第396話 物語2 承(上)


 それから白月さんとは話す機会が増えた。


 2日に1回くらい、俺のガレージで食事をするような仲となった。


 どうやら白月さんは珍しい食べ物を探すのが好きなようで、色々なブロックを持ち込んでくる。

 また、俺の方も現代物資召喚で、元の世界の食料を取り出して白月さん振る舞う。

 お互い、美味しいと思ったモノを持ち寄って、一緒に食べ合い、感想を言い合う。


 それはとても楽しい友人同士の時間。



「生八つ橋ブロックかあ……、スイーツ系ブロックってかなり珍しいですが、何でわざわざ生八つ橋を……」


「美味しいですよ、もちもちして!」


「はむ……………、確かに生八つ橋の餅の味だけがする。中に餡子が入って無い……、ニッキの香りはあるのに………まあ、甘いお餅と思えば、こんなもんか」



 白月さんが持ってきた珍しいブロックを頂くこともあれば……



「このナットウってなかなかに美味しいですけど、ちょっと匂いが……」


「こっちのネギとカラシを入れてください。そうすれば多少マシになります」


「…………あ、本当。匂いが気にならなくなりました!」



 俺が現代物資召喚で珍味を出して、味見してもらうこともある。



「ぬぬぬ!!、食べた触感の感じは近いのに、ソースがかかってないだと!この状態で『お好み焼きブロック』を名乗ろうとは!」


「え?ヒロさん、怒ってます?」


「………このソースをつけましょう。そして、青のりに鰹節。マヨネーズもつければ完璧!」


「え?え?それって一体どこから出したんですか?」



 白月さんが持ってきたブロックに俺が駄目出しすることがあったり……



「ズルズルズルズルズルズル!!」


「…………白月さん、豪快に食べますね」


「ズルズルズルズルズルズル…………ハア…………、こ、こんな美味しいモノ!初めてです!なんという味の濃さ!塩っ辛いんですけど、止まりません!」


「ただのインスタントラーメンなんですけどね」


「………ラーメン?調理系のトンコツラーメンブロックなら食べたことがありますが、ちょっと味が違うような……こっちの方が断然味が濃くて美味しいです!」


 フォーク片手に感動の声をあげる白月さん。

 

 調味系ブロックは味が薄いから俺的には微妙なモノが多いのだ。

 しかし、薄味に慣れたこの世界の人間には評価が高い。

 

 でも、こうやって現代物資召喚で味の濃い食料を出せば御覧の通り。

 所詮、味を似せただけのブロックでは本物には勝てないのだ。

 

「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク!!!」


 白月さんはお椀を両手で持ってスープをグイグイと飲み干す。

 清純派の銀髪美少女にあるまじき光景。

 だが、そんな一面も今の俺には飾らない魅力として映る。


「プハッ!!」


 鼻の頭に汗をかきながら、恍惚とした笑みを浮かべながらの完食。

 


 …………魅力的なのだ。そんなところも………多分。



 そんなこんなで白月さんとの仲が深まっていく。






 






「ヒロさん、ここが掘り出し物市です。珍しいブロックや、ダンジョンから出てきたアイテムが並ぶんですよ。極稀に発掘品も並ぶことがある……とか」


「うーむ……、怪しい市場で掘り出し物を探す……か。それもロマンだなあ。でも、俺って目利きできないし………、白兎はどうだ?」


 ピコピコ


「お、それは頼もしい………また、スキルが追加されていそう」


 追加されているなら『目利き(何でも鑑○団級)』とかだろうな。



 白月さんに誘われて掘り出し物市を回る俺と白兎。

 今まで避けていたが、白月さんのお願いに俺が根負けした形となった。

 

 まあ、俺としても白月さんと一緒にいることが嫌ではなくなったということも大きい。

 ほんの少し、雪姫を思い出してしまうこともあるけれど、耐えられないほどではない。



 彼女とはもう仲の良い友達だ。

 友達なのであれば、一緒に街の散策ぐらいしてもおかしくは無い。

 それに今の白月さんは鐘守ではないのだ。


「向こうに行ってみません?服とかアクセサリとか売ってますよ」


 朗らかに微笑みながら俺を誘導してくれる白月さん。

 その長い髪の色は美しく輝く銀ではなく、くすんだような鈍い色の金髪。

 服もいつもの白いローブではなく、ごく普通の洋服。

 聞くと、鐘守がお忍びで出かける用の変装グッズを使用しているらしい。

 

 これで俺達は『狩人』と『鐘守』ではなく、普通の少年少女としてお出かけができる。


「ほら、あっちに可愛いのがありますよ!行きましょう!」


 白月さんはグイグイと俺の腕を引っ張ってくる。


 俺への好意を隠さない明け透けな態度。

 引き籠り気質の俺を外へと引っ張り出す積極性。

 それでいて俺に不快感を感じさせない仁徳。


「これってどうですか?ヒロさんに似合うと思いますよ」


「……うん。いいですね。俺の好みです」


 俺の欲しいと思う言葉を欲しいタイミングでかけてくれる気遣い。

 それでいて、俺の入ってほしくない部分には近づいてこない距離感。


 一緒にいればいるほど、彼女の魅力に取り込まれていく………










 夜半過ぎ、1人潜水艇のリビングルーム内で打神鞭を取り出して占いを行使。


「打神鞭、白月さんの目的を占ってくれ」


 打神鞭の占いにより暴かれた白月さんの目的は………



『ヒロに打ち手となってもらうこと』

 

 

「まあ、そうだろうな………それしかないよな」


 短冊に書いた『白月さんの目的を教えてくれ』の質問。

 それを浮楽の帽子の先に吊るし、翌朝、その裏に浮かび上がった質問の答え。


「はあ…………、俺が好きというわけじゃあ………、いや、目的はそうでも、好意のあるなしは関係ないような………」




 次の日に再び打神鞭の占いを試す。


「白月さんが………俺に好意を持っているのかどうかを占ってくれ」


 俺を『打ち手』へと誘う為に、イヤイヤ俺の相手をしてくれているのかもしれない。

 そういった疑念を晴らすために占いを利用する。

 

 俺と話をする時の白月さんはいつも楽しそうだ。

 しかし、その笑顔を見る度、どうしても自分の仕事の為に無理をしているのではないかと思ってしまう。

 

 今回の占いはそうした俺の葛藤を晴らす為でもある。


 自分でも情けないチートスキルの使い方だと思うけど。



 そして、占いを行使する。

 出てきたのは花一輪。


「え?ひょっとして、これって花占い?………マジか?この歳でそれをするの?」


 とは言いつつ、一枚一枚花びらを千切りながら………


「好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い………多いわ!なんで、花が菊なんだよ!普通、もっと花びらが少ない花にするだろ!」


