第397話 物語2 承(下)


「『マテリアルアップ』!………いいですよ、ヒスイさん」


「はい!では行きます!轟け!『サンダークラップ』!」


 白月さんからバフを受けた秘彗が杖の先端を荒野へと向けると、その先から紫電球が発射される。



 バチバチバチバチバチバチバチバチバチ!!!



 何もない空間に生まれる電撃の嵐。

 マテリアル発電機から発生させられた何万ボルトもの高圧電流。

 前方数十メートルに渡って紫電が吹き荒れ、空気中の塵や水分を一瞬で焼き尽くす。


 敵に向かって放てば、軽・中量級の集団であれば一瞬で壊滅。

 たとえ重量級の群れであっても中破以上の大打撃を与えることができたであろう。


 

「ふむ。なかなかの威力………だと思うんだけど」


 

 白月さんを伴っての狩りの途中の出来事。

 白兎、森羅、天琉、廻斗を後方に置き、秘彗をだけを前に出した荒野での試し撃ち。


「どうですか?ヒロさん。感応士の力は?この『マテリアルアップ』は機械種に備わるマテリアル機器の能力を向上させることができます!」


「うーん………どうだ?秘彗?」


「はい、素晴らしい効果です!威力・範囲とも1.5倍近く跳ね上がりました!」


 やや興奮気味に白月さんのバフの効果を語る秘彗。

 頬が上気したようにも見えるくらいの勢い。

 それほど秘彗にとっては驚きの結果であったようだ。


 しかし………


「…………ぶっちゃけ、1.5倍とか言われても、イマイチ実感が薄いような……」


 白月さんに聞こえないよう小声で呟く。


 ゲームと違ってダメージ数値が目に見えるわけではないから、実感に乏しい。

 しかも電撃という元々派手な攻撃方法だから余計に。

 それでも3倍とか5倍とかならはっきりとわかるのだろうが、1.5倍程度なら……



「あ!ヒロさん、その顔はあんまり大したことが無いと思っていますね!」


「うぇ!いや、その………」


 白月さんからの鋭い指摘を受け、思わずシドロモドロになってしまう俺。


 イカン!

 また、顔に出てしまった。


 アテリナ師匠と同じで、白月さんも異様に勘が鋭い。

 俺が分かりやすい顔をするのが原因だのだろうが、たまに俺の考えていることが筒抜けになっているように感じる。


「もう!これほどの増幅力は感応士でも滅多にないんですよ!普通は精々1.2倍くらいなんですからね!」


「ははははは、それは凄い。お見事です……」


 あの雪姫が『白月様』と敬称付で呼んでいたくらいだ。

 白月さんは鐘守の中でもかなり高位の位置にあるのだろう。

 それだけに俺のイマイチの評価に納得がいかない様子。


「むむむ、そのいかにも取って付けたような称賛……ヒロさんには感応士の力を分かってもらわないと困りますから………」


 俺のいい加減な追従に少し考え込む白月さん。

 

「………ヒロさん、テンルちゃんに力を使っても構いませんか?」


「天琉にですか?それはどのような?」


「テンルちゃんの一時的な超パワーアップです。きっとビックリしますよ」


 自信あり気にニッコリと微笑む白月さん。

 見た目は清楚なお姫様だから、その微笑みのパワーは無限大。

 思わず秒で頷きそうになるも、大事な仲間のことだからギリギリで踏みとどまる。


「………危険はありませんか?後遺症とか?」


「それは大丈夫です。あくまで一時的なモノですので。白鐘に誓って」


 俺の目を真っ直ぐに見返しながら、白月さんは淀みなく答える。


 ………まあ、これまでの付き合いから、変なことはしないだろうとは思う。

 それに鐘守が白鐘に誓ったのだ。

 その言葉に嘘はあるまい。


「天琉、いいか?」


「あい?な~に~?」


 俺に呼ばれてトコトコを前に出てくる天琉。


「白月さんがお前をパワーアップさせてくれるみたいだけど、構わないか?」


「あい!てんるもさっきのヒスイみたいにバーン!ってする!」


 分かってるのか、分かっていないのか微妙な返事の天琉。

 でも、嫌がっていないのは間違いない。


「天琉はオッケーみたいですので、白月さん、どうぞ」


「ありがとうございます。では、行きますよ!」


 天琉に近づいて、その頭に軽く手を置く。

 そのまま目を瞑って何かに集中し始める白月さん。



 そして………



「機械種よ!白の導きの元、その潜在力を示せ!『グロウアップ』!」


 カッと目を開き、独特の文言を口にする。


 すると………




 ピカッ!!




