第395話 物語2 起(下)


「白の教会の本殿というと………白月さんはシティから来られたんですか?」


「はい、転送装置であっという間でしたけど」


「何万キロも離れた距離を一瞬で……、それは凄い!」


「普段は滅多に使わせてもらえませんよ。今回は緋石のことでしたので、許可が下りましたが……」


 しばらく白月さんとの雑談が続く。


 『打ち手』への就任は断ったが、鐘守である白月さんからの情報は貴重なモノだ。

 特に白の教会関連の情報は得ておきたいところ。

 今のところ敵対すると最も脅威となる組織だからな。

  

「やはり辺境に白の教会の転送装置があるのは、この街くらいですかね?」


「そうですね。辺境には私達が出張る程の脅威は少ないので。どうしても中央が優先されてしまいます」


「なるほど……でも、それだけにこの街の重要さが際立ちますね。辺境唯一の白の教会の出張所として」


 辺境の街に鐘守の影響力が薄いのは、この辺が原因だな。

 確かにレッドオーダーの脅威度から言えば、辺境に出現する機械種は中央と比べれば雑魚ばかり。

 人類の守護者を自称する鐘守も、中央をカバーするのに手一杯なのだろう。


 だからあまり辺境に鐘守は訪れない。

 雪姫のように追放でもされなければ。

 

 唯一の例外は辺境最大の街である、このバルトーラだけなのであろう。

 

「ちなみに、この街に他の鐘守の方はいるのですか?」


 少々気になることがあったので聞いてみる。

 目の前の白月さんは、用が無くなれば帰ってしまうのだろうが、この街に常駐している鐘守がいるなら注意が必要だ。


 俺の質問に対し、白月さんの答えは是。


「はい、おりますよ。ここに赴任してきて半年ばかりですが」


 いるのか?

 ひょっとして、その鐘守は白雲って名前じゃあ………


「この街にいるのはツユちゃん………コホンッ、白露というとっても可愛い鐘守です。もし、出会ったら少々奇抜な面は大目に見てあげてください。彼女は彼女で頑張っていますので」


 白露?

 どこかで聞いたことがあるような名前………


 いや、それより奇抜な面って何?

 わざわざ大目に見てあげてって言うくらいなの?


 もう少しその白露という鐘守について話を聞こうとした時、 




 コンコンコン



 ドアを控えめに叩く音が響く。

 それは俺が提出した紅石と緋石の換金が終わったことを示す音。


 

 その音を聞いて、俺の意識はその鐘守から、得られるであろう報酬へと向く。


 果たして、リスクを負ってまで提出した緋石の価格はいかほどだろうか?











 

 紅石2つで8,000万M。

 緋石に至っては一つで2億M。


 もうここまでくると、天文学的な数字だ。

 小さな国の国家予算とかそんなレベルではないだろか?

 

 さらに紅姫の機体や倒してきた重量級達の処分額も合わせると、3億5千万Mという途方もない報酬が俺に払われることとなった。


 日本円にして、350億円。

 一夜にして俺は大富豪となってしまった。




「ふう………」


 俺の今の本拠地であるガレージの中。

 深夜の潜水艇のリビングルーム内でため息一つ。


 俺は椅子に腰かけながら今回の報酬であるマテリアルカード4枚を目の前に翳す。


「1億M入ったカードが3枚に、5000万M入ったカードが1枚。たった4枚のカードにそんな大金が入っているなんて信じられないな」


 実際に1億円の入ったアタッシュケースを渡されたら、多分、緊張のあまり手が震えてしまうだろう。

 しかし、手の中にある黒いマテリアルカードだと、そういった感情は芽生えにくい。

 現実感が無さすぎて、意識がついてこないのだ。


「これだけあれば俺の人生でマテリアルに困ることは無さそうだ。今日は遅くなってしまったから行けなかったけど、明日にはボノフさんの所で装備品や武器を爆買いするとしよう」


 予想以上に高額の報酬となったから、予算は青天井での買い物となりそうだ。

 金に糸目をつけず、最高の武装を整えることができる。


「………ひょっとしたら鐘守である白月さんが居たから、秤屋も俺に対して配慮して高めに報酬をくれたのかもしれない」


 晶石の変換や、機体の残骸の処分にも白月さんは立ち合ってくれた。


 白の教会の中でも特別な位置にある鐘守、しかも白月さんは本殿直轄のエリートだ。

 白の教会と深いつながりを持つ白翼協商だけあって、その意向には逆らえない。


「これも白月さんのおかげなのかな。彼女には感謝しかないな」


 少し話しただけだけど、あのルガードさんを陥れ、未来視では俺をも罠にかけた白雲とは違い、性格がまともな鐘守のようだ。

 話の途中、所々でちょっとおかしな反応を見せたのが気になったけど、終始穏やかで優し気な雰囲気のままであった。

 

「………美人だったな。胸も大きかったし。惜しかった……と思わなくもないけどね」


 あんな美人が従者として仕えてくれるなら、これ以上の幸せは無いだろう。


 白の教会にガッツリ絡まれてしまうことと、白月さんが雪姫によく似ていたことを除けば。


 白月さんが悪いわけではないが、向かい合って話をしていると、どうしても雪姫の顔がチラついてしまう。

 微笑み一つで雪姫との違いを探してしまったり、思い出してしまったりする為だ。

 そんな彼女とずっと一緒にいれば、俺の気が休まる時間が無くなってしまう。



「………やっぱり姉妹なのかな?それとも従妹とか……」



 結局、雪姫との関係を聞くことはできなかった。

 どう考えても藪蛇にしかならない質問だから。



「まあ、もう終わった話だ。白月さんも本殿の所属なのだから、すぐにシティに帰るだろうし………、もう当分会うことは無いだろうな」


 次に会うとすれば、俺が中央へ行って活躍し始めた頃かな。

 またお誘いを受けるかもしれないが………


 それもずっと先のこと。

 明日のことは明日に考えればいいか。

 今はこの街でできることをしっかりやっていかないと……

 




 とか何とか思っていたけれど………





 

 その翌朝。






「おはようございます!ヒロさん。いい朝ですね」


「………おはようございます………そうですね、白月さん」


「今日はヒロさんにこの街をご案内しようと思い、やってきました!どうです?私と一緒に街を回ってみませんか?」


「………………」


 疲れていたこともあって、朝10時過ぎまで寝ていた俺を森羅が起こしに来たのだ。

 

 俺にお客が来たとのことで、慌てて身支度して出てきた所がコレだ。



 たくさんのガレージが立ち並ぶ倉庫街みたいな風景に、飾り気のない白いローブを着た清楚な銀髪美少女が1人。


 似つかわしくないことこの上ない組み合わせ。

 これが夜であったなら、もう少し風情があったかもしれないが。


 幸い人通りの少ない場所なので、目立ちまくっている様子ではない。

 しかし、数少ない通行人が、何事かとこちらを凝視しながら通り過ぎていくのが目に入る。



 ……いや、なんで鐘守がたった一人で出歩いているんだよ!

 雪姫だって、外を歩くときはモラかルフを護衛として連れていたぞ!


 多分、身を隠した護衛がいるのだろうけど、治安の悪い所でなら姿を晒す護衛も必要なのだ。

 護衛の仕事は、周りを威圧して襲おうという気にさせないことも含まれているのだから。



「街の案内……………それが白月さんのご用ですか?」


「はい!ご迷惑でなければ、なのですけれど…………いかがですか?」


 上目遣いで小首を傾げての無邪気に見えるお願い。

 普通なら少々あざとく見えるポーズだが、楚々とした雰囲気の白月さんがすると実に似合っている。


 俺としても普通なら美少女のお誘いは嬉しいモノだ。

 しかも、先日お世話になったばかり。

 ここは恩を返す意味でも付き合うのが正しいのだろうけど………

 

 


「…………今日は用事がありますので、また今度にしてください」




 にべもなく白月さんのお願いを切って捨てる。

 

 白月さんも、まさか俺に言下で断られると思っていなかったのであろう。

 お願いしたポーズのまま固まってしまっている。



 俺も美少女のお願いを断るのは心苦しい。

 しかし、白月さんが俺を誘いに来た狙いは明白。

 俺を何とかして『打ち手』に就いてもらいたいのだろう。

 それ以外の理由なんて考えられない。


 だから、変に期待を持たせるわけにはいかないのだ。

 どれほど白月さんに恩があろうと、俺が『打ち手』になることはないのだから。


 それに白月さんを見ていると、どうしても雪姫を思い出してしまう。

 心の傷をジクジクと突かれているような痛みを感じる。

 だから君と一緒に出かけたりするのは御免だ。



「………そうですか。すみません、お忙しい中、突然お邪魔してしまいまして」


 申し訳なさそうな顔でこちらへ謝罪する白月さん。

 

 食い下がらず、素直に引き下がろうとする所は好感が持てるな。

 やっぱり性格の良い人なのだろう。

 そんな人のお誘いを断るって、なんか罪悪感が湧いてくる。

 街のお散歩くらいなら我慢して付き合ってあげても良かったかもしれないが……



 しかし、白月さんはめげずに次なる手を打ってくる。

 手に持った紙袋から小包を取り出して、ニッコリと微笑みながら差し出してきた。

 

「これをどうぞ!もし良かったら、後で召し上がってくれませんか?私の好物を詰め合わせたモノなんです!」


 それは正しくお客様へ訪問する際の手土産。

 実にそつのない行動。

 

 まあ、それくらいは受け取っても構わないか。

 念の為にナニカ仕込まれていないかはチェックするけど。


「それでは、また。……白の導きよ、ヒロさんが今日一日、幸せでありますように!」

 

 最後に聖職者っぽいことを言って白月さんは去っていく。


 その後ろ姿を見えなくなるまで見送って……



「…………すぐに出かけるか」



 身支度を整え、用事があると言った以上、さっさと出発せねば嘘になってしまう。


 だから、そのまま白兎、森羅、秘彗を連れてボノフさんのお店へと向かうことにした。




 ボノフさんのお店では、戦車の武装やその他装備を購入。

 金に飽かせて、最高級のモノを揃えてもらった。

 特に発掘品のキャノンランチャー砲は掘り出し物だ。


 また、メンバー用にスキルを買い込み、頼んでおいた蒼石も購入。

 そして、ずっと保管していたストロングタイプ3機の修理を依頼。


 これだけやって、使ったマテリアルは4,000万M。

 俺が今回稼いだマテリアルの20%にも満たない。

 


 その後、他の商店を回り、様々な調度品を買い込んでいく。

 俺の調理道具として使えそうな器具であったり、調味ドロップを出す『調味鍋』や、飲み物を出す『水瓶』といったマテリアル錬精器。

 また、周りに不審に思われない程度に日用品関係を揃え、生活環境を不自然ではないモノとする為のカモフラージュにもマテリアルをかける。


 ある程度余裕が無いとやろうとは思わないことだ。

 しかし、余裕があるならやっておいた方が良い。

 この街には最低でも半年は滞在しないといけないのだから。


 そうして金に……マテリアルに飽かせて品々を買い込み、結局、半日以上かけたショッピングとなってしまった。

 

 

 



 ガレージに戻るとすでに夕方。

 買い込んだ物の見分を終えれば、すでに夜半過ぎ。


「もう遅いから、飯を食ってさっさと寝ようか。今から料理するのも手間だから………そう言えば、白月さんから貰ったブロックの詰め合わせがあったな」


 一応、白兎に見てもらったが特に怪しい仕掛けとかはなかった、

 ただのブロックの詰め合わせであるのは間違いないらしい。


「さて、中身は…………」


 小包の中は木箱。

 その中には5本のブロックが鎮座。

 そして、そのブロックの名前は………


「『たくあんブロック』?……こっちは『福神漬けブロック』……」


 他の3本はそれぞれ『千枚漬けブロック』『ぬか漬けブロック』『らっきょうブロック』。


「漬物ブロック詰め合わせかよ!珍し過ぎる!」


 

 つーか、珍味レストランを4年やっていた俺でも見たことが無いブロックだ。

 一体白月さんはこれをどこで見つけてきたんだろう?



「………もう今日はこれを肴にライスブロックでも齧るか」



 ご飯があればお茶漬けにしたかったけど。

 ライスブロックをみじん切りにすれば近いモノができるが、流石に今からでは時間がかかり過ぎる。



「まあ、ありがたく頂いておこう。しかし、漬物をプレゼントする感性はなかなかの尖り具合だな。俺的には珍しいブロックは大歓迎だが」



 漬物は俺の部屋にも常備していないんだよな。

 だから実に口にするのは久しぶりだ。



 ポリッ



 たくあんブロックを一口齧れば、懐かしい日本の味。

 これぞご飯のお供といったところ。

 少しばかり味が薄いが、馴染み深い塩気と風味が感じられる。



「…………他にも福神漬け、ラッキョウ……か。この前食べたばかりだけどカレーが食いたくなるな」


 

 頭の中で明日のご飯を考える。

 今日購入したばかりの調理器具に近い品々。

 せっかくなのだから、明日は久しぶりに少々手の込んだ料理をしてみるか。


 ブロックや調味ドロップの組み合わせではない、元の世界の料理を。

 元の世界の材料で作ったカレーを。 


 

 

 




 翌日、朝から早速料理の準備に取り掛かる。


 市場で購入した大型ナイフを包丁として、断熱用合成プラスチック板をまな板として利用。

 

 現代物資召喚で取り出した、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。

 そして、牛肉とカレールウ。

 皮を剥いて、細かく切って、煮込んでしまえばカレーの出来上がり。


 出汁を取るとか、玉ねぎを炒めてコクを出すとか、そこまで本格的ではない。

 主婦ならともかく、独身男性の手料理なんてそんなモノ。

 

「あとはご飯だけど………」


 ここまで準備したのだから、ご飯もできれば用意したい。

 

「確か、パックご飯を茹でたら、電子レンジじゃなくてもホカホカになるって聞いたことがあるな」


 パックご飯は独身男性の強い味方だ。

 今まで電子レンジが無いから使わなかったが、今回はちょっとばかり冒険してみることにしよう。


 しかし、茹でる時間が分からないので、失敗するかもしれないから、同時にパックご飯を3つ投入。

 10分、20分、30分と分けて茹でてみる。


「………10分はちょっと固い。20分と30分は良い感じ。俺は固めが好きだから20分のを使おう」


 10分茹でたのは後でチャーハンにでも使おうか。

 30分の奴は今夜の夕食用にでも置いておこう。



 ………おっと、そろそろカレーの良い香りが漂ってきたな。

 そろそろ煮込みも十分。

 

 さて、お皿は………・



「マスター、白月様が来られました。どうされますか?」


 森羅からの訪問客の連絡。

 しかも相手は昨日お誘いを断ったばかりの白月さんだ。


「……………昨日の今日でか?確かにまた今度にしてくださいって言ったけど……」


 随分と俺の勧誘に力が入っているようだ。

 どれだけ来られても俺には断ることしかできないというのに!


 正直、正面切って断るのは心が痛いから、あんまり会いたくないのだけれど、流石に鐘守相手に居留守を使ったり、門前払いはマズい。

 何とか体よく断らないと………全く、面倒臭いったらありゃしない。



 やや苛つきながらガレージの外へ出れば、昨日と同じ光景。

 違うのは今がお昼前だということぐらい。



「こんにちは!ヒロさん。今日は街で掘り出し物市が開かれるそうなんです。もし、良かったらご一緒にいかがかと思いまして」


 

 屈託のないさわやかな笑顔。

 陽の光の下で美しく輝く銀髪。

 眩いばかりの美貌。


 これほどまでの美少女が連日俺の元に通ってきてお誘いをかけてくる。

 昨今、美少女ゲームでもなかなか無いようなシチュエーション。


 妙齢の女性にここまで迫られると、普通の男なら頷きたくなるところなのだが……


 

「申し訳ありませんが、今日はそんな気分でもありませんので、お断りします」


 心を鬼にして、お誘いを断る。

 しかも断り方を些か強めに。


 ここまで邪険にされたら、気分を害するかもしれない。

 しかし、はっきりと意思を表示しておかないと、いつまで経ってもお誘いが続いてしまう。


 鐘守に対する態度としては問題があるのかもしれないが、何をされたって俺が首を縦に振ることは無いのだ。


 心苦しいが、さっさと諦めてほしい。

 雪姫に似た顔で何度もお願いされるのは、俺だって正直ツラいんだ!



「……そうですか。それでは、又の機会に………あれ?何でしょう?良い香りが……」


 小さくて形の良い鼻をヒクヒクする白月さん。

 なぜかその姿が子犬に見えてしまうような可愛らしい仕草。


 どうやら漂ってきたカレーの匂いを嗅ぎ取ってしまった様子。

 

 皆、良い匂いだって言ってくれるんだけど、でも、実物を見せたらびっくりして……



 うん?

 これはひょっとして使えるかも………


 ふと頭に浮かんだ白月さんを諦めさせる方法。


 半分以上嫌がらせなのかもしれないが、これ以上続けられても俺も困るし、白月さんも大変だろう。

 仕事とはいえ、好きでもない男を誘わないといけないなんて、女性としてツラいに決まっている。

 俺だって自分に『闘神』と『仙術』スキルが備わっていなければ、普通の女の人にだって相手にされないことくらい分かっているし。


 だからここは………精々、嫌われてやるとするか。

 その方がお互いの為だ。



 ………多分、今の俺は半ばヤケクソになっているのだろう。

 普段の俺が女性に嫌われようとするなんて考えられない。

 でも、これが俺の心の平穏を守る為には必要なことなのだ。

 

 

 

 

「………白月さん。ちょうど今、お昼の準備をしていたところなんです。もし、良かったらここでお昼を食べていかれませんか?」


「え?いいんですか?私、実はお腹がペコペコでして……、ご迷惑じゃありませんか?」


「良いですよ。俺も1人で食べるのが寂しかったので。あ、でも、ちょっと珍しい食べ物です。好き嫌いとかは大丈夫ですか?」


「大丈夫です!私、何でも食べますから!」


 白月さんは胸の前で両の拳をぎゅっと握って大丈夫感を演出。

 

 外見はお姫様チックだけど、行動の一つ一つが実に庶民的だ。

 明るくて、活動的で、言動もハキハキとしている。

 話しやすいというか、親しみやすいというか………

 どこかクラスの仲の良い同級生の女の子といったイメージを持ってしまう。


 この辺は雪姫とは大違い。

 

 雪姫がクールな公爵令嬢なら、この白月さんは平民から王子様に見初められて王妃へと駆け上がる学園物の王道型ヒロインっぽいな。


 俺の好みとしてはどちらも大好物。 

 白月さんが雪姫によく似てさえいなければ、もう少し仲良くできたのかもしれない。


 俺がそんなとりとめのないことを考えていた時、

 




 グウウウ




 辺りに響いた誰かの腹の音。

 もちろん、腹が一定以上減ることの無い俺から出た音ではなく……



「あ………失礼しましゅた」



 音の原因である白月さんは、流石に顔を真っ赤にして下を向く。


 向かい合う俺もどういう顔をしたら良いのか分からない。




 しばらく向き合ったまま沈黙が続き………




「では、こちらへどうぞ。案内しますね」


「は、はひ。ありがとうございます………」


 とりあえず、聞こえなかったフリをして、そのまま話を進めた。


 ほんの少しだけ笑みが零れたのが自分でも分かった。









「これは………空間拡張機能付きですか。快適そうなお部屋ですね」


「長旅では大変助かっています。なにせトイレ・風呂付ですから」


 白月さんを潜水艇のリビングルームへと案内。

 

 金属製の球体という形状の中にこんなリビングルームがあるなんて、普通は想像もできないようなこと。

 しかし、白月さんの様子を見るに、多少驚いてはいるものの、ごく当たり前のように受け入れている。

 辺境ではなかなかお目にかかれない装備ではあるが、中央、それもシティとなれば、こういった機能をついた車両も珍しくは無いのであろう。


「そこの椅子に座っていてください。今からお皿に盛りますので」


「はい………、ふわあ……いい匂い。本当に嗅いだことの無い匂いです。一体どんなブロックなんでしょう」


 室内に広がるカレーの香りにウットリとした顔の白月さん。


 果たして、彼女は実物を見て平静でいられるだろうか?

 それを食べている人間を見て、一体どのような感想を抱くのか?


