第389話 秤屋4
「よお、ルーキー君。皆からモテモテみたいじゃないか?」
「えーっと……、ガミンさん……でしたっけ?」
受付で申請をして中央の待合席で座っている俺に話しかけてきたのは、狩人風の服装をした40代くらいの人の良さそうなおじさん。
以前この秤屋で先輩として色々と教えてくれた親切な人。
「おい!ひでえな。あれだけ情報を聞いておいて、俺の名前はうろ覚えかよ!自分は何も出さなかったクセに」
「そうは言いましても……、親切な先輩を装うのはいいですが、せめて俺の名前を聞いてくださいよ。俺、結局名乗らないままでしたからね」
このガミンさんとはかなり長々と話をしたはずなのだが、一度も俺に名前を聞いてこなかった。
それがこの人の流儀ということなのであれば仕方ないが、これでは俺だけが責められるのはおかしいはず。
まあ、名乗ろうとしなかった俺もそうだけど。
しかし、俺の反論にガミンさんはバツの悪そうな顔をしながら頭をポリポリ。
「あー………それはそうだな。すまん、今更だが名前を教えちゃくれないか?皆の注目の的のルーキー君?」
「………ヒロです。悠久の刃のヒロ」
俺の言葉に周りの人だかりに再び騒めきが起こる。
「ヒロ……、聞いたことが無いな」
「悠久の刃?知らないチームだ。ストロングタイプを連れているなら、中央でも名の通った狩人かと思ったが……」
「中央の狩人チームで独立した奴じゃないのか?だったらチーム名は無名だろう」
「有名な狩人の2代目だろう。親から機械種を受け継いだんだよ……」
色々と俺についての憶測を口にする狩人達。
先ほどから俺はずっと周りから注目されている。
その俺が僅かばかりの情報を流したのだから、皆、想像を働かせて俺の素性を推測したくなるのだろう。
「ふむふむ、ヒロ……だな。覚えたぞ。だからお前も俺の名前を忘れるなよ」
まあ、本気で忘れてたわけじゃないけど………
「前にお前さんへ声をかけておいて良かったよ。我ながら自分の慧眼に恐れ入るな」
自画自賛をしながら俺の後ろの森羅と秘彗へと目をやり……
「前に声をかけていなかったら、こうやって話しかけるのも躊躇してたかもな。ストロングタイプを連れた狩人なんて恐れ多くて。あははははははっ」
腹の底から笑い声をあげるガミンさん。
確かに前回声をかけていなければ、この周囲の状況では声をかけづらかったに違いない。
「やっぱり珍しいですか?ストロングタイプを従属している狩人は?」
「そりゃあそうだろ。この辺境じゃあベテランタイプでも珍しいぞ。そのベテランタイプだって精々大きな商会が保有しているくらいだからな。狩人個人で従属している奴は稀だ」
ベテランタイプですらそのレベルか。
この辺りは中央と辺境の差なのであろう。
中央ではベテランタイプまでならそう珍しくは無い。
ストロングタイプだって有名どころの狩人や猟兵なら1,2体は保有していてもおかしくはないくらい。
「……で!俺に紹介しちゃあくれねえか?ヒロの後ろの別嬪さんたちをよ」
そう言ってニヤリを笑うガミンさん。
今度は自分が情報を貰う番だとばかりに。
「はあ……、まあ、別にいいですけど……」
と言って、言葉を濁しながらチラッと周りに視線を向ける俺。
ガミンさんだけになら構わないが、この衆人環視の中では正直勘弁してもらいたい。
「うん?どうした?…………おお!周りの奴等か!あはははは、しょうがねえなあ……」
俺の視線の意図を気づいたガミンさんは席を立ちあがり、
「おい、お前等!コイツは今俺と話してんだ!さっさと散れ!」
さほど大きくない声だったが、その有無を言わさぬ言葉に渋々と周りの狩人達は引いていく。
中には舌打ちしたり、ジロッとガミンさんを睨みつけたるする人はいるけれど、とりあえずこの場は大人しく下がってくれる模様。
どうやらこの秤屋の中でもガミンさんはそれなりの立場を持っているのだろう。
そうでなければプライドの高い狩人達がここまで素直に引き下がらない。
「見事なモノですね。流石は古株」
「まあな。これでもこの秤屋には30年近くいるからな。大抵の奴は俺の後輩みたいなもんだよ」
30年……
多分、今の俺より若い時からこの秤屋に所属していたのか。
狩人という危険な仕事をそこまで続けられているのだから、よほど運と実力に恵まれているのだろう。
「うーん……、ここでは他の奴等に話が聞こえてしまうな。よし!向こうの衝立に仕切られた所に行こうぜ」
「あ……、はい」
ロビーの端にある衝立に仕切られた一画へ移動。
簡易な机と椅子があるだけの談話コーナーみたいな場所。
机を挟んで俺とガミンさんが座り、森羅と秘彗は俺の後ろ。
白兎はいつものように俺の足元で待機。
「えっと……、こっちの機械種エルフが森羅です。で、このストロングタイプの魔術師系が秘彗」
俺の簡単な紹介に、森羅と秘彗はガミンさんへと軽く頭を下げる。
「ほお……、どちらも美人さんでいいねえ。これだから機械種使いは羨ましい」
そう言うガミンさんの顔はどこか面白げだ。
俺を揶揄うような響きさえ感じられる。
『羨ましい』と言う以上、ガミンさんは機械種使いではないのだろう。
機械種使いの才能は20人に1人と希少なモノだ。
中層民以下の機械種使いの才能を持つ者はこぞって狩人になりたがる。
それでも狩人全体で見れば機械種使いの才能を持つのは5~10人に1人程度。
故に機械種使いの才能を持つ狩人は、徒党のリーダーとして、そうでない者達を率いている場合が多い。
そして、当然のことながら才能を持たない者は、それを持つ者に対して抱く感情は複雑だ。
もちろん、狩人にとって機械種使いの才能が絶対というわけではないものの、野外で機械種を使役することができる有利さは、その他の全ての差を覆すほど大きいモノ。
努力ではなく、ただ才能で選別されるあまりの有利さに、どうしようもない嫉妬する人間は数多いのだ。
それなのにガミンさんの目からはそういった負の感情は感じられない。
それは歳の甲から来る達観なのか、それとも諦観なのか……
「………その、ご用事ってなんでしょう?何か用があったから話しかけてこられたんですよね?」
「んん?用が無かったら話しかけちゃ駄目なのか?それはちょっと悲しいなあ」
と言って、大げさに首をすくめるガミンさん。
別にそういう意味で言ったわけじゃないけど………
「入ったばかりの新人が初仕事をこなしたんだ。優しい先輩としては声をかけたくなるだろ?」
「なるほど。それはわかります」
「そうだろ?それじゃあ、こうも続けたくなるわけだ。成果はどうだった?ってな」
「ふむ、そういう訳ですか………では、こちらからは『ぼちぼち』でしたと答えましょう」
「おい!それだけかよ!」
ガミンさんは目を剥き出して俺へと素早く突っ込んでくる。
思いのほか良い反応が返ったきたな。
やはりガミンさんは俺の情報を仕入れたいのだろう。
申し訳ないが、ガミンさん自身がそこまで戦闘力に秀でているとは思えない。
なのにこの秤屋では一目置かれているということは、戦闘力以外で何か優れた点があるということ。
それは即ち、情報とか、人脈とか、経験とかではないだろうか?
こうやって秤屋内の狩人達と交流することで、この人は自分の価値を高めているような気がする。
決してそれが悪いという訳ではないが。
「全く………、大抵の若い奴は、初仕事の後は興奮して成果を語ってくれるものだぞ。どうにもお前さんは落ち着き過ぎているな」
「はははは、すみません」
中身はガミンさんと変わらないおっさんですからね。
偶に子供っぽくなってしまうけど。
どうしても女性や荒事が絡むと言動が幼稚になってしまうんだよなあ。
「まあ、その様子なら成果は上々だったんだろうな。ストロングタイプを連れているんだからこの辺の奴なら相手にならないだろう………それにしても、連れているのは後衛だけなんだな。前衛はどうしたんだ?」
「前衛ですか?………前衛はこの白兎に任せてます」
フリフリ
足元で耳を左右に振る白兎。
俺の突然の振りにも慌てず自分をアピール。
「あははははっ、ソイツは頼もしいな。こんな小さな体で前衛たあ、大したもんだ」
ツンツン
ピコピコ
ガミンさんは屈んでテーブルの下の白兎の頭を指でツンツン。
すると白兎も嬉しそうに耳をピコピコ。
うむ、俺は嘘は言っていないぞ。
多分、ガミンさんは俺の冗談と思っているようだけど。
しかし………先ほどのさり気なく聞いてきた前衛の話もそうだが、どうやらガミンさんはどうしても俺の情報を知りたいみたいだな。
どうやらこの秤屋でもそれなりの立場を持っているようだし、ここは少しばかりの情報を融通して心証を良くしておく方が良いか。
しかしただ情報を渡すのではなく、できれば等価交換といきたいところ。
まあ、前回色々と教えてもらったが、それはあくまで先輩として好意だったはずだし。
ここは俺の知りたい情報でも教えてもらうとしよう。
例えば俺のガレージに侵入してきたタウール商会のこととか……
この秤屋でもかなりの古株なのであれば、何か詳しい情報を知っているだろう。
「ガミンさん、少し教えてほしいことがあるのですが………」
「お!可愛い後輩からの頼みとあれば……と言いたいところだが……」
そこで言葉を切って、ガミンさんは人の悪そうな笑みを浮かべる。
元々人の良さそうな顔だから全然似合っていないけど。
「もちろん分かっています。今回の俺の仕事の成果は最上級。あと、俺の前衛ですが、白兎の他に2機いて、どちらも秘彗に見劣りしないレベルの機種です」
「ほお……、成果は最上級。と言うことは………」
こちらに強めの視線を向けてくるガミンさんに対し、ヒョイっと肩を竦めて見せる俺。
これ以上は言葉に出せない。出す必要が無い。
狩人にとって最上級の成果など一つしかない。
「それに、そのストロングタイプに見劣りしないレベルの機種か。なるほど、今は修理中と言うわけだな」
なるほど。
この場に前衛がいないことをそう捉えたのか。
後衛より前衛が傷つく可能性が高いのは当たり前なのだから、そう見られてもおかしくは無いか。
多分、ガミンさんの頭の中では前衛系のストロングタイプがもう2機いると予想しているはず。
ストロングタイプより勝る機種など、この辺境においては正しく伝説でしかないから想像もできないだろう。
「あ!でも、その2機よりもこの白兎の方が強いですからね」
俺の評価に後ろ脚で立ち上がり、腰を手にフンッとふんぞり返る白兎。
「うん?……ふっ、はははっはははははは!!そうか!このラビットはそこまでか!あははははははっ」
最後にオマケでつけ加えた情報にガミンさんは大笑い。
嘘は言ってませんから。
大サービスで放出する俺の超機密情報ですよ。
「俺が街の外に出ている間、借りているガレージに監視カメラが仕掛けられていたんです」
ガミンさんを前に狩りから戻ってきた時の話をする。
「色々調べた所、どうやらタウール商会が動いたということまでは分かったんですけれど、何で全く接点の無い商会が動いたのか分からなくて……」
「タウール商会か。あそこならやりかねない話ではあるな」
俺の話を聞いたガミンさんは難しい顔。
「どこの商会も優秀な新人がほしいからヒロに目をつけてもおかしくは無い。中堅以上を引き抜くのはマナー違反だが、入ったばかりの新人はその限りじゃないからな」
「つまり引き抜き目的だと?」
「ああ、おそらくはヒロの弱みでも握りたかったんだろ。タウール商会の奴等がやりそうなことだ」
ぐぬぬ!
おのれ!タウール商会め!
この俺を陥れようとするとは!
脅迫とか、脅しとか、俺が一番嫌いなヤツだ。
俺の初仕事に泥を塗りつけるようなことをしやがって!
思わず悔しさのあまり奥歯を噛みしめていると、ガミンさんは俺をまあまあと宥めてくる。
「落ち着け。向こうも足が着くような証拠は残していないだろうから追及は難しいぞ。それに5大商会の中じゃあ一番規模が小さいからといっても、それなりの力は持っているし、何よりその傘下の連中が厄介だ」
「その……後ろ暗い連中でしたっけ?」
「そうだ。この街に巣食う裏社会の連中だな。俺たち狩人が機械種の討伐や巣の攻略に秀でているとしたら、向こうは人間相手の詐欺、脅迫、暴力、暗殺のプロフェショナルだ。いかに優れた狩人でも毒や寝首をかかれるのを防ぐのは難しいからな」
そう言うガミンさんの顔はこれまでになく真剣だ。
白翼協商という巨大グループの秤屋。
その中でもかなりの古株であるガミンさんでもそんな表情をせざるを得ない相手か。
「それに裏社会に所属する機械種使いは禁忌の加害系スキルを従属する機械種に入れていることがあるそうだ。いかにヒロのストロングタイプでも、いきなり街中で全力で殺しにかかってくる機械種からマスターを守るのは至難の技だぞ」
俺を心配してくれてのガミンさんの助言。
だが、それは俺が普通の狩人であった場合の話。
おそらく俺に毒は効かず、寝首をかこうにも通常の刃物では俺の皮膚は貫けない。
遠くからの狙撃でも死なないだろうし、爆弾を至近距離で爆発されても生き残る。
そんな俺にどうやって危害を加えるのかこちらが知りたいくらい。
ただ気をつけないといけないのは空間系の技を持つ高位機種種。
それを街中で油断している所にぶっ放されたら流石にヤバい。
加害系スキルを持つのであれば、そういったことも可能ではあるが……
………加害系スキルか。
確かにそれはヨシツネでも持っていないスキルだけれど、機械種デスクラウンである浮楽にいっぱい入っているな。
いっそ仕掛けられる前に、浮楽に襲撃を命じてやろうか。
でもタウール商会の誰が俺へ手を伸ばしたのか分からないから、もう少し調べてから………
下手人が分かれば捕まえて、俺を狙ったことを後悔させてやるぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます