋭い刺突をツボに向かって打ち付けてくる。


「どうです!ビリって………あれ?」


「ああ、偶にありますよね。ビリってするヤツ」


 肘を家具とかにぶつけた時に起こる痺れ。

 残念ながら、俺の『闘神』スキルには通用しないようだ。


「むううう……まさか秘孔が効かないなんて……」


 秘孔って……

 北斗○拳みたいだな。

 どちらかというと点穴だろう。

 しかし、今の手つきは素人ではない。


「そんな技も身に着けているとは……流石は鐘守」


「む!次はもっと痛いのが行きますよ!離すなら今の内です!」


「どうぞ。殴るなら殴ってください。でも、手を怪我するといけないから、殴るなら手の平の方でお願いします」


「もう!馬鹿にして!」


 ブンッ!


 容赦のない掌底突きが俺を襲う。

 それも耐えようもない鼻の頭に。


「イタッ!」


 悲鳴をあげたのはもちろん白月さんの方。


 たとえ超重量級に踏みつけられたって傷一つつかなかったこの体だ。

 武術に優れようと女の子の力でどうにかなるなんて在り得ない。


「大丈夫ですか?ほら、手を見せてください」


「クッ……本当に丈夫なんですね」


「まあ、女の子にだったらいくら殴られても大丈夫なくらいには」


「むううううう!!!」


「怒って見せたって続きを話すまで、離しません」


「次のはもっと!ずっと!痛いのが行きます!ビリッじゃなくて、ビリビリです!」


「まあ、お好きなように」


「本当に本当ですよ!」


「さっさとしたら?」


 ビビビビビビビビビビビビッ!!!


「どうです!痴漢撃退用のパラライザーです!こういうこともあろうかと、私の服は全て絶縁性………あれ?」


「まあ、肩こりとかには良い感じ?」


「なんで電気ショックが効かないんですか!」



 そうしたやり取りが30分程続き………



「ヒロさん………、実は、私……お手洗いに行きたくて……」


「はあ……、では早く続きを話した方が良いのでは?」


「何でそうなるんですか?女の子の危機ですよ!」


「俺の危機じゃないしなあ………」


「最低です!最低!」


「ありがとうございます!」




 とかなんとかしているうちに………




「……分かりました。続きを話します」


「そうですか。ではお願いします」


 根負けした白月さんが白旗を上げた。


 ムスッとした顔で俺の前に向き直る白月さん。

 それに対し、何食わぬ顔で見つめ返す俺。


「………本当に、ヒロさんは鐘守相手でも遠慮がありませんね。会った時から感じていましたけど」


 まあ、異世界人だからね。

 多分、この世界の人が当たり前に持っている白鐘への感謝と、それを守る鐘守への敬意が薄いのは、俺がこの世界に来て間もないということが大きい。

 10年も20年も白鐘の恩寵下で暮らしていたら、芽生えるのかもしれないけど、今のところ、街の外にいることも多いし……


「遠慮してほしいなら、そうしましょうか?表面的でよろしければいくらでもしますよ。でも、俺に不都合なことをすれば、その限りじゃありませんが」


 いくら鐘守だろうと、元の俺の年齢から見れば年下の少女だ。

 悪いことをしたらお仕置きぐらいはするかもしれん。


 雪姫に対しても、こっそりチョコを盗み食いしやがった時、拳骨を頭に落としてやったしな。

 流石に白月さんが盗み食いするとは思わないけど。

 