「うあ!」



 突然発生した眩い光に目が眩み、俺の口から思わず呻き声が漏れる。


 目を細めて光源を確かめてみれば、白月さんのよる『グロウアップ』と呼ばれるバフを受けた天琉の機体が光に包まれている。

 それはつい最近どこかで見た光景。

 天琉が機械種エンジェルから、機械種アークエンジェルへランクアップした場面。

 


「ま、まさか………」



 そのまさかであった。


 光が収まった後に出てきた天琉の姿が明らかに成長していたのだ。



「あい?」


 可愛く小首を傾げる天琉。

 しかし、その姿は元の小学生程度の身長ではない。

 身長150cmくらいまでの高さに伸びている。

 さらに背中の翼が1対増えて4枚に。


「あ~い~?てんる、浮いてる?でも、足は地面。あい?」


 突然の視点の高さに戸惑っているよう。

 キョロキョロと周りに視線を漂わせ、そのうち秘彗の所で目が止まり……


「あ!ヒスイ!背が低くなった!」


「違います!テンルさんが伸びたんです!」


「あい?てんる大きくなった?……………あい!あい!凄い!」


 体は大きくなったものの、行動そのものは何一つ変わっていない。

 しかし、まさか感応士のバフによって機械種がランクアップするとは……


「これは………凄い!」


「そうでしょう。これぞ感応士の奥義、『グロウアップ』。一時的にですが、機械種を大幅にパワーアップさせることができるんです!その増幅率は2倍から3倍。機種によっては存在そのものがランクアップするという効果もあります。これを使えるのは鐘守でもほんの一握りなんですよ!」


 自信満々に語る白月さん。

 それも当然の効果と言えよう。


 一時的にせよ、2倍も3倍も従属する機械種の能力が上昇させることができるなら、戦闘への影響は多大。

 戦闘開始時の先制攻撃から、中盤の突破力、最後のトドメの一撃としても使える鬼札。


 ここまで感応士の能力が凄まじいとは思わなかった。

 これは早速その効果を試して見なくては!


「天琉!試し打ちだ!粒子加速砲………いや、光の槍をありったけ出せ!」


「あい!りょーかい!いっくよー!」


 両手を上げて、荒野の向こう側を見据える天琉。

 今まで幼い容姿から凄みとは無縁であったが、今の外見は年齢で言えば俺と同じ程度。

 獲物がいると想定し、攻撃を放とうとするその目は、猛禽類に例えられる程に鋭い。

 少女とも少年ともとれる中性的な美貌とも相まって冷徹な狩猟者のイメージが醸し出される。


「光の槍………セット、フルバースト。モード殲滅……」


 普段のほんわかした様相からは考えられないくらいの感情が感じられない表情。

 機械的に淡々と呟く言葉が酷く冷たく聞こえる。


「出でよ、断罪の槍」


 その言葉が天琉の口から流れた瞬間……




 天琉の頭上、30m程の上空に突然現れた天の御柱。

 10m以上の長さを持つ光で構成された太い幹。


 言うなれば光の大槍。 


 その数は軽く10を超え、その矛先は天琉が指差す前方50m先へと向けられており……

 

「………マスターの敵へ宣告する……滅びよ」


 天琉からの宣告に応じ、一斉に光の大槍が1点に向けて飛翔。

 たった1本で重量級どころか超重量級をも撃ち滅ぼしかねない威力であろう攻撃が、10本以上もまとめてただ1点に飛んでいく。



 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク!!



 豆腐に爪楊枝を突き立てるかのように軽々と地面へと打ち込まれる光の大槍。

 あっという間に地獄の針の山ような光景を作り出した。



「………………」



 あまりの劇的な天琉の変わりよう。

 そして、凄まじいばかりの攻撃力の上昇。

 

 それらを前にして、俺は言葉をしばらく失った。







 

 それから数分後、天琉は元の姿へと戻った。


「あい!もう一回、もう一回!」


「ゴメンね、テンルちゃん。あれは続けては使えないの。また、今度ね」


「え~!駄目なの~!テンル、もうちょっと大きいままでいたかった!」


「ほらほらわがまま言わない。ヨシヨシ……」


 グズる天琉を優しく抱きしめて宥めている白月さん。

 その姿は正しく母のごとき慈愛を感じさせる。


 天琉も初めは駄々をこねていたが、白月さんの豊満な胸に抱えられているうちに大人しくなっていく。


「全く、子供みたいなのは相変わらずだな」


 天琉はどうにも甘えたがりになってしまっている。

 前に藍染屋へ行った時もボノフさんに抱っこしてもらっていたし……


 そう言えばあの時、こともあろうにボノフさんの胸をニギニギしやがったな。

 すぐに森羅がひっぺがして叱っていたけど………


 そのうち、女性を見れば胸をニギニギするんじゃないかなって不安なんだよな。

 一応、礼法のスキルを入れたから、公の場ではそんなことはしないだろうけど。

 でも、天琉だからなあ………



 そんなことを考えているうちに、つい邪念が湧いてくる。



 ………天琉のヤツ、白月さんのおっぱいもニギニギしないかな?



 期待を込めた目で天琉を眺めてみる。


 天琉は気持ちよさそうな表情で白月さんの胸に顔を埋めたまま。


 その手は白月さんの胸の近くにあり………



 揉め!天琉、あともう少しだ!

 そのおっぱいを揉みしだいてくれ!



 おっぱいを揉まれるという白月さんの痴態を期待して天琉へと念を送る。


 従属機械種とはいえ、流石に言葉を出さずに意思を伝えることはできない。

 しかし、不可能を可能にするのが俺の仙術スキルなのだ。


 だからこうやって強く念じていれば、きっと天琉に届くはず……




 ニコッ



「ひっ!」



 突然、白月さんがこちらを向いてニコッと微笑む。

 表面的にはいつもの笑顔と同じように思えるが、その奥に感じるモノは絶対に違うナニカだ。


 思わず背筋がゾクッとして、目を背けてしまう。


 そして、目を背けたまま、視線から逃れるように白兎達の方へと足を向ける。


 あれ?

 俺の邪な視線がバレた?

 女性は男性の視線に敏感だというけれど………

 確かに胸ばっかり見ていたのは間違いないが………

 

 少しだけ振り返って白月さんを見ると、やはり笑顔のままこちらに目を向けている。


 怖い!


 ……………やっぱり、随分と勘が鋭いようだ。

 白月さんの前で、邪なことを考えるのは止めておこう。


 覚束ない足取りで白兎達の所へと進みながら、心の中で固く誓った。



 

 

 





 

 

「白月さん、絶対に前に出ないようにしてください。ここから先は機械種の巣ですからね」


「はい、気をつけます」


「剣雷、剣風。白月さんを頼んだぞ」


 コクコク

 コクン


 俺の言葉に無言で頷く機械種パラディンの2機。


「毘燭。背後は任せた」


「拙僧にお任せを。マスターのご期待は背きませぬよ」


 法衣を纏った機械種ビショップが錫杖片手に仰々しく一礼。


「白兎は斥候、浮楽は俺と一緒に前衛だ」


 ピコピコ

「ギギギギギッ!」


「秘彗は隊の中央で援護。フレンドリーファイアだけは気をつけてくれ」


「はい、承知致しました」




 これから進むのは赭娼がいる機械種の巣。

 攻略するメンバーは俺と白月さん、白兎、秘彗、浮楽。

 そして、新しくメンバーに入った剣風、剣雷、毘燭。

 ボノフさんの手で修理され、白月さんが感応士の力でブルーオーダーしてくれたストロングタイプの3機だ。


 ちなみに森羅、天琉、豪魔、廻斗はガレージでお留守番。

 侵入者対策の為、街に残すことにした。


 また、ヨシツネとベリアルは七宝袋の中。

 この2機と豪魔だけはまだ白月さんには見せていない。


 本来、浮楽も見せるべきではなかったのかもしれないが、前衛が少ないので出さざるを得なかったのだ。

 白月さんに面通しをした時は多少驚かれたものの、特に指摘を受けることは無かったから、加害系スキルを保有しているであろう浮楽の存在を一応認めてくれたのだと思う。

 



「では、行くぞ!」


 俺の号令を持って、機械種の巣の中へと進む悠久の刃の面々と鐘守である白月さん。


 今回の同行は白月さんからぜひにということで、一緒に連れてくることとなった。


 俺としてもストロングタイプのブルーオーダーを無料でやってくれた恩があるから、無碍に断ることができなかったのだ。


 赭娼の巣を選んだのは、流石に部外者を連れての紅姫攻略は難しいから。

 

 だが、高位感応士である白月さんの力は相当なモノ。

 先日拝見した途方もない機械種への干渉力。


 その力は機械種の巣の中でどのように活かされるのか?

 感応士を伴った巣の攻略がどのようなモノになるのか?


 それ等を目にすることは、必ず俺にとって貴重な経験となるに違いない。


 果たして、巣の中での感応士の有用性はいか程のモノなのか………





「ブルーオーダー完了!掌握しました!」


 白月さんの言葉とともに、向かい合っていた機械種ホブゴブリン6機の機体が一瞬で黒から白へと変化。

 接敵してわずか数秒程の出来事。


「では、この子達を盾にドンドンと進みましょう」


 

 次に遭遇したオーク4機。

 すぐさま先ほど従属したばかりのホブゴブリン6機を突撃させる白月さん。


 戦闘力ではオークが上回るが、数はホブゴブリンの方が多い。


 ぶつかり合う亜人型機械種。

 6対4のパーティ戦が始まったと思いきや………


「完了!」


 たった一言の短いセリフ。

 それが響くやいなや、オーク4機が一斉にブルーオーダー。


 残念ながら、最初の接触でホブゴブリンの1機が中破してしまったが、戦力的には何の問題も無い。


「良く使命を全うしました。お疲れ様。自壊しなさい」


 中破したホブゴブリン1機に向けた無常とも言える白月さんの言葉。

 その命令に抗うことなく、自らの晶石を破壊するホブゴブリン。


 ピシッ


 破砕音がその頭部から響き、その目の青い光が消失。


「さて、このまま進みましょう」


 白月さんの宣言の元、中破したホブゴブリンそのままにその先へと進む俺達。



「…………」



 思う所があり、ほんの少しだけ置き去りにされるホブゴブリンを振り返る。


 横たわる遺骸。

 白月さんが従属して僅か10分足らず。

 それでも仲間であったのには違いない。


 しかし、これは仕方が無いことなのだ。

 中破したホブゴブリンを連れていくのは邪魔にしかならない。

 そして、この場で修理もできない以上、このまま置いていくしかない。

 白兎だって材料がなければ修理しようがないし、修理に時間をかけるわけにもいかないからだ。


 置いていった従属機械種は当然、レッドオーダーに見つかれば破壊され、運が悪ければ再度レッドオーダー化してしまうことだってある。


 機械種の巣の中では、マスターから離れた機械種は従属範囲内であっても、レッドオーダー化する危険性があるという。

 だから、置き去りにする以上、破壊するしかない。


 俺が七宝袋に収納するという選択肢もあるが………


 白月さんがいる手前、それはリスクでしかない。

 ただのホブゴブリンを救う為に取れる手段ではない。


 だから、俺も見殺しにするしかできなかったのだ……



「マスター、お早く」


 毘燭が俺に声をかけてくる。

 いつの間にか足の進みが遅れ、最後尾の毘燭に追い越されそうになっていたようだ。

 

「すまん、ぼうっとしてた」


「いえ、お気になさらず…………いや、彼が気になりますかな?」


「うん?……………ああ、そうだ」


 俺は歩きながら毘燭と言葉を交わす。

 誰かと話をしたくて堪らなかったから。


「それは彼を哀れとお思いで?」


「違うのか?」


「………そうですな。同じ従属された機械種としては……誤解をされるのを承知で申しますと、拙僧は彼が少々羨ましい」


「はあ?」


「彼はマスターである白月殿の役に立ち、感謝の言葉をかけられた。それだけで彼は感激で身を打ち震えておりました。マスター自ら自壊を命じられ、その活動を停止するその時まで………いえ、その自壊を命じられたことにすら喜びを感じていたでしょう。なにせその死を以ってマスターに負担をかけるのを避けられたのですから」


「…………」


「従属する機械種が最も恐れるのは、マスターに不要とされることではなく、自分の存在がマスターに迷惑をかけることです。我らに死後の世界があるのであれば、彼はマスターへ最後まで献身できたことを誇りに思いながらあの世へと旅立ったでしょう。拙僧も彼の立場であったら自壊を命じていただくようお願いしておりました」


「………俺は嫌だ。どのようなことになろうとお前達を失うのは御免だ。迷惑になろうがなるまいが関係ない。だからお前も安易に死を求めるのは止めろ。それは俺にとって負担にしかならない」


「…………なかなかに無理なことをおっしゃいますな」


 司祭帽を模した面頬に覆われ、表情が確認できない毘燭だが、なぜか苦笑したように思えた。


「ですが、マスターのお言葉。しかと心にとどめておくことに致しましょう」







 赭娼の場所まで辿り着いた時、俺達の前の壁役は機械種オーガの上位種、オーガウォーリア1機に、通常のオーガ2機。

 そして機械種ドラゴンパピーが1機。


 これは引き連れていたオーガ4機とオーク6機の総がかりで抑え込み、白月さんが近づいて『パラライズ(麻痺)』を行使。

 機体を硬直させている間に、感応士の力でブルーオーダーを行い、ようやく従属した重量級だ。

 抑え込んだ機械種達はほぼ全機が中破以上の損傷となったが、十分以上に元が取れた。


 体長6mの幼竜の姿をした機械種。

 ドラゴン系では最も下位機種に分類させるが、それでも竜種には違いない。

 コイツを従属してから、遭遇する敵はほとんどブレスの一撃で片が付いてしまった程。


「では、ヒロさん。これまで通り、ひとまず私に任せてください」


「はい、危なくなったら手を出しますけどね」


 今回の巣の攻略への同行は、白月さんが自分の力を俺に見せつけるのが目的だ。

 だからギリギリまで自分の力で対処したいのであろう。


 今回、俺がしたことは赭娼がいる場所までの軽い誘導のみ。

 宝貝墨子で巣の内部を調べ上げ、先導する白兎にこっそり命じて最短距離を進ませただけ。

 

 それ以外は全て白月さんの感応士としての力で押し切った。

 流石はこの世界の異能の頂点たる感応士。

 



 白月さんは自分が従属する機械種へとバフをかけ回ると、赭娼がいる間へと続く扉に手をかける。



「では、行きます!」



 そして、扉を開けた向こう側には………



 全長7m以上の重量級。

 まず目に入ったのは全身を赤土色に染めた少女型の機械種。

 ただしその下半身は人ならざる形。

 6頭の巨大な狼の上半身の組み合わせと、所々に蛸のような触手が生えた異形。


 俺の知識にそんな怪物など一つしかない。



「スキュラか!」



 ギリシャ神話における海の怪物、スキュラ。

 美少女の上半身、6頭の犬と12本の足で構成された下半身。

 魔女キルケーの呪いによって化け物に変えられた哀れな被害者。

 そして、海に巣くい、通りがかる船の船員を6人ずつ貪り食った化け物。



 俺の看破に驚いたのか、邪悪に染まった蛇面をこちらに向ける赭娼スキュラ。

 一瞬、機体が怯んだように停止。


 その隙を白月さんは見逃さず………



「今です!ブレス!」



 白月さんの命令に従い、機械種ドラゴンパピーが口から粒子加速砲を放射。


 巨大な口から放たれた烈光は赭娼スキュラの上半身、弱点と思われる少女の形をした部分へと直撃………



「!!!……流石に一撃と言う訳には行きませんか」



 見れば、赭娼スキュラは触手を盾にして防御に成功した様子。

 だが、12本あるうちの6本が失われた模様。

 


「敵、小破。怯んでいるはずです!突撃しなさい!」



 白月さんからの次なる命令によって、飛びかかっていく機械種オーガウォーリアにオーガ2機。

 そして、巨体をくねらせつつ、真っ直ぐに突進する機械種ドラゴンパピー。


 対するスキュラも残った触手6本と、巨大な狼の上半身で迎え撃つ。


 

 ぶつかり合う機械種達。

 真正面からドラゴンパピーが巨大狼6匹相手に牙と爪を振るう。

 散開したオーガ達は隙を狙い、赭娼スキュラを狙おうとするも、旋回する触手6本がそれを許さない。


 戦況は互角のように思える。

 それも正面を支える機械種ドラゴンパピーの力が大きいようだ。

 爪と縦横に振り回し、数に勝る巨大狼達を一手に引き受けている。

 それも事前の白月さんの『グロウアップ』により能力を1段引き上げてもらっているおかげ。

 ランクアップこそしなかったものの、ドラゴンパピーは一ランク上のレッサードラゴンに匹敵する能力となっているのだから。



 だが………



 赭娼スキュラへの遊撃を担う、機械種オーガ達には負担が大きかった様子。

 たとえバフをかけられていたとしても、その力量の差は覆しがたい。



 グシャ!!



 オーガの一機が触手によって捻り潰される。


 すると、今まで触手6本を3機で抑えていた負荷が増加。


 2機目のオーガが同じように潰されたのはそのすぐ後。


 そうなると、残るオーガウォーリア1機ではどうしようもない。


 最初のオーガが潰されてから、1分も経たないうちにオーガ達は全滅。


 

 

「くっ!」


「白月さん、駄目ですよ」


「………はい、分かっています」


 前に出て行こうとする白月さんを留める。

 感応士の力を振るおうとすると、どうしても近づかないといけないからだ。


 聞けば感応士が機械種へ影響を与える効果範囲は、個人差はあるものの、だいたい最大20mくらい、それも距離が離れれば効果も薄くなってしまう仕様らしい。

 効果を十分に与えようとすれば、10m程までは近づかなくてはならないようだ。


 ゴブリンやオーク、オーガくらいならともかく、重量級相手ではその距離は即死圏内。

 粒子加速砲や銃弾はもちろん、弾けた装甲が飛んできただけでも致命傷となってしまう距離。

 

 いくらストロングタイプが護衛していたって、危険と言わざるを得ない。

 だから白月さんがこれ以上前に進むのは許容できない。



 やがて、バフの効果が切れたドラゴンパピーの戦闘力がガタ落ちすると、勝負はそこで終了。


 6本の触手に締め上げられ、6頭の巨大狼の牙でズタズタにされたドラゴンパピーの残骸が床に転がった。



「………申し訳ありません。私はここまでのようです」


「了解。後は任せてください」


 瀝泉槍を肩に担ぎながら前に出る俺。


 おっと、その前に………


「あ、白月さん。念のため、秘彗と浮楽にバフをお願いします」


「はい!…………『マテリアルアップ』!『ステータスアップ』!」


「ありがとうございます………剣風、剣雷、毘燭!今回は俺達の戦いっぷりを良く見ておけ!」


「承知!皆の言うマスターの特別なお力、とくと拝見致しましょう」


 話すことができない剣風、剣雷に代わり毘燭が代表して応えた。






 

「凍てつけ!フリージングバインド!」


「ギギギギギ!」



 ビシィィィィィィィッ!!



 秘彗によって吹き付けられた極冷気が赭娼の機体表面を凍てつかせる。


 そして、浮楽の生み出した、赭娼の周囲を囲うように展開された無数の空間の穴。

 そこから飛び出す鎖付の鉄杭の雨。



 ザクザクザクザクザクザクザクザクッ!!


 

 何十本もの鉄杭が、極冷気により動きを鈍らせられた触手や巨大狼達へと突き刺さり、その動きを束縛。



 氷と鎖により雁字搦めにされた怪物。


 後は俺がトドメを差すだけ。



 軽い足取りで近づき、固まる巨大狼の頭を踏み台にして大ジャンプ。


 瀝泉槍を振りかぶり、その頂上にある少女型の首目がけて………



 ガアアアアアアア!!!



 突如、目を剥いた少女の顔。

 その口が頬まで裂け、奥から紫色の液体を噴き出す。



 当然、空中であればそれを回避するのは不可能であるが……



 甘い!


 

 瀝泉槍を持った俺の思考は乱れない。

 この場での最適解を一瞬で導き出し、七宝袋から混天綾を取り出して、紫色の液体を一蹴。



 ザンッ!



 これ以上余計な真似をさせる前に、瀝泉槍の一閃でその首を刎ね飛ばした。


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