 とかなんとかあったものの………


「……好き、嫌い、好き、嫌い………好き!……………ああ、白月さん、俺のことを……」


 胸に到来する飛び上がりたくなる程の喜び。

 自然と顔がニンマリと歪み、腹の底から思いっきり叫びたくなって………


「………いや、待て。これは漫画でよくある『友人として好き』という可能性も……」


 相変わらずのネガティブ思考がすぐに鎮静化させる。


「明日、男として俺を好きかという占いをするという選択肢もあるけど………」


 その占いで『否』と出たら、絶対に落ち込んでしまうだろうな。

 そうなれば、今の俺と白月さんの関係が維持できるかどうか分からない。


「これ以上は踏み込まない方が良いか。俺としても現状維持が望ましい………今は」




 そして、次の日に行使した占いの内容は………


「白月さんと雪姫の関係を教えてくれ」


 水をいっぱいに注いだタライ。

 打神鞭を突っ込んでぐるぐるとかき混ぜると、その水面に変化が現れ、何かの映像を映し出す。


 それは美しい銀髪の少女が2人、荘厳な室内で何かの話をしている光景。

 ただ、水面が若干波打っており、あまり映像が鮮明ではない。


 しかし、どこからともなく聞こえてくる女性の声は良く聞こえる。

 それは間違いなく、光景に映し出された女性2人の会話の音声。



「ユキちゃん、本当に辺境へ行っちゃうの?それも行き止まりの街なんて。意地を張らなくても良いのよ。私が白雲さんに………」


「別にいい。これは私の責任。白月様に頼るなんて私のプライドが許さない」


「………ユキちゃんの意地っ張り。こんな時くらいお姉ちゃんを頼りなさい」


「姉じゃない。ただ型が一緒なだけ。その理屈だと白花が私の妹になる。あの腐れ外道と姉妹だなんて真っ平御免」


「もう!そんな言い方しない!」


 

 ………水面に映る2人は何かの言い争いをしている様子。

 

 一方は多分、雪姫。

 もう一方は名前が出たから白月さんで間違いないだろう。




「ユキちゃん、無理しないでね。2、3年我慢してくれたら絶対に呼び戻すから」


「要らない。自分の力で返り咲く。絶対に『打ち手』を見つけて帰ってくる」


「………辺境にそんな強い人、いないと思うよ。私達が『打ち手』に選ぶくらいの人なんて早々見つからない……」


「大丈夫。近くにダンジョンがあって、守護者もいる土地。強者が現れる条件に適している。だからきっと見つかる。もしかしたら、尊き御方にだって……」


「それはいくらなんでも……そんな古い文献、当てになるの?結局300年経っても誰も現れなかったのに」


「むう……、それは分かってる。でも、『打ち手』ならいるかもしれない……ううん!きっといる。見つけてみせる。だから安心する。モラもルフもパサーもいる」


「………それと影守もね」


「…………アイツ、嫌い。サブマスター登録しているのに、私の言うこと聞いてくれない」


「それはカゲちゃんがマスターだから当然でしょ。お目付け役なんだから」


「…………早く『打ち手』を見つけて汚名を返上する。それで、白雲のババアの前で『打ち手』を見せつけてやる。ババアの奴、最近、打ち手候補に振られたばかりだから、きっと悔しがる。フフン!」


「はあ………この子ったら……」



 

 これはちょうど雪姫が本殿から追放される直前の場面だろうか?

 白月さんが雪姫の追放を留めようとしたけど、それを雪姫が拒否。

 雪姫は辺境で『打ち手』を見つけて、それを成果として戻るつもりだったようだ。

 

 確かに、雪姫は行き止まりの街で『打ち手』を探していたようだが………


 あと、雪姫と白月さんは姉妹じゃないらしい。

 だが、あれだけ似ているのだから、姉妹ではないにしろ、親族であるという可能性が高い。


 あと、『型』が一緒と表現していたな。

 『型』とは何だ?

 鐘守の称号?クラス分け?それとも出身地か?


「ひょっとして感応士のタイプのことを言っているのか?精密操作型とか、干渉力特化型とか………」


 ………もちろん、思いつく可能性は他にもある。

 実にアニメや漫画ではよくある設定。

 しかもこの世界の科学技術レベルでならば、絶対に不可能だとは言えないモノ。

 

 全員銀髪で、全員美人。

 おまけに全員がこの世界では滅多にいない感応士。


 そういう一族で固めてあるということも考えられるが、俺の持つ知識からはじき出される答えは………



「ああ!!」



 俺が推測を口にしようとした時、タライの水面に映っていた映像がパチッと消えた。

 クライマックスの場面でテレビのスイッチを切られてしまったかのような唐突な幕切れ。

 

「クッソ!もう少し話が聞きたかったのに………」


 当たり外れが大きいのが打神鞭の占いの特徴だ。

 まあ、今回は白月さんの情報をある程度得ることができたのだから、当たりと言える範疇であろう。

 







 白月さんと一緒に過ごしていると、その性格も良く分かってくる。


 彼女は真っ直ぐで正しい。

 

 正義感と信念に満ち溢れ、相手の間違いを正すのに躊躇が無い。


 

 俺と白月さんが街へと出かけていた時のこと。


 オープンスペースの食堂にて、俺が飲み物を取りに行って戻ってきた時、

白兎と一緒に席で待っていてくれていたはずの白月さんが誰かと揉めていた。


 相手は20代そこそこのチンピラ風の男。

 隣には機械種ゴブリン。


 近くには泣いている子供。

 床には零れたジュースが小さな水たまりを作っている。


 見るからによくあるテンプレな光景。

 子供がぶつかってジュースを零し、それをチンピラが怒って怒鳴りつける。

 そこへ颯爽と割って入った白月さんという構図ではないだろうか……


「あ!」


 俺が助けに入ろうという間もなく、白月さんへ掴みかかった男。

 

 しかし、白月さんは動じることなく、掴みかかってくる男の手を躱し、逆にその襟首を掴んで………



 ブンッ!!


 ドスンッ!!


 

 見事な払い腰で相手を投げ倒した。



 そして、主人の危機に反応して突進してくる機械種ゴブリンは白兎が対処。

 その足を素早く払ってスッ転ばせ、転んだところに飛びつく。


 

 ガチャガチャガチャ!!



 機械を弄る音がしたかと思うと、いつの間にかゴブリンの頭の向きが前後逆さま。

 さらに腕と足を付け替え、足の位置に腕が、腕の位置に足がある状態に。



「クソ!覚えてろ!」


 これまたテンプレの捨て台詞を残して逃げ去っていくチンピラと機械種ゴブリン。



「ハクトちゃん、ナイス!イエーイ!」


 ピコピコ! ポン!


 しゃがんで嬉しそうに白兎とハイタッチする白月さん。


 パチパチパチパチパチ


 周りから拍手が巻き起こる。

 乱暴な男を追い払い、子供を助けた白月さんへの惜しみない称賛の声があがった。



 場所を変えて先ほどのことについて聞くと、やはり俺の想像した通りの状況であったらしい。


「あんまり危ない事しないでくださいよ、白月さん。それなりに武術を嗜んでいるのは分かりましたが、もし、相手が銃を抜いていたらどうするんですか?」


「ごめんなさい………そうだとしても私の行動は変わりません。私達鐘守は弱き人々の為にいるのですから」


 そう言って透き通った笑みを浮かべながら強い意思を語る白月さん。


「銃を持っていたらとか、相手が強そうだからとかで、子供がイジメられているのを見過ごせません」


「…………例えば、俺が帰ってくるのを待つとか………」


 せめて戦力差を考えてから行動してほしい。

 たまたま白月さんの方が強かったから良かったが、もし向こうが腕利きならどうなっていたことか。

 俺が帰って来てからであっても遅くは無かったはず。


「悪は即時殲滅に限ります!ジュースを零されたくらいで、子供を蹴っ飛ばすなんて、情状酌量の余地なんてありません!それに一秒でも泣いている子供を放って置くなんてできません!」


 悪!即!斬!って、どこの新選組だよ。

 思った以上にバイオレンスな思考をしているな。


「それは……あんまり賢い生き方じゃないですよ」


「もちろん分かっています。『私のタイプ』は長生きできないってよく言われますから」


 まあ、そうだろうな。『白月さんみたいなタイプ』は多分長生きできない。

 たとえ鐘守でも万が一のことがある。


「………やっぱり護衛は必要ですね。教会に置いている護衛を何機か回せませんか?」


「それこそ無茶です。一応この身は白の教会の要職についていますので、外に出る際は最低ストロングタイプを5機以上傍に置かないといけないんです。黙って出てきているから、こうやって2人きりでデートできるんですよ」


 そのストロングタイプの護衛達は、現在、白月さんがいるはずの部屋の前で警戒中。

 白月さんの感応士の力により、護衛対象が部屋から抜け出していることにも気づいていないらしい。

 聞くと、白月さん自身は機械種を1機も従属しておらず、護衛の機械種は全て借り物であるようだ。


 当初は姿を隠した護衛がいるのかと思っていたが、白月さんが俺のガレージにいる時も辺りにそんな様子は見られなかった。

 いくら隠密に秀でた機種であろうと、白兎の浄眼やヨシツネの目を誤魔化せるとは思えないから、本当に護衛がいないのであろう。


 白の教会でも特別な位置にある鐘守とは思えない程の不用心さ。

 それでいて、人一倍の正義感と向こう見ずな気性を兼ね備えているのだから、ユティアさん以上に危なっかしい人だとも言える。




 フリフリ


「あ、ごめんなさい。ハクトちゃんも一緒でしたね。2人と1機でデート。ふふふ!」


 白月さんは足元で耳を揺らす白兎の頭をナデナデ。


「さっきは手伝ってくれてありがとう。ヒロさんから聞いていましたけど、本当にここまで凄いとは思いませんでしたよ」


 白月さんに褒められて白兎もまんざらではない様子。

 機嫌良さそうに耳をグルングルンと回している。


「俺の自慢の筆頭従属機械種ですから!」


 フリッ!


 俺の自慢に、白兎が後ろ脚で立って胸を張る。

 鼻息がフンス!と聞こえそうなくらいのドヤ顔。


「ふふふ、いいなあ。私もラビットを従属しようかなあ………、てっきり…………まさか本当だとか……いや、でも、全部が全部は……」


「んん?どうしました、白月さん?」


 『ラビットを従属しようかな』は聞こえたけど、後半が声が小さすぎて何を言っているのか分からなかった。


「あ!いえ、私もハクトちゃんみたいなラビットを従属しようかなって……」


「白兎みたいなラビットはなかなかいないとは思いますが……」


 正しく世界でたった一機の宝貝兼機械種だからな。

 でも、白月さんがラビットを従属するなら、白兎に少しばかり教育を施してもらおうか。

 そうすれば、通常のラビットよりもずっと強い護衛ができあがるはず。


「その時には何かアドバイスしましょう。遠慮なく声をかけてください」


「はい、その時はよろしくお願いします」


 そう言って白月さんは素直に頭を下げる。


 この世界では間違いなく身分としては最上級である鐘守。

 その鐘守が他愛もないお願いごとに、一介の狩人へ頭を下げることを厭わない。


 本当に白月さんは正しく、誰に対しても公平で、これ以上ないほどの善人。


 ともすれば、小物で、俗物で、卑怯で、とても善人とは言えない自分の身が恥ずかしくなってしまう程。 


 もし、俺のことを全部知られてしまったら、彼女は一体俺に対してどんな態度を取るのだろうか?

 

 悪として裁くのか。

 小悪として蔑むのか。

 それとも………



「………白月さん。もし、俺が悪党だったらどうします?」

 

 つい、口から出してしまった問いかけ。

 

「俺がどうしようもない悪党だったら……とても、『打ち手』になんか誘えないでしょう?正直、俺自身、とても自分が善人であるとは思わないです。むしろ、自分の都合のことばかり考える悪い人ですよ」


 多分、予防線を張りたいだけなのかもしれない。

 俺のことを全て知って落胆されるよりは、最初から軽蔑してもらった方が良い。

 期待されるだけ期待されて、それを裏切ってしまったら、そんな人だとは思わなかった!となじられるのは嫌だ。


 そんな情けない告白をした俺に対し、白月さんは………



「クスクスクス……」



 なぜか、吹き出すように笑い出した。



「いや、冗談じゃなく………」


「クスクスクス……、ごめんなさい、つい……」


 謝罪を口にするが、まだ顔が笑ったままだ。

 一体何がおかしかったのか?


「………その、ヒロさんが言った『自分はとても善人じゃない。悪い人だ』っていうセリフ。本当に悪い人が言う言葉じゃないなあって思っちゃって……」


「………………」


「ああ、ごめんなさい。別にからかったわけじゃありませんよ。でも、ヒロさんくらいの年齢だったら、自分のことを悪ぶるのも、おかしなことじゃありませんよね」


 憮然とした俺に、白月さんが慌てて言葉をつけ加えてくる。


 全然、フォローになってないぞ!

 しかも、不良やヤンキーみたいに言われるのは誠に遺憾だ!

 

「もういいです!」


「え、え、ちょっと、拗ねないでください………コホンッ、えっと、ヒロさんが悪党だったらという話ですよね………それの答えなのですが……」


 流石にこれ以上からかうのはマズいと思っただろう。

 少しばかり真剣な表情で俺の問いに答えてくれる。



 それも思いもよらぬ答えを。



「ヒロさんが悪党でも、私の行動は変わりませんよ」


「………え?それはどういう意味で………、その、悪党なら『打ち手』に相応しくないんじゃ………」


 俺の呆けたような疑問に、白月さんはかみ砕きながら説明。


「『打ち手』への就任の基準は『力』です。レッドーオーダーを討ち破り、人々を守る為の。ですから、『打ち手』の方の善悪は問いません。まあ、『打ち手』を選定する鐘守の主観も入りますから、あからさまな悪い人は少ないですが、それでも色々な性格の鐘守も居ますので………」


 そこでちょっとばかり苦笑を浮かべる白月さん。

 どうやら、そんな表情を浮かべざるを得ない性格の鐘守もいるのだろう。


「………『打ち手』って皆、英雄ばかりなのかと思っていました」


「ふふふ、英雄って言っても色んな人が居ますからね。多分、人と大きく違うから英雄なんだと思いますよ。良きにしろ悪きにしろ……」


 そこで言葉を切って、ちょっと遠い目。

 俺から視線を外して、何か思い出しているような仕草。


「もちろん、人類の害となるなら処分の対象になることもありますし、無制限に好き勝手出来るわけでもありません。それでも、『打ち手』がその称号を取り上げられるのは極稀です。貢献が大きければ、許容量も大きくなりますから」


「それじゃあ、『打ち手』の制御って難しそうですね。そんなに良い人悪い人がいるなら、お互いに結構揉めるんじゃありませんか?」


「あはははは、確かに『打ち手』同士が争うこともあります。昔、3つの陣営を作って勢力争いになったこともあったそうですよ」


 勢力争いまで……か。

 ひょっとして『打ち手』の数は結構多いのかな。

 少なくとも、勢力争いができるくらいの人数はいるというのだろう。

 

 俺自身、未来視内で『打ち手』に会ったことはほんの数回だが、中央でもさらに奥、赤の死線やシティに行けば、もっとたくさんの『打ち手』がいるのかもしれない。


「………やはり、『打ち手』は赤の死線にいることが多いのでしょうか?」


「そうですね………、赤の死線にいる狩人チームや、猟兵団に『打ち手』と『鐘守』がいることは多いと思います」


 やっぱりそうか。

 人類と赤の帝国の最前線ともなれば、『打ち手』、そして、『鐘守』がいてもおかしくは無い。

 逆に『打ち手』や『鐘守』がいないとやって行けない程、厳しい戦場なのかもしれない。

 

 もし、俺が『打ち手』にもならず、『鐘守』も連れずに中央、そして、赤の死線に行けば………



『ウッソー!【打ち手】じゃないなんて信じられなーい!』

『今時、【鐘守】もいないなんて遅れてるー!』



 とか言われたりするんだろうか?


 

 チラッと、目の前の白月さんに視線を向ける。



 美人で有能で感応士で……

 これは鐘守だから当たり前なのだろうが……


 性格が良くて、俺と話も合って、なにより一緒にいて楽しい人。


 

 俺が目指す所に鐘守が必要なのであれば、今、俺を『打ち手』へと誘ってくれている白月さんの手を取ることが、俺にとって一番良いことなのではないだろうか。



 だけど、それは…………できない。


 ここまでしてくれる白月さんには悪いけど。



「………………色々と話していただいてありがとうございます」


「いえ、私もヒロさんとおしゃべりできるのは楽しいですから。また、誘わせてくださいね」


「はい、いつでも……」



 こうして続く白月さんとの日常。

 まるで未来視で雪姫と過ごした1年間を思い出させるような日々。

 心のどこかで罪悪感を抱えながらも、それでも彼女との逢瀬は続いていく。

 

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