「…………いえ、今までのヒロさんの対応の方が好ましいです………今回のことは除きますが」


「では、今まで通りに………、で、続きをお願いします」


「………本当にしつこいですね。先ほど、私が言いかけた続きですが………」


「続きを話す振りをして逃げても、すぐに捕まえますからね」


「もう!きちんと話します!」


「すみません。どうぞ」


「はあ………」


 白月さんは大きくため息をついて、表情を一旦緩める。

 そして、再度気合を入れ直し、ギッと俺に強めの視線を向けて……




「私………ヒロさんのことを大好きです!」



「え?」




 グイッ




 突然の告白とともに、白月さんの手が俺の頬へと伸びる。

 それと同時に白月さんの顔が俺へと迫り……




 ハムゥッ




 猫が餌を齧りつこうするかのように唇を俺のと重ねてきた。



 チュルッ



 唇の暖かさを感じる前に、向こうからねじ込まれる生暖かい舌の感触。

 

 呆然とする俺の口内を思う存分蹂躙し、やがて唾液の橋を作りながら離れていく。




「ふう………」



 熱い吐息とともに、唇の端について唾液をそっと手で拭う白月さん。

 続く、ペロッと自分の唇全体を舐め上げる仕草。


 

 その艶めかしさに俺は硬直し、目が釘付けとなってしまう。



 そんな俺にチラッと流し目をくれた後……




「では、良い夜を。白の導きにより素敵な夢が見れますように」




 それだけ言うと、何でもない感じで白月さんは車を出て行ってしまう。


 

 

 未だ思考が麻痺している俺は、ただそれを見送るしかなく……




「負けた………、捨て身の女の子には勝てないや」




 そう呟いて、バタンッと身を倒し、運転席にもたれ掛かる。 



 

「確かに素敵な夢が見れそうだ………」


 


 そっと唇に手をあてて、先ほどの感触を思い出す。



 ゆっくりと目を閉じて、そのまま素敵な夢の中へ………




「いや、ちょっと待て!結局、続きを聞いてないぞ!」


 跳ね上げるように身を起こす。

 バックミラーに視線をやれば、当然ながら白月さんは潜水艇のリビングルームへと戻ってしまった。

 流石に今から追いかける気にもなれない。


「しまったな………どうしよう?」


 あの告白が続きだったという可能性もあるが、状況から考えてその線は薄い。

 

 それに俺自身、あの美少女に告白を受けるほどの惚れられるようなことをした覚えはない。


「俺に主人公補正は無いのだから、そんな簡単に女の子が惚れてくれるわけがない。あれはその場しのぎの嘘に決まっている!」


 だいたい白月さんが俺の相手をしてくれているのも、俺を『打ち手』候補に誘いたいという信仰心からであろう。

 

「多少の好意くらいは持ってくれているのだろうけど……占いの結果でもそう出たし……」


 んん?そう言えば打神鞭の占いがあったな。

 女の子の心を覗き見るようで心苦しいが、ここは確かめないと安心できない。


 七宝袋から打神鞭を取り出して、占いを行使。


「白月さんが話そうとしていた続きの言葉を教えてくれ」


 するとフロントガラスに月光が差し込み、薄っすらと文字がガラスの表面に浮かび上がる。


 その文字はたった2文字。




 『既知』




「『既知』?………確か、知っているということ……か。何をだ?」



 問うてみるも、当たり前だが答えるものなどいない。

 

 打神鞭の占いは精度の差が著しい。

 だが、示された以上、その結果から類推していくしかない。



「『知っている』………白月さんは俺のナニカを知っている?」



 俺が異世界人であることか?

 

 それは在り得ない。知りようがないからだ。

 同様に『闘神』スキルや『仙術』スキルのことも知っているはずがない。

 俺が不死身の身体であることや、飲食不要、排泄不要だなんて、思いつくことすらないはずだ。



 もし、そういった情報を白月さんが知っているのだとしたら……

 


 考えられるのは、俺の従属する機械種から情報を抜いたという可能性。


 しかし、いかに感応士と言えども、活動中の機械種から情報をこっそり抜くのは不可能。

 機械種の晶脳に存在する情報の海から、欲しい情報だけを取り出すのは人間の能力では処理できない。


 あるとすれば、感応士の力によって機械種の認識をずらし、機械種自ら知っている情報を自発的に話させるぐらい………


 

「しかし、それも対策済み……………なあ、白兎?」


 

 ニュウッ



 フロントガラスの前に突然現れる次元の穴。



 フリフリ



 俺の呼びかけに、亜空間トンネルから耳だけを出して『もちろん!』という返事をする白兎。


 

「うむ。問題無しか。引き続き白月さんへの監視を頼む」



 ピコピコ



 もう一度耳を振るって、『了解!』との返事。

 そのすぐ後、目の前の次元の穴はフッと消える。



 白月さんと行動を共にするようになってから、白兎へは白月さんの監視をお願いしている。


 こっそり俺の従属機械種にナニカ仕掛けをしないかどうかを警戒してのこと。


 白兎の浄眼は感応士の惑わしも見抜くし、機械種への干渉も全く効かない訳ではないが、ある程度の耐性を持っている。これはおそらく半分宝貝だという影響だろう。


 白月さんを監視するにはモッテコイの存在。

 多分、そんなことをするような人ではないと思うけど、これも念の為だ。

 


「………つまり、メンバー達から俺の情報を抜かれたわけではない」



 だとしたら、白月さんが知っているという情報は、これまでの俺の活動についてだろうか?



「もしかして、俺が雪姫を殺したことを………いや、それも在り得ない」



 打神鞭の占いで見た白月さんと雪姫の会話。

 温度差はあったものの、姉妹に近しい関係であったように見えた。

 特に白月さんは自分のことを『姉』と表現していた以上、雪姫に対して妹のような愛情を抱いていたはず。


 その雪姫を俺が殺したことを知った上で、今のような関係を築けるわけがない。


 それに以前行使した占いでは、白月さんの目的は『俺への復讐』でもなく、『妹の敵討ち』でもなく、『俺を打ち手に誘うこと』。

 そして、一応俺に対して一定以上の好意があることは分かっているのだ。

 


「他に可能性があるのは、ベリアル、ヨシツネ、又は、豪魔のこととか……」



 優秀な感応士なだけに俺が隠し持つ切り札の存在に気づいていたとしてもおかしくは無い。


 豪魔の方はガレージ内に設置した隠蔽陣から外へ出したことは無いが、ヨシツネは姿を消しているとはいえ、何度も街中へと繰り出している。

 感応士であれば、姿を消したヨシツネの存在に気づいてしまうだろう。


 逆にベリアルは街についていから一度も七宝袋の外に出していないから、見つかることはあり得ない。

 だから気づかれているとしたら、ヨシツネである可能性が高い。



「だが、あのタイミングでわざわざヨシツネのことを持ち出すのはおかしい」



 それにあそこまで口籠るようなことではないはず。


 では、一体何を白月さんは知っているというのか………


 前後の会話の流れを見るに、俺が『打ち手』にならない理由を聞いていた時だから………


「いや、その前に、白月さんが喰いついてきた話題があったな………そうだ!機械種テュポーンのことだ!」


 窓の外を見ていたら、突然、機械種テュポーンの話を振ってきたんだ。

 

 よく考えれば、少々話の流れが不自然なように思う。


 まるで俺が機械種テュポーンを追い返したことを知っているかのような会話のつなぎ方だった。


「………可能性としては一番高いな。道理でいきなり思い切ったような行動をしてきたはずだ。そりゃあ、守護者を追い返せる狩人だから、是が非でも仲間にしたいと思うだろう」


 再び、運転席にもたれ掛かる。


「まあ、次の日にまた占いを行使してみるか。俺がこの機械種テュポーンを追い返したことを白月さんが知っているかどうかを占えば良い」


 打神鞭の占いで一番精度が高いのは、○×で答えが帰ってくる占いだ。

 なにせ解釈を間違う余地が無いからな。

 

「しかし、なんでテュポーンのことが分かったんだ?………まあ、それも、今度占えば良いか」


 

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