第388話 帰還


「マスター、バルトーラの街に到着致しました」


「うむ、了解…………到着したか」


 ピョンッ!


 スピーカーから聞こえる森羅からの声に俺が応じると、リビングルームの床で白兎が軽く一跳ね。


 長かった紅姫の巣の攻略の旅はここに終了を迎えたのだ。


「どちらかというと巣の攻略よりも、あの暴竜との遭遇の方が印象深いな……」


 暴竜との戦闘は数時間。巣の攻略は半日以上。

 かかった時間は巣の攻略の方が長いが、記憶に強く焼き付いたのは暴竜との争い。

 初めての紅姫の巣の攻略であったのもかかわらず、ワンダリングモンスターとの戦闘の方が印象に残るというのも奇妙なモノだ。


「相変わらず主様は豪胆でいらっしゃいます。守護者に遭遇して印象深いで終わらせる者など、主様をおいて他におりますまい」


 俺が漏らした今回の旅の感想に、ヨシツネから苦笑交じりの感嘆が返ってきた。


「ただ印象深いであの遭遇を終わらせるつもりはないぞ、ヨシツネ。なにせ俺が敵を逃がしたのはアレが初めてだ。次こそは必ず討ってやるさ」


「主様がそうおっしゃいますと、そう遠くは無いうちに討伐できそうな気がしますね。では、次の戦に向けて、拙者達も微力を尽くしましょう」


「わ、私もがんばります!」

「あい!てんるもがんばるよ!」


 この場にいる秘彗、天琉もやる気マンマン。

 2機とも俺の意向に沿い、次の戦いに向けて力を貯めてくれるだろう。


 きっと前の車にいる森羅、浮楽、廻斗も。

 そして、七宝袋の中の豪魔、ベリアルも同じ気持ちでいてくれるはずだ。


 俺がこの街にいる半年の間に必ずアイツを………


「……その為にまずお宝を換金して、戦力を蓄えるとしよう」


 








 ガレージの前に車を止めて、扉の前のパネルに暗証番号を打ち込む。


 一週間程の旅であったが、その間もガレージは借りっぱなしだ。

 もちろんその間も駐車場代1日1,500Mは発生する。

 7日間で計10,500M、日本円にして約100万円が無駄になった計算だが、これは仕方がない必要経費。


 なぜならこのガレージの住所は藍染屋のボノフさんにも伝えてあるし、秤屋の登録の際の俺の所在地にもなってしまっている。

 俺が借りるのを止めてしまって、他の人に使われたら大変だ。

 だからこのガレージの使用料はすでに3ヶ月分は払い済み。

 流石に文明社会に入り込む以上、住所不定では色々不便になるから、これはどうしようもない事なのだ。



 ウィーン……



 扉が開くとそこは何も無い空間。


 何も残しておかなかったのだから当たり前なのだが……



「はあ……良かった」



 それでも、何も無かったことに思わず安堵のため息を漏らしてしまう。



「毎度毎度、ガレージを開ける度に、どうしても構えてしまうなあ……」


 

 未来視のことではあるがピルネーの街でエンジュに車を乗り逃げされたこともそうだし、メルテッドの街ではガレージの中が血の池地獄。

 

 これはもう完全に俺のトラウマなのであろう。

 半分くらいは自分のせいなのではあるが。

 


「よし!皆降りろー。久しぶりの我が家に到着だ」



 パタンッ


 ピコピコッ

 


 真っ先に潜水艇の扉を開けて出てくるのは従属機械種筆頭でもある白兎。


 席次から考えれば、白兎が俺の次に降りくるのは当然だろう。


 潜水艇の階段をピョンピョン跳ねながら弾むように降りてくる。


 そして、俺の近くにコロコロと近づいてきて……


 

 ピクッ……


 フンフン


 フリ…、フリ…



「どうした?白兎?」



 何やら鼻をフンフン、耳をフリフリ、落ち着かない様子で白兎はあちこちに視線を飛ばしながら首を回している。



 パタパタ

 

 何かを俺に訴えるかのように白兎が耳をパタパタ。


「………んん?何か変?……何がだ?」


 フリフリ

 

「理由は分からないけど、違和感がある……って。そう言われてもなあ……」

 

 辺りを見回しても俺には特に違和感は見つけられない。

 しかし、白兎がそう言うのだから何かあるのは間違いないのだろうが……


「マスター!侵入された形跡があります!お気をつけを!」


 潜水艇の扉から森羅の声が飛ぶ。

 ちょうど降りようしたところで機械種エルフロードの鋭敏な感覚が何かを発見したようだ。

 

「侵入?、一体誰が………はっ!それよりも……」


 すぐさま七宝袋から掌中目を取り出し、目立たぬように両手で握る。


 何も置いていないガレージに侵入されたということは、目的はおそらく……


「宝貝、掌中目よ。隠されたモノを暴き出せ」

 

 小声で掌中目へと命じ、その探索能力をガレージ内へと広げる。

 

 すると俺の脳裏に映し出されるガレージ内のあちこちに仕掛けられたナニカ。

 眩い電灯が光るようにその場所を的確に指摘してくる。



 そして、隠された場所を白兎、廻斗、森羅へと伝え、出てきたのは案の定、監視カメラの類。

 



 グシャ!!




「チッ!誰かは知らんが、姑息な真似をしやがって………ぶちめしてやる!」



 目の前に積み上げられた監視カメラ4台を叩き壊し、それでも憤りが収まらず口汚く罵り声をあげる俺。


 街に戻ってきて早々、ここまで不快な気分にさせられるとは思わなかった。


 俺が当面の本拠地と決めたガレージに、どこの誰ともわからぬ奴が侵入して監視カメラを仕掛けられたのだ。

 

 まるで新築したばかりのマイホームが不審者に土足で踏み込まれたような気分。


 幸い、監視カメラで見られたのは白兎、森羅、廻斗のみ。

 あとは俺が掌中目を持ってブツブツ言っていたくらいか。

 カメラを通して見ているだけならば何をやっているのか分かるまい。

 被害としては大したことは無いが、俺の気分を最悪にしたことには違いない。


「クッソ!絶対に誰か突き止めて、報いを受けさせなければ気が済まないぞ!」


 俺のガレージに侵入してきたのは偶然なのか、それとも俺を狙い撃ちにして忍び込んできたのか……

 しかし、盗みに入るならともかく、高額な監視カメラを4台も設置するなんて、ただの泥棒じゃ在り得ない。

 間違いなく俺という人間を狙った犯行……


「それを突き止めるには………打神鞭!」


 たとえどこの誰であれ、この世界に存在する以上、打神鞭の占いからは逃れられない。





 打神鞭の指示通り、土行の術で生み出した砂をガレージの床にぶちまけ、それを木行で発生させた風で吹き飛ばす。


 大分部は風で飛ばされるも、なお、床に残った砂は何かの文字を残しており……



「『タウール商会』…………って、確かこの街の5大商会の一つか!」



 白翼協商の秤屋でガミンさんに聞いた商会。

 規模は小さいが、後ろ暗い連中と付き合いがあるという噂だったな。


「なぜ?俺とは全く縁の無いはずなのに………」


 侵入してきたのは間違いなくタウール商会の人間なのだろうが、誰かの依頼だということも考えられる。

 また、タウール商会の人間がなぜ俺がここにいることを知ったのかと言う事も問題だ。


 そもそも俺がこのガレージにいるという情報を知っている人間は数少ない。


 藍染屋のボノフさん、俺が登録した秤屋、そして、割り屋の少年、バッツ君………


「いや……俺は秘彗を連れて街を練り歩いたし、このガレージに帰る時も姿を隠しているわけじゃない。ヒロと言う人間がここにいることは先の3者しか知らないが、新しくこの街に来て、ストロングタイプを連れている人間がここにいるということは、誰が知っていてもおかしくは無い」


 疑えばキリがないが、確証も無いのに疑うのはよく無い。

 今日は無理だが明日にでももう一度打神鞭で確かめればすぐに分かる話だ。



「はあ……、今の段階ではこれくらいか。とりあえず、タウール商会には気をつけておこう」



 危険な野外から返ってきたと思えば、決して街の中も安全ではない。

 この世界に俺の安住の地と言うのはあるのだろうか?











「じゃあ、秤屋に行ってくるからな。後は頼む」


「ハッ、行ってらっしゃいませ」


 ヨシツネ達の見送りを受け、秤屋へと向かう俺達。 


 俺と同行するのはいつもの白兎に森羅と秘彗。


 ヨシツネ、浮楽は連れ歩くには希少過ぎるし、機械種アークエンジェルとなった天琉も同様。

 豪魔、ベリアルは論外として、廻斗は万が一の為の連絡手段の為にガレージに残す。


 まあ、天琉と廻斗くらいなら次に藍染屋へ行く時に連れて行っても良いだろう。

 天琉はフードを被ればある程度誤魔化せる。



「森羅と秘彗を秤屋へ連れていくのは初めてだな。前は白兎だけだったし」


「ハイ、マスターの随行員として恥ずかしくないように致します」

「護衛はお任せください!」


 森羅は落ち着いた様子で返してくれたが、秘彗はやや緊張気味。

 胸の前に抱えた杖をぎゅっと握り締めて、少々強めの口調。


「ははは、頼んだぞ」


 さて、この2機を秤屋へ連れて行った時の周りの反応が気になる所だな。

 特に俺の担当となってくれたミエリさん。

 一体どんなリアクションをしてくれるのかね?


 






 秤屋に入ってすぐは、そこまで注目されてはいなかった。


 しかし、中へと足を進めてくうちに、徐々に視線が集まり始める。


 前回は精々、機械種ラビットを連れた少年が入ってきた程度であっただろうが、今は違う。


 俺の後ろに続く2機。

 特にストロングタイプの機械種ミスティックウィッチがいるのだ。

 

 珍しい少女型。

 それも一目で魔術師系と分かるタイプ。

 さらにその極めて人間に近い容貌から、ベテランタイプ以上と見られる機種。


 それを俺のような少年が連れているのを見て、多くの人が訝し気な視線を向けてきた。


 そして、誰かが『ストロングタイプ……』と呟く。


 その瞬間、沈黙が訪れ………その後に続く周りの騒めき。


 皆の目が一斉にこちらに向けられた。

 

 その目に移る感情は様々だ。

 

 好奇心、興味、嫉妬、欲望、羨望、渇望、憎悪、妬み……

 

 俺の人生の中でここまで注目された経験は少ない。

 

 未来視では幾つかあったが、それはあくまで夢の中の話。


 現実の身に訪れると、もう回れ右して逃げたくなる程ツラい。


 この秤屋に入るまでは、皆驚くだろうな程度にしか考えていなかったけど。


 これ程までに強い視線を感じると、自分の考えの甘さを後悔してしまう。


 そもそも小市民である俺は、目立つことがあまり好きではないのだ。


 もう今更の話だけど。





 ふう……迂闊だったかな。

 でも、これは俺が通り抜けねばならない試練。

 成果を出しつつ、中央への切符を手に入れるなら避けられないイベントだ。

 この秤屋で確固たる立場を作ることが、自分の身を守る為には必要なのだ。


 

 ぎゅっと手の中の瀝泉槍を握り、皆からの視線の重圧に耐える。


 正直、紅姫や機械種テュポーンから睨みつけられた方がマシであったように思う。


 あっちは闘神パワーでぶっ壊せばしまいだが、ただ見てくるだけの人間を殴りつけるわけにもいかないから。


 ふと、チームトルネラに居た時に、女剣士のカランから言われたセリフが頭を過る。



 『ヒロは周りの目を随分気にするんだな。力を持つ者としては珍しい気質だ』


 

 そうだよ!

 俺はめっちゃ周りの視線を気にするタイプだよ!

 有象無象であればあんまり気にしないけど、ここのいる狩人達は言わば俺の同僚になる人達だ。

 これから絡む人間もいるかもしれないのに、これだけ注目されて無心ではいられない。



 でも………


 昇り詰めていく為には、こういったことにも慣れていかないといけないのだろうなあ……

 

 増え続ける注目。

 嫉妬と羨望が入り混じる視線。

 妬みや誹りが繰り返される人間模様。

 これ等は人間社会において、成果を上げる者にとっては通らなくてはならない道だ。



「はあ………」



 これから我が身に訪れることを考えて、思わずため息が漏れた。


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