 どうせ彼女はこの街から離れていく人間だ。

 どう思われたって構うまい。

 

 やや意地の悪い笑みを浮かべながら鍋からカレーをお玉で掬い、ホカホカご飯の上にドロリとかける。


 ちなみにこのお玉はお店で無理やり加工してもらったモノの一つ。

 鉄串の先に金属の小皿をくっつけただけのモノ。


「まあ、ブロックではないんですけどね。どうぞ」


「ありがとうございま………」


 白月さんの顔が固まった。

 テーブルの上にカレーを入れたお皿を置いただけなのに。


「食べるにはこのスプーンを使ってくださいね。さあ、いただきましょう!」


 白月さんの向かいに座り、すぐさまスプーン片手にカレーを頬張る。


 口の中に広がるのは、先日食べたレトルトカレーよりは若干甘口の風味。

 些か水が多すぎたのか、やや薄目ではあるが、それでも十分に美味しいと思える。


「はふはふ……、ふう……やっぱりカレーは旨い!…………どうしました?白月さん」


「…………」


「無理して食べなくても良いですよ。見かけが良くないですからね」


 未だかつてこの世界の人間でコレを食せた人間はいない。

 まあ、俺がカレーを見せた相手なんてそんなに多くは無いけれど。


 せいぜいチームトルネラの面々と、エンジュにユティアさん。

 いずれも未来視内だけのこと。

 

 この世界では決して受け入れられない料理だ。

 白月さんが臆するのも無理はない……


 

「…………いえ、いただきます」



 と言って、白月さんはスプーンを持った繊手を翻し、カレーを掬ってためらいなく口に運ぶ。



 パクッ モグモグ………



「ふあ……、美味しい……」



 カレーを口にした白月さんの顔がフニャッと崩れる。

 それはカレーの魔力に取り込まれた犠牲者の顔。


 

 パク パク パク



 さらにドンドンとカレーをパクついていく白月さん。

 お腹がペコペコと言っていた通り、かなりの勢いでカレーをかっ込んで行く。


 それは食べるというより、飲み込んでいくと言った方が正しい。

 どこの誰かが言ったのかは知らないが、正しく『カレーは飲み物』と言った感じ。

 

 ここまで豪快にカレーを食す女性ってなかなかいないぞ!


 俺が呆気に取られている中、白月さんの皿のカレーはあっという間になくなっていき……



「ふう………、美味しかったです。本当に食べたことの無い味。ちょっと舌がピリピリしますけど、こんな美味しいモノを食べたのは初めてかもしれません」



 先に食べ始めた俺より早く完食。

 額の汗を拭いながらカレーの感想を述べてくれる。



「…………出しておいて何ですが、よく口にできましたね」


 思わず俺の本音が漏れる。

 まさか本当に食べるとは思わなかった。

 

 外人が納豆や生卵を食べるよりハードルが高いはず。

 しかし、白月さんはものともせずに食べきってしまった。


「………見た目はアレですが、私、何事も見た目では絶対に判断しないことにしているんです。食べ物ならどんな見かけでも、必ず一度は口にします。食べないと評価できませんからね。相手が人でも同じです。事前にどんな噂を聞いていても、絶対に会って話してから判断するって決めてるんです」


 そう言う白月さんの顔には強い決意が感じられた。

 先ほどまで同級生の女の子といった感想を抱いていたけど、今の白月さんから感じるのは、神々しいまでの覚悟と信念。



 強靱な精神と確固たる信念を備えた聖女。



 ふと、俺の脳裏にそんな言葉が過った。






「ヒロさん、こんな美味しいモノをご馳走してくれてありがとうございます。何かお返しをしないといけませんね」


「…………気に入ってもらって何よりです。それに白月さんにはお漬物をいただきましたから」


「ああ!そうでした!………どうでした?私の大好物は……」


「気に入りました。なかなか良い趣味をしてますね」


「本当ですか?良かった………、私、あれとライスブロックとを一緒に食べるのが好きなんです」


「俺もおんなじです。昨日の晩御飯がそれでした。あと………こうやってカレーと一緒に食べても美味しい」


「ええ!そ、それは気づきませんでした!あ………、ヒロさん。先に教えてくださいよ~」


「ははははは、良かったらお代わりありますよ」


「え……じゃあ……お願いしようかな」





 自分が感じたモノを、他人が同じように感じてくれる。

 自分が美味しいと思ったモノを、同じく美味しいと言ってくれる。

 何と楽しい事なのだろう。



 しばらくリビングルームで他愛のない会話が続く。


 そして、いつの間にか白月さんの顔を見ても、そこに雪姫を感じることは無くなっていった